- 1二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:15:06
『遂に! 遂に凱旋門賞に手が届きました!! 日本のウマ娘が、誰にも捉えられない"異次元の逃亡者"が!! 世界の頂点に立ちました!!』
その瞬間、日本中の人々が歓喜に沸いた。長きに渡る挑戦が、大勢のウマ娘とそれを支える人々が流した悔し涙が、報われた瞬間だった。彼女がゴール板の前を先頭で駆け抜ける姿を、三着で見送った私に最初に湧き上がった感情も、悔しさでは無く、嬉しさだった。
彼女が銀色に輝くトロフィーを掲げた瞬間胸に広がった熱い想いを、きっとそれを見ていた全てのウマ娘が今でも鮮明に覚えている事だろう。
帰国した時、空港を埋め尽くす程のファンからの歓声を浴びて、彼女は最初困ったように私の方を見た。思わず苦笑して、困り顔の彼女に応える。
「皆、お前を待っていたんだ。笑顔で応えてやれ」
私がそう促すと、彼女はどこか照れくさそうな微笑みを浮かべつつ大勢のファンに手を振って、再び沸き起こる割れんばかりの歓声に驚いていた。
それからと言うもの、トレセン学園は彼女の話題で持ちきりだった。テレビへの出演依頼や取材依頼などもひっきりなしに舞い込んで来るので、一度は窓口を担っていた生徒会も処理が追いつかず、佐岳氏を通じてURAに支援して貰う程だった。
彼女が元々そういう事に明るい方で無いというのは知っていたが、彼女のトレーナーから『スペちゃんとエアグルーヴが代わりに取材を引き受けてくれないかしら』とぼやいていた、と聞いた時にはスペシャルウィークと二人して目を丸くして、思わず笑ってしまったものだ。
余りにも忙しくて、賑やかな日々。世界の頂点に立った彼女と、いつまでも共にこんな日々を駆け抜けて行けたら。私のそんなささやかな想いは、ある日突然終わりを告げた。 - 2二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:17:50
「────そんな」
病室で報告を聞いて、まず初めに辛うじて出た言葉がそれだけだったのが、今でも悔やまれる。
友人として、プロジェクトL'Arcの一員として、共にロンシャンの地を駆け抜けた者として、掛けてやれる言葉がもっとあったのではないか、と。
「今はとにかく、怪我の治療と休養に専念しないといけないわ。次に走れるようになるのは……いつになるか、分からないそうよ」
帰国して以来、忙しい日々の中にあっても彼女は走り続けた。プロジェクトL'Arcに集い、凱旋門賞へ挑戦する次なる挑戦者達の為に、そして、これからも世界への挑戦を続ける自身の為にも。
その夢を叶える為に積み重ねてきた凱旋門賞を見据えたトレーニング、海外遠征、そしてロンシャンレース場で魅せた走りは、彼女や我々の想像以上に、彼女の身体に色々なモノを蓄積させてしまっていたらしい。
「お医者さんが言ってたわ……私の頭は、あのレースで先頭を走る事に夢中で、脚の痛みや身体に溜まっていた疲れを忘れてしまっていたみたいなの。それも、脚を治すのと一緒に思い出さないといけないわね」
限界という壁を打ち破り、日本で初めての快挙を成し遂げた先にあったのが、脚をギプスで固定され、病室で横たわる英雄の姿なのか。
私の心には、その事を認めたくない感情が嵐のように渦巻いていた。恐らくは、私の顔にもその感情が溢れ出していたのだろう。彼女はふふ、と笑みを浮かべる。
「そんな顔をしないで、エアグルーヴ。大丈夫よ、きっとまた走れるようになるわ」
傍らで泣き続けるスペシャルウィークの頭を撫でながら微笑みかける彼女に、何と返すべきだったのか。その時の私には何も思い付かなかった。
あの時私の瞳に映った彼女の姿が、余りにも儚く、今にも消えてしまいそうに見えたから。
一度故障したウマ娘が、次にまた全力で走れるようになる保証は無い。仮に大怪我が無事に回復したとしても、その時の事がフラッシュバックして脚に力を入らなくなるウマ娘も多いし、彼女もそうならないとは限らない。
心のヒビ割れた彼女の口から『走るのが怖い』という言葉が零れない保証など、何処にも無いのだ。
結局、私は取って付けたような励ましの言葉を残し、泣きじゃくるスペシャルウィークと共に病室を後にした。 - 3二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:19:58
