- 1二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:12:31
いつものように「万魔殿の任務」という名目でシャーレに向かっていると、見慣れた顔が真正面の扉から出てきた。
いつも以上に目に隈を作り、足元は少しおぼつかず、微笑は相変わらず。……「先生」だ。
「お疲れ様です」
“ん? ああ、イロハか。お疲れさま”
何とはなしに挨拶をすると、ヘラリと笑って返された。徹夜することさえ珍しくないという仕事量だという先生が、こんな時間に外出とは。
「お仕事サボる気になりましたか」
“ああ、イヤ……まあそうだね、たまにはレストランでご飯を食べようかと”
30分だけね、とバツが悪そうに付け加える。シャーレの内部には「エンジェル24」というコンビニがある。どうせいつもはそこのコンビニ弁当で済ませているのだろう。給食部の部長が聞いたら卒倒しそうな栄養バランスだ。
しかしまあ、ちょうどいいのも確かだ。朝食を少し遅めに食べていたのに釣られ、私もこの時間になるまで昼食を済ませていなかった。
「ご一緒してもよろしいですか?」
“構わないよ。どこで食べたい?”
「先生が最初に行こうと思っていたところで」
こちらにしれっと渡されそうになった昼食決定権を突き返す。面倒だったし、本当に何でもよかった。さすがにお子様ランチなんてのはTPO的にごめんだけど。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:13:31
“お蕎麦でいい?”
「駅前のやっすいところですか」
“食べたことある?”
「値段相応でいいと思ってますよ」
固い麺、申し訳レベルに盛られたネギ。思いっきり腹を空かせればご馳走だ。「空腹は最高のスパイス」とはよく言ったもの。
「金欠ですか?」
“最近予定外の出費をしてしまってね”
「机の上のフィギュア、今月増えてましたものね」
目の前の大人が引き攣ったような笑いを浮かべる。全くだらしのない人だ。遊べるお金があれば100%使ってしまうのだろう。それで食が疎かになってしまうのはいかがなものだろうか。
「分かりました。行きましょうか、駅そば」
“ごめんね。もうちょっといいとこ行こう”
「話を聞いてたら私もおそばの気分になりました」
まあ私はどっちかというとうどん派なのだが……券を提出する際に選べるからその時に言えばいいか。「話が違う」とツッコまれでもしたらいい話の種になるだろう。
そんなことを考えながら、隣の独特な匂いを放つ大人と共に、硝煙臭い街の中へと歩を進めた。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:14:58
この街は、治安が悪い。何かあればスケバンが銃を持ち出し、爆発や強盗なんていつものこと。
今回私たちが通ろうとしている道は、まさにそんな輩の巣窟となっている裏路地があっちこっちに伸びていた。
「────ンのか、あぁ!?」
「────さい、もう……」
ドンドンドン、カランカラン。
概ねスケバンかゴロツキが壁に発砲して脅しをかけているのだろう。これもまたいつもの混沌、いつもの風景だ。
“……………………”
そして、発砲音が聞こえた方角に伸びた裏路地を目を細めながら見つめる先生は、いつものようなにょろにょろとした表情ではなかった。
「先生」
思わず声をかける。隣に立っている人間がまるで別人に見えた。
“ごめん、ちょっと行ってくる”
「行くって、どこに。あっちですか?」
まさに問題が起きている方角に目線を向ける。裏路地は陽射しを拒絶するかのように闇深く広がっている。
“うん、そっち”
そう言って先生はツカツカと歩き出した。たまらず後を追う。先生の歩調はさっきとはまるで違う。自分の早歩きでは歩幅の関係でとてもじゃないが追いつけそうになかった。
そうしてやっと先生に追いついた先では、予想通りの光景が広がっていた。迷い込んだのだろうか、トリニティの生徒が今まさにスケバンに金をとられようとしている場面。見飽きた光景だった。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:15:57
「何だよシャーレの先生! 邪魔すんじゃねぇ!」
「コイツがぶつかってきたんだよ!」
スケバン3人は口々に吐き捨てながら先生に銃を向けた。示威行為。お楽しみを邪魔された獣が牙を向けるような野蛮で、しかし確かな効果を持つものだ。
“やめなさい”
そう諭すように言いながら、先生は両手を上げ……そして、スケバンの方にゆっくり歩き始めた。
…………歩き始めた?
