- 1二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:30:22
「ん……トレちゃんのファンスレ?」
それは、とあるネット掲示板で偶然見つけたものだった。
掲示板に書き込むことは滅多にないが、ガジェットの使用感などを調べる時に覗くことはある。
誤って普段見ないカテゴリーを見た時、たまたま見つけてしまったのが、それだった。
「ふむり、まあトレちゃんもウチのトレーナーとして顔がそこそこ売れてるもんねぇ」
自分でいうのもアレだけれど、ウチはそこそこのスターウマ娘になった。
情報収集やガジェット集めする時も、ちょっとした変装が必要になるくらいには。
そんなウチのトレーナーなのだから、注目されてもおかしくはない。
……それにトレちゃん、顔はそんなに悪くない。
イケメン、という感じではないけど、ちょっと童顔で、女の子っぽい顔立ちをしている。
だから、そういうのが好きな女性には、需要があるのかも。
にしし、トレちゃんに教えたら喜ぶかなあ、どうかなあ。
なんとなくウチは、女性ファンに囲まれて、困惑しているトレちゃんを想像する。
「…………うん?」
胸の奥に、もやもやとした感情が生まれた。
なんだろう、急に不愉快な気分になったというか、ムカついてきたというか。
気分転換に、エナドリを一口ごくり。
強炭酸の刺激と強烈な甘みに頭がスッキリとして、もやもやはどこかに消えて行った。
うん、きっと気のせいだろう。
ただトレちゃんのファンとやらがどういう層なのかが気になって、つい、ウチはそのスレを覗いてしまった。
それが、深淵を覗くようなものだとは気づかずに。 - 2二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:30:36
『トランセンドのトレーナーって泣かせたくなるよね?』
────は?
スッキリしたはずの頭に、一瞬にして血が昇る。
こいつら、ウチのトレちゃんに何をしようとしているのか。
眉間に力が籠ってしまいそうになるのを感じて、感情的に書き込みをしてしまいそうになる。
待て待てウチ、こんなところでレスバなんてご法度、こういう時は黙ってブラバが基本。
……ただ、トレちゃんのためにも、こういうことを考える輩のことは、把握しなくてはいけない。
反吐が出るような相手だけれど、ウチは堪えて、その書き込みへのレスを読み進める。
『美味しいお菓子を渡して手を伸ばしかけた瞬間に取り上げて反応がみたい』
『甘いお菓子だと思わせて激辛のお菓子を食べさせてひーひー言いながら飲み物を要求されたい』
『1分くらいくすぐって必死に懇願してるのにやめないで終わった後に顔を赤くして息も絶え絶えになっているところをおかずにしてご飯食べたい』
…………???????
それは、ウチの知らない世界だった。
まだ、明確な悪意を持っている方が、理解は出来た。
けれどこの人達は、明確な好意を持ちながら、トレちゃんを可哀相な目に遭わせたいと考えている。
呆気に取られながらも、ウチは想像した────この人達が妄想している、トレちゃんの姿を。
「……っ!」
全身に、ゾクゾクっとした感覚が走って、思わず自らの身体を押さえてしまう。
泣いているトレちゃんなんて、見たくないはずなのに。
可哀相なトレちゃんなんて、心が痛くなるだけのはずなのに。
なんでウチは、こんなにゾクゾクして、ワクワクしてしまっているのか。
…………首をぶんぶん左右に振って、邪な考えを振り払う。
そして、そのスレに、書き込むをするのであった。
「『トレちゃんを性的な目で見ないでください』……っと」 - 3二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:30:59
「おっすトレちゃーん、新作のお菓子を持ってきたら一緒に食べよ」
「おっすトラン、わかった、じゃあ今からお茶を淹れるね?」
ある日のトレーナー室。
ウチは新作のお菓子を仕入れたので、いつも通りトレーナー室でお試しすることにした。
にこやかに微笑んで、トレちゃんはお茶の用意を進めて来る。
その合間に、ウチは鞄の中からお菓子を取り出した。
トレちゃんが好んで良く買っているお菓子の、季節限定の新商品。
SNSとかの評判も上々だし、トレちゃんも前から楽しみにしてたし、きっと気に入るだろうなあ。
「お待たせ……ってそれ、例の新商品じゃん」
「ふふ、売り切れ続出のところなんとか入手出来たんだよん、さあさあ崇め奉って、どうぞ?」
「ははー、トラン様には頭が上がりません」
文字通りの茶番劇を繰り広げて、ウチらはテーブルを囲む。
先ほどからトレちゃんはお菓子から視線を外さず、とても楽しみにしているのが伝わって来た。
きっと尻尾とかついてたらブンブン振っていたんだろうなあ、と思うくらいに。
「それじゃあ、いっただきまーす」
ウキウキとした笑顔で、お菓子に手を伸ばすトレちゃん。
その時、ふと、魔が差した。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:31:19
『美味しいお菓子を渡して手を伸ばしかけた瞬間に取り上げて反応がみたい』
昨日トレちゃんファンスレで見た、書き込みの一つ。
それが悪魔のささやきのように、ウチの脳裏に蘇る。
トレちゃんの指先がお菓子に触れる直前────ウチはひょいっと、お菓子の箱を取り上げた。
トレーナー室に流れる静寂、凍り付いたように固まるトレちゃん。
……えっ、ウチは何をしているの?
