- 1二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:13:38
「ふっふ~ん♪」
ウチは鼻歌混じりで廊下を歩く。
今日は、久しぶりにトレちゃんとゲームをする日。
レースに本腰を入れるようになってからそういう時間は減っちゃったから、とっても貴重な時間。
今日出たばかりの新作ソフトを鞄に忍ばせて、今から胸がワクワクして、身体がゾクゾクしてくる。
踊るような足取りのまま、ウチはトレーナー室のドアに手をかけて、遠慮なく開けた。
「トレちゃーん、ゲームしよう……ぜ………?」
「トッ、トラン!? ……ああ、そっか、そういえば今日はゲームの日だったか」
「……トレちゃん、その子」
「……うん、本当は隠しておくつもりだったんだけど、バレたなら仕方ないよな」
トレちゃんはその子を視線を向けて、にやにやとした笑みを浮かべた。
ウチには見せることのない、少しだらしのない表情。
そのまま、トレちゃんはその子の身体をゆっくりと撫でまわし、気持ち良さそうな声を上げさせていた。
そんな光景を見せつけられて、いてもたってもいられなくなって、ウチは足早にトレちゃんの下へ向かう。
ずるい、許せない、独り占めなんて認めない。
ウチはその子をじっと見つめた。
「めっちゃ────カワイイじゃーん♡ えっ、どうしたの、この猫ちゃん!?」
その子はトレちゃんの腕の中で、にゃあ、と鳴き声を上げた。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:14:05
「理事長が預かったらしいんだけど、急用で面倒見れなくなったらしくて、今日だけってことでね」
「ふむり、それでこんなに人懐っこいと、ほれほれー、ウチに君の情報を教えてくりー?」
トレちゃんの膝の上で、まったりしながら撫でられてる姿はまさしく飼い猫といったところ。
出会って数時間くらいであろう人にここまで甘えられる猫ちゃんもなかなか珍しいじゃん。
そんなことを考えながら、ウチも触らせてもらおうと手を伸ばした。
その時、目を細めていた猫ちゃんの瞳がカッと見開き、突然、起き上がる。
「ふしゃーっ!」
「うひゃあっ!?」
そして、盛大に威嚇された。
あまりの豹変ぶりに、ウチもさすがに驚いて、距離を取ってしまう。
トレちゃんは猫ちゃんの突然の行動に目を丸くするも、その嘘みたいに丸くなる猫ちゃんに頬を緩める。
「あははっ、急に知らない人が来て、びっくりしたのかな」
「…………トレちゃんだってついさっきまで、知らない人だったでしょー」
「まあそうなんだけどさ……なんだろ、この子と君の相性が良くないのかな」
「うう~、こんな可愛い子が目の前にいるのに触れないなんて~、トランちゃんしっくしく」
大袈裟な動作で目元に両手をかざして、噓泣きをする。
仕方がない、ウチのこの悲しみはゲームにぶつけよう、そう考えて鞄からゲーム機を取り出した。
それを見た瞬間、トレちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「あっ、ごめんトラン……今日はこの子を面倒をみなくちゃいけないから、ゲームはまた、今度で」
「…………えっ?」 - 3二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:14:22
素の声が、漏れてしまった。
えっ、トレちゃんそれおかしくない?
ウチが先約だったのに、なんでウチとの約束が蔑ろにされるの?
ウチ、今日トレちゃんとゲームするの楽しみにしてて、それでトレーニングも頑張ったんだよ?
