明日の10時に会いましょう【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:34:43

    『明日の10時に、いつもの場所で会いませんか?』

    ある日の夜。
    マンハッタンカフェ──1年前までの俺の担当──からの連絡は、またもや突然来た。
    いつものことだ。彼女との契約終了後に、俺の日常に付け足された習慣。
    俺たちの関係は終わらなかったのだ。

    『分かった。また明日ね』

    返事を返してスマホを置く。
    関係が終わらない理由など、分かりきっていた。
    だが、そこから進む勇気はなかった。

    「……明日こそ」

    独り言がまた、いつもの天井に消えた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:35:06

    「おはようカフェ」

    突き抜ける晴天の朝。穏やかな空気の中に、日傘を持った彼女がいた。
    昔に比べて少し背が高くなったような気がする。
    表情も大人びたかもしれない。
    何もかも違う筈なのに、

    「おはようございます、トレーナーさん」

    なのに、呼び方だけは変わらない。
    化石のような関係が、未だに続いている証だろうか。

    「良い天気だね」
    「ええ……本当に。これの陰が無いと、溶けて消えてしまいそうです……」
    「暑くもないのに、まるで吸血鬼みたいなことを言うね」
    「……もしかしたら、“本当”ということかもしれませんよ……ふふ」
    「おや、ではご機嫌を損ねないようにしないといけませんね」

    他愛のない会話を交わしながら、次第に足を進め始める。
    行くあてのない散歩。
    いつも通りのお出かけの始まりだった。

  • 3二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:35:23

    陽だまりの中をただ、歩く。
    時に近況報告をして、時に思い出話に花を咲かせて。
    たまたま見かけた喫茶店で休憩をとって。
    また、歩いた。

    「あそこのコーヒー、どうだった?」
    「美味しかったですよ。トレーナーさんは?」
    「カフェのコーヒーが飲みたいかな」
    「……ふふ、お上手ですね」

    散歩は長い。
    それ故に、次第に口数は減って遂には、ただ並んで歩くだけになっていた。
    そうして俺は、閉じた口にガムのような尊さを噛み締めた。
    飽きるほど味わった沈黙の尊さを。
    そうこうしている内に、吸血鬼な彼女はいつの間にか日傘を閉じていた。

    「……もうこんな時間か」

    気付けば太陽は沈んで、代わりに低い月が浮かんでいた。
    それは別れの合図。散歩の終わり。

    「……帰ろうか、カフェ」

    昨晩の独り言は本当に消えてしまったらしい。
    心の片隅に溜まる後悔を無視して彼女に声をかける。
    そうして帰路につこうとしたとき、不意に袖を引っ張られた。
    振り向くと、カフェが遠慮がちに俺の袖を握っていた。

  • 4二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:35:46

    「……まだ」
    「……カフェ?」
    「まだ、帰りたくありません……私は」

    目が泳いでいる。手が震えている。
    言葉の意味は明らかだった。

    「カフェ、それは」
    「もう、終わったんですよ……?」

    俺の言葉を遮って彼女は語る。

    「終わったんです、あの頃の関係は。
    今、ここにいる私たちはトレーナーと担当ではありません。昔とは、違うんです。
    トレーナーさんは……“アナタ”は、私を求めても良いんです」

    彼女はそうまくしたてる。静かな気迫に押されて、俺は何も言えなかった。

    「それでもアナタは……──さんは、私を求めてはくれないのですか……?」

    言い終えて、彼女は視線を落とした。
    目を逸らしていた現実を突きつけられた。
    そう、彼女がどれだけ俺をトレーナーと呼んでも、そんな関係はもう終わっていたのだ。
    分かっていたのにどうして、俺は動けなかったのだろう。

    「……カフェ」

    反省は後でしよう。今はするべきことがある。

    「俺は、君が欲しいよ」

  • 5二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:36:02

    「今まで言えなくてごめん。怖かったんだ、この関係が壊れるのが。……バカ、だよね」

    今度こそ正直に、想いを告げた。
    それを聞いた彼女はみるみるうちに顔を赤くしてやがて──はじけた。

    「カフェ!? ごめん、泣かせるつもりじゃ──」
    「……バカ。アナタは、本当に……バカです」

    震える声が夜道に響く。
    彼女のここまで直球な言葉は初めて聞いたかもしれない。

    「それで、関係が壊れるワケないじゃないですか……。もっと私を信用してください……」

    それっきり、彼女は黙ってただ泣いていた。
    俺は、傍で背中をさすることしかできなかった。泣かせた張本人だというのに情けない話である。
    ただ、その涙はいつか空港で見たものとは違うようだった。

  • 6二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 20:36:24

    ひとしきり泣いて落ち着いたのだろう。しばらくして、彼女は顔を上げた。
    見慣れた柔らかい表情だった。

    「では、行きましょう」
    「あ、待ってカフェ。今日は……無理……です」

    呼び止めた瞬間、先ほどまでの柔らかさが消えて、とてつもなく不満げな顔になった。

    「……どうして、ですか」
    「俺、何も準備をしてないから……だから、日を改めよう」

    彼女の目がますます厳しくなる。
    違う、誤解だ。逃げようとしてるわけじゃない。

    「今度さ、旅行に行こう。今まで行ったことのないところに行こう。
    例えば……そう、アメリカ、マンハッタン。今度こそ、俺が先導するよ」
    「──! ……仕方のない人ですね……ふふ」

    ああ、良かった。誤解は解けたようだ。

    「……準備、してきてくださいね」

    分かった、と。今度こそ固い固い約束をした。

  • 7二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 21:10:24

    あげ

  • 8二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 21:11:51

    このレスは削除されています

  • 9二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 21:45:45

    良い…

  • 10二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 22:28:09

    止まってた関係が動き出すの良いぞ…

  • 11二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 23:07:20

    上質なトレカフェだった…

  • 12二次元好きの匿名さん22/01/22(土) 23:14:24

    結婚式には呼んでくださいね

  • 13二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 00:17:22

    あっ好き…

  • 14二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 02:33:46

    お幸せに!

  • 15二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 12:40:14

    アリガトウ…アリガトウ…

  • 16二次元好きの匿名さん22/01/23(日) 22:07:00

    好きだからもっと書いてくれ

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