- 1二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:42:45
「なんで────そんなこと言うんですか?」
店内の喧騒の中、彼女の悲しそうな声だけ、妙に響いた気がした。
短くてさらさらとした栃鹿毛の髪、桜の花びらを思わせるような鮮やかな瞳、月桂冠を模した髪飾り。
担当ウマ娘のサクラローレルは、泣きそうな表情で、肩を震わせながら、俺を見つめる。
それは気丈で、不屈の精神を持つ彼女が、初めて見せるかもしれない表情だった。
「私を、信じてくれるって、そう言ったじゃないですか」
「……」
「なのに、どうして……!」
「……このままだと、真っ黒な未来しか見えない、そう思ったから」
「……っ」
脳裏に蘇るは、燃やし尽くされる情景と、焼け焦げた匂い、歯の奥の苦み。
ローレルは肩をびくりと震わせて、顔を伏せる。
きっと、彼女自身も忘れることが出来ていないのだろう、自分で作りだしたあの光景を。
されど、彼女はサクラローレル。
決して泣かず、めげず、諦めない、そんなウマ娘であることを、俺は良く知っている。
だから、彼女は顔を上げる、上げてしまう。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:42:58
「今度は、上手に出来ますから……だから……トレーナーさん……っ!」
縋るような必死の表情で、ローレルは訴えかけて来る。
その様相に気持ちが一瞬揺らぎかけるものの、俺は鋼の意思を持って、首を横に振った。
彼女の目が、ショックを受けたように、大きく見開かれる。
心苦しく思いながらも、先ほどの惨状を繰り返さぬため、俺ははっきりと彼女へ伝えた。
「ローレル────俺の分の肉は、俺に焼かせてくれ」
「嫌です……! トレーナーさんの分も、私が焼くんです……!」
ローレルは、まるで子どもの我儘のように、肉の乗った皿を俺から遠ざける。
俺は小さくため息をつきながら、事の発端に、想いを馳せるのであった。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:43:18
「……焼肉屋さんの、割引券?」
「はい♪ 頂き物で、期限もあまりないので、トレーナーさんも一緒にどうかなって?」
俺はローレルが手渡した券の内容に目を落とす。
行ったことはないが、そこそこの評判を聞く、商店街の焼肉屋さんの名前。
見たところ、かなりお買い得に焼肉を頂けるらしいが、期限は今週末まで。
誘って貰えるのは嬉しい話だが、一つだけ疑問が浮かんだ。
「……肉っていうなら、ナリタブライアンとかを誘えば良いんじゃないか?」
「……実は先にお誘いしたんですが、予定があるとかでフラれちゃいまして」
ローレルの言葉に、なるほど、と頷く。
彼女のことだ、恐らくは他の友人達にも声をかけて、その後ということなのだろう。
となれば、変に遠慮する方が彼女に悪いかな。
「わかった、それじゃあご相伴に預からせてもらおうかな」
「はい、是非そうしてくださいっ! ……ふふっ、焼肉、楽しみだなあ♪」
「……ローレルってそんなにお肉好きだっけ?」
尻尾を楽しそうに揺らめかせるローレルを見て、つい聞いてしまった。
彼女は特に好き嫌いはないと記憶しているが、特に肉が好きという覚えもない。
どちらかといえばサラダの方を好んでいるし、好きな料理もフランス料理がメインだったような。
彼女は俺の問いかけに、自分のハシャぎ具合に気づいたのか、少し恥ずかしそうにはにかむ。
「えへへ……お肉自体も普通に好きですけど、お肉を焼くという行為が大好きなんです」
「へえ」 - 4二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:43:33
そういえば、サクラチヨノオーやサクラバクシンオーから聞いたことがある。
ローレルは────焼肉奉行である、と。
その時は意外だなあ、としか思わず、あまり気にしてはいなかったのだけれど。
そういうことならば、と俺は冗談めかして、彼女に言う。
「じゃあ、俺の食べるお肉は君に全部任せようかな、なーんて」
「良いんですかっ!?」
刹那、ローレルは身を乗り出すように、顔を近づける。
その瞳はきらきらと輝いていて、期待に満ち溢れているのがすぐわかった。
穏やかで落ち着いた彼女らしからぬアクションに、俺は呆気に取られながらも、何とか応じる。
「あっ、ああ、君がやりたいなら、信じて任せるよ」
「Bien sûr! やったぁ、チヨちゃんはバクちゃんは、あまりやらせてくれないから」
「……そうなのか?」
「ええ、私に負担をかけたくないからって、そのくらい全然平気なのに」
困ったように、けれど嬉しそうにローレルは笑みを零す。
友人達が心配し過ぎていると思う反面、その心遣いは嬉しいのだろう。
……しかし彼女の問題はあくまで脚の話であり、今はもうかなり改善されている状態だ。
果たして、あの二人がそんな見当違いな気遣いをするものだろうか。
今思えば、焼肉奉行の話をしていた時も、なんとなく気まずそうな表情をしていたような。
「それじゃあトレーナーさん、今日の夜、早速良いですか?」
「……わかった、構わないよ」
軽やかな声と花咲くような笑顔で、確認をとってくるローレル。
そんな彼女を見ていると、先ほど違和感などどうでも良くなってしまう。
俺は彼女の言葉に頷いて、今日の晩餐への期待に、胸を膨らませるのであった。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:43:56
「さあ、トレーナーさん! Bon appétit!」
「………………うん、ありがとう」
その日の夜、件の焼き肉屋にて。
ローレルは、自信たっぷりの表情で、更を差し出して来た。
そこにあったのは、焦げ付いた匂いの立ち昇る、じっくりと入念に火を通された、お肉の数々。
少なくとも、生かどうかの心配だけはいらない、そう一目で思えるほどだった。
俺はお皿を受け取り、箸で肉を取り、タレをつけて、恐る恐る口に入れた。
────僅かな肉の旨味と、少しじゃりついた食感と、確かな苦み。
……まあ食えなくはないが、これがこの肉本来のポテンシャルということは絶対にない。
ちらりとローレルを見てみれば、わくわくとした表情で、こちらを見つめている。
「ふふ、どうですか?」
「……タレが美味しいね」
「そうでしょう! この焼肉屋さんは秘伝のタレを使っているそうなんですよ!」
「そっかぁ」
「それじゃあ、どんどん焼いていきますね!」
そう言うと、再びローレルはトングと皿を手に取って、網の上に肉を並べ始める。
……いや、まあ一回目は軽い肩慣らしというやつなのかもしれない。
彼女は料理が上手だし、まさか、こと焼肉に関してだけは、ということはきっとないはず。
俺は藁にもすがる思いで、肉っぽい炭を口に放りながら、網の上の見つめた。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:44:16
「……ローレル、ちょっと並べ過ぎじゃないかな」
「でも、一度に焼いた方が効率良いですよ?」
「後、真ん中の方が火力高いから、薄めのお肉は気を付けた方が」
「あっ、お野菜もそろそろ焼かないと」
「それは肉を焼き終えてからの方が……あっ、そのロース、もう大丈夫じゃないかな」
「そうですね、裏返しておきます」
「その必要ないと思うなあ……!」
片面がすでに焦げ始めて、そのまま食べられそうなロースをローレルは律儀にひっくりかえす。
そうこうしている内に他のお肉が焼け始めて、それに手を入れている内にロースはどんどん焦げていく。
そして幾ばくか時間が経過して────お皿の上には、大量の焦げたお肉が無残な姿を晒していた。
「さあ、どうぞトレーナーさん、私はまずお野菜から食べるので」
「……おう」
ローレルは楽しそうに尻尾を揺らめかせながら、焼いた野菜を頬張り始める。
ちなみに野菜も肉よりはマシ程度で、それなり黒くなっていた。
俺は肉を、文字通り苦々しく噛みしめながら、一つの結論に至る。
────この子、とんだ悪徳奉行じゃないか。
まあ、好きだからって得意というわけじゃないのは、当然といえる。
しかしこれは黒い、あまりにも。
彼女の楽しみに水を差すのも心苦しいが、俺はどうしても言わなければならなかった。
「なあ、ローレル」
「はい?」
「…………やっぱり、俺の分は俺に焼かせてくれないか?」 - 7二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:44:36
────そんなこんなで、今に至るのであった。
「ほら、焼肉屋って自分で焼くことも楽しみの一つだと思うんだ、君ならわかるだろ?」
「……それは、そうですけど」
「俺もさ、君との時間をちゃんと楽しんで、満喫したいんだ、だから頼むよ」
「…………もう、そう言われたら断れないじゃないですか」
ローレルは渋々、といった表情で肉の乗った皿の一部をこちらに手渡してくる。
内心ガッツポーズを決めながら、俺はその皿を礼を告げながら受け取った。
そして、再び、俺達は肉を焼き始める。
しばらくしてから、彼女は自分の焼いた肉と俺の焼いた肉を見比べて、ぽそりと言った。
「……トレーナーさんって、お肉焼くの上手ですね?」
「そう? これくらい普通だと思うけどな」
そう言いながら、俺のお互いの肉に視線を送る。
俺が焼いた肉は、まあ一般的な焼き加減の、普通の焼肉といったところだろうか。
たれに付けて食べれば、口の中に肉汁の旨味が広がって、それがタレの甘味と絶秒に絡み合う。
当然白いご飯も進む進む、コレだよコレ、と言いたくなるような気分であった。
対してローレルの焼いたお肉だが、負担が減ったせいか、先ほどよりはマシだがまだ黒い。
「……今日はちょっと調子が悪いだけですから」
「そっか、絶好調の君と焼肉に行くのが楽しみだよ」
ローレルは言い訳を口にしたローレルは、不満気に唇を尖らせる。
大人びた彼女の子どもっぽい姿を目にして、微笑ましく思いながら、俺は肉を並べた。
厚めの、じっくりと焼きたいお肉を焼きながら、薄めのすぐ焼けるお肉を食べていく作戦。
ご飯と共に食べながら、そろそろ良いかなと思い、ちらりと厚めのお肉にを見やる。
────そこに、そのお肉は存在していなかった。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:44:53
まさか、と思いながら、俺はローレルの方を見る。
「んー……っ♪」
