【閲覧注意】クワイエット・ゼロ戦記【SS】part 2

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 05:53:39

    原作20話から最終話までを再構成したSSです。注意点は以下のとおりです。


    ・原作よりも強化人士5号とジェターク寮の出番が多く、ミオリネと地球寮の出番が少なくなっています。

    ・一部、設定の捏造があります。

    ・時間経過や流れが、本編と異なる場合があります。


    上記説明で合わないと思いましたらブラウザバックをお願いします。


    part 1

    【閲覧注意】クワイエット・ゼロ戦記【SS】|あにまん掲示板原作20話で色々とif展開があったら、を仮想した上で、最終話までを再構成したSSです。どんなif展開かについては、第1話終了後に補足します。注意点は以下のとおりです。・原作よりも強化人士5号とジェター…bbs.animanch.com

    こちらの時点で発生したif展開は以下のとおりです。

    ・ソフィが14話で生存し、20話でノレアの代わりに囮としてルブリス・ウルで出撃した結果、瀕死の重症を負い、スレッタに救助される

    ・ソフィの命を救うため、ノレアが強化人士5号とともにクワイエット・ゼロ攻略戦に参加

    ・20話の学園テロが被害なしで終わったため、ペトラほかジェターク寮生がクワイエット・ゼロ攻略戦に全面参加

    ・ラウダとグエルの兄弟喧嘩が前倒しで発生した結果、ジェターク兄弟はシュバルゼッテ複座型に乗りクワイエット・ゼロ攻略戦に参加

    以上となります。


    だいたい一度に8レス~12レスずつ投下していきます。基本的に毎朝投稿します。2月中に終わる予定です。

  • 214_01/1124/02/17(土) 05:54:29

    20機目のガンドノードを破壊した直後、シュバルゼッテのコックピットに警報が鳴った。
    後部座席のラウダが大声で告げる。
    「パーメットパターン検出! エアリアルだよ兄さん!」
    瞬間、グエルはモニターに目を転じるより早く操縦レバーを倒した。シュバルゼッテが急減速し、すぐさま左にカーブを描く。直後、機体の近くを複数のビームが掠めた。そのまま直進していれば直撃を喰らっていたところだ。この複数方向からの同時攻撃は、まぎれもなく――
    「エスカッシャン……!」
    幾度もジェタークを苦しめてきた遠隔操作兵器。機体を急加速させながらグエルがモニターを確認すると、11機のエスカッシャンは散開し、上から包み込むようにこちらに迫ってくる。
    「ラウダ!」
    「わかってる!」
    即座にラウダは、ドロウ形態への移行をシュバルゼッテに命じた。ビームライフルとして機能していた大剣が6つのパーツに分離して機体の各部に接続され、全身を包み込むように電磁バリアを展開する。
    この形態のシュバルゼッテはビームへの防御力が格段に高まるが、反面、攻撃能力は大きく損なわれる。だがそれで構わなかった。グエルは機体の軌道に不規則性を織り交ぜつつ、エスカッシャンからの逃げに徹する。
    「……ちいっ!」
    複数のビームがシュバルゼッテの至近を掠め、うち2発は電磁バリアによってかろうじて弾かれる。軌道が読まれ始めたことを悟ったグエルは、素早くカウンターを当てて進路を修正した。
    パーメットリンクのない今のシュバルゼッテでは、四方八方から浴びせられるエスカッシャンのビームを細かな機動で躱すことは不可能だ。ランダムに進行方向をずらすことで相手の予測を外しつつ、あとはバリアの効力を信じてひたすら逃げ回るしかない。

    『情けないね。そんなできそこないのモビルスーツで戦場に出てくるからだよ、グエル・ジェターク』

    唐突にコックピット内に通信が届き、グエルは目を見開く。
    スレッタによく似た、しかしどこか酷薄な響きの声。
    思い当たる人物は一人しかいない。
    「エアリアル……いや、エリクト・サマヤか!?」

  • 314_02/1124/02/17(土) 05:55:13

    肉体を失い、生体コードをエアリアルに転写されたという少女。データストーム領域内でのみ自由に活動できるスレッタの姉。その存在についてはスレッタやエラン・ケレスの影武者から聞いてはいたが、実際に声を聞くのは初めてだ。
    どこかスレッタに似た幼い声は、しかしスレッタには似ても似つかぬ憎たらしい口調で、グエルを挑発するようなセリフを連ねる。
    『逃げ回ってばかりなの? 君は僕に負けてばかりだったから無理もないけど、男の子なら少しは反撃しなよ。みっともないと思わないの?』
    「こいつ……っ!」
    「放っとけラウダ! 機体のモニタリングを頼む!」
    声に気を取られた弟を制止し、兄は回避に集中する。
    実際、エリクトに構っている暇などない。これは決闘ではなく実戦だ。ビームの直撃を受ければ自分も弟も死ぬ。それどころか作戦全体が瓦解し、大勢の大切な人たちを命の危機に晒すことになる。
    プラント・クエタでパニックに陥りながら逃げ惑っていたときとは違う。四方八方から迫りくる死の恐怖を強固な意志で無視し、グエルはシュバルゼッテに逃亡を命じ続ける。
    目的地は最初から定まっている。データストーム空間境界面のすぐ外、第二射が突入してきた一角だ。ランダムなジグザグ軌道を描きつつ、グエルは着実にその場所との距離を縮めていく。……が。
    「ぐっ!?」
    エスカッシャンのビームの一発が直撃し、電磁バリアを破って機体の背中に着弾する。コックピットが大きく揺れ動いた。
    やられたか!? グエルが動揺した直後、背後から冷静な声が響く。
    「ガーディアンの接続部損傷。背面のブースターにはダメージなし。問題ないよ兄さん」
    「よし!」
    ラウダのダメージ読み上げに冷静さを取り戻したグエルは、シュバルゼッテの軌道にさらに不規則性を加える。
    もはやアクロバットとしか形容しようのない操縦を続けながら、彼の瞳に宿る闘志はますます燃え盛る。

  • 414_03/1124/02/17(土) 05:55:36

    エリクトは、シュバルゼッテを仕留めきれないことに苛立ちを隠せない。
    あの白い機体を操っているのは、返答こそ無いものの、グエル・ジェタークで間違いないだろう。これまで三度も戦ってきた相手だ、動きの癖から察するくらいはできる。彼がなかなかの手練であることももちろん承知している。
    だがあの機体は非パーメット機だ。一世代前の兵器、どころか一時代前の兵器を相手取っているも同然なのだ。例え話で言うなら、複葉機が気球に攻撃を仕掛けるようなもの。パイロットの腕など関係なく、一瞬で蜂の巣にできて当然なのである。
    だがエアリアルとガンドノード20機による追撃を受けてなお、シュバルゼッテは平然と逃げ回り続けていた。

    ガンドノードの攻撃は一発も当たっていない。AIによる未来位置予測と射撃タイミングを完璧に読み切っているのか、白い機体はひらりひらりとポイントを外し、決してガンドノードのビームの当たらないポジションに身を置き続けている。
    一方でエスカッシャンの攻撃は何度か命中しているが、ことごとくあの電磁バリアが威力を逸している。一度は直撃弾を浴びせてバリアも突破したのだが、堅牢な背部装甲は大きな被害を許さなかったようだ。シュバルゼッテは一切スピードを落とすことなく今も飛び続ける。

    「本当に目障りだね、ジェターク。
     ……そういえば、お母さんの計画を邪魔したのも、スレッタの学園生活を無茶苦茶にしてくれたのも君たちだったよ」
    苛立ちを強めながら、エリクトは執拗にシュバルゼッテを追撃する。
    シュバルゼッテがデータストーム境界面を超えてもなお、本社フロント方向に逃亡しようとする白い機体を追い続ける。
    「最初の戦いのときに、こうしておくべきだったのかもね」
    エリクトは両翼を広げるようにエスカッシャンを展開した。180度からの一斉射撃。これならば確実に電磁バリアを破り、シュバルゼッテを破壊し尽くすはず。
    終わりだよ。そう呟きながら、エリクトはエスカッシャンに攻撃を命じ、

    「!!」

    驚愕し、身を引く。
    高出力のビーム砲が、こちらめがけて放たれていた。それはエアリアルの20メートルほど横を通り過ぎ、後方に引き連れていたガンドノード数機を貫く。

  • 514_04/1124/02/17(土) 05:56:03

    直撃を食らった機体はどれもあっけなく爆散し、宇宙の藻屑となった。
    モビルスーツ複数を一撃で撃破とは、尋常ではない出力だ。少なくとも、フロントの守備隊が持ち歩いていいような火力ではない。
    「誰……!?」
    シュバルゼッテではなかった。回避に専念していたあの機体は、攻撃の予備動作すら見せていない。
    ベネリットグループの艦艇からの遠距離砲撃か、とも思ったが、そちらはさすがにエリクトも最初から警戒していた。データストーム領域から外に出た時点で戦艦の大出力ビームを弾くことは不可能になるからだ。艦の砲口がこちらを向いていないことは既に確認済みだ。

    ならば、この攻撃を放ったのは。

    エアリアルと、残存するガンドノードのセンサーが、ビームが飛んできた方向に一斉に向きを変える。
    そこには白銀の機体がいた。自身の全高を超えていそうな長大なライフルを腰だめに構え、こちらに狙いをつけていた。
    エアリアルのデータライブラリには、その機体の記録が残っていた。
    21年前にヴァナディース機関で開発され、正式採用を賭けてエアリアルとコンペティションで争った機体。
    「キャリバーン!?」
    懐かしい名前を、エリクトは口にする。
    データストームへのフィルターが一切なく、容赦なくパイロットを殺しにかかる呪いの機体。それゆえ化け物と渾名され、コンペティションで敗北したあとは封印されたはずのモビルスーツ。
    それがいま目の前にある理由は、一つしかない。データストーム空間下でエアリアルを打倒するために、ベネリットグループが封印を解いたのだ。
    そして、アレを乗りこなすことができるパイロットがいるとしたら、それはただ一人。

    「スレッタ……!」

    確信とともに、エリクトは妹の名を口にする。

  • 614_05/1124/02/17(土) 05:57:37

    窓の外に浮かぶクワイエット・ゼロを、青く球形に包み込むデータストーム領域。
    その表面を白い光が走った。間違いなく、キャリバーンの巨大なビームライフルが放つ光だ。
    それはクワイエット・ゼロからエアリアルが釣り出されたという合図であり、同時にこの船が行動を開始する合図でもあった。

    狭い船内のサブシートにノーマルスーツ姿で座るノレア・デュノクは、足元が振動を始めたことに気づく。クワイエット・ゼロに乗り込むべく、この船を抱えるデミバーディングがエンジンを始動したのだ。
    震える膝の上で、少女は拳を握りしめる。
    いつになく緊張していた――死への恐怖ではなく、失敗の恐怖にだ。自分が失敗すれば友人の命も助からない。そして今までアテにしていたガンダムもここには無く、この頼りないノーマルスーツのままで敵地に乗り込まなければならない。
    心細さに一人で耐えていると、隣から軽薄な声が降ってきた。

    「いやはや、本当に無茶苦茶だよね。ジェタークCEOがモビルスーツで一騎駆けして敵の目を引いている間に、ベネリットグループの総裁が自ら敵陣に乗り込んで白兵戦なんてさ。野蛮にもほどがあるよ」

    すでに聞き慣れた青年の声は、完全にいつも通りで緊張感の欠片もない。一瞬だけイラッとしたノレアだが、隣を見上げて罵声を浴びせようとしたところで、青年の表情に気づいて口を止めた。
    彼はヘルメット越しにこちらを注視していた。ヘラヘラとした、だらしのない、見ているだけで腹の立ついつもの顔だ。ただし瞳だけは真剣に、こちらの様子を伺っている。
    ノレアは一つ息を付き、そして青年に同意した。
    「……ホント、前時代的ね。いくら人手が足りないからって、命が惜しくないのかしら」
    ノレアは、船の前方に座るミオリネのヘルメットを見つめる。
    ベネリットグループの総帥ともなれば、どんなときでも危険はすべて部下に押し付け、安全な部屋でワイン片手に優雅に過ごすものだと思っていた。
    だが現実はいささか異なるようだ。少なくともこの新総裁は、自ら死の危険を背負うことで、ベネリットグループに残る従業員たちを鼓舞するつもりなのだ。

  • 714_06/1124/02/17(土) 05:58:13

    そしてもちろん、シュバルゼッテに乗り込み前線で戦い続けるジェタークCEOとその弟も、だ。誰よりも危険な場所で彼らは孤軍奮闘し、他の作戦を成功させるための囮となっている。

    ――ベネリットグループの幹部にも、こういう人達はいるのか。

    ノレアが今まで抱いていた偏見が、再び和らぐ。
    長年スペーシアンに対して抱いていた嫌悪と殺意は、スレッタやグエルやペトラ、ミオリネを知った今、相当に薄れてきていた。
    しかし青年はヘルメット姿のままで首を振りつつ、小声で毒を吐き続ける。
    「まあ、尻尾巻いて自分だけ逃げるよりは確かにマシだけどね。なんていうか、これはこれで嫌味ったらしいっていうか、スノッブっていうか」
    スペーシアンの上流階級がどうにも気に入らない様子の彼を、ノレアは軽く睨んだ。悪口なら勝手に言え、いちいちこっちに同意を求めるな。そう言おうとして、ふと気づく。

    そういえば、なぜ彼も自分に同行しているのだろう。
    なぜ彼までもが、己の命を危険にさらしているのだろう。
    彼自身の目的は、市民ナンバーを得て、最底辺の生活から抜け出すことだったはず。そして、彼にとって一番大事なのは自分自身の命だったはずだ。ただの好意でここまでするなんて、ありえない。

    「ノレア? どうしたのさ、僕の顔をじっと見つめて。
     ……ははあ、さては僕に惚れ」
    「あんた、なんでこの船に乗り込んだの?」
    青年のたわけたセリフを遮って、ノレアは直截的に尋ねた。

    ミオリネの護衛任務も、当然ながら、グエルたちに負けず劣らず危険だ。危険な任務を引き受けなければ自分やソフィの減刑は叶わなかったのだから、自分がそれに駆り出されるのは仕方ない。
    だが、青年には自分のような強い動機はない、はずだ。たとえば市民ナンバーを得るのが目的だったなら、もう少し安全な任務でも充分だっただろう。
    彼がそうしなかったのは、きっと――

  • 814_07/1124/02/17(土) 05:58:54

    その予想は口には出さず、ノレアは重ねて問いかける。

    「あんた自身の目的は、ペイル社から逃げ延びて、長生きすることだったんでしょう? なのに、どうしてここまでするの?」
    「……いまさら、しかもこの状況で聞くの? それ」
    「聞きたいのよ。教えて」

    窓の外の光景が、動き始める。
    船を抱えるデミバーディングがカタパルトから撃ち出され、クワイエット・ゼロに向けて飛翔する。
    決戦の地へ向けて動き始めた船の中で、少女はじっと青年を見つめ、その答えを待つ。

    青年は、困ったような顔で考え込む。
    だが5秒ほど逡巡したあと、彼は真摯にノレアを見つめ、口を開いた。

    「守りたかったから、だよ。命がけでもね」

    ノレアは目を閉じた。
    ……そう。やっぱり、そうだったのか。
    ひとり得心し、目を開け、青年を見返す。

    「じゃあ、こんなところで死ぬわけには行かないわね。あんたも、私も」
    「当たり前だよ。僕はむざむざ死ぬつもりはないし、君を殺させもしない」

    決意を交わし合うと、そこで自然と二人の会話は途切れた。
    ノレアは青年から目を離し、再び自らの膝の上に手を置く。

    身体はもう、震えていなかった。

  • 914_08/1124/02/17(土) 05:59:25

    キャリバーンは腰だめにバリアブルロッドライフルを構え、エアリアルと対峙する。
    エアリアルは大きく展開しかけたエスカッシャンを引き戻し、自らの周囲で回転させている。こちらの砲撃を警戒しているのかも知れない。
    ガンドノードもデータストーム空間境界面のすぐ近くに留まり、遊弋している。そのため、シュバルゼッテへの攻撃は一時的に止まっていた。
    キャリバーンの真横にシュバルゼッテが飛来し、そして停止する。ドロウモードを解除しつつ、白い機体はキャリバーンに通信を飛ばしてきた。
    「スレッタ、助かった! あの援護射撃がなけりゃ危なかった」
    「いえ、こちらこそありがとうございます、グエルさん。
     これでエリクトとお話できます」
    スレッタ・マーキュリーは、キャリバーンのコックピットからエアリアルを見上げる。

    スレッタとエリクトが一対一で対話する。それが作戦の一つだった。そのためにジェターク兄弟はガンドノードを何機も叩き落してエリクトを挑発したのだ。そして見事、エアリアルをここまで引きずり出すことに成功した。
    データストーム領域のすぐ外、この場所であれば、スレッタはパーメットスコアを上げる必要はない。落ち着いて姉と会話を交わすことができる。

    と、エアリアルの真横にうっすらと人影が浮かび上がった。データストームと繋がった者にしか認識できない空間情報だ。
    人影は白いノーマルスーツの姿を形作ると、キャリバーンに向かって語りかけ始めた。

    「そんな欠陥品に乗ってまで、どうしてここに来たの、スレッタ」

    妹は気合い負けしないよう、腹筋に力を入れた。
    悠然と宇宙に浮かぶ姉を睨み据え、声を上げる。

    「そんなの決まってる……止めに来たんだよ、二人を!」

  • 1014_09/1124/02/17(土) 05:59:59

    スレッタの呼びかけに対し、姉は即座に非難を返してきた。
    「お母さんの邪魔しないで。お母さんは、僕が自由に動くことができる世界を作ってくれる。どうしてスレッタが邪魔をするの?」
    「クワイエット・ゼロなんか使わなくたって、エリクトは自由な身体を取り戻せるよ! ミオリネさんや地球寮のみんなに協力してもらって、エリクトのための身体を作ってもらえる。そうすれば……!」
    「ダメ。信用できない。地球寮はともかく、ミオリネやベネリットグループは信用できない」
    「どうして!?」
    妹の問いに対して、姉は冷たい声で、こう答えた。

    「21年前にあの人たちが何をやったか、スレッタにはもう教えたでしょ?
     あの人たちは、お母さんの大事な人たちを皆殺しにしたんだよ。
     友達。先生。そして何より、お父さんを」
    「……!」

    スレッタの脳裏を、姉から渡されたヴァナディース事変の記録が巡る。
    事前の協定を破り、当時の法律を無視し、デリング・レンブランはヴァナディースに関わる人間を皆殺しにした。その犠牲者の中にはエリクトの父も含まれていた。
    「ベネリットグループの人たちは今も、あの虐殺を反省していない。お母さんにも一度も謝罪していない。あの人たちは、自分の都合に合わせて平然と約束を破る人たちなんだよ。今さら信用なんかできない」
    「……ミオリネさんは違う! ミオリネさんは、わたしを騙したことを謝ってくれた!
     グエルさんも、わたしのことをいっぱい助けてくれた! ジェターク寮の人たちも、それ以外の人たちも! だから、」
    「無駄だよスレッタ。お母さんが信用しない人たちを、僕は絶対に信用しない」

    その声は、徹底的な拒絶の意志で満たされていた。
    母への盲信。母の意志の絶対化。それは少し前までのスレッタ自身の姿でもある。今ここで覆すことは難しい――そう悟って、スレッタは臍を噛む。

  • 1114_10/1124/02/17(土) 06:00:37

    「クワイエット・ゼロは、データストームの中でしか生きられない僕らの問題。スレッタには関係ない。君は地球寮のみんなと一緒に、学園に帰るんだ」
    「違う! そんなわけない!」
    まだだ。まだ諦めるわけにはいかない。
    スレッタはさらに声を張り上げ、姉に呼びかける。
    「エリクトに自由な世界を与えるために、全世界をデータストーム領域で包み込む……そんなことをしたら、耐性のない人たちはどんどん寿命を削られていくことになる! エランさんやソフィさんのようになってしまう人たちが大勢出るんだよ!? そんなこと、絶対にやっちゃいけない!」
    母の計画が大勢の犠牲の上に成り立つものであることを、エリクトが知らないはずがない。それでもスレッタは一縷の望みをかけて姉の良心に訴える。
    なぜなら、スレッタとエリクトは、水星で何人もの命を救ってきたからだ。
    極度の高温と極度の低温。低重力。乏しい酸素資源。採掘途中で発生する崩落、そして不定期に襲いかかる強烈な太陽風。
    それらに脅かされて命の危機に瀕した人たちを、二人で協力して何度も助けてきたからだ。
    「命は簡単に失われる……失われたら、もう戻ってこない。失ってしまったら、たくさんの人たちが悲しむ。
     エリクトはそれを知っているでしょう!? 知っているから、水星でわたしと一緒に救助活動をやったんでしょう!?
     だったら、データストームを広げるなんてこと、絶対に――!」

    「ああ、アレ?」

    姉からの返答は、身震いするほどに素っ気なかった。
    「あんなもの、水星で居場所を作るためにやってただけだよ。あの老人たちの命なんてどうでも良かった」
    「…………っ!」
    絶句する妹に、姉は酷薄な声で続ける。
    「お母さんとスレッタさえ無事なら、僕はそれ以外の命なんてどうでもいい。寿命が短くなろうが健康を損ねようが気にしない。
     ……ああ、言い忘れてたけど、スレッタは低度のデータストームなら浴び続けても大丈夫。君は僕ほどじゃないけど強い耐性があるからね。だから、安心して学園にお帰り」

  • 1214_11/1124/02/17(土) 06:01:01

    姉のそのセリフは、スレッタにとっての最後通告だった。
    もはや説得は不可能、という。

    目を閉じ、拳を握りしめ、葛藤し。
    やがてスレッタは、決意した。
    戦ってでも、姉を止めるということを。

    スレッタはシュバルゼッテとの通信を開く。
    「グエルさん、ラウダさん。すいません、エリクトを説得できませんでした。……お二人に、また危ないことを頼むことになります」
    少女の胸中に、申し訳ないという思いが満ちる。
    説得が失敗した場合に何をするのかについては、あらかじめ作戦で決まっている。次の行動の内容は、スレッタもグエルもラウダもすでに承知済みだ。
    だがそれでも、二人の兄弟を命の危機に晒すことについて、スレッタは忸怩たる思いを抱かざるを得ない。
    「……でも。
     エリクトを止めないといけない。絶対に、ここで止めないといけない。そして、わたし一人の力では止められない。だから――」
    コックピットのモニターに映るグエルは無言のまま。そしてラウダも無言のまま。グエルは優しい表情で、ラウダは厳しい表情で、こちらをじっと注視している。
    その二人に向け、スレッタは真剣な表情で告げた。
    「お願いします。わたしを手伝ってください」
    「任せろ、スレッタ」
    「やってやるさ。……兄さんのために」
    二者二様の、承諾の返事。
    スレッタは微笑みを浮かべてありがとうと返答し、そして、再び真剣な表情に戻る。
    操縦レバーを握り直し、もう一人、否、もう一機の仲間に呼びかける。

    「……キャリバーン。お願い、わたしに力を貸して」

    白銀の機体の各所に、赤い光が浮かび上がる。
    それはパーメットスコアが一定値を超え、臨戦態勢に入った証だった。

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 08:17:19

    新スレありがとうございます

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 17:02:06

    兄弟とスレッタの共闘熱いな!

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 22:05:12

    待ってました!(☆∀☆)✨

  • 16二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 23:00:04

    エリクトvsスレッタ・グエル・ラウダ
    この構図がすごく熱い

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/17(土) 23:30:44

    滾ってしまうわ

  • 1815_01/1024/02/18(日) 06:53:21

    キャリバーンとエアリアルの接触を確認した指揮所内は、にわかに慌ただしくなった。
    「A地点に配置予定の無人艦群、発進しました。あと2分で目標地点に到着する予定」
    「C地点の無人艦、予定より遅れてるぞ! エンジニア班は発進準備を急げ!」
    本社フロントのオペレーターが報告と指示を繰り返す。動かす人員のいない戦闘艦を、使い捨ての無人機としてクワイエット・ゼロとの戦いに投入するためのものだ。
    この時代の戦艦は省力化が進み、移動と自衛ていどなら無人でもこなしてしまう。その艦のプログラムを地球寮とジェターク寮のエンジニアが総出で修正し、指揮所からの制御でビームやミサイルによる攻撃も実施できるようにしたのだ。
    無論、有人艦のような臨機応変な回避行動や、細やかな武器の使い分けはできない。無人砲台としての使い道がせいぜいだ。だが今回の作戦においてはそれで充分だった。

    この状況でもっとも懸念されるのは、危険を察した敵側が先制攻撃を仕掛けてくることだ。前述のとおり無人艦では回避行動は期待できない。ガンドノードによる襲撃を受ければ、どの艦もあっという間に沈められてしまうだろう。
    だが――

  • 1915_02/1024/02/18(日) 06:53:48

    指揮所内の椅子のひとつに座って、ロウジ・チャンテはつぶやく。
    「敵の弱点の1つ目。攻撃と防御と索敵のほぼすべてを、ガンドノードに頼っていること」
    これだけの数の艦艇を沈めるためには、ガンドノードを多数動員する必要がある。しかし動員すればするほど中継機役が減り、クワイエット・ゼロを守るデータストームの密度は低下する。敵は迂闊にガンドノードを攻撃に回すことができないのだ。
    さらに――

    「敵の弱点の2つ目。ガンドノードの制御は、エアリアルにしかできないこと」
    クワイエット・ゼロは巨大なデータストーム発生装置に過ぎず、ガンドノードを制御する仕組みを持っていない。クワイエット・ゼロの防衛機能のすべてを司るガンドノードを掌握しているのはエアリアルただ一機なのだ。
    すなわち、エアリアルの注意さえ逸らすことができれば、相手の索敵能力は大きく低下する。この無人艦の動きも、エアリアルが出撃した方向とは逆方面で行っていることもあって、まだエアリアルには気づかれていないはずだ。だからこそ敵の眼前でこのような大胆な戦力展開を行うことが可能なのだ。

    だが逆に、エアリアルの注意を逸らすことができなくなれば、敵は早々にこちらの狙いに気づくだろう。それは作戦全体の瓦解を意味する。

    「頼みます、スレッタさん。グエルさん。ラウダさん」

    クワイエット・ゼロ周辺の動きを自身の端末で監視しながら、ロウジは先輩たちの無事と活躍を祈る。

  • 2015_03/1024/02/18(日) 06:55:14

    長大なビームライフルを腰だめに構えたキャリバーンが、赤く光りだした――と思った、次の瞬間だった。
    「!」
    あっという間に眼前にキャリバーンが肉薄し、エリクトは驚愕しながらもエアリアルに抜刀を命じる。袈裟懸けに振り下ろされた敵のビームサーベルを、エリクトはギリギリのところで防ぐことができた。
    「バリアブルロッドライフル……!」
    キャリバーンの主武装は、後部に強力なスラスターを備えた奇抜な構造のビームライフル。スラスターを最大出力にした場合の推進力は他に類を見ない。
    そのこと自体はエリクトも覚えていた。だがこの速度は、記憶の中のスペックをさらに上回っている。パーメットスコアを極端に上昇させたことによる出力増大……いや、それだけでは説明がつかない。まるでキャリバーン自身から力が溢れ出ているような――
    「くぅ!?」
    それ以上分析する余裕はなかった。キャリバーンはすでにビームライフルから手を離し、両手に構えた2本のビームサーベルを凄まじい勢いで振り回してくる。エアリアルはそれを躱し、受け止めるので精一杯だ。たちまち防戦一方となり、データストーム空間境界面まで押し戻される。
    「この速度……この出力……スレッタ!」
    キャリバーン自身から溢れ出る力を加味したとしても、これほどのパワーを保つためには、パーメットスコアを相当に高いレベルに維持する必要がある。おそらくスレッタはかなりの無理をしているはず。一刻も早く止めなければ命に関わる。

    ――仕方ない。不本意だけど……

    エリクトはエスカッシャンに命じ、キャリバーンの背中を狙わせる。スレッタに被害が及ぶ可能性はあるが、背部スラスターを破壊できれば速やかに継戦能力を奪えるはず。
    だが3機のエスカッシャンが射撃ポジションにつく直前、その一帯を白い大出力ビームが薙ぎ払う。エスカッシャンは慌てて回避し、攻撃のタイミングを失って追い散らされてしまう。
    「なっ……っ!?」
    見れば、シュバルゼッテが右手で巨大なライフルを構えていた。先程キャリバーンが推進機として使い、格闘戦に持ち込むために手放したバリアブルロッドライフルを、シュバルゼッテが拾い上げて片腕一本で発射してきたのだ。

  • 2115_04/1024/02/18(日) 06:55:40

    その光景の意味を、エリクトは一瞬で理解した。
    キャリバーンが前衛でエアリアルに格闘を仕掛け、シュバルゼッテが後衛からの砲撃でエスカッシャンを牽制する。2対1でこちらを封殺するための布陣。相手は最初からこの形を狙っていたのだ。
    「だけど……ガンドノードを忘れてるよっ!」
    周囲を遊弋させていた20機弱のガンドノードを、すべてシュバルゼッテに差し向ける。エアリアルを圧倒するほどにスコアを上げたキャリバーン相手では、この程度の数のガンドノードなど多少の嫌がらせにしかならない。しかしパーメットリンクを使えないシュバルゼッテには複数機による包囲攻撃をさばくことなど不可能だろう。すぐに撃墜し、敵の後衛を排除することができる。それがエリクトの狙いだった。

    「舐めるなよエアリアル。ジェタークの最新鋭機を!」

    シュバルゼッテが左手に持つ大剣が白い光を放った。無数のレーザーが放射状に伸び、殺到するガンドノードを一瞬で焼き払う。
    オムニ・アジマス・レーザー。単機で集団を相手取るための殲滅兵器。エリクトを油断させるために温存されていたシュバルゼッテの主武装が、ついに火を吹いたのだった。
    「ガンドノードのAIは、シュバルゼッテの意思拡張AIがとっくに解析済みだ。攻撃行動も回避行動も手に取るように読める。パーメットリンクなんか無くとも、こいつらを落とす程度なら造作もないんだよ!」
    勝ち誇るラウダに、エリクトは何も言い返せない。
    言い返すどころではなかった。眼前のキャリバーンが、恐るべき速度と精密さで2本のビームサーベルを操り襲いかかってくる。防御に専念することでかろうじて致命傷は避けているが、すでにエアリアルの装甲は何箇所も焼かれ、関節部にも被害が及び始めていた。このままでは早々に押し切られ、全身を切り刻まれる――!