「先生!?」
「っ!? ンだよ! 撃つぞ!?」
つい、スケバンと同じタイミングで同じようなことを口走る。
スケバン3人は一斉に銃口を本格的に先生の方に向けた。それでも先生は一歩前に進んでいく。
先生の表情は後ろからじゃ見えない。何を考えているのかも分からない。しかしいつもの柔和な雰囲気が、丸い背中が、全く崩れていないのが逆に恐ろしかった。
「おい……止まれ! 本当に撃つぞ!?」
“銃を下ろすんだ”
「何だよ!? 先生弱いんだろ!? 銃1発で重傷だって……」
そうだ。先生は弱い。エデン条約の際に起きたゴタゴタでは、アリウス分校の人間に腹を撃たれて重傷を負ったらしい。
では、何で、先生はその銃を相手に丸腰で歩いて向かっている? 普通は恐怖があるはずだろう。必死に噛み殺していても、声や身体がが震えたりするはずだ。
“……………………” - 5二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:19:14
先生は両手を上げたまま、一歩一歩を踏み締めるように進んでいく。
私はといえば、今現在置かれている状況にようやく頭が追いつき、腰にぶら下げていた銃に手が伸びた。早く撃たないと。
「先生っ!!」
思わず叫んだ。先生は振り返らない。歩みを止めない。
“イロハ、撃たないで”
頭が真っ白になった。引き鉄にかかっていた指が、その瞬間にガチリと固まって動かなくなった。今ここで少なくとも先生側の人間である私が撃たないと先生が撃たれる。なのにその先生は私に撃つなと言う。わけがわからない。呼吸が浅く、早くなる。先生が、このままだと死ぬ。
スケバンに目線を逸らすと、3人とも顔が青ざめていた。あちらから見たら、先生はどんな表情をしているのだろうか。
「あ……う……!?」
「何だ……何なんだよ、先生は!?」
“私は「先生」だよ”
そんな当たり前のことを訊いているんじゃない。何でそんなことをするのかという話をしているんだ。いつの間にか、先生とスケバンの距離はおおよそ5歩分くらいまで縮まっていた。この距離を外すような者は今この場所にはいないだろう。
その距離になって、ようやく先生は足を止めた。依然として振り向くことはしない。
先生、スケバン3人、カツアゲの被害者、そしておまけに私。鉛のように重い沈黙があたりに立ち込めた。おそらくその沈黙に一番やられていたのは私だ。ゲヘナの戦車長たる私が。
スケバンたちはマスクをしているからか、フーッフーッと荒く呼吸をしていた。構えている銃はガタガタと震えている。目の前にいる、おそらくキヴォトスで最弱の生き物であろう「先生」に、彼女たちは間違いなく怯えていた。
「…………ああ、クソッ!」
とうとう耐えきれなくなったのか、スケバンたちは1人が銃を下ろすと同時に、先生とは反対方向に弾けるように走り出した。被害者さんはというと、スケバンたちが見えなくなったのと同時にヘタリとその場に座り込んでしまった。
“大丈夫?”
「あ……はい…………」
被害者の介抱をする先生を、私は離れた場所から見ていることしかできなかった。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:19:20
期待
- 7二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:20:02
「あんなこと、いつもしてるんですか」
事態は終わった。被害者は無事何もとられずに「ありがとうございました!」だなんて深々と頭を下げていた。いつもの表情を崩さずに笑いながら礼を受け取る先生は何だか、非常に気味が悪かった。
“時々ね”
「……おかしい」
可笑しくもないのに笑いが漏れる。人間、感情が一定値を超えると笑いとして出力されるらしいが、それは本当だった。
この場合は呆れと恐れと、怒りだ。
「死ぬかもしれなかったんですよ」
“うん、そうだね。あの距離だったら間違いなく死んでたね”
「分かってたなら何で」
怒鳴らないように、口調をなるべくフラットに保つ。それでも声が震えてしまう。ほら、感情は言葉に乗るのに。
“でも、私は先生だから。生徒のことは信じないと”
先生の口調はどこまでもいつもと同じように、慈愛に満ち溢れたものだ。恐怖なんて一欠片もない。
気持ちが悪い、気味が悪い。腹の奥には今何も入っていないはずなのに、グラグラと熱い何かが煮えたぎっているような心地がした。
何かを言葉にして伝えたいのに、何も出てこない。頭の中は、まるで私の秘密の休憩スペースの床のようにごちゃごちゃとしていた。 - 8二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:21:21
“心配かけてごめんね、イロハ。大丈夫だから”
大丈夫って、何が。口をついて出そうになったその言葉を、理性をフル動員して抑え込んだ。
私は今どんな顔をしているんだろうか。歯を食い縛り、目を見開き、呼吸を荒くして……きっと他人様には見せられないものだ。
“……イロハ、ありがとうね”
「ハ…………何がですか」
礼? 笑いが出そうになる。私はただ立っていただけだ。
“撃たないでいてくれて”
“あそこで撃ってたら、きっとあの子たちは取り返しのつかないことになってた”
「────ふ」
ふざけるな。
その言葉は、口から漏れ出た息と共に風に乗って消えた。
「誰の心配をしてるんですか」
“生徒みんなの心配だよ”
博愛主義、慈悲の化身。先生はどんな生徒でも……それこそ、先生の腹を撃ったらしいアリウスの生徒にさえもその態度を崩さない。
しかし、その愛の対象に、先生自身は入っていない。人間には絶対に自己防衛本能というものが備わってるというのに。
私はその事実に耐えきれなくなった。情けなくて、恥ずかしくなって、先生と顔を合わせられなくなって、被っていた帽子のつばで先生の目線を遮った。 - 9二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:22:21
