- 1二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:10:53
あの人の事は、結局分からないままだったけど。
やっと、あの人に会いに行く事が出来る。
べつに......寂しかったわけではないけれど。
燦々と陽光が降り注ぐ病室で、一人のウマ娘が息を引き取ろうとしていた。
かみは白く、皺も寄っていたが、凛々しさは相も変わらずで。
わたしが想像していたよりも、思っていたよりも、幸せに満ち溢れた人生だったわ。
いよいよ、白く霞み始める視界に覆われながら、人生を反芻する。
いもうとのために自縛していた頃からは想像できないような日々。
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「アヤベ、毎日サンドイッチを作ってくれないか」
そう言いながら指輪を渡された時、私は何を言われているのか分からずに逃げ出してしまった。
だって、そういう事には疎い私でも分かる、求婚の言葉を突然投げかけられて焦らない事なんてあるかしら。
それも、恋人ですら無く、ただ私を好きだと宣言して、私に常について来てくれて、一緒にいると安心感を感じられるだけのトレーナーさんから。
なんで、私のためにここまでしてくれるのか、よく分からないあの人から。
だから、寮に逃げ帰った時には思わずカレンさんに相談してしまった。
「頼まれれば作ってあげるのに、指輪まで用意して大袈裟なのよね。対価が無いと何もしてあげないと思われているのかしら」、と。
その素振りが無かった中でいきなり言われたこの言葉を、万が一にもプロポーズだと勘違いしていたのが私だけで、トレーナーさんにそのつもりが無かったなら恥ずかしいし。
もちろん、カレンさんはそれは見事にカワイくない可愛い表情を浮かべていた。今思えば、呆れと困惑と頭痛と...惚気に対する怒りと、ついでにカレンさんと違ってアプローチもしていないのにトレーナーさんと結ばれた私に対する嫉妬もあったのかしらね。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:11:13
そのまま、カレンさんと『お話』をして、ようやく私も落ち着けた。そして、私がトレーナーさんにプロポーズされた事と、私が彼に感じる安心感が......その、好意というか、恋心というか、その類のものであることも。
こうして、私たちは無事に結ばれ、オペラオーやトップロードさん、カレンさん達に祝福されたのだけれども。
結婚すればあの人の事がもう少し分かるようになるのかな、と期待していたけれども、私にはあの人がよく分からなかった。
分かったことは色々とあった。
私が作ったサンドイッチは、どんな具材であっても、毎日であっても、美味しく食べてくれること。
健康に悪いから毎日は作らないわよ、と我ながら冷たい視線を浴びせながら言うと、子供っぽく落ち込むこと。
私の耳を弄るのが実は大好きであるということ。
あの人と一緒に見る星空は、心が躍るのだけれど、星よりもあの人の横顔の方が記憶に残ってしまい、天体観測には向かないこと。
私のためなら、どんな無茶でもしてしまうから、私が制止しないといけないこと......この人、私がいなかったらどうやって生きていくつもりだったのかしら。
でも、あの人について分かったことが、一つ出来ると、また一つ分からないことが出て来る。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:11:36
子供が出来てからも、同じだった。
あの人が子煩悩であること、意外と子供の玩具に子供以上に熱中してしまうこと、子供にウザがられると意外とメンタルが脆いこと......きっと、私に冷たくされた時もこんな感じだったのね。今思うと、申し訳ないわ。
あの人が亡くなった日のことも、よく覚えている。元々、指導者と教え子の関係だった私たちだ。いくら新人だったとは言え、彼と私はかなりの年の差があったし、彼に置いていかれることも薄々勘付いていた。段々と物覚えが悪くなり、行動が鈍くなって、少しずつ痩せ衰え始めた辺りから、それはいよいよ顕著で。
それでも。歯が抜けようと。喉に腫瘍が出来て食事が苦痛になろうと。
彼は私のサンドイッチは美味しい、美味しいと言って満面の笑顔で食べてくれて。
同僚の顔を忘れようと。銀行の暗証番号を忘れようと。
私がアドマイヤベガである事は絶対に忘れなくて。
彼の中での私が、我ながら面倒くさいウマ娘である私が、どんな存在なのか。
結局分からないまま、彼を看取ることになった。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:12:37
子供たちや、孫たち。親戚や、お世話になった人たち。そして......トレセン時代の仲間たち。トップロードさんは体調が優れないらしいけど、オペラオーやカレンさんは最期の挨拶に来てくれた。
こんなにも人に囲まれて最期を迎えられるなんて。
眠気に勝てず、下がりゆく瞼に抗いながら考える。
そして、巨大タイヤよりも重く感じられた瞼が閉じられる前に。
私は、間違いなく、枕元に、妹とあの人が立っているのを見た。
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「...ここは?」
何もない、真っ白な世界に気付けば立っていたアドマイヤベガは、思わず呟く。
あまりの静寂と、あまりの何も無さに不安が鎌首をもたげ始める。
───もしかして、現世に幸福を感じていた私への罰?