  • 2215_05/1024/02/18(日) 06:56:09

    「スレッタ!」
    たまらずエリクトは叫んだ。
    「君は僕を撃墜する気なの!? ベネリットグループに味方して、僕を殺す気なの!?」
    「……違うよ」
    返答は、荒い呼吸音まじりだった。
    スレッタは攻撃の手を緩めることなく、そしてパーメットスコアを落とすことなく、言葉を続ける。
    「エアリアルのコックピット部分。みんながいる場所は、そこだよね? 
     なら、そこ以外を全部壊しても、みんなは大丈夫」
    ついにキャリバーンのサーベルの片方が、エアリアルの左足を捉えた。
    大腿部から先を、あっけなく切断される。
    「あああああっ!」
    悲鳴を上げるエリクトに、スレッタは息を荒らげながら、淡々と告げた。

    「わたしはもう躊躇わない。コックピット以外を全部潰すよ、エリクト」

    事ここに至って、エリクトは思い出す。
    水星で救助活動をしていたとき、崩れてきた岩盤や動かなくなったモビルクラフトから要救助者を解放するために、スレッタは外科医じみた正確さでビームサーベルを振るっていたことを。
    そしてスレッタは、それが正しいと思い定めたなら、誰を敵に回してでも己の意志を貫き通す頑固な娘であることを。
    たとえ長年一緒に過ごしてきた実の姉であろうと、最愛の母であろうと、今の妹は容赦なくビームサーベルを振るう。それこそ息の根を止める以外のありとあらゆる手を、躊躇うことなく使ってくるだろう。

    ――本気だ。スレッタは本気で僕を潰す気だ。

    遅まきながら、エリクトはそれに気づき。
    生まれて初めて、本当の恐怖を覚えたのだった。

  • 2315_06/1024/02/18(日) 06:57:01

    「スレッタ! もうやめて、スレッタ!」
    エリクトの分身であるカヴンの子のひとりが、恐慌のあまり泣き始めた。
    飛び回るエスカッシャンに意識を乗せ、シュバルゼッテからの砲撃をかいくぐり、キャリバーンに接近する。
    「エアリアルの手足は僕の手足も同然だよ!? いくら後で直せたとしても、切り離されたら痛いんだよ!?
     人間だって手足を切られたら痛いよね、怖いよね!? そんな残酷なことをしないで、スレッタ!」
    涙を流すカヴンの子に向けられたのは、涙混じりの激怒の声だった。

    「そうだよ! 手足を失うのは痛いこと! 怖いこと! 人間だってそうだよ! 残酷なことなんだよ!
     そんな残酷なことを――エリクトは、他のすべての人に押し付けようとしてるんだよ!
     データストームをすべての人に浴びせて、手足の自由と寿命を奪おうとしているんだよ……
     エランさんの経験した絶望と恐怖を、すべての人に無理やり味あわせようとしてるんだよ!」

    怯み、恐れ、押し黙るカヴンの子に、スレッタは怒りの言葉を叩きつける。

    「許さない……それだけは、絶対に、許さないっ!
     たとえエリクトだろうとお母さんだろうと、わたしは絶対に許さないっ!」

    直後、横合いからバリアブルロッドライフルのビームがエスカッシャンを襲った。
    カヴンの子が意識を乗せたそれは、一瞬で破壊されデブリと化す。

    「スレッタを傷つけさせはせん。悪いが、ガンビットはすべて落とさせてもらう」

    ガーディアンを持つ左腕の操作を弟に委ね、グエルはバリアブルロッドライフルを保持する右腕の角度を調整する。キャリバーンの周囲を飛び交うエスカッシャンに狙いを定め、次々と引き金を引く。
    パーメットリンクなしのハンデを意思拡張AIの補正で埋め、シュバルゼッテからの砲撃は確実にエスカッシャンを叩き落としていく。

    形勢は、いまや完全に逆転していた。

  • 2415_07/1024/02/18(日) 06:57:58

    クワイエット・ゼロの司令室の中で、プロスペラは歯噛みする。
    モニターの中で、最愛の娘が、2機のモビルスーツによって追い詰められていた。
    左足を失い、エスカッシャンを次々と失い、防戦すら成り立たなくなりつつある。

    無論プロスペラたちもただ手をこまねいていたわけではない。格納庫に残っていた予備のガンドノードをすべて発進させ、援軍として差し向けている。だが、この場所から自分たちができることはそこまでなのだ。
    発進したあとのガンドノードに命令を下せるのは、データストームを自在に操ることのできるエリクトだけ。それ以外の人間は、ガンドノードのAIが状況を適切に判断してくれることを祈るくらいしかできない。巨大な実験室でしかないクワイエット・ゼロの設計の不備が、ここに来て露わになってしまった。
    「この身体さえ万全に動いてくれたら……っ!」
    もしプロスペラの身体がデータストームに侵されていなければ、彼女は矢も盾もたまらず司令室を飛び出し、有人操縦のモビルスーツを駆ってエリクトの救援に向かっていただろう。
    だが今の彼女では、娘の足手まといにしかならない。周囲に怒鳴り散らしたくなるのをかろうじてプロスペラはこらえる。

    そこへ、更なる悪い知らせがもたらされた。

    「監視カメラから警報。クワイエット・ゼロ内に、何者かが侵入したようです」

    前面スクリーンの一角に、監視カメラからの映像が表示された。
    クワイエット・ゼロのコアブロックへと続く廊下を、ヘルメットを被った複数の人間が歩いている。
    画像が更にデータ処理され、列の中央を歩く人間の顔が拡大表示された。
    「ミオリネ・レンブラン……!」
    プロスペラは低い声で呻く。
    あの小娘が自らここに乗り込んでくるとは、さすがに予想外だった。

  • 2515_08/1024/02/18(日) 06:59:00

    「あいつら……コアブロックのサーバーからクワイエット・ゼロを停止させる気か!?」
    殺気だったゴドイが、銃を手に司令室を出ようとする。
    それをプロスペラは手で制した。自らの銃を取り出し、残弾を確認する。
    「私が行くわ。貴方はこの司令室から状況を教えて頂戴」
    「……よろしいので?」
    わずかに不安そうな表情のゴドイに、プロスペラは無言でうなずいてみせる。
    あの未熟な小娘に遅れをとりはしない、という自負があった。
    それに、ミオリネを捕らえて人質にすれば、スレッタは攻撃をやめるという目算もある。ゴドイは優秀な兵士だが、戦士としての本能が勝ちすぎていささか手荒だ。誤ってミオリネを手にかけてしまう恐れがある。

    「わざわざ向こうから来てくれたのだもの。ホスト自らが歓迎してあげるわ」

    余裕を取り繕ったセリフだったが、声には焦りがにじみ出ている。
    装備を確認し終えたプロスペラは、足早に司令室を出ていった。

  • 2615_09/1024/02/18(日) 06:59:30

    クワイエット・ゼロの内部は、酸素と重力が保たれていた。
    ノーマルスーツに身を包み、銃を構え、青年は周囲を警戒しながら通路を歩く。
    「やれやれ。先頭なんて一番危ないポジションは、僕の柄じゃないんだよね。勘弁してほしいよ、まったく」
    「嫌なら代わってあげてもいいわよ」
    「……いやあ、さすがにそいつは遠慮しとくよ。もう少し安全な場所ならレディファーストで譲るんだけど」
    青年のすぐ後ろから、彼と同様に銃を構えたノレア・デュノクが続く。
    ときおり軽口を叩き合いつつも、二人は一行の護衛として周囲の警戒を続けつつ前進する。

    ベルメリアは二人の後ろにつき、自身の端末を見ながら次に進む方向を指示している。
    その後ろに、緊張した表情のミオリネ。更にその彼女を守るように、ケナンジが銃を構えて殿を行く。

    クワイエット・ゼロ内部に侵入後、彼ら5人は妨害に遭うことなく、順調に目的地との距離を縮めていた。このぶんならあと3分ほどで目的地にたどり着く。
    「……順調すぎる」
    ノレアがぼそりとつぶやく。
    「同感だね。連中もそろそろ僕らの存在に気がついてるはずなんだけど」
    のんきな態度を崩さないまま、青年が同意する。ここに来るまでの間、監視カメラが隠されていそうな空間はいくつもあった。それが全て思い過ごしであると楽観するほどには青年も修羅場をくぐってはいない。

    と、ノレアが足を止める。ヘルメットを脱いで素顔を晒し、片方の耳を壁に近づける。
    壁一枚隔てた隣を複数のモーター音が移動しているのを察して、彼女はすぐさま険しい表情になった。
    「隣の通路を、私たちとは逆向きの方向に複数のマシンが進んでる。
     ……モビルクラフト? 警備ロボットの類……?」
    「逆向きに、ってことは……」
    青年はすぐさま脳裏にこのフロアの構造図を描く。潜入に備えて頭に叩き込んでおいたのだ。
    隣の通路を逆向きに進めば、やがてこちらの通路と合流する。つまり隣の誰かさんは、こちらの後方を遮断するように動いている、ということだ。

  • 2715_10/1024/02/18(日) 06:59:52

    やば、と口に出してから、青年は後ろに振り返った。
    「このままだと退路を断たれるぜ。回れ右してさっさとズラかろう」
    「バカを言うな! それじゃあ役目を果たせんだろうが!」
    ケナンジが眉を吊り上げる。見ればミオリネも同様の表情でこちらを睨んでいる。さすがにベルメリアは、と視線を転じてみたが、彼女ですら覚悟を決めたように首を横に振り、こちらに前進を促してくる。

    おいおい、と青年は天を仰いだ。
    こいつら、わかってないのか? 殺すつもりか人質に取るつもりかは知らないけど、わざわざ退路を断ちに来るってことは、向こうはこっちを絶対に逃がさない腹積もりなんだぜ?

    青年は助けを求めるようにノレアに顔を向ける。さすがに彼女は敵の意図に気づいているはずだった。
    水を向けられたノレアは、迷ったような表情で、青年とミオリネたちとを交互に見つめる。
    だが、やがて彼女も折れたようだった。申し訳なさそうな表情で、青年に向かってつぶやく。

    「……あんただけ逃げてもいい。私は進む」

    そりゃないだろ、と青年は胸中で嘆いた。ノレアを置いて一人で逃げ出すことができる、と、彼女にはそう思われているのか。
    ふざけるな、そんなことができるか。猛烈な勢いでせり上がってくる死の予感を心の奥に押し込めつつ、青年は覚悟を決める。
    彼は再びケナンジたちに顔を向けると、怒鳴り声で命じた。

    「だったら、急いでコアブロックに向かうぞ! こんな開けた場所で襲われたら一巻の終わりだ! さあ、走れ!」

  • 28二次元好きの匿名さん24/02/18(日) 09:00:21

    クワゼロ内部も緊張感あっていいな
    ノレアが割と原始的な方法で相手の作戦を把握するのも地味にいい

  • 29二次元好きの匿名さん24/02/18(日) 09:05:19

    オムニ・アジマス・レーザーでガンドノードを薙ぎ払うシュバルゼッテ……
    これは本編で見たかったな
    マップ兵器じみた武器に無人機の大群なんて絶好の見せ場だろうに

  • 30二次元好きの匿名さん24/02/18(日) 14:26:24

    5号の三枚目っぷりが面白い

  • 31二次元好きの匿名さん24/02/18(日) 22:40:27

    戦闘描写が面白いし読みやすいから凄いと思う
    表現難しいんだよな

  • 3216_01/1024/02/19(月) 04:11:40

    スレッタ・マーキュリーは、息を入れる暇すら自分に許すことなく、キャリバーンを機動させ続ける。
    高レベルのパーメットスコアを保ちながらのそれは、全力疾走でフルマラソンを駆け抜けるがごとき愚挙だ。心臓が痛い。呼吸はもうずっとまともに出来てない。胃の中には固形物などないのに凄まじい吐き気が襲ってきて、このままだと内蔵をすべて口から出してしまいそうだ。
    だが、スレッタは止まらない。
    「止める……ここで止める!」
    常にエアリアルに食らいつくことでガンドノードの横槍を防ぎつつ、サーベルを振るって相手の四肢を狙う。エアリアルさえ動けなくなれば、クワイエット・ゼロはもはやその機能を十全に発揮できない。母と姉を止める最大のチャンスはここなのだ。
    こちらの背後を狙おうとするエスカッシャンは、シュバルゼッテの砲撃が防いでくれている。自分はただひたすらにエアリアルを切り刻むだけ。それだけをすればいい。心臓の痛みも肺の痛みも内蔵の痛みもすべて無視だ。
    「止まって……止まって!」
    エアリアルを少しずつ壊していく。キャリバーンのサーベルが、左足に続いて右腕を斬り飛ばした。ライフルもすでに切断済みだ。もはや相手は満足に武器を振るうこともできない。
    生まれてからずっと連れ添ってきたマシンが、少しずつ壊れていく。ボロボロになっていく。

    何度も一緒に救助活動をしてきた、相棒が。
    言葉が通じない間も、姉妹のように親しんできた相手が。
    やっと最近、直接お話できるようになった人が。

    痛々しい姿へと変わっていく。
    自分のこの手が、エリクトを殺していく。

    「止まってくれたら、もう壊さないから。
     止まってくれなくても、あとでちゃんと直すから……っ!」

    ぼろぼろと涙をこぼしながら、だがスレッタは止まらない。
    心の激痛を無理やりねじ伏せて、キャリバーンに攻撃を命じ続ける。

  • 3316_02/1024/02/19(月) 04:12:19

    エリクト、お願い。
    みんなに頼んで、きっとエリクトが自由に出歩けるようにするから。

    「だからお願い――止まって、エリクト!」

    キャリバーンのサーベルが、エアリアルの右足を捉え、切断した。
    あと少し。残る左腕を切り飛ばしてスラスターを壊せば、エアリアルはもう動けない。
    あと一息だ。スレッタはさらにキャリバーンへ攻撃を命じようとし、
    「下がれ!」
    グエルの声が響くや否や、反射的にレバーを引いた。直後、自分の踏み込もうとした空間を何十本ものビームが薙ぎ払う。エアリアルをも巻き込みかねない一斉攻撃だ。
    「!?」
    あわててキャリバーンを退避させながらモニターを確認すると、周囲を取り囲むように無数のガンドノードが押し寄せてきていた。総数は二百機――ひょっとするとそれ以上か。クワイエット・ゼロに残る予備機すべてを、否、それに加えてデータストームの中継機となっていた機体の過半もこちらに差し向けてきたようだ。
    これだけの数からの攻撃となると、降り注ぐビームはもはや滝のようだ。いかにキャリバーンといえどその場に留まっての回避など不可能、全力で後退せざるを得ない。その間にエアリアルは残った7機のエスカッシャンを引き連れ、ガンドノードたちに守られながらこちらから距離をとる。

    仕留め損ねた。またしても失敗した。
    ガンドノードのビームを躱しながら、スレッタは歯噛みする。

  • 3416_03/1024/02/19(月) 04:13:05

    「無理をするな、こっちまで来い!」
    グエルからの指示に従い、スレッタはキャリバーンをシュバルゼッテの真横まで一気に跳躍させた。するとシュバルゼッテは大剣を複数のパーツに分離させて自機とキャリバーンを囲うように展開する。パーツは二機の周囲に電磁バリアを形成し、ガンドノードの攻撃から両機をガードし始めた。
    「ごっ、ごめんなさいグエルさん、わたし、また失敗……」
    「お前は息を整えることに集中しろ! 防御は俺がやる!」
    シュバルゼッテの左腕が、キャリバーンの腰のあたりを保持する。そのまま白い機体は各部スラスターを吹かせた。右腕にバリアブルロッドライフルを、左腕にキャリバーンを抱えたまま、ランダム機動を開始する。
    10分近くもエアリアルと交戦し続けたスレッタに少しでも休む時間を与えるため、シュバルゼッテはひたすら逃げに徹する。
    ジェタークの最新鋭機の大出力と、背面に増設されたブースターによる力技で、ガンドノードのビームの雨の中を高速で駆け抜ける。
    「スレッタ、お前の体調は問題ないか!? 問題あるなら撤退するぞ!」
    「だっ、大丈夫、です……っ!」
    もちろん、問題は大ありだった。心臓も肺も痛みが続いているし、吐き気も収まらない。自分で見ることはできないが、きっと身体のあちこちに、ソフィの身体に浮かんでいたような赤い傷痕が走っていることだろう。
    だが、まだ引くことはできない。まだエアリアルは機能を失っていない。まだエリクトは止まっていない。
    だからスレッタは、ぜえぜえと息を荒げながらも、モニターの中のグエルに告げた。
    「まだ、やれます……! まだ撤退しないでください、グエルさん……!」
    「……わかった! だが、ひとまずは引くぞ!」
    今は反撃に出るのは無理と見て、シュバルゼッテはキャリバーンを抱えたままエアリアルから遠ざかる。幸いにもガンドノードは中枢機能であるエアリアルを守ることに集中し、こちらを追っては来ない。データストーム空間境界面まで逃れると、射程距離外ということなのか、敵の攻撃は止まった。

  • 3516_04/1024/02/19(月) 04:13:36

    「これで一息はつけそうだ、が……」
    そうつぶやくと、グエルはシュバルゼッテを静止させ、キャリバーンから手を離す。さらに、周囲に展開していたガーディアンを再び大剣の形に戻す。
    「あと少し、だったのに……」
    ようやく呼吸を整えたスレッタは、悔しげに呻き、そして正面を見据えた。
    四肢のうちの三肢を奪い、もう一歩まで追い詰めたのに、遠く離れた場所まで逃してしまったモビルスーツ――エアリアルは、モニターの真ん中に鎮座している。失った4機のエスカッシャンの代わりに無数のガンドノードを従えて、こちらを見下ろしている。

    「強くなったね、スレッタ。
     泣いてばかりで、逃げてばかりで、お母さんに頼りきりだった君が、こんなにも強くなった」

    エアリアルが、唯一残った左腕を、スレッタに向けて差し出す。
    「もう君は、僕たちに縋ることはない。お母さんを盲信することもない。自分の頭で考え、自分の力だけで歩き出した。君は立派に独り立ちして、僕たちの元を去ったんだ。
     僕は嬉しい。これは本音だよ。僕はいま、本当に嬉しいよ」
    声は穏やかだった。たった今まで殺し合いをしていたとは思えぬほど、喜びに満ちていた。
    静かにスレッタを讃えた直後、エリクトの口調は急変する。
    「でもね」
    こちらに向かって差し出されたエアリアルの左腕が、今度は背後――クワイエット・ゼロを指し示した。

    「君が独り立ちして、お母さんの元を離れても。
     僕はお母さんのそばで、お母さんを守り続ける。
     たとえ全宇宙が、お母さんの敵になったとしても。
     僕は、僕だけは、お母さんの味方だ」

    それは、決してこの計画を止めはしないという意志表示だった。

  • 3616_05/1024/02/19(月) 04:14:18

    「お母さんは21年前の虐殺のあと、ずうっと魔女と呼ばれ続けた。全世界から疎まれ続けたんだ。
     何も悪いことはしていないのに。デリングの被害者なのに。お母さんは世界の敵として扱われたんだ」
    「エリクト……っ!」
    「だから僕は世界を信じない。お母さんも世界を信じない。
     僕らが世界と敵対したんじゃない。世界が僕らを一方的に敵視したんだ。
     なら、最後まで、僕らは世界と敵対し続ける」

    そしてエアリアルは、左腕を天に掲げる。
    魔物の群れを指揮する魔女のごとくに。
    「僕も、もうためらわない。お母さんの邪魔をするものを容赦なく排除する。
     それがたとえ君だろうとだよ、スレッタ」
    エアリアルの左腕の動きに合わせて、数百機のガンドノードが攻撃態勢を整え、キャリバーンとシュバルゼッテに狙いを定める。
    「君たちは確かに強いね。でも結局、戦いは数だよ。君たちがどれだけ素早く動こうと、ガンドノードのAIを先読みしようと、これだけの数のビームライフルから狙われたら、もうどうしようもないんだ」
    エリクトの指摘は、単なる事実の羅列に過ぎない。
    あの数のガンドノードが一斉に飛来し、こちらに向けて攻撃を開始したなら、対応する術はない。キャリバーンとシュバルゼッテは10秒とたたずに宇宙の塵と化す。検討するまでもない、それは確約された未来だ。

    だがそれでも、スレッタは引かない。
    少女はエアリアルの動向に注意を払いつつ、一瞬だけ、モニターの中の僚機のパイロットに視線を走らせる。
    ラウダがうなずき、何事かを告げた。それを受け、スレッタはグエルと目線で意図を通じ合わせる。

    シュバルゼッテが、右手のバリアブルロッドライフルをキャリバーンに手渡す。
    キャリバーンが、受け取ったライフルを両手で構える。

    その動作を、挑戦状と受け取ったのか。
    「……行くよ、スレッタ」
    エリクトの宣言とともに、エアリアルの左腕が振り下ろされた。

  • 3716_06/1024/02/19(月) 04:14:58

    プロスペラは、5機の警備用モビルクラフトを従え、悠然と通路を歩く。
    前方からは散発的に拳銃の弾が飛んでくる。いずれの弾丸も的を外してはおらず、距離を考えればなかなかの精度だが、この程度の威力であればモビルクラフトが自動的に防弾盾で防いでくれる。前進することに何の問題もない。
    「ゴドイ、侵入者は5人、うち武装してるのは3人。所持しているのはフロント管理局の警備員の装備だけ。それで間違いないかしら?」
    司令室にむけて通信で問いかけると、各所の監視カメラの映像を見張るゴドイから、ただちに肯定が返ってきた。
    あの程度の軽装備で乗り込んでくるとは、よほどこちらの警備体制を舐めているのか。それとも、その程度の装備しか用意できなかったのか。……あるいは、陸戦隊用の武器を扱える人員すら残っていなかったのか。
    「最後かしらねぇ。今やベネリットグループは沈みかけた泥舟も同然。会社も人も逃げていくだけ。力だけで人を支配した者の末路ね」
    「同感です。しかし、武装した3人については、練度は低くはありません。くれぐれも油断しないでください、レディ」
    「わかってるわ。ありがとう、ゴドイ」
    部下に感謝を告げる間も、プロスペラは歩を進める。

    侵入してきた5名の身元については、監視カメラの映像から解析済みだ。
    ベルメリア・ウィンストン。クワイエット・ゼロの完成を手伝わせた後輩こそがこの侵入劇の発案者だろう。コアブロックのサーバーから緊急停止コードを打ち込もうとでも考えたか。
    ケナンジ・アベリー。ドミニコス隊の司令……だったはずだが、部下たちがこぞって宇宙議会連合に寝返ったため一兵士の身分にまで降格したようだ。
    そしてミオリネ・レンブラン。こちらも部下たちに逃げられ、スレッタを守るために自分自身が出てこざるを得なかった、というところか。
    「健気ね……素晴らしい献身ぶりだわ、ミオリネさん」
    プロスペラは皮肉交じりに称賛する。

  • 3816_07/1024/02/19(月) 04:15:58

    残る2人については、パーソナルデータがほとんど残っていない。
    ベルメリアの元部下にして、エラン・ケレスの影武者である強化人士。
    宇宙議会連合の回し者である地球の魔女。
    銃を握っているのはこの2人とケナンジだ。甘く見るべきではないだろうが、3人とも本格的な歩兵戦闘の訓練は受けてはいないはず。ならば、警備用モビルクラフトだけで十分に制圧可能だ。
    勝利を確信しつつ、プロスペラは侵入者たちを着実に追い詰めていく。すべての退路を防火壁やモビルクラフトで塞ぎ、コアブロックという袋小路へと追い込んでいく。

    「サーバールームに行きたいなら行かせてあげるわ。そこに行ったところで、貴方達は何もできない」

    停止コードもパスワードもすべて変更した。管理者アカウントも自らのものを残してすべて削除してある。何をどうあがこうと、あの5人にできることはなにもない。
    仮面型のGUNDを通じて警備用モビルクラフトに包囲の維持を命じつつ、プロスペラは逃げる5人を追いかける。

    やがて5人はこちらの思惑通りにサーバールームに逃げ込む。これで完全に袋の鼠、とプロスペラがほくそ笑んだ直後、室内から強い光が放たれた。
    「閃光手榴弾……いえ、ECMグレネード?」
    一定範囲内の電子機器を一時的に麻痺させる手榴弾だ。電子的な保護を施していない装置はあの手の兵器に弱いので、ルーム内に設置されているものは今の一発で全滅しただろう。ただし当然ながら、クワイエット・ゼロを制御するサーバーは物理的にも電子的にも強固に防御されているので、個人が携帯できる程度の兵器で破壊されはしない。
    あの閃光で麻痺したものがあるとしたら、せいぜいルーム内の監視カメラくらいだ。
    「ベルメリアなら、その程度は知っているはずだけれど」
    首を傾げながらも、プロスペラは歩く速度を緩めず、ほどなくサーバールームの入り口にたどり着く。

  • 3916_08/1024/02/19(月) 04:16:24

    「……このコードもダメ。どうして……」
    室内からはミオリネの困惑が聞こえてくる。やはり彼らの目的は、緊急停止コードを打ち込むことだったようだ。
    くすりと微笑んでから、プロスペラはルーム内を見渡せる位置に立った。
    「コードは変更させてもらったわ。そちらの狙いに気づいていないとでも思った?」
    返答は、ビームガンの連射だった。サーバーの保護隔壁を遮蔽物代わりにして身を隠しつつ、一人がこちら目掛けて拳銃を放ってくる。丸く鈍重そうなシルエットにも関わらずその腕は確かで、どの弾も命中弾だった。
    だがプロスペラが従える警備用モビルクラフトがすぐさま彼女をかばい、装備した盾ですべてを弾く。さらにモビルクラフトはビームマシンガンの掃射を開始し、たちまち火力で圧倒する。発砲した一人――体格から判断するに、ケナンジに違いない――は、慌てて保護隔壁に頭を引っ込めた。
    始まった直後から、この戦いの勝敗は明確だった。歩兵戦において火力の差は絶対だ。あちらに勝ち目はない。
    「無駄な抵抗はやめて、さっさと降伏なさい」
    余裕をもってそう勧告しつつ、プロスペラはルーム内に足を踏み入れようとし――ふと、気づいた。
    相手は全員が保護隔壁の陰に隠れていて、時折誰かが散発的に撃ち返してくる。自分はまだ、5人全員の姿を視認していない。
    「…………」
    敵全員の所在を掴めていない状況では、室内への突入は危険。かつて受けた訓練を思い出し、プロスペラは足を止めた。
    部屋の中に入らぬまま、モビルクラフトの盾に隠れつつ、しばし敵の様子を観察する。

    「ベルメリアさん、あなたも訓練は受けたんでしょう!? 銃を持ちなさい、そして撃ち返すんです! そうしなければ生き残れない!」
    「だ、ダメですっ……! 私、銃なんか……!」
    「ああもう……! ミオリネ代表、そっちはどうです!? まだ正解は見つかりませんか!?」
    「ちょっと黙っててっ! 管理者権限を回避できれば……!」

    仮面代わりのGUNDの聴覚機能を調整してみれば、そんな会話が聞こえてくる。ベルメリアとミオリネは物陰に隠れて銃撃戦に加わらず、こちらに発砲するのは残りの3人。実に単純な構図だ。
    一見すれば、だが。

  • 4016_09/1024/02/19(月) 04:17:49

    プロスペラは司令室との通信を開いた。
    「ゴドイ。監視カメラで敵の様子は確認できる? 誰が銃を持って応戦しているか、わかるかしら?」
    「不可能です。ECMグレネードを投げ込まれたため、室内の監視カメラはすべて麻痺しています。申し訳ない」
    「いえ、いいのよ。大丈夫」
    にい、と笑う。

    ルーム奥から撃ち返してきているのは、場所から判断するに3人。そのうち2人は悪くない腕だ。だが残る一人は無駄玉ばかりで、そもそもこちらにビームが届いていない。明らかに、拳銃をほとんど握ったことのない素人だ。
    さて、この場違いな一人は誰だろう? 体格から判断しようにも、ノーマルスーツは案外とかさばる上に身体のほとんどが遮蔽物に隠れているため、ケナンジくらいに特徴的でないと遠目からでは見分けがつかない。ヘルメット越しに顔を見たところで、この距離と薄暗さでは、肉眼で識別することは不可能だ。
    とはいえ、無駄玉ばかりの素人が、ケナンジでも強化人士でも地球の魔女でもないことは確かだ。となると臆病者のベルメリアか、威勢だけはいいミオリネか。
    そしてこれが肝心なのだが――この銃撃戦に参加していないもう一人の手練は、一体どこで何をしているのか。

    「なかなか考えるじゃない。引っかかるところだったわ」

    プロスペラは警備用モビルクラフトの一機に、室内への前進を命じた。ただし、部屋の奥ではなく左右を警戒するよう優先順位を変更する。
    果たしてその一機は、ルーム内に足を踏み入れた直後、ビームマシンガンの砲口を左手側に転じて掃射を始めた。
    「うわっ!?」
    すぐに悲鳴が上がる。この声は、例の強化人士か。こちらが油断してルーム内に侵入したなら、身を潜めていた彼が横あいから奇襲を仕掛ける。そういう腹積もりだったようだ。
    プロスペラが室内に顔だけ出して確認してみると、強化人士の姿はなかった。どうやら素早くサーバーの保護隔壁の陰に隠れ、被弾を免れたようだ。

  • 4116_10/1024/02/19(月) 04:18:24

    仕留め損ねたか。だが彼はもう無力化したも同然だ。このままモビルクラフトをひとつ貼り付け、掃射させ続ければ、あの強化人士にできることは何もない。
    「隠れ方が少し甘かったようね。このモビルクラフトのAIは賢いのよ。完全に壁の陰に身を隠すくらいしないと、すぐに発見されてしまうわ」
    とはいえ、とプロスペラは胸中で付け足す。
    向こうの作戦自体は悪くはなかった。ECMグレネードで監視カメラを潰し、声の演技で戦闘員の数を誤認させ、入口付近の死角に伏兵を仕掛けて奇襲する。即席にしては上出来と言わざるを得ない。銃撃戦のさなか、素人が銃を握って撃ち返してきたのも大した度胸だ。普通であれば部屋の隅でガタガタ震えているのが関の山だろうに。
    そして、撃ち返してきたのは十中八九ミオリネだろう――あの臆病な後輩に、命の危険を冒す覚悟などできるはずがない。

    「本当に素晴らしいわ、ミオリネさん。演技力も勇気もね。スレッタのためにそこまでするなんて花嫁の鑑よ……あらごめんなさい、元嫁、だったわね。
     まあそれはともかく、命を捨てるような真似をしては駄目。貴女はまだ若いんだから。早く降伏して、お友達のもとに帰りなさい」

    皮肉混じりの称賛とともに、改めて降伏勧告を送る。
    返答はまたしてもビームガンの乱射。一発もこちらに届いていないのを見るに、撃っているのはミオリネ本人か。可愛いものね、と嘲笑ってから、プロスペラは今度こそルーム内に足を踏み入れる。

    目標はルーム奥のミオリネ・レンブランのみ。彼女を人質にすれば、スレッタもすぐに降伏するだろう。外の戦況は気がかりだが、援軍のガンドノードが上手く時間を稼いでくれるはず。

    焦る心をおさえつけ、プロスペラは余裕ぶった声で宣言した。

    「策が破れた今、もう貴方たちに勝ち目はないわ。降伏なさい。
     降伏しなければ……悪いけれど、一人ずつ死んでもらうわ」

  • 42二次元好きの匿名さん24/02/19(月) 06:54:52

    プロスペラさん、やっぱり性格的にラスボス向きじゃないよな……
    いや、こういうラスボスは斬新で好きだったけど

  • 43二次元好きの匿名さん24/02/19(月) 10:02:48

    大詰めだな
    更新乙です

  • 44二次元好きの匿名さん24/02/19(月) 13:10:50

    >>41

    >プロスペラは余裕ぶった声で宣言した

    本当にプロスペラの強みは「不測の事態が起きても焦りを表に出さない」だな

  • 45二次元好きの匿名さん24/02/19(月) 23:48:54

    ベルメリアを舐めてるのが敗因に繋がるのかな?