「私、次の凱旋門賞に挑戦します!」
病院を後にして、余りに重くのしかかった現実に頭が回らないまましばし歩いた頃、スペシャルウィークが涙を拭って突然叫んだ。
不意の宣言に呆気に取られていると、彼女は両の腕に力を込め、決意を秘めた瞳を向ける。
「ここで……こんな所で立ち止まって欲しくないんです! もう一度、絶対にもう一度全力で走りたいって思えるような走りをして見せて……それで、帰って来た時、胸を張って『おかえりなさい』って言えるようになりたい……全力で走る相手に相応しい、みんなに誇れるような、日本一の、いえ、世界一のウマ娘になります!」
涙と共に振り絞ったその言葉を受け止めた私にも、光が差した。
何をやっているのだ、私は。そう、こんな所で立ち止まっていて良いはずが無い。私も、お前も。
あの時、スタンドで、ターフで、遠く離れた地でお前を見ていた全てのウマ娘が、お前の走りに光を見た。希望を見た。世界の頂点に立つ未来の自分の姿を見たのだ。
そんなお前が立ち止まり、剰え踏み出す次の一歩に不安を抱いたならば、今度は私が、お前にその光を見せてやる。”女帝”として、”挑戦者”として、全てのウマ娘を導く者として、お前がもう一度走るべき舞台を、世界を魅せる輝きを。
目頭の熱くなった瞳を一瞬隠して、スペシャルウィークに向き直る。
「……その話、私も一枚噛ませて貰うぞ、スペシャルウィーク」
その言葉に、スペシャルウィークは涙に濡れた瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。
私達は、胸いっぱいに吸い込んだ息を心に降り積もった澱と共に吐き出すと、夢を追う自身のパートナーの元へと急いだ。 - 4二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:23:37
「お帰り、エアグルーヴ……それで、どうだった?」
「今後しばらくは治療に専念するそうだ。復帰の見通しも立たないらしい」
「そっか……そう、よね……」
赴任してまだ日が浅い方とは言え、彼女もまた中央トレセン学園のトレーナーだ。病院へ搬送された時の状況を聞いて、ある程度は分かっていたのだろう。だが、実際に現実に直面した私に対し、どんな言葉を掛けて良いのか迷っている。
まるで、先程の自身を見ているようだ。そんな鏡写しの私を、私は叱咤する。
「そう情けない顔をするな、ここで私達が腐ってしまってはどうする」
「エアグルーヴ……」
「……それよりも、だ」
まだどこか心配そうに私を見つめるトレーナーに、力強く歩み寄る。一瞬戸惑ってはいたが、彼女はすぐに姿勢を正し、表情を引き締めた。
全く、普段はどこか抜けているのに、こういう時ばかりは察しが良い。
「私は、来年も引き続きプロジェクトL'Arcに残り、凱旋門賞を目指す。あのロンシャンで魅せた輝きに勝る女帝たる走りを、今度こそロンシャンに刻みつけ、頂点を獲る。だが、知っての通り今の私では世界の壁は越えられん。ここからは、今まで以上に過酷な挑戦になるだろう」
「……!」
「────ついてきてくれるか?」
私の宣言と問いかけに対し、トレーナーは不敵な笑みと共に応えた。
「君なら、必ずそう言うと思っていたよ」
トレーナーは、机から取り出した資料を私の前に広げて見せた。
プロジェクトL'Arcがこれまでに積み重ねてきたトレーニングの成果、代表交流戦における有力なウマ娘達のデータ、遠征からニエル賞、無論、凱旋門賞での各ウマ娘の走りとその分析データまで。
「挑戦しよう、し続けよう、エアグルーヴ。そして、皆に見せつけよう。"女帝"の走りを」
「……ふ。それでこそ、私のトレーナーだ」
挑戦者として共に歩む者の言葉と、覚悟を決めた力強い微笑みを前に、私もまた思わず口角を上げた。 - 5二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:26:02
それからは、正に挑戦と試練の日々だった。
VRウマレーターを用いての実戦を見据えたトレーニングでは、日本の環境との違いを身体により適応させるため、今まで以上に様々なトレーニングを課した。