「……逃げましょうよ」
いつかと同じように、先生を誘惑する。
あの時と大違いなのは、私の声が震えていること。まるで縋るように、目を閉じながら言葉を紡ぐ。
「誰も責めやしませんよ、こんな仕事辞めたって」
その後に起こる混乱なんて分かりきってる。でも、言い出してしまったら止められない。私の夢を語る様はまさしく「子供」なのだろう。
「私が手伝いますよ、何ならついて行きますよ。私は先生の味方です、だから」
“イロハ”
答えなんて、分かっていた。
“それはできないんだ”
“大人としての責任を、私が放り出すわけにはいかない”
叫びたかった。泣きたかった。この人はいつもそうだ。最後の一線だけは絶対に踏み外さない。
仕事はどれだけサボらせようと決して投げ出さないし、遊びすぎて破産したなんて聞いたことないし、生徒のためなら自分の命さえも賭け金にする。
“ありがとうね、イロハ”
しゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ先生と、無理矢理目線が合わさる。
その目はいつものように優しいものだった。目の奥にツーンと熱いものが走る。
それでも絶対に泣かない。泣く権利なんて私にはない。私はこの人に守られているのだから。
そんないつも通りの自分と、いつも通りに火薬の臭いがするこの街が、どこまでも憎かった。
見上げた空は、まるで私を嘲笑うかのように、どこまでも青く澄んでいた。 - 10二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:27:41
- 11二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:30:19
乙! 面白かった!
キヴォトスで命をチップにするのは反則だよ先生…覚悟ガン決まってるなぁ
いつも飄々としてるイロハの懇願はなんていうか刺さりますね… - 12二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:32:20
- 13二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:36:25
- 14二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:37:06
もちろん需要あるよ!!
名文書きは何人いても大歓迎さ!!!! - 15二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 02:37:15
乙
好きなように好きなだけ書くのが良いと思うよ - 16二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 08:06:57
朝あげ
これは評価されてほしい - 17二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 08:14:23
朝からいいものを見せてもらったぜ
破綻してる主人公は面白いなぁ - 18二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 08:48:20
そうだ!需要がなくても書くんだ!書きたいものを書くんだ!
- 19二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 09:17:17
文豪が時々生えるの本当に匿名掲示板ってすごい
- 20124/02/20(火) 09:40:48
- 21二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 09:58:31
- 22二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 17:37:40
スレ主がまだ書くならこのスレ残しといたほうがいい?
- 23124/02/20(火) 20:49:28
- 24124/02/20(火) 22:24:44
- 25124/02/20(火) 22:29:04
デスクワークの合間を縫って戦闘。戦闘が終われば報告書を書くためにまたデスクワーク。これがほぼ毎日。
眼前に積まれている書類の山は向かい側の景色すら満足に見せてはくれない。塵も積もれば山となるとは言うが、紙が積もればそれは頭痛と胃痛の種にしかならないと風紀委員長になってから学んだ。
アコもイオリもチナツも毎日フル稼働してくれているが、だからと言ってゲヘナ学園が平和になってくれるわけではない。生徒の各々があちこちで大爆発してくれるため、治安においてマイナスがゼロになることはあってもプラスになることはない。それが「混沌」を旨とするゲヘナである。
椅子に座ったまま後ろに体重をかける。冷たい色をした天井は相変わらず。背もたれが自身の重いとも言えないような体重にも耐えきれないと言わんばかりにギシリと音を立てた。
「……エデン条約が結ばれてくれてたら」
ゲヘナの宿敵たるトリニティと手を結ぶ。我らが愛すべき万魔殿の議長の謀とアリウス分校の暗躍によって灰燼に帰したその夢物語は、しかして私の心の空模様に晴れのち豪雨をもたらしてくれた。
あれがきちんと締結されていたら、表向きだけでも争いの種が1個消えてくれただろう。諍いの種は尽きずとも、将来的な平和のきっかけの一つにはなってくれたかもしれない。
ああ、でも今何とかなってくれなかったら結果的に私たちが苦労するのは変わらないか。現実は厳しくても、それでもどうしても思わずにはいられない。「あの時ああなってくれたら」なんて、何の生産性もないのに。
どうにもなりそうにない現状にしばし目が眩んだその時、机の上に置いてあったスマホが鳴った。
モモトークの通知音。それもただ1人特別な相手にのみ設定してある明るげな音。
(先生……!) - 26124/02/20(火) 22:30:26
(先生……!)