  • 46二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 00:17:41

    深夜の保守

  • 4717_01/1124/02/20(火) 05:03:12

    エリクトに、敵艦隊を警戒中のガンドノードからアラームが届いたのは、味方全機にスレッタたちへの攻撃を命じた直後だった。
    ベネリットグループの艦艇から多数のミサイルが放たれ、クワイエット・ゼロを目指し接近中。
    「ミサイルだって? 警戒を解いたとでも思ったの?」
    一瞬だけ驚くも、エリクトは気にも留めない。大半をこちらに差し向けたとは言え、中継機役のガンドノードは必要最低限の数を残してある。ミサイルの突破など許しはしない。
    「ぜんぶオーバーライドして、撃った当人にそのまま返してあげるよ。
     ……いや、返しても爆発しないのか。それなら……」
    エリクトにはそう思案する余裕すらあった。
    ミサイルが、データストーム空間境界面に入ってくるまでは。
    「……?」
    オーバーライドしようとした瞬間、違和感に気づく。
    侵入してきたミサイルには、パーメットが一切使われていない。
    否、そもそもこいつらは誘導装置を持っていない。ただまっすぐに飛んでいるだけだ。つまりミサイルではなくロケット砲だ。
    そして、パーメットも使われず、誘導装置も無いものについては、当然ながらオーバーライドなどできない。直進を止めるにはガンドノードで迎撃して一発ずつ叩き落とすしかない。
    だが――
    「ちょっと待って!?」
    そこで初めて、エリクトは驚愕する。
    突入してきたミサイル、否、ロケット砲の数は400を優に超え、しかも後続が続々と飛んでくる。いつのまにかクワイエット・ゼロを半包囲するように展開していたベネリットグループの艦艇およそ60隻は、ここぞとばかりに全ての砲門を開け放ち連射を続けていた。さらに、その艦艇の周囲にはモビルスーツまでもが遊弋し、矢継ぎ早にロケットランチャーを撃ち放っている。

    どれだけの数の火砲がクワイエット・ゼロに殺到しているのか、もはや数えることすらできない。仮に半分でも命中すれば、クワイエット・ゼロ表面のシェルユニットは大きな被害を受けるだろう。
    それはすなわち、クワイエット・ゼロの機能喪失を意味していた。
    「――ガンドノード、目標変更!」
    命令するエリクトの声は悲鳴に近かった。眼前の2機への攻撃を急遽取りやめ、エアリアル率いるガンドノードの群れはロケット砲の迎撃に向かう。

  • 4817_02/1124/02/20(火) 05:04:02

    「よくこれだけの数の非誘導兵器を揃えることができましたね。どこに在庫があったんですか?」
    周囲の艦艇から放たれるロケットの群れを長めながら、ロウジ・チャンテが疑問を呈する。
    右隣に立つカミル・ケーシンクが、彼に答えた。
    「安価で高火力で扱いやすい兵器ってのは、いつの時代も引っ張りだこさ。ましてやベネリットグループのロケット砲は地球でも宇宙でも高重力帯でも使える汎用性の高さが売りだ。大勢の顧客を抱える売れ筋商品だから、当然在庫もたっぷりとあるってわけだ」
    そして在庫の大半は、地球に売る予定だったもの、すなわち地球の紛争を激化させるためのものでもあった。テロリストだったあの少女がその事実を知れば、間違いなく激怒していたことだろう。
    「売り払って利益にするよりは、ずっとマシな使い方だな」
    クワイエット・ゼロ目掛けて飛翔するロケット砲を目で追いつつ、カミルはそうつぶやく。ジェターク社の将来の幹部候補である彼も、ここ数日の体験で、色々と思うところはあったようだ。
    「それにしても……非誘導兵器による飽和攻撃には弱いだなんて、クワイエット・ゼロも案外と大したことないんですねぇ」
    ロウジの左隣で、セセリア・ドートが肩をすくめた。
    その疑問に対しては、司令官席に座るラジャンが答えを返す。
    「そもそもアレは未完成品だ。完成していれば対空砲が増設されていたし、実運用の際には複数の戦艦で護衛する予定だった。完成前だったからこそ、実運用ではないからこそ、こうやって既存の兵器で攻略もできる」
    「なぁるほど。未完成のものを使ってくれて幸運だった、ってワケですかぁ」
    煽る口調のセセリアを、ラジャンは咎めはせず、ただ苦笑する。
    「そうだな。未完成品で本当に良かったよ。今でなければ破壊できなかった。止めることはできなかった……」
    その顔には少しばかり、疲れと老いが滲んでいた。
    この場にはいない主に向けて、ラジャンは一人、語りかける。
    止められなかった後悔とともに。

    「やはり、あんなものは建造すべきではなかった。たとえデータストームの健康被害問題をクリアできていたとしても、この世に生み出すべき代物ではなかった。
     ……私は今でもそう思っていますよ、デリング総裁」

  • 4917_03/1124/02/20(火) 05:04:26

    「壊させるもんかっ! 絶対に、止めさせはしないっ!」
    左腕しか残らぬ状態で、しかしエアリアルはロケット砲を阻止しようと、全速力でクワイエット・ゼロの付近まで駆け戻る。残る7機のエスカッシャンを道中で展開し、必死で飛翔体を落とし続ける。
    中継機役として残してきたガンドノードも、フォーメーションを崩して迎撃に出ていたが、100機程度では多勢に無勢だ。ロケット砲を巻き込んでの自爆すら辞さない奮戦も及ばず、多数の撃ち漏らしが発生している。
    クワイエット・ゼロに最初の着弾。全長数キロにも及ぶ巨体は、百や二百の爆発では小揺るぎもしない。だが表面部分のシェルユニットには特別な強度はない。たちまち無数のひび割れが発生し、砕け、崩壊し始める。

    「どうして!? なんで邪魔するの!? データストームのお陰で願いが叶うのにっ!
     お母さんが苦しみ続けた21年間が、やっと報われるのにっ!」

    エアリアルはようやくクワイエット・ゼロ付近にまで到達した。遅れて追随してきたガンドノードの群れとともに、押し寄せる無数のロケット砲と対峙する。
    全力で駆け回り、エスカッシャンを飛ばし、バルカンを乱射し、クワイエット・ゼロを狙うものたちを撃墜する。だがベネリットグループの在庫は無尽蔵だ。どれだけ落としても数が尽きない。ロケット砲を迎撃するガンドノードも、あるいはエネルギー切れを起こして力尽き、あるいは横合いからロケット弾の衝突を受けて破壊され、あるいは味方同士で目測を誤って衝突し、次々と機能停止に追い込まれていく。
    数の暴力が、エリクトたちを圧倒しつつあった。
    「君たちは……君たちはまた、お母さんを苦しめるの!? 21年前のように!
     でも、そうはさせない! お母さんの願いは、僕が守るっ!」
    デリング・レンブランによる、有無を言わせぬ殺戮と破壊。
    母が21年前に味わったヴァナディースの悲劇を、再び繰り返させる訳にはいかない。
    ぼろぼろのエアリアルを操るエリクトは必死だった。少しでもクワイエット・ゼロの被害を抑えることで頭がいっぱいだった。

    そこに、隙が生じた。

  • 5017_04/1124/02/20(火) 05:05:36

    味方機からのアラートが再びエアリアルに届く。はっと我に返ってみれば、後方でいくつもの爆風が生じている。
    すべてガンドノードが撃墜された際に生じた爆風だ。そして、これみよがしに次々と味方機を屠っているのは――
    「シュバルゼッテ……! こんなときにっ!」
    オムニ・アジマス・レーザーで周囲を薙ぎ払いつつ、白い機体が後方を飛び回る。ただでさえ窮地のこちらにさらに追い打ちをかけようというその動きに、エリクトの怒りが爆発した。
    「いい加減にして、ジェターク……! 君たちは目障りだっ!
     そんな出来損ないのモビルスーツ、すぐに壊してあげるよ!」
    エスカッシャンを引き戻し、すべてシュバルゼッテに差し向ける。
    この時点においてもエリクトにはまだ油断があった。しょせん相手は非パーメット機であるという見くびりだ。シュバルゼッテが今まで正面切っての戦いを挑んでこなかったことも、その評価に拍車をかけた。
    結果として、エリクトの判断は盛大に裏目に出た。エスカッシャンからの攻撃が開始される直前、シュバルゼッテは凄まじい加速で包囲網を脱し、一直線にエアリアル目掛けて突撃してきたのだ。
    「なっ……!?」
    あっという間に眼前まで肉薄される。パーメットリンク無しの操縦だとはとても信じられない、精密にして完璧な機動だった。
    「ジェタークを侮った報いを受けろ、エアリアル!」
    ラウダ・ニールの声とともに大剣が振り下ろされ、エアリアルに最後に残った左腕を切断する。
    だが、エリクトには悲鳴を上げる暇も与えられなかった。彼女から見て真下に当たる位置に、もう一機の敵がいることに気づいたからだ。
    バリアブルロッドライフルを両手で保持し、足先を変形させるハイマニューバモードの状態で、キャリバーンがこちらを見上げている。

    「ス……スレッタァぁぁぁぁ!」

    エリクトが絶叫した瞬間、バリアブルロッドライフルの後方に備えられたクアドラ・スラスターが、十字の形に巨大な光を放った。

  • 5117_05/1124/02/20(火) 05:06:08

    直後、エアリアルの腹部に筒状のものが衝突する。
    それがバリアブルロッドライフルの砲口だと気づいたときには、すべてが手遅れだった。超加速をかけたキャリバーンのタックルをもろに喰らい、さらには両腕でがっちりと胴体をホールドされ、エアリアルはなす術なく、はるか後方へと運ばれていく。シュバルゼッテを追っていたエスカッシャンも、周囲でロケット砲を迎撃していたガンドノードも、急速に彼方へと遠ざかっていく。
    クアドラ・スラスターの推力は凄まじい。二機のモビルスーツの重量をものともせず、誰も追いつけない速度で戦場から引き離していく。データストーム空間の外へと突き抜け、クワイエット・ゼロの巨体すら刻一刻と小さくなっていく。
    こうなってしまえばもう、エスカッシャンを制御することは叶わない。数百のガンドノードと密に連絡を取り合うこともできない。クワイエット・ゼロ防衛の指揮をエリクトが執ることは、事実上不可能になったのだ。
    「これが君の狙いだったの、スレッタ……!?」
    四肢を失い、エスカッシャンをも失ったエアリアルには、抵抗する術はない。クワイエット・ゼロがこのまま機能停止していく様を、はるか遠方から指を咥えて見ていることしかできない。
    すなわちスレッタは、姉の命を絶つことなく、その計画を止めることに成功したのだ。
    「君は、最初からこれを……!」
    「わたし、欲張りだから」
    妹の声は、涙に濡れていた。

    「お母さんも、エリクトも、ミオリネさんも、ニカさんも、チュチュ先輩も、リリッケさんもアリヤさんも、マルタンさんもティルさんもヌーノさんもオジェロさんも……ベルメリアさんやエランさん、ペトラさんやフェルシーさん、ラウダさん、グエルさん。……それに、ノレアさんも。
     全員、死んでほしくないから。ずっと生きていてほしいから」
    「…………」
    「だから、誰も死なせない。エリクトを死なせずにクワイエット・ゼロを止める。そう決めたんだよ。
     ……そして、みんながそれを手伝ってくれたんだよ」

  • 5217_06/1124/02/20(火) 05:07:43

    まっすぐに宇宙を駆けるモビルスーツの中で、少女は、姉に語り続ける。
    「みんな、エリクトが死ぬことを望んでない。お母さんが死ぬことも望んでいない。
     もちろん、みんなには謝らなくちゃいけない。大勢の人に迷惑をかけたことを、一生かけて謝らないといけない。
     でも、わたしを手伝ってくれた人たちは、エリクトとお母さんが生きることを望んでる。この世界に居場所はあるって言ってくれてる」
    「…………」
    「だから、みんなを敵にしないで。もう一回だけ、世界を信じて。
     エリクトを許さない人には、わたしが一緒に謝るから。一生懸命、謝るから。
     だからエリクト。もう一度、わたしたちと一緒に、この世界を一緒に、生きよう……!」

    エリクトは、静かに首を振った。

    「無理だよ、スレッタ。僕とお母さんは、これだけのことをしてしまった。大勢の人を裏切って、大勢の人を殺してしまったんだ。
     もう僕たちは許されない。許されてはいけないんだよ、スレッタ」
    「そんなことない……そんなことないよ、エリクト! わたしも一緒にみんなに謝る。一生かけて謝る。だから……っ!」

    スレッタは、どこまでも優しかった。
    きっと彼女は、その言葉通り、一生の全てを母と姉の弁護に費やすのだろう。
    残る人生の全てを棒に振ってでも、母と姉を守り続けるのだろう。
    その確信があるからこそ、エリクトは、妹の願いを受け入れることができない。

    「駄目だよ、スレッタ。すべてが終わったら、君は僕たちと関係ないところで生きて。僕たちは、君に縋るわけにはいかない」
    「……嫌だよっ。一緒に生きようよ、エリクト……!」

    キャリバーンとエアリアルは、誰もいない宇宙空間を飛翔する。
    涙声で言葉を交わしながら、二人の姉妹は、孤独に空を飛び続ける。

  • 5317_07/1124/02/20(火) 05:08:15

    強化人士を無力化したと確信したプロスペラは、4機の警備用モビルクラフトで周囲を固め、サーバールームに入室する。
    と、その強化人士のいる場所から、筒状の何かが放物線上に飛んできた。プロスペラを守るモビルクラフトの一機が、すぐさまそれを撃ち抜く。
    筒状のものが破裂し、周辺を強烈な光で照らした。
    「ECMグレネード……!」
    一定範囲内の電子機器を麻痺させる手榴弾。それはモビルクラフトを制御するハロにも通用する代物だ。だが、ハロにはこういった攻撃への対策として予備回路が備わっている。効果があるとしてもほんの一瞬、予備回路に切り替わるまでの間だけだ。
    その一瞬で何ができるというのか。目を閉じて光を遮断しつつ、プロスペラは嘲笑う。
    直後、彼女の真上から、乾いた音とともに細いビームが放たれた。
    「え?」
    目を開けた直後、我が目を疑う。頭上からのビームは、プロスペラの右を守るモビルクラフトのハロを的確に撃ち抜いていた。
    頭上を仰ぐよりも早く2発目が放たれ、左手側のモビルクラフトを停止させる。
    彼女が事態を悟ったときには、後方に控える2機、そして強化人士を脅かす1機までもが撃ち抜かれ、機能を停止していた。
    「なっ!?」
    あわてて頭上に銃を向ける。だが狙いを定めるよりも早くその銃にもビームが命中し、手から弾き飛ばされる。
    3秒。ECMグレネードが光を放ってからわずか3秒で、たった6発の銃弾により、プロスペラは武装のすべてを奪われた。
    恐るべき狙撃手は、すぐさま頭上から飛び降りてきた。着地するやいなや銃を構え直し、プロスペラに突きつける。
    ノーマルスーツのヘルメットからのぞく顔は、幼いとすら形容できる少女のものだった。
    惚れ惚れするほど理想的なフォームを維持したまま、ノレア・デュノクは宣告する。

    「動かないでください。動いたら撃ちます」

  • 5417_08/1124/02/20(火) 05:09:43

    プロスペラは呆然と立ち尽くす。何が起こったのか理解できない。
    いや、目の前の少女の奇襲については把握できた。入り口直上を通るケーブル網の上に登り、強化人士がECMグレネードを投げるまでその小柄な身体を隠していたのだ。
    だが、ここに地球の魔女がいるというならば、部屋の奥から撃ち返してきた熟練者は――ケナンジ以外のもう一人は、いったい誰なのだ?
    「ベルメリアさん、大丈夫ですか!? もう銃撃戦は終わりました、だから銃を手放していいんですよ!」
    「……も、もう終わったんですね? わ、私、もう撃たなくていいんですよね?」
    「ええ、その通りです! さあ、深呼吸して、リラックスして、銃を私に渡してください。ええ、そう、OK、それでよし。
     ……いやはや、それにしても素晴らしい腕でしたよベルメリアさん。訓練を真面目に受けていたんですね」
    「いえ、その……ええ、はい。度胸がないもので、だから少しでも度胸をつけておきたくて……」
    プロスペラの仮面が、そんな会話を拾った。

    ――ああ、そうだ、あの臆病者の後輩。銃を人に向ける度胸もないくせに、訓練のときはやたらと熱心だった。

    「まさか、ベルにまんまと一杯食わされるだなんてね……」
    プロスペラは歯ぎしりする。武器を失い、銃を突きつけられ、これではミオリネを人質に取るどころではない。逆に自分が計画を止めるための人質にされかねない。

    ――ここまで来て、そんなことは許されない。あと一歩で、あの子に自由な世界を与えることができるのだから!

    仮面の奥にギラつく瞳を隠し、プロスペラはノレアを睨みつける。
    地球の少女は、銃を構えるフォームを崩さぬまま、保護隔壁の陰に座る強化人士と言葉を交わしていた。

    「こっちに来れる? この人を拘束して欲しいんだけど」
    「あー、ごめん、ちょっとドジった。すぐに止血するんで、もう少し待っててよ」
    「……っ! 傷は深いの!? 出血量は!?」
    「いやそんな心配しなくていいよ。飛んできた破片が上腕をかすめただけだから。ノーマルスーツは破けたけど、腕はちゃんとついてるし痛みもしっかり感じる。軽傷さ」
    「……そう。わかった。さっさと治療して。あと、拘束はケナンジに頼むから、あんたはそこで休んでて」

  • 5517_09/1124/02/20(火) 05:10:45

    ヘルメットの下であからさまな安堵の表情を浮かべる少女を、プロスペラは仮面越しに値踏みする。
    子供だ。銃の腕は大人顔負けだが、精神面は明らかに子供だ。揺さぶるのは容易い。話の持っていきかた次第では味方に引き込むことも可能かもしれない。
    一瞬のうちに計算を終えたプロスペラは、微笑みの形に唇を釣り上げた。
    「貴女、地球解放のためにデリングと戦っているのでしょう? どうしてベネリットグループの味方をしているのかしら? 人質でも取られたの?」
    「黙っていてください。動いたら撃ちます」
    猫なで声で囁きかけてみたものの、相手はかたくなに銃の構えを崩さない。だがプロスペラは構わず続ける。
    「私もね、デリングとその郎党を滅ぼすために戦っているのよ。そしてその目的を果たすためにクワイエット・ゼロをデリングから奪ったの。これを使えば、奴らの圧政を終わらせることができる。地球を解放することができるわ」
    「聞こえませんか? 黙っていてください。動いたら撃ちます」
    「貴女もデリングを憎んでいるのでしょう? だからガンダムに乗り、命を削って戦っている。でもね、私に協力してくれればもうその必要はないの。そして貴女が協力してくれるなら、私もできる限りのことをするわ。人質がいるのであれば、その人を私が救ってあげる――」
    少女の心を揺さぶるべく、プロスペラは甘言を連ねる。自分の知りえる数少ない情報を元に誘惑の言葉をひねり出す。
    だが少女から返ってきたのは、険しい表情と、そして一つの地名だった。

    「……クイン・ハーバー。」

    プロスペラの舌が止まった。
    息を呑み、甘言を続けることができなくなった仮面の女に対して、今度はノレアが言葉を連ねる。
    弾劾の言葉を。
    「あなたはクイン・ハーバーのルブリスを破壊し、その際に生じた爆発を利用して、デモ隊とベネリットグループの間に意図的に戦端を開かせましたね?
     さらにはエアリアルでデモ隊を攻撃して回り、戦火を強引に拡大させた」

  • 5617_10/1124/02/20(火) 05:11:14

    「それは誤解よ。クイン・ハーバーの虐殺を指揮したのはミオリネ――」
    「ミオリネ・レンブランに責任をなすりつけつつ、自分は戦いの混乱を利用して戦場を離脱し、身を隠した。クワイエット・ゼロを乗っ取る時間を稼ぐために。
     実に合理的ですね、プロスペラ・マーキュリー。自分の目的を叶えるためなら他人が何万人死のうと構わない。あなたの行動は常にその考えのもとに一貫していて、まったく無駄がない」
    ノレアの口調は、その表情と同じく淡々としている。
    だがその瞳に浮かぶのは、明確な嫌悪、そして殺意。
    銃を突きつけたまま、少女は静かに、怒りを叩きつけてきた。

    「あなたのやったことについては、ベルメリアやミオリネ・レンブランから色々と聞いています。
     あなたのやり口はベネリットグループと……いえ、デリング・レンブランと同じだ。他人を騙し、裏切り、奪い、踏みにじる、良心を失った人間の所業だ。
     あなたの言葉など信用しない。できるはずがない」

    プロスペラはわずかに怯み、そして悟った。この少女は懐柔できない、と。
    ノレア・デュノクは恐らく、自分を生け捕りにするようベネリットグループから命令を受けている。その命令がなければ、彼女は上から奇襲をかけたときに迷いなく自分の脳天を撃ち抜いていただろう。それほどの敵意が、少女の瞳からにじみ出ていた。
    だがプロスペラはすぐに思考を切り替え、素早く周囲に視線を走らせる。

    強化人士はまだ止血処置が終わっていないのか、遮蔽物の陰にいる。
    ケナンジは――聞こえてくる会話から察するに――初めての銃撃戦で精神的ショックを受けたミオリネとベルメリアを落ち着かせるのに忙しい。どうやら、もう戦闘が完全に終わったつもりでいるようだ。

    つまり今、この少女を援護する者は誰もいない。
    ならば……打つべき手は一つ。
    プロスペラはほくそ笑むと、ノレアの心を別の方向から揺さぶるべく口を開く。

    「デリングと同じ……ええ、そうね。そのとおりよ。
     自分の子供を守るという点において、アイツはこの世界で最も成功しているもの」

  • 5717_11/1124/02/20(火) 05:11:45

    あえて少女から視線を外すと、プロスペラは恨み節を並べ始めた。
    「デリングは何万人どころか何百万人もの人間を殺してる。何千万人もの人の家族を奪っている。そこまでのことをしでかしているのに、アイツの娘は自分の父の所業も知らぬまま何不自由なく育ち、安全で平和で豊かな人生を思う存分謳歌してるわ。
     デリングにすべてを奪われた私の娘は、人間の身体を失い、精神を兵器の中に閉じ込められているって言うのにね!」
    床を見つめ、ねじれた笑い声を上げる。
    適度に嫌悪感を煽るよう、プロスペラはその声帯で哀れな女の声を演じてみせる。

    「そうよ。この世界は、強い者こそが正義。奪う者こそが正義。平然と殺せる者こそが正義なの。だから私も我が娘のためにデリングのようにやってみせたのよ。他人を利用し、裏切り、奪い、殺してね。
     ――それの何が悪いっていうの!? この世界は、それが、それこそが正しいのよ!」

    「あなたはっ……!」
    憤怒に我を忘れたのか、ノレアが一歩近づいてきた。
    期待通りだ。相手はこう思っているに違いない――もはやプロスペラは観念し、武力による抵抗を諦め、代わりに未練がましく開き直りを始めたのだ、と。
    それゆえ相手は油断している。銃弾を浴びせるまでもなく、一発蹴りでもくれてやればすぐに黙ると考えている。
    「……ノレア!? よせ、迂闊に近づくな!」
    こちらの様子に気づいた強化人士が大声で警告する。だがもう遅い。少女はすでに間合いの中だ。プロスペラはノーマルスーツの袖口に仕込んでいた軍用ナイフをひそかに射出し、右手の中に収める。
    「……っ!」
    異常を察したノレアが、銃の構えを崩しつつ一歩後ずさる。だが彼女がその次の行動に移る前に、プロスペラは重心移動だけで素早く接近し、左手で相手の銃を掴んだ。
    形勢逆転に驚く少女を見つめながら、仮面の女は薄く笑う。
    この少女もしょせんは邪魔者、エリクトの前途を阻む害虫に過ぎない。可愛い我が子のために、害虫はすみやかに駆除しなくては。それが母の勤めというものだ。
    「母は強しよ、お嬢さん」
    プロスペラは躊躇うことなく、右手のナイフを突き立てた。

  • 58二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 09:56:13

    プロスペラとエリクトが良い悪い両方の意味でブレねえな……続きが楽しみ

  • 59二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 13:12:20

    ほぼほぼ戦闘の決着ついたけど、スレッタチームは姉妹喧嘩が無事和解できるか気になるし、ミオリネチームはミオリネがちゃんと停止コード打ち込めたのかとかノレアがピンチを切り抜けられるか気になる……!

  • 60二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 21:08:46

    ここまでやったんだから今更引き返せないってのはあるよね

  • 61二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 21:11:52

    >「母は強しよ、お嬢さん」

    これが能登ボイスで再生された

  • 62二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 21:13:01

    >>60

    親子共々そうだよね……自分が諦めたら相手の願いを叶えられない/自由にしてあげられないから、何が何でも諦めきれない……正直もうふたりとも勝算はなくても、それでもあがくしかないよね……

  • 63二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 21:14:22

    >>61

    あれ、本編でも印象に残ってるわ

    母は強しっていうか声が怖すぎるんよ

  • 64二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 22:05:20

    >>61

    「母は強しよ……お嬢ぉ⤴さん?」はゾワっとしたな……

  • 65二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 22:17:16

    ゾクゾクする
    映画を見てる時の興奮と高揚感
    今回も更新乙でした

  • 6618_1/924/02/21(水) 06:00:35

    ノレア・デュノクの見開かれた瞳をヘルメット越しに見下ろしつつ、プロスペラは右手のナイフを押し込む。
    この子供を、除去する。しょせんは地球によくいる孤児のひとり、ガンダムに乗せられて使い捨てられていくだけの哀れな生体部品だ。
    悲しむ親もなく、後世に残すべき知識も技術も持っていない、何の価値もない命。おまけに愛しい我が娘を脅かしうる毒虫でもある。
    だから殺していい。殺さなければならない。
    「……っ!」
    ノレアは歯を食いしばり、こちらを睨みつけている。
    憎悪と殺意と、それ以上の何かを、その瞳に燃やしている。
    全力の前傾姿勢で、全身の力で以てこちらに抵抗している。

    ――忌々しい!

    「死に……なさいっ! 害虫っ!」
    プロスペラはなおもナイフを押し込む。だがその刃は届かない。少女の腹部の数センチ手前で止まっている。
    少女の右手が、止めている。
    「死ぬっ……もんかっ……!」
    ノレアは銃を掴まれた瞬間、後ろに逃がれるのではなく前に踏み込んだ。己の右手を盾のように突き出しながらプロスペラの懐に飛び込んだ。
    獲物として腰砕けになるのではなく、生きるための前進を選んだ――それが幸運を呼び込んだのか。彼女の右手は、ナイフを持つプロスペラの右腕上腕を偶然にも掴んでいたのだった。
    「私は死なない……っ! こんなところで、死 ねない……っ!」
    小柄な少女は、二回り以上も体格に勝るプロスペラと互角の押し相撲を繰り広げる。

    命が安かろうと、生きる価値がなかろうと、そんなの知ったことか。
    自分にずっと寄り添ってくれた人を、助けないといけないのだから。
    ……鬱陶しい人が、そんな自分を助けてくれたのだから。

    「私は生きるっ! 絶対に、死なないっ!」

    少女が絶叫したその瞬間、二発の銃声が響き渡り――
    命を賭けた押し相撲は、唐突に終わりを迎えたのだった。

  • 6718_2/924/02/21(水) 06:01:11

    「エアリアルの戦場からの排除、成功した! 総員、引き続き全力でクワイエット・ゼロおよびその艦載機へ攻撃せよ!」
    ラジャン臨時司令からの命令が、ベネリットグループの全艦艇とモビルスーツに届く。その内容に、チュアチュリー・パンランチはさっそく発奮した。
    「よっしゃあ、よくやったスレッタっ! あーしたちも続くぞっ!」
    彼女の乗る専用デミトレーナーは、味方艦のハッチに居座り、ロケットランチャーを次から次へと景気よく撃ち放つ。あまりに調子が良すぎて、傍目からは盲撃ちに見えるほどだ。
    「こらあポンポン頭っ! もっとよく狙って撃てぇ! シュバルゼッテに誤射したら承知しないぞぉ!」
    「あんだとフェルシー、お前こそちゃんとシェルユニットを狙えやっ! そこ以外に当てたらミオリネたちが怪我するかもしんねーんだぞっ!?」
    隣のハッチで自分と同様にロケットランチャーを乱れ撃つディランザと口喧嘩を繰り広げながらも、少女の乗るデミトレーナーは旧式とは思えぬ精度で、着実にクワイエット・ゼロに命中弾を重ねていく。

    そしてシュバルゼッテは、いったんデータストーム空間境界面まで戻りつつ、その付近に終結したディランザ・ソルに指示を飛ばしていた。
    「ガンドノードの機動力は高い。包囲されたら危険だ。仮に敵がここまで攻めてきたら無理せず後退してくれ」
    ディランザ・ソルに乗るのは、出張先から本社フロントへ急行してくれたジェターク社の社員たちだ。グエルとしてもラウダとしても、彼らの命を無駄に散らすわけには行かない。よってディランザの火力とセンサーの性能を活かし、遠距離からの砲撃に徹するよう厳命する。
    「兄さんと僕は、データストーム空間内でガンドノードを狩る。お前たちは討ち漏らしを片付けてくれ。頼むぞ!」
    「了解! お二人ともお気をつけて!」
    ディランザ・ソルの部隊はデータストーム空間境界面のすぐ外で散開し、敵機に対してロケットランチャーやバズーカの砲口を向ける。
    司令塔であるエアリアルを失い、さらにはクワイエット・ゼロを狙うロケット砲の迎撃にも追われるガンドノードは、有効な手立てがとれないままにさらにその数を減らしていく。

    戦場の形勢は、ベネリットグループの勝利へと傾きつつあった。

  • 6818_3/924/02/21(水) 06:02:25

    横に吹き飛び、床に倒れ伏したプロスペラを、ノレア・デュノクは呆然と見つめる。
    何が起こったのかはすぐに察した。青年が駆けつけ、横から拳銃を撃ってくれたのだ。ビームはプロスペラの仮面と右腕に命中し、それぞれを弾き飛ばしていた――仮面はプロスペラのさらに向こうまで飛んで壁にぶつかって止まり、義手である右腕は肩から外れ、ノレアの足元に転がっている。
    「はあっ……はあっ……」
    ノレア自身には怪我ひとつない。青年の銃の腕は見事なものだった。おかげで命拾いをしたが、数秒間全力で抗った結果、呼吸は完全に乱れてしまった。額からは汗が吹き出ている。
    どうにか息を整えつつ、左手に残った銃を両手で構え直し、倒れ伏すプロスペラへ向ける。

    相手はまだ意識があった。のろのろと上半身だけを起こすと、すぐに周囲を見回し始める。
    吹き飛ばされた衝撃で朦朧としているだけかと思いきや、プロスペラは這うような動作で床を進み始めた。彼女が向かう先を見やると、床に拳銃が落ちている。ノレアが上から狙撃した際に手から弾き飛ばしたものだ。
    プロスペラはまだ諦めていなかった。武器を握り、反撃し、この場にいる全員を射殺するつもりだった。

    それを悟ったとき、ノレアはぞっとし、そして激昂した。

    即座に発砲し、プロスペラが拾おうとしていた銃を遠くへと弾き飛ばす。
    床を這い回る仮面の女、否、仮面を失った女に罵声を浴びせる。

    「なんなんですか、あなたはっ!? デリングといいあなたといい、どうしてそこまで執拗に他人に不幸をバラ撒くんですかっ!?」

    この女を生かしておいてはいけない。正義感ではなく恐怖心からそう直感する。この女が生きていれば、必ずまた何万もの人間に死と不幸を撒き散らす。クイン・ハーバーの惨劇を何十倍もの規模にした殺戮がまた繰り返される。
    この女はそういう女だ。デリングと同じ、ヒトの皮を被った悪魔だ。ここで仕留めなければいけない。見逃すわけにはいかない。

  • 6918_4/924/02/21(水) 06:03:49

    ノレアは仮面を失った女に拳銃を向けた。女の脳天、一発で命を奪える位置に狙いを定める。
    可能な限りプロスペラを生かして捕縛すべしという作戦命令は、このとき完全に頭の中から吹き飛んでいた。

    「お前は人を地獄に引きずり込む怪物だっ! この世に生きていてはいけない化け物だっ!
     殺してやるっ! お前は絶対に、私がこの場で殺してやるっ!」

    ノレアが引き金を引く寸前、誰かの手が銃の上に覆いかぶさった。大きな手は、少女を押し止めるようにスライドを掴み、その作動を防いでいる。
    誰の手かなど、いまさら確認するまでもない。ここ最近ずっと鬱陶しく付きまとい、常に自分の隣に立ち続けていた青年だ。
    見慣れた手を見て我に返ったノレアだったが、しかしまだ殺意は収まらない。プロスペラから視線を外さぬまま、自分の右手側に立つその人物に吠えるように問いかけた。
    「なんで止めるの!? こいつはデリングと同じ、人を踏みにじることに何の躊躇も感じない化け物。この場で息の根を止めなきゃいけない。もし見逃せば、またこの女は同じことを繰り返す。
     それがわからないの、あんたは!?」
    「ああ、そうだねえ」
    隣から返ってきたのは、いつもどおりに軽薄な、そして場違いなまでにのんきな声だった。
    「確かにこの女は、デリング同様に完全にイカれてるよ。君がさっさと始末したがるのもよく分かる。
     でもさあ、僕らへの命令は生け捕りだぜ? いま君がこの女を射殺しちまったら、命令不履行で減刑もパアになっちまう。それじゃまずいだろ?」
    彼は右手だけで自身の銃を握り、ノレアと同様にプロスペラに突きつけている。
    その姿勢を維持したまま、青年はゆっくりと少女に語りかけた。
    「ここに来た目的を思い出しなよ。僕らは別に正義の味方として悪を討伐しに来たわけでもなけりゃ、査察官の手先として犯罪者を処刑しに来たわけでもない。
     任務を遂行する代わりに君とソフィの極刑を回避するのが、僕らのそもそもの目的。そうだろ?」
    「……ええ、わかってる。そんなのわかってるわ……っ!」
    彼の言うとおりだ。自分の目的を果たすためには、この女の息の根を止めることはできない。

  • 7018_5/924/02/21(水) 06:05:29

    だが。
    ノレアはプロスペラを凝視する。片腕だけで床を這いずるような有様であるにも関わらず、女はギラつく瞳でこちらを睨み上げ、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
    「許さない……全員滅ぼしてやる。エリィの未来を奪う奴らも、GUNDの理念を踏みにじる連中も。
     私はこんなところで止まれない……止まることは許されないのよ……」
    武器を失い、義手を失い、仮面を失い、それでも女は諦めない。何が何でも己の目的を達成すべく進み続けるつもりだ。
    その途上で必要だと判断したならば、何千万人を殺すことも、全人類に不幸をバラ撒くことも辞さないだろう。
    プロスペラの怨霊じみた執念に、ノレアは恐怖し、ふたたび激昂する。
    「やはりこいつは、こいつだけはっ……!」

    銃声が、響いた。

    ノレアは唖然として隣を見上げる。
    青年が、子供がアリを潰すがごとき気軽さで、銃の引き金を引いたのだ。
    「……あのさあオバさん。さっきから独り言がうるさいよ?
     ノレアが怖がっちまうから、しばらくその臭い口を閉じててくれないかな?」
    彼は、にこやかに、まるで天使のような笑顔を浮かべていた。
    たったいま銃を撃ち放ち、標的の頬のすぐ横をかすめさせたとは思えぬほどの朗らかさだった。
    撃たれたプロスペラは身をすくめ、ひっと小さく悲鳴を上げたが、彼は気にも留めない。あらためてノレアに瞳を向け、口を開く。

