【SS】Just a Exhibition,けれど全身全霊

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:54:12

    お願いだから、誰も息をしないで──
    とは、どのマンガで見たフレーズだったか。日本のマンガはアメリカのコミックとは読む順番が違うから最初は戸惑ったのだった。

    吸う息は短く、鋭く。
    吐く息は長く、深く。
    ゲートが開かれるのを待つように、精神を研ぎ澄まし雑念を落とす。
    さりとて身体の緊張はフラットに。
    身体を揺すり、首・手首・足首の、三つの首をひと回し。勝負服のスカートがふわりと揺れる。靴もレース前のようにスムーズに動く。
    適度に力の抜けたまぶたを開いたときには、先ほど思い起こしたことも周囲の喧騒も──彼方へ飛んでいってしまった。

    ファン感謝祭。学園のウマ娘たちが多くの出店を並べているところから少し離れ、広めの場所にポツンと射的ブースが設置されている。
    そこへ、勝負服を着たグラスワンダーとシンボリクリスエスが並び立っていた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:54:27

    ふたりが相対するは、複数の高さの台に並べられた射的屋の空き箱の数々。大小様々のそれは、凪いだ彼女たちの精神のように、堅く揺るがない。
    行っているのは、コルク弾を当て、箱が倒れるなり台から落ちるなりすることで、手に入れた景品の数を競う単純なゲーム。ゲームだからといって、気楽に──とはできなかった。

    もう一度、グラスワンダーは短く息を吸う。腰元ほどの台から銃を取り、目の高さに構える。
    息を止め、銃口と視線を合わせる。
    これまで撃ち続けてきて、弾がどう飛ぶのかは熟知した。これならば、当てることができよう。
    視界が明瞭になり、目の前の標的がひとつだけ、光って浮かびあがった。
    三段あるうちの、真ん中の高さの台。ポッキーの空箱。

    「──ここです!」
    「──フッ!」

    拍動と指先の震えを、精神を以て押さえつける。
    それでも、銃を添える手は揺れてしまう。
    だからこそ、然るべきときがいつか必ず訪れる。
    その瞬間を見逃さず、引き金に添えていた指を動かした。

    パンッ。
    ふたつの銃声が重なり、放たれた自身のコルク弾が空箱を弾く。
    ゆらゆらと箱が揺れる──なんてことはなく。
    ぱたり。直後に箱が倒れる音を拾う。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:54:42

    「うおおおおお!!」「ちょ〜接戦じゃ〜ん!!」
    「すげええ!!」「俺は今、伝説を目の前にしてる……」

    途端、年の瀬の最終直線にも匹敵するような、割れんばかりの歓声が湧き起こった。
    それを皮切りに、グラスの気は一旦緩んだ。
    ふう、と残りの息を吐き出し、コルク銃を台に置く。隣にいた人物も同様、目を瞑り頬の汗を拭っている。

    「ここまで両者20発! 18対17で、シンボリクリスエスがわずかにリード! さあ残りは5発。果たしてグラスワンダーは鋭い末脚を発揮し追いつけるのか〜!?」

    また観客からどっと声があがる。
    射的ブース担当のウマ娘が、実況役として盛り上がりにひと役買っているようだった。

    「これならば、与えられたmissionを──達成できそうだな」
    「ええ。ですが……これは思った以上に盛り上がってますね〜」

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:54:57

    ***

    ──話は数時間前に遡る。

    毎年四月に行われるファン感謝祭は今年も大盛況であった。遠くからやってきたファン、オープンキャンパスも兼ねたウマ娘たち、近隣地域の方々……普段学園では見ないような者が数多く、どこもかしこも埋め尽くしている。
    そんな人混みからから抜け出そうとグラスはひとり、学園内を歩き回っていた。そうしてたどり着いたのは、出店通りからは離れた円形のスペース。人通りもほとんどなく、来場者の割にこの場所に設置されたベンチはどれも空席である。

    「これは……。穴場というものでしょうか……」

    ウマ娘の頑丈な身体があるとはいえ大勢の人に揉まれてほんの少し疲弊していたため、春風の吹く音までもを感じられるほどの平穏はありがたい。ベンチに腰を掛け、脚を休めた。

    眠るように、柔らかな陽射しを感じ取ってしばらく、春風に乗ってウマ娘の声がグラスの耳に届く。

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:55:16

    「く、クリスエスさん!?」
    「こんなところにわざわざ、どうしたんですかあ!?」
    「A rescue──ルドルフから……この射的ブースの救援を、頼まれた」
    「あ〜なるほど、それですかあ! 助かります!」

    グラスは顔を上げ、左右を見渡す。
    目を凝らした先にあったものは、広場の端っこにこぢんまりと置かれている屋台がひとつ。そこで催し物をしていた学園のウマ娘数人のもとに、シンボリクリスエスが現れたようだ。
    何度かやりとりをした後、彼女は屋台のなかをじっと見つめて黙りこくっている。

    「やっぱりあたしたちの設営、ダメだったのかなあ……」
    「ファン感謝祭なのに全然人来ないもんね……」

    ウマ娘たちは不安げにひそひそと話し始めた。しかしそれについても彼女は反応せず、口元に手を当てて微動だにしない。
    もっともっと目を凝らして、屋台の内容を見てみる。手前の台には細長い何かが置かれている。屋根に覆われた向こうには、いくつかの高さの台があり、その上には小さな箱が並べられていた。
    そこまで眺めたところで合点する。

    「なるほど〜。ここは、射的ブースなのね」

    口元で小さく呟く。
    ちょうどそのとき。今までだんまりしていたクリスエスが、重々しく口を開いた。

    「……このブースは──集客が良くない……と、聞いた」
    「そ、そうなんですよねえ……」
    「誰も来なくてつまんないね、ってなってたところにルドルフ会長が通りかかって、『救援をよこす』って言ってくれて……」
    「その話は……聞いた。So──」

    そして彼女は目も見開く。

    「Exhibition match──を行う」

  • 6二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:55:37

    そのときグラスの脳裏に思い浮かんだのは、とあるひとつの思い出だった。
    いつかの夏合宿のこと。近くではお祭りが開かれており、夜になってからトレーナーと共に出店を渡り歩いたのだ。そこにあったのが射的の屋台。狙いの景品を一発で次々と撃ち落とし、「ヒットマン」と呼ばれて思わず笑い合ってしまったのも懐かしい。

    「でもクリスエスさん、エキジビジョンマッチって言っても相手はどうすれば……」
    「あ、あたしたちで盛り上げられるかなあ……?」

    クリスエスと誰かが勝負をすることで集客を図る──そのような段取りになりつつあるのが聞こえる。
    あのときの夏祭りのような射的ができたならば、この場であの人たちのお役に立てることだろう。
    『旅は道連れ世は情け』。たまたま耳にしただけであっても、黙って知らんぷりするのは良いことではない。
    それに、“勝負”であるのならば──
    そう決断して、グラスは射的ブースへ足を踏み出した。

    ……

    「わーっ、グラスワンダーちゃんだ! 超ビッグネームじゃん……! 協力ありがとう!!」
    「シンボリクリスエス対グラスワンダーなんて大盛り上がり間違いなしだよ! あたし、感謝祭の広報さんのとこに連絡してくる!」

    突如始まることとなったふたりの対決。事前の予告がなかったにも関わらず、学園内の放送や感謝祭公式SNSの宣伝も相まって、誰もいないがらんとした広場はあっという間にすし詰め状態になったのだ。

  • 7二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:55:54

    ***

    せっかく衆目を集めるのでしたら、勝負服を着てプレイヤーを見つけやすくするのはどうでしょうか。
    ふと思いついて、グラスはそう提案した。単なる思いつきであったが、これがなかなか。パフォーマンスは、ただ制服を着ているよりも良くなっているように感じる。

    それでも、18対17で自分が負け越している、という現実が立ち塞がっている。
    残るは5発。全て当てるのは当然として、それだけでは勝利を掴むことはできない。これほどの観客、歓声のなかでも動じずに当て続けているクリスエスのことだ。ここでグラスが言葉をいくら交わしたとて、氷は氷のまま、分子のひと粒でさえ揺るがすことは敵わないだろう。

    自らのコンディションはこの上なく良好。故に、策はもう尽きている。宿願も幸運も全て捩じ伏せてしまいそうな彼女に勝つために、最後には祈ることしかできないなんて。

  • 8二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:56:10

    ──ああ、だからこそ。
    その氷壁に喰らいつきたい。打ち砕いてみたい。
    目の前の相手に、勝ちたい。

    改めて、己の内に熱が沸々と湧き上がる。不思議と胸が高鳴って、己の口角が上がる。
    たとえレースに関係ないパフォーマンスであったとしても、勝利を願わずにはいられない。
    どんなものであれ、せっかく乗り越えるのならば、壁は大きいほど、強いほど良いに決まっている!