流れるような手つきでスマホのロックを解除し、モモトークの画面を開く。先生からの未読トーク、3件。
“ヒナ、お疲れ”
“ちょっと話がしたいから、空いてる日を教えてくれるかな”
“こっちの都合が合う日があったらその日にしよう。返信待ってるね”
パァッと、目の前が明るくなった。蛍光灯の冷たい光すら今では暖かい陽射しに思える。
シャーレの先生。私を理解してくれる人。私の弱音を聞いてくれた人。私の何でもない用事に付き合ってくれる人。
『ちょうど明後日のお昼が空いてるよ』
嘘をついた。まだ空いてない。今から死ぬ気で仕事をこなしたら数時間空く程度だ。
それでも、それくらいあったら十分だった。先生に会いたい。あの顔と、あの声と、また話がしたかった。
“わかった。明後日のお昼ね”
“それまでお互いに頑張ろう。楽しみにしてるよ”
頑張ってるのは私たちだけじゃない。先生も違う場所で仕事を頑張ってくれてる。そう思うだけで気力がぐんぐんと回復していくのが分かった。
『先生も頑張ってね』とトーク欄に打ち込んで送信、そして電源を切ったスマホを机の上に戻す。まずは目の前の書類を片付けないと終わるものも終わらない。
「委員長が張り切りだした……!」
そんな書類の山の向こう側にいる風紀委員の誰かの声を聞き流しつつ、ペンを手に取った。口角が上がるのはハイになっているからか、はたまた先生と会えることへの嬉しさからか。
どうでもいい。何だっていい。明後日の昼のために、私は今を燃やし尽くそう。
仕事をこなしながら笑いを滲ませていた私を見かねたらしきアコから「今日はもうこれくらいで……」と帰寮を勧められたのは、日が暮れて空が青紫色になっていた頃のことだった。 - 27124/02/20(火) 22:31:34
“お待たせ、早いね”
「先生こそ」
逢引きの日。待ち合わせ時間よりも20分早く、先生は私の前に現れた。30分早く来ていた私を見て、先生はどことなく申し訳なさげだった。
一昨日、昨日と脇目も振らずに仕事に没頭し、ようやく3時間の猶予を得ることができた。朝の仕事を少し終えた後に急いで帰宅し、とっておきの一張羅をクローゼットから引っ張り出した。せっかく先生と会うのだ。いつもの制服ではなく、少しでも着飾って「かわいい」と思われる自分でいたかった。
“じゃあ、行こうか”
「うん、行こう」
今回行くのは少しお高めの西洋料理屋。パスタが美味しいと噂で、前から一回行ってみたかった。初めてのレストランに、好きな人と行くことができるなんて幸福以外の何だと言うのか。
“身体は大丈夫? 怪我とか病気とかは”
「おかげさまで健康よ。ありがとう」
先生。私よりもよっぽど不健康そうな身なりの人。私よりもよっぽど大変な人。私が、守れなかった人。
エデン条約での騒動で、先生は重傷を負ったという。私が見知らぬ敵に苦戦し、倒れている間のことだった。事件前は「やっと重い荷物を下ろせる」と思っていたことも相まって心が折れかけていたが、先生は私の部屋に来てまで私を労ってくれた。
涙が出るほど嬉しかった。あの時「頑張ったね」と言ってくれたことにどれだけ私が救われたことか、先生は知っているのだろうか。
“ああ、ここか。素敵そうなお店だね”
「うん、きっと美味しいよ」
今だけは、仕事を忘れて先生と話そう。先生からしたらこれもきっと仕事の一環なんだろうけど、それすらも忘れられるくらいに明るい話がしたかった。
「先生は何が好きなの?」
“うーん、いろいろあるけど…………”
食べ物の好き嫌いを談じることすら幸福だと思えるほどに、私はこの大人に夢中だった。 - 28124/02/20(火) 22:34:06
誰かと一緒に食事をし、その中で会話をするのは人間にとって非常にいいらしい。「ストレスの緩和になる」だとか、「リラックスして話せるので相手との距離が縮まりやすい」だとか、日頃から仕事に追われがちな私にうってつけだ。
テーブルの真ん中に置かれたピザ、それぞれの席の前に置かれたサラダやパスタ。どれもとても美味しかった。しかしその美味さの内に、先生と共に食事をしたことによる幸福感がどれだけ割合を占めているかは分からない。