    「僕としても、このオバさんを庇うつもりなんか全然ないよ。
     とっくに加害者側に回ってるってのに、被害者ヅラを続けながら大勢の人間に迷惑をかけて回るサイコパス。
     娘のためと口にしながら、我が子をデータストームで全人類を焼く化け物に仕立て上げようとしてる狂人。
     死んだ恩師や同僚たちの理想に泥を塗り続けてるのに、それに全く気が付かない愚か者。
     コイツについては正直、さっさと一人で地獄に行ってくれとしか思ってない。スレッタ・マーキュリーには悪いけどね」

    天使の笑顔を顔に貼り付けたまま、彼は容赦なく言い放った。

  • 7118_6/924/02/21(水) 06:06:07

    青年を見上げるノレアは、彼の瞳の中に、深く暗い感情の色を発見する。
    自分の憎しみすら凌駕する青年の闇の深さに目を奪われて、少女の怒りと恐れは少しずつ沈静化していく。

    「……だったら、どうして。
     そこまで思っているなら、どうして私を止めたの?」

    少女が問いかけると、青年は笑った。
    天使の笑顔ではなく、軽薄な、いつもどおりの腹の立つ笑みだった。
    「さっきも言ったろ? 君がこのオバさんを撃っちまったら、君はもう二度とソフィと会えなくなるって。
     たとえこの場を生き延びたって、君はもう幸せになれない。ソフィも幸せになれない。
     それじゃあ駄目なんだ。君がここに来たのは生き延びるためだけじゃなくて、幸せを掴むためでもあるんだから」
    腹の立つ笑みのまま、しかし青年の目だけは、どこまでも真摯だった。
    ノレアだけを見つめて、ただ彼女の身を案じていた。

    「撃つなノレア。自分の人生を犠牲になんかしなくていい。この女の始末なんざ、他の連中に押し付けちまえ」

    この青年らしい、いい加減で無責任なセリフだ。だがノレアは反発しなかった。
    見上げる視界に、血の色が映ったからだ。
    青年の左上腕部から、血がしたたっている。まだ止血が済んでいなかったようだ。
    血の色が広がる左手をノレアの銃に乗せたまま、青年は少女に微笑んでみせた。

    「君は幸せに生きていいんだ。だから今は、そのことだけを考えるんだ。
     ……いいな? ノレア」

  • 7218_7/924/02/21(水) 06:06:39

    「…………」
    少女は答えず、正面を向く。自分の銃の上に覆いかぶさる青年の手を見る。
    彼の手の甲に、上腕から血が流れ落ちた。ぽたりと、その血が自分の手にもかかる。
    「……幸せに生きる、か」
    ぽつりとつぶやく。
    そんなことは考えたこともなかったし、考える必要もない、と思っていた。
    命は安く、死はいつもすぐそばに転がっていた。自分たちの未来は闇に閉ざされていたし、その闇の向こうを見ようという気すら起こらなかった。ソフィがあんなふうに刹那的に生きていたのも、きっと自分と同じ理由だ。
    今だってそう。自分ひとりでは、未来なんて考えられない。

    だけど。
    もう一滴、青年の血が、ノーマルスーツ越しに少女の手の上に落ちた。

    はあ、とため息をつき、ノレアは銃を下ろす。そのままバックルに銃を戻すと、ノーマルスーツのポケットから応急処置セットを取り出す。
    「左腕の止血を済ませたら、私がこの女を拘束する。……ひどい痛みだと思うけど、もう少しだけ我慢してて」
    「平気平気……と強がりたいんだけど、正直、気絶したいほど痛い。だからなるべく早く頼むよ」
    「そういうふうにぺらぺら喋れるなら、あんたは大丈夫よ。少なくとも死にはしないわ」
    「……もうちょっと温かい言葉をくれないかなあ。いちおう僕は傷病人だぜ?」
    「あんたの舌が動かなくなったら、本気で心配してあげるわ」

    軽口を応酬している間に、少女の気分は和らいでいく。
    床の上にへたり込むプロスペラへの殺意は、完全に霧散していた。

  • 7318_8/924/02/21(水) 06:08:00

    青年の止血が終わり、プロスペラの拘束が完了したころ、ようやくケナンジがこちらにやって来た。
    「遅いよ、おっさん。僕らに負担を押し付けすぎだろ」
    「仕方なかろうが! このお二人はお前らと違って素人なんだ。まっすぐ歩けるようになるにも時間がかかるんだよ」
    ケナンジの後ろに続くミオリネとベルメリアを見ると、うつろな目でふらふらと歩いている。いまだ憔悴から立ち直っていないようだ。銃を撃つ経験もないのに本物の銃撃戦に参加し、しかも囮役としてマシンガンの斉射に晒されたのだから無理もないが。
    とはいえ、あまりゆっくりもしていられない。
    「そろそろ敵の増援がやって来るぜ? このオバさんを救出しにさ。だから今度こそさっさとズラかろう」
    この部屋の監視カメラはまだ麻痺しているはずだが、警備用のモビルクラフトが機能を停止した際に、間違いなく向こうの司令室に警報を発している。敵の頭がよほど鈍くない限り、早々にプロスペラの敗北を察し、より強力な装備を持った新手を寄越してくるだろう。
    だが、ケナンジはまたしても撤退に不同意を示した。
    「いや、プロスペラなら停止コードを知っているはずだ。それを聞き出すことができれば、この戦いも終わる」
    確かにその通りではある。当初このサーバールームを目指していたのは、クワイエット・ゼロの緊急停止コードを打ち込んでデータストーム領域を消去するためだったのだから。コードが変更されていたために失敗に終わったが、拘束したプロスペラを尋問して吐かせることができれば、宇宙での戦いも含めて、すべてを終結に導くことができる。

  • 7418_9/924/02/21(水) 06:08:53

    しかし青年は口の端を歪め、いまだ床にへたり込んだままの女を見やった。
    「やめとけおっさん。このオバさんはそう簡単に口を割りはしないよ。たとえ拷問にかけても無理だ」

    プロスペラはこちらと目を合わせず、無言を貫いたままだ。傍目には茫然自失しているように見えるが、それほどヤワな精神の持ち主ではないということは青年も思い知ったばかりである。口を閉じさせるだけのことに銃を発砲までする必要があったのだ、正しいコードを無理やり聞き出すとなると、どれほどの労力が必要になるのか想像もつかない。

    「そもそも、悠長にそんなことやってる時間がないぜ」
    「そんなことはわかっとる! だが、外で戦うジェタークCEOらにこれ以上負担をかけるわけにも……」
    青年に言い返しながら入口まで歩を進めたケナンジは、外の様子を見ようと首を出し、そしてすぐさま扉を締めた。大慌てでロックをかけながら怒鳴る。
    「新手だ! 警備用のマシンがさらに6台ほど来てやがる!」
    「ほら、言わんこっちゃない!」
    「やかましい! ルームの奥に戻るぞ、そこの保護隔壁をバリケード代わりにして時間を稼ぐんだ!」
    ケナンジが急いでプロスペラを担ぎ上げ、元来た道を逆走する。
    やむを得ず、青年とノレアも他の二人の手を取り、引きずるようにして走り始めた。5人全員が疲労困憊だったが、再び銃撃戦に巻き込まれるのは避けられそうもない。

  • 75二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 08:14:58

    5号の飄々とした中に熱さと優しさが垣間見えるところがいいな

  • 76二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 08:28:12

    というかこれあれか、そもそも解析してたかどうかもわからないけど、キャリバーン起動テストにミオリネついてなかったから、ミオリネがトマトの遺伝子コード知らなかった√ってこと?

  • 77スレ主24/02/21(水) 08:55:19

    >>76

    Yes

    そもそも2度目の学園テロが未遂に終わったルートなので、トマト配りイベントが起こっておらず、ロウジがミオリネのトマトを見ていません

  • 78二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 08:59:39

    ……ってことは、ミオリネチームは自力でのクワゼロ停止困難ってこと……???

  • 79二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 12:00:30

    やる時はやる男、5号

  • 80二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 18:34:53

    ノレアとラウダ参戦の弊害が意外なとこで出てきたな

  • 81二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 18:41:40

    これもう外からエアリアル無力化・ガンドノード一掃・シェルユニット破壊の3コンボで無理やり止めるしかない感じかな?

  • 82二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 23:51:24

    そういやこの√の議会連合の動きも気になる保守
    グエルVSシャディクは本編通り発生したけど、学園テロが未遂だから果たして動いちゃったのかどうか……とりあえずどこぞに転職希望者様がいるのは変わらないみたいだけど……

  • 8319_01/1224/02/22(木) 05:16:28

    ミオリネ・レンブランは、サーバーの保護隔壁の陰に座り込んでいる。先程までケナンジたちと共に立てこもっていたのと同じ場所だ。
    そして何の因果か、先程まで彼女に銃撃を浴びせてきた当人であるプロスペラは、片手と両足を拘束され、彼女のすぐ隣で床に転がされていた。正しい緊急停止コードを吐かせるために、さらには敵の増援に対する人質として、ケナンジがとっさにここまで運んできたのだ。
    だが。
    「連中、こっちに人質が居るってことがホントに判ってるのかなあ!? オバさんごとこっちを全滅させるつもりで撃ってきてるとしか思えないんだけど!?」
    通路を挟んで反対側の保護隔壁に身を潜めた青年が、悲鳴じみた声を上げた。少しでも時間を稼ごうとロックを掛けた扉はすぐさま吹き飛ばされ、4台のモビルクラフトが部屋の中に乱入して、こちらに向けてビームマシンガンを連射し始めたのだ。
    彼の言葉通り、プロスペラの生死など関係ないと言わんばかりの乱暴さだ。彼女が緊急停止コードを吐かされ、それによってクワイエット・ゼロが停止する――その事態さえ防げればいいと考えているかのようだった。
    これでは人質の意味が無い。
    「あいつらは、お前を取り戻すつもりがないのか!?」
    床に伏せながら、ケナンジがプロスペラに銃を突きつける。
    だが女は、完全に余裕を取り戻していた。
    「ゴドイたちには、私の命よりクワイエット・ゼロの実現を優先するよう厳命してあるわ。そして計画はもう、私が居なくとも成就する。あとはコアユニットをここに据え付けるだけでいい。
     ……そう。彼らは決して止まりはしないわ。たとえ私が死んだとしてもね」
    狂気に満ちたセリフを吐きながら、しかし女の声は淡々としていた。
    大願成就を確信し、その表情はむしろ穏やかですらあった。
    このぶんでは、いくら銃で脅したところで、決して緊急停止コードなど喋りはしないだろう。

  • 8419_02/1224/02/22(木) 05:17:31

    「おっさん、そいつに構うだけ時間の無駄だっ! それよりあっちに対応しろ! このままだとすぐに制圧されちまうぞ!?」
    拳銃で撃ち返しながら青年が怒鳴った。ケナンジは舌打ちしつつも、プロスペラから銃口を外して中腰の姿勢で遮蔽物に背中を預ける。多少なりとも発砲して敵を牽制しないと、あっという間に向こうの火力に飲み込まれてしまう。
    だがケナンジが加わって3人で応戦しても、劣勢は明らかだった。武装の違いに加えて、こちらは先程の銃撃戦で全員が消耗している。勝ち負け以前に、3人とも長くは戦えそうにない。

    ――私も、加勢しなきゃ。

    ミオリネは、ケナンジから借りた予備の拳銃を握りしめる。だが身体が起こせない。腰は床に根が生えたように動かず、両腕は鉛のように思い。そして膝は、がくがくと震えている。

    ――立て。立たなきゃ。

    床に座り込んだままそう念じ続けるミオリネに、対面から声がかかった。
    「ミオリネさん、無理はしないで。私がミオリネさんのぶんまで頑張るから、今は休んでいて」
    ベルメリアは、自身も膝を震わせながら、しかし銃をしっかりと両手で握りしめ、中腰で立ち上がる。
    無理矢理ぎみな笑顔には、あからさまに疲労と恐怖の色が浮かんでいる。
    それでも彼女は、震える声で、ミオリネを力づけてみせた。

    「私はね、やっと覚悟ができたのよ。自分の罪に向き合う覚悟。自分の罪を償う覚悟。
     だから、こんなところで死にはしないし、あなたも死なせはしないわ」

    そして彼女も遮蔽物から身を乗り出し、銃撃を始める。
    ぎこちない動きで、おっかなびっくりながらも、それでも必死に歯を食いしばり、敵を止めようと発砲を繰り返す。

  • 8519_03/1224/02/22(木) 05:18:02

    ベルメリアに続かなければ、とミオリネの理性は訴える。
    だが心と体がついて行かない。もともと体力に乏しいミオリネは、たった一回の銃撃戦で完全に息切れしてしまった。
    それよりも深刻なのは、精神的なダメージのほうだ。
    人に向けて発砲したという事実。そして、人からの殺意に晒されたという事実。その2つがミオリネの精神に重大な緊張をもたらし、萎縮させる。

    怖い。ただその感情だけが心を支配する。
    身を小さくして、じっとしろ。本能的な衝動が全身を支配する。
    理性の力は、その2つの前に、あまりにも無力だった。

    「――怖いのね、ミオリネさん」
    まるでこのタイミングを見計らったかのように、隣から優しい声がかけられた。
    プロスペラはいつの間にかミオリネの隣で身を起こし、保護隔壁に背中を預け、こちらを見下ろしていた。
    「怖いわよね。人は誰も死にたくないし、殺されたくない。だから死ぬのが怖いのは当たり前。
     なのにこうして人は武器で撃ち合う。武器がある限り、人は命を取り合う」
    弱った心をいたわるように、傷ついた心に寄り添うように、プロスペラの声が響く。
    ミオリネの耳にだけ届くよう、小さな、穏やかな音量で。
    「武器がある限り、この世界はずっと怖いまま。
     ……だから、貴女のお母様は、この世界からすべての武器を取り上げようとしたの。
     戦いも失う悲しみもない世界へと、作り替えようとしたの。このクワイエット・ゼロでね」
    「……今さら私を懐柔しようっての?」
    どうにか気力を振り絞り、ミオリネはプロスペラを睨みつける。だが、恐怖に囚われたままの少女の声に迫力はない。相手の余裕を崩すには至らない。
    プロスペラはにこりと微笑むと、単刀直入に提案してきた。

    「今すぐ降伏してコアユニットを持ってきてくれれば、貴女とスレッタをクワイエット・ゼロに住ませてあげるわ。
     完成したクワイエット・ゼロの中に居れば、誰も貴女たちを傷つけることはできない。武器を向けることすら不可能。貴女たちは二度とこんな怖い思いをすることはないのよ」

  • 8619_04/1224/02/22(木) 05:18:32

    普段のミオリネであれば、そんな甘言は即座に跳ね除けていただろう。
    だが、戦いの恐怖に晒され、弱りきった少女の心には、甘い毒のように染み渡った。
    「怖い思いを、しなくて済む……」
    それがどれほど素晴らしいことなのかを、今の彼女は身にしみて理解している。
    プラント・クエタでテロに遭遇するまで、死の恐怖など想像の中のものでしかなかった。他人から殺意を向けられることの恐ろしさは、少女の想像の範囲外だった。
    クイン・ハーバーの惨劇を目の当たりにするまで、学園という揺り籠の外ではいかに死と暴力が横行しているのかを、少女はまるで実感できていなかった。
    父がなぜクワイエット・ゼロの建造に乗り出したのかを、今、ミオリネは少しだけ理解した。この残酷な世界から、デリングは自らの家族を徹底的に遮断したかったに違いない。
    「そう、怖い思いをせずに済むのよ。誰もが武器を失い、すべての戦いが終わる。素晴らしいことだと思わない?
     今からでも遅くはないわ、ミオリネさん。私たちの協力者に戻って頂戴。そしてこの世界から悲しみを失くすのよ。
     貴女のお母様がそう望んだようにね」
    プロスペラの甘言は続く。
    それが罠だと判っていても、今のミオリネに抗うのは難しい。怒る気力も、反発する精神力も消耗しきっている。
    だが、まだミオリネには残っているものがあった。

    「クワイエット・ゼロで武器を奪い取ろうと、悲しみも憎しみも無くなりはしない。戦いだって終わりはしない。だって結局、ただ力で押さえつけているだけだもの。
     どんな力で押さえつけようと、人は奪われたまま黙ってはいない。大事なものを取り上げられた怒りは、我慢することはできても、決して無くなりはしない……」

    それは、彼女自身の体験。
    父から友を奪われ、自己決定権を奪われ、人ではなくトロフィーとして扱われた記憶。それが今、プロスペラの言葉を否定する拠り所となっていた。

  • 8719_05/1224/02/22(木) 05:19:39

    「このクワイエット・ゼロは、自分さえ良ければそれでいいっていうクソ親父の思想の煮こごり。文句を言う相手は力で黙らせるアイツのやり方の延長でしかない。
     その程度のことはアンタだってわかってるんでしょ? プロスペラ」
    そう指摘してやると、プロスペラの顔がわずかに歪んだ。当たり前だと言い返したげな感情が垣間見える。
    だが女はすぐに己の本心を隠し、別の方向から言葉を向けてきた。
    今までの穏やかさとは打って変わって、現実の厳しさを突きつける冷徹な声で。
    「……だとしても、クワイエット・ゼロの力で押さえつけなければ、貴女は生きている限り全世界からの憎しみと暴力にさらされることになるわ。そうでしょう?
     だってベネリットグループは崩壊寸前。この場所に貴女自身が乗り込んできたことが、貴女たちにもう人が残っていないことを示している。もはや貴女のお父様は、貴女どころか自分自身を守る力すら残っていないのよ。そして貴女のお父様に向けられる怒りと憎しみは、全世界に溜まりに溜まっている……
     この状況で、自分の力だけで身を守る自信があるのかしら? 貴女には」
    「…………」
    ミオリネは黙り込む。
    すでにわかりきった事実ではあるが、改めて指摘されると、状況の過酷さに身震いしたくなる。
    「貴女がこの戦いに勝利したとしても、貴女とお父様はこれからずっと、怒りを剥き出しにする人々の暴力に怯える日々が続くのよ。
     耐えられるの? 貴女に。たった一回の銃撃戦で立てなくなってしまう貴女に」
    プロスペラの言葉は容赦なく続く。
    ミオリネの現実認識の甘さを遠慮なく指摘する。
    そうやってさんざん打ちのめしたあと、女の声はいきなり猫なで声に転じた。

    「……でも、貴女がそんな危険に直面する必要はないわ。
     だってこのクワイエット・ゼロがあるのだもの。この中に居さえすれば、誰も貴女たちに暴力を振るえない。心配などする必要もない」

  • 8819_06/1224/02/22(木) 05:20:01

    女の要求は、そこに戻る。
    クワイエット・ゼロが完成すれば、その中にいる人間は完璧に安全だ。だから降伏してコアユニットをよこせ。対価としてお前たちに居住権をくれてやる。
    「それで何の問題があるの? そもそも貴女にとって興味があるのは、自分自身とスレッタだけでしょう? それ以外の人間のことなど、大して興味がないのでしょう?」
    だからこの揺り籠の中で、いつまでも安寧を貪ればいい。スレッタと二人だけの世界に閉じこもって、存分に幸せにひたればいい。
    女はそう囁きかける。他人など切り捨ててしまえばいいと、ミオリネの理性を揺さぶる。

    心が動かなかったといえば、嘘になるだろう。
    二人だけの閉じた世界、という響きに、甘い疼きを覚えなかったとは言い切れない。

    そのときミオリネの正気を保ったのは、理性でも怒りでも反発心でもなく、覚悟だった。
    「却下よ。私はもう、揺り籠の中には二度と戻らない」
    手の中の銃を握りしめ、少女は宣言する。

    「だって外に出ないと、私のやるべきことができない。
     だから、たとえ憎しみと暴力に晒されようと、私は外の世界に出ていく。
     交渉して、協力者を得て、自分の身を守ってみせる。そして必ず、私のやるべきことを成し遂げる」

    「やるべき、こと……?」
    思わぬ返答に唖然とするプロスペラに、ミオリネは告げた。

    「決めたのよ。罪過の輪を、私が止めるって。
     クソ親父……デリング・レンブランが始めた憎しみと暴力の連鎖を、私が生涯かけてでも終わらせるって」

  • 8919_07/1224/02/22(木) 05:20:37

    「そんなこと、できるわけが――」
    「21年前のヴァナディース事変から始まって、ベネリットグループによる地球の人々への暴力と収奪、そしてこのクワイエット・ゼロによる全人類支配の目論見。
     デリング・レンブランの犯罪的行為のすべてを、私が全宇宙に公表する。そしてアイツを裁きの場に立たせる。被害者への弁済については、アイツが隠し持ってる個人資産と、ペイルCEOたちの秘密口座の資金で賄う」
    具体案を提示すると、あれだけ変幻自在に動いていたプロスペラの舌がぴたりと止まった。ミオリネが本気でデリングを断罪するつもりだということが、完全に想定外だったのだろう。

    ミオリネの案は、マルタン、リリッケ、セセリアら経営戦略科の生徒たちとともに検討したものだった。
    クワイエット・ゼロの反乱を鎮圧しても、まだ宇宙議会連合からの強制調査の名を借りた武力制圧が待っている。それを自浄作用を示すことで回避するために、さらには地球圏に渦巻く暴力の連鎖を少しでも断ち切るために、ミオリネはこのプランを採用するつもりだった。

    そしてこのプランであれば、プロスペラにも協力を求めることができる。彼女の目的の一つを果たすことができる。
    デリング・レンブランへの復讐という目的を。
    「だから、ヴァナディース事変の被害者であるあなたにも、デリング・レンブランの裁きの場に立って欲しいの。そしてアイツの犯行について証言して欲しい。
     そのためにも、もうこんな戦いは終わらせなきゃいけない。罪過の輪を止めるために、私たちは手を取り合って行かなくちゃいけないのよ」
    そうなれば、この戦いを止めることができる。
    少女の願いは、しかし、成就することはなかった。

    「……どうでもいいっ! デリングの罪も罪過の輪も! そんなことに興味はないのよっ!
     私が願っているのはエリィの自由だけ! それ以外のことなど眼中にないっ!」

    顔を醜く歪ませ、プロスペラが本性を表す。
    やはり彼女の心はエリクトにしか向けられていなかった。ミオリネの母の理想も、全人類の未来も、スレッタの幸せも、彼女にとっては瑣末事に過ぎなかった。

  • 9019_08/1224/02/22(木) 05:21:00

    懐柔が通用しないとみたプロスペラは、今度は暴力の恐怖をちらつかせてミオリネを脅しにかかる。
    「貴女が降伏しなければ、ここにいる全員が皆殺しよ。それでいいのかしら?
     貴女は死ぬ覚悟ができているかも知れない。でもここにいる人たち全てを貴女の玉砕に巻き込むつもり? そんな身勝手が許されると思っているの?」
    至近距離での銃撃戦はもう5分以上続いている。この火力差でそれだけの時間を耐え凌いでいるのは偉業ですらあったが、すでにケナンジもエランの影武者もノレアもベルメリアも、掠ったビームの熱や飛んできた破片で手傷を負っていた。そう長くは保たないだろう。
    「もう逆転は起こらない。誰も貴女たちを助けには来ない。コミックや映画のような奇跡は、現実にはありはしないのよ。
     だからさっさと降伏なさいミオリネ・レンブラン。降伏すれば全員の命が助かるのよ。さあ……」
    覆いかぶさるように脅迫してくるプロスペラを、ミオリネはじっと見上げる。そして、自らの心と身体を再確認する。
    まだ疲労は抜けていない。身体は鉛のように重い。
    それでも心は多少は回復した。自らの覚悟を思い出したことで、恐怖はやり過ごすことができた。
    ミオリネは銃を持ったまま身体を起こす。中腰になって遮蔽物に背中を預ける。
    プロスペラのほうを向いたまま、少女はぼそりと告げた。

    「降伏はしない。奇跡を待つわ」

    そして敵の斉射が止むのを待って身を乗り出し、自らも銃を撃ち放つ。
    素人丸出しの構えだったので、ビームはあらぬ方向へと飛んでいったが――しかし、多少なりとも敵への牽制にはなっただろう。
    ミオリネがすぐさま遮蔽物の陰に身を隠すと、プロスペラの嘲笑が待ち受けていた。
    「愚かよ。愚かにもほどがあるわ、ミオリネ・レンブラン。
     都合のいい奇跡など起きるはずがない。そんなもの起きてたまるものか。
     そんなものが貴女の身に起こるなら――21年前に私たちに起こっているはずっ。
     奇跡なんて決して起きないのよっ!」

  • 9119_09/1224/02/22(木) 05:21:31

    その瞬間、敵の斉射がぴたりと止まった。
    保護隔壁をさんざんに撃ち鳴らしていたビームの音が、完全に聞こえなくなる。
    まるで本当に奇跡でも起こったかのように、サーバールームが静寂に満たされる。
    「……は?」
    嘲笑の形のままでプロスペラの顔が固まる。
    静まり返った部屋の中に、司令室からの通信音声が響いた。

    「ミオリネちゃーん、まだ生きてるー? 司令室の制圧、たったいま完了したよーっ!」
    「警備用のモビルクラフトにも、全て停止命令を送っておきました。……あの、遅くなってゴメンなさい。間に合いましたか……?」

    底抜けに明るい声と、奇妙におどおどした声だった。
    場違いなまでにのんきな二人の女子生徒の呼びかけが、サーバールーム内に満ちていた戦場の空気を弛緩させる。緊張が解けた青年が、どっこらしょと床に腰を下ろした。
    「あー、さすがに死ぬかと思ったよ。いくらなんでも遅すぎだろ、アイツら……」
    「ホントに。あれだけの数のモビルクラフトをこっちに引き付けてあげたのに、こんなに時間がかかるなんて。グラスレーの特殊部隊訓練とやらもタカが知れているわ」
    「……ねえ、二人とも。愚痴はそれくらいにしましょう。すぐに怪我の手当てをするから、ここに座り直してちょうだい」
    「ちょっと待て、こっちは終わってないぞ! モビルクラフトは沈黙したが、それを引き連れてる敵兵がまだ残ってるっ! 疲れてるのは判るが、銃を下ろすなっ!」
    ケナンジが最後にそう怒鳴って気を引き締めさせるが、さすがに先ほどまでの緊張は戻らない。大勢が決したからだ。
    クワイエット・ゼロの機能停止、およびベネリットグループの勝利が、これで確定した。

    「…………」
    一方でプロスペラは、口を閉じ、動かなくなってしまった。
    だが茫然自失という態ではない。何が起こったのかを必死に把握しようとしているようだった。
    恐らくこの状況でも、まだ何も諦めてはいないのだろう。すべてを再計算し、次の逆転の一手を見出そうとしているのだろう。
    見上げた執念というべきだった。

  • 9219_10/1224/02/22(木) 05:22:06

    そんな女に余計なヒントを与える必要もない。保護隔壁に背中を預けて座り込んだミオリネは、プロスペラの隣で無言を保つ。
    そもそも、それほど難しいことでもない。クワイエット・ゼロへ侵入を試みた部隊は2つあったという、ただそれだけの話だ。
    片方の部隊はミオリネたち5人。サーバールームで緊急停止コードを打ち込むことを主目的にしつつ、あえて目立つルートを進んで陽動を兼ねる。
    もう一つの部隊は、エナオ・ジャズをリーダーとする、グラスレーの特殊部隊訓練を受けた陸戦隊メンバー。ステルス機能付きのノーマルスーツに身を包み、エレベーターシャフトや通気口といった監視の難しいルートを辿って指令室の制圧を目指す。
    その2つの部隊をクワイエット・ゼロまで運ぶのは、ブリオン社が提供した2機のデミバーディング。操縦するパイロットは、グラスレー寮のトップエースであるサビーナ・ファルディンとレネ・コスタの二名であった。

    「ミオリネちゃーん、わたしたち、ちゃんと仕事したよーっ。だからそっちもちゃんとシャディクを無罪放免してねーっ。忘れたら許さないよーっ!」
    「……ええと。取引条件は無罪放免じゃなくて、減刑だったと思うんだけど。メイジー」
    「あーっ、馬鹿正直に言っちゃダメだよイリーシャ。どさくさに紛れて対価を吊り上げようとしてるんだからっ!」

    艦内通信で漫才を繰り広げる二人の同級生に苦笑していると、横から声がかかった。
    こちらの作戦を大体察したらしいプロスペラが、唇の端を震わせつつ、しかし冷静さを装って疑問を投げかけてきたのだ。
    「……どうして、貴女自身が囮になる必要があったの?」
    その部分だけが解せない、ということらしい。
    確かに、ギリギリとはいえ制圧要員は揃っていた。ミオリネがこの場所に来る必要性は薄かった。それなのに少女が敢えて志願したのは、
    「私やケナンジ隊長が居たなら、黙って見過ごすことはできないでしょ? 特にあんたは。
     指令室を守る戦力を割いてでも、きっとあんたは自分自身の手で私たちを始末しに来ると思った。だから私もメンバーに入ったのよ」
    そう答えてやると、プロスペラの顔が屈辱に歪んだ。
    小娘と侮っていた相手に、思考を読まれて完封負けを喰らったことを悟ったようだった。

  • 9319_11/1224/02/22(木) 05:22:33

    敗北に肩を落とすプロスペラを見つめながら、しかしミオリネの気分は晴れない。
    クワイエット・ゼロ制圧には成功した。だが結局、プロスペラを翻意させることは叶わなかった。どれだけ言葉を尽くして説得しようと、彼女はこれからもエリクトだけに執着することを止めないだろう。そして、スレッタを顧みることもないだろう。
    「親なら同じくらいに愛してあげてよ。お願いだから、スレッタのことも見てあげてよ……」
    ミオリネは胸中でそう嘆かざるを得ない。

    さらには、今後のこともあった。
    彼女はこれから実の父親の過去を暴き立て、裁判の場に立たせ、その罪を糾弾しなければならないのだ。
    それは絶対に必要なことだ。過去の清算をしなければ、無数の恨みと憎しみが残ったままになってしまう。それらを無視して未来に進めば、行き場を失った憎悪が再び暴力の連鎖を呼ぶだろう。
    だが、相手は父親だ。曲がりなりにとはいえ、母と自分への愛情は持っていたであろう男なのだ。そういう人間を、ミオリネは自らの手で断罪しなければならない。
    そして無論、父の裁判と並行して、彼女自身も自らの罪と向き合わなければならない。クイン・ハーバーの虐殺の責任は、プロスペラに同行許可を出し、さらにはガンダムへの搭乗を許したミオリネが背負わなければならないのだ。

    「こうなったら、あんたの罪が確定するまでは付き合ってあげるわ。私の裁判が終わっていたとしてもね。
     ……だから、罪を償うそのときまでは、絶対に死んだら許さないわよ。……クソ親父」

    憂いをたたえた表情で、ミオリネは独りごちた。
    長い長い敗戦処理が、これから始まる。

  • 9419_12/1224/02/22(木) 05:22:55

    「クワイエット・ゼロの指令室の制圧完了! ガンドノードの停止、およびデータストームの消失を確認! 作戦成功です!」
    指揮所内にオペレーターの声が響き渡る。あちこちで喜びの声が上がり始めるが、ラジャンは雑音をかき消すように大声で注意する。
    「浮かれるな! 各員の無事の確認が先だ!」
    どやされたオペレーターたちは、慌てて自らの仕事に戻る。各所へと通信を飛ばし、安否の確認を開始する。
    やがて、朗報が次々ともたらされた。

    「クワイエット・ゼロ、突入部隊全員の生存を確認! 負傷者はいますが、いずれも軽傷とのこと!」
    「キャリバーン、シュバルゼッテ、いずれも健在! パイロットも問題なしとのこと!」
    「我が方の戦闘艦に被害なし! 負傷者・行方不明者、ともに0!」
    「モビルスーツ部隊、被害報告なし! 全機体・全パイロット健在!」

    ベネリットグループ側に死者なし。重傷者なし。戦いの規模を考えれば奇跡と言っていい。
    臨時指令を任されたラジャンは、ようやく自らに安堵のため息を許した。
    「……ひとまずは、終わったな」
    彼の仕事はまだまだ山積みだ。敵に降伏を促し、クワイエット・ゼロを占拠し、その機能を完全に掌握・破壊しなければならない。さらにはグストンを介して宇宙議会連合の艦隊と交渉し、事情を説明したうえでお引き取りを願わなければならない。
    だが、ともかくも最初の山場は越えた。彼は椅子に座ったまま天井を見上げる。
    「ご無事で何よりです、ミオリネ様。そして、皆も」

    しかしそのとき、彼の横に座るセセリアの端末に一本のメールが入った。セセリアがすぐに画面に見入ると、そこには不吉な文章が。
    「惑星間レーザー送電システム……による、長距離狙撃……?」
    はっと顔を上げた少女は、すぐさま臨時指令に告げた。
    「ラジャン指令! 転職希望者から連絡! この宙域が狙われてる!」
    焦るあまりに、事情説明も敬語も抜け落ちたセリフ。だがすぐにラジャンはその緊急性を悟った。全艦艇に後退を命じるべく、オペレーターへと振り向く。

    宇宙が真っ白な光で満たされたのは、その次の瞬間だった。

  • 95二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 07:48:13

    あれ? これエリクトいないから直撃コースでは?