思わず弱気になって、そんな考えが脳裏をよぎったその時。
「アヤベ!!!」
ああ、懐かしい人の声がする。
「お姉ちゃん!!!」
ほとんど聞いたことがないけど、間違いなく知っている声もする。
私の、人よりも大きくて敏感な耳が察知した方向を向くと、そこにはトレーナーさんと、私にそっくりなウマ娘が立っていた。不思議なことに、二人ともトレセン学園の頃の見た目で。
だが、それを不思議がる余裕は、ドンっという胸に走る衝撃と、背中にギュッと回された腕、衝撃で肺から絞り出される息、何年も前に家から徐々に薄くなっていった匂い、耳にかかる湿度を孕んだ熱い息、そして何より。
「本当に、置いていっちゃって、寂しい思いをさせて、すまなかった!!!」
耳朶を震わせる、聞き覚えしかないはずなのに、初めて聞く声で、失われた。 - 5Fin.24/03/10(日) 20:12:52
なぜ、間違いなくあの人の声なのに初めて聞く感覚なのかしら。
その答えは、私の頭にぽとりと落ちる熱を帯びた水滴と、抱擁から伝わる定期的な振動であっさりと分かった。
「全く、何を、な、泣いているのよ」
私も、彼の腰には腕を、脚には尻尾を巻き付けながら声を掛ける。
こんなに真っ赤でくしゃくしゃになって涙とかでびちゃびちゃな顔を彼には見せるわけにはいかない。そんな歳不相応な乙女心と共に、彼から顔を隠すようにぐりぐりと胸に頭を擦り付ける。
そうしてひとしきり泣きながらの抱擁を交わし、妹に生温かい視線を浴びせられて顔を目と同じくらい真っ赤にしながら、私たちは改めてお互いを見る。
じっと見つめられて不思議そうな表情を浮かべるトレーナーさん...いや、あなたを、更に見続ける。
ええ、全く変わらないわね。
「何がおかしいの?お姉ちゃん?」
あら、何もおかしくないわよ。
「アヤベ、そんな満面の笑顔を浮かべることが出来たんだな......」
ふふっ、そんなに笑っていないわよ。それに、あなたの方が満面の笑みよ。全く、幾星霜経っても、何なら死後ですら、そんなに嬉しそうな表情をしちゃって......
「相変わらずわからない人ね」 - 6二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:14:15ということで、
で書かせていただいたSSを改めて投稿させていただきました。一回投稿してからスレ消ししてた?何も見てなかったということでお願いします。毎日アヤベの作るサンドイッチを食べたい、と言われたのだけど|あにまん掲示板頼まれれば作ってあげるのに、指輪まで用意して大袈裟なのよね。対価が無いと何もしてあげないと思われているのかしらカレンさんはどう思う?bbs.animanch.comアヤベさんは一生幸せでいてくれ......
- 7二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:20:33
素晴らしいSSだからアヤベさん好きは読め!
- 8二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:22:04
- 9二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:33:04
やはりハッピーエンドの条件はハンサムが勝つことだな
- 10二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 20:37:14
本人同士が幸せなら何でもハッピーエンドなんだぜ
- 11二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 22:06:46
別スレでも言われてるけど、最初が縦読みになってるんだね
- 12二次元好きの匿名さん24/03/10(日) 23:30:18
- 13二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 03:29:09
結局いつまでも分からないからこそ、一緒にいて飽きない関係性いいよね
- 14124/03/11(月) 11:07:26
わーい、ありがとうございます
- 15二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 11:58:09
とても良きものを読ませて頂きました
- 16二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 13:31:32
言葉にしない好きって伝わりづらいけど双方に理解があると一気に尊くなるよね…
よきものを拝見しました、アヤベさん意外と書くの難しいので1さんのエミュが上手いやなって - 17二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 16:01:27
- 18二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 22:38:12
ほ
- 19二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 22:47:05
良い…最初にプロポーズしてアヤベさんに逃げられたトレーナーを想像すると笑える
pixivに上げられては?ここだと見る人が限られそうだし