(SS注意)マカロン

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:04:31

    「トレーナーさん────ハッピーバレンタイン♪」

     きらきらとした夕日に照らされた街中。
     私は、鞄に忍ばせておいた桜色の包みをトレーナーさんに手渡した。
     最後の仕上げに、ちょんと人差し指で、想いをしっかりと込めて。
     彼は少しだけ驚いた様子で、目を大きく見開いた。
     だけどすぐ、その表情は柔らかくなっていって、優しく微笑んでくれる。

    「ありがとう、ローレル」

     トレーナーさんは、高価な宝石でも扱うように、大切そうに受け取る。
     そして彼が何か言おう口として────私はその前に、言葉を差し込んだ。
     見計らったかのよう、そして、誤魔化すように。

    「これから、お時間空いてますか?」
    「えっ、それは勿論……」
    「感想、ゆっくり聞きたいな~……なんて♪」
    「そっ、そっか」
    「だって、今日は特別な日、ですからっ」

     目を細めて、顔に悪戯っぽい笑みを作る。
     この胸のドキドキを、目の前のトレーナーさんに気づかれないように、平静を装いながら。

     ……だって今日という日が、とっても楽しみで、少しだけ、怖かったから。
     
     彼に喜んで欲しい、美味しいと言って欲しい、特別な想いが伝わって欲しい。
     彼は喜んでくれるだろうか、美味しく出来ているだろうか、私の想いを、ちゃんと伝わるだろうか。
     勿論、彼が私からの想いを無下にするような人じゃないというのは、わかっている。
     そして、まだ学生で子どもでしかない私の気持ちを、受け入れてくれる人でないことも、痛いほどわかっている。
     でも、もしかしたら、という一欠けらの期待と、一抹の不安が、心の奥底にくすぶっていた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:04:46

     トレーナーさんに腕を絡ませて、近くの公園に連れて行く。
     少しだけ恥ずかしそうに彼の顔に、ちょっとだけ心をときめかせながら、共にベンチへ腰かける。
     そして私がじーっと彼の綺麗な瞳を見つめていると、彼は照れたように笑いながら、手渡した包みを開け始めた。
     中身は、二つの、桜の花びらの乗ったマカロン。
     鮮やかなピンク色で、ふっくらとしていて、しっかりとピエも出ている。
     何度も何度もやり直して、時間をかけて、ようやく出来た、私の自信作。
     
     トレーナーさんは、それを見た瞬間、ぴくりと瞼を動かした。

     それを目撃してしまって、頭の中が、真っ白になる。
     もしかして、マカロンが苦手だったのだろうか。
     それとも見た目の好みじゃなかったのだろうか、送ること自体が迷惑だったのだろうか。
     頭が冷え込んで、目尻が熱くなって、手が震えてきて。
     
    「ちっ、違うよローレル、マカロンは美味しそうだし、貰えて、とても嬉しいんだ!」

     その時、トレーナーさんが、慌てた様子で私にそう言った。
     ……多分、ショックが顔に出ていたのだろう。
     彼は申し訳なさそうな表情で、ラッピングされた小さな包みを取り出して、私に手渡した。
     そういえば、去年も用意してくれていたなと思い出しながら、私はそれを両手で受け取る。

    「……ハッピーバレンタイン、それも、今開けてみてもらって良いかな?」

     言われるがまま、その包みのリボンを解いて、広げる。
     ────そこにあったのは、小さな、二つのマカロンだった。
     真っ白で、シンプルな見た目の、小さなマカロン。
     私はそれにじっと見惚れてから、トレーナーさんに向き直る。
     彼は、少しだけ困ったように頬をかきながら、苦笑いを浮かべていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:05:06

    「今年は、俺も自分で作ってみたんだ……まさか被るとは思わなくて、びっくりしちゃって」
    「……トレーナーさんが、作ったんですか?」
    「君のと比べると雲泥の差だけどね、何個も作って一番見た目がマシだったのがその二つだったんだ」

     もう一度、トレーナーさんのマカロンを見る。
     確かに言われてみれば表面にはヒビが入っていて、ピエも出ておらず、ぺたんとしている。
     上下の大きさも不揃いで、中のチョコクリームも入れすぎなのかちょっとはみ出ていた。
     でも、でも、それでも。

    「……嬉しいです、本当に、ありがとうございます」

     どんな高級なお菓子よりも、大切で、愛おしくて、素敵なものに感じられた。
     もっとたくさんの言葉で想いを伝えたいのに、胸がいっぱい過ぎて、ありきたりな内容しか口に出せない。
     だけどトレーナーさんは満足そうに、頷いてくれた。
     ちょっとだけ恥ずかしくなって、私は手元のマカロンに視線を落とす。
     確かに少し不格好だけど、頑張りが伝わってきて、なんだか優しい雰囲気の、可愛らしいマカロン。

    「ふふっ」

     思わず、笑みが零れてしまう。
     このマカロン、なんだかトレーナーさんに似ているなあ。
     見ているだけでも嬉しくなって、楽しくなって、幸せになるところなんて、そっくり。