  • 96二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 18:09:45

    どうなるんだこれは

  • 97二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 21:37:36

    白い光が姉妹が仲直りしたあとの仲良しパワー的な何かだと信じて保守

  • 98二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 23:37:12

    戦域を離脱したのはエアリアルだけでエスカッシャン7つは残ってる……いけるか!?

  • 9920_01/1124/02/23(金) 07:32:39

    エラン・ケレスは、宇宙議会連合の会議室の壁際に立っていた。無表情で、自らの端末に表示されたゲーム画面に指を走らせる。
    「エラン様……まだゲームなんかに夢中なのですか? これからILTSが照射されるのですよ?」
    部屋の中央の円卓に座るペイル社CEOの一人から、呆れたような声が投げられる。
    しかしエランは肩をすくめただけだった。
    「ラグランジュ4に愛着なんざ無いが、一応は俺の生まれ故郷なんだ。それが焼かれる様なんて見る気もしないよ、胸糞悪い」
    顔も向けずにそう答え、再び指を動かし始める。
    端末に表示されるゲームは、マイナーな会社が経営する、さして有名でもないタイトルだ。ミニゲームの多さを売りにしていたが、発売後の売上は鳴かず飛ばず。エランがこっそりポケットマネーで会社ごと買収していなければ、早々にサービス終了していたのは間違いない。
    ゲーム内容も大して面白くもなく、時間つぶしにも使えない。エランにとって価値があるのは、会社のプログラマに命じて組み込まぜたとある機能くらいだ。
    エランのIDに限り、ある一定の手順で画面を操作すると、外部の人間に向けて好きなメッセージを送り出せる、という。
    端末とゲームサーバーの間の情報のやり取り自体は、エランのIDも他のIDも全く同じ。しかしエランのIDの場合のみ、画面操作内容をゲームサーバー内で文字情報に変換し、指定した相手に向けてメールを送信するのだ。
    一向にろくな仕事を回してこない共同CEOたちに嫌気が差したことと、ペイル社の内情のヤバさを知ったのをきっかけに、1年ほど前に思いつきで仕込んでおいた仕組みだ。小言を聞かされるばかりの会議中にひそかに他社の人間と連絡を取り合ったり、転職を有利に進めるために社内情報をリークするのに使っていたのだが、まさかこの場面で役に立つことになるとは思わなかった。

  • 10020_02/1124/02/23(金) 07:33:11

    ……ILTSの加害半径は不明。下手するとラグランジュ4全域に及ぶ。早急に離脱を。

    何食わぬ顔で画面に指を走らせ、外部の協力者にメッセージを送り続ける。仮に誰かが後ろから画面を覗き込んだとしても、表示されているのはただのゲーム画面だ。もし端末を没収され、内部のプログラムを洗いざらい調査されたとしても、特殊なコードなどどこにも存在しない。人前で堂々と秘密の通信を飛ばすには最適の仕組みだと言えよう。
    難点は、使用者が「ある一定の手順」を完璧に記憶しておく必要があることと、送ろうとしているメッセージの内容を自分の目で確認する方法が存在しないことくらいか。だが、彼の記憶力の前ではさしたる障害にはならなかった。この方法でエランは、人体実験やガンダムの研究といったペイル社の暗部、および4人の共同CEOの隠し資産の在り処といった秘密を外部協力者に渡し、自分が安全に足抜けするための備えとしていたのだ。
    だが今やそれどころではなくなった。このままだと転職先が消滅する。否、ベネリットグループそのものが宇宙の塵となりかねない。そして全人類を実質的に支配するのは、絶滅兵器を躊躇なくぶっ放す宇宙議会連合の過激派となってしまう。

    冗談じゃないぞ。ここまで上り詰めたってのに、あんなイカれた連中の下で飼い殺しにされるのは御免だ!

    ポーカーフェイスの下に必死の感情を隠し、エランは画面入力を続ける。宇宙議会連合の目論見、ILTSが2射目の準備を終えるまでにかかる時間。この会議室で得た情報を、可能な限り外部協力者に送り出す。

    「エラン様、照射開始の時間ですよ?」
    「興味ないって言ってるだろ? それより今いいところなんだよ、話しかけんな」

    ぶっきらぼうに言い放ち、エランは狂人たちの集団に背を向ける。
    彼らよりはまだマシな連中が全滅しないことを祈りながら、メッセージを送り続ける。

  • 10120_03/1124/02/23(金) 07:34:21

    そのときスレッタ・マーキュリーは、クワイエット・ゼロから距離を置いた宙域にいた。
    彼女の乗るキャリバーンはもう赤く光ってはいない。エアリアルが抵抗の手段を失ったこと、データストーム空間の外に出たこともあり、すでにパーメットリンクを切っていた。
    身体にかかっていた負担が消えた少女は、ぐったりと椅子にもたれながらも、ベネリットグループの臨時指令部と連絡を取り合う。
    「……作戦終了、ですか。良かった……
     ……はい、わたしは無事です。そしてエリクトも」
    スレッタはちらとエアリアルを見やる。姉は先程から沈黙を続けていた。完全に諦めたのか、それともまだ反撃の機会を伺っているのか、それは判らないが。

    「ねえ、エリクト。お母さんは無事だって。ちゃんと生きてるって。
     ……まだやり直せるよ、お母さんも、エリクトも。
     わたしも協力するから、だから――」
    「……ダメっ!」

    唐突にエリクトが叫ぶ。それは拒否の返事ではなく、警告だった。
    直後、クワイエット・ゼロ周辺で動かなくなっていたガンドノードが再起動する。いまだ撃墜を免れていた百機あまりが、ある一定の方向に向けて一斉に飛んでいく。全機が一定の間隔を保ってフォーメーションを形成する。
    さらには、停止していたクワイエット・ゼロ表面のシェルユニットに再び火が灯った。巨大なデータストーム発生装置は急激に出力を上昇させ、過負荷のあまり自壊を起こしながらも真っ赤な光を放つ。
    すべて、わずか数秒内の出来事だった。あまりに変化が急激すぎて、スレッタも何も反応できない。
    それはどうやらエリクトも同様だったらしい。彼女はただ一言、戸惑いの言葉を発しただけだった。

    「これは……君が?」

    宇宙が光ったのは、次の瞬間だった。

  • 10220_04/1124/02/23(金) 07:34:59

    クワイエット・ゼロを極大の光が包み込む。光は奔流となり、周辺の全てを押し流し、宇宙の塵にしようと荒れ狂う。
    その様を、二人の姉妹は呆然と眺めるしかなかった。何をするにしても、あまりにも遠すぎる。データストーム空間からも離れたこの場所からでは、エリクトとてガンドノードの制御は不可能だ。
    だが、無人機は確かに再起動し、そして全機がデータストームの中継機と化して、光の奔流に抗っていた。
    ガンドノードだけではなくクワイエット・ゼロ本体もだ。既に半壊状態だったシェルユニットはさらに砕け散り、崩壊し、もはや残っているのは全体の半分以下といった有様。そんな状態ながらもフル稼働を示す真っ赤な光を放ち、データストームの強度を保っている。クワイエット・ゼロ、およびその周辺に展開するベネリットグループの全艦艇を守ろうとするかのように。

    やがて、光の奔流は霧散した。
    あとに残るのは、ほぼ全滅したガンドノードの群れ、そしてシェルユニットのおよそ三分の二を失ったクワイエット・ゼロの巨体。

    「あ、ああ……」
    スレッタは凍りつく。
    今の光の正体は判らない。だが間違いなく巨大な破壊エネルギーだ。それがこの宙域を襲ったのだ。
    クワイエット・ゼロ本体にはシェルユニットを除いて被害は出ていないようだが、その周辺にいるはずのベネリットグループの艦艇は? そして、展開していた多数のモビルスーツは?
    ガンドノードのものと思われる残骸が視界を遮り、ここからでは被害状況が目視できない。先程の強烈な光の影響か、コックピットの電子機器が一時的に混乱し、敵味方識別信号が表示されない。

    いや、表示されないのではなく……全滅した?

    「そ、そんな……っ!」
    絶望の予感に身を震わせながら、スレッタは通信機に叫ぶ。

    「グエルさん、ラウダさん、みんな! 返事をして……お願い、返事をしてぇぇぇ!」
    「俺は無事だスレッタ!」
    「やかましいぞスレッタ・マーキュリー!」
    「ひょえあああ!?」

    そして即座に怒鳴り返され、腰を抜かした。

  • 10320_05/1124/02/23(金) 07:35:23

    「お前は無事か!? 無事なんだな!? 敵味方識別信号が出てないが、単なる故障なんだなスレッタ!?」
    「こちらは今、状況を確認中だ! あまり騒いで邪魔をするなスレッタ・マーキュリー!」
    シュバルゼッテに乗る二人の兄弟は、健在だった。そして二人とも声が大きかった。
    正直、とてもうるさい。
    「スレッタ、無事なのね!? こっちも無事よ! 全員健在!」
    クワイエット・ゼロの司令室に移動したらしいミオリネからも通信が入る。こちらもなかなかの音量だ。
    結果、キャリバーンのコックピットは、スレッタ以外の3人の声で満たされることになった。

    「スレッタ、お前は母艦に戻れ! その宙域も危険かも知れん!」
    「あの光の正体は……宇宙議会連合の秘密兵器!? 大量虐殺兵器だって!? 正気なのか、あの連中は!?」
    「ガンドノードとクワイエット・ゼロが、停止命令を無視して再起動した……? 誰の手で? 何が起こったの?」

    3人が交互に会話したり怒鳴ったりするので、スレッタが口を挟む隙間がない。少女はコックピットの中でおろおろとするばかりだ。そして彼女が戸惑う間に、3人は各方面と連絡を取り合いつつ情報をまとめ、迅速に状況整理を進めていく。
    少しずつ改善してきているとはいえ、コミュニケーション能力に難を抱えたままのスレッタには、この3人の頭の回転についていくのは無理だった。

    「あの攻撃は、ラグランジュ1からだと!? 数十万キロの彼方だぞ!? そんなことが可能なのか!?」
    「それが本当だとしたら、反撃も回避も不可能だ……どうすればいいんだ、そんなもの」
    「しかも無警告で撃ってきた……クワイエット・ゼロが再起動してなかったら、私たちは確実に全滅してたってことじゃない……」

    だが会話には入れずとも、漏れ聞こえる情報から、今が緊急事態であることは理解できる。
    スレッタはすぐに思考を切り替え、先程見た光景を元に、自分なりに打開策を考え始めた。

  • 10420_06/1124/02/23(金) 07:37:06

    まずは状況を整理する。

    宇宙議会連合はベネリットグループごとクワイエット・ゼロを葬るため、惑星間レーザー送電システムを利用した攻撃を行ってきた。
    先ほどの一度目の攻撃は、謎の再起動を果たしたクワイエット・ゼロ、およびガンドノードが形成したデータストーム空間によって防ぐことができた。だが、おそらく数時間後には二度目の攻撃が来る。
    「…………」
    どうして急にクワイエット・ゼロとガンドノードが再起動したのか。誰が再起動させたのか。それは気になるが、今はそれを詮索している場合ではなかった。再起動した原因が何であれ、ガンドノードは全滅し、クワイエット・ゼロのシェルユニットも三分の一程度しか残っていないのだ。再びあの光が襲いかかってきたら、先ほどのように防ぐことは不可能だろう。

    つまり、二度目を撃たれてしまえば、きっと自分たちは全滅する。
    この場にいる人たちは、間違いなく全員死んでしまう。

    「そんなこと、絶対にさせない……!」

    あの光を、撃たれる訳にはいかない。
    撃たれる前に、止めなければならない。
    そのために可能な方法が、もしあるとするなら。
    数十万キロの彼方に浮かぶ大量虐殺兵器を、ここから数時間以内に止める方法があるとするなら。

    それはきっと、ただひとつ。

    「オーバーライド……!」

    スレッタはクワイエット・ゼロに視線を向け、その被害状況を確認する。
    そしてコックピットの機器に指を走らせ、計算を始める。

    「パーメットスコアを、6よりもさらに上昇させれば。
     そうすればきっと、ラグランジュ1に届くはず……!」

  • 10520_07/1124/02/23(金) 07:37:29

    そしてスレッタが必死に考えるあいだに、彼女の姉であるエリクトも、エアリアルの中で思考を続けていた。
    なぜ、自分が何もしなかったのに、ガンドノードとクワイエット・ゼロが再起動したのか。
    なぜ、それらはベネリットグループの艦艇までも守ろうとしたのか。

    「……どうして? なんで君は、あいつらを守ったの?
     君がそんなふうになったのは、あいつらのせいなのに」

    エリクトはクワイエット・ゼロへと、否、その中に居るモノへと問いかける。
    答えが返ってこないことは承知していたが、どうしても聞いてみたかったのだ。
    なぜ守ったのか。なぜ許したのかを。

    答えのない問いをエリクトが繰り返していると、不意にキャリバーンから通信が入った。

    「……ねえ、エリクト。お願い、力を貸して。
     このままだとお母さんもみんなも、あの光に焼かれて命を落としてしまう。
     だから、二人で協力して、あの光を出す兵器を停止させよう」

    妹からの提案は、一時休戦と共闘の申し出だった。エリクトとしては特に異論はなかったものの、すぐには応答しない。否、できない。

    実のところ、スレッタが閃いた打開策については、エリクトも既に同じアイディアを思いついていた。だがクワイエット・ゼロのシェルユニットの過半が失われた今、この方法は安全ではなくなった。間違いなく、関わる者全員が大きな代償を払う必要がある。
    だから言うのを躊躇っていた。母の命を救うためにはこの方法しかないと判っていながら、口に出せなかった。
    しかし、スレッタも自分と同じ方法に辿り着いてしまった。そして妹はきっと、代償を払う必要があると知っても、躊躇いなくこの方法を採用するだろう。

    だとしたら、自分はどうするべきなのか。
    しばし迷った後、エリクトは口を開いた。

    「わかった。やろう、スレッタ」

  • 10620_08/1124/02/23(金) 07:37:48

    同時刻。
    グエルらの会話は、煮詰まり始めていた。
    「反撃は無理、防御も無理となれば……プランEはどうだ? グループ解散宣言で、宇宙議会連合の大義名分を失わせるんだ」
    「それであいつらが止まってくれればいいけど……もうあいつらは、既に無警告で大量虐殺兵器を使ってきた。見境を失くしているとしか思えない。解散宣言を無視して2射目を撃ってくる可能性のほうが高いよ、兄さん」
    「そうね。この宙域に進出してきた宇宙議会連合の艦隊も、こちらからの呼びかけに応えないまま後退を始めてるそうよ。もうあいつらは、きっと何をしても止まらない……」
    様々な情報を並べて検討を続けるが、有効な打開策が見つからない。

    なにしろ相手は数十万キロの彼方から砲撃しているのだ。物理的な反撃は不可能。さらに、相手との交渉も望めそうもない。
    となれば逃げるしかないが、もし本当に敵の兵器の加害半径がラグランジュ4全域に及ぶのであれば、この戦いとは無関係の民間人の多数が逃げ遅れ、命を落とすことになる。
    「……そんなことになるくらいなら、無条件降伏して2射目を止めてもらう方がまだマシだ……」
    「でもそれじゃあ、兄さんたちがっ!」
    ラウダが悲鳴を上げる。
    見境を失くした宇宙議会連合に全面降伏してしまえば、ベネリットグループの幹部は口封じと首切りを兼ねて全員が処刑されかねない。デリングやミオリネは勿論、ラジャンやサリウス、グエルらもまず助からないだろう。ラウダはそれを危惧し、止めようとする。
    「兄さん、諦めないで! まだラジャン臨時司令からは何も言ってきていない! あの人の判断を待とう!」
    「だが、グズグズしていては……!」
    3人の会話に悲愴さが混じり始めた頃、もう一つの声が、別の可能性を提案してきた。

    「あの、皆さん! わたし、思いついたことがあるんです!」

  • 10720_09/1124/02/23(金) 07:38:13

    クワイエット・ゼロにコアユニットを接続し、データストーム領域を一時的にラグランジュ1まで拡大する。
    その上でエリクトが惑星間攻撃兵器にオーバーライドを仕掛け、その機能を停止させる。同時に、宇宙議会連合が巨大インフラの名目で大量虐殺兵器を建造していたという情報を全ラグランジュ宙域にリークし、武力行使の正当性を失わせる。

    スレッタの提案は、即座に臨時指令部へ届けられて実現可能性が検討され、やがて勝算ありの結論が出た。
    本社フロント内部に保管されていたコアユニットが、エンジニアを同乗させたシャトルで急ぎクワイエット・ゼロへ運ばれ、接続準備が進められる。
    そして満身創痍のエアリアルもまた、キャリバーンによって慎重にクワイエット・ゼロの中へと運ばれていく。二機のすぐそばにはシュバルゼッテが控え、万が一に備えて護衛を務める。

    エアリアルを抱え、クワイエット・ゼロの内部にゆっくりと降りていくキャリバーンに、シュバルゼッテが続く。
    そのコックピットの後部座席で、ラウダが不安げにつぶやいた。
    「それ以外に方法がないのは判るけど……本当に大丈夫なんだろうか?
     完成したクワイエット・ゼロの制御を、エアリアルに委ねてしまっても」
    その心配は当然のものと言えた。彼らがここまで戦ってきたのは、クワイエット・ゼロへのコアユニットの接続を阻止するためだったのだから。
    弟の疑問に、前部座席の兄が答える。
    「仮にエアリアルがデータストームの展開を永続的に続けようとしても、シェルユニットがもたない。あと20分も連続稼働すれば完全に崩壊する。だからそっちの心配は無用だ、ラウダ」
    コアユニットを接続したうえでクワイエット・ゼロを稼働させても、今のダメージ状況では、データストーム領域の人類圏全体への持続的展開は不可能。
    それが、カミルやペトラらエンジニア班が検討したうえでの結論だった。

  • 10820_10/1124/02/23(金) 07:38:44

    「それよりも……スレッタが心配だ。これからやろうとしていることがどれくらいあいつに負担をかけるのか、全く不明なんだ。前例もデータもない。あいつ自身は大丈夫だって請け負っていたが……」
    クワイエット・ゼロのシェルユニットは、ベネリットグループの攻撃によって壊滅に近い状態となっている。月まで届くほどの出力を得るためには、スコア6をさらに超えてパーメットスコアを上げる必要があるのだ。
    スレッタはすでに、呼吸もままならぬほどのスコアを維持しての戦闘を10分以上続けている。これ以上の負荷がかかれば、後遺症が残るようなダメージを負いかねない――ソフィ・プロネのように。

    憂鬱に沈むグエルのもとに、クワイエット・ゼロの司令室から連絡が届く。
    彼と同様に沈んだ表情の、ミオリネからだった。
    「クワイエット・ゼロのすぐ外に、医療班を乗せた艦を待機させているわ。
     全部終わったら、すぐにスレッタをその船に運んであげて。
     ……頼むわよ、グエル」
    「……ああ、任せろ」
    こんなのは偽善だ。会話する二人ともが、そう思わざるを得ない。
    データストームがスレッタに与えるダメージを最小限にするため、可能な限りの手を打ってきたつもりだった。だが結局はこのザマだ。皆の命を救うためという名目で、彼女に危険な賭けを強いることになってしまった。事がすべて終わった後で助けに行ったところで、自分たちがやっていることの醜悪さを拭えはしない。

    ――こんなことしかできないのか、自分たちは。

    キャリバーンを見つめる二人は、同じ無念を噛み締めていた。

  • 10920_11/1124/02/23(金) 07:39:06

    「ねえ、スレッタ」
    キャリバーンに抱えられたエアリアルが、接触通信を開いた。
    スレッタにしか聞こえない声で、エリクトは妹に問いかける。
    「スレッタも判ってるんでしょ? これをやれば、君には大きな負荷がかかる。命は失わずとも、身体に大きなダメージを負うことになるって。なのにどうして、彼らにそれを言わなかったの?」
    返答もまた、接触通信だった。
    エリクトにしか聞こえない声で、スレッタは姉に答える。
    「話したら、ミオリネさんもグエルさんも、きっとわたしを止めると思うから。
     でももう時間がない。すぐにこれをやらないと、みんなが死んじゃう。だから話さなかったんだよ」
    その答えに、しかしエリクトは納得できない。
    なおも妹に食い下がる。
    「他の連中は何もしないのに、君一人だけが犠牲になるつもりなの? 他の連中は五体満足で生き延びることができるのに、君一人だけが重い後遺症を背負うつもりなの?」
    姉の詰問に、妹は首を振った。
    微笑みながら、返答する。

    「違うよ、エリクト。みんながみんな、やるべきことをやったんだよ。
     大事な人を守るために、自分にしかできないことを全力でやったんだよ。
     だから、わたしもそうする。わたしにしかできないことを、全力でやる。
     ……そうしないと絶対に後悔するって、わかってるから。
     またエランさんの時みたいになってしまったら、きっと自分は一生後悔するって思うから」

    エリクトは押し黙る。
    まだ納得できないという表情ではあったが、反論を続けることはできない。
    やがて二つの機体がクワイエット・ゼロの中心部にたどり着いたころ、姉はぽつりと、ひとこと漏らした。
    「やっぱり、君は間違ってるよ、スレッタ」
    「……そうかもしれない。でもわたしは、こうするって決めたから」
    キャリバーンがエアリアルを、接続アームの上へと運ぶ。
    最後の作戦が、始まろうとしていた。

  • 110二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 08:21:41

    このレスは削除されています

  • 111二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 15:24:33

    何気にエラン様有能
    ついにクライマックス近づいてきたか?

  • 112二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 16:09:59

    エランズがすげー頑張ってるな

  • 113二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 16:15:34

    もしやあの現象はあの人…?
    クライマックスが近そうだな。楽しみだけどずっと読んでいたい

  • 114二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 21:24:18

    スレッタの後遺症について指摘してくれるエリクトに泣いた

  • 11521_01/1424/02/24(土) 06:43:25

    クワイエット・ゼロへのエアリアルの再接続が完了すると、エリクトは指令室へと意識を向けた。
    ベネリットグループ側のエンジニアたちに囲まれて、ミオリネとベルメリア、その護衛であるケナンジたちが佇んでいる。だが、プロスペラとゴドイ、シン・セー開発公社のエンジニアたちの姿は見当たらない。
    「お母さんたちは? もう護送したの?」
    エアリアルを通してエリクトが司令室に通信を入れると、ミオリネがマイクを手に取った。
    「暴れられても困るから、別の部屋でグラスレーの連中に見張ってもらってるわ。
     ……ここに連れてきた方がいい?」
    エリクトは少し考えた後、断りを入れる。
    「いい。お母さんは、あとで迎えに行くから。
     それより、コアユニットの接続は終わりそう?」
    「ええ、あなたがここに来るまでの間に、仕様書通りに進めてるわ。もうすぐ完了するはず」
    わかった、と頷いた後で、エリクトは別の質問をミオリネに投げかける。

    「すべてが上手く行ったとして、お母さんはどうなるの?」

    実のところ、母の処遇そのものについては、エリクトはさほど関心はない。これから向こうへ連れて行くのだから、無罪放免だろうと死刑だろうとあまり関係はない。
    確認したかったのは、ミオリネが私情を優先するのか、それとも公的な裁きに委ねるのか、だった。
    エリクトの真剣な質問に、ミオリネもまた誠実に返答する。

    「わからない。裁判の結果次第としか。
     いま言えるのは、私や、私の父であるデリングと同様、あなたのお母さんも裁かれることになる、ということだけよ」

    「……ん。わかった」
    ミオリネの回答に嘘はない。そう判断し、そしてエリクトは決意した。
    妹との約束を果たすことを。
    そして、一つだけ裏切りをすることを。

  • 11621_02/1424/02/24(土) 06:44:08

    ほどなく、コアユニットの接続が完了する。
    これによってクワイエット・ゼロは、数十万キロ先までデータストーム空間を広げることが可能となった。ただしその達成のためには、過半を失ったシェルユニットの出力ぶんを、別の方法で埋める必要がある。
    「始めるよ、スレッタ」
    「……うん」
    2人の姉妹は、パーメットスコアの上昇を開始した。
    スコア5を超え、その先へ。
    クワイエット・ゼロの最大稼働点へ到達するため、負荷を大きく上げていく。
    キャリバーンとエアリアルの2機が、真っ白な光を放ち始めた。
    「……はあっ! ……はあっ!」
    スレッタの呼吸が乱れ始める。
    エアリアルとの戦いのときも限界に近かったが、今回はそれをさらに超えていかなくてはならない。当然ながらその行為は、彼女の中枢神経や内臓に大きなダメージを与えていく。
    だが、スレッタは止まらない。己の命を投げ出すがごとき行為を、疑うことなく必死の表情で続ける。

    そんな妹を、エリクトはコックピット越しに見守る。
    見守りつつ、祈る。
    そろそろ出てきてくれ。スレッタを解放してあげてくれ、と。
    きっと彼ならそうするという確信が、エリクトにはあった。

    果たして――彼は現れた。

    「もう大丈夫だよ、スレッタ・マーキュリー」

    スコアが8に達したとき、すでに失われたはずの彼の姿は、クワイエット・ゼロの内部に形を結んだ。
    我に返ったスレッタが、コックピットの中で彼を見上げ、呆然とつぶやく。

    「エラン、さん……。
     どうして?」

  • 11721_03/1424/02/24(土) 06:44:44

    その瞬間の周囲の反応は、2つに別れた。
    大半の人間は、スレッタが言及したモノの姿を認識できず、戸惑うように周囲を見回すだけだ。エランの影を視認できたのは、スレッタ以外にはエリクトだけだった。
    たったひとりのオーディエンスに見守られながら、その人影は、スレッタ・マーキュリーに語りかける。
    「ここには強化人士のオルガノイド・アーカイブが組み込まれているから。
     今の僕は、そう……エアリアルに宿る君のお姉さんと同じってことかな」
    そして人影は、ゆっくりと高度を下げていく。
    キャリバーンのコックピットの前へ。スレッタにもよく顔が見える位置へと。
    懐かしい姿を間近で見たスレッタは、一瞬だけ喜びの色を浮かべたが、すぐに俯いてしまった。
    少女の脳裏を、いくつもの後悔が占めていく。
    「ごめんなさい、エランさん。
     わたしのせいで、エランさんは……命を落として、しまった。
     わたしが決闘を受けなければ。もっとよく考えて行動していれば。もっとちゃんと、あなたの気持ちを想像できていれば……」
    だが、彼は静かに首を振った。
    「僕は君と知り合えたことも、決闘したことも後悔していない。
     僕の方こそ、待ち合わせ……行けなくて、ごめん」
    「エランさん……」
    「君と出会えて本当に良かった。ありがとう、スレッタ」
    彼の感謝の言葉が、スレッタの後悔を取り払った。花の咲くような笑みを浮かべて、少女は何度もうなずく。
    心の底から湧き上がる新たな力に押されるようにして、スレッタは手を伸ばした。

    「エランさん……手伝ってください! みんなを守るために!」

  • 11821_04/1424/02/24(土) 06:45:46

    だが、返答はなかった。
    彼は差し出された手を取ることなく、ただ目を閉じる。
    「……エラン、さん……? あの……」
    戸惑いの表情で、スレッタは彼を見上げる。
    そのとき、黙って二人を見守っていたエリクトが、エアリアルから抜け出てきた。エランの隣まで飛んでいくと、妹に向けて話しかける。
    「君は間違っているって、さっき言ったよね?」
    「エ、エリクト……?」

    「間違いは二つ。
     一つは、やるべきことをやらなきゃいけないのは、僕もだってこと。僕もいちおう、君のお姉さんだからね。妹が無茶をやるなら止めなくちゃいけない。
     もう一つはオーバーライドについての勘違い。あれは無理やり言うことを聞かせているんじゃなくて、膨大な情報量を一瞬でやり取りして『説得』してるんだよ。だからAI相手なら、事前に説得しておいて、後からお願い通りに動いてもらうことも可能なんだ」

    「……!? 待って、エリクト!」
    違和感を感じた少女が座席から立ち上がった、そのときだった。
    唐突にキャリバーンが身体を反転させた。シュバルゼッテのほうへと向き直ると、コックピットを解放する。白銀の機体は、そのままスレッタを外へと放り出した。
    その光景をシュバルゼッテの前部座席で見たグエルは、驚愕し、反射的に操縦レバーに手を伸ばす。
    「スレッタ! 受け身を!」
    グエルが動かしたシュバルゼッテの手の中に、くるくると回りながらスレッタが収まる。幸いにも大した勢いはなく、少女は無傷だ。だが、キャリバーンの制御を奪われたショックで顔を青ざめさせている。
    「エリクトにオーバーライドされたの……? でも、スコアは8に達していたのに……!」

    「キャリバーンのAIを説得しておいたんだよ。君がエアリアルを抱えてここに運びこむまでの間に、接触回線を通して。
     ……キャリバーンも、君をこれ以上傷つけたくないんだ。僕と同じく、ね。だから君をここで降ろすことに同意してくれた」

  • 11921_05/1424/02/24(土) 06:46:07

    僕も、君をこれ以上傷つけたくない。だから、ここで君を降ろす。
    その言葉に、スレッタは姉の真意を悟った。
    「エリクト! 待って! わたしが居なかったら、あなたは……っ!」
    「ダメ。君がこれを続けたら、後戻りのできない障害を負うことになる。だから残りは、僕と、ここにいるモノたちがやる」
    エリクトはエランの影を伴い、エアリアルの中へと戻っていく。
    キャリバーンもまたコックピットを閉じ、半壊したエアリアルへと向き直ろうとする。

    その途中、白銀の機体は一度だけ動作を止めた。
    そのままシュバルゼッテに向けて、右手を掲げてみせる。
    最後のパイロットであったスレッタに、別れを告げるかのように。
    僚機として共に戦ったシュバルゼッテに、別れを惜しむように。

    「キャリバーン……おまえ……」
    シュバルゼッテのコックピットの中で、グエルは悟った。あいつもきっと、スレッタを守りたかったのだと。

    その場の全員が呆然と見守る中、キャリバーンとエアリアルが正対した。
    2機から放たれる光は、白を超えて虹の色へ。もはや正視すら難しいほどの光量に、周囲の人々は手のひらを顔の前にかざす。
    そんな光の只中で、スレッタは瞳を見開いて、大好きな人たちを引き止めようと叫んだ。
    「待って、エリクト! エランさん!」
    その少女のもとに、優しい声がふたつ届く。

    「大丈夫だよ。君もみんなも、いつか僕たちと同じ場所にたどり着く。これは一時の別れなんだ。
     だからまた出会ったときに、君が生きたときのお話を目一杯聞かせてね、スレッタ」
    「さようなら、スレッタ・マーキュリー。君のこれからの人生に祝福のあらんことを。
     君がこれから歩む世界に、明るい未来が待っていることを……僕はずっと、祈ってるよ」

    光は、クワイエット・ゼロの内部を満たしていき。
    やがて外へあふれ出ると、爆発的に広がり、数十万キロの彼方へと伸びていく。

    まるで、宇宙にかかる虹のように。

  • 12021_06/1424/02/24(土) 06:47:38

    「そういえば、さ」

    なんだい?

    「君はどうして、彼らを守ってあげたの?
     君をひどい目に合わせたのは、彼らだったのに。
     君は彼らを許してあげたの?」

    許したわけじゃないさ。でも、彼らのうちの何人かは、自分の行いを悔いていた。少しずつでも、世界を変えていこうと決めていた。
    彼らが変えていく未来を、僕は見たくなったんだ。

    「ふうん……」

    君こそ、どうして彼らを守ったの? この世界に居続ける権利を放棄してまで。
    ベネリットグループは信用できないって、スレッタにそう言っていたはずだけど。

    「僕はまだ信用していないよ。だけど、スレッタは彼らを信用したし、彼らも全力でスレッタを守ろうとしていた。
     だから、妹の言うことも間違ってはいないかもしれないって……ちょっとだけ、そう思っただけだよ」

    ……彼らなら、これからもスレッタを守ってくれると。そう思い直したんだね?

