- 1二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:41:55
「……へへっ、学園で会うのは、なんか久しぶりですね?」
「そうかもしれないな、でもキミの評判は良く聞いているよ、未来のG1トレーナーだって」
「そっ、そんな……トレーナーさんが僕にしてくれたことを、してあげているだけで……!」
「ははっ、褒めてくれるのは嬉しいけど、この評価は今のキミの頑張りの成果だよ、胸を張りな」
「トレーナーさん……!」
シュヴァルグラン。
数年前、あのキタサンブラック達と鎬を削った、G1ウマ娘の一人。
今はとあるチームの新人サブトレーナーとして、トレセン学園で指導と勉強を続けている。
その端正でボーイッシュな顔立ちから、彼女は学園の生徒からとても人気があった。
クールで、とても落ち着いた、紳士的なイケメンウマ娘、と。
────なるほど、じゃあ目の前のウマ娘は、別の人なのだろう。
あたしの目の前にいる、白い帽子のウマ娘。
熱っぽく潤んだ瞳であたしのトレーナーさんを見つめ、耳や尻尾をぴょこぴょこ動かしている。
その姿は、緊張しながら意中の人と話す、もはや恋する乙女としか思えない。
やがて彼女は、もじもじとしながら、恥ずかしそうに帽子を深くかぶった。
「あの、その、トレーナーさん、今度、ですね……!」
「ん、どうかした、シュヴァル?」
トレーナーさんの口から、紡がれる名前。
それを聞いて、あたしは、やはり目の前のウマ娘がシュヴァルグランその人なのだと再認識する。
がらがらと音を立てて、あたしの頭の中にあった彼女のイメージが崩れていく。
あたしは身体を震わせながら、思う。
こんなの、こんなの────。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:42:10
「はぁ……ちょーイケメン……!」
あたしはスマホの画面に映るウマ娘を見ながら、熱いため息をついてしまう。
まるで澄みきった川のせせらぎが聞こえてきそうなほどに流麗なカーキのショートヘアー。
切れ目がちな視線は涼し気でありながら、どこか優しさを湛えているサファイアの瞳。
凛とした立ち姿の頂点には白いマリンキャップは、木に積もる雪のような芸術性すら感じさせる。
新人トレーナーとは思えないほどに落ち着いた雰囲気は、クラシックピアノの旋律のよう。
「シュヴァルさまぁ……♡」
ああ、いけない、あたしの下賤な口からあの尊き名前を呼んでしまうなんて……!
でも、あたしはシュヴァルさまの写真から視線を逸らすことが出来ない。
見ているだけで身体の奥底からぎゅんぎゅん活力が湧きだしていく感覚から、逃れられないのだ。
「もうこれ五大栄養素でしょ……ミネラル辺りと交換した方が良いわね……!」
「……キミ、鶴瓶さんに謝った方が良いんじゃないか?」
「麦茶にミネラルは入ってないからセーフ……って、あら? トレーナーさんじゃない?」
「お楽しみのところごめんね、なんか聞き覚えのある名前が聞こえたから」
頭上から響く、聞き慣れた、優しげな声色。
顔を上げると、そこには少しだけ呆れた笑顔を浮かべている、あたしのトレーナーさんがいた。
あたしがベンチの端っこに寄って場所を開けると、彼はお礼を告げてから腰を落とす。
……トレーナーさんの顔立ちは良くも悪くも普通、という感じ。
でも見ているとなんか落ち着いて、一緒に居て心地良いので、あたしは嫌いではない。
シュヴァルさまが栄養素ならば、トレーナーさんは空気といったところだろうか。
あたしはそんなこと思いながら、先ほどの言葉を問いただした。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:42:22
「トレーナーさん、シュヴァルさまを知って……はいるわよね、元々G1ウマ娘だったわけだし」
「まあそのことはよーく知っているよ、なんなら走った全てのレースを言えるくらいだ」
「えっ、ちょーガチじゃん! まさか、こんな身近に強力なライバルがいただなんて……!」