    「シンボリクリスエス……先輩。私、こう見えても結構負けず嫌いなので──どうか、最後まで相手をさせてくださいね?」

    チラと横を向き、やっぱり声をかけてしまった。
    告げる言葉は宣戦布告。
    クリスエスは瞳を閉じ、顔に手を当て思案する。そしてこちらを見据え、頷くのだ。
    きっとそうするのだろうとは思っていた。だがそれこそが、彼女が提示する、“試練”としての態度。

    「…………ああ。お前の闘志──受け止めよう」

    台に用意されたコルク弾を銃に詰める。もう一度呼吸をすれば、狂喜は遠ざかり、精神がすっきりと凪ぐ。
    銃のストックを右腕の付け根のほうに当て、固定する。
    次に、銃口と目線が重なるように覗き込み、標的を見定める。

    そして、勝利の女神は──

  • 9二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:56:29

    ***

    「グラス、惜しかったね〜!」「同点のときもあったからめっちゃハラハラした!」「シンボリクリスエスに啖呵切ったところカッコよかったぞ!」
    「はい。応援ありがとうございました〜」

    「結局追いつかれても勝っちゃうんだからカッコいい〜!」「強いのがずっと強いっていいよな」「めっちゃアツい勝負だった!」
    「そうか。それは──よかった」

    25発。全て撃ち終えて、グラスの猛追は届かず。21対20で終了した。
    己が不甲斐なさを恥じる間も無く、勝負が終わったと見るや堰を切ったようにファンが押し寄せ、握手会のようなものが始まってしまった。
    敗者は敗者であることは変わらない。しかし、白熱した接戦に、人々は歓喜し、両者に称賛を浴びせ掛けた。

  • 10二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:56:55

    ***

    握手会に押しかける人もまばらになり、ふたりは一旦その場から離れることにした。
    撃ち落とした景品が詰められた袋を押し付けられ、ふたりでどこか空いている教室を探す道すがら、クリスエスは口を開く。

    「お前の気迫は──凄まじいな」
    「……はい?」
    「私とお前は──とても仲が良い……わけでは、ない。But──普段から知るお前とは、別人のように……思えた。まるで──レースをしている、ようだった」

    思ってもいなかった言葉に、グラスは立ち止まる。それを気にしてか振り返ったクリスエスの顔を眺めながら。そういえば、と思いつく。
    自分たちは未だ、ターフの上では交わっていなかったのだ。「レースのよう」と喩えられるほどの気迫は、きっとそこでしか十全に感じ取れず、中継やアーカイブ越しにその全てが伝わることはない。だから──

    「The 21st shot──私は、弾を外した」
    「……ええ、そうでしたね」
    「あれは──間違いなく──お前の意志に、圧倒されたものだった」

    だから、彼女ほどの毅然とした態度の者であったとしても、初めて接する気合には少し怯むほどの感情はあるらしい、と。グラスの見開かれた瞳はクリスエスを捉えた。

  • 11二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:57:10

    しかし、時間が止まったように彼女を眺めるのも、ほんの数秒。

    「あらあら〜。先輩のようなお方を揺るがせたとは、なんとも嬉しいです。……ふふっ。でしたら、今日よりもっとすごい闘志をお見せできる場所がほかにありますよ〜?」
    「──! それは……」
    「はい。いつかウマ娘のいちばんの舞台で、先輩と駆けてみたいものですね♪ 今回の借りを返すならば、そこしかありえませんから〜」

    口元を手で覆い隠して、貞淑に微笑む。
    ひらりふわりと、期待を織り交ぜ、獰猛さを煙に巻いて。

    「そうか。私も──楽しみだ」

  • 12二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:57:32

    ──思いもよらなかったことを知り、空気がひと段落すると、別のことへ意識が向くもので。右手に残る重さを思い出した。

    「それにしても……。これほどのものを全て食べるのはなかなか苦労しそうですね〜……」

    袋の中はお菓子の箱でいっぱい。トッポ、パックンチョ、とんがりコーンなどなど。
    撃っていたときはさほど考えていなかったものの、こんな小さい箱をよくも撃ち落としたものだ。ミルクキャラメルなんて、数メートル先から狙えるようなものだったのか。