    「……まあね。スレッタはこれから、一人で、自分の足で、この世界を歩いていかなくてはいけないから。
     きっと彼らなら、妹の力になってくれると思う。だから僕は、安心して向こうに行ける」

    妹思いなんだね、君は。

    「当たり前だよ。僕はずっとそうだもの。
     スレッタとはたびたび意見が食い違ったけれども、それでもあの子は、僕の大事な家族なんだ。
     スレッタが生まれたときから、ずっと、ね」

  • 12121_07/1424/02/24(土) 06:47:58

    ふとプロスペラは、周囲の光景が一変していることに気づいた。
    ゴドイらとともに拘束され、殺風景な部屋に押し込められていたはずなのに、今の彼女はモビルスーツハンガーの真ん中に立ち尽くしている。
    「ここは……?」
    どこか見覚えのある眺めに、胸がざわつく。
    この場所は――懐かしく、そして忌まわしき場所。恩師と夫との大事な思い出の場所であり、自分がすべてを失った場所。
    「フォールクヴァング……」
    いったいどうしたというのだ。自分は走馬灯でも見ているのか。あるいは身体を蝕む機能障害が、ついに視覚に影響を及ぼし始めたのか。
    戸惑いながらも周囲を見回す女に、背後から声がかけられた。
    「エルノラ」
    聞き覚えのある声が、過去に捨て去った名前を響かせる。
    女が反射的に振り向くと、背後に二人の女性が立っていた。
    「ウェンディ……ナイラ……」
    21年前にこの場所で命を落とした同僚たちだ。二人ともが、厳しい表情を女に向けていた。

    これは――幻覚、ではない。データストーム研究者としての知識が、女にそう気づかせる。
    エアリアルやルブリスに残るパーメット粒子が記憶する、死者たちの情報。それが、クワイエット・ゼロのスコア上昇に伴って活性化したのだ。
    だが、生体コードを保持するエリクトならともかく、すでに命を失い、肉体もとっくに散逸した彼女らの情報が、こんなふうに姿を結ぶなどということがありえるのか――?

    「よくやったね、エルノラ。ベネリットグループ相手にたった一人で」
    ナイラの像が、記憶の中のそれと同じ声で話し始めた瞬間、プロスペラは思考を止めた。
    黒髪の女性は、21年前と全く変わらぬハスキーボイスで語りかけてくる。
    「でも……無関係な人を巻き込みすぎたよ、あんたは。
     ここまでやるべきじゃなかった。やってはいけなかった……」
    「よしなよ、ナイラ」
    ナイラに寄り添う金髪の女性が、ナイラをたしなめる。
    ウェンディはプロスペラをかばうように、静かに首を振った。
    「もし生き残ったのがわたし一人だったら、わたしもきっとこうしてたよ。
     ……エルノラほど上手くやれたとは思わないけどね」

  • 12221_08/1424/02/24(土) 06:48:23

    相棒の直言に対して、ナイラはしばし無言となり、やがて、寂しげに笑った。
    「……そうさね、ウェンディ」
    そして二人はエルノラへと歩み寄ると、その肩を叩いて背後へと去っていく。

    ――待って、二人とも!

    あわてて背後へと振り返るが、二人の同僚の姿は消えて無くなっていた。代わりにそこに立っていたのは、女のかつての恩師の姿。
    カルド・ナボ博士もまた、沈痛な表情を彼女に向けていた。

    「すまない、エルノラ。お前にこんな真似をさせてしまったのは、私のせいだ」

    その絞り出すような悲しげな声を聞いて、プロスペラは大きく動揺する。
    目の前の博士の像が、本物の博士なのか、その語り方を模しただけの情報体に過ぎないのか。そんな判断は頭から吹き飛んでいた。
    「先生……! 私は、私のやったことは、エリィのためだけではないのです。
     先生の理念を、この世界に受け入れさせるために……!」

    カルド先生を受け入れず、あまつさえ抹殺した、この愚かな世界を正す。
    世界の在り方を書き換えることで、無理矢理にでもGUNDの理念を受け入れさせる。
    自分のやって来たことは、愛娘のためだけではなく、恩師のためでもあった。
    平和を愛した先生の心には沿わないかも知れないけれど、それでも、先生の願いを成就するためには、この方法しかなかったのだ。

    だが、プロスペラのその弁明を聞いても、カルド・ナボは悲しみを深めるだけだった。
    「……すべては、私が急ぎすぎたせいだ。私が急ぎすぎたツケを、お前一人に背負わせてしまった。
     私は、もっとゆっくりと進めていかなければならなかったんだよ。
     この世界に受け入れてもらえるまで、待たなければならなかった。
     この世界に受け入れてもらえるよう、もっとじっくりと、安全性を高めていかねばならなかった……」
    そして博士はその場に膝をつき、女に侘び始めた。
    「私を許してくれ、エルノラ。お前一人にすべてを背負わせたことを。
     お前とエリクトの人生を、狂わせてしまったことを……」

  • 12321_09/1424/02/24(土) 06:48:50

    「……待ってください! カルド先生っ!」
    女の声は悲鳴に近かった。
    地面に手をつく博士に駆け寄り、自らも膝をつく。

    ここで先生に謝罪されたなら。
    自分がやってきたことを、先生に否定されてしまったら。
    今までの自分は、この21年間は、完全に間違っていたということになってしまう――!

    「先生……先生っ!
     お願いします、顔を上げてください!
     今更……今更謝らないでくださいっ!
     お願いです……お願いですからっ!」

    カルド博士は、ゆっくりと顔を上げ、女を見つめる。
    その頬には涙が伝っていた。
    博士は女の手を取り、そして、震える声で願いを告げた。

    「頼む。ここで止まってくれ、エルノラ」

    「…………っ!」
    女は反射的に、博士の手を振り払う。
    それだけはできない、と叫ぼうとしたとき、博士の姿はどこかへと掻き消えていた。

    しばし、呆然とする。
    モビルスーツハンガーには、自分以外は誰もいない。
    完全にもぬけの殻だ。

    女の周囲にはもう、誰も残っていない。何も残っていない。

  • 12421_10/1424/02/24(土) 06:49:59

    ……否、否!

    プロスペラの目は、ハンガーの奥に鎮座する、ひとつの機体を発見していた。
    LF-03、ガンダム・ルブリス。
    21年前、ドミニコス隊の襲撃から逃れるために自分とエリクトが乗り込んだ機体。そして、エリクトの生体コードを移植した機体。
    ……ガンダム・エアリアルの過去の姿。

    プロスペラは立ち上がり、そしてゆっくりと、ルブリスのほうへ歩き出す。
    幽鬼のようにふらふらと。しかし、鬼神の如き凄惨な表情で。

    「今更……止まれない。ここで終わることなんてできない。
     ……私が、私を許せない」

    もう、後戻りなどできない。
    21年前、ただ逃げることしかできなかった。
    夫と恩師と同僚を見捨てることしかできなかった。
    そうまでしたのに、たったひとりの愛する娘すら救えなかった。

    だからプロスペラは自分を許せない。
    止まって終わることを許さない。

    だから――これからも、進み続ける。
    たとえ間違った道だとしても。

    「先生に認められなくてもいい。みんなに許されなくてもいい。
     たった一人でも、私は進み続けるわ」

  • 12521_11/1424/02/24(土) 06:50:30

    多くの人間を騙し、裏切り、踏みにじり、殺し、奪ってきた。
    すべては娘に自由を与えるために。娘に未来を与えるために。
    今更、歩みを止めることなどできない。

    「逃げたら1つ、進めば2つ」

    進み続けるためならば、さらなる犠牲が出ても構わない。たとえ人類すべてを生贄に捧げることになったとしても、構わない。
    そうして進み続ければ、いつかきっと、大事なものを取り戻せる。
    愛する我が子を、再びこの手に抱ける日が来る。
    その日が来るまで、

    「私は、止まれはしないのよ――!」

    歩き続けた女は、ガンダム・ルブリスの前まで辿り着いた。
    さあ、やり直そう。何度でも繰り返そう。
    魔女の釜に何度でも生贄を投げ込もう。
    我が子の未来のために。我が子の幸福のために。

    血走った目でガンダムを見つめる女の背を――懐かしき声が、撫でた。

    「お母さん」

    女は目を見開く。
    あわてて背後を振り返る。
    そこにいたのは、愛する我が子の姿だった。
    「エリィ……!」
    かつて肉体を失ったはずの娘は、最後に見たのと同じ姿で、そこに立っていた。
    微笑みながら、母の顔を見上げていた。

  • 12621_12/1424/02/24(土) 06:51:01

    「エリィ……エリィ……!」
    よろよろと、娘に歩み寄る。
    万感の思いを込めて、その身体を抱きしめる。
    母の腕は、しっかりと娘の背中を掴まえていた。十数年ぶりの暖かさを、その手に感じていた。
    泣き崩れる女に、娘は優しく、話しかける。

    「お母さん。わたしはね、これからもお母さんと一緒にいたいよ。
     ……だから、一緒に来てくれる?」
    「エリィ……もちろんよ。これからもお母さんは、エリィとずっと一緒よ……」

    女がそう答えると、
    「ありがとう、お母さん。じゃあ、一緒に行こう」
    娘は母の手を取り、そして立ち上がらせた。
    自らの背後を指さしながら、続ける。
    「お父さんも、お母さんを待ってるよ」
    女がその方向を見ると、もう一人、ずっと昔に失い、そして会いたいと焦がれていた人が立っていた。

    「ナディム……」

    夫もまた、優しい微笑みを浮かべていた。
    女の全てを許すかのように、黙って佇んでいた。

    「ナディム……ナディム……」

    女はふらふらと歩き出す。
    娘に手を引かれて、夫の元へと歩いていく。
    その表情は穏やかだ。女を突き動かしていた執念は、すべて抜け落ち、霧散していた。

  • 12721_13/1424/02/24(土) 06:51:49

    「ごめんなさい、ごめんなさい、ナディム……私は、私は……」
    「大丈夫だよ、エルノラ。謝る必要なんてない」
    夫は女を抱きしめる。
    女は幸せそうに微笑む。
    そしてその二人の腰のあたりに、娘が両手でしがみつく。

    21年前に失ったものを、21年間追い求めたものを、今、女は取り戻したのだ。
    幸福に満たされた女に、二人の家族が笑いかける。
    「お母さん、さあ、行こう。みんなで一緒に」
    「エルノラ、あの日の続きだ。誕生日パーティーの続きをしよう」
    女は笑う。
    涙を流しながら、笑い続ける。

    「ええ、ええ。さあ、一緒に行きましょう、二人とも」

    そして3人はひとつになったまま、歩き始めた。
    21年前に戻ったかのように、仲睦まじく、再び家族は進み始めたのだ。



    女の耳には、幸せな笑い声が響き続けていた。



    いつまでも。



    いつまでも。

  • 12821_14/1424/02/24(土) 06:52:16

    「……レディ! レディ・プロスペラ! どうされたのですか!?」
    ゴドイ・ハイマノは、後ろ手に縛られ、床に座らされた状態で、必死に隣に呼びかけ続ける。
    仮面と義手を失ったままの状態で拘束されていたプロスペラの様子がおかしくなり始めたのは、ほんの5分ほど前だ。
    最初はデータストーム疾患の発作かと思われたが、女は苦しそうにはしていない。
    むしろ楽しそうに、幸せそうに、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。
    だが、その目は虚ろで、明らかに異常だった。
    「レディ! しっかりしてください、正気に戻ってください!」
    どんなに大声で話しかけても、プロスペラの耳に届いた様子はない。
    彼女は幸せそうに微笑みながら、どこにも届かぬ声で、ただ独り言を続けていた。
    「くっ……!」
    歯噛みしたゴドイは、必死に周囲を見回す。医者を寄越してくれと、自分たちを拘束した敵に助けを求める。
    だが周囲の連中は、ゴドイたちに構っている暇は無さそうだった。バタバタと走り回りながら、深刻な表情で会話を交わしている。

    「エアリアルとキャリバーンが消えた!? ちょっと、それじゃあオーバーライドはどうなるのさ!?」
    「……わからない。今、情報収集に務めてるって。でも最悪、急いでここを脱出しなきゃならないかも……」
    「あーもう……! 最後の最後にこんな事になっちゃうなんて……!」

    向こうも向こうで、医者を呼んできてくれるような余裕はなさそうだ。
    ゴドイはやむなく視線を隣に戻すと、大声での呼びかけを続ける。
    「レディ・プロスペラ! まだ諦めてはいけません! 戦場では最後まで諦めてはならぬと、そう教えたでしょう!? 狂気に逃げてはいけません! 最後まで戦うのです、プロスペラ!」

    そんなゴドイの背後で、別の部屋からやって来た少女が、走り回っていた二人の同僚に静かに告げた。
    「転職希望者からの連絡。作戦は成功、大量破壊兵器は停止。その稼働データもあちこちに流出し始めてるから、宇宙議会連合ももう誤魔化すことはできない」
    だが、ゴドイはそのセリフに気づくことはなかった。
    彼はただひたすらに、主へ大声を上げ続ける。
    夢の世界を見つめ続けるプロスペラの瞳を現実に引き戻そうと、必死に呼びかけを続ける。

  • 129二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 07:00:27

    エラン(強化人士4号)…やっぱり、君こそがスレッタの「王子様」だよ(号泣)

  • 130二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 07:16:30

    キャリバーン君……!

  • 131二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 07:57:34

    プロスペラがクイーンハーバーの件で裁判受けるなら議会連合とオックスアースの癒着も当然出てくるから、議会連合ボロボロだよね
    大量破壊兵器の情報も出たし、これ議会連合形保てるかな……

  • 132二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 11:03:59

    良かった……
    スレッタがキャリバーンとコミュニケーションし続けたことは無駄じゃなかった

  • 133二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 19:03:55

    スレッタが本編よりかなりマシな負担で終われたのはめちゃくちゃ良かった(24話冒頭の感じにもまだなってないし)けど、結局プロスペラがスレッタを思うこともなく、スレッタが最後にプロスペラと会話できなかったのが……ああ……
    スレッタが身体への負担を犠牲に家族と1つの和解ができるか、家族との和解を犠牲に比較的軽症で終われるかしか結末がないのが寂しい……

  • 134二次元好きの匿名さん24/02/24(土) 22:10:04

    支援&保守!

  • 135二次元好きの匿名さん24/02/25(日) 03:15:16

    どうかハッピーエンドでありますように。

  • 13622_01/1024/02/25(日) 07:03:14

    惑星間レーザー送電システムにおける背任問題は、大手兵器開発メーカーや老舗建設業者も巻き込む一大スキャンダルへと発展。宇宙議会連合の議長は現在も容疑を否認しているが、議長派に連なる議員の大半が続々と逮捕・検挙されており、当人へ捜査の手が伸びるのも時間の問題か。
    ベネリットグループが極秘裏に大量破壊兵器、通称「クワイエット・ゼロ」を建造していた事件について、前総裁であるデリング・レンブラン容疑者は起訴内容を大筋で認める。しかしクワイエット・ゼロが宇宙議会連合の艦隊を壊滅させた件については関与を否定しており、検察は引き続き事実関係について調査を進める方針。
    またデリング容疑者については、21年前のヴァナディース事変、および地球への治安維持活動についても数々の違法行為を命令した疑惑が浮上しており、今後の捜査が待たれる。

    「あんたが共倒れさせたかった連中は、両方まとめて吹き飛びそうね。良かったじゃない、シャディク」
    差し入れとして持ってきた紙の新聞を渡しながら、ミオリネ・レンブランは肩をすくめる。
    だが、彼女の対面に座る囚人――シャディク・ゼネリはにこりともしない。むすっとした表情で、渡された新聞の一面を見つめている。
    「どうしたのよ。嬉しくないの?」
    「……万々歳だよ。ああ、僕の戦いがこんな大勝利に終わるだなんて思ってもみなかった。そう言えばいいのかい? ミオリネ」
    不満たらたらの態で、そうこぼす。

    クワイエット・ゼロの戦いが終わってから一か月。
    嵐のように荒れ狂った戦闘後のごたごた、および政治的なごたごたもやっと過ぎ去り、事後処理に忙殺されていたミオリネは、久々に拘置所のシャディクのもとを訪れていた。
    そして久しぶりに再会したシャディクは、意外にも、今まで見たことがないほどの仏頂面だった。

    まあ確かに、この結末は彼の思惑からは外れている。弱い地球が一方的に武力で脅され、搾取される現状を変えるため、ベネリットグループの資産と技術を地球に売り払い、宇宙と同等の武力を持たせて冷戦状態へと持ち込む。それが彼の描いた図面だった。
    現状では、宇宙の二大巨頭が共倒れに終わっただけで、地球の力が特に増大したわけではない。

  • 13722_02/1024/02/25(日) 07:03:38

    とはいえ。
    「地球からの収奪に明け暮れるデリング・レンブランは失脚した。地球の紛争を煽っていた宇宙議会連合の過激派も壊滅した。そしてあんたはサビーナたちの功績が認められて大幅に減刑、10年以下の懲役に納まるって話じゃない。
     大勝利じゃなくても十分にあんたの勝ちよ。何が不満なの?」
    ミオリネの指摘を受けて、シャディクは無言のまま新聞紙をめくる。
    二面の冒頭に書かれた記事を、ミオリネに示す。

    ミオリネ・レンブラン総裁、クイン・ハーバーの虐殺およびクワイエット・ゼロ事変の責任を認め、被害者に謝罪。見舞金の支払いに同意するとともに、因果関係の調査への協力を約束。また、近々引責辞任する意向であることを明らかにした。

    「これで君も罪人だ。そしてベネリットグループの総裁を辞めれば、庇護を失った君に世界からの憎悪が向けられる。君の父上への憎しみも込みでね。
     ……こんな結末、僕は望んじゃいなかったよ」
    結局のところ、彼の不満はそこに尽きるようだった。
    ミオリネだけは無傷のままで逃げ切らせたい。世界を変えるための計画を進めながら、両立不可能なその願望を、彼はどうしても捨てきれなかったらしい。

    「どうして僕に罪を被せなかった? クワイエット・ゼロの件もクイン・ハーバーの件も、君が裏から手を回せば僕のせいにすることはできたはずだ。そうすれば君に向く憎悪はもっと減っていたはずだし、それに水星ちゃんの家族だって――」
    「それじゃクソ……いえ、デリングと同じになっちゃうじゃない。自分の都合のいいように真実とルールを捻じ曲げ、自分の過ちを無かったことにし、自分の罪を有耶無耶にする。
     そんなやり方、私は死んでも御免よ」

    シャディクの言い分を、ミオリネはばっさりと切って捨てた。
    この世界をもっとマシなものにするために、デリング・レンブランの方法論だけは絶対に受け継がない。それがミオリネの決意だった。

  • 13822_03/1024/02/25(日) 07:04:05

    「過ちがあったなら、真実を明らかにし、被害者に謝罪して賠償する。そして二度と過ちを繰り返さないための方法をみんなで見つける。
     罪過の輪を断ち切るためには、そうしていくしかないわ。そうでしょう?」
    「…………」
    シャディクは黙り込み、嘆きの表情で天を仰いだ。
    反論の言葉が見つからないのか。それともミオリネの説得は無理だと諦めたのか。あるいはその両方か。
    やがて彼は顔を下ろすと、ぽつりとつぶやく。
    「君といいサビーナたちといい、どうしてみんなして僕の思惑の逆を行くんだ。僕は最初から極刑を覚悟してたのに……」
    今の彼には、自分の部下たちがシャディクの減刑のためにミオリネに協力したことすらも不満の種のようだ。

    ……まあ、この件については、ミオリネ自身にも引け目はある。司法当局に対してシャディクの一時釈放を願い出たのだが、一連の陰謀の首謀者であることを理由に却下されてしまった。それゆえミオリネは作戦を変更し、勾留中のサビーナたちのほうにクワイエット・ゼロ攻略への協力を要請することにしたのだ。彼女らであればシャディクを救うために全力を尽くすはずであり、逃亡の可能性も低いと見越して。
    その判断は間違っていなかったが、サビーナたちの身を心から案じるシャディクが不本意に思うのも当然ではあった。

    「サビーナたちには、いまさら命を危険に晒して欲しくはなかったんだ……」
    「悪かったわよ。でも、どうしても陸戦要員の数が足らなかったの。彼女らに引き受けてもらえなかったら、クワイエット・ゼロ攻略も頓挫してたわ」
    「別に、君を責めているわけじゃない。僕の減刑なんかのために彼女らが戦場に出ていったことが嫌なんだ。そんなことをしてくれたって、僕はちっとも嬉しくない……」

  • 13922_04/1024/02/25(日) 07:04:47

    シャディクは下を向き、顔にありありと不満を浮かべてぶつぶつと不平を並べる。
    そんな彼の姿は、新鮮ではあった。彼は決して人前で――サビーナたちにすら――自分の弱みを見せる人間ではなかったのに。

    そしてミオリネは気づく。
    逮捕・拘禁されたことで、シャディクはやっと己の立場からも使命からも解放されたのだ、と。やっと素の自分を表に出すことができるようになったのだ、と。
    もう彼は、作り笑顔を浮かべて養父のご機嫌取りに徹する後継者候補でもなければ、冷徹の仮面を被って自らを厳しく律する革命家でもない。年齢相応の、ただの青年に戻ったのだ。

    ミオリネは一つ笑うと、シャディクに告げた。
    「そんなにたくさん文句があるなら、模範囚として刑期を勤め上げて、さっさと出所すればいいじゃない。で、あんたも周囲と世界をマシにするために働けばいいのよ」
    「……え?」
    シャディクは心底驚いたようにこちらを見つめる。どうも、テロリストとして逮捕された時点で、自分の人生に完全に終止符を打った気でいたらしい。

    ――冗談じゃない。こっちは死ぬまで忙しく働くつもりなんだから、あんたもそうしてもらうわよ。

    ひとりごちたあと、ミオリネは付け加える。
    「サビーナからも伝言を預かってるわよ。
     私たちは先に出所して、お前が社会復帰したときのための居場所を作っておく。だからまた一緒に働こう。今度はテロではなく、別の方法で世界を良くしていこう……だってさ」

  • 14022_05/1024/02/25(日) 07:06:40

    「…………。
     別の方法で、か」
    シャディクが静かにつぶやく。

    世界を変えるために、彼は暴力を選んだ。地球の人々の犠牲を一刻も早く止めるために、彼はあえて他人を踏みにじる方法を選択した。平和的な方法では世界を変えるのは不可能だと諦めた。

    「今でも穏健なやり方では無理だと、そう思ってるの? シャディク」
    「……いや。」
    その日初めての笑みを、シャディクは浮かべた。
    ミオリネにとっては数年ぶりに見る、彼の素直な笑顔だった。

    「今なら、そのやり方で少しずつ変えていけると……そう信じることができるよ。
     君のおかげでね、ミオリネ」
    「だったら――さっさと出てきて、サビーナたちや私を手伝いなさい、シャディク。
     やるべきことは山積みなんだから」

    ミオリネが敢えて突き放すような言い方をすると、シャディクは苦笑し、やがて大声を上げて笑い出し始めた。
    それは紛れもなく、勝利者の笑いだった。

  • 14122_06/1024/02/25(日) 07:07:19

    「将来はともかく、今は無理です」
    ケナンジ・アベリーがそう告げると、青年は「唖然」という名の彫刻と化して固まってしまった。

    ドミノコス隊本部の建物の最上階には、司令官専用の部屋がある。紆余曲折ののちドミニコス隊の司令に復帰したケナンジは、二人の客を迎えていた。グエル・ジェタークCEOと、その弟であるラウダ・ニールだ。
    内密の話がある、と、そう二人に前置きされてから明かされたのは、半年前のプラント・クエタでのテロの裏側で起きていた出来事だった。

    グエル・ジェタークが、父であるヴィム・ジェタークを手にかけた、という。

    告白の内容にケナンジが驚いていると、グエルはさらに請うてきた。自分はいかなる方法で裁かれるべきなのか、教えて欲しい、と。
    驚きから立ち直ったケナンジは、数秒考え、こう答えたのだった。今はあなたを裁くことはできない、と。
    「そ……それはどういう意味なんですか、ケナンジ隊長!? 俺の罪は有耶無耶にしろってことですか!?」
    硬直から解けて勢い込む青年を、ケナンジはまあまあと宥める。
    このCEOは、この宇宙では珍しいレベルの善良な人間だ。自分の責任と罪をまっとうに受け止めることができる青年だ。だが若さゆえか、いささか視野が狭い。

    ふとグエルの隣に座るラウダを見やると、彼は済まなさそうな表情で、小さく頭を下げてきた。どうにか兄を説得してくれと言わんばかりだ。やはりグエルを裁きたがっているのは当人だけのようである――この状況では当然だが。

    やれやれと思いつつも、ケナンジはひとつ咳払いし、真面目な表情で若者に説明を始めた。

    「理由の一つ目。正式な捜査を経て判断すべきことだという前提を踏まえた上で申し上げますが……あなたのお話を聞く限りでは、あなたの行為は殺人ではなく、正当防衛の範疇です」
    「そ、それは……」
    口ごもるグエルに、弟がもの言いたげな視線を向ける。「ほら、僕の言ったとおりだろ?」という感情が透けて見えるようだった。

  • 14222_07/1024/02/25(日) 07:08:02

    自らの命を守るための行動であったこと。
    相手が明白にグエルを殺そうと行動していたこと。
    過剰な武力による反撃ではないこと。
    グエルの行為はその3点を満たしていた。過剰防衛とみなされる余地もないわけではないが、それでも問えるのは傷害致死罪までだ。殺人罪とは天と地ほども違いがある。
    「司法を守る者の一人として言わせてもらえば、あなたを今すぐ起訴する必要性が薄いんですよ、ジェタークCEO」
    「だっ……だとしても、俺は容疑者です。逮捕して捜査すべきではありませんか!?」
    「あなたが一般人なら、その通りだと言えるんですが……」
    やはりこの若者は、自らの立場をいまいち呑み込めていないようだ。彼がいま被告人となった場合に世界がどうなるのかを想像できていない。
    胸中で嘆息しつつ、ケナンジは説明を続ける。
    「理由の二つ目。あなたは今やクワイエット・ゼロの反乱を鎮圧した英雄であり、宇宙と地球の和解のために立ち上がった指導者とみなされているんです。そのあなたにスキャンダルが発覚すれば、せっかくの和解の気運などあっという間に吹き飛んでしまいます。そうなってもいいのですか?」
    「それこそ欺瞞です!」
    グエルの拳が机を叩いた。
    ここ一か月ほど、青年のもとにはマスコミがひっきりなしに取材に押しかけ、地球と宇宙の両方のイエローペーパーで彼の名前がコミックヒーローのように祭り上げられていたものだが、そのどれもが、彼にとっては不本意極まることだったようだ。
    「俺は英雄なんかじゃない! 英雄というならスレッタの方でしょう!? あいつが身を挺してエアリアルを止め、ILTSを止めたからこそ、あの戦いで誰も死なずに済んだんだ。俺はただ、あいつを手助けしたに過ぎない……!」
    「では真相を明かしますか? そうした場合、あなたの周囲の騒動は、すべてスレッタ・マーキュリーのほうに向かうことになりますが」
    ケナンジがそう問うと、たちまちグエルは沈黙した。彼もまた、スレッタ・マーキュリーの平穏を望む一人だったからだ。
    世界に真相が知れ渡れば、傷心のスレッタに追い打ちをかけるように、世間は彼女を追いまわすだろう。その事態だけは絶対に避けなければならなかった。だからミオリネもグエルも、クワイエット・ゼロ鎮圧にあたった主要メンバーのリストから、敢えてスレッタの名前を外したのだ。

  • 14322_08/1024/02/25(日) 07:08:46

    「話はスレッタ・マーキュリーだけに留まりません。あなたはノレア・デュノクに約束したんでしょう? 地球への暴力をやめさせる、と。その約束を反故にするおつもりですか?」
    「それについては、ミオリネとも協力して、ベネリットグループの方針の改定作業を進めています。我が社に残ってくれた幹部たちも、弟やカミルたちも、新しい方針を支持してくれています。だから俺がいまCEOを辞任したとしても……」
    「ベネリットグループだけが態度を改めれば済む問題ではないでしょう? 宇宙全体にその機運が広がっていかなければ、地球にとっては片手落ちだ。そして今、和解を推し進めていける最も有力な指導者はあなたなんです。
     そう……宇宙からも地球からも英雄扱いされているあなたこそが、平和のキーマンなんですよ」
    これもグエルにとっては不本意な話であろうと思いながらも、ケナンジはそう指摘する。

    若きCEOが自らモビルスーツに乗り込み、デリング・レンブランが極秘に建造した大量虐殺兵器に挑んで、死者0で鎮圧した。そのストーリーは多くのスペーシアンの目に、堕ちた英雄の悪行を新しい英雄が未然に防いだ、という判り易い英雄譚として映った。さらには――おそらくはノレアが、フォルドの夜明けを通して地球にもグエルの約束を伝えたために――アーシアンにもその物語は流入し、グエルはスペーシアンの身でありながら、地球からも歓迎される稀有な存在となった。
    クワイエット・ゼロ鎮圧の功労者はグエルだけではない。だが、宇宙と地球の両方から支持を集めているのは彼だけなのだ。

    「俺はそんな、大した人間じゃない……。ただの罪人です。それなのに……」
    「英雄の半分はそんなものです。残り半分は誇大妄想患者ですが、あなたには当てはまりませんな。あなたはご自身を過小評価しすぎだ」
    気休めにもならないセリフを、ケナンジは青年に投げかける。
    実際のところ、ケナンジ自身は青年に心から同情していた。彼の今の境遇は、21年前の自分自身でもあるからだ。
    ヴァナディース事変の英雄。実情はただの民間人虐殺に過ぎないのに、ケナンジはデリングとともに世間から持ち上げられ、過剰な期待を浴びせられ、そして体を壊した。
    あのときに患った過食症と右腕の震えは、今もケナンジを苦しめ続けている。

  • 14422_09/1024/02/25(日) 07:09:04

    この好青年が、自分と同じ目に遭わなければいいのだが。
    敗北者のように沈痛な表情でうつむくグエルを見ながら、かつての英雄はそう祈らざるを得ない。
    「今日あなたがお話ししたことは、私の胸の内に留めておきます。
     もう一度、弟さんや信頼できる人たちに相談してみてください、ジェタークCEO」
    ケナンジは若きCEOに帰宅を促し、部屋の外へと送り出す。
    そして、グエルに続いて部屋を出ようとするラウダの耳元に、そっと舌打ちした。
    「彼はこれから何度も難しい舵取りを迫られることになる。どうか君たちが、しっかりと彼を支えてやってくれ」

    新たな英雄への過剰な期待と好意は、それと比例した量の反発と悪意、さらには佞言と誘惑を呼び込む。今後のグエル・ジェタークの道行きは、細く長い断崖を歩むが如しだろう――少しでも足を踏み外せば、堕落と自滅の待つ谷底へ転げ落ちる。

    「わかっていますよ、ケナンジさん。兄さんに、父やデリングと同じ轍は踏ませない。
     僕とジェターク社の皆で、今後も兄を支えていきます」

    ラウダ・ニールは力強くうなずいてみせた。彼には兄の立場と、自らの使命がしっかりと見えているようだ。
    ラウダ自身も一時期CEOに祭り上げられ、様々な艱難辛苦を味わったと聞く。その経験がきっと、この兄弟の道しるべとなってくれるだろう。
    弟は部屋を出ると、とぼとぼと進む兄を守るように、その隣に肩を並べて歩き去ったのだった。

    「彼のような人間がそばに居てくれるなら、若社長は道を踏み外さずに済むだろう。
     俺も若社長に協力してやりたいところだが……ま、さすがにそれは叶わんか」

    ケナンジは、そろそろ涼しくなってきた己の首に手をやった。
    ヴァナディース事変の再調査が始まり、その実情が明らかになれば、当事者の一人である彼も責任を取らざるを得ないだろう。逮捕・拘禁ということにならずとも、今の地位に留まることはまず不可能だ。
    否、後輩たちに累を及ぼさないためにも、司令官職を辞さないわけにはいかない。彼がこの部屋に戻ったのも、それあるを覚悟してのことなのだから。

  • 14522_10/1024/02/25(日) 07:09:19

    「助けが必要な若者が目の前にいるというのに、ままならぬものだ……」
    嘆きを口にしたのち、ケナンジは思い直し、首を振った。
    それは思い上がりに過ぎない、と。

    デリングは逮捕された。彼の側近であるラジャンは、連帯責任を取る形ですべての職を辞した。
    サリウスは後継者候補の一人にCEO職を明け渡して引退を宣言した。
    ペイル社の4人のCEOは、数々の非道な人体実験を主導した容疑でまとめて逮捕され、裁判を待つ身だ。

    古い時代の登場人物たちが、それぞれの形で表舞台から退いていく。ならば自分も黙って引き下がり、グエルやラウダのような若者たちに全てを任せるべきなのだろう。

    新しい時代が今よりも良い時代になることを祈りながら、ケナンジは踵を返す。
    部屋の扉を開ける直前、ふと彼の脳裏に、昔の部下の顔が思い出された。
    ドミニコス隊の一員でありながら、ベネリットグループの横暴を許すことができず、隊を出奔して地球に降った青臭い男の横顔。

    「お前はどうだ? 戦いは終わったのか?
     ……なあ、リドリック」

    リドリック・クルーヘル。今はオルコットと名乗り、フォルドの夜明けの戦闘員となっていたはず。
    彼は今、この時代の変化をどう感じているのか。いまだ不十分とみなして銃を握り続けるのか、それとも……

