- 1二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:05:00
「……」
トレーナー室、ミーティングの最中。
机を挟んで、俺は彼女と向き合って、長椅子に腰かけていた。
大きな二つ結びの長い鹿毛、前髪の大きくてふんわりとした流星、右耳には赤い髪飾り。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは────全身でゆらゆらと揺れていた。
眠たげに金色の瞳を細めて、まるで風に揺られる稲穂のように。
どうするにせよこのままはいけないと思って、俺は彼女に声をかけた。
「ゼファー?」
「……っ! すいません、どうやら春風に誘われてしまったみたいで」
ゼファーは俺の声に耳をぴくりと反応させて、大きく目を見開く。
そして自身の状態に気づいたのか、ほんのりと頬を染めて、慌てて頭を下げた。
「ああ、気にしなくて良いよ、でもキミがミーティング中に船を漕ぐなんで珍しいね」
「……その、気になる動画配信があって、ついつい、メガネさんのようになってしまって」
「…………動画配信? どんな動画だったの?」
恥ずかしそうに身を縮こませるゼファーに、俺は思わず聞き返してしまった。
自然を心から愛して、風のように自由に生きることを望む、そんな彼女の夜更かしの理由としては、意外だったから。
俺からの問いかけに、少しだけ都合の悪そうに目を逸らし、彼女は小さな声で呟いた。
「…………『森の24時間観察チャンネル』、です」
「あー」
「夜の森の様子が見れて、とても光風なもので……今後は魔風に誘われぬよう気を付けます」
「うん、ほどほどに楽しんでね」 - 2二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:05:16
しゅんとした様子のゼファーに、俺は笑みを浮かべながら一応の注意をした。
彼女らしくはないけれど、彼女らしい行動が、どこか微笑ましいと感じてしまう。
ではミーティングを再開しよう────そう思ったのだが。
「ふあっ……んっ……んんっ」
ゼファーはぽやんとした目つきで、口を開きかけて、少し慌てた様子で口を押さえる。
どうやら欠伸をしかけてしまったらしく、ちらりと俺を見ながら、再び頬を赤く染めていた。
身体もまた揺れ始めていて、睡眠不足は思ったよりも深刻なのだと、こちらに理解させる。
頭の中でスケジュール帳を開く、少なくとも、今日のミーティングを延期しても支障は出ないだろう。
「ゼファー、少し眠っていた方が良いんじゃないか?」
「……いっ、いえ、疾風へと至るべく、ここで凪いでしまうのは」
「とはいえ、その状態じゃミーティングにならないだろうし、少し休んでも大丈夫だよ」
「……そう、ですか?」
「うん、いつもゼファーは頑張ってるし、今日くらいは、ね?」
「……トレーナーさんは、いつも私の止まり木になってくださるんですね」
両手を合わせて、感極まったような表情を浮かべるゼファー。
……いや、そんな大層な話はしていないはずだけれど。
何はともあれ、彼女を休ませる方向に話が纏まりそうで、ほっと一息。
毛布を用意してあげようか、むしろこのまま寮に帰らせた方が、そもそも今の状態で帰れるのか。
俺は思考を回転させて、彼女への対応を考える────その時だった。
「それでは、その木の下風に、甘えさせていただきます」
「えっ?」 - 3二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:05:31
突然発せられたゼファーの言葉に、回っていた思考が停止する。
そんな俺を尻目に、彼女は軽やかな足取りで、俺が座っている椅子にやってきた。
そしてさも当然と言わんばかりの様子で隣に腰かけると、頭をそっと肩に寄せる。
草原のような爽やかな香りと、ふわりと甘い香りが、鼻先をくすぐった。
「……ゼファー?」
「…………すぅ」
ずっしりと肩にかかる重み、それはゼファーの力が抜けて、リラックスしている証拠。
見れば彼女は、俺の肩の当たりに頭を預けて、あどけない表情で小さく寝息を立てていた。
……いや、寝るの早いな、どれだけ眠たかったのだろうか。
しかしながら、少し困った事態になった。
「ちょっと危ないし、このままじゃ風邪引いちゃうかもしれないな」
肩だけでゼファーの身体を支えるのはあまりにも心もとない。
それにこの状態では毛布も用意してあげられないし、彼女の十分には休めないだろう。
気持ち良さそうにしている彼女を見ていると心苦しいが、ここは一旦、起こしてあげるべきだ。
俺は彼女の肩にそっと触れて、小さく揺すった。
「ゼファー、一度起きて、もっと楽な体勢で寝た方が良いよ」
「……んっ」
するとゼファーは少し身動ぎをしてから、目を開ける。
しかしその目つきはとろんとしていて、はっきりと覚醒していないことが伝わってきた。
そして彼女はぼーっとした状態のまま、言葉を紡ぐ。
「……しましまさんのように、ひかたを浴びた方が良いと、トレーナーさんはそうおっしゃるんですね?」
「えっ、うん、多分そんな感じなの、かな?」
「ふふっ、やっぱりトレーナーさんは凱風な方ですね……それじゃあ、遠慮、なく」 - 4二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:05:51
その言葉とともに、ゼファーはころんと倒れ込んだ────俺の、足の上に。
正確にいえば、俺の太腿を枕として、まるでリスのように丸まって、寝転がったのである。
……まあ、体勢としてはさっきよりはマシだろうけども。
きゅっ、と彼女の小さな手で掴まれているズボンを見て、ため息一つ。
俺は羽織っていたジャケットを脱いで、彼女の身体へと覆わせた。
「毛布持ってこれないから、これで、大丈夫?」
「……はい、素敵でとても良い香風と、ぽかぽかとした温風が感じられて」
「そっか」
「…………あとは、優しく吹き抜ける、天つ風があれば、言うことはないのですが」
「……仕方ないなあ」
ちらりと、悪戯っぽい視線を向けながら、珍しく我儘を口にするゼファー。
その耳は待ちわびているかのようにぴこぴこ忙しなく動き、尻尾を動きもちょっとだけ激しくなっていた。
色々と察しながらも、俺はその全てを無視して、彼女の頭を撫でつけた。
さらさらとした滑らかな前髪、ふわふわで触り心地の良い流星、柔らかな毛並みの耳。
優しく触れてあげると、彼女の耳と尻尾の動きはゆっくりとしたものになって、その表情も緩んでいく。
「……ひより、ひよりです」
ゼファーは小さく一言だけ呟いて、そっと目を閉じるのであった。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:06:13
お わ り
丸くなるゼファーは万病に効きそう - 6二次元好きの匿名さん24/03/07(木) 23:39:02
カワイイ!
ありがとうございます! - 7124/03/08(金) 00:15:16
こちらこそ読んでいただきありがとうございます
- 8二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 00:16:11
丸くなってるゼファーさんは雰囲気も見た目もふわふわしてそうでいい
- 9二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 00:19:48
どうしてこうゼファーは小動物ムーブが似合うのか
甘えん坊ゼファーつよい - 10124/03/08(金) 00:43:20
- 11二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 00:49:13
ア゛ッッッ‼︎
これは素晴らしき良風、ありがたや…… - 12124/03/08(金) 07:02:11
読んでいただきありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです