- 1お母ちゃん21/09/04(土) 11:33:30
「ああクソっ、尻尾に付いてしまって……あ、おい! 動かすな!」
漂う臭いに鼻を曲げながら、まだ抱えるくらいの赤ん坊のおむつを変える。言葉が伝わる年齢じゃないのは承知の上で、独り言は止められない。
尻尾と耳が有るだけで世話はどうにもうまく行かない。それ以前に赤子の世話なんて生涯初めてなのだ。どうしたらいいのやら。
「ど、どうしたと? もうおしめは変えてるし、なして……?」
ぐずり続ける赤ん坊に、何をしてほしいのか分からなくなる。本当の母親だったなら、この泣き声を翻訳できるていただろうか。
「ほら……えっと、私ならここにおるけん……やっぱり、私じゃだめか……?」
この赤ん坊と血の繋がりはなく、自分はウマ娘でもない。この子もきっと、こんな腕の中でなど眠りたくないはずだ。きっと感じ取っている。ゆりかごのように揺らしても赤ん坊は泣きやまないままで、悲痛な声に自分まで涙ぐんでくる。
ずっと抱き続けているとようやく眠ってくれたが、それはきっと泣き疲れたからで、自分が寝かしつけてやった、とは言えなかった。 - 2お母ちゃん21/09/04(土) 11:34:52
「…………ぐぅ」
数時間おきに起きては赤ん坊の様子を見て、それでも原因不明の夜泣きに悩まされる日々。近くにウマ娘に詳しい医者や知人もなく、人の赤子と同じ育て方でいいものなのかずっと悶々としている。
自分の子育てに自信が持てない。
そんな日々が1ヶ月。まとまって眠れず、彼女の目の下にはいつしか隈が現れていた。それを化粧で隠す気力もないらしい。
「ぴぇえ、ぴぇええ」
「あぁそうか、ミルクの時間やったな……」
呼び声に跳ね飛んで台所に向かい準備をする。哺乳瓶を口元にやれば元気よく吸い付いてくれた。紛れもなく健康に生きている証拠だ。
ぱちっ、ぱちっ。
「……っ」
じっと目配せをしてくる赤ん坊。悪意の欠片もない瞳に一体何を怯えているのか、我が子に怯えるなどいよいよ救いがない。
この子のことは間違いなく愛している。親友の最期の頼みで、裏切れるはずがない。では何故?
「……くぅ」
思考のうちに忍び寄った睡魔に勝てず、赤ん坊を抱いて椅子に腰掛けたまま意識を手放してしまう。
椅子に揺られながら、安らかな顔の赤子を抱く女性の姿。その絵の名前は、本人がそう思わずともきっと── - 3お母ちゃん21/09/04(土) 11:36:28
「──あー、う?」
「……ん、ぁ? そうか、眠って──」
頬を甘く抓られて目が覚める。瞼を開いたとき、飛び込んできたのは赤ん坊の顔だった。まん丸とした輪郭で、視界いっぱいに。
「──」
いつも見る顔とは、何かが違って見えた。いいや、違うんだ。それはこの子じゃなくて、自分の眼が違うんだ。不思議とそう思える。
赤子が、ぷっくりとした口を開く。まだ歯も生えていない。
「まーあ。あーあ」
そしてただ純粋に笑った。その時だった。自分が抱える、原因不明の怯えが、濁流の如く洗い流されていくのを、彼女は心臓の鼓動で味わった。歓喜が胸から溢れ出て、目の辺りをツンと刺激する。
「お、あ、ぉおお!? そう、そうや! あはは、もう一度言ってくれ!! 私は──」
今まで、どうしてこの子を泣かせてしまったのかを理解した。後ろめたかったのだ。この子へ注がれたはずの愛情を、自分が奪い続けているような気がして。
ただの代わりだと思っていた。
けれど違った。私はもう、この子の母親だったんだ。
この子は自分を信じてくれている。それを受け入れて愛する。ただそれだけでよかったんだ。
気がつけば彼女は、笑いながら泣いていた。小さな手で涙を受け止めようとする赤ん坊、この子はきっとやさしい子になれる。
「あんたは、かわいそうなんかやなか……日本一幸せなウマ娘になるっちゃけんな……」
どうして? だって私『達』の子どもだから。当たり前にそう思えたから。
にぱっ。赤ん坊が笑う。
「まあ、まーぁ!」
「はは、そうや……私が、あんたのお母ちゃんなんよ……スペシャルウィーク」
母は初めて、我が子を感情の赴くままに抱きしめた。小さな命は、本当にあたたかかった。 - 4お母ちゃん21/09/04(土) 11:37:00
「……それにしたっちゃ、えらいよぅ飲むなぁ……将来は大食い間違い無しか」
哺乳瓶を瞬く間に空にされて、それでも足りないと涙ぐんでいる。彼女は、これだけ大食いだっただろうか? 記憶をひっくり返しても、逆に少食だった覚えしかないのだが。
「うー?」
「ふふっ、なんでもなか」
もう既に、この子は一人のウマ娘として歩きだしている。日に日に成長していく姿は、堪らなく愛おしかった。 - 5二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:38:30
こういう血の繋がりのない家族物に弱い
誰が何と言おうと本物のお母ちゃんだよ - 6二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:38:48
おかあちゃん……
- 7二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:43:54
- 8二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:46:13
泣いた
こんなに短いのにボロボロ泣いた - 9二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:48:11
あんな同い年どころか友達も居ないようなド田舎で、誰とでも臆せず仲良くなれる子を育て上げたお母ちゃんが凄すぎるんよな
- 10二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:48:46
ああ!!好き!!
- 11二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 11:51:11
こういうのに弱い(泣)
- 12二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 16:31:09
めっちゃ琴線に触れてコメント書いては消してる
とにかくすごいよかった… - 13二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 16:35:04
お゛が゛あ゛ち゛ゃ゛ん゛! ! !
う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛感゛動゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ! ! - 14二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:31:04
結構自信作だったんだけど伸びねぇ
やはりお母ちゃんじゃマイナー過ぎたのか? - 15二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:35:36
そうでもねぇさ!!
- 16二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:36:05
こういう方向性は確かにマイナーなんだろうけど
私は好きだぞ - 17二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:36:42
お母ちゃんいいよね
- 18二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:36:46
俺の心には残ったよ
- 19二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:38:31
だいすき
- 20二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:41:00
名作
- 21二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:46:41
この作品を書いてくれてありがとうございます
- 22二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:46:42
言葉で感動を伝えられずそっと♥️だけ押して去る
- 23二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 18:47:11
親を大切にしようと思った
- 24二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 20:21:51
他作品の曲ですまんがMother3の愛のテーマが凄く合う
- 25二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:32:40
上がれ上がれ
- 26二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:35:06
スペの生まれた時の史実もすごいよね
- 27二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:35:21
- 28二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:36:14
名SSだった。ありがとう。
- 29二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:40:50
おかあさんを下さい!
- 30二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:45:44
- 31二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 23:46:14
いらないから大切にしてやれ!!!!!!
- 32二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 00:48:36
このSSを読んだ後ジャパンカップ優勝後のお母ちゃんのセリフを思い返すと泣ける……
- 33二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 00:51:24
やめろ>>1、こういう側面でウマ娘を掘り下げられるのは俺に効く…
- 34二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 01:47:31
血の繋がらない母娘の話は本当に尊い
- 35二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 02:01:20
素晴らしい…