- 1二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:21:04
- 2二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:22:41
「175.1kmのひとり旅」
【注意事項】
モブウマ娘しか登場しません
登場するモブウマ娘には、すべてモデルになった競走馬がいます
作中のレースには、モデルになったレースがあります
ゲイか否かはさておき、少なくとも神はサディストだと思いました - 3二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:25:15
『エルコンドルだ、エルコンドルだ!エルコンドルパサー!!』
『スペシャルウィーク、エアグルーヴ!日本バが上位独占!』
『先頭はエルコンドルパサー、エルコンドルパサーです!!』
『マイラーと呼んだのは誰だ!?エルコンドルパサー、2400も文句無し!!』
*****
私が競争ウマ娘を目指したきっかけは、ジャパンカップのエルコンドルパサーさんでした
今でも鮮明に思い出すことができる、後続を突き放す強烈な、それでいて優雅な加速
どんな名バの走りを見ても上書きされることのない、私の原点にして、おそらく届くことのない終着点です
私がトレセン学園にいるのも、エルコンドルパサーさんのようになりたかったからでした
ジャパンカップの翌年、彼女がURA年度代表ウマ娘に選ばれた時に発行された『月刊トゥインクル増刊号』
表紙を飾ったのは、エルコンドルパサーさんと4人のウマ娘
5色の勝負服と、5つの笑顔。そして、
「私たちは、ひとりでは強くなれない」
という言葉
雑誌の内容は、小学校に入ったばかりだった私にはまだ難し過ぎました
読めない漢字ばかりで、お母さんに読み聞かせてもらって、わからない言葉を教えてもらって
まあ、半分は理解できていたんじゃないかな。そう思います
でも、トレセン学園に入って、ライバルと一緒に走って競い合う
そうすれば、私もエルコンドルパサーさんのように強く、速くなれる
それだけわかれば十分でした - 4二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:26:45
見づらい
- 5二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:28:11
随分と色褪せてしまった、13年前の雑誌
全文を暗唱できるほどに読み込んだそれを、また読み返します
何回繰り返したかわからない私のレース前のルーチンです
よし、大丈夫。雑誌をトレーナーさんに預け、パドックへ向かます
さあ、みんな。今日も一緒に走りましょう!
*****
『抜けるような青空のもと中山レース場』
『芝3600ステイヤーズステークス』
『15人のウマ娘たちが挑みます』
6度目の出走となったステイヤーズステークス。私は8番人気でした
全盛期などとうの昔に過ぎ去った、ベテランとすら呼べないロートル
それが私に対する世間一般の評価です
まったくもってわかっていない、そう言わざるを得ません
私にはライバルがいます
同期はみなドリームトロフィーリーグに転向するか、引退してしまいました
それでも一緒に走る仲間がいます
私はまだまだ強くなれるんです
『さあ、1番人気を紹介しましょう。メイトウウズマキ』
『この評価は少し不満か?2番人気はこの娘、デスパレート』
『お馴染みトウメイトリル。8枠15番での出走です』
『経験の差を見せられるか、期待しましょう』
「この私が7番人気か……。もう、潮時なのかな」
パドックでさみしそうに笑っていたキッド──マイディアキッド──の呟きが振り払えません
1コ下のキミがそんなこと言わないで。もっと一緒に走ろうよ
そうじゃないと、私だって…… - 6二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:31:09
『各ウマ娘、ゲートに入って体勢整いました』
『スタート!』
『各ウマ娘、きれいなスタートを切りました』
『誰が先頭に抜け出すか、注目しましょう』
『先手を取ったのは、5番メイトウクアリス。1バ身半のリード。10番ケイセイサエノカミが続きます』
俯いていた視線が、アリスのスタートダッシュを追って前を向きました
うん、そうだよね
あの子の力量からすると、明らかにオーバーペースです
それでも、私はここにいるんだ、まだやれるんだとアピールするような果敢な逃げ
思わず後輩に元気づけられてしまいました
私も負けていられません。気合を入れ直し、中段内につけて展開をうかがいます
すぐ後ろにはエヴァブルー。彼女とも長い付き合いです
パドックでは9番人気に肩を落としていましたが、その足音は私と同じく力強さを取り戻しています
キッドの足音は聞こえないから、いつもどおり後方待機でしょう
昂揚した血液が冬の空気で冷やされ、体内を駆け抜けるのが心地よくて、自然と笑みがこぼれます
1番、2番人気を含む、先行組とは5~6バ身差
第3コーナーに入り、楽しく走っているだけでも差がなくなってきました
『縦長で3、4コーナーに入ります。さあ、先頭が変わりまして10番ケイセイサエノカミがトップに立ちました。2バ身のリードを取って第4コーナーへ……』
ああ、さすがにあのペースは維持できませんでしたか
アリスのペースが鈍り、あっという間にバ群に飲まれて、気づけば私の3バ身前に
去年とは走りを変えてきて、アリスなりに考えはあったんでしょうけれども
まあ、これも経験です。さて、どう抜きましょう?並走する子のペースを確認して…… - 7二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:33:19
……あれ?
アリスの歩調がおかしなリズムを刻みました
そして、ウマ娘でも聞き逃してしまいそうな鈍い音
!
とっさに外に一歩。そして、
『おっと、メイトウクアリス転倒!正面スタンド前で、転倒してしまいました!』
『立ち上がれないのでしょうか?』
『…………』
『(5番競走中止!)』
『(競走中止?)』
『(競走中止、競走中止!)』
『……救護班が出てきました。5番メイトウクアリス、正面スタンド前で競走を中止しております!』
アリスは右脚から崩れ落ち、そのまま地面に叩きつけられました
*****
大丈夫、スピードはある程度落ちていました
大丈夫、あの子だってルーキーじゃありません。ちゃんと受け身だって取れたはずです
大丈夫、私たちウマ娘にとって、あれぐらい……
汗が吹き出て、心音が煩いほどに響きます - 8二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:34:23
『12番のメイトウウズマキが先頭に立ちまして、向こう正面』
『各ウマ娘たちの動きが激しくなっています』
『2番手にはケイセイサエノカミ。2バ身離れてフォゲットミノット、3番手。外から……』
『直後に15番トウメイトリル、それからエヴァブルー。徐々にペースが上がって行きます!さらに……』
そう、これはペースが上がったから
レースも終盤に入り、各バが仕掛けてきます。私も前との距離をさらに詰めていました
だから、この汗も心音もいつも通り。何も変なところはないのです
そう、大丈夫
大丈夫
……大丈夫
第4コーナーで無意識に内ラチに2歩、バ群にもぐりこむ
見たくない
見たくない
そんなことない
違う
いや
見えてしまった正面スタンド前
慌ただしく動く救護班と、ピクリとも動かないアリス
トレードマークだった青いソックス。その脚はあらぬ方向に曲がっています
そして、艶があってとても綺麗だった鹿毛は、真っ赤に染まっていました - 9二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 12:42:43
12年のやつなんですね……(調べた)
- 10二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:26:00
『第4コーナーカーブ。メイトウウズマキ先頭ですが、外からフェイトモルガン!』
『あと400を通過!』
『勝負所、最後の直線へと駆けていきます!』
そうだ、走らないと
涙をこらえ、先頭のウマ娘を睨みつけます。あと3バ身、もう伸びない、いける
3番手を一気に追い抜きます。よし、ついてこない
2番手、2バ身、届く。……届くの?
大外から一気に追い込んできた足音。速い、追いつかれる!
ああもう!もうちょっとなのに!
ブルー
キッド
……え?
すぐ後ろにいたはずの、ブルーの足音が遠のいていくのに気づいてしまいました
そして、キッドの足音が一向に聞こえてこないことにも
どうしたの、ブルー。重賞を連覇したキミの走りはそんなものじゃないでしょ?怪我だって、だいぶ前の話じゃないですか
ねえ、キッド。キミは天皇賞バでしょ?去年のステイヤーズステークスは私に勝ったじゃないですか
ねえ、どうして?
同期の天才は、見向きもせずに私を追い抜いていきました
心が折れてしまったのか、他の同期は走るのをやめてしまいました
クビ差まで迫った春の天皇賞。勝ったあの子は、今何をしているのでしょう
最後の直線。動かないままのアリスは、担架で運ばれていってしましました - 11二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:26:54
ねえ、どうして?
どうして、みんな私を置いていくの?
私をひとりにしないで
我慢していた涙が溢れて、もう誰も見えませんでした
漏れ出した嗚咽が五月蝿くて、足音すら聞こえなくなっていました
脚の感覚だけを頼りに、ひとり走って、走って、走って、走って
『その内からトウメイトリル突っ込んできた!』
『坂を駆け上がって、先頭はトウメイトリルだ!!』
『2番手にはフェイトモルガン!さらにデスパレートが接近するが……、届かない!』
『トウメイトリル、ゴールイン!』
『トウメイトリル!大ベテランがステイヤーズステークスを制しました!!』
勝者を告げるアナウンスと大歓声
それを聞いた私は、ただただ絶望しました - 12二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:34:21
*****
「私たちは、ひとりでは強くなれない」
ずっと信じてきました
それなのに、私は勝ってしまいました
ひとりで走って、ひとりで勝ってしまいました
ねえ、エルコンドルパサーさん
あれは嘘だったんですか?
あなたは、どうして強くなれたの?
その時、
「────!」
声が聞こえました
いつの間に、ここまで来たのでしょう
顔を上げると、そこはウィナーズサークルでした
歓声
歓声
歓声
その中で、ひとりトレーナーさんの声だけは不安げに震えていて
だから、とてもよく聞こえました - 13二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:36:24
気づいてくれたんだ
それが嬉しくて、1、2、3歩。軽く助走をつけて、トレーナーさんに抱きつきます
ちょっと驚いたみたい。だけど、ちゃんと受け止めてくれました
大きくもなく、小さくもなく。男の人としては普通の体格なのだと思います
それでも、私はすっぽりと包まれてしまいます
さらに大きくなる歓声
囃したてるようなヤジと指笛
そんな中、あなたは優しく抱きしめてくれました
「私たちは、ひとりでは強くなれない」
やっぱり、合っていました
8年間、ずっと隣にいてくれたのです
一緒に笑って。その何倍も、一緒に泣いて
あなたがいれば、私は強くなれる
つまり──
私ひとりじゃ、強くなれないのですから - 14二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:39:17
これは良ss
- 15二次元好きの匿名さん21/09/04(土) 13:39:52