【SS、幻覚注意・ジェンヴィル】卒業、その先

  • 1二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:32:12

    —―トレセン学園、卒業式—―

    3月。高等学校の課程を終え、レース人生に区切りをつけた多くのウマ娘達が、今日、学園を巣立っていく。

    「先輩!ありがとうございました!私も、先輩のようなウマ娘に……」
    「うん。君ならやれる。楽しみにしてるよ」
    「君を担当して本当に良かったよ……元気でなあ……」
    「私も。あなたとトゥインクルシリーズを走れてよかった……」

    先輩との別れを惜しむ在校生や、担当に感謝を伝えるトレーナー。与えられた役割を終えた私は、手持ち無沙汰でぼーっとしていた。春休みが明ければ最高学年。自分の進路も考えなくてはいけない。不安なような、寂しいような、心躍るような、複雑な思い。

  • 2二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:32:36

    「姉さん、僕帰るね……」
    「ええ。お疲れ様」

    そう告げてきたシュヴァルを見送る。在校生は、もう下校が許された時間。卒業生との別れを惜しむのでもなければ、この場に留まる理由はない。ただ、私はシュヴァルを追いかけることはしなかった。別に、別れを惜しむような親しい先輩もいないのに。

    「あ、いたいた!お姉ちゃーん!」

    私に向かって、笑顔で手を振るヴィブロス。誰かの手を引いている。

    「よかったー。帰っちゃったかと思ったよー」

    そう言って、後ろの人物に視線を送った。

  • 3二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:32:58

    「まったく。お世話になった先輩に挨拶もなく帰ろうとするなんて。最後まで生意気ですわね。あなたって人は」
    「別に、帰ろうとは……」
    「あら、待っていてくれたの?それはどうも。お待たせして悪かったわね」

    最後の日だと言うのに、彼女は何も変わらない。何が『お世話になった』だ。世話を焼かれた記憶なんてない。まあ、変にしんみりされるよりは良いけれど。

    「それで、どうしてヴィブロスが?」
    「だってお姉ちゃん、絶対自分からじぇんちるさんのところ行かないじゃん?最後なんだし、写真くらい撮ったらいいのになーって」

    ほんの少し、寂しそうな表情のヴィブロス。この子は私と彼女のトゥインクルシリーズを、誰よりも近くで見てきたはずなのに。

  • 4二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:33:26

    彼女のことが嫌いな訳ではない。ただ顔を見ていると、どうしてもあの日々がよみがえってくる。どんなに努力しても、足掻いても、絶対に届かなかったあの背中。最後まで追い越せなかった背中。悔しくて悔しくて、毎晩涙で枕を濡らしたあの日々。私はいつも、彼女の二番手。結局、私は彼女に勝つことはできなかった。

    「そういうことですわ。まあ、1枚くらいいいでしょう?これからはライバルでもなんでもないのだから」

    『ライバルでもなんでもない』トゥインクルシリーズを走り終え、ドリームトロフィーリーグも引退し、今まさに、学園を去ろうとしている彼女。これから先、私と彼女がぶつかることはない。これからは、互いに別の道でキャリアを積んでいくのだ。もう、ぶつかることはない……

    「あら。泣いてくれますの?」
    「……え?」

    気付くと、私の目からは涙が溢れていた。意味が分からない。もう、学園の中で彼女を見かけてあの地獄のような悔しさを思い出すこともなくなるのに。涙を流して寂しがるほど仲が良かったわけでもないはずなのに。それでも、涙はとめどなく溢れてくる。彼女の顔をまともに見ることができない。

  • 5二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:33:53

    —―ああ、私、楽しかったのね—―

    どんなに悔しくても、惨めでも、追い越したい背中があったあの日々が、私は楽しかったのだ。あの日々は間違いなく、私の青春だった。トゥインクルシリーズが終わっても、彼女が学園にいることで、あの頃の気持ちを追体験していたのかもしれない。終わってほしくない。このまま時間が止まればいい。まだ、彼女と競い合っていたい。あの頃のように、本気でぶつかり合いたい。もう、本当に終わってしまうんだ。

    「私……あなたと走るのが……好きだった……」

    絞り出した言葉。こんなことを言うなんて、数年前の私には考えられない。最後の最後に、ようやく素直になれた。自分にも、彼女にも。

    「……卒業……おめでとうございます……」
    「……ありがとう」
    「二人とも—!こっちこっちー!はい、ポーズ!」

    ヴィブロスに促されて、二人でポーズをとる。写真に収まった私は、涙でぐしゃぐしゃの、酷い笑顔だった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:34:17

