- 1二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 12:20:21
日が上るのも早くなった3月のある日。暦の上ではもう春だというのに、屋内でもダウンを着ていないとやっていられないほどに寒い。私は着いて早々に、トレーナー室のエアコンをつけた。温まるまでの時間が、永遠にも感じる。
「おはようございます」
「おはよージェン子。相変わらず早いねー」
「ええ。それで、昨日の並走練習の……」
「はいはいちょっと待って。私もさっき来たところだから」
パソコンを立ち上げ、昨日スマホで撮った並走練習の映像ファイルをアップロードする。本当は昨日やっておくべきだったのだが、寝落ちしてしまって今朝に持ち越した。机に手をつき、急かすようにパソコンを覗き込むジェン子。本人は無意識だろうが、耳や尻尾が微かにピクピクと動いている。よほど自信があるのだろう。待ちきれずソワソワとする様子は、年頃の女の子らしくて可愛い。ただ楽しみにしているそれは年頃の女の子が好きなアニメやドラマではなく、自分の練習映像。まあ、彼女らしいと言えば彼女らしい。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 12:20:57
「ちょ、ジェン子手冷たっ!!」
一瞬、私の手が彼女の手に触れる。そのあまりの冷たさに、驚いて思わず大きな声が出た。おおよそ運動習慣のある高校生の体温ではない。今日の寒さを考慮しても、その手はあまりにも冷たかった。まるで氷のように。
「失礼。でも、そんなに大声で驚くことでもないでしょう?」
「大丈夫?冷えて辛いでしょ。私体温高いから、ちょっとあっためてあげようか」
ジェン子の手を握ろうとすると、彼女はパッとそれを振り払った。まるで、自分の手を私から隠すように。不思議に思い、もう一度触れようとする。彼女はガードを崩さない。
「どうしたの?私に触られるのそんなに嫌?」
「そういうわけでは……」
そう言いながらも、ジェン子は無意識に手を庇っている。私はその手を凝視した。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 12:21:36
「……なんですの?」
「いやー。寂しいなって。拒絶されるのって良い気はしないでしょ?」
彼女の良心が傷つくような言い方をしたのは悪いと思っている。けれど実際拒絶されて私も多少なり傷ついたし、何より理由を知りたい。信頼されていないのだとしたら、担当ウマ娘とトレーナーという間柄の私たちにとっては大問題だ。
「はあ……仕方ありませんわね」
根負けしたのか、ジェン子は庇っていた手を私の方へ差し出した。なぜかこちらから目線を逸らして。
「つめたー。ごめんね気付かなくて」
「………………」
私と目を合わせようともせず、諦めた表情で黙り込んで私にされるがままのジェン子。普段こんなスキンシップはほとんどしないので、ちょっと嬉しくなってしまう私。イタズラ心が働いて、必要以上にその手を撫でまわした。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 12:22:07
「……いつまでやるつもりですの?」
「いやー。綺麗な手だなって」
特に他意はなかった。スキンシップができた嬉しさで、ポロリと出た本音。けれど、ジェン子は私のその言葉を、素直に受け取ってはくれなかった。
「……私、お世辞は好みませんの」
「お世辞じゃないよ?」
「馬鹿にしないでくださる?それくらい分かりますわ」
手を誉めただけでこんな風に言われるだなんて、思ってもみなかった。けれどその言葉が彼女の自信のなさの現れであることは、何となく分かる。確かに見た目だけなら、一般的な「綺麗な手」ではないかもしれない。けれど私には、この手がたまらなく愛おしく感じた。身長も私より高くて、力だって強くて、私なんかよりずっと努力家で気高いジェン子。そんなこの子が、手だけは私より小さいのだ。小さくて、ちょっぴり不格好で、かさついた手。鬼だのゴリラだの言われる彼女の弱い部分。剛毅なる貴婦人の、泥臭い努力の証。もしかするとこれは、それを知れたことに対する傲慢な優越感なのかもしれない。けれど、そこに純粋な愛おしさという感情があることは否定したくない。
「……確かに、ジェン子が想像するような『綺麗な手』ではないかもね。でも私は好きだよ。ジェン子の手」
「……変わり者ですわね。あなたも」
呆れたような声でそう言うジェン子。その尻尾が嬉しそうにふわりと揺れたのを、私は見逃さなかった。ほんの少し赤くなった頬は、きっと温まってきた部屋のせいじゃない。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 12:23:30
お わ り
3月だってのに寒くて仕方ねえですね。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 13:29:55
あっ好き♡
- 7二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 14:28:50
ワイはお前のおかげでheartがwarmingだよ
- 8二次元好きの匿名さん24/03/08(金) 14:34:39
多くが恐れを抱く怪力を生み出す手に対し
歯が浮くような美辞麗句を並び立てるトレーナー
彼女と共に歩めるのはそんな素っ頓狂な手合いなのかもしれないのう、ばあさんや