それ、なのに、こんな知らない子に、横から────。
「……トラン?」
トレちゃんが不安気にウチの名前を呼ぶ声に、ウチは我に返った。
先ほどまでのドス黒い感情が幻のように霧散して、思考が急にクリアになる。
トレちゃんにしたって、猫ちゃんの件は急用だったわけで、トレちゃんが悪いわけじゃない。
ゲームは今度やれば良いし、トレちゃんがこういう場合は埋め合わせをしてくれる人だって、ウチは良く知ってる。
「あっ、あはっ、それは仕方ないやーつ、美味しいお茶とお菓子で許してあげよー」
「うん、今日の用意してたやつはトランが独り占めして良いからさ」
「…………おっ、それ今SNSで話題沸騰で売り切れ続出のヤツじゃーん、猫ちゃんのおかげで得しちゃったなぁ」
心にもないことを口走りながら、ウチは猫ちゃんをちらりと見やる。
────猫ちゃんは、気のせいかどこか勝ち誇った表情で、トレちゃんのお腹に頬ずりをしていた。
……前言撤回、この子、全然、可愛くなーい。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:14:40
元々、今日はトレちゃんとゲームをするために時間を空けていたから、それが潰れてもやることはない。
だからウチはそのままトレーナー室に残って、一人ゲームをしていた。
ゲーム自体出来は、まあ良作といえるもの。
ちょこちょこと気になる点はあるけれど、それ以上にワクワクするような熱意を感じる、ウチ好みの挑戦的な作品。
その、はずなんだけど。
「にゃあ♪」
「わっ、そんなぺろぺろ舐めるなって、もう、仕方のないやつだなあ」
「……」
いまいち、ゲームに集中することが出来ない。
トレちゃんと猫ちゃんが戯れてる声を聞くと、なんだかもやっとして、意識がそっちに向いてしまう。
そんな気分を晴らすべく、用意してもらったお菓子を乱暴に口へ放り投げた。
濃厚で上品な甘さ、けれどその味わいですら、どこか上滑りしてしまう。
「あっ、トラン、そのお菓子どうだった?」
「…………いまいち」
トレちゃんの問いかけに、ぽつりとそう答える。
多分、今はどんな最高級のお菓子でも、同じ感想になってしまうだろう。
それを聞いたトレちゃんは、意外そうな表情で苦笑いを浮かべた。
「あら、そうなんだ、SNSで好評ってのも案外アテにならないもんだな」
「にゃお?」
「ははっ、猫にはSNSも何も関係ないか」
「………………」 - 5二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:14:54
また、胸がもやっとする。
どうにも、ゲームの約束の件を、未だに引きずっているようだ。
おかしいなあ、ウチ、こういうのそんな根に持つタイプじゃなかったはずなんだが。
今のトレちゃんを見ていると、ドス黒いもやもやが、次から次へと湧き出てしまって。
「……トレちゃんさぁ、ずっと猫ちゃんと遊んでて、飽きたりしないの?」
────気が付けば、棘のある、嫌みな質問を投げていた。
言ってから、自己嫌悪に陥ってしまう。
けれどトレちゃんはそんなことは全く気にせず、微笑んだまま言葉を返した。
「実は小さい頃から猫とか大好きでさ」
「そう、なんだ」
「両親が苦手だったから飼えなかったけど、ずっと憧れてたんだ」
「……ふぅん」
「しかしまあ改めて接するとやっぱ可愛いよなあ、やっぱり猫、飼ってみようかなあ」
「…………は?」
自分の口から、不躾な低い声が出たことにすら、気づかなかった。
その時の頭の中にあったのは、今日得た情報から構築された、未来予想図。
トレちゃんは、真面目で、優秀なトレーナーだ。
猫ちゃんを飼い始めたからといって、ウチのトレーニングなどを疎かにはしないだろう。
とすれば、その分削られるのは、ウチとの他の時間。
今日みたいに、一緒にゲームする時間は、さらに減ってしまうだろう。
一緒に、面白いガジェットを漁りに行くことだって、出来なくなってしまうかもしれない。
トレーナー室にいる時間も減って、美味しいお茶とお菓子を楽しむ時間なんて、ないのでは。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:15:13
────嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
今日のことだけでもこんな気持ちになるのに、それがずっと続くなんて、絶対に嫌だ。
ずるい、許せない、独り占めなんて認めない。
ウチは、じっと猫ちゃんのことを、睨みつけるように見つめて。
「まっ、でもトランの担当でいるうちは、あり得ないな」
「へっ?」
「にゃ?」
突然のトレちゃんの言葉に、唖然としてしまうのであった。
……というか何で猫ちゃんも驚いてんの。
トレちゃんはそんなウチらの顔を見ながら、言葉を続けた。
「今は、トランのことが一番大事で、他の子の面倒を見てる余裕なんてないよ」
「……言うじゃん」
「もっとドキドキして、ワクワクして、ゾクゾクするものを、君と一緒に探していきたいからさ」
「……てへり」
ウチもだよん、と言うのは流石に恥ずかしくて、笑って誤魔化してしまう。
…………ん、おかしいな。
さっきまであんなに曇っていて、冷え切っていたはずなのに────気持ちがもう、あったかくなってる。
なんとなく、さっきまで味気なく感じていたお菓子に手を伸ばして、ぱくりと食べてみた。
口いっぱいに、融けてしまいそうなほどの優しい甘さが広がって、思わず、顔を綻ばしてしまう。
「トレちゃん、このお菓子、ちょーオススメだよん、今後絶対プレミアつくから」
「さっきと言ってること全然違うんだけど!?」
「にひひ、乙女の味覚は猫ちゃんのように気まぐれだからねー? ……ちらり」 - 7二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:15:32
ふと、猫ちゃんに視線を向けた。
「……ふしゃーっ!」
猫ちゃんは、何かを感じ取ったのか、再びウチに向けて威嚇を始めた。