    「このsnack──は、落としていない、気がするが……」

    クリスエスも袋を覗き、チップスターの筒を取り出す。しかし彼女はそれを見て首を傾げている。確かに自分も、じゃがりこを撃ち当ててはいなかったような。しかもLサイズ。

  • 13二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:57:52

    彼女に倣ってグラスも袋の中身を改めて検分してみて気づく。
    いち、に、さん、し……
    ……にじゅうに、にじゅうさん、にじゅうよん?
    あのときの得点、つまり手に入れたのは20。それよりもお菓子が増えている。
    なるほど、道理で袋が重く感じたわけだ。これは、謝礼代わりに落とした数より多く詰め込まれたに違いない。

    「私もです。ちょっとだけお菓子が増量されていました」
    「……悪いことではない。が……これほどの量は。だが──compensationならば……」
    「お互いに、やりすぎてしまったのかもしれませんね……」
    「ああ。個人では、とても……」

    嬉しいやら苦しいやら。『猫の手も借りたい』とはまさにこのこと。
    顔を突き合わせて苦笑する。
    賞味期限や身体の調整など、美味しいお菓子にはそのぶん問題がさまざまつきまとう。
    けれど、今この瞬間は。そうした諸々について向き合うことを、休んでもいいのかもしれない。闘志が鳴りを潜ませ、温厚に満ちた頭はそんな結論をはじき出した。

    「それについては……今はひとまず置いて、どこかで腰を休めましょう。どうするかは、おいおい考えていく、ということで♪」
    「“おいおい”か。……フッ。そうだな」

    何かがツボにハマったのか、わずかにクリスエスの溢した微笑は、あどけない少女のそれだった。
    また、見たことのない仕草だ。
    冷徹な氷壁であるところと、そうでないところと。たくさんの顔を知って、先ほどからずっと面を食らってばかり。
    でもそれもどこか『いとをかし』なんて思いつつ、グラスは前を行くクリスエスに追いつくべく、歩くスピードを上げたのだった。

  • 14二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 14:59:32

    おしまい

    前々からグラスとクリスエスが話してるところが見てえなあ!!と祈っている者です。なのでSSを書きました。でも6000字弱になるとは思ってなかった

    UAFになってようやくセイちゃんのシナリオを読んで、グラスって最初から覚悟決まっててひとつひとつの言動にめっちゃゾクゾクする〜〜好き〜〜って改めて思いました。そういう闘争心マシマシなところがうまく表現できていたら……と……思います……
    そんでクリスエスはシナリオ中にプロデュースぢからを度々発揮しているから、アドリブ適正◎っぽそうで尊敬します。かっこいいんだ、ほんと……だからこんなふうにふたりの得意なとこ活かしてトラブル解決するような話もアリだと思うんですよ!!!ね!!!

  • 15二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 15:04:59

    今まで書いたものはこちら

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    これはすっげーどうでもいい余談なんですが、この話を思いついたとき、ふたりの射的対決の勝者を決められなかったのでこの前のチャンミ決勝で先着したほうにしようと決めました

    そしたら本職のカレン(8着)を差し置いてワンツー競ってて笑っちゃったんですよね

    まあ勝てたしヨシってことで

  • 16二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 15:16:49

    今回もいいもの見せてもらった…

  • 17二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 15:28:54

    お疲れ様でした。
    読んでて空気感がめっちゃ伝わってくる良いSSでした。

    ブックマークしますね……。

  • 18二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 16:00:39

    >>16

    ありがとうございます!!!!

    >>17

    ブクマありがとうございます!!!

    緊迫感や緩んだ雰囲気がうまく伝わってるみたいでよかったです…………

  • 19二次元好きの匿名さん24/03/18(月) 00:42:24

    寝る前あげ
    後半部分にももう少し天気とか温度や風の感覚表現を入れたらもう少しオシャレになったかもしれない 自省
    それに、またひとつインスピレーションを得たので熱意のあるうちに形にしたいですね〜

オススメ

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