「せめて同志って言って欲しいなあ、まあ、あの子の人気凄いからね」
そう────シュヴァルさまの魅力に篭絡された雌猫は、あたしを含めてたくさんいるのだった。
聞くところによれば、彼女には非公式のファンクラブまで存在しているとかなんとか。
行事の都度に人だかりが出来て、バレンタインなんかは行列が出来るほどだった。
でもお誘いなんかは全て断って、贈り物を受け取るのも最小限にしている。
そんな硬派なところも魅力なのよね……♡
「でも、キミもファンだったっけ? 初めて聞いた気がするけど」
不思議そうな表情で首を傾げるトレーナーさんの言葉に、あたしの耳はピクリと反応する。
気が付けばゆらりと立ち上がっていて、彼は呆然とあたしを見上げていた。
ちなみにあたし達がいる場所は学園の中庭で、さっきから周囲の生徒がじろじろこちらを見ている。
でも知ったことではない────この熱いパトスを抑える理由にはならないのだ。
あたしは早鐘の鳴らす心臓に手を当てながら、高らかに声を上げた。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:42:36
「ふふっ、良くぞ、良くぞ聞いてくれたわね、トレーナーさん!」
「……ああ、正直ちょっと後悔している」
「私の胸を今も高鳴らせる、永遠に刻まれし宝石のような記憶、本当はあたしだけのものしておきたい……!」
「是非そうしてくれて構わないんだけど」
「そう────あれは三日前」
「聞いてない上に結構最近」
「マスター、グランド、ヘヴンズソードとあと一つなんだっけと夜中まで考えていたあたしは寝坊をしてしまったの」
「なにしてるの……?」
「パンを咥えながら学園まで全力疾走するあたしの前に、物陰から人影が! 嗚呼、南無三!」
「……いやホント危ないから気をつけてね」
「はいごめんなさい……でもその衝撃は柔らかくも芯のある女神の抱擁によって受け止められたわ」
「ああ、つまりそれが」
「そう! それがシュヴァルさまとの出会いだったの! シュヴァルさまは麗しく微笑みながらあたしに視線をそっと合わせ、まるで子守歌のような甘い声色で『大丈夫? 怪我はない? でも走る時は気を付けようね?』と至極のご尊言をくださったのよ! おおっ、まさしくこれこそモイラの悪戯! あたしの心はすっかりシュヴァルさまに虜になってしまったというわけよ! その日は遅刻しました」
あたしは肩で息をしながら、思いの丈を全て吐き出した。
酸欠で少し頭がぼーっとするけれど、心は妙な充足感に満ち溢れている。
ぽすんとベンチに座り込みながら、ちらりとトレーナーさんの方を見た。
彼は少しだけ表情を引き吊らせながらも、どこか感慨深そうに、目を細めていた。
「……そっか、あのシュヴァルが立派になったもんだな」
小さな声で、嬉しそうに呟く、トレーナーさん。
しかしその言葉は、あたしにとって、決して聞き逃せないものであった。
「は? シュヴァルさまでしょ? 慣れ慣れしくない? トレーナーさん、貴方まさか……!」
あたしの指摘に、トレーナーさんはハッとした顔になる。
そして少し照れくさそうな表情で、頬をかいた。
「ああ、隠しきれないか……ああ、そうだよ────俺、当時のシュヴァルのトレーナーだったんだ」 - 5二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:42:51
数日後。
あたしはトレーナーと共に、カフェテリアへと向かっていた。
爆音を鳴らす胸の鼓動、右手と右足、左手と左足が同時動いてしまい、上手く歩くことが出来ない。
ガチガチになりながら、あたしは鳴き声のような声を漏らしてしまう。
「あああああああああああ、ちょー緊張するわ……! 心臓が飛び出そうよ……!」
「まあ、お礼を言うだけだから落ち着いてよ」
トレーナーさんは苦笑を浮かべながら、あたしを宥めようとしてくれる。
あたし達は、先日のお礼と紹介を兼ねて、シュヴァルさまと待ち合わせをしていた。
まさか、生シュヴァルさまと再びご拝謁できるだなんて……!