彼女は幸せそうに顔を綻ばせながら、手を頬に当てて、ゆっくりと口を動かしていた。
「ローレル」
「……!」
ローレルは、ぴくりと耳を反応させると、顔を背けて口の動きを速める。
やがてごくりと飲み込むと、改めてこちらに向き直った。
「……トレーナーさん、昔、とあるフランスの王妃様は言いました」
「ほう」
「美味しいお肉がなければ他所から奪って食べれば良いじゃない、と」
「蛮族過ぎる」
「あと、そのお肉、ちょっと焼き過ぎじゃないですか?」
「あっ」
ローレルの指摘に、慌てて網の上に視線を向けた。
そこには真っ黒焦げの、無惨な姿を晒したお肉が悲鳴を上げていて、俺は慌ててそれを回収する。
そんな俺の姿を見て、彼女はドヤ顔を浮かべて、嬉しそうに声を弾ませた。
「ほらぁ、トレーナーさん、難しいでしょう? 見てほら、真っ黒!」
「……そういうローレルの肉も焦げてるよ」
「あっ」
先ほどの俺と同じように、ローレルは慌てた様子で黒焦げになったお肉を回収する。
しばらく逡巡した様子でそれをじっと見つめると、やがて何かを思いついたように笑顔になった。
彼女は箸でお肉を取ると、それを俺に向けて差し出してくる。 - 9二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:45:07
盗られた…
- 10二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:45:14
「トレーナーさん、先ほどのお返しです、あーん♪」
「……」
「あーん♪」
ローレルは一切退こうとはせず、ゆっくりと、徐々にそれを近づけて来る。
その時、一つ妙案が思いついて────俺はそのお肉に、ぱくりと食いついた。
彼女は少し意外そうに眉を動かすが、やがて満足気な笑みに戻る。
「あら、意外とあっさり…………ふふ、トレーナーさん、どうですか? 美味しいですか?」
「……ああ、ありがとうローレル、これは俺もお返しをしないとな」
「えっ」
「はい、あーん」
俺はそう言って、先ほど黒焦げになってしまったお肉を、ローレルに向けて差し出した。
きょとんとした顔でお肉を見つめる彼女は、苦笑いを浮かべ、そして。
「あむ」
あっさりと、お肉に食いついた。
ゆっくりと、細かく、丁寧に咀嚼して、ごくりと生々しく、その細い首が蠢く。
そしてローレルは、へにゃりと顔を緩めて、いつもの大人びた笑みを浮かべてみせた。
「ふふ、これは“オイシイ”焼き加減ですね?」 - 11二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 14:46:04
お わ り
面白かったよね…… - 12二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 15:12:00
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- 13二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 15:37:58
乙
バクチヨにも駄目だこの人って思われちゃう程かあ - 14二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 16:23:30
バクちゃんに気まずい表情させるのは相当やぞローレル
- 15二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 17:31:11
めっちゃ笑った
楽しかった - 16二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 17:36:38
真っ黒な未来しか見えない、の所でもう笑ってしまった
- 17二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 17:46:27
委員長とチヨちゃんに微妙な顔されながら焼肉するローレルも見てみたい
- 18124/03/19(火) 20:06:32
- 19二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 21:18:17
どんな事象イチャコラに結び付けられるのだ
- 20124/03/19(火) 23:10:21
ローレルだからね仕方ないね
- 21二次元好きの匿名さん24/03/19(火) 23:18:47
ブライアン予定があるって断ったみたいだけど本当に予定があったんですかねえ
- 22二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 02:56:41
- 23二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 03:08:38
横から見ればDVされてるみたいだな
- 24124/03/20(水) 07:03:30
- 25二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 07:53:35
- 26124/03/20(水) 19:31:34
やっぱローレルはつよい