- 1二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:17:38
3月14日、ホワイトデー。
俺はトレーナー室で、担当ウマ娘が訪れるのを待っていた。
用意していた箱の中身を確認しながら、そわそわと待ち続けること数分。
こんこん、とドアを控えめに叩く音が聞こえて来た。
少しだけ心臓が跳ねるのを感じながら、俺は乾いた口で、ノックに対して返事をする。
「どっ、どうぞ」
「失礼します…………こんにちはトレーナーさん……今日はぽかぽかで……良い天気ですね」
「そっ、そうだね、だいぶ過ごしやすくなってきたというか」
「…………ふふっ」
艶やかな漆黒の長髪、柔らかく細められた金色の瞳、どこか浮世離れした雰囲気。
俺の担当ウマ娘のマンハッタンカフェは、どこか含みのある微笑みを浮かべていた。
耳や尻尾がぴょこぴょこ動いていて、何かを、期待しているような、そんな様子。
────これは、今日の用件を見抜かれているな。
「ミーティングでもないのに……アナタが呼び出すなんて…………珍しいですね?」
「……そう、かもしれないね」
「きっと特別な用事なのでしょう…………一体どんなことなのか……どきどきしてしまいます」
まるで緊張していなさそうな顔で、カフェは胸に手を当てる。
そして彼女は時折ちらちらと、俺の背後を見通すように視線を送っていた。
ふと、悪戯心が湧いてきてしまう。
俺は手ぶらの両手を皿のようにして、彼女に向けて差し出しながら、口を開いた。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:17:54
「カフェ、ハッピーホワイトデー」
「…………えっ?」
カフェは、ぽかんとした表情で、驚きの声を漏らす。
クールな彼女が見せる可愛らしい素の表情に、心の中で笑みを零しながら、俺は言葉を続けた。
「今、君の目の前にはホワイトデーの贈り物があるんだ、見えるかい?」
それはバレンタインの時の再演。
カフェは何も持ってない手を差し出しながら、俺と同じことを問いかけた。
そのことを彼女も思い出したのか、にこりと微笑んでみせる。
なんだかんだで、彼女は結構ノリが良い。
きっと、あの時の俺と同じように答えを────。
「はい…………見えますよ」
「見えないということは、って、えっ?」
「見えないけれど……見えます…………私はアナタを信じていますから……ここには確かに…………存在するのでしょう」
そう言ってカフェは俺の手に、そっと自らの手を下から重ねる。
小さくて、か細くて、すべすべとしている彼女の白い手から、ほんのりと温もりが伝わって来た。
そしてそのまま、彼女は俺の手のひらに、鼻先を近づけた。
「すんすん……珈琲の香りに…………ほんのりバター風味……カカオの匂いも……」
「……見ないでそこまでわかるものなのか?」
「あら……トレーナーさんもおかしなことを…………だって……目の前にあるんですから」
「いや、それは」
「まるまる……ふわふわで……とても美味しそうな…………チョコチップ入りの……コーヒーカップケーキ」 - 3二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:18:11
どうでしょうか、と言わんばかりの顔で、カフェは俺のことを見つめて来る。
完全に、言い当てられていた。
まさか、ここまで見抜かれているとは考えておらず、俺は言葉に詰まってしまう。
そんな俺の前に、彼女は残念そうな表情を浮かべる────とても、わざとらしい感じで。
「外れ……でしょうか…………仕方ありません……実際に食べて…………確かめましょう」
「へっ?」
「トレーナーさん……いただきます…………♪」
カフェは、ちろりと、血色の良い真っ赤な舌を小さく出す。
そしてそのまま俺の手のひらに向けて、顔を、口を、舌を、ゆっくりと近づけて来た。
そんなどこか妖艶な様子に見惚れていた俺は────舌先が触れる寸前に、我に返る。
「ちょっ、カフェ、ストップストップ! 悪ふざけが過ぎた! ちゃんとあるから!」
「…………残念……もう少しで……ホワイトデーのお返しを…………二つ貰えそうだったのですが」
「……勘弁して」
「ふふっ……それじゃあ…………トレーナーさん」
ぱっと俺から手を離して、今度はカフェは手のひらを皿のようにして差し出して来た。
先ほどとは打って変わって、尻尾を振りながら、少女らしい笑顔で、待っている。
俺は後ろに置いてあった小さな箱を手にとると、彼女の手のひらにぽんと乗せた。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:18:29
「改めて、ハッピーホワイトデー、俺なりに頑張って作ってみたんだ」
「…………実は“お友だち”が……こっそり……見ていたみたいで」
「ああ、それでわかってたんだ、サプライズにしたかったから、ちょっと残念かも」
「私も……です…………でもそれ以上に……楽しみで…………ずっとドキドキしていたんです」
「……そっか」
「…………早速開けて……食べても……良いでしょうか?」
「構わないけど、珈琲の準備とかはしなくて良いの?」
「少なくとも一個は…………アナタの作ってくれた味だけを……堪能したいので」
「…………わかった、期待に添えるかは、わからないけど」
カフェは一言、お礼を告げると、箱を開けた。
ふわりと広がる珈琲の香りと、バターの風味、そしてカカオの匂い。
それを目の前に、彼女はぽつりと言葉を紡いだ。
「…………見えません」
「えっ?」
「中身が……からんとしているようで…………私にはカップケーキが見えません」
「いや、中身はちゃんと事前に確認したはず……!」
俺は慌てて箱の中身を見ると、そこにはちゃんと、形の揃っていないカップケーキが鎮座していた。
小さく安堵のため息をついてから、カフェの様子を窺う。
彼女はしれっとした様子で、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「見えませんが……きっと…………ここには確かに……存在しているのでしょう」
「えっと、カフェ?」
「見えないものは…………手に取れません……ですが幸い…………アナタには見えるようなので」 - 5二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:18:45
────トレーナーさんが、食べさせてくれませんか?
カフェは嬉しそうな声色でそう言うと、目を閉じて、俺に向けて口を開いた。
そんなわけで、俺はバレンタインのお返しのお返しを食らう、否、食らわせるハメになったのである。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:19:01
お わ り
ちと早いですがホワイトデーの話です - 7二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:31:59
ウッッッ可愛い意趣返しだッ!
- 8124/03/11(月) 23:54:14
- 9二次元好きの匿名さん24/03/11(月) 23:56:20
うーん可愛い…
素敵なSSありがとうございます - 10124/03/12(火) 00:03:15
- 11二次元好きの匿名さん24/03/12(火) 00:11:11
意外と冗談言うし悪戯も仕掛けてくるのいいよね
- 12二次元好きの匿名さん24/03/12(火) 00:17:37
お互いの信頼関係がないとできないやり取り良いですねぇ
たっぷりイチャついてくれ… - 13124/03/12(火) 06:57:13