- 1二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:26:33
「トランセンド、さんですよね? あ、あの、わたし、ファンで! いつもレース見てて……その、応援してます! がんばってください!」
トレちゃんと買い物にでかけてる最中、街中で急に声をかけられた。
相手は私よりも大人の女性で、身だしなみもしっかりしてて。
でも顔は真っ赤で、声は震えていて。どこか可愛さを感じてしまうくらいで。
「──ありがとうございます。嬉しいです。これからも応援よろしくお願いします」
ウチはなるべく丁寧に、相手に負担をかけないように……頭を下げてお礼をする。ウチのファンでいてくれてありがとうって。
こういうことが大切だって、ウチだってちゃーんとわかってるつもり。
「……あ、僕もファンで……」
「俺も、俺もです! サイン、サインをお願いします!」
「わぁ。ありがとうございます。えーっとサインはですねぇ……」
女性に釣られたのか、次々とファンがやってくる。
もしかしたらちょーっと目立っていたのかもしれない。
いろいろ調査をするためにも、気配を殺して目立たないように過ごすのは慣れているつもりなのに。
いやぁ。人気者は困るねぇ。
ま、ウチの努力もしっかりと報われてるってことかな。ふむ。こそばゆいけど……やっぱり嬉しい。
「すみません! ここですと往来の迷惑なりますので! 近々ファン向けのイベントも開催予定です! ぜひそちらにご参加していただくよう、よろしくお願いします!」
人だかりができそうになったとこで隣に控えていたトレちゃんが、機転を利かせてうまい感じでファンを捌いてくれた。
いや~、こういうところ助かる。本当に。
さすがウチのトレーナーだけある。なんて。
本当に頼りになるんよ。最近は特に。最近なんて言わずに、ずっとそうかもしれないけれど。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:26:53
「いきなり人が集まって驚いたな」
「それ。街中なのにウチめがけてあれだけ人が集まってくるって、まーじでびっくり。ウチの人気、実はヤバイ?」
「実際ヤバイよ。そろそろ出かけるときは対策を考えないといけないかもしれないなー」
「変装とか? そういえば見た? この間の光学迷彩系のガジェットがさ──」
なんとかお気に入りの喫茶店に避難できたところで、ウチらはようやく一息ついた。
今日の目当ての買い物が終わっててよかった。予定を崩されるのはウチもトレちゃんも苦手な方だ。
たまにならハプニングとして楽しめるけど。それも、二人でなら……だったり。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:27:15
「……ウチ、ちゃんとできてた?」
主語をぼかした質問に、トレちゃんは迷うことなくすぐに答える。
「うん。ファン対応は完璧だった」
以心伝心なんて言い回しすら余分なくらいの、このダイレクトな感じ。
レスポンスタイムゼロ。気持ちよさしかない。
「『ありがとうございます。嬉しいです。これからも応援よろしくお願いします』……ちょいと硬め? 70点くらい? ふむん。他の人気ウマ娘のファンサとか調査するのどうよ」
「……トランの真面目なところが出ててファンも嬉しいと思うよ」
「そう? ならいいけどー」
基本ノータイムなのに、レスが遅れた。それに気づかないウチじゃない。
こういうところを気づかないふりをするのもいいけど、問い詰める楽しみだってある。そういうことができる相手だし。
信頼ってやーつ。
言葉にすると恥ずかしいけど。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:27:35
「トレちゃんさ、なんかウチに言いたいこと~、あるっしょ?」
「……」
「ウチらの仲だし。別に怒んないし。怒ることでもないと思うけど……何でも言いなよ〜?」
トレちゃんを追い詰めることに、怖さなんてない。
きっとウチの気づかない面白ポイントを言ってくれるに違いないから。
「あー、えーっと……」
「ほれ。言ってみ。言ってみ?」
何が出てくるのか、ゾクゾクしてくる。
親しんだ空気の中にも刺激はちょっとあって欲しい。さっきみたいに。
──ワクワクが、欲しい。
君でワクワクさせて欲しい。なんてね〜。
「トランの」
「ウチの?」
「声が、気になったかな。いつもよりちょっと高くて、作ってて……っていうほどじゃないけど、今こうやって話してるのとは違うから」
「……!」
トレちゃんといるとさ。リラックスもできるけどたまに意外なこともあって。っていうか意外に意外なことが結構あって。
楽しさしかない。本当にさ。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:27:58
「やっぱそう聞こえた? 自分でも意識してるところあってさ。ほら、ウチ普通に話すと声低めじゃん?」
「ファンサの時にローめな声してるとさ、ファンもローになるかなって」
「『だからこうやって、少しハイめっていうか、カワイめな声を出しておくとさ。ファンも嬉しいかな~』って。……どう思うよ、トレちゃん」
思わず早口になってしまう。恥ずかしいわけじゃない。うそ。やっぱ恥ずかしいわ。
トレちゃんの前で、作った声を聞かれるのが恥ずかしい。作ってたって気づかれることが恥ずい。
「それにやっぱさ。声がいいウマ娘はライブでも人気とれるって定番だし。ウチも歌うときは声作るし、そのためのボイトレとかしてるし」
トレちゃんは口を挟むことなくウチの言葉を聞いてくれる。
それでなんとか落ち着いてくる。
果たして、キミはどういう答えを返してくれるのか。
自分が情報収集フェーズに入ったのを感じる。
自分の情報を出すよりも、キミの情報を知るのが楽しい。そういう状態に。
モードチェンジ、みたいなやつ。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:28:14
「もしかして、ギャップで攻めたほうが良かった? 実家だと声低い系みたいな」
「そう、だな。それもありかもだけど。……俺はトランの普段の声、結構好きだからさ。もったいないなって」
「……おおぅ。そういうやーつ」
「そう、そういうやつ」
これはトレちゃん情報の大幅アプデだ。
トレちゃんがウチのこと大好き、そう、いろんな意味で大好きだってことはもう十分掴んでたけどさ。
そこはノーチェックだった。うかつ。
「トレちゃんさぁ、ウチのこと好きすぎない?」
「え、そうかな」
「そう。あーぁ。困っちゃうじゃん」
アプデサイズのデカさに処理落ちしてるだけで、困ってるわけじゃない。
嬉しいのと恥ずかしいが、処理しきれてないだけで。
それが困るっていうんだよね。 - 7二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:28:37
「で、どうする?」
トレちゃんが目を輝かせて聞いてくる。
なんだかんだトレーナーだし。この人。ウチが大好きだし、そのための仕事も大好き人間。
その情報はアプデ不要なくらいある。
「んとねー。とりあえずこのままで。さっきのファンサで声作ったし。でも、そのうち変えるのも楽しいかも」
「後からギャップで攻めるって?」
「そう、そういうやつ」
しばらく、ウチの素の声はファンじゃなくて。学園内とか……キミの前だけで。
たまには情報に差を作るのもさ、楽しいことあるじゃん。
それをなんて表現するのか、ウチはもちろん知っている。
「じゃあトレちゃんの好きなウチの声を、いっぱい聞かせてあげよっかな〜。どんなセリフが聞きたい? ほれ、言ってみ〜?」
「え、えぇ……今は、特に……」
「今は、って。ふふ。ここで言えないことなら、後で聞いてあげよっか」
『特別』な、キミにだけ。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/14(木) 19:29:01
おしまい
トランセンドの声いいよねってSSでした。