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:05:25

    「────それじゃあ、頂こうかな」

     トレーナーさんからの言葉に、私はハッとしてしまう。
     忘れていた、感想を聞きたいと言って公園に連れて来たのは、私自身だった。
     私のマカロンをトレーナーさんに食べてもらっておいて、私は食べないなんて流れはないだろう。
     ……勿体、ないな。
     出来れば食べないでずっと取って置いて、時折、眺めていたいくらい。
     せめて写真だけでも、そう思った時だった。

    「……それにしても、本当に君のと比べると見劣りして、申し訳なくなってくるな」
    「……そんなことないですよ、それにマカロン作りって難しいですから」

     バレンタインに贈られるマカロンには、『特別な意味』がある。
     ……きっと、トレーナーさんはそんなことを、意識してはいないだろうけど。
     その『特別な意味』の由来の一つには、マカロンを作るのには手間がかかるから、というものがある。
     メレンゲはしっかりと泡立てないといけない。
     生地は程よく乾燥させる必要があって、オーブンの火力にも気を遣う。
     マカロナージュはやり過ぎても、足りなくても失敗の原因になる。
     料理やお菓子作りをそれなりにこなしている私でも、何度もやり直して、ようやく完成させた。
     手慣れないトレーナーさんの苦労は、きっと、私の想像を越えるものなのだろう。

     ────ふと、妙案が浮かんだ。

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:05:45

    「それじゃあ同じものを半分ずつ食べてみるのはどうでしょう?」
    「というと、俺と、ローレルのを一個ずつってこと?」
    「同じ夢を追い続けるためにっ! ……というのは、どうでしょうか?」

     トレーナーさんは私の提案に、君が良ければ、と頷いてくれた。
     ……心の中で、ほっと安堵のため息とつく。
     彼に言った理由は嘘なんかじゃない、本当にそう思っている。
     ただ、それだけではない、だけで。

    「じゃあ交換ということで、なんだか、このマカロンは君に似ているかもね」
    「……えっ?」
    「しっかりとしていて、きれいで、それでいて可愛らしくて、桜も乗っているしね」
    「……っ」

     かあっと頬が熱くなって、それがバレないように、私は顔を背けた。
     ……トレーナーさんはずるい。
     私は思っていても、口には出さなかったのに。
     こういう時に限って、何でもないようなことのように、すんなりと言葉にしてくる。
     そしてその言葉が、私にとって一番嬉しい言葉だったりするから、とてもタチが悪い。
     彼は私の様子に少しだけ困惑しながらも、私のマカロンと彼のマカロンを一つずつ交換した。
     ちらりと、手元を見やる。

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:05:58

    「……えへへ」

     思わず、顔が緩んでしまう。
     私の手元には、二つのマカロン。
     トレーナーさんみたいなマカロンと、私みたいなマカロン。
     その二つが隣合せてでくっついて、なんだか、その、特別な関係のツーショットみたい。

    「トレーナーさん、写真を撮っても良いですよね♪」
    「えっ、ああ、うん、まあ、構わないよ、うん」

     少しだけ躊躇う様子を見せるものの、トレーナーさんは許可を出してくれた。
     多分、不格好だと思っている自分のマカロンを写真に残されるのが、恥ずかしいんだろうなあ。
     可愛いな、なんて思いながら、私は自分のスマホを取り出して、レンズをマカロンに向けた。

     そして何枚か撮っている内に、小さな不満がもたげてくる。

     ……まあ、許可は貰ったから良いよね。
     撮って良い写真の中身までは、指定していないのだから。
     我ながら小賢しいことを考えて────ゆらりと、身体を傾けて、頭をトレーナーさんの肩に乗せた。

    「ロッ、ローレル?」

     困惑するトレーナーさんを尻目に、私は腕を伸ばして、スマホのカメラをインカメラに切り替える。
     カメラには、隣合わせでくっつくと、トレーナーさんみたいなマカロンと、私みたいなマカロン。
     そして、お互いの手の中にあるマカロンのように隣合わせくっついている、トレーナーさんと私の姿。

     ……マカロン同士のツーショットがあって、私達のツーショットがないのは、おかしいから。

     私は幸せそうな笑顔を画面に映しながら、撮影ボタンをタップした。

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:06:25

    お わ り

    ────バレンタイン二日目。

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:07:08

    良質なトレロレでガンが治った

  • 9二次元好きの匿名さん24/02/15(木) 22:08:47

    ローレルはこういうのが似合いすぎる

  • 10124/02/15(木) 23:05:50

    >>8

    トレロレは万病に効く

    >>9

    こういう感じが本当に合うよね……

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 06:32:48

    ローレルがいじらしくてすこ

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 06:40:05

    早起きは1SSの得
    恋する乙女は強い

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 13:35:57

    いい…

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/16(金) 13:42:26

    Nice SS、ローレルは本当に可愛いなぁ!あなた様のお陰で親愛度上げを間に合わせるケツイが満ちました、ありがとうございます

  • 15124/02/16(金) 21:42:42

    >>11

    そういう可愛らしさが出せて良かったです

    >>12

    恋する乙女は無敵やな……

    >>13

    🤗

    >>14

    ローレルの特別なチョコはいいぞ……

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