- 1二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:35:52
ざあざあと、激しく叩きつけられる雨音。
眠たい目をこすりながら、深夜、俺は自宅の扉の前に立つ。
鍵を開けて、ドアノブに手をかけて、あまり音を立てないようにゆっくりとドアを開けた。
それと同時に、部屋の中からとことこと駆け寄る足音が、響く。
「トーレちゃん、おっかえりー♪」
鹿毛の短い髪に、優しく細められた赤い瞳、大きな赤い縁の眼鏡。
担当ウマ娘のトランセンドは、エプロン姿で、帰って来た俺を出迎えてくれた。
そんな彼女を見ると、自然と顔は緩み、口からは『ただいま』の言葉が漏れてしまう。
その言葉を聞いて、彼女は満足気に頷きながら、俺から鞄を受け取った。
「おつおつだよーん……それでご飯にする? お風呂にする? それとも、ゲ・エ・ム?」
トランは悪戯っぽい笑みを浮かべて、ウインクを飛ばしてきた。
提示された、何とも彼女らしい三択を吹き出しそうになりつつ、俺は『お風呂』と答える。
食事にしてもゲームにしても、一度さっぱりしてから、彼女との時間を過ごしたかったから。
「おっけー、それじゃトレちゃんはお風呂にごーごー、あっ、ジャケットは預かっとくね」
ありがとう、と伝えながら、俺は着ていた上着をトランに手渡した。
そしてそのまま、彼女の横を通り過ぎて、お風呂場に向かおうとする、その時であった。
「────トレちゃん」
背筋が凍るほどの低い声が、部屋に小さく響き渡った。
思わず足が止まり、反射的に振り向いて、トランの方を向いてしまう。
彼女は鞄とジャケットを抱えたままいつも通りの笑顔を浮かべていたが、その目は全く笑っていない。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:36:06
「トレちゃんのジャケットについてたコレ、なんだかわかる? ん?」
トランは、抑揚のない声色で、手のひらを差し出した。
その小さな手のひらには、かなり見えづらいものの、白っぽい、極小の粒が乗っている。
射抜くような紅い双眸を前に俺が言葉に困っていると、彼女は追い詰めるように答えを示した。
「これね────船橋の白砂、あの子が、良くつけてるやつじゃん」」
ぎゅっと、トランはその砂を握りつぶすように、拳を固めた。
先ほどまでの和やかな空気が一変して、息が詰まるほどに張り詰めたものへと成り果てる。
俺はお腹の奥から込み上げて来るものを抑えるので、必死になっていた。
それを見据える彼女の顔は未だ笑顔のままだったが、その瞳には、薄暗い炎が灯っている。
「会ってたんだ、ウチに黙って、フリオと」
何とか心を落ち着かせて、俺は思考を巡らせる。
様々な想定が頭の中を過ぎり、この場で求められている情報を導き出す。
一瞬の間の後、『仕事でたまたま会っただけだよ』という台詞が、自然と流れ出た。
「ふぅん……」
トランは小さく呟いて、口元を歪ませる。
そして突然、ぽふんと、彼女は俺のジャケットに顔を突っ込んだ。
鼻先まで顔を埋めたまま、その瞳は、じっと俺から視線を外さない。
「すんすん、おっ、なんか良い匂いするじゃーん、焼きそばと、カレーかな?」
臆面もなく、トランは俺のジャケットの匂いを嗅いでいた。
鼻を鳴らす音だけしばらく響き渡って、やがて彼女の耳がピンと立ち上がる。
そしてそれは、ゆっくりと後ろに垂れた。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:36:21
「美味しかったっしょ────船橋レース場のあんかけ焼きそば」
それは心臓が止まるほどに、冷たい声だった。
「にひひ、美味しいに決まってるよねぇ、あの子、いっつも名物だって自慢してたから」
トランはけらけらと笑う。
引き吊った表情で、乾いた声で、感情なく、笑う。
本人とは思えないほどの顔に、俺は目を離すことが出来なかった。
「柔らかめの中細麺の焼きそばと野菜がたっぷり入ったカレー味のとろーり餡の相性が抜群で、これと赤モツ串と白モツ串を組み合わせが、あの子のソウルフードなんだってさ…………まあ、知ってるだろうけどね」
つらつらと、されど淡々と、言葉を紡いでいくトラン。
普段とは全く違う彼女の姿に、胸の鼓動が大きくなるのを感じながらも、俺は再び口を開く。
『今日の仕事先が船橋レース場だったんだ』という、我ながら無理がある言い訳を、吐き捨てる。
その言葉を聞いた瞬間、彼女の笑顔が、すんと消えた。
「……そうなんだ、そういうこと、言うんだ」
トランは小さな声でそう呟くと、唐突に上着の内ポケットをがさごそと探る。
やがて彼女は、一枚の紙片を取り出し
遠目からだと、ただのゴミにしか見えない小さな紙。
「へぇ、これ、映画の半券じゃーん」
口角を歪ませて、無理矢理笑顔を作るトラン。
その表情は悲痛でありながら、どこか美しさを感じさせて、思わず見惚れてしまうほどだった。
「映画デート、キメたんだ…………JR南船橋駅から徒歩五分、直結の通路を通っていける、船橋レース場近くの、ファッションからアミューズメント、グルメまで多彩な約440店もの専門店で構成された船橋最大級のショッピングモール、その中にある日本で初めて音を移動させるという革新的な音響を導入し、県内で唯一MX4Dを楽しめる、あの映画館に」 - 4二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:36:35
肩が、小さく震える。
トランは鋭く目を細めて、俺を睨みつけた。
今まで、決して見せたことのない憎悪の顔。
こんな顔も出来るのかと、心の中で感心してしまう。
「しかもこの映画、トレちゃんとまた見よって話してたやつじゃん……! 共に震えたあの感動をもう一度見たくてって、ウチ言ったじゃん……っ!」
泣きそうな顔で、声を張り上げるトラン。