思わぬ役得に興奮しながらも、あたしは大きく深呼吸をして平静を取り戻そうとする。
その時、ふと疑問が浮かんできた。
「そういえば、なんでシュヴァルさまはトレーナーさんのサブトレにならなかったのよ?」
「ああ、彼女は希望してたんだけど、俺が断った」
「……なんで?」
「俺だとどうしても贔屓目になって、甘くなっちゃうからね、今の形がお互いの為だと思って」
「…………なるほど」
勿体ない、と思いながらも、納得してしまう自分がいた。
確かにトレーナーさんは、全体的に甘い。
こうしてあたしとシュヴァルさまが会う機会をセッティングしてくれたし、その他にも色々と心当たりがある。
あたしもそれなりに結果は出しているし、シュヴァルさまという前例がいる以上、ウマ娘の担当としては問題ないのだろうけど。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:43:07
「まあ彼女ならどこでも大成したと思うけどね……おっ、いたいた」
「……っ! シュヴァルさま……っ!」
カフェテリアに覗き込んでいく、すぐに見つけることが出来た。
そもそも人が少なかったというのもあるけれど、明らかに違う空気が流れていたから。
端っこの方の席で、シュヴァルさまは涼やかな様子で本を読んでいる。
ああ、読書している姿がちょー素敵……♡ きっと詩集かなにかを読んでいるのよね……♡
「……いや多分、トレーニングの教本か野球の本だと思う」
あー、キコエナイキコエナイ。
あたしは駆け出したくなる衝動を必死に抑え込み、トレーナーさんとともに、カフェテリアへと足を踏み入れる。
刹那、彼女は耳をピンと立ち上がり、パタンと読んでいた本を閉じ、すっと立ち上がった。
……えっ、まだ結構距離あるんですけど。
「トレーナーさんっ!」
そしてシュヴァルさまは、太陽のような満面の笑みを浮かべて、慕情に溢れた視線をこちらに向けた。
正確にいえば、あたしの隣にいる、トレーナーさんに向けた、だけれども。
……えっ、いや、だれこのひと。 - 7二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:43:21
震える身体で、あたしはシュヴァルさまと、トレーナーさんの会話を見つめていた。
というか自己紹介もほどほどで、ずっと二人で話をしている。
どうやらシュヴァルさまの目には、あたしのトレーナーさんの姿しか映っていないようだ。
……クールで、落ち着いた、紳士的なイケメンウマ娘。
そんな憧れの姿はすでに微塵も感じられず、今あたしの前にいるのは、舞い上がって、緊張した、恋するウマ娘だった。
こんなの、こんなの────ちょー推せる! ますますファンになりそー!
えっ、なに、シュヴァルさまの素ってこんな感じなの?
普段はクールなのに、身内だったり好きな人の前だと可愛らしい感じになっちゃう感じ? 一粒で二度美味しい?
迷うなー! クールなのキュートなのどっちもタイプよー! 純情な乙女心が爆発四散しそー!
……そしてうちのトレーナーさんが相当な朴念仁なのだと気づいた、いやそうかもなーって思うことは何度かあったけど。
「あのう、まだトレーナーさんと、食事をしたいなあって」
「またお父さんからのお誘いかい? 忙しい人なのに、有難い話だなあ」
「そっ、そうじゃなくて、ぼっ、僕と、トレーナーさんと……!」
「ああ、俺達と食事を摂りたいってことかな?」
「……~~っ! もっ、もう、トレーナーさんってば!」
これはひどい。
あのシュヴァルさまが必死にアタックを繰り返しているのに、まるで暖簾に腕押しである。
これはちょっとシュヴァルさまが可哀相だった。
あたしとしては、見てるだけで健康になりそうな光景なんだけども。
……しかし、まあ、なんだろう。
何か気に入らないというか、イラっとするような。 - 8二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:43:35
「……トレーナーさんは相変わらずですね、本当に」
「……そうかな?」
「そうですよ、あの時から、ずっと変わらず────僕の、自慢のトレーナーさんのままです」
気が付いたら、勝手に身体が動いていた。
隣にいたトレーナーさんの腕を無理矢理絡ませて、ぎゅっと身体を寄せる。
驚く彼を尻目に、きょとんとした表情のシュヴァルさまをじっと見つめて、あたしの口は勝手に言葉を出していた。
「これ、今は、あたしのなんで」
……何言ってるんだあたし。
別に、シュヴァルさまみたいに、トレーナーさんを特別に慕っているとか、そういうことはないはず。
ただ、あたし以外のウマ娘が彼を『トレーナーさん』と呼ぶことが、気に入らなかった。
それが例え、シュヴァルさまであったとしても。
彼女はしばらくあたしのことを見てから、口角をかすかに歪めた。
「そっか、ごめんね?」
笑顔らしいものを浮かべて入るものの、その目は全く笑っていない。
普段のシュヴァルさまのような涼し気な瞳を通り越して、冷たさすら感じらせる、青い瞳。
緊張が走る中、その張り詰めた空気をブーッと場違いな振動音が破壊した。
シュヴァルさまがスマホを取り出すと、ちらりと名残惜しそうな視線を向けて、席を立った。
「ちょっとチームの子が呼んでいるので、僕はもう行きますね?」
「ああ、忙しい中、ありがとうシュヴァル」
「はい、キミも、彼をよろしくね?」
「あっ、はい……」