その成果を、まずは12月の代表交流戦で確かめる。未だ復帰の見通しが立たない凱旋門賞覇者の不在という事もあり、初めは参加者が集まるか不安視されていたが、蓋を開けてみれば、それは杞憂だった。
特に、あの時最後の一瞬まで頂点に食らい付かんとしていたヴェニュスパークが参加してくれたおかげで、様々な事を学ぶ機会を得た。
欧州の実力者の走りを、そして彼女と私の今の距離を。確実に見極め、未来の大舞台へと繋げる。そうして持ち帰ったデータをアップデートし、再び現実とVRウマレーターを行き来して只管に研鑽の日々を送る。
「……会長、折り入ってご相談したい事があります。ブライアン、お前にもだ」
時には、他を圧倒する実力者に願い出て自身を磨き、研ぎ澄ましながら。
そうして迎えた、自身の実力と、夢への距離を推し量る舞台『宝塚記念』。そこで、私は。
『エアグルーヴだ! 外からエアグルーヴ半バ身出た! しかしスペシャルウィークが盛り返す! だが外からもう一度エアグルーヴ!! 差し返した!! エアグルーヴだ! "女帝"エアグルーヴ!! 今1着でゴールイン!!』
この日、かつてより大きくなった翼を宿した私達の夢は、もう一度大きく羽ばたいた。プロジェクトに参加した大勢のウマ娘達、私達に声援をくれるファン。
そして、ようやくターフへ戻るためのリハビリを始めた、最大のライバルへの想いを背負って。
宝塚記念を終え、満を持して開催された代表交流戦。日本代表を決めるこのレースを経て、遂に私は日本代表として再びロンシャンの地を踏むこととなった。 - 6二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:31:15
この年の凱旋門賞は、その前哨戦となるフォワ賞が始まる前から、出走するウマ娘への興奮と熱狂で揺れていた。
GⅠ4勝、その内凱旋門賞では最後方から凄まじい豪脚で全員を追い抜き勝利した伝説を持つ"欧州の至宝"リガントーナ。
GⅠ2勝、前年度の凱旋門賞2着にして、代表交流戦でも幾度となく激突し、互いを高め合ったライバル"天才少女"ヴェニュスパーク。
そして、GⅠ6勝、圧倒的な実力で欧州のレースを席巻した"欧州のレジェンド"モンジュー。
特に、突如として出走を表明したリガントーナとモンジューという二人のレジェンドがこのターフに現れるその瞬間を。そして二人のレジェンドに天才少女は、前年度の覇者が不在のまま挑む日本のウマ娘達はどんな走りで立ち向かうのか。
ロンシャンレース場に集まった大勢のファンが、ライブビューイングを見つめる日本中のファンが、その時を今か今かと待ちわびていた。
「遂に……帰って来たな」
「うん。後は、走りきるだけだね」
「ああ、全力を尽くすのみだ」
感慨深く言葉を零し、エアグルーヴとトレーナーもその時を待つ。全身に纏った緊張感が、勝利の鼓動を押し上げる。
それでも、世界の頂点を決めるレースを前に、二人の心は澄み切っていた。
「失礼するよ、エアグルーヴ」
ノックの音と共に姿を現したのは、シンボリルドルフ。エアグルーヴにとっては、トレセン学園に集ったウマ娘達の為に生徒会役員として共に務める傍ら、敬意を抱き、また越えるべき目標とも言える存在である。
「正に明鏡止水、今の君は、このロンシャンに集った誰よりも強く、美しい。正に"女帝"の名に相応しい佇まいだ」
「ありがとうございます。これもひとえに、プロジェクトL'Arcと、今回サポートメンバーとして加わって下さった会長他、皆の尽力があってこそです」
「ああ、私も君に、一人のウマ娘として、大いなる夢を託そう」
「光栄です。会長」
「では今度は、その尽力してくれた皆からも一言ずつ貰うとしようか」
「……はい?」
エアグルーヴが不思議そうな顔をすると、ルドルフの後ろからぞろぞろとウマ娘達が現れた。 - 7二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:36:04
「Hey! エアグルーヴ! 緊張しすぎてナイデスか? It's okay as usual! いつも通り行けば大丈夫デス!」
「あ、ああ、ありがとう、タイキ。大丈夫だ」
「先輩! アタシ、先輩が勝つって信じてますから!」
「ドーベル……! 無論だ、信じて待っていてくれ」
「エアグルーヴさん!」
最後に現れたのは、宝塚記念で最後まで競り合ったライバルの姿だった。その手に小さな封筒を携えて。