そんな彼女を見て俺は────俺は思わず吹き出してしまうのであった。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:36:49
「……トレちゃーん、ショートフィルムの撮影中に笑っちゃダメだってばー」
「ごっ、ごめん、ただこの間、その映画のPV見て色々と思い出しちゃったから……っ!」
トランは呆れた表情で、へにゃりと肩の力を抜く。
そんな彼女に謝罪を告げながらも、俺はシネマガンでの録画を停止しながら、呼吸を整えた。
「いや、正直、船橋の白砂の下りで限界だったんだ、というかあの子だって香水感覚で白砂つけないでしょ」
「でもレースにはつけてきたじゃん」
「いやまあ、つけてきたけどさあ……というか、あの語り口はなんだったんだ?」
「フリオがさ、かわいー顔で何度も話すもんだから、ウチも覚えちった」
「ええ……」
さすがというか、なんというか。
俺達はさきほど撮影していた内容について語りながら、部屋の奥に戻る。
トランはぽすんとベッドに腰かけて、俺は大きめのクッションに座った。
そして彼女は撮影した映像を眺めながら、首を傾げる。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:37:04
「うーん……『どきどき同棲生活からの昼ドラ展開』ってテーマだったけど、いい画は撮れなかったなぁ」
「君の演技は凄かったけどね、あんな表情を咄嗟に作れるだなんて思わなかったよ」
「映画はたっぷり見て来たからねー、まあ、同棲生活なんてウチもトレちゃんもしたことないし、リアリティがなぁ」
「いや、勝手に決めつけないでくれ」
「……………………あんの?」
「ないけどさ」
「……だっよねー、トレちゃんのそーゆーとこ、信じてたよ」
「それは褒められてるのかな……ふわあ」
トランと話している最中、不意に欠伸が出てしまう。
慌てて口を押さえて、ちらりと彼女を見ると、全く同じポーズを取っていた。
思わず、二人揃って苦笑を浮かべてしまう。
「まあ、とりあえず今回の俺達の教訓はアレだな」
「うん、アレ、だね」
────徹夜の思い付きでやることはロクなことにならない。
俺達の言葉は、きれいにハモった。 - 7二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:37:19
『トレちゃーん、レアゲー手に入ったから、一緒にやろーぜー』
休みの日、トランが貴重なゲームを持って、俺の部屋に来たのが発端。
そのゲームは俺も気になっていたものであり、二つ返事で部屋に上げた。
中身は想像以上に面白いものであり、俺達は周りの音が聞こえなくなるほど熱中してしまった。
その結果。
『……ええっ!? トレちゃん雨がやばいんだが!?』
『うわっ、なんだこれ!?』
────トランが帰宅困難になるほどの大豪雨に、まるで気づくことが出来なかった。
仕方なく、たづなさんに事情を説明して、今晩はトランを部屋に泊めることにしたのである。
まあ、彼女はトレーナー室の次くらい、ここに良く入り浸っているし、泊めるのも初めてではない。
彼女の用の私物はある程度あるし、着替えも少し置いてあるから、困ることはなかった。
『じゃあ、せっかくだから徹ゲーしよ徹ゲー♪』
というトランの提案に乗り、途中で疲れて、深夜テンションでだらだら喋っていたら、何か撮影することになったのである。
……である、とはいってみたものの、自分でもどういう流れでそうなったのかは、全く覚えていない。
まあ、いつも通りだな、とあまり考えないことにした。
やがて彼女は、ベッドにごろんと寝転がって、スマホを眺める。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:37:33
「おっ、雨は昼頃には止むって」
「そっか、それなら良かった……まあ、明日は休みだけどさ」
「じゃさ、ひと眠りしたら、ちょっとお出かけしない?」
「……どこに?」
「トランちゃんクイーズ! ウチはどこにお出かけをしたいのでしょーか!」
「……ちなみに正解者には何があるの?」
「危険でニヒルな情報屋さんとお出かけが出来る、なーんて」
トランは、少しだけはにかんだ笑みを浮かべる。
じゃあ何としても当てないとな、と俺は返しながら、考える────までもなかった。
多分、彼女が考えていることは、俺と一緒だから。
「……あんかけ焼きそば食べに行って、映画見に行こうな」
「……わかってんじゃーん」
顔を緩ませながら、トランは軽く拳を突き出す。
俺もまた微笑みながら、その拳に向けて、こつんと拳をあわせるのであった。 - 9二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:37:58
お わ り
深夜テンションで考えた話です - 10二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:40:38
なにSEED FREEDOM見に行ってんだコイツら
- 11二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 22:43:09
手術直後でニヤニヤしちゃいけない俺になんてものを見せやがる
- 12二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 23:00:38
この二人同棲してないんです?
- 13二次元好きの匿名さん24/03/17(日) 23:37:28
ごっこ!ごっこです!
こういうイチャイチャもあるんだなぁとまざまざ見せつけられました。
ごちそう様です! - 14124/03/18(月) 05:58:53
- 15二次元好きの匿名さん24/03/18(月) 11:06:42
やってくれそう感がスゴい 毎日超楽しそう
- 16124/03/18(月) 21:19:02
だらだら一緒に過ごしていて欲しい