    数年後。私は後進育成のため、子供向けレーススクールの教師となった。教え子から重賞ウマ娘も排出し、順調にキャリアを積んでいる。今日は教え子のレース。それもG1。私が勝てなかったレースだ。あの子には明らかに適正外。けれど、本人が挑戦したいと強く希望した。どうしても、一緒に走りたい子がいると。もしかすると、記念出走のようになってしまうかもしれない。本人やトレーナーさんと何度も話し合い、その意志を尊重することに決めた。

    「……本当に大丈夫?」
    「大丈夫ですって!私、すっごく楽しみなんです!」
    「そう」
    「はい!」
    「……行ってらっしゃい」
    「行ってきます!」

    控室から教え子を送り出し、私も部屋を出る。隣の部屋から、聞き覚えのある声がした。

  • 7二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:34:51

    「あなたなら、必ず成し遂げられますわ。連覇の偉業を……頑張ってきなさい」
    「はい!必ず!」

    思わず立ち止まる。部屋から出てきたそのウマ娘は、真っ赤な勝負服に身を包み、凛としていた。間違いない。

    「……よく似てるわ」
    「そうでしょう?」

    私たちは今、違う形で、また競い合おうとしている。

  • 8二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:35:51

    お わ り
    卒業シーズンなんでね。

  • 9二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:38:06

    いい…

  • 10二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:39:11

    いいSSだった…

  • 11二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:41:20

    言われてから自分が涙を流してる事に気づくのいいよね…

  • 12二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:42:53

    競い合える時間は無限じゃないからこそ、こういう場面は想像できますな……

    今度は人生という長いレースを競い合うのかな。ごちそうさまでした

  • 13二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 15:46:09

    昨年のエリ女でジェンティルとシーナの娘が両方とも出走したことがすごく印象的だったのを思い出した
    めっっっちゃ良かったです…

  • 14二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 16:06:39

    このレスは削除されています

  • 15二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 16:07:14
  • 16二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 16:14:02

    >>15

    ありがとうございます!!こんなもので良ければ!

  • 17二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 16:15:19

    >>16

    ありがとうございます

    推薦しておきました

  • 18二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 16:25:53

    ワ...とても良質なSSをどうもありがとう産駒要素あるの最高です🙏🙏

  • 19二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 22:33:04

    切なくていいな…

  • 20二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 22:39:22

    涙が出た…好き…

  • 21二次元好きの匿名さん24/02/29(木) 22:47:33

    素敵な文を読むと心が洗われますね...!
    最高の気分

  • 22二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 02:23:39

    すき

  • 23二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 02:26:44

    >>22

    名画……

    保存余裕でした

  • 24二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 07:39:34

    >>22

    起きて覗いたらなんか名画が投稿されてる!!ありがとうございます!!まさか自分のSSをイラスト化してもらえる日が来るなんて……自分は画力小2で止まってるのでありがたすぎる……保存しても?

  • 25二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 08:45:36

    丁度似たようなシチュをジェンティル側で妄想してたらシーナ側の神SSに巡り逢えた……

    そのSSのジェンティル視点のも投下できますか?それかもし良かったら私が書いていいですか?(何様)

  • 26二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 08:54:09

    >>25

    後学のためにジェンティル視点挑戦してみます!

    ただ他の方が書いたものも読みたいので別スレ立てて投下してくれたら嬉しいです!(ここに投下されると他薦のとき不便だと思うので……)

  • 27二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:43:46

    >>24

    はーい

    大丈夫ですよ

  • 28二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:57:16

    今日、私は卒業する。長いようで短かった学園生活。トリプルティアラの栄冠、G1 7勝、ドリームトロフィーでも、満足に走ることができた。もう悔いはない。制服に袖を通し、ほとんど何もなくなった部屋を出る。この制服を着るのも、この部屋から学園への通学路も、今日が最後。たくさんの思い出がよみがえる。

    式は滞りなく進んだ。これで、私の学園生活は本当に終わる。寂しい気持ちがないと言えば嘘になる。けれど今は、新しい生活への期待の方が大きい。

    「先輩!」

    後ろから後輩に声をかけられる。

    「私、ずっと先輩が憧れでした。今は、まだまだだけど……でもきっといつか、先輩のような凄いウマ娘に……」
    「わ、私も……」
    「あたしも!」

    一度立ち止まると、あっという間に囲まれてしまった。あまり後輩と関わることはしてこなかったが、知らない間に慕われていたらしい。けれど、そこに彼女の姿はなかった。在校生はもう下校が許された時間。とっとと帰ってしまったのかもしれない。まったく。最後まで生意気な後輩だ。

  • 29二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:57:46

    「じぇんちるさーん!!」

    遠くから、私を呼ぶ声がした。ひときわ大きく、特徴的な声。人だかりをスルスルと抜けて、声の主は私の前に現れた。

    「あら、ヴィブロスさん」
    「ねえねえ、一緒にお姉ちゃん探そう!最後に二人で写真撮ってよ!」

    私の返事を待つこともせず、ヴィブロスさんは私の手を引いて歩き回り始めた。振り払うのは簡単だ。けれどそれをしなかったのはきっと、私も彼女に会いたい気持ちがあったから。不思議なものだ。トゥインクルシリーズでもドリームトロフィーリーグでも私に突っかかってばかりいた、可愛げのない後輩。特段親しいわけでもなく、関わりはレースやトレーニングだけ。けれど、彼女の顔を見ずに学園を去るのは、何か物足りない気がした。

  • 30二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:58:44

    「あ、いたいた!お姉ちゃーん!」

    駆け出したヴィブロスさんに引っ張られる。妹の声に気付いたのか、彼女はこちらに視線をやった。

    「よかったー。帰っちゃったかと思ったよー」
    「まったく。お世話になった先輩に挨拶もなく帰ろうとするなんて。最後まで生意気ですわね。あなたって人は」

    最後だと分かっていても、口を突くのはそんな憎まれ口ばかり。まあ、この方が私たちらしくていいだろう。変にしんみりした空気は、私たちには似合わない。

    「別に、帰ろうとは……」
    「あら、待っていてくれたの?それはどうも。お待たせして悪かったわね」

    腐れ縁だった彼女のことは、この数年間で嫌でも理解した。別に私を待っていたつもりがないことも、かと言って帰る気にもなれずここにいたことも、何となく分かる。

    「それで、どうしてヴィブロスが?」
    「だってお姉ちゃん、絶対自分からじぇんちるさんのところ行かないじゃん?最後なんだし、写真くらい撮ったらいいのになーって」
    「そういうことですわ。まあ、1枚くらいいいでしょう?これからはライバルでもなんでもないのだから」

    そう言った瞬間、彼女の表情が目に見えて変わった。現実に気付いてハッとしたような、何かに抵抗するような表情。俯いた彼女の目には、涙が浮かんでいた。

  • 31二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:59:05

    「あら。泣いてくれますの?」
    「……え?」

    どうやら、本人は気付いていなかったらしい。一瞬きょとんとした表情をした後、彼女は年甲斐もなくボロボロと涙を流し始めた。せっかくの綺麗な顔も、上手に整えられたアイメイクも、これでは台無しだ。これまで一度も、私の前で涙を見せなかった彼女。泣きたいことなんて、山ほどあったはずなのに。強がりで、真面目で、気が強くて、負けず嫌いで、生意気で。そんな彼女の弱い部分を、私は今初めて目にした。

    「私……あなたと走るのが……好きだった……」

    絞り出すような声で聞こえてきたのは、まぎれもない、彼女の本音。やっと聞けた、素直な言葉。少しは可愛いところがあるじゃない。

    「……卒業……おめでとうございます……」

    涙を拭い、私の目を見てまっすぐそう言ってくれた彼女。私も精一杯の笑顔で返す。

    「……ありがとう」
    「二人とも—!こっちこっちー!はい、ポーズ!」

    頬に吹き付ける春風が、やけに冷たい。ヴィブロスさんが撮ってくれた写真には、素直で純粋な笑顔の私たちが写っていた。

  • 32二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:59:39

    数年後。レーススクールの教師となった私の元に、1人のウマ娘がやってきた。G1を勝ちたい、私のようなウマ娘になりたいと言って。私は彼女のことを、なぜか他人だと思うことができなかった。凛として、少し入れ込みがちな娘。そんな彼女が、今日、G1に挑む。昨年覇者として。今日の彼女は、いつにも増してテンションが高い。ずっと一緒に走りたかった相手と走れるから、と。

    「あなたなら、必ず成し遂げられますわ。連覇の偉業を……頑張ってきなさい」
    「はい!必ず!」

    力強くそう言った教え子を控室から送り出し、私は部屋を出た。直後、目に入った一人のウマ娘。教え子の方へ一目散に駆けていく。空色の勝負服がよく似合う、小柄なウマ娘。教え子が『一緒に走りたい』と言っていたウマ娘は彼女なのだと、瞬時に分かった。そして私はなぜか、彼女にかつてのライバルの姿を重ねた。

  • 33二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 18:59:59

    「……よく似てるわ」

    聞こえてきた、懐かしい声。その視線の先には、私の教え子がいた。

    「そうでしょう?」

    私は、あの頃のように少し意地悪な声でそう言った。これから私たちは、あの頃とは違う形で、競い合っていくのかもしれない。

  • 34二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 19:00:37

    お わ り
    急遽書きましたがまあ読める文章にはなったかな……

  • 35二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 19:06:49
  • 36二次元好きの匿名さん24/03/01(金) 20:38:32

    >>27

    ありがとうございます!

    >>35

    感想、推薦ありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しいです!

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