「私には、こんな事しか言えませんけれど……私達の分も、頑張って下さい! それと、これを!」
「何だ、手紙か?」
封筒を開けると、小さな便箋が入っていた。それを広げ、目を走らせたエアグルーヴの瞳にはまず驚きが、そして、静かな決意が宿る。手紙を読み終えたエアグルーヴは、それを綺麗に畳んで封筒にしまうと、スペシャルウィークに手渡した。
「ありがとう、スペシャルウィーク。確かに受け取った」
その言葉に、スペは笑顔で頷いた。
「エアグルーヴ、そろそろ」
「ああ、では皆……行ってくる」
その場に居る全員が頷きで応える。エアグルーヴはトレーナーと共に、決戦のターフへと向かった。
「……さっきの手紙、誰からだったの?」
「言わなくても分かっているだろう」
「ふふっ……信じてるよ、エアグルーヴ」
「ふっ……ああ、信じて待っていろ。私は”女帝”。全てのウマ娘を導く”挑戦者”だ」
エアグルーヴの真っ直ぐな言葉を受け取ったトレーナーは、その背中を静かに見送った。
『……宝塚記念の貴方の走りに、勇気を貰いました。ありがとう、エアグルーヴ。応援しています。貴方なら、きっと勝てるわ。私の夢も、貴方と共に────』 - 8二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:37:42
前年度の覇者が不在である事も手伝って、エアグルーヴは5番人気であった。パドックやスタンドに集まったファンからも、口々にレジェンド達への期待が囁かれ、日本のウマ娘への期待の声はあまり聞こえてこなかった。
だが、それでも。
「それでも、君が勝つ。君は今まで、"女帝"として、”挑戦者”として、その脚でここまで走り抜いてきたんだもの。今日だって、必ず」
「仙姿玉質にして勇往邁進。さあ、見せてくれ、エアグルーヴ。全てのウマ娘達を世界へ導く、輝ける君の走りを」
枠杁は順調に行われ、エアグルーヴは心静かに瞳を閉じた。鼓動に合わせて長く深呼吸し、そして、瞳を開く。
迷い無く見つめるのは、その瞳の先にある頂点と、ここには居ない、だが確かに共に或るライバルへの想いのみ。
最後の一人が枠杁を済ませ、一瞬の静寂がゲートに入った20人を包む。そして────。
『今! スタートしました!!』
ロンシャンレース場、芝2400m右回り。世界の頂点を決めるレースが幕を開けた。 - 9二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:38:50
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- 10二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:39:16
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- 11二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:40:32
綺麗に揃ったスタートから、まずは3人のウマ娘が飛び出す。事前に逃げ宣言をしていたウマ娘達だ。
そのすぐ後方、先行策を選んだウマ娘達が、エアグルーヴを先頭に集団を形成している。その集団から1~1.5バ身の位置にヴェニュスパークが、そのすぐ後ろにモンジューが控える。ヴェニュスパークは元より、モンジューのポジションセンスは未だ健在のようだ。
そして、その後方にはリガントーナ。あの日と同じ、全てを抜き去る走りをもう一度このロンシャンに刻みつけようと言うのか。各々がこの舞台に呑まれる事無く、自身のレースを組み立てていく。
スタンドからの歓声に背中を押されるように、ウマ娘達は高低差10mの坂を澱み無く駆け上がって行った。
向こう正面の急坂を駆け上がると、ここからは最終コーナーの終わりにかけて長い下り坂が続く。この長い下り坂でどれだけスピードとスタミナをコントロール出来るかが偽りの直線・フォルスストレートと最終直線へ向けてのカギとなる。
殆どのウマ娘は、このタイミングではまだ上がる気配を見せなかった。だが────。
「……来た! あの三人」
「攻め手が速い……流石だな」
最終コーナー中盤を越える頃には、既にモンジューとヴェニュスパークが先行策を取ったウマ娘達を捉え始めていた。