無意識に繰り出してしまった、突然の蛮行。
そりゃあトレちゃんもびっくりするよなぁ、と思って、彼の顔をちらりと一瞥する。
「……トラン?」
手を伸ばしたままの姿勢のトレちゃんは、ウチのことを信じられないものを見るような目で見上げている。
困惑と、悲しみと、落胆が入り混じった、切ない瞳で、じっとウチのことを見ている。
弱々しい表情で、裏切られたような気持ちで、それでもウチを信じようしている目で。
────すごく、ゾクゾクした。
きっと、目の前に誰もいなければ、身震いしてしまっていただろう。
もしかしたら気づかない内に、身動ぎしてしまっているかもしれないくらい。
やがて、ウチは我に返り、慌ててその場を取り繕う。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:31:33
「あっ、あははー、写真撮るの忘れてた……ぱしゃり、はい、これでOKだよん、どぞどぞ」
「ああ、そういうことか、びっくりした」
トレちゃんは納得したように笑みを浮かべて、改めてお菓子を手に取った。
そしてそのまま一口で食べて、彼は幸せそうに顔を綻ばせる。
その目の前で、ウチはドキドキと音を響かせる心臓を、必死に抑えていた。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:31:47
おかしいおかしいおかしい。
こんな気持ちはおかしい。
ウチはトレちゃんと面白おかしく、楽しく過ごす時間が好きなはずなのに。
トレちゃんの嬉しそうな顔が、楽しそうな顔が、幸せそうな顔が好きなはずなのに。
悲しそうにしているトレちゃんなんて、見たくないはずなのに。
────なんで、あんなにゾクゾクして、ドキドキしてしまったんだろう。
確かめないと、証明しないと。
ウチは、あのスレにいるような人達とは違うって。
だから、次の作戦を、考えないと。 - 7二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:32:11
別の日。
トレーナー室で、これ見よがしにお菓子を頬張るウチに、トレちゃんは声をかけてきた。
珍しいもの見るような、興味深そうな表情で。
「トラン、なんかあまり見ないお菓子食べてるね、それ美味しい?」
「うーん、まあまあだよん、トレちゃんも一個食べてみ?」
「いいのか? それじゃあ遠慮なく」
トレちゃんは素直に手のひらを差し出してくる。
ウチは心の中でほくそ笑みながら、ころんと一粒、食べていたお菓子を転がした。
一見すると、いわゆるウマーブルチョコのような見た目のお菓子。
しかし、これは海外のジョークグッズで、中には激辛のチョコが詰まっている。
辛いもの好きのウチですら、ちょっと表情を歪めてしまいそうになる逸品。
それをウチは、なんてこともないように、トレちゃんの前で食べ続けていたのだ。
「それじゃあ、いただきます…………んぐっ!?」
何の疑いも持たず、口に放り込むトレちゃん。
しばらく口の中で転がした後、急速にトレちゃんの顔が赤くなって、手で口を押さえた。
吐き出してしまえば良いものを、真面目なトレちゃんはそのまま何とか咀嚼しようとする。
悪戦苦闘しながら、何とかごくりと飲み込んで。
ウチは期待に胸を膨らませながら、悪戯っぽい笑顔作って、トレちゃんに声をかける。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:32:28
「にしし、だいせいこ~♪ どだった? どだった?」
「かっ……から……とらん、みず……なんかのみものちょうだひ…………!」
トレちゃんは呂律の回らない状態で、ウチに向けて飲み物を要求した。
辛さという苦痛に歪んだ顔。
目尻に雫を溜めながら、ウチに向けられる懇願するような目。
べろんとだらしなく、恥じらうこともなく、ウチに晒される真っ赤な舌。
────ぞくぞくぞくっ、と全身が震えた。
胸が躍る、心臓が高鳴る、神経が甘く痺れる、脳がぱちぱちする。
うわぁ、うわぁ、うわぁ……♡
上手く言葉に表すことは出来ないけど、心が、魂が、どこまでも高ぶっていく。
ずっと見ていたくなるような衝動を抑えて、ウチは鞄の中をがさごそと漁った。
「はいはい、ちょーっと待っててねー?」
「とらん……はやく……」
「アイスティーしかないんだけど、いーい?」
「いいから……!」
ウチは鞄がゆっくりと取り出したペットボトルの飲み物を、トレちゃんい手渡した。
飲みかけ用意しておけば、苦渋の選択をするトレちゃんを見られたのかなあ、なんて思いながら。