    「お前もそろそろ年だ。このへんで裏方に退いて、若者に道を開けてやれ」

    かつての部下に胸中でそう忠告しつつ、ケナンジは部屋に入ったのだった。

  • 146二次元好きの匿名さん24/02/25(日) 07:26:50

    仏頂面シャディクは本編では見れなかったな

  • 147二次元好きの匿名さん24/02/25(日) 08:07:15

    このレスは削除されています

  • 148二次元好きの匿名さん24/02/25(日) 18:55:26

    とりあえず戦いは終わったな……
    一気に家族失ったスレッタ心配……

  • 149二次元好きの匿名さん24/02/25(日) 18:55:28

    保守しとく

  • 150二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 00:02:20

    4BBAたち自然に逮捕されてて草

  • 151二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 04:43:33

    ペイル社の上層部、やらかしが狡猾で陰湿だからなあ…大量殺人とかテロ関与とかよりはましと本人達は言い張りそうだけど、立派な人権蹂躙だし、逮捕されて当然ではある。

  • 15223_01/1124/02/26(月) 05:21:40

    「お身体は大丈夫ですか、スレッタお嬢様」
    ゴドイ・ハイマノは、面会室の対面に座る少女に問いかける。
    少女はこくんとうなずいた。
    「エリクトやエランさん、キャリバーンのおかげで、後遺症はほとんどないです。
     右手にまだ痺れは残っているけど、ベルメリアさんが治療してくれてるから大丈夫。3年への進学式の日までには、きっと完治するって言ってくれました」
    「それは何よりです」
    微笑んだ後、ゴドイは別の問いを投げかける。
    「学園でいじめなどに遭っていませんか、お嬢様」
    「全然! ジェターク寮の皆さんが、わたしや地球寮の人たちの味方になってくれてるから。ただ……」
    「ただ?」
    「逆にジェターク寮の人たちからアネゴとか姉貴とか呼ばれて、過剰に持ち上げられるようになっちゃって。
     悪い気はしないんだけど、あまり人前ではやらないでほしいっていうか……」
    口を尖らせる少女を見て、ゴドイは微笑みを深める。再び学園生活に戻ったスレッタ・マーキュリーは、今のところ平穏に暮らすことができているようだ。

    クワイエット・ゼロの戦いから一ヶ月。ゴドイはシン・セー開発公社の他の社員とともに逮捕され、裁判を待つ身となっていた。そしてこの一か月間、自分の家族の仇であった男が世界から断罪される様を、断片的ながら耳に入れ続けていた。
    恨みが完全に晴れたわけではない。だが、仇が転落していく様を知ることで、十年以上も心の奥から湧き出ていた衝動は、少しずつ薄れていた。
    デリングを許すな、デリングに味方した世界を許すな、やつら全員に思い知らせてやれ、という思いは。

    衝動を失ったあとに心に残ったのは、いくつかの後悔。
    自分の復讐のために奪った命と、自分たちの復讐に巻き込まれて人生を狂わせた人たちへの、慚愧の念。

    そしてスレッタ・マーキュリーも、ゴドイが人生を歪めさせたうちの一人だった。

  • 15323_02/1124/02/26(月) 05:22:01

    プロスペラの本意が復讐ではないことを知りつつも、彼女の行動が間接的にデリングを破滅させることを期待し、十数年前にゴドイはプロスペラの求めに応じて、彼女の忠実な部下となった。
    そして、彼女が道具として生み出した幼い少女――スレッタ・マーキュリーと知り合った。
    ゴドイは護衛係として、少女を世話し、世間話をし、時には悩みに耳を傾けもした。
    その過程で、どうしたって情は湧く。たとえプロスペラの道具に過ぎないと割り切っていたとしても、だ。

    「学業は順調ですか、お嬢様」
    「はい! みんなすごく丁寧に教えてくれるから、最近、勉強がとっても楽しいんです!」
    「水星に学校を作るという夢は叶えられそうですか、お嬢様」
    「はい! ……実は最近、水星だけじゃなくて、地球にも学校を建てたいって、そう思い始めているんです!」
    少女は力強く答え、そして真剣な口ぶりで語り始める。
    地球の難民たちの暮らしぶりをノレア・デュノクから聞き、学びの場がないために多くの子供達が貧困から抜け出せない現状を知った。ならば地球にこそ学校を建てるべきなのではないか。自分が学校を作ることが、地球の復興にも繋がるのではないか、云々。
    身振り手振りを交えて熱心に語るスレッタに、ゴドイはふと、かつてベネリットグループに殺された自分の娘の姿を重ね合わせる。
    あの子は6歳の誕生日を迎えることはできなかった。だが、もし生きていれば――

    「あの……ゴドイさん? 気分が悪くなったんですか?」
    「……申し訳ありません、お嬢様。少しばかり昔を思い出していました」
    自らを戒めるように、男は首を振った。今は過去の思い出に浸っているときではない。
    姿勢を正す。最後には道具としてプロスペラから使い捨てられる運命にあることを知りながら、10年以上何も伝えず、欺き続けてしまった少女に、向き直る。
    「スレッタお嬢様、会いに来ていただいたことを感謝します。あなたの近況が聞け、あなたが平穏を手に入れたことを知ったことで、私の心も晴れました。
     ですから……これからは、未来のことだけを考えてください。私やプロスペラのもとに足繁く通う必要はありません」

  • 15423_03/1124/02/26(月) 05:22:56

    スレッタは、未だ望みを捨てていなかった。
    意識不明のまま逮捕されたプロスペラが、いつか意識を取り戻すことを。そしていつか、彼女がスレッタに振り向いてくれることを。
    だが、そんなことは起こり得ない。クワイエット・ゼロの内部でゴドイが最後に見たプロスペラは、廃人同然だった。仮に彼女が奇跡的に回復したとしても、スレッタを実の娘として愛することは決して無い。この十余年の経験から、ゴドイはそれを確信している。
    「どれだけ待とうと、どれだけ愛情を向けようと、無駄なことです。
     そもそも我々は、少なくとも何十年かは獄に繋がれなければならない。それだけのことを我々はやってきたのです。
     だから、あなたは我々を待っていてはいけない。我々のことなど忘れ、勉学や交友に集中すべきです」
    もうこれ以上、スレッタの人生と時間を浪費させるわけには行かない。ならばどれだけ残酷だろうと、現実を突きつけるべきだ。
    その思いでゴドイが告げた言葉は、スレッタの顔を歪めさせる。目をそらし、下を向き、少女は小さな声で反論してくる。
    「わたし……お母さんやゴドイさんのこと、忘れたくない。見ないフリなんてしたくないんです。
     ふたりがわたしのこと、好きでなくても……それでもわたし、ふたりのことを失いたくない」
    縋り付くようにして声を振り絞るスレッタを、ゴドイは悲しげに見つめる。自らの行為がどれだけこの少女を苦しませたのかを思い知り、胸を痛める。
    だがそれでも、ゴドイは少女の手を取るわけには行かなかった。彼女のためを思えばこそ、突き放さなければならなかった。
    「私もプロスペラも、あなたの元には戻ってこない。あなたがどれだけ愛情を注ごうと、あなたの家族にはなり得ない。
     それはどうしようもないことです。やってしまった過去をなかったことにはできないし、心を都合良く切り替えることもできないのだから」
    「…………」
    「ですが、あなたはいつか、新しい家族に出会います。あなたであれば、あなたを真に愛し、あなたに寄り添う人間を見つけることができるはずだ。私も天涯孤独の身の上でしたが、私を愛してくれる妻と出会うことができた」
    だからこそ、愛し愛された家族を奪ったデリングを、ゴドイは決して許すことができなかったのだが――それはスレッタに聞かせるべき話ではない。

  • 15523_04/1124/02/26(月) 05:23:19

    「誰でも一度は、独りで歩かなければならない時がある。あなたにとっては今がそうなのです、スレッタお嬢様。
     ゆりかごを出て、自らの意志だけを頼りに目的地を定め、歩き、学び、知り合いを得るのです」
    目の前の少女は、娘ではない。
    娘として愛することは、自分にはできない。
    だがそれでも、実の娘にそうするように、ゴドイはスレッタを真摯に諭したのだった。

    「あなたが我々を忘れないというのであれば――我々を反面教師としてください。
     あなたは我々のように、いつまでも過去に留まっていてはいけない。狭い世界に閉じこもっていてはいけない。
     広い世界に踏み出し、未来に向けて一歩一歩お進みください。……どうかお願いします、スレッタお嬢様」

    「…………」
    スレッタは無言で俯いている。悲しげな表情のまま、目を伏せている。
    彼女にとっては母と姉を同時に失ったようなものなのだ。そう簡単に前を向くことができないのは当たり前だ。

    だがそれでも、面会時間が終わる直前、スレッタは顔を上げた。
    涙を瞳にたたえたまま、ゴドイを真正面から見つめて、
    「いつか……いつかゴドイさんが、刑務所から出てきたら。
     そのとき、わたしともう一度、お話ししていただけますか?」
    そう、尋ねてくる。
    ゴドイはにっこりと笑い、うなずいた。
    「もちろんです。そのときは、あなたの思い出話をたっぷりとお聞かせください。
     そのときまで、私も全力で生き続けます」

    「だったら……わたしも、前を向きます。必死に勉強して、卒業して、たくさん学校を作って、それから……」
    直後、面会時間の終わりを告げるブザーが鳴った。最後まで言い終えることができなかったスレッタが悔やむような表情を見せる。
    だが、ゴドイにはもはや十分だった。椅子から立ち上がり、少女に退室を促す。
    「おさらばです、スレッタお嬢様」
    復讐の道具でしかなかった少女に。
    最後まで家族とは成り得なかった娘に。
    ゴドイは別れを、告げたのだった。

  • 15623_05/1124/02/26(月) 05:24:37

    青年は、公園のベンチに腰掛けて携帯端末を操り、アパートの検索を続ける。

    時刻は昼下がり。学園フロントの天蓋は、明るい光で地面を照らしている。広々とした公園に、下級生と思しき少年たちがサッカーボールを蹴りながら入ってきた。さらに向こうには、老人が杖を突きながらのんびりと歩いている。

    のどかな光景をよそに、青年は良さげな物件を見つけて、隣に座る少女に問うた。
    「これなんかどう? キッチンは共用だけど居室は広々、駅は近いし値段もお手頃。悪くないんじゃないかな、コレ」
    しかしながら、期待した言葉は返ってこない。少女は仏頂面でこちらを見つめるだけだ。
    うーむ、と唸って、青年は端末の操作を再開する。
    「2LDKは嫌? となると、ちょっと家賃がかさむことになるなあ」
    「そうじゃないわよ」
    すぐさま仏頂面の少女からツッコミが入る。
    ノレア・デュノクは身を乗り出すと、確認するように青年の瞳を覗き込んできた。
    「私の身元引受人になった上、自分の借りたアパートにタダで住まわせる、だなんて。
     あんた、本気なの?」
    「もちろん本気さ。だってそうしないと、君は刑務所に収監される羽目になるんだろ?」

    クワイエット・ゼロの戦いから一ヶ月後。
    ノレア・デュノクはその貢献が認められ、司法取引によって魔女の認定を外された。降伏した少年兵として扱われ、テロに対する処分も保護観察に留まることになった。
    しかしながら、天涯孤独の身であるノレアには、特定の住居も無ければ身元を保証する人間もいない。せっかく保護観察処分を勝ち取ったにも関わらず、そのままでは法律の規定に従い、刑務所に収監される運命だった。

    「だったら僕が引き取るよ。それで問題なしなんだろ?」

    そこで手を上げたのが、エラン・ケレスの影武者だった、というわけだ。
    クワイエット・ゼロでの功績により市民ナンバーを与えられた彼は、株式会社ガンダムに就職していたこともあり、社会的信用も収入も十分とみなされた。周囲に異議を唱える者はなく、ノレアの身柄を青年が引き受ける件はあっという間に確定事項となった。

  • 15723_06/1124/02/26(月) 05:25:05

    今や疑いを挟むのは、ノレア当人くらいのものである。
    「あんたにそこまでしてもらっても、私は何も返せない。お金なんか持ってないし、この学園フロント内で私を雇ってくれる人がいるとも思えない。あんたにとって、私はただのお荷物よ。
     それでもいいの?」
    「お金なんか気にしなくていいんだよ。君一人を養う程度の給料はもらってる」
    「でも……」
    「それとも、刑務所の中の方がいいのかい? ソフィへのお見舞いもできなくなっちまうのに」
    青年がそこまで言うと、ようやくノレアは反論を止めた。
    迷うように考え込んだあと、不承不承といった態でうなずく。
    「……わかったわ。ソフィが退院するまでは、あんたの世話になる」
    その瞳に浮かぶのは、喜色ではなく憂い。理由はよく分からないが、どうも彼女は青年の元に留まることに躊躇いを感じているようだ。
    泰然自若をモットーとする青年も、ノレアのその態度には不満を覚えざるを得ない。

    「どうして君は、今更そんなに他人行儀なんだ?」

    憮然として、胸中でつぶやく。
    クワイエット・ゼロの戦いが終わったあとも、ノレアは相変わらず、青年に対して付かず離れずの態度を貫いていた。その様はまるで猫のよう。人と交流することはあっても、決して心を許すことはない孤高の生き物。

    それ自体は……まあ、構わない。
    ノレアが自分に懐かなかったとしても。
    ソフィが回復したあとに、そのまま二人でどこかへ旅立ったとしても――受け入れるつもりだ。
    ああ、もちろん受け入れるつもりだとも!

    「……別れなら、慣れてるしね。所詮はそれまでの縁だったってことだよ」

    だが最近のノレアは、時折ひどく怯えた表情を見せるのだ――飼い主から捨てられ、再び野良猫に戻ることを恐れているかのように。
    それが青年には気に食わない。向こうがこちらを捨てると言うならともかく、自分がノレアを捨てるなんてことはありえないのだから。

  • 15823_07/1124/02/26(月) 05:26:32

    だから青年は、自分のモットーに反して、ついうっかり踏み込んでしまった。相手を安心させるつもりで、不用意な一言を投げかけてしまった。

    「ソフィが退院するまで、なんて期限を切る必要はないよ。君の気が済むまでここに居ればいいじゃないか」
    「……え?」
    「仕事に就きたいってんなら、僕が一緒に探してやる。勉学したいなら通信教育でもなんでも用意する。
     ……独りが嫌なら、僕が隣りにいてやる。だから、もっと僕を頼れよ、ノレア」

    直後、青年は自らの失言を悟った。
    目を見開いたノレアは、すぐに寂しげに笑い、首を横に振ったのだ。

    「一緒に探すだの、隣りにいてやるだの……バカなの、あんた。
     いくらなんでも、そんなことできるわけないでしょ。私にだってその程度は判る」

    少女の瞳には、一粒の涙とともに、ありありと拒絶の意志が浮かんでいた。青年が愕然とするほど、明確に。
    そして青年は気づく。
    さんざん他人から利用され続けてきた孤独な少女にとって、今の自分のセリフは、警戒心を招くのに十分すぎるものだったことに。

    ――世話するから、その引き換えに僕と仲良くなれって……そういう意味に受け取られたのか!?

    「待て、今のは違うんだ。つまり……!」
    青年はあわててベンチから立ち上がり、言い繕う。
    だがもう手遅れなのだと、ノレアの表情が物語っていた。少女はうつむき、涙をこぼしている。手酷く傷つき、顔をくしゃくしゃにしている。
    「頼むから、そんなこと考えないで。余計なお世話よ」
    決定的だ。
    下卑た下心を隠していたのだと、嫌悪された。
    少しは生まれていたはずの信頼も、もはや完全に失われた。

    取り返しの付かない失敗に、青年は打ちのめされ、茫然自失で立ち尽くす。

  • 15923_08/1124/02/26(月) 05:27:03

    動揺と自己嫌悪のあまり口も聞けなくなった青年の前で、ノレアはうつむき、セリフを連ねる。

    「心配しなくとも、地球でなら私はどうとでも生きられる。ソフィが退院したら、私は地球に戻るわ」
    「…………」
    「あんたたちの生活の邪魔をするつもりはない。あんたは、ソフィと二人で幸せに暮らして。
     あいつ、口は悪いけど、すごく優しいヤツだから……」
    「……んん?」

    そして青年は我に返った。下を向いて辛そうに喋るノレアの頭頂部をまじまじと見つめる。
    今コイツ、なんて言ったんだ?
    「ちょっと待てノレア。ソフィと二人で暮らせって、それはどういう意味だ?」
    青年がそう問うと、ノレアが下を向いたまま、涙声で答えた。
    「同棲って意味よ。それくらいわかるでしょ」
    「なんで僕とソフィが同棲するんだよ」
    「……え?」
    ようやくノレアが顔を上げる。瞳から流れる涙はそのままだったが、悲しみの色は抜けて、不思議そうに首を傾げている。
    彼女はベンチに座ったまま、まじまじと青年を見上げ、そして口を開いた。
    「だってあんた、好きなんでしょう? ソフィのこと」
    「僕が好きなのは君だよっっ!!」
    反射的に青年は絶叫した。
    公園の真ん中でサッカーをしていた下級生たちがびっくり仰天してこちらを向く。公園の反対側を歩いていた老人がきょろきょろと周囲を見回す。それほどの大声だった。そして今度こそ完全な失言だった。
    だが青年は気づかない。というか、それどころではない。不本意にもほどがある誤解を正そうと、必死で言葉を繰り出す。
    「なんでっ!? どうして僕がソフィを好きってことになってるんだよ!? 勘違いするポイントなんて無かっただろ!?」
    「えっ……だって、グラスレー寮の一室に閉じ込められてたときに、二人きりで楽しそうに会話してたじゃない」
    「どうやってあの部屋から抜け出ようかをアイツと相談してただけだよ!?」

  • 16023_09/1124/02/26(月) 05:29:50

    どうやらノレアの誤解は、かなり以前まで遡るようだ。と言っても普通に判断すれば、青年とソフィが仲を深めるような余裕などなかったことくらいは分かろうものだが。もしかしたらこの少女、思っていたよりもだいぶ天然なのかも知れない。
    ノレア当人はと言えば、何かがおかしいことにやっと気づいたのか、狼狽えたようにベンチから立ち上がる。
    「待ちなさいよ。そんなはずがない。だってあんた、クワイエット・ゼロに乗り込む直前に私に宣言したじゃない。
     命に変えても、僕はソフィを必ず守るって」
    「誰を、とは言わなかっただろ!? 守りたかったのは君だよっ!」
    全力で反論すると、ノレアは間抜けな顔で口をあうあうと開閉させた。恥ずかしさのせいか、頬も真っ赤に染めている。
    やっぱりコイツ、天然だ。どうすればあの会話でそんな誤解ができるんだ。どこからソフィが紛れ込んできたんだ。
    「なっ……なんで肝心な部分を省略するのよ!? 勘違いさせるようなことを言わないでよ!」
    「勘違いしようがないだろ、状況的に! ていうかそもそも、なんで僕がソフィに好意を持ってると思ったのさ!? ほんの数日しか会話してないんだぞ、アイツとは!」
    「だ、だって……あいつ、凄く人気者なのよ? 気が利くし、ぐいぐい引っ張ってくれるし……」
    よく分からない言い訳を始めたノレアを見て、青年もだんだんと苛立ちが募ってきた。
    もうこうなったら、ハッキリと断言しておくべきだろう。自分がソフィに惚れることは決してないのだと。
    「いいか、ノレア。僕も別にソフィを嫌ってるわけじゃない。アイツは友達思いのいいヤツだよ。
     でもね、僕の好みとは正反対なんだよ。自分勝手だし図々しいし、口うるさいし馴れ馴れしいし、いいかげんだし割と迂闊だし」
    すると、なぜかノレアは狼狽を止めた。
    じっとりとした視線でこちらを見つめ、そしてぼそりと毒を吐く。
    「同族嫌悪……」
    「なんでだよ!? 僕とアイツは似ても似つかないだろ!? 僕は協調性も責任感もあるし、控え目だし慎重だししっかりしてるぞ!?」
    「自己評価が壊滅的なところまで似ないでよ……」
    「なんだよその困ったような顔は!? 困ってるのはこっちだよ!」

  • 16123_10/1124/02/26(月) 05:30:12

    もう何度目か分からぬ叫び声をあげたのち、青年はがっくりと肩を落とした。
    なんなんだこれは。どうして自分はこんな苦労をしてるんだ。そもそもこれはどういう話の流れなんだ。
    だんだんと混乱してきた青年は、ひとまず気分を落ち着けようとベンチへ腰を下ろす。
    すると、すぐにノレアも隣に座り直してきた。呆れと戸惑いが入り混じった表情で、詫びの言葉を口にする。
    「ごめんなさい。私が勘違いしてたのは本当みたいね。
     ……でも、その、本気なの? 私が好きって」
    言われて、青年もまた気づく。勢い任せに自分の本心までこの少女に明かしてしまったことに。
    これまでの人生で身につけた防衛本能で、青年はとっさに誤魔化すような笑みを浮かべ――しかし、誤魔化しのセリフまでは口にしない。
    今この少女に対して、好意を偽ることだけはやってはいけないと、そう直感した。だから青年は笑みを消し、真剣な顔で、告げた。

    「……当たり前だろ。本心だよ。好きなのも、守りたいのも」

    この気持ちが恋愛感情なのか、ただの庇護欲なのかは判らない。
    自分と似たような少女の境遇にシンパシーを感じただけなのかも知れない。
    だが、好きだということだけは間違いないし、その気持ちを伝えたかったのも本当だ。
    「…………」
    少女はすぐには返答しない。
    嬉しいのか悲しいのかよく分からない表情で、青年を見つめ返している。
    青年もそれ以上は何も言えず、ただ黙ってノレアを見つめる。

    周囲に静けさが戻る。気がつけば公園には、青年と少女以外は誰もいなくなっていた。
    老人はとっくに公園から歩き去っていたし、下級生たちは痴話げんかが始まったとでも思ったのか、さっさと場所を移動していた。

  • 16223_11/1124/02/26(月) 05:30:35

    見つめ合ったまま10秒ほども経過した後、ノレアは一つため息をついた。
    「……急にそんなこと言われても、困るわよ。あんたはソフィのために命を懸けてるんだと思ってたし、私はその恋を手助けしてるつもりだったんだし」
    そして彼女は、青年をじろりと睨み返す。
    「だいたい私、あんたのこと何も知らない。素性どころか、本名すら教えてもらってない」
    「……あれ? そうだっけ?」
    「用心深すぎるのよ、あんた。
     あんたのこと何も知らないのに、好きとか嫌いとか、そんな話ができるわけがない」
    ノレアの剣幕は、青年をたじろがせるに十分だった。
    言われてみればその通りだ――周囲を警戒するあまり、青年は自らのことを誰にも明かしていなかった。それでは確かに、恋愛以前の問題だろう。
    「そ、その、ごめん……」
    「……まあいいわ」
    ふう、とノレアが力を抜く。
    少女は改めて居住まいを正し、青年を見上げ、その瞳を覗き込む。
    「ソフィのことも含めて、もう少し考えさせて。あんたの告白への答えは、私がもっとあんたのことを知ってからにして。それでいい?」
    青年がこくこくとうなずくと、ノレアはようやく笑みを見せた。
    怯えもなく、遠慮もない、ごく普通の少女らしい笑顔。真昼の光の下のそれは、季節外れのひまわりのよう。

    華やかに笑いながら、少女は青年を見上げ。
    そして、どこか楽しそうに、告げたのだった。



    「だったら。
     まずは教えて。あんたの、本当の名前」

  • 163二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 06:10:11

    スレッタ……ゴドイさん……

    上2人がしんみりした会話してる一方、コテコテのラブコメしてる5ノレでダメだった
    というかここまでずっと勘違いしてきたとなると、徹頭徹尾親友と新しい相棒のためだけに頑張ってきたノレアが健気過ぎる

  • 164二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 06:49:00

    クワゼロに乗り込む前のノレアの反応からしてこれアンジャッシュしてない?と思ってたから当たっててニヤッとした

  • 165二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 10:33:45

    ゴドイさんにフォーカス当たるのいいなあ……
    そしてラブコメは健康にいい

  • 166二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 14:28:44

    うおおおおお
    やっと読めた
    昨日サバ落ちしてたから見れなかったんだ
    更新乙でした

  • 167二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 14:50:44

    5ノレが見れて大満足
    心が救われた

  • 168二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 21:07:04

    みんなの戦後、ミオリネもジェターク兄弟もスレッタも5ノレもやったけど、後は何の話来るかな?

  • 169二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 23:27:39

    5ノレがいつまでも幸せでありますように。

  • 170二次元好きの匿名さん24/02/26(月) 23:30:56

    燻銀だなぁ
    ケナンジさん、ゴドイさん、大人の男性陣の奥深い魅力たるや

  • 17124_01/1924/02/27(火) 06:08:59

    「楽しみにしてるところ悪いけどさ、スレッタ。
     卒業式なんて、特に面白いもんでもないぜえ? 卒業生が証書を渡されたり色々スピーチするのを眺めたあと、お偉いさんのお説教を1時間ばかり聞かされるだけだしさ」
    オジェロ・ギャベルが冷やかしを入れる。
    「実は俺も、一年のときは楽しみにしてたんだよ、ここの卒業式。地球の貧乏学校じゃなくてスペーシアンの最大手の学園だし、さぞかし荘厳なんだろうなって。でもまあ、普通に地味だったよなあ……」
    ヌーノ・カルガンが同調してぼやく。
    だがそれでも、式典会場への出発の時間を待ちながら、スレッタ・マーキュリーはわくわくする気持ちを抑えられない。なにしろ正真正銘、生まれて初めてなのだ――卒業式なる儀式に参加するのは。
    「真・やりたいことリスト、また埋まっちゃいます……!」
    地球寮の居間の椅子に座って、スレッタはにこにこと笑う。
    かつて少女が持っていた「やりたいことリスト」は、この学園に来る前に母から促されて、水星での乏しい知識をもとに作った貧弱なものでしかなかった。留置場でゴドイから諭されたことをきっかけに、自分の本当の望みを見つめ直し、学友たちからのアドバイスも参考にして、少女は新しくリストを作り直したのだ。
    「あー、そういや、卒業式への参加もリストにあったっけ。送り出す側と見送られる側の両方で」
    「スレッタは2年生として転校してきたから、卒業式に参加するチャンスは2回しか無いもんな。今日を逃せば、送り出す側で参加することはもう二度とできないってワケか」
    「そういうことですっ! だから、一度しか無い機会を体験することができて嬉しいんですっ!」
    拳を握って力説する少女に、オジェロもヌーノも苦笑しつつ頷く。退屈でしかないと思っていた学校行事だが、そういうふうに捉えれば、参加する意欲も少しは出てくるというものだ。

    人類圏を震撼させたクワイエット・ゼロ事変から3ヶ月。
    アスティカシア学園には、卒業と進級の季節が巡っていた。
    地球寮からはマルタン、ティル、アリヤの3名が、この学園の全課程を終え、いよいよ社会へと巣立つことになる。

  • 172 24_02/1924/02/27(火) 06:09:29

    「私たちは地球に戻るよ。株式会社ガンダムで私たちができることも、もうあまり無さそうだしね」
    一ヶ月ほど前、アリヤ・マフヴァーシュは皆にそう告げた。
    株式会社ガンダムは、もともとは魔女疑惑をかけられたスレッタを守るために設立され、ヴァナディース機関の理念を引き継ぎ、GUND技術の医療活用を目指していた会社だ。だが、ペイル社の極秘研究の結果、および21年前のヴァナディース事変で闇に葬られた数々の実験結果が明らかとなり、GUND技術の危険性が改めて世界に知れ渡ることとなった。株式会社ガンダムの目的である医療技術への活用は時期尚早とみなされ、株価は暴落し、一法人として存続することは不可能となった。

    だが、まだGUND医療への望みが完全に断たれたわけではない。キャリバーンのAIが垣間見せてくれた、人と寄り添う意思。それが将来、データストームを克服する突破口となる可能性がある。
    またそれとは別に、ソフィやノレアらGUND-ARMの被害者たちを、誰かが救済しなければならない。
    ゆえに株式会社ガンダムはジェターク社に吸収合併され、AIとの意思疎通、およびデータストーム疾患の治療・軽減方法を研究する部門に生まれ変わることになったのだ。

    「そちらについても興味はあるけれど……僕たちには、ベルメリアさんのような医療知識はない。だったら、地球での復興を手伝ったほうが、きっと世の中の役に立つ」
    アリヤに続いて、ティル・ネイスはそう語った。
    学園で学んだ知識を活用し、企業活動を通じて地球のインフラを整備し直す。それが二人の描いた未来図だ。彼らは卒業後、アスティカシア学園への入学を推薦してくれた企業に就職することになるだろう。

    「二人とも、そっちの道に進むんだなあ……」とオジェロが感慨を深めれば、「今の宇宙開発競争は行き過ぎだ、競争の陰で犠牲になってるものを見直すべきだって機運になってきたしな」とヌーノが応じる。
    デリング・レンブランと宇宙議会連合過激派が共倒れに終わった結果、彼らが強引に押さえつけていた穏健派の声が主流を占めるようになっていた。このままなら、人類の開発の向かう先は、宇宙から荒れ果てた地球へと変更されることになるだろう。
    ……地球と宇宙の格差や、間に横たわる憎悪といった問題が、足を引っ張りさえしなければ。

  • 173 24_03/1924/02/27(火) 06:09:49

    「ニカさんが出てくる頃には、地球の復興事業が本格化してますよ、きっと」
    スレッタがあえて楽観的に未来を語ると、他の二人もうなずく。
    彼らの同級生であるニカ・ナナウラは、自らの罪を償うため、ミオリネやベルメリアからの身元引受の申し出も断って、刑務所で服役する道を選択した。きっと彼女も今頃、変わりつつある世の中の流れに喜びを覚えているに違いない。

    「……と、そういえば」
    オジェロが話題を変えた。地球寮の人間ではないが、株式会社ガンダムの同僚だった人物の名を口にする。
    「エランのヤツはどうするんだっけ? アイツも卒業生のはずだけど、今日は姿を見ないぜ」
    「あいつは卒業後も株式会社ガンダムって聞いたけど……もう学園の行事とかには出席するつもり無いんじゃね?」
    ヌーノが机に頬杖を付きつつ返答する。
    いちおうは上級生であるエランに対して、二人ともやけに馴れ馴れしい態度だ。まあ、これはエラン自身のコミニュケーション能力の高さゆえなのだろうが。
    なんとなく苦笑しつつ、スレッタは、当人から預かった伝言を二人に明かす。
    「エランさん、今日は欠席だそうですよ。学園生活に思い入れは無いから、と言ってました」
    彼の学生としての姿は、仮初のものでしかない。ペイル社の命令で学園に潜り込み、仕方なく他人を演じていただけだ。懐かしむべき思い出はここには存在しない。学園から離れた今こそが、彼にとっての本当の人生の始まりなのだろう。
    しかしオジェロは、そういう込み入った事情を無視して、はん、と不機嫌そうに唇を歪めた。
    「どうせノレアとイチャイチャしたいだけだろ、アイツ」
    普段はあまり他人の悪口を言わないヌーノも、遠い目をしてオジェロに同調する。
    「当人たちは付き合ってるのを隠してるつもりだろうけど……バレバレだよなー、あいつら」
    ねちねちと愚痴り始めた二人を、スレッタはまあまあと宥めた。
    もしリリッケがこの場にいたら、エランとノレアの仲の進展具合をあれこれと推測し始めて火に油を注いでいたことだろう。幸いにも恋バナ好きの一年生は、同じ学年のチュチュとともに卒業式の会場設営に駆り出されていて不在だった。

  • 17424_04/1924/02/27(火) 06:11:00

    「……まー、エランはともかくとして。
     ソフィとノレアにとっても間違いなくいい結果だったよな、これは」
    愚痴の途中で、ヌーノがぽつりともらす。彼もまた戦災孤児であるがゆえに、ガンダム乗りに仕立て上げられた二人の少女の境遇については気になっていたようだ。
    ソフィはまだ集中治療室の中だが、一週間ほど前に意識を取り戻し、順調に回復へと向かっている。
    ノレアは保護観察処分となり、エランと同居しつつ通信教育で勉強を続けている。
    使い捨ての少年兵だった二人もまた、紆余曲折の末、どうにか未来を勝ち取ることができた――そう振り返ったのち、ヌーノは肩をすくめる。
    「この件についてはジェタークさまさまだな。あの二人の問題はデカすぎて、俺達じゃ手に負えなかったし」
    データストームに晒されたソフィを死の淵から救ったのはスレッタだが、神経や内臓の移植手術といった高度な治療を施したのはジェターク直営の病院だ。
    ノレアの身元を引き受けたのはエランだが、その彼を今後も雇い続け、彼の社会的身分を保証し続けるのはジェターク社だ。
    地球寮だけでは、二人の問題は解消できなかった。その事実を思い出し、オジェロがつまらなそうにつぶやく。
    「結局のところ、世の中を動かしてるのは、スペーシアンの金持ちってことだよな。
     俺らがどんなに頑張ったところで、大したことは……」