食事中、私たちは何でもない話をした。最近あったいいことやドタバタ劇を話していると、疲労感すら忘れてしまうほどに自分が高揚していくのが分かった。
先生が戯れに「これ美味しいよ、ちょっと食べてみて」と言って皿を出してきた際に先生自ら食べさせてくれるようお願いしたのは、少々はしたなかっただろうか。お返しと言って私のパスタを先生にあげたのは、内心嫌ではなかっただろうか。
先生は誰にだって優しい。生徒から何を言われようと決して表向きの態度を変えることなく、慈しみを込めて同じ目線で物事を見てくれる。それは私たち風紀委員に対しても、美食研究会や温泉開発部に対しても同様だ。先生の感情は、先生にしか分からない。
守ろうとしたのに守れなかった。その上肝心なところで先生に甘えた。そんな情けない私が今ここで先生と笑って食卓を共にしている。それが「私への労い」という仕事であることを踏まえると、今私の話を聞いて微笑んでいる先生の内心が少し怖くなった。
しかし、この店のウェイターは腕利きらしい。私たちがメインディッシュを食べ終えて談笑していたのを見計らい、スッとデザートと伝票を差し出してきた。
私はプリンアラモード、先生はバニラアイスクリーム。きっと2つ一緒に食べたらもっと美味しいだろうけど、そんな贅沢は望めなかった。 - 29124/02/20(火) 22:36:04
“ねえ、ヒナ”
「どうしたの、先生」
先生がいつものようなアルカイックスマイルを浮かべながら私に言う。
“デザート、きっと2つ一緒に食べたら美味しいよ。半分こしない?”
ああ、ほら。私の考えることなんて、全て先生にとってはお見通しだ。
「……いいの?」
“ハハハ、実は私がプリン食べたくってさ”
ずるい。この提案は、先生のわがままになってしまった。本当はきっと違うのに。
こうなったら、「私が乗ってあげる」しかない。この提案を謙虚ぶって断ったら、先生の厚意を台無しにしてしまうことになるから。
ちょっとだけ開いた目で私を見つめる先生の姿は、まるでプロポーズした後に相手の反応を見るようだった。
私は、先生のそういうところがちょっぴり嫌い。だから私はほんの少しだけ意趣返しをする。
「……実は、私もアイスを食べたいと思ってたの。ありがとう、先生」
分かっている。分かっているから。
一生あなたの掌の上で無知なまま踊らされている私じゃないってことを分かってほしかった。
「楽しかった?」とは訊かない。そう訊いたら先生は絶対に「楽しかったよ」とか「久しぶりにリラックスできた」とか言うに決まってるのだ。
だから、先生の感情はブラックボックスのままにしておく。それが子供の私から大人の先生に贈れる敬意の形だろう。
そして、今日この後解散した後も続く風紀委員の仕事を精一杯こなして、元気になったことを行動で示し続ける。
そうすることで、今この場で「今日はありがとう」と言うよりも、高価なお礼の品を贈るよりも、今日この場を設けてくれた先生に対する感謝の気持ちをより深く、素直に表すことができるのだろう。
目の前でふにゃふにゃと笑う先生の顔を見ながら、私は舌の上で少しずつ蕩けていくアイスクリームの甘みを楽しみ続けた。 - 30124/02/20(火) 22:39:49
- 31124/02/20(火) 22:47:33
- 32二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 23:21:53
言葉にされるとマジで先生変態じゃない方で人間性気持ち悪いな。
- 33二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 09:05:12
保守
まだまだみたいなこれ… - 34二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 18:05:19
保守
- 35124/02/22(木) 01:47:58
今日はちょっと無理そう! 疲れがひどい!
SS書くの楽しい! 今週初めて書いたSSが褒められたからいい気になってこのスレ立てた!
感想見てます! ありがとう! イチャラブが書けないスレ主だけど応援してくれたらすごく嬉しい! - 36124/02/22(木) 01:56:55
後完全に脳死で回してたらドレスアルが来てくれた!
ドレスカヨコは天井した! f**k!!!!!!!!!!!!! - 37二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 11:04:35
このレスは削除されています
- 38二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:10:44
- 39124/02/22(木) 16:14:53
別に何か用事があったわけではない。ただ自分には縁遠かった施設だった、だから少し踏み入ってみたいと思った。それだけだった。
何をする施設だったのかは知識として知っていた。ゲームセンター……お金を払って遊ぶ場所。本当なら今だって自分とは無縁であるべき場所だった。その日その日を生きることを考えなければならない自分にとって、たとえ昨日たまたま報酬を額面通り受け取ることができたからといっても、生活費以外は何かあった時のために回さないといけないはずだった。
ただ、少しいい気分だったから入った。それだけだ。
自動ドアを抜けると、そこはネオン街よろしくビカビカと光る魔窟だった。
ゲームらしきピロピロ音が絶え間なく流れ、時々生徒らしき怒号と筐体を叩く音、まれに銃声。空いている筐体には「コインを入れてください」のテロップと共にプレイ画面が垂れ流されている。
「…………虚しい」
何たるカオス。ブラックマーケットでもここまでの音と光の暴力はないのではないだろうか。
正直入ってしまったことを後悔しそうになったが、「入ってしまったからにはある程度見て回らないといけない」という意地もあった。どうやら複数個コーナーがあるようなので、眉をしかめながら進んでいく。するとぬいぐるみやフィギュアの箱がガラス内に閉じ込められている、何やら珍妙な筐体がずらりと並んだコーナーに出た。 - 40124/02/22(木) 16:15:30
「UFO、キャッチャー……?」
上部分にポップな字体でそう書かれてあるのを読み上げた。UFOキャッチャー。名前だけは知っていたが、いざ目の前にしてみると何とも拍子抜けだ。
世間一般ではこの中にいるようなものを「かわいい」とか「かっこいい」とか言うのだろう。当番としてシャーレの先生の手伝いをする際も、先生のデスクの上にロボットのフィギュアがあった記憶がある。こういうものにお金をかけられるのはやはり大人の特権とでもいうべきか。いずれにせよ、今の私には縁遠いものだった。
ふらふらと流し見していると、あるものが目に入った。強烈な既視感。そうだ、以前トリニティを襲撃した時にアズサが中に爆弾を仕込んでいた……。
「…………あっ」
そして、目の前にいる少女にも見覚えがあった。やはりエデン条約でのごたごたの時に、瓦礫の上に立って私たちに臆せず宣戦布告をしていた、亜麻色の髪をしたトリニティ生。
「アリウスの、錠前サオリさん?」
「……阿慈谷ヒフミ」
かろうじて名前が出てきたのはきっと、アズサと関連づいていたからだろう。
私は猛烈な気まずさを感じながら、「なぜここに」と言わんばかりに目を見開く彼女をどこか俯瞰的に見ていた。
「ここにいるのは……興味だ。別にここで何かをしようというわけではない」
ボソリと弁解をするように言う。相手からしたらかつてトリニティとゲヘナを攻撃した極悪非道のテロリストがなぜこんな場所にいるのか理解ができないだろう。
ヒフミは呆気にとられたようにこちらを見つめている。それがどうにもむず痒くて、自身の影を意識せざるを得なかった。 - 41124/02/22(木) 16:16:24
阿慈谷ヒフミは、どうやら筐体の中にある特大のぬいぐるみが欲しいらしい。財布の中に見えた何十枚のコインの大半が今日この場で消えるのだろう。人間の上半身くらいはあるあのぬいぐるみを抱えて帰るのだろうか。理解ができなかった。
しかしここで私と出くわしてしまったことで、どうやらあちらもあちらでやりにくいらしい。ネジが緩んでいるのか、アームはぬいぐるみを満足に掴むことすらできずにガタガタと上下運動しながら揺れるばかりだ。
……このぬいぐるみ、本当に変だな。普通では考えられない表情をしている。瞳はグリンと上を向き、嘴からは舌がデロンと垂れ下がっている。腹はでっぷりと肥え、鳥を模したキャラクターであることだけが辛うじて分かる。
「そのキャラクターは……何だ」
「ペロロ様です」
きわめて真剣な目つきで振り向かれ、一瞬ぎょっとした。いつか聖園ミカがカタコンベで我々アリウススクワッドを圧倒していた風景が頭をよぎる。トリニティ生は全員こんなのばかりなのか。
「ご存じありませんか? モモフレンズの、ペロロ様です」
「知らない」
知らないものを「知ってる」と答えても何にもならない、正直に返す。モモフレンズ……? 初めて聞く単語だ。食べ物の名前ではなさげだが。
「モモフレンズってアニメのキャラクターです。BDありますよ! 貸しましょうか!」
「結構だ。BDを見る環境がない」
そうですか、とヒフミが残念そうにつぶやく。どうやらヒフミはそのアニメ、ひいてはその「ペロペロ様」なるキャラクターのファンらしい。……そしておそらくは、アズサも。
「…………アズサも、そのキャラクターが好きなのか」
「アズサちゃんは他のキャラも好きです! この前は映画も観に行ったんですよ!」
鼻息荒くヒフミが声を上げる。するとハッとした表情を一瞬見せてから、恥ずかし気に一言こちらに向けて謝罪をしてきた。別に謝るようなことではないのだが。
……私がここに来てから10回目のトライに失敗したころから、話題は共通の知人であるアズサに移った。とはいえそれまでも大した話はしていない。彼女のUFOキャッチャーへの集中を妨げたくはなかったため、プレイの合間にぽつぽつと私が質問し、彼女が返す。そんなぎこちない雰囲気が続いていた。 - 42124/02/22(木) 16:17:11
…………しかし、久しぶりに同年代の人間と会話をした。だから、私の口も少しだけ軽くなっているのだろう。
少し、懺悔がしたくなった。11回目のプレイが失敗に終わったのを見計らって、私は話し始めた。
「…………エデン条約での騒動の時」
「えっ?」
ヒフミがこちらを見る。筐体からの「コインを入れてね!」という声がやけに脳に響いた。
「私は、アズサに爆弾をくらわされた」
正確にはあの時あの場所で一番深い傷を負ったのは姫だっただろうが、そういう話ではない。話をする際に必要なのは事実ではなく真実だということを、私はここ最近の生活で学んでいた。
「……ペロロ様のぬいぐるみの中に、爆弾を?」
「知っていたのか」
「アズサちゃんが教えてくれました」
それすらも話していたのか、と思わず目を細める。親友とはこのような関係を言うのだろう。私にはそのようなものはついぞできることはなかったな。私の後ろにいるのは皆私が体を張って守るべき人間ばかりだった。対等な友人関係とは一体何なのか、私には他人からの情報でしか分からない。
ヒフミは相変わらず真っすぐにこちらを見ている。その瞳があまりに眩しくて、思わず視線をUFOキャッチャーの方に逸らした。
「…………あの時」
ガラス窓の向こうにある十数個のぬいぐるみは、微動だにせず虚空を見つめている。
「アズサはどんな気持ちであのぬいぐるみを手放したのか、分からなかった」
理解はしていた。しかし、その奥底にあるものまでは知らなかった。知る必要がなかった、ということも言い訳になってしまうだろう。
「あのぬいぐるみはきっと……お前が関係してるんだろう」
「……………………」 - 43124/02/22(木) 16:18:35
詳細は知らない。だが、その表情だけで大体の答えは見えていた。
それだけで、私の心はギシギシと音を立てて軋んでいった。
「……すまなかった。私たちは、とんでもないことをした」
そうして、潰れるようにそう言った。
そういえば、あの件での謝罪を関係者たちにしたことはなかったな、とふと思う。
あの後から私たちはお尋ね者となり、陽の光の下では生きられなくなった。触れ合う機会もないのでは謝罪のしようもない。
だが、今こうやってこの場に、あの混乱の渦中にいた生徒がいる。
「あなたたちを傷つけた。あなたたちの下にいるアズサを、必要以上に傷つけた」
償いとはどのように行われるべきなのか、私にはわからない。法の裁きから今こうして逃げている以上、私の謝罪も本当の意味での償いではないのだろう。だが、たとえこれが罪の意識から逃れるための虚しい自慰行為だったとしても、言わずにはいられなかった。
野球帽を深めに被り直し、会釈をする。それが精一杯だった。それ以上してしまうと、大袈裟すぎて冗談に受け取られてしまうようで嫌だった。
「…………すまなかった」
「……いいんです。大事なのはぬいぐるみじゃないですから」
眼前の少女が穏やかに笑う。怒りや悲しみの色はそこには微塵もなかった。それこそがあの日あの場所に最も必要だった、「寛容」や「慈悲」の心なのだろう。
「アズサちゃんがあのぬいぐるみを本当に大事にしてたってことが、一番大事なんです。きっと、その想いは消えることはないから。だから……」
「…………いい友達を持ったな、アズサは」
羨ましいよ、とは言えなかった。被害者ぶってしまうようだったから。
「……あっ、ここでゲットしたぬいぐるみをアズサちゃんに渡すっていうのはどうでしょう! それならきっとアズサちゃんも喜びますよ!」