「ふふっ、それじゃあまた────」 - 9二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:43:49
あたしに声をかけた後、シュヴァルさまはおもむろにトレーナーさんの耳元へ顔を寄せた。
そして、そっと、囁くような小さな声で、彼の、名前を呼ぶ。
とっておきのメインディッシュを出すように、大切そうに、自慢げに。
びくりと驚いて、少しだけ頬を染めるトレーナーさん。
そんな彼と、あたしを、少しだけ勝ち誇ったような表情で見ながら、シュヴァルさまは去っていった。
普段の理想的な姿、トレーナーさんの前で見せた可愛らしい姿、そして今見せた少しだけ粘っこい姿。
「…………推せるわね」
あたしの目には、全てが魅力的に映っていた。
特に、特に最後の方がちょー良かった♡ なんかぞくぞくするというか、ざわざわするというかー♡
キュートともクールとも違う、新たな一面に、あたしの性癖が開拓されそうであった。
見たい、なんとしてでも、あのシュヴァルさまの顔がもう一度見たい。
「……そろそろ離れて貰って良い?」
トレーナーさんは少しだけ困った様子で、遠慮がちにそう切り出した。
そう言えば、さっきから腕を絡ませたままである。
彼は恥ずかしいというよりは、暑いから離れて欲しいという感じだった。
……花の乙女からくっつかれて、その態度はどうなのよ。
その時────ふと、思いついた。
シュヴァルさまの前でトレーナーさんとくっつけば、またあの顔が見れるのではないだろうか。
トレーナーさんとくっつくこと自体は、まあ、そんな悪い気分ではなかったし、一石二鳥である。
それじゃあ、咄嗟に対応できるように、練習をしとかないと。 - 10二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:44:02
「やだ」
「ええ……」
あたしはより力を入れて、トレーナーさんに頭を寄せた。
これはあくまで、シュヴァルさまの新たな一面を、もう一度見るための行動。
そう自分に言い聞かせながら、あたしはそっと目を閉じた。 - 11二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:44:26
お わ り
タイトルで言うほどイケメン描写が出来なかったのが反省点 - 12二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 14:49:01
Nice SS!
シュヴァルは成長したら確かにモテそうですね。そんな娘が特定の相手には乙女じみた行動しちゃうのは推せる~!でも無意識嫉妬しちゃう現担当ちゃんも可愛い~!W可愛いで浄化されちゃいます! - 13二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 15:11:29
いいものを読んだ!
まだ無意識の嫉妬だけど、これから自分の気持ちに気づき始める過程があると思うとこのモブ娘ちゃん推せる! - 14二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 15:24:59
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 16:06:19
雌猫の時点で予感はしてたけどやっぱりシュヴァルさまゲーム始まって草
- 16二次元好きの匿名さん24/02/20(火) 17:06:01
いいSSだった
限界シュヴァルオタクでシュヴァルさまゲームで一般通過シュヴァルファンとか現担当ちゃんが愉快すぎる - 17124/02/20(火) 20:08:00
- 18二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 02:36:36
- 19二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 02:53:47
うぎぎぎ、BSSと今はあたしのと雌猫合戦が高度に融合した素晴らしすぎる一作でした。
はぁ~堪らん、このスッキリとした中で一滴だけ墨を垂らしたような仄暗さ、最高です。
素敵な作品をありがとうございます! - 20124/02/21(水) 06:47:35
- 21二次元好きの匿名さん24/02/21(水) 15:05:20
新入生ウマ娘ちゃん、若干厄介オタク化してない?
大丈夫? - 22124/02/21(水) 18:52:37
- 23二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 06:51:37
- 24124/02/22(木) 11:06:42
なんとなくウマ娘世界だと濃いファンがあつまりそうな印象ですね
- 25二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 22:56:59
- 26124/02/23(金) 06:44:56
まあ多分赤の他人に迷惑かけるタイプではないから……
- 27二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 18:43:57
- 28124/02/24(土) 01:52:06
その前に他から浚われなければそうですね