    「違いますよっ」

    急にスレッタが強い口調で割り込んできたので、二人の少年は驚いた。
    少女は両脇に拳を作り、二人に反論する。

    「大切なのは、自分にできることをやること、だと思います。
     オジェロさんもヌーノさんも、自分にできることをやった。地球寮のみんなもやるべきことをやった。エランさんもミオリネさんもグエルさんもラウダさんもペトラさんも……みんな、自分にできることを、やるべきことを精一杯やりきった。だから、ソフィさんもノレアさんも助かったんですっ」

  • 17524_05/1924/02/27(火) 06:11:25

    オジェロとヌーノは顔を見合わせ、そして同時に笑いあった。確かにその通りだ。
    あの3ヶ月前の戦いでは、金持ちや貧乏人の区別なく、全員がやるべきことをした。非戦闘員であるオジェロもヌーノも、クワイエット・ゼロの分析から無人艦のプログラム改修、ロケット弾の準備に至るまで何役もこなして勝利に貢献した。
    それが結果的に、ソフィとノレアを含む全員の未来を繋ぐことになったのだろう。
    「そーだよな……俺たちだって、端役だけど全人類のピンチを救ったヒーローなんだ。変に自虐する必要はないぜ」
    「アーシアンだの貧乏人だのって腐ってても、何にもなりゃしないしな。俺たちはこれからも、俺たちにできることをやっていけばいいんだ」
    オジェロが得意げに鼻を鳴らし、ヌーノが頬杖をついて微笑む。スレッタもまたうんうんと頷く。
    あの戦いを乗り越えた記憶は、きっとこれからも皆の中で生き続ける。ただの経験という意味ではなく、自信や誇りという形で皆の心を奮い立たせていくだろう。

    と、そのとき。
    玄関の呼び鈴が鳴った。

    三人は顔を見合わせるが、すぐに誰が来たかを察する。スレッタにとっての特別な客だ。
    「迎えに行けよ、スレッタ。主役たちのお出ましだぜ」
    「俺たちは奥に引っ込んでるから、会場への移動時間まで水入らずで話せよ。もう今後は、こういう機会もなかなか無いだろうしさ」
    少年二人に促され、少女は一人、椅子から立ち上がった。
    彼らの言うとおりだ。いま来たのは、常に多くの仕事に追われる人たちだ。この機会を逃せば、次にゆっくり話せるのはいつになるか判らない。
    逸る気持ちを抑えて、スレッタは小走りで玄関に向かったのだった。

  • 17624_06/1924/02/27(火) 06:11:49

    事の発案者は、マルタン・アップモントである。
    ミオリネたちも卒業式に呼んでみたらどうかな。2ヶ月ほど前、彼はスレッタにそう提案してきたのだ。
    「もちろん、みんな忙しいとは思う。でもきっと、君に誘われたなら、みんな喜んで来てくれると思う」
    「ご迷惑にならないでしょうか……?」
    「大丈夫、仕事に差し支えるようならきちんと断ってくるさ。
     ……あの人たちは、卒業するより前に社会に出なければいけなくなった。だから、最後に少しでも学生気分を味わって欲しいんだよ」
    語るマルタンの瞳には憂いが見えた。彼は彼で、ミオリネたちの今の境遇について、いろいろと思うところがあったようだ。

    スレッタにも後ろめたい気持ちはあった。彼女が今も学生を続けていられているのは、先に社会人となった人々が様々な手配をしてくれたお陰だからだ。だから少女はマルタンの提案に従い、学園を退学したメンバーに、卒業式への参加を打診するメールを送った。
    スレッタの申し出は、快く受け入れてもらえた。一足早く社会に巣立った人々もまた、今日の卒業式に関係者枠で出席する運びとなったのだ。

    玄関に辿り着いたスレッタは、満面の笑顔で扉を開ける。
    「お久しぶりですミオリネさん、ペトラさん!
     忙しいところをありがとうございます、グエルさん! ラウダさん!」
    直後、スレッタは唖然となった。
    扉の外に立っていたのは2名だけだった――ミオリネ・レンブランとグエル・ジェタークだ。
    二人とも疲れ切ったような表情で、しかも身にまとったスーツは少しばかり乱れていた。まるで全速力でここまで走ってきたかのようだ。
    「ど、どどど、どうしたんですか二人とも!? 来る途中で誰かに襲われたんですか!?」
    「あー、まあ、そんな感じ。このバカが行く先々で学生に囲まれてワーキャー騒がれてね……なんでこうなることを予測しとかないのよ、アンタは」
    ミオリネがじろりとグエルを睨みつければ、グエルが憮然とした表情で反論する。
    「予測はしてたし、ラウダに警備も手配してもらってたさ。でも、あんな大人数が一斉に押しかけてくるなんて思わないだろ、いくらなんでも」

  • 17724_07/1924/02/27(火) 06:12:17

    どうも、人類圏全域での有名人となったグエルに向かって大勢の生徒が押し寄せたようである。街に繰り出したアイドルがファンに群がられるようなものか。
    「ラウダとペトラには悪いことをしたわね。あと、警備の人たちにも」
    「そうだな。……今は、あいつらが学生をうまく鎮圧することを祈るだけだ」
    会話から察するに、ラウダとペトラがいないのは、ミオリネたちを逃がすために学生たちを止める役目を引き受けたからのようだ。
    あまりにも予想外の事態に、スレッタは顔を青くする。
    「あ、ああああああ、あの、やっぱり、私が皆さんを卒業式にお招きしたのは、かえってご迷惑だったのでは……!?」
    すると、眼前の二人は同時に反応した。
    「そんなわけないでしょ。嬉しかったわ、本当に」
    「ああ、そのとおりだ。お前のお陰で、俺たちも心残りが解消できるよ」
    微笑む二人の雰囲気は、完全に垢抜けていた。少し前まで学生だったとは思えないほどの、大人びた穏やかな笑顔。

    二人ともほんの数ヶ月前までは、スレッタと同じくアスティカシア学園という揺り籠の中で過ごしていたのだ。二人とも宇宙でも有数の権力者の子息であり、二人ともそれぞれの特権を振りかざしてはいたが、しかし、学生という分を外れるものではなかった。
    だが今やミオリネはベネリットグループ総裁となり、グループが収奪した富を地球に還元するため、そして自身と前総裁が犯した罪を償うために奔走している。
    グエルは宇宙と地球の融和を果たすため、地球側との交渉の最前線に立ち、そして地球の再復興の指揮を執っている。

    ――二人とも、重い責任を背負っちゃったんだ。もう、子供じゃいられないんだ。

    ほんの数ヶ月前に彼らとともに過ごした日々のことが、今となっては遠い昔のように感じられて、スレッタの涙腺がわずかに緩む。
    ぐすぐすと鼻を鳴らしつつ、少女は二人を建物の奥へと招いた。
    「お二人とも、どうぞ、こちらへ」
    「なんであんたが泣いてるのよ、スレッタ」
    当然ながらミオリネからは呆れられたが、しかし二人とも笑いながら、建物へと上がったのだった。

  • 17824_08/1924/02/27(火) 06:13:42

    ゆっくりと思い出話に耽りたいところだったが、卒業式の開始までもうあまり時間がない。居間の椅子に座った三人は、さっそく近況を報告し合う。

    「ベネリットグループの被害者に対する窓口となり、彼らへ賠償を実行する委員会……その設立にやっと目処が立ったわ。総裁を辞めたあとは、私はこの委員会のメンバーの一人として働く予定よ」

    ミオリネは、父や自身の裁判に関わりつつ、被害者への弁済を続けていく。すべてが完了するのはとうぶん先のことになるだろう。

    「ノレアの伝手を頼って、地球のいくつかの武装勢力の幹部と接触できた。来月には和解に向けての交渉が始まると思う」

    紛争が続くままでは復興はおぼつかない。テロ組織の武装解除も進めていく必要がある。
    グエルは、地球側の主要戦力であるガンダムのパイロットだったノレアの協力を得て、抵抗組織との交渉を開始していた。今後はベネリットグループの治安維持部隊の規模縮小を条件に、彼らに自発的投降を求めていくことになるだろう。

    そして、話がそこまで進んだところで、スレッタは唇を噛み、わずかに目をそらす。
    「武装勢力……テロリスト……」
    少女の反応を見て、グエルはもう一言、静かな声音で言い添えた。
    「フォルドの夜明けも、俺たちの呼びかけに応えてくれた。交渉が始まったら、プラント・クエタでの戦死者の家族についても彼らに確認する予定だ。
     だから、もう少し待ってくれ、スレッタ」
    「……はい。ありがとうございます、グエルさん」
    スレッタはグエルに、プラント・クエタで自分が殺めた兵士の特定と、その家族の身元調査を依頼していた。自分自身で会いに行き、謝罪するために。
    ミオリネの命を守るためとは言え、正義の味方気取りで、ひとりの人間の命を奪ってしまった。スレッタはその事実を、残された家族に対して正直に話すつもりだった。せめてそうすることが、自分自身にできる精一杯の償いだと思ったからだ。

  • 17924_09/1924/02/27(火) 06:14:04

    「私も、自分の罪と――向き合わなきゃ、いけない。
     ニカさんやミオリネさんやグエルさんが、そうしたように。
     だから、よろしくお願いします、グエルさん」

    「……ああ。任せろ、スレッタ」
    請け負うグエルもまた、沈痛な面持ちだった。
    自身の罪と向き合い続けることの辛さは、彼もよく知っている。自分が殺めた人の家族と対面する怖さも、すでに体験している。そして、その辛さと怖さを、他人には決して肩代わりしてはもらえないことも。
    スレッタは自力で、人を殺した罪の重さを背負わなければならない。グエルにできるのは、彼女が己の罪に潰されぬよう願うことだけだ。

    居間の中に、しばし沈黙が満ちる。
    三人の若き罪人たちは、しばし己の過ちと罪を噛みしめる。

    しかし、いつまでも罪の意識に沈んでいては、贖罪を果たすこともできない。
    ミオリネが顔を上げ、スレッタに問いかける。
    「あんたは経営戦略科に転部するのね? 水星だけじゃなくて、地球にも学校を作るために」
    「はい。やっぱりお金のことを判ってないと、学校をたくさん建てるのは無理ですから」
    パイロットのままでは、自分の目的は叶えられない。スレッタはそう判断し、学友たちとも相談の上で、経営を学ぶために転部を決意した。勉強がこれまで以上にハードになることも、もちろん承知の上だ。
    「可能な限りいろんな場所に、たくさん学校を建てないと……きっとそれが、わたしの使命だって思うんです!」
    熱意に燃える少女に、グエルが首を傾げる。
    スレッタ・マーキュリーの腕をよく知っている彼だからこそ、少女の選択には疑念があった。
    「お前のパイロット技能だって、世の中の役には立つと思うんだが……」
    彼女がかつて水星でそうしていたように、モビルスーツによる人命救助の仕事を選んだとしても、きっとこの世界に貢献することができるはずだ。

  • 18024_10/1924/02/27(火) 06:14:39

    だがスレッタは、首を横に振った。
    「知るってことは本当に大事なんだって、思い知りましたから。
     エリクトにパーメットリンク経由で教えられるまで、わたし、何も知らなかった。21年前のことも、お母さんの本当の望みも、データストームのことも、何も。
     知ることができたから、自分のやるべきことを見つけられた。知ることができなかったら、わたしは最後まで何もできなかった……」
    少女は寂しげに笑う。
    エリクトにあの時点で真相を教えてもらえたから、最悪の事態を防ぐことはできた。だが結果的に、エリクトはこの世界から去ってしまい、母は意識不明のまま逮捕されることになった。
    もっと早く真相を知ることができたなら、母や姉を失う前に、もっと穏当な方法で事態を収めることができたかも知れない。あんなに大勢の犠牲者を出すこともなかったかも知れない。
    悔やみきれない後悔は、今でも少女の心に残り続けている。

    「知識がなければ、進むべき方向もやるべきこともわからない。
     でも、知識が増えれば、どっちへ進むべきかを選ぶことができる。もっといいやり方はないか、考えることができる。
     みんなで知恵を出し合えば、戦うのでもなく、奪うのでもない、一番いいやり方にたどり着けるかも知れない。
     だから、知識を増やすための場所を、たくさん作らなきゃいけない。そう思うんです」

    ノレアから地球の現状は聞いた。
    まずは基本的なインフラの復旧が必要な状況だが、それはジェターク社やブリオン社らが果たしていくだろう。
    ならば次に必要なのは、難民の子どもたちが学ぶ建物だ。
    奪い合うのではなく分かち合う未来を築くために、皆が知識を得て、考える訓練を積むための施設だ。

    「わたしが、それを作ります。それが今のわたしの、やりたいことなんです」

  • 18124_11/1924/02/27(火) 06:15:08

    少女の言葉と、その中に秘められた決意の強さを感じ取り、グエルは納得した。
    「……わかった。頑張れよ、スレッタ。俺たちも可能な限り協力する」
    アスティカシアに来た直後はどこか危なっかしかった少女は、今は自ら考え、自らが歩むべき道をしっかりと見据えている。
    もう、周囲が余計な口出しをする必要はない。彼女の歩みを応援するだけでいい。スレッタが大人になったとき、きっと彼女も、この世界を変えていく心強き仲間のひとりになるはずだ。

    「さ、そろそろ卒業式の開始時刻よ。式典会場に向かいましょ」
    話が一段落ついたのを見計らって、ミオリネがそう呼びかける。
    スレッタが椅子から立ち上がった。グエルも続いて椅子から立ち上がり、そしてぽつりとつぶやく。

    「……お前も、パイロットをやめちまうのか。それは……残念だな」

    今の彼にはモビルスーツを乗り回すような時間は無く、せっかく鍛えた腕も宝の持ち腐れだ。そして、その彼を上回る腕を持っていた少女も、モビルスーツから降りることを選択した。
    それは致し方ないことだ。だが、この少女とモビルスーツを駆って戦った鮮烈な記憶が、彼の心に郷愁を呼び込む。
    対等の条件で腕を競うことができなかった悔恨が、CEOとなったグエルの心の奥に残った、少年じみた青い感情を呼び起こす。

    「お前と、きちんとした形で決着を付けたかったよ……」

    叶うはずのない願望を、グエルは小さな声で吐き出し。

    「そうなんですか!? グエルさんも!?」

    そして唐突にスレッタから距離を詰められ、仰天した。
    「なっ……どうした急に」
    「グエルさんも決着をつけたいんですね!? ですよね!? そうですよねっ!?」
    更にぐいぐいと詰め寄られ、グエルはたじたじと後ずさった。
    スレッタはわくわくと瞳を輝かせ、グエルをまっすぐに見つめている。先ほどまでの大人びた雰囲気はどこへやら、まるで小さな子供に戻ったかのようだ。
    少女の意図が見抜けず戸惑う青年に、スレッタは早口でまくしたててきた。

    「卒業式が終わった後、ちょっとお時間をくださいませんか!? わたし、経営戦略科に転部する前に、ぜひともやっておきたかったことがあるんですっ!」

  • 18224_12/1924/02/27(火) 06:15:27

    アスティカシア学園の決闘は、生徒同士の諍いをモビルスーツの戦闘によって決着させるという制度だ。決闘の勝敗は絶対であり、どんな理不尽な要求でも相手に飲ませることができる。金持ちも貧乏人も関係なく、勝利さえすれば己の意志を相手に強要できるという、一見すれば公平なシステムだ。
    だがその実、準備するモビルスーツの性能は学生を後援する企業の力に左右され、決闘方法の選定についても当事者のコネが物を言う。果ては裏工作すら黙認されており、その実態は、野放図な企業間抗争を学園にまで持ち込んだものに過ぎない。
    力こそがすべてというデリング・レンブランの思想が、醜悪な形でルール化したもの。それが決闘なのだ。

    「大変お待たせいたしました。さあ皆さぁん、手近なモニターにご注目ください。
     これよりブリオン社のスポンサードによるスペシャルイベントが始まりまぁす」

    さらには1年ほど前、デリング自らの命令によってホルダー制度が導入された。
    デリングの一人娘であるミオリネの結婚相手――すなわち、デリングの後継者の座を、決闘の最終勝者に与える。
    時代錯誤なこの制度は、ミオリネ本人の心をいたく傷つけたのみならず、スレッタ・マーキュリーから平穏な学園生活を奪い、エラン・ケレスの影武者たちのような犠牲者をも生み出した。
    力ある者に娘を守らせたいというデリングのエゴが、多くの学生を踏みにじり、その人生を狂わせたと断言していい。

    「モニターに映るのは、近々取り壊し予定の戦術試験区域。地球の朝の平原をイメージした青空のフィールドとなっています。
     そしてフィールドに立つ2機のモビルスーツは、我がブリオン社の最新鋭機であるデミバーディング。半年後の正式リリースを控え、現在絶賛予約受付中でぇす」

    忌まわしき決闘制度は、2ヶ月前に廃止された。
    学園の理事長を兼任していたデリングが逮捕されたことをきっかけに、校風そのものが見直されることになり、デリングの思想とエゴの象徴だったこの制度は、まっさきに学則から削除されたのである。
    これにより、アスティカシア学園の悪しき伝統は、黒歴史として永遠に葬られたのであった。

  • 18324_13/1924/02/27(火) 06:16:12

    ……はずだった。

    「さてさて皆様、これから始まるのは、この2機のデミバーディングによる模擬戦……
     いえ、1対1の真剣勝負! すなわち……決闘です!
     つい先日廃止されたばかりですが、卒業式後のスペシャルイベントとして一日限りの復活ですよぉ!」

    司会がノリノリで煽り文句を並べる。
    おおおお、という歓声が、コックピットのモニター越しに聞こえてくる。
    ノーマルスーツ姿でデミバーディングのコックピットに座るグエルは、腕組みをし、右の人差し指でコツコツと己の左腕を叩いた。苛立っているときの仕草だ。

    「そして決闘に臨むパイロットは……諸事情により名前を明かすことはできませんが!
     片方は、かつてこの学園で無敵の連勝記録を誇ったOBの方でぇす!
     はい皆様、ここで拍手ぅ!」

    デミバーディングの集音マイクが、校舎から響く拍手の音を拾ったところで、グエルはとうとう口を開いた。モニターに映る対面のパイロットに問いかける。
    「これはどういうことだ? 説明してもらおうか、スレッタ・マーキュリー」
    「ひょあえええええ!? あ、ああああの、これは、違うんですグエルさん!」
    初めてスレッタと対面したときを思わせる低い声音でグエルが凄みを利かせれば、初めてグエルと対面したときのような狼狽ぶりでスレッタが言い訳を始める。
    「わたしがやりたかったのは模擬戦だけで! でもわたし今、自分のモビルスーツを持ってなくて! で、卒業式が始まる前にセセリアさんにデミトレーナーを2機貸してもらえないか相談して! そしたら快く貸してもらえることになって!
     ……で! 気がついたら、こうなってましたっ!」
    「あのなあ……」
    気がついたらこうなってました、じゃないだろ。胸中でツッコミを入れつつも、グエルはひとまず納得した。
    悪しき決闘制度を復活させた諸悪の根源は、やはりアイツ――ノリノリで司会を務めるセセリア・ドートだったのだと。

  • 18424_14/1924/02/27(火) 06:16:29

    20分ほど前。
    卒業式が終わった直後、式典会場の貴賓席で式の進行を見守っていたグエルのもとに、スレッタからメールが届いた。
    ノーマルスーツに着替えて、第一戦術試験区域の一般学生ドックまで来られたし。
    指示通りにドックまで足を運ぶと、誰が用意したのか、すでに一機のデミバーディングが待機していた。さっそく乗り込んで外に出てみれば、見渡す限りの草むらの向こうに、こちらとは少しだけカラーリングの違うもう一機のデミバーディングが立っている。
    「よくここまで準備したものだな、スレッタ!」
    驚嘆しながらも、いざ模擬戦を開始しようと、グエルは操縦桿に手をかけた。その瞬間、スペシャルイベントの開幕を告げるセセリアのアナウンスがコックピットに響き渡ったのである。
    唖然としているうちに、自分たちの周囲をドローンが飛び回り始めた。あのドローンはこちらの様子をモニタリングし、アスティカシア学園のあらゆる場所で流しているはずだ――かつての決闘でそうしていたように。
    「いくらなんでも手回しが良すぎるとは思ったが……」
    卒業式のあいだのわずかな時間でこの舞台を整えてみせたのは、スレッタではなくセセリアだった、というわけだ。あるいは、最近ブリオン社に入社したエラン・ケレスの采配かも知れないが。

    だが、そんなことはどうでもいい。自分が見世物にされるのはともかく、今この時期にスレッタに余計な注目が集まることは阻止しなければならなかった。下手をすれば、虐殺者の娘として世間の糾弾を浴びることになりかねない。

    グエルは、モニターの一角に映るラウンジ――かつて決闘委員会の議場だった場所――に視線を移す。その真ん中でマイクを握る女を睨みつける。
    セセリアのヘッドホンの無線番号を指定した後、グエルは低い声音で、ゆっくりと語りかけた。
    「どういうつもりだ? セセリア・ドート。返答次第ではこちらにも考えがあるぞ」
    「あーらあら、久しぶりに聞く怖い声ですねぇ。先輩、もしかしてテンションが学生時代に戻っちゃってますぅ?」
    「質問に答えろ。はぐらかすことは許さん」
    「はいはーい」

  • 18524_15/1924/02/27(火) 06:16:47

    にやにや笑いの相手は、一向に堪えた様子もない。マイクのスイッチを切ると、余裕の口ぶりで応答してきた。
    「2機セットでお貸しできるモビルスーツは、ウチの格納庫にはそのデミバーディングしか残ってなかったんですよぉ。でもウチも営利企業なんで、緊急事態でもないのに最新鋭機をタダでレンタルってわけにも行かず……
     なのでスレッタに提案したんです。模擬戦の映像を自由に使うことを許可してくれるなら、出演料と映像使用料でレンタル料を相殺してあげるって」
    そこまで説明を聞いたところで、グエルは舌打ちした。
    つまりスレッタは、代金と引き換えに映像の使用権をセセリアに譲り渡してしまったのだ。こうなるとセセリアに文句をつけることは難しい。相手は正当な手段で手に入れた権利を行使しているだけなのだから。
    「……念のために聞くが、それは正式な契約なのか? スレッタに丁寧に説明したのか?」
    「もちろん。契約書もその場で作成しましたし、本人からもちゃんとサインをもらってます。お疑いなら今すぐお見せしてもいいですよぉ?」
    グエルはもう一度舌打ちした。恐らくセセリアの言葉に嘘はない。契約書もきちんと作っただろうし、スレッタにもきちんとサインをさせている。そのへんで手抜かりがあるような女ではない。
    すなわち――契約書にサインをしたらどんな事になるかを考えつかなかった、スレッタのミスだ。
    「こんな簡単に騙されやがって……本当に一人でやっていけるのか、あいつ」
    余計なお世話であることは自覚しつつも、グエルは少女の未来を案じざるを得なかった。
    「ご安心を、グエル先輩。肖像権までは買い取っていませんから、スレッタちゃんの名前も顔もきちんと隠匿します。我が社の宣伝で使わせてもらうのは、あなたたちが操縦するデミバーディングの映像だけですよぉ」
    「その約束を違えたら、ジェタークからブリオンへ企業間抗争を仕掛けさせてもらうことになるぞ……」
    「重々承知してますってぇ」
    最上級の脅し文句に対しても、セセリアは平然と煽り顔を返すのみだ。もはや何を言ったところで、この図太いを通り越したクソ度胸女を止めることはかなうまい。あとは彼女に最低限の良識が備わっていることを祈るのみだ。

  • 18624_16/1924/02/27(火) 06:17:14

    コックピットの中でグエルが頭を抱えていると、別の人物から通信が入った。
    「兄さん、どうする? この馬鹿騒ぎが嫌なら、僕が今すぐ中断させに行くけど」
    コックピット側面のモニターに目をやると、セセリアのいるラウンジのすぐ隣のフロアに、苦虫を噛み潰したような顔のラウダが立っている。否、彼だけではなく、カミルやペトラ、フェルシーといったジェターク寮生の主要メンバーも入室していた。
    さらに隣の部屋には、ミオリネやマルタンら地球寮の人々の姿も見える。
    おそらく全員、セセリアが招待したのだろう。臨時の応援部屋といったところか。本当に手回しがいいことだ。
    「あー、そうだな……」
    弟の問いかけに対し、グエルはすぐに答えず、しばし思案する。
    応援部屋を見渡せば、ラウダだけはお冠の表情だが――他のジェターク寮生たちは皆、案外と楽しんでいる様子だ。カミルは腕組みして微笑み、ペトラは手でメガホンを作ってこちらに声援を送り、フェルシーはぶんぶんと両手を振る。
    隣の部屋に視線を向ければ、こちらも負けじと、全員がスレッタの応援に回っているようだ。ミオリネなどはスーツ姿のまま拳を突き上げ、大声で何事か叫んでいる。
    「ふっ……」
    ふとグエルの脳裏を、かつての決闘の光景がよぎった。ジェターク寮の皆とともに臨み、戦い、勝ち続けた日々の記憶。

    あの決闘は、強者が弱者を踏みにじるための制度。御三家が学園を支配するための出来レースに過ぎない。
    それはわかっている。
    あんなルールの下でいくら勝利を積み重ねたところで、何の名誉にもなりはしない。
    それももう、わかっている。
    けれど――

    グエルは正面のモニターに向き直った。
    対戦相手は、側面のモニターに向けて小さく手を振っていた。自分を応援するミオリネたちの声援に応えているつもりなのだろう。
    「スレッタ、どうする?」
    少女の横顔に、グエルは静かに問いかける。
    「思わぬギャラリーが増えちまったが。それでも、俺と決闘するか?」
    スレッタが慌ててこちらに向き直った。
    彼女は両手を胸の前に当て、しばし考え込み。

    やがて、決然と顔を上げた。
    「……やります!」

  • 18724_17/1924/02/27(火) 06:17:34

    強い意志を瞳にたたえ、スレッタ・マーキュリーは断言する。
    「グエルさんと、決闘……します!
     これが最後だから……わたしのパイロットとしての全てを、ぶつけたいんですっ!
     グエルさんと全力で戦って……そして、勝ちます!」
    少女の顔は真剣そのもの。だがその口元は、ほんのわずかだが、不敵な形に吊り上がっていた。
    努力して身に着けたスキルを、思う存分振るってみたい。自分の強さを、応援してくれる人たちに示したい。そのために、目の前の相手を倒したい。勝ちたい。
    少女の表情からは、自分勝手で子供じみたワガママな本心が滲み出ていた。

    だからグエルは、くくっ、と笑った。

    ――そうか。俺も同じだよ。

    最近の彼しか知らぬ者が見れば目を剥いたであろう、口角を釣り上げ瞳を見開いた、ガキ大将じみた笑み。
    その笑顔を、グエルは側面のモニターに向ける。

    「ラウダ! お前にゃ悪いが、この決闘は譲れん。あいつと心ゆくまで戦わせてもらう。
     その結果として、あとで色々と面倒が起こるかも知れんが……」

    背負い続けてきた責任と、抱え続けてきたしがらみを放り投げ。
    グエルは、弟に向けて言い放った。

    「そのへんの後始末は、全部お前に任せた!」

    ラウダがあんぐりと口を開ける。隣のペトラと目を見合わせ、困惑の表情を交換する。
    弟は肩を落とし、深々とため息をつく。何もかもを諦めたような表情で――しかし彼は、しっかりと釘を差してきた。
    「わかったよ。僕が全部なんとかする。
     でも、負けたら絶対に許さないよ」
    「任せろ! 俺は負けん!」

  • 18824_18/1924/02/27(火) 06:17:58

    操縦桿に手をかける。
    各所のスイッチを入れ、グエルは自らのモビルスーツの戦闘準備を整えていく。
    このデミバーディングは悪くない。さすがにディランザのような戦闘用モビルスーツに匹敵するほどではないが、反応も出力もデミトレーナーから向上していて、思う存分に自分の腕を振るえそうだ。
    操縦系や機器の配置についても、学園で使い慣れたデミトレーナーのそれを引き継いでいる。自分もスレッタも初搭乗だが問題なく操縦できるだろう。これなら公平な戦いが望めそうだ。

    「……まさか、セセリアのやつが俺たちにデミバーディングを使わせたのは。
     アイツなりの、俺たちへの気遣いだったのか……?」
    そんなことを思っていると、そのセセリアが弾むような声でアナウンスを再開した。

    「さあ皆様、これより決闘を開始したいと思いまぁす。デミバーディングの性能の素晴らしさをぜひともご堪能くださぁい。
     それでは――両者、向顔」

    その声は明らかに、自社のモビルスーツをPRしつつこの状況を楽しんでるだけに思えたが――まあ、この期に及んではどうでもいい話だ。
    グエルは自らの機体を敵機と相対させつつ、ビームサーベルを引き抜いた。駆け引き抜きでお互いの技量を比べあうには、格闘戦が最もふさわしい。
    果たしてスレッタも同感だったか、彼女の乗るデミバーディングもまた、こちらと同様にビームサーベルを引き抜く。

  • 18924_19/1924/02/27(火) 06:18:27

    これより始まるは、この学園のかつての決闘ルールを模した、モビルスーツによる一対一の戦い。
    されど、相手から奪うための戦闘にあらず。
    弱者を踏みにじるための出来レースにあらず。

    「勝敗は、モビルスーツの性能のみで決まらず」
    不敵な笑みをたたえ、グエルは決闘の口上を述べる。
    「操縦者の技のみで決まらず」
    スレッタが、力強い声で口上の続きを口にする。

    求めるは、ただ充足のみ。
    全力を出し切ったという満足と、強敵と渡り合ったという誇り。
    それを得るために、目の前の、尊敬すべき人と戦う。
    己の全てをぶつけられる相手に挑み、力の限りを尽くし、そして勝利するのだ。

    「ただ、結果のみが真実!」

    最後の句を、二人同時に高らかに告げ。
    抜けるような青空の下、どこまでも続く草原の只中で、グエルとスレッタは決闘を開始したのだった。

  • 190スレ主24/02/27(火) 06:19:20

    これにてクワイエット・ゼロ戦記は終了です。この長い物語に付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございます。
    とにかく自分が見たかったシーンを片っ端から詰め込んだ結果、完成までに半年以上かかりました。具体的には……

    ・ソフィノレ生存
    ・ジェターク兄弟&シュバルゼッテがちゃんと味方側で活躍
    ・カミルパイセンの出番
    ・スレッタ・激怒ッタ
    ・罪には相応の報いがある
    ・ラストバトルは総力戦
    ・最後は決闘でシメ

    といったところ。
    本当に色々と詰め込んでしまいましたが、ちゃんと最後まで書き終えることができてホッとしています。ガバガバな部分は無数にありますが、その当たりはお目溢しいただいた上で、楽しんでいただけたなら幸いです。

    今後は誤字や脱字を修正した上で多少の加筆を施して、ハズレ部屋のソフィを投稿したのと同じ場所にこの物語も掲載したいと思います。もしよろしければ、そちらでも感想をいただけると嬉しいです。

  • 191二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 07:11:45

    お疲れ様でした!
    決戦前のジェターク兄弟喧嘩に5ノレ共闘、ガールズも交えた超総力戦に戦後の結果、ラストの〆含めて最高でした!
    願わくば、失いつつも得たものがあったスレッタに目一杯の祝福があらんことを……!

  • 192二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 07:36:38

    お疲れ様でした!毎日の楽しみだったので寂しい…
    ラストをスレッタとグエルの決闘で締めるのは熱いかつ爽やかでよかった
    色々補完してもらえて毎回これが見たかった!と思いながら読みました。加筆も楽しみです

  • 193二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 07:42:50

    いやあ完成度高え……!
    完結おめでとうございます、めっちゃ面白かった!

  • 194二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 08:04:56

    連載お疲れさまでした&力作をありがとうございます
    理想の展開ですごくおもしろかったです
    これを本編でやってくれたら、水星の魔女をもっと周囲にもオススメできたのになぁ

  • 195二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:28:10

    完結お疲れ様でした。
    本当にありがとうございました。

  • 196二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:40:43

    胸が熱い
    ただただ感謝

  • 197二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:45:55

    目一杯の祝福を……!!

  • 198二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:46:48

    めちゃくちゃ面白かった!!

  • 199二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:50:40

    これが本編でいいとすら思える出来栄えでした
    お疲れさまでした、楽しかったです

  • 200二次元好きの匿名さん24/02/27(火) 14:51:06

    目一杯の祝福を皆に

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています