- 1二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:36:10
「夢を…諦めよう」
「———ッ!」
男が彼女にそう言った直後、目の前の彼女から無数の影の手が伸び、男の身体を各々の手が乱暴に掴む。メキメキと音を立てて腕が、脚が折れ身体から千切れていく。そして男の顔面を握っている手の力が一際強くなり、視界が真っ赤に染まり…
「——————!」
「また、この夢か…」
頭を抑えながら身体を起こすのはマンハッタンカフェのトレーナー。辺りを見まわし今の状況を確認する。
「まだ日は登ってない…か、まだこっちに慣れていないのもあるが…」
ここはホテルの一室。しかし日本のホテルではなく、日本から遠く離れたフランスのホテルである。
「ここまで来たんだ…一度諦めた彼女の夢を叶えられる…こうしてはいられないな」
目も覚めているのか身体を起こし机の電気をつけて資料やパソコンを用意する。
「もうあの時の…空港の時のような思いはさせない…何としてもカフェに勝たせてあげたいんだ…」
用意を終えて仕事を始めるトレーナー。一心不乱に資料や映像を精査し、組み立てていく。
仕事を進めながらあの夢の事を思い出す。
「あの時の彼女の顔は…悲しさと悔しさが混じった顔は…今でも忘れられない…」
作業を続けながらあの時の事を思い出す。
「凱旋門賞への誘いを受けた時のカフェの喜んでる顔…あの笑顔をもう二度と奪わせはしない…だからこそ絶対に勝たせるんだ、彼女が憧れ夢見た凱旋門賞を…」
(そうだ、これは咎だ。俺の償うべき罪だ…)
そう思いながらスケジュールを組み立てては崩し、それを繰り返す。
(それを成し遂げたら…俺の役目も———)
その目には闘志が宿ると同時に、不吉なそれを感じさせるような黒い何かが宿っていた… - 2二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:36:29
その日もトレーナーは最善を尽くしていた。
凱旋門賞…日本のウマ娘達がその栄光を掴むことを阻み続けてきた障害…風土、時差、言語、文化の違い…そして短い期間で日本のそれとは異なるコースへの適応…
コンディションを最大に保つためありとあらゆる手を打ち続けた。
全てはカフェが凱旋門賞の栄光を掴み取る為に…
そして自らの咎を…罪を償うために…
その甲斐もあって前哨戦であるフォア賞も快勝。残すは凱旋門賞本戦を残すのみで最後の調整を行うだけであった。
「トレーナーさん…その…大丈夫ですか? なんだかお顔がやつれてるように…」
「ん? ああ、大丈夫だよカフェ。色々根詰めてたからかな?」
「だといいんですけど…いえ休んでくださいね? 何か…憑かれているようにも見えるので…」
「………確かに君を勝たせるという気迫がそう見えるかもね。大丈夫、カフェは明日の…君の夢の事を考えてればいいんだ」
そう言って笑顔で語るトレーナー。自身の胸中を…覚悟を悟られないように…
「分かりました…けど無理はしないで下さい…」
そう言って練習を再開しカフェは走り出す。
(確かに…何かに憑かれている感じでもないし…気のせい?)
彼への違和感をどこかで感じながら… - 3二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:36:51
『見事凱旋門賞を制したのはマンハッタンカフェ! 日本のウマ娘初の大快挙!歴史に新たな1ページが刻まれました!!!』
激戦の末、異国の地に構える凱歌の門は打ち壊され、そこには漆黒の摩天楼が聳え立っていた。
(遂に…ついに夢を…あの時の夢を…叶える事ができた…!)
ロンシャンの地に響き渡る歓声。その歓声の中心にカフェは立ち尽くしながら夢を叶えた事を噛み締めていた。
そんな姿を遠くから眺めているトレーナー。
(彼女の夢を…一度は手放させてしまった夢を叶えてあげられた…)
これまでの事を思い出すトレーナー。
勝った時も負けた時もそれ以外の事を。
そしてあの日の空港での出来事を…
(これで俺の役目は終わった…ありがとう…カフェ)
晴れ渡る異国の空を見つめ呟き決心するトレーナー。
(トレーナー…さん…?)
だがその姿を…彼の憑き物が落ちたような顔を…気味が悪い程透き通った表情をカフェは見逃さなかった——— - 4二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:37:06
「やったなカフェ!」
「流石、私が見込んだウマ娘だねぇ」
多くの人々に囲まれ労いと祝福の言葉に包まれるカフェ。
「いえ…私だけじゃありません…皆が…そしてトレーナーさんがいたからこそ…」
「トレーナー? 誰なんだそれ?」
「は……?」
「確かに…そんな人聞いた事ないが…向こうでの補助員かい?」
「何を…言っているんですか…? ……あ、トレーナーさん! こっちですよこっち………え?」
カフェの目線の先には彼女のトレーナーの姿。しかしカフェの姿を見て微笑むと背中を向けて立ち去ろうとしている。
「どうして……待ってください!トレーナーさん! 待って!お願い!行かないで!」
カフェの呼びかけにトレーナーは振り向くことはなかった。そして去ろうとした彼の近くから赤黒い手が伸びてきてそのまま引き摺り込んでいき…… - 5二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:38:04
「………ッ!」
カフェが気が付くとそこは自分の部屋。
雨が強く建物を打ち付けている音が響き渡る。
(夢……?)
先程の出来事が夢である事に安堵すると同時にそれを夢だったと断じてはいけない胸騒ぎを覚えていた。
凱旋門賞を制し、自分の夢を叶えられた矢先に不吉な夢。そしてあの時のトレーナーの様子、それらを照らし合わせればトレーナーの身に何かが起こった或いは起きる前兆である事がカフェにはすぐ理解できた。
(トレーナーさん…!)
すぐに身支度をし部屋を出る。今日が休みである事をこれほど感謝した日はないだろう。
そしてこの行動が運命の分かれ道だった——— - 6二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:38:25
「トレーナーさん!」
カフェは勢いよく扉を開けて部屋に飛び込む。
悪い予感ほど当たるとはよく言ったものだ。
「………………ッ!?」
そこにはトレーナーの姿はなく…
綺麗に整頓された部屋が残されていた———
「トレーナーさん…どこ…どこですか…?」
あちこちを探すカフェであったがトレーナーの姿は見当たらない。どこかで悪戯の為に隠れていた訳でもなかった。外は強い雨、不用意に外出なんてまずしないだろう。
「………手紙?」
ふとカフェの視線に映ったのは机の上に手紙と長方形の箱。手紙の宛先は自分宛、どうやら書き置きのようだ。
(まさか…ね…)
胸中の嫌な予感を振り払いながら恐る恐る手紙を開く。
「うそ…うそです…いや、いやぁっ……」
手が震える、涙が溢れ出る、呼吸もままならない。
「まるで…この文章はまるで……」
———遺書じゃないですか…!
もう、思い浮かべてもその言葉を口に出す事が出来なかった。
そして手紙の横にあった箱、それを開けると綺麗に洗われた2つの猫の絵があるマグカップが…
2人で使っていたマグカップが大事にしまわれていた。
「あ…あぁぁぁっ……」
まるで自分達の思い出を封印するように、まるで彼自身が最初からいなかったように、この部屋の全てが気味が悪い程綺麗になっていた。
「トレーナーさぁんっ!!!」
その手紙を握り締めてポケットの中に仕舞い込みながらカフェは部屋を飛び出したのであった。 - 7二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:39:04
(早く…早くしないと……!)
「待ちたまえカフェ」
玄関前に辿り着くと彼女を呼び止める声。振り向くとアグネスタキオンが彼女の行手を阻むように立ちはだかっていた。
「退いて下さい、今はあなたに構っていられません」
「カフェのトレーナー君のことかい?」
その言葉に側を通り抜けようとしたカフェの動きが止まる。
「何故……あなたが…」
「彼なら玄関を出てこの先の道を歩いていったねぇ…傘もささずに」
「どうして止めなかったんですか……!」
レースで見せる冷ややかな瞳で睨みつけながらカフェはタキオンに掴みかかる。突然の事に驚くタキオンであったがまるで想定済みであるかのように普段の調子に戻っていた。
「止めはしたさ。だが私のどんな言葉にも耳を貸さなかった…いや、届かなかった。あの時の君のように相当覚悟を決めてたようにねぇ」
「…あの時の…私…」
その言葉で思い出すのはあの時の空港の出来事。周囲の反対を振り切ってまでフランスへ行こうとした自分を全力で止められた時の事…例えその先に破滅が待っていたとしても突き進もうとした自分の決意…
「トレーナーさんの…覚悟…そんな…いやぁ…」
もしあの時の自分と同じなら、破滅すら厭わない覚悟であるのなら…止める者が居なければ行き着く先は分かりきっていた。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:40:03
「すまない、一つ訂正があるとするならば私の言葉でも目を泳がせていたんだ。…つまりだ、覚悟はしていても心のどこかで揺らぎがあるという事…まだチャンスは残っているということさ」
その言葉に絶望しかかっていたカフェの瞳に光が灯る。震えていた身体が治っていく。
「だけどそれができるのはカフェ…君だけだよ」
「私…だけ?」
「君の為に全てを擲つ彼だぞ? そんな彼が全てを賭ける程大切な君が…その君の言葉が届かないなんて事は無い! さぁ話はここまでだ。先程彼にはリラックスできると称して香料をかけておいたよ。行きたまえカフェ!」
(タキオンさんは…私に教えてくれたんですね…落ち着いて…今から何を為すべきなのかはっきりさせる事を…)
今までのタキオンの言動に対して全てを察したカフェの顔はあの時以上の決意に満ち溢れていた。
「ありがとう…ございます…」
「ふぅん、君がそのままだと私も調子狂うからねぇ」
そうして意を決したカフェは傘をさして玄関の外へ飛び出していったのであった。
「カフェ…君だけじゃない…あの時は彼も…私も辛かったんだぞ? だから存分に学んでくれたまえ…引き止める側の辛さを…その決意を…」
彼女を見送った後、ふぅっとため息をついて部屋に戻るタキオン。室内でも雨に濡れたのかその顔には雫を伝わせながら… - 9二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:40:19
雨の中、カフェはひたすら道を走る。雨でかき消されゆく目印となる香料の香りを追いかけながら…
(どこ…どこですか…トレーナーさん……!)
だが現実は非情である。トレーナーの姿は見当たらず、香料の香りも殆どしなくなっていた。
「嫌です…嫌だっ!まだ諦めない!例え手がかりが無くたって、この世界の果てまで探し出します!」
それでも、諦めない…そう誓ったその時である。
『コッチダ…』
「!?」
脳裏に響いた懐かしい声、あの時見えなくなってしまった声…その声が今、カフェに語りかけている。
(ありがとう…お友達…)
その声に導かれるように走り出すカフェ。走る先でほのかに香料の香りも漂っている。
(トレーナーさん…罪でもありません、咎じゃありません…! アナタのそれは決して———)
カフェはもう、見失う事はなかった——— - 10二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:40:45
強く雨が降る中、トレーナーは傘もささずに彷徨うように歩き続ける。そこに理由などなく、只々歩き続ける。
(このまま歩き続ければいつかは……)
「見つけた…! トレーナーさん!」
後ろから声がした。振り向くとそこには
マンハッタンカフェの姿があったのである。
「カフェ…どうしたんだ? こんな強い雨の中…」
「それはこちらのセリフです…アナタこそ、何も持たずに、傘もささずに何をしているんですか?」
呼び止めた距離で言葉を交わす2人。目の前に見えない壁があるかの様にその場で立ち尽くす。
だが互いに動こうともまるで楔が打ち込まれた様に、鎖に繋がれた様にその場から動けなかった。
「ちょっとした用事でね…大丈夫、済ませたら戻ってくるからさ…」
「戻ってくるというのなら何故あんな手紙を置いておくのですか……!」
「………そうか、もう見たんだね…」
「何故ですか…! 何故……ッ!」
「………………君には…関係のない事だ…」
「あの時の…空港の時の出来事ですか…?」
「——————!」
直後、空気が変わった。
先程までカフェに笑顔を向けていたトレーナーの顔が険しくなる。
「ははっ、君には筒抜けか…」
観念したのか苦笑いをするトレーナーは重々しく口を開き、少し離れたカフェにも聞こえるように語り始めた。 - 11二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:41:13
「まずは凱旋門賞おめでとう。やっと君の夢が叶ったね…本当におめでとう」
「だけど、俺は君のその夢を一度諦めさせた…あの時君の夢を奪ったのは俺なんだ」
「トレーナーさん…」
雨がより強くなる。その声を掻き消さんとするように。
「だからこそ君が凱旋門賞で勝った今、俺の役目はもう終わった…そう、終わったんだ」
「違います…!そんな事決して…」
そんな事ないと反論しながらカフェはトレーナーの姿をあの時の自分と重ねていた。
「そんな事ない…輝かしい君に一つの影を落としてしまった…それが俺の咎…償うべき罪なんだよ」
「そんな事ありません!だから話を聞いて下さい…」
「だから君に影を落とさせてしまったそんな人間はもうこの世から消え———」
「違 う っ !」
降り続ける雨の音を掻き消すほどの大声。
少しの距離があるトレーナーにも響くほどの声。
トレーナーが視線を変えるとそこには…
傘を投げ捨てたカフェが…大粒の涙を流し続けながらトレーナーの方をその瞳で見つめていた。 - 12二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:41:40
「話を…私の話を聞いてください…っ」
「カフェ…」
「どうして…どうして分かってくれないんですか…!」
「確かにあの時一度は夢を諦めました…! でも私は夢を奪われただなんて…私に影を落としただなんて…そんな事思ってもいません!」
先程トレーナーが続け様に語ったように、カフェも彼に遮らせない勢いで続けていく。
「アナタの事をあの時一度は恨んだ事もありました…」
「だから俺は…」
「でもそれは私の未来を思ってくれたが為! その事に罪を償えだなんて…アナタに死んで詫びろだなんて私は微塵にも思ってもいません!!!」
「国内のレースも、そして夢見た凱旋門も勝つ事が出来ました…でもそれは私1人じゃない! タキオンさんがいて…みんながいて…そして何よりトレーナーさんがいたから成し遂げる事が出来たんです!」
雨音はさらに強くなる。だがカフェの勢いは強くなるその雨すらも退けていた。
「凱旋門賞の夢を叶えて私には今、一つの夢があります…」
これから語る言葉を雨などに妨げられないように深呼吸するカフェ。あの時彼が自分を引き止めたように、あの時の覚悟を自らも持ちながら…
「それはトレーナーさん、アナタとずっとそばに居たい! 隣り合ってコーヒーを飲みながらずっとずっと笑い合っていきたい!!!」
「———!!!」 - 13二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:42:06
「それなのにアナタは! 私の為だと言い切って! 二度と私の夢を叶えられなくして! 今度こそ私から夢を…夢を奪うんですか!?」
(お…俺は………)
「答えてくださいトレーナーさん! アナタの本当の気持ちを! 罪とか咎とかそんなもの関係ない…アナタの本音を!」
(俺は…俺は……ッ!)
「お願いです…何も知らないままなんて嫌です…置いていかないで下さい、私を独りにしないで下さい…私の為だと言うのなら……何もかもぶつけて下さい…」
その瞬間、トレーナーの中で何かが解き放たれた。心の奥底に閉じ込めていた光を放つ何かが溢れ出してくる。
「可笑しいなぁ…本当なら君の言葉を振り切って先に進むべきなのに…身体が動かないや…涙も止まらない…」
「トレーナーさん…」
「俺も本当は…カフェといたい…ずっとそばにいたい…!」
「ならっ! それならっ……! いなくなるなんてやめてください…責任や咎じゃなくて…私を…マンハッタンカフェを受け止めてください……!」
その言葉が、2人の間にあった見えない壁を…
近くにいて届かなくしていた隔たりを…あの時凱歌の門へそうしたように打ち壊す。
「カフェ…」
「トレーナーさん…」
2人を阻んでいた見えない壁はもうどこにもない。
2人をその場に貼り付けていた見えない楔も鎖もどこにもない。
互いに一歩ずつ歩み寄る。
一歩一歩少しずつ、自らの想いを確かめる。
そして2人の距離はゼロになる。
「ごめんなカフェ…俺また君の事を…ごめんなぁ…」
「いいんです! 私の方こそごめんなさい! アナタを追い詰めてしまって…ごめんなさぃ……!」
声を阻もうとした大雨が2人の嗚咽を…涙を隠すように、誰にも2人の邪魔をさせないように強く降り続けていた… - 14二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:42:25
とある町外れのバスの待合小屋。人気も無く、車やバスが通らなくなり使われなくなったその場所に2人の影…マンハッタンカフェとそのトレーナーの姿があった。
「凱旋門賞に招待された時から…ですか」
「以前からその夢は見ていた…でもその時から毎日見るようになった…」
2人は近場にあったその小屋で雨宿りと暖を取る。とは言っても寂れた場所に暖房器具の様な気の利いたものなどないので互いの身体を寄せ合ってるだけなのだが。
「あの夢はきっと俺が受け入れるべき咎で償わなければならない罪だと…だから凱旋門賞を勝たせてその後は……」
その先を言わせない様にカフェは隣り合った身体を更に寄せて頭を彼の肩に預ける。
「私も夢を見たんです。私が皆から祝福される中、アナタだけが忘れ去られて…私の前からアナタが影に引き摺り込まれて……」
「だからもう…そんな事考えなくてもいいんです。アナタが償うものなどありません…それに、アナタは私の夢を叶えてくれました」
「でも、あの時の自分のやった事は…この咎は消えはしない…」
すると頭を肩から離したカフェがトレーナーに抱きついてきた。そしてそのまま顔を彼の耳元へ寄せて優しい声で囁く。 - 15二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:43:06
「アナタがそれを"咎"と呼ぶならば、私はそれを"愛"と呼びましょう…」
「え…?」
「私の為に…どんなに辛い事だとしても向き合ってくれた…その身を…心を…すり減らしてまで…それが愛でなければ何と言いますか?」
より抱きしめる力が強くなる。より互いの暖かさが伝わってくる。
「アナタが咎の報いを受けるのなら、私も一緒に受けましょう」
「駄目だ、君は何も…」
「あの時確かに私は夢を諦めた…でもアナタが私に諦めようと説得を…そうさせてしまったのは私なのですから…」
カフェが声を震わせながら言葉を紡ぐ。もう二度と彼に全て背負わせないと、ずっと彼のそばにいたい…そう一つ一つの言霊に思いを込めながら。
「カフェ…」
静かにカフェの話を聞いていたトレーナーがその名を呼ぶ。その先の言葉を迷っているのか静寂が辺りに広がり雨音だけが響き渡る。意を決したのか深呼吸をするのが彼女に聞こえた。
「もし…君が望むのなら…俺が許されるのなら…カフェの…君の淹れたコーヒーをずっと一緒に飲みたい…」
「———!!!」
突然のその言葉を受けて目を見開くカフェ。その意味を理解し瞼を閉じると同時に暖かみを感じる水滴が伝い落ちる。
「はい……はいっ…! アナタが望むなら…どんな時でも…ずっと…ずっと……!」
「だから…もう私を置いていかないで下さい……でも、責任感が強すぎるアナタの事ですから……」
その直後、一瞬2人の唇が重なり合う。あまりの突然さに理解が追いつかないトレーナーを前にしてカフェは微笑んで…
「ふふっ、アナタがもうどこにもいかない様に楔を打ちました。でも…一つだけではアナタは外してしまいそうですから…」
そう囁き再び唇が重なる。何度も何度も楔を打ち込む様に短い口づけを繰り返す。
「……私だけは不公平ですよね、トレーナーさんも…」
「君が楔を打つのなら、俺は鎖を巻きつけるよ。君から逃げない様に、君を逃さないように」
「え———?」
今度はトレーナーの方から唇を重ねる。先程の楔を打つのと違いそれは鎖を巻き付ける様に長く長く続いていった… - 16二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:43:25
暫く時間が過ぎて———
「トレーナーさん…もう楔でいっぱいですね…」
「君の方も、鎖でどこへ巻けば良いのか分からない…」
互いの額を合わせてそんな言葉を交わしているとトレーナーがふと外へ視線を向ける。
「雨…止んだな」
その声につられてカフェが外を見ると先程までの雨は何処へやら、青空が広がり陽の光が差し込んでいた。
「ええ、まるで私たちの様です……帰りましょうか」
「……そうだな」
そう頷いた2人は隣り合って帰り道を進む。道を見渡すと町外れの自然広がる風景。悪天候で分からなかったがここまでよく来たものだと2人して笑い合う。
「これはもう必要ないですね」
カフェはポケットの中にしまい込んでいた手紙を取り出して破り捨てようとした。
「貸してくれカフェ。それは俺が」
トレーナーはその手紙を取ると自らの手でビリビリに、何が書いてあったのかも分からない様に破き捨てた。
「これは俺なりのケジメ、咎や罪に囚われてた今までの俺はもういない。ここからは君と本当に歩む俺のはじまりだから…」
「トレーナーさん…」
もう曇り一つない晴れやかな笑顔。未来を…前を、ただそれだけを見つめて歩んでいく覚悟に満ちた表情。
カフェはトレーナーのそんな姿を見て何かを考え始めた。躊躇うような表情を見せていたがそれを振り切ったのか深呼吸をしてその口を開く。
「トレーナーさん、先程までの話を承知の上でですが…」
「どうしたんだ?」
彼のその言葉を聞いたカフェはもう一度深呼吸をしてトレーナーの前に進み振り返る。その瞳には揺るぎない覚悟が、レースに臨む彼女の表情そのものであった。
「私のもう一つの我儘を…いえ、私の願いを聞いて頂けませんか?」 - 17二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:43:45
某日パリロンシャン。
曇りなき快晴、寒さすら感じさせない熱気。
多くのウマ娘達が憧れる凱旋門賞…その舞台に歓声が響き渡る。
しかしそれは今から始まる歓声でなく、激戦を経て栄光を掴み取った勝者を讃える歓声。
その歓声を一手に受けるのは黒い勝負服に身を包んだ長い黒髪のウマ娘。
『フランスの地に摩天楼が再び聳え立つ! マンハッタンカフェ! ラストランを有終の美で締めくくりました!』
再び凱旋門の栄光を黒髪のウマ娘は…マンハッタンカフェは掴んだのだ。
走り終えた彼女にトレーナーが歩み寄る。それと同時にインタビュアーも2人に話しかける。
「二連覇おめでとうございます! 感想をどうぞ!」
「そうですね…やっと、私達の夢を叶えられた…そう実感しています」
「やっと……? ト、トレーナーさんはどうですか?」
「はい、彼女と同じですね。彼女のラストランに彼女の夢を叶える事ができて本当によかった…!」
「……?………??」
二連覇なのに何故と困惑するインタビュアー。そんな姿を見て目が合った2人は互いに微笑んでいたのであった…
そしてあの凱旋門賞から少し時が過ぎて——— - 18二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:44:10
某日、ここはとある一軒家。
部屋の中から外を眺める1人のウマ娘がいた。
外は雨。降り続けるそれをぼんやりと眺めながら何かを思い出した様に苦笑する。そうしているとドアの音が開き、1人の男性が部屋に入ってくる。
「おはようカフェ」
「おはようございます、アナタ」
彼の姿を見て微笑むとカフェはすぐさまコーヒーを淹れてマグカップを彼に手渡し、2人で隣り合ってソファに座る。 - 19二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:44:28
「今日は雨だな……」
「ええ、あの時を思い出しますね…」
「そうだな…」
2人が思い出すのはある雨の日の記憶。
彼が最期の償いをしようと決意した日の記憶。
彼女が彼の決意を否定しようと覚悟した日の記憶。
そして、互いに向き合って一歩を踏み出した日の記憶。
「でもあの時はびっくりしたぞ?」
『次の凱旋門賞を…私のラストランにしたいんです…!』
あの日カフェがトレーナーに伝えた決意、それはもう一度凱旋門賞に…そしてそれを彼女の最後を締めくくる集大成にしたいということであった。
「あの時は驚かせてすみません。でも…どうしてもこの願いだけは通したかったんです。私の独りよがりでもない…アナタの償いや咎故でもない…私とアナタの2人であの舞台に挑みたかったんです。勿論勝つつもりでもありました…。ですがそれ以上に2人で一緒に…あの栄光を掴みたかったんです…」
そう言ってカフェは部屋の向こうに目を向ける。そこには並べられた数々のトロフィーが、そしてそのトロフィーの中心に置かれているのは再び凱旋門賞を制した時のトロフィーとその時の写真であった。 - 20二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:45:28
「そっか…でもあの日があって、あの最後の凱旋門があって、やっと俺は自分の咎を…」
その言葉を遮る様に身体を寄せてその身を彼に委ねるカフェ。
「それ以上は駄目ですよ? それにあの時私は言いました。アナタのそれは愛なのだと…こんな私に全力で尽くしてくれた…どんなに苦いコーヒーを淹れても甘く感じてしまうほどの愛を…私に注いでくれたんですよ?」
そうでしょう?と言わんばかりに微笑みながら振り返るカフェ。その顔を見てあの時の事を思い出したトレーナーの目には涙が浮かんでいた。
「そうだったな…あの時君が繋ぎ止めてくれたから今の俺がいるんだ」
「あの時私もアナタの想いを…本音を知れたからこそ…互いに離れないように楔と鎖で繋ぎ止めたからこそ今の私がいるんです」
「でももう、楔も鎖も必要ないな」
そう彼が言うと2人は互いの左手を見る。互いの薬指には2人を結びつけてくれる証が光を受けて輝いていた。
「ええ、それが無くてももう大丈夫ですから。……でも…私は…」
「……?」
そう呟いた後に顔を赤くして俯きながら何かを考え始めたカフェ。静寂な空間に静かな雨が降る音が響く。 - 21二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:45:52
「トレーナーさん…お願いが…あるんです」
「なんだい?……ッ」
顔を赤らめながらトレーナーの方へ向き直るカフェ。赤らめた顔、蕩けた瞳、それらがトレーナーに何かを予感させる。
「私…もっともっとアナタの愛を感じたい…ずっとアナタのそばに居たい…」
何かを抑える様にその顔を寄せてトレーナーの耳元でカフェは囁く。
「アナタとの…家族が欲しい…」
「おねがい———」
その言葉に無言で頷きあの時の様に、唇を重ねるトレーナー。楔を打ち込むものでも鎖で縛りつけるものでもないその愛を刻む様に深く長い口付け。
そしてあの時と同じく、雨がそんな2人の姿を隠す様に優しく降り続けていた… - 22二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 17:46:15
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- 23二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 18:17:44
以上、カフェのトレーナーがこんな事思ってるのかも知れないという個人的解釈を出力してみました。
長文怪文書失礼致しました。 - 24二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 18:21:05
力作おつ、よかったぜ
しかしここまで長いなら渋なりハメなりに投稿した方がよくないか - 25二次元好きの匿名さん24/03/03(日) 19:47:54
- 26二次元好きの匿名さん24/03/04(月) 06:54:47
てえてえ…