うん、前言撤回。
やっぱりこの子可愛いじゃーん♡ エスポんみたいで。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:15:48
それからしばらくして、たづなさんがやってきて、猫ちゃんを回収していった。
……ちなみに、たづなさんが来た瞬間、猫ちゃんはトレちゃんに見向きもせず飛び込んでいった模様。
とっても悲しそうにしていたトレちゃんが、すごい印象に残っている。
そして、今も。
「はあ……可愛かったなあ」
トレちゃんはさっきまで猫ちゃんが座っていた膝の上を眺めながら、寂しそうに呟く。
……本当に好きなんだねぇ、猫ちゃんのこと。
今度、評判の良い猫カフェでも調べて、連れて行ってあげることにしましょー。
それはそれとして、ウチは、ちょっと気になっていた。
あの猫ちゃんが、とても心地良さそうに座っていた、あの場所について。
思えばたづなさんが来るまでは、あの子はあそこから一切離れようとしなかった。
つまり、それほど、魅力的な場所なのだろう。
情報屋さんとしては────調べない手はない、よねぇ。
「……トレちゃんトレちゃん」
「……ん? ああ、そっか、もう時間あんまないけど、ゲームする?」
「それはまた今度で……それよりもさ、ちょっと調査に付き合って欲しーなー?」
「今からか? まあ俺に協力できることだったら、なんでもするけどさ」
「そかそかー♪ それじゃあ、そこでそのまま座っててね? すぐに実地調査をするからさ」
「えっ?」
ぽかんとするトレちゃん、ウチはその目の前に立って、くるりと背中を向ける。
そしてそのまま、流れるように、トレちゃんの膝の上に、ぽすんと腰かけた。 - 9二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:16:10
「ちょっ、トラン!?」
「うーん、ちょっと固いかなー? フィット感もないし、ところどころゴツゴツするしー?」
「これはちょっと近い……っ! 座り心地悪いなら、離れて……っ!」
「…………悪いとは、言ってないじゃーん」
なんか良い匂いがして、トレちゃんの体温が伝わって来て、なんかドキドキするし。
慌てふためいているトレちゃんの行動が読めなくて、ちょっとワクワクするし。
……トレちゃんを尻に敷いているという事実に、少し、ゾクゾクするし。
「そうだトレちゃんに、調査協力の報酬を払わないとね?」
「……報酬?」
首を傾げるトレちゃんに、ウチは背中から身体を預けた。
後頭部の部分に息がかかって、ちょっとだけくすぐったい。
そしてそのまま顔を上げて、下からトレちゃんの顔を見上げて、言葉を紡ぐ。
「猫ちゃんの代わりに、思いっきりウチのことを愛でてもいーよん」
「えっ」 - 10二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:16:28
トレちゃんの表情が、動きがピシリと固まってしまう。
……ありゃ、ちょっとわかりづらかったかな。
なら、もっとアピールをしながら、わかりやすく伝えなきゃ、ね。
今度はごろりと寝転がって、動きを止めているトレちゃんの身体に、頬ずりをする。
なるほど、これも悪くないな────そう思いながら、トレちゃんに、そっと囁いた。
「トレちゃん、撫でるなりなんなり、お好きにどーぞ…………にゃん♪」 - 11二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:17:54
お わ り
この子も膝の上に座っていて欲しい - 12二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 04:38:17
あ、好きだわ。最高の作品をありがとう
- 13二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 07:53:58
こいつ可愛くねえ! からの可愛いねえ…♡ とかの感情の変遷めっちゃすこすこ
面白かった。可愛いのはお前じゃい - 14二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 08:12:35
何だこいつ……何だこいつ!
トランセンド調査したくなってしまったんだが? - 15二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 08:14:56
良SSおつおつ!
ここでもトランセンドのSS何本か見てるから夢中になった人多いんだなって(オレモソーナノ) - 16二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 08:18:02
- 17124/03/14(木) 18:07:16
- 18二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:30:25
良い…
- 19124/03/15(金) 00:41:05
そう言ってもらえると嬉しいです
- 20二次元好きの匿名さん24/03/15(金) 00:43:30
トランセンドはトレちゃん依存度高いからね
- 21二次元好きの匿名さん24/03/15(金) 00:47:55
ちょっとトランがつよつよ過ぎひん?
トレちゃん大丈夫? - 22124/03/15(金) 06:58:45
- 23二次元好きの匿名さん24/03/15(金) 07:28:42
でもこれが預かり猫でよかったねぇ
- 24二次元好きの匿名さん24/03/15(金) 09:50:41
背中を預ける形で来てくれて本当に良かった。
正面から来られたら即死(人生の墓場的な意味で)だったはず。 - 25二次元好きの匿名さん24/03/15(金) 10:17:31
おはガチャで引ききるまで我慢しようと思ったのに…
天井の景色見てでも迎えたくなっちまったよ… - 26124/03/15(金) 20:21:50