それに触発されたかのように、リガントーナも後方から上がっていく。遂には、先行ウマ娘の集団を引っ張っていたエアグルーヴをも越えて行った。 - 12二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:42:12
「先輩! 頑張って!!」
「エアグルーヴ!! Fight、Fight!!」
「エアグルーヴさーん!!」
声を張り上げる応援団を他所に、エアグルーヴは未だに自身の位置を冷静に維持し続けていた。
しかし、レジェンド達は既に逃げウマ娘達をも捉え、フォルスストレートへ差し掛かる。
「エアグルーヴ……!」
トレーナーも、ルドルフ達も、終盤に差し掛からんとするエアグルーヴの姿を、固唾を呑んで見守っていた。その視線の先で、エアグルーヴは────。
────静かだ。
周りのウマ娘達が奏でる蹄鉄の轟音も、スタンドから送られる大声援も、心静かに受け止められる。前を走るウマ娘達との距離、頂点への距離でさえ、何度も何度も頭の中に叩き込んだデータが瞬時に弾きだして私に教えてくれる。
そして、勝負を仕掛ける場所も。距離にして、後……三歩……二歩……一歩。
その瞬間、エアグルーヴの周囲からデータが消えた。轟音と歓声が響き渡る。それと同時に、彼女は自信の左脚を、全力でフォルスストレートのターフに叩き付けた。
さあ、勝負だ。"女帝"の走り、その目に焼き付けろ。 - 13二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:49:32
『おお、やっぱり来た!! モンジューとヴェニュスパークだ!!』
『リガントーナも追い上げて来たぞ!』
『日本のウマ娘は来ないか!?』
『ああ、あの娘が居ればなぁ……ははっ、まあ言ってもしょうが無いけど……』
スタンドに居るファンの、スターの不在を嘆く声。そして、それを否定しきれない周囲の空気が流れる。
だが、"女帝"にして"挑戦者"である彼女のトレーナーは、その乾いた空気に迷わず否を突き付けた。
「────笑うな!」
その瞬間、スタンドからざわめきが上がった。その目線の先で、一歩、二歩先を往く三人の強者達の後ろから、紺と黄の気高き花がフォルスストレートに咲き誇る。
『モンジュー、ヴェニュスパーク、リガントーナ! やはりこの三人……いや、来た! バ群を突き抜け、レジェンドに迫り来るのは!!』
『あれは、まさか……!?』
驚きと歓喜が入り交じった実況と観客の声に応えるように、ルドルフが不敵な笑みを浮かべた。
「そのまさか、だ」
ただ只管に全身全霊で駆け抜ける。鬼気迫るその姿は、荒々しくも力強く、そして、美しい。
『エアグルーヴ! エアグルーヴだ!! 日本の"女帝"エアグルーヴがここで上がってきた!!』
王手を取ったぞ、欧州の覇者よ。この真っ向勝負、受けてもらおう。 - 14二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:51:41
女帝がターフに奏でるフィナーレの轟音は、前を往く三人にも確かに届いていた。それまで冷静沈着なレース運びを見せていたエアグルーヴが放つ激情の旋律に、三人の表情にも驚きが過ぎる。
「さあ、どうする、欧州の覇者達よ。エアグルーヴが見せた事の無い手の内を明かしたぞ。それともこれも、想定通りか?」
エアグルーヴの走りに当てられたのか、ルドルフの言葉にも感情が宿る。東からやって来た挑戦者に対し、決して油断などなかったであろう彼女達にさえ、確信を持って言葉を紡ぐ。
「彼女は……"女帝"という称号も、皆から託された想いも背負って尚、大切なライバルに届けたい想いを自身の脚に込めて駆け抜ける。威風堂々、世界に誇る”日の本の女帝"だ」
ルドルフの目線の先で、エアグルーヴは先頭を走る三人との距離を一気に詰めていく。
だが、そんなエアグルーヴを前にしても尚、レジェンドは揺るがない。
凄まじい気迫とスピード! 去年よりも……いや、この間の交流戦よりもずっと速い!! でも……負けない! 今度こそ、私が!!
そう、その熱い走りよ! 嗚呼、心が躍る! 胸が跳ねる!!
素晴らしい。このレース、恐らくは凱旋門賞の歴史に、ここに集った人達の胸に刻まれるレースとなるだろう!! さあ来い!! 日の本の女帝よ!!
『いよいよ最終直線!! モンジューを先頭に一気にスパートに掛かる!! 女帝の追撃は間に合うのか!? レジェンドが力の差を見せつけるのか!! あるいは新時代の旗手が先頭に立つのか!!』
────五月蠅い!!
終盤を迎え、ボルテージを上げていく実況の声をはね除けるように、エアグルーヴが叫ぶ。
「"女帝"を!! 舐めるな!!!!」
魂の叫びと共に、エアグルーヴが更に加速していく。残り400mを残して尚、速度を上げながら、先頭を往く三人へ迫る。そして、遂に。 - 15二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 16:57:26
『残りは300!! 尚もエアグルーヴ前へ! エアグルーヴ前へ!! 届くか!? 届くか!? 届いた!! 欧州のレジェンドに!! 至宝に!! 天才少女に!! 遂に差した!! "女帝"エアグルーヴが差した!! 残り200!! 日本のウマ娘が再び世界の頂点に立つのか!!』
だが、そのまま易々と勝利を譲る程、三人の強者達も甘くない。死力を尽くし、自身の前を往くエアグルーヴを捉えんとする。
殺気にも似た気迫が背後から突き刺さる、最後の100m。エアグルーヴの胸に宿った決意が、脚に纏い、火花となって爆ぜる。
────このレース、凱旋門賞は全てのウマ娘にとって、世界の頂点だ。最高峰の夢だ。
「Go! エアグルーヴ!! GO,GO,GO!!」
「エアグルーヴ先輩!! あと少しです!!」
「エアグルーヴさーん!! けっぱれぇぇぇぇぇぇ!!」
そう、私は女帝として、私の背を見つめる者達に、挑戦者としてそんな途方もない夢に挑み、この手で掴み取る姿を見せなくてはならない。
「行け……エアグルーヴ!!」
「エアグルーヴッ!! 頑張れぇぇぇぇぇぇ!!!!」
私を信じてくれる人に、共に理想を追いかけ歩む人に、応えねばならない。
────エアグルーヴ。
そして、今もこのレースを、必ずどこかで見ているお前にもだ。この先、例えどんな障害が待ち受けていようとも、これだけは譲れん。
"女帝"たるこの私の、世界の頂点を決める舞台に、お前がいなくて良いハズが無い。私はいつか必ず────誰よりも先を往くお前を、この脚で抜き去って見せる!
全てはあの日、風となり、光となって世界と私を魅せたお前と、必ずや再び立ち上がり立ちはだかるお前と、この最高峰の舞台で、決着を付ける為だ!!
欧州の至宝でも、レジェンドでも、天才少女でもない。最後に私と並び駆け、頂点を決するのは、他の誰でも無い、お前だ!!
違うか?
違うか!? - 16二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 17:00:34
「違うかぁぁぁぁああああ!!!!」
その瞬間、エアグルーヴの瞳に、真っ白な影が映る。エアグルーヴの先を走りながら一瞬振り向いたその影は、嬉しそうに微笑みを浮かべ、ターフの向こうへと消えて行った。
まったく、お前というヤツは。幻でさえ先頭を往かないと気が済まないのか。
だが、確かに感じたよ。今、お前は走っている。この空の下、お前は確かに、あの日と同じように、全力でターフを走っているんだな。
ならば、戻って来い。今度は幻などでは無い、本当のお前を、"女帝"たるこの走りで、必ずや追い抜いて見せる。
「────なあ、スズカ」
ゴール板の前を先頭で駆け抜けたほんの一瞬、彼女は微笑んだ。力強く凜とした美しさを纏った女帝のそれではなく、まるで、恋人を瞳に映した一人の少女のようで。
次の瞬間、ロンシャンのターフを割れんばかりの歓声が包み込む。"女帝"が世界を制した瞬間だった。
トレーナーの両の手が天高く突き上げられる。静かに頷いたルドルフの瞳から、一筋の涙が頬を伝った。タイキとドーベルとスペは抱き合って歓喜の声を挙げた。
「ハァ……ハァ……っ……! そうか、私は……!!」
エアグルーヴが、大歓声へと向き直る。そして、これまでの全てに感謝するように、万感の想いを礼に込め、右手の拳を高く空へと突き上げた。その瞬間、再び割れんばかりの歓声がロンシャンレース場のターフに響き渡る。
そして、その歓声は、遠く日本のターフにも届く。
「……ありがとう、エアグルーヴ」
想いの丈をその一言に込めた彼女の瞳から、万感の想いが溢れ出す。
けれど、彼女はすぐにジャージで涙を拭い、トレセン学園のターフを全力で駆け抜けて行くのだった。 - 17二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 17:03:39