トレちゃんは忙しない様子でフタを開けると、それをごくごくと飲んでいった。
そして大きな、安堵のため息をついて、目尻の涙を拭いながら、笑って言う。
「はぁ……助かったよトラン、ありがとう」
なんで、お礼なんて、言うかな。
そんなの聞いちゃったらさ、もっともっと、ゾクゾクしちゃうじゃん……♪ - 9二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:32:59
違う違う違う。
あんなのはウチじゃない。
辛さに悶えているトレちゃんを見て、悦ぶなんて、あり得ない。
あれは最後にトレちゃんが、ありがとうなんて言うのが悪い。
ウチの中じゃアレはノーカンだから。
────だから、もう一回だけ、確かめないと。
でも、ダメだ。
あんなこと、して良いわけはない。
そもそも、そんな都合良く、出来る機会なんて来るはずもない。
だから、大丈夫。
ウチはトレちゃんに、そんなこと、出来ないんだから。 - 10二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:33:16
「トーレちゃん……あれ?」
いつも通り、ウチはトレーナー室に入り込む。
鍵は開いていたし、トレちゃんがいるはずなのに、その姿は見えない。
代わりに、小さな寝息が、聞こえて来た。
なんとなく察して、ソファーの方へ差し足忍び足で駆けよれば。
「すぅー……すぅー……」
「……昨日、遅くまでお喋りに付き合ってたからね」
昨夜、トレちゃんはなかなか寝付けなかったウチと、LANEでお話してくれた。
何の他愛もない話をだらだらと続けて、とても楽しい時間だった。
結局ウチが先に寝落ちしちゃったけれど、多分、その後トレちゃんは自分の仕事をしていたのだろう。
あどけない、可愛らしい笑顔を見て、思わず顔が緩んでしまう。
「それにしても、鍵開けっ放しでぐっすり寝ちゃってさぁ」
────なんて、都合の良い。
ドクン、心臓が一際大きな音を立てる。
気が付けば呼吸が荒くなって、身体がじっとりと汗ばんでいた。
なんで、無防備に寝てるのかな。
ウチは必死に我慢しようとしていたのに、ウチは必死に諦めようとしていたのに。
こんな、まな板の鯉みたいな姿を、ウチの前に晒すのか。
「……トレちゃんが、悪いんだよ」
ウチは、気持ち良さそうに眠っているトレちゃんに、跨った。
出来るだけ優しく、ゆっくりと乗ったつもりだったけど、流石に限度はある。
当然、トレちゃんも違和感に気が付き、ゆっくりと目を開けた。 - 11二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:33:31
「…………トラン?」
トレちゃんは寝起きの、ぽやんとした目で、ウチのことを見上げる。
そこには一切の警戒心がなく、危機感なんてまるで感じられない。
そんな無垢な彼の姿に、ちょっとだけぞくりとしながらも、ウチは笑みを浮かべた。
「にやり、トレちゃん、鍵開けっ放しですやすやはダメっしょ? 秘密の情報もあるんだし?」
「えっ……あっ、そっか、ごめん……」
「そんなトレちゃんに、ちょっと罰ゲームをしてもらおうかと思ってさ」
「まあ、君じゃなかったら一大事だった可能性もあるし……わかった良いよ」
素直すぎる。
こうなるだろうなとは思ってたけど、ウチはトレちゃんがちょっと心配だよ。
だから、しっかりと、わからせてあげないとね。
ウチは両手を軽く上げて、指をわきわきと、これ見よがりに蠢かせた。
トレちゃんの顔が青ざめて、引き吊った表情になる。
「……トラン、まさかとは思うけど」
「あっ、ウチのトレちゃん極秘情報教えてあげるね」
「えっ?」
「トレちゃんは腋の下が弱いんだよ?」
「……えっ?」
「この情報の対価は────情報の裏取りという形で良いよん♪」
「ちょっ、まっ!」
慌てふためくトレちゃん────その腋の下に、ウチは手を差し込んだ。
そして、両手の指先で掠めるように、優しく撫でてあげる。
トレちゃんの身体がびくりと震えて、しばらくはぷるぷると堪えていたけれど、すぐに限界が来て。 - 12二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:33:45
「……ははっ、あははははっ! とっ、とらん……やめ……くすぐった……っ! あははは!」
大きな声を上げて、笑い始めた。
ウチが指を動かすスピードに合わせて、トレちゃんの身体が大きく跳ねる。