「…………あのぬいぐるみは、1つしかないだろう。私が同じものを渡したって意味がない」
「思い出はあればあるだけいいんですよ!」
快活に笑いながらヒフミが続ける。思い出はあればあるだけいい、か。 - 44124/02/22(木) 16:19:17
「きっと、アズサちゃんも、あの日サオリさんと敵対しちゃったけど」
私は、アズサたちに戦い生き抜く術を教えることしかできなかった。きっとあの時の彼女たちの目に映る私は、途轍もなく恐ろしく見えたことだろう。
その後に補習授業部で過ごした日々に比べたら地獄のような日々だったはずだ。アリウスでの思い出なんて一刻も早く忘れたいだろうに。必要以上にアズサを傷つけた私を、アズサは決して許しはしないだろうに。
「アズサちゃんは、サオリさんのことを、まだ好きだと思いますから」
そうではないと分かっていても、そう信じたいと思えるくらいには、私にはまだ心があったのか。
「……そう思うか?」
「はい。だって、サオリさんもアズサちゃんのこと好きでしょうし」
陽の光とはこうまで焼けつくものか。上着のポケットに入れていた財布を探りながら苦笑する。
「…………だと、いいな」
ジェリコの古則、第四。
楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。
先生は「信じるしかない」と言っていた。ならば、私も信じるしかない。
「……お札しか持っていないんだが、どうすればいい?」
「両替機ありますよ! 案内します!」
きっと、私たちとの思い出の中に、少しでも思い出したくなるものがあったと。 - 45124/02/22(木) 16:19:47
“アズサ、当番ありがとうね。助かったよ”
「大したことはしてない。でも、先生の助けになれたならよかった」
夕方。本日のシャーレの当番だったアズサが帰る頃合い。
いそいそと帰る支度を進めているアズサを、私は少しだけ呼び止める。
“ごめんアズサ、ちょっといい?”
「む、まだ仕事が残ってた? 手伝うけど」
“違うよ、渡さなきゃいけないものがあって”
机の下に置いてあったペロロ様の特大ぬいぐるみを持ち上げる。ぬいぐるみながら確かな重量感を感じるそれは、私のひ弱な肉体に少ないながらも確かなダメージを与えた。
「先生からの、贈り物?」
“ううん、とある人から。私はただ渡すだけ”
数日前に「アズサへ」と託されたそれを渡す。いつもはきゅっと結ばれているアズサの口元の端が、抑えきれないようにふにゃふにゃと歪んでいるのがはっきりと見えた。 - 46124/02/22(木) 16:20:13
「……名前は分からないの?」
“うん、分からない”
名前は明かさないでほしいと言われたからそう言う。たとえそれが公然の秘密だろうとも。
「…………機械とか」
“ないない、それは信じてほしいな”
「冗談。……分かるから」
いよいよアズサの表情が、噛み締めるような笑みに変わった。
「先生」
“うん、何?“
ぬいぐるみを本当に大事そうに抱きしめながら、アズサが言った。
「その人に伝えておいて。『ありがとう』って」
“……分かった。必ず、伝えておくね”
その言葉が、きっとあの子の生きる力になる。この思い出が、分かたれたこの子たちの溝をまた埋め戻すための道しるべになる。私はそう信じている。
いつか、彼女たちが5人揃って光の中で笑い合える日が来ることを、私は心の底から願った。 - 47124/02/22(木) 16:22:29
- 48124/02/22(木) 16:27:21
書き連ねたら5000字近くになってることにびっくりしてる!
次回作はヒナが死んだIFのマコトの話になるかも! 短めの予定!
イチャラブが書きたい! でも私の中の先生は生徒とイチャラブしない!
私がイチャラブしたいだけになるから書けない! 私は小鳥遊ホシノにはなれない……! - 49二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 01:54:58
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- 50二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 03:35:46
良かった!
ゲームセンターを魔窟と認識しながら見て回ろうとするサオリは納得感ある - 51二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 15:14:10
このレスは削除されています
- 52124/02/24(土) 02:04:35
申し訳ないんだけど予定を変更してアツコのチョコについての話でいい!?