それから、あっという間に一年が過ぎて、再び舞台は、ロンシャンレース場。
「ようやく、この時が来たな」
「ええ……遂に帰って来たわ、エアグルーヴ」
穏やかな笑みを浮かべる彼女に、エアグルーヴは不敵な笑みで応える。
「あの時よりも、恐らくはより速くなったのだろうな」
「さあ、それはどうかしら」
「ふっ、何を言う。お前らしくもない」
「ふふっ……」
時折笑みを交えながら、しばし語り合う。そして、いつしか二人は笑みを収めた。友として、ライバルとして、世界最高の舞台で、決着を付ける。前回の凱旋門賞の後、二人で誓ったその夢を、叶える日が来たのだ。
二人は歩みを揃え、ゲートへと向かう。
『さあ、遂にこの時がやって参りました!! 再び参戦したレジェンド達を前に、"女帝"と、奇跡の復活を果たした"異次元の逃亡者"は、如何なるレースを魅せてくれるのでしょうか!? そして今年初参戦のウマ娘達も、そんなスーパースター達へどう挑戦状を叩き付け、意地と誇りを見せつけるのでしょうか!! 頂点を決めるレースが、今!!』
ゲートが開くと同時、真っ先に飛び出した白い影。そして、それを追うように紺と黄の勝負服が飛び出していく。
────さあ、勝負よ、エアグルーヴ。
望むところだ、スズカ!
二人のライバルが全力で頂点を競う姿に、スタンドが、そして日本が沸き立つ。
惜しみない声援が、天高くロンシャンの空に響き渡るのだった。 - 18二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 17:09:44
以上です、ありがとうございました。
最初はエアグルーヴにあの台詞を言わせたいな、くらいの気持ちで始めたのですが、構成が固まったらえらく長くなってしまいました。とは言え、ラークシナリオが終わる前に凱旋門賞を舞台にしたSSを書けて良かったです。
スズカさんに実はドデカい矢印が向いてるエアグルーヴさん、良いですよね……。 - 19二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 17:11:18
良作をありがとう。
ラークが終わる前に読めてよかった。 - 20二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 18:02:06
めっちゃ熱いストーリーやった、スズグルは良いぞ
- 21二次元好きの匿名さん24/02/22(木) 20:52:27
レース中の描写にスキル名がちょいちょい入ってくるの好き
- 22二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 00:31:04
シナリオ世代交代前にラークのSS読めて良かった
水着イベでスズグルの解像度めっちゃ上がったのもあるけど、やっぱゴールで思いの丈を絶叫するウマ娘からしか摂取出来ない栄養素があるわ - 23二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 04:07:16
- 24124/02/23(金) 09:23:39
皆様、読んで頂きありがとうございます。
私も新シナリオが始まる前に書き上げる事が出来て良かったです。
パークちゃん達3人もまた何かのシナリオで絡んでくれると嬉しいですね。
スズグル良いですよね……。
水着イベントのストーリーとサポカイラストの威力たるや……!
レースの描写にはあまり自信が無いのですが、描写の中にスキル名を入れるのは個人的こだわりポイントなので、好きのお言葉を頂けて嬉しく思います。
振り返ればラークにも色んな思い出を貰いました。新シナリオも楽しみですね!
プリティーをかなぐり捨てて叫ぶウマ娘からしか得られない栄養素がある。この情熱と尊さはDNAに素早く届く。
ウワーッ!!金曜日の神絵師様!!おはようございます!
そして、手前のラーク最後のSSにFAを頂き、ありがとうございます!!
FAの方、ありがたく保存させて頂きます。美しく力強い脚もさることながら、領域に入ったかのような描写がすごくすごい格好良くて好きです……!
- 25二次元好きの匿名さん24/02/23(金) 18:23:48
SSもイラストも素晴らしい……
素晴らしいんだけどラストスパートからエアグルーヴの台詞が秋元羊介ボイスで再生されて感情が渋滞起こしそうになった - 26124/02/23(金) 23:33:37