身体が熱くなって、呼吸はどんどん乱れていって、顔がぐちゃぐちゃになっていく。
それでもトレちゃんは怒ったり、乱暴しようとはせず、ただウチに止めるようにいうだけ。
だからウチは、一旦くすぐりの手を止めて、顔を近づけて、囁くように言ってあげた。
「…………だーめ♡」
トレちゃんの顔が絶望に染まった直後、笑顔に歪む。
トレーナー室に再びトレちゃんの笑い声が響き渡り、ウチは更に興が乗ってきてしまうのだった。
────トレちゃんの抵抗がなくなった頃、ウチは名残惜しくも手を離した。
「今度からは気を付けなきゃダメだよん、トレちゃ…………」
思わず、言葉が詰まった。
力なく横たわる、トレちゃんの姿を見てしまったから。
息も絶え絶えになった呼吸、真っ赤に上気する肌、うるうるとした瞳。
口元には川が流れて、髪もぼさぼさで、シャツも乱れて胸元が露になっていた。
……まずい、やり過ぎた。
さあっと血の気が引く、慌てて飛びのく、すうっと頭の中が冷えていく。
なんて、ひどいことをしてしまったのだろう。
こんなのトレちゃんから嫌われて当然だ、契約解除される可能性だってある。
ああ、ウチはどうかしていた、だって、だって。
こんな状況になっても────ぞくぞくと、わくわくと、どきどきが、収まらないんだから。 - 13二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:34:03
最低な自分の衝動に、自己嫌悪を覚えながら、ウチはトレちゃんに謝罪を口にしようとする。
けれど、それよりも先に、くすぐられたトレちゃんが起き上がり、にこりと笑ってみせた。
「はー、はー……ごめんねトラン、今後は気を付けるから」
なんで、トレちゃんが、謝るのかな。
こんなことされたら、ウチ、さらにおかしくなっちゃうんだよ……? - 14二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:34:18
あの後、ウチはトレちゃんに平謝りをして、なんとか許してもらった。
というか、そもそもトレちゃんはウチに対して怒ってすらいなかった。
……流石に、お人好しが過ぎると思う。
そして、その日の夜、ウチは自室のベッドの中で大きくため息をついた。
「はあ……トランちゃんも大反省だよん……」
流石に、今日の行動はどうかしていた。
あんなことは二度としてはいけないと、猛省しなくてはならない。
しかし、大いに困っていることがあった。
今日のトレちゃんの姿が、脳にこびり付いて、離れてくれない。
とても深く刻まれて、どうにも忘れられそうにない。
出来るならば、また見たいと、思ってしまうくらい。
「動画でも撮っておけば、いやないな、うん」
それこそ最低な行動だ、そう考えて、愚劣な思考を振り払った。
今考えれば、最初の二つは悪くなかったと思う。
ちょっとしたコミュニケーションの範疇に収めつつ、ああいう顔をさせられれば。
────あそこなら、そのアイディアがあるのではないか。
頭の中で、悪魔が囁きかける、天使が導いている。
今回の件全ての元凶で、全ての発端で、ウチに新しい世界の扉を開かせた場所。
ウチはスマホを取り出して、掲示板に覗き込む。
そして目的のスレを探しだすのであった。
「……『トランセンドのトレーナーファンスレ』っと」 - 15二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:34:47
- 16二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:36:35
あのスレが急に色と匂いと動きと音と振動を伴った………!?
良きものでした……… - 17二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 01:37:22
しっとりとしてベタつかないすっきりした例のアレ要素+810点
トランセンドの一歩踏み外すとズルズル行きそうな危うさが好き - 18124/03/20(水) 07:04:33
- 19二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 14:40:59
倒錯するトランセンドはいいぞ
- 20二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 17:05:03
なかなか…良いものを
- 21124/03/20(水) 19:58:08