【SS・幻覚注意】悪夢の足音

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:46:44

    「っ……!!!」

    またあの夢だ。私は汗と涙でびしょぬれになった布団をめくって起き上がった。心臓の鼓動がうるさい。まだ朝の5時。大切な時期だと言うのに、このところロクに眠れていない。次のレースは、絶対に負けるわけにはいかないのに。

    私の名前はアドマイヤグルーヴ。周囲の期待を一身に受けて育ったウマ娘。物心ついたときからティアラ戴冠を期待され、あのエアグルーヴ先輩に目をかけてもらい、デビューからずっと一番人気。それに応えて、無傷の三連勝で迎えた桜花賞。私は負けた。差のない二番人気だったあの子に。次も、その次も。ついに私のティアラ戴冠は叶わなかった。

    期待され、ずっと一番人気に推されても、私はそれに応えることができなかった。私は、史上二人目のトリプルティアラウマ娘の、傍観者の一人。あの子に敗北した、大勢のウマ娘の一人にすぎない。

    しかしそんな私に、またあの子と戦うチャンスが巡ってきた。エリザベス女王杯。かつて、トリプルティアラの最後の一冠だったレース。今はクラシック級とシニア級のティアラ路線のウマ娘が集い、女王を決める一戦。私が参戦を決めたのと時を同じくして、あの子もここに出ることを明かした。シニア級の実力あるウマ娘たちも集うこの一戦。けれど私は、あの子に勝つことしか考えていない。あの子の瞳に、自分より先にゴール板を駆け抜ける私の背中を映す。これまで三度も、私の遥か前を走り抜けていったあの子に。

    ルームメイトを起こさないように部屋を出て、外の蛇口で顔を洗う。水を飲んで深呼吸をすると鼓動は落ち着いたが、まだあの嫌な感覚が拭えない。秋華賞の少し前から、同じ悪夢を何度も見ている。その夢を見た日は、決まって何にも集中できない。私を苦しめる、厄介な夢。正夢になんてならないと分かっているのに。

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:47:22

    「おい!もうやめろ!」

    放課後。エアグルーヴ先輩にトレーニングを見てもらっていた私。先週から約束していたため断ることもできずに無理やり参加したが、案の定、思うように体が動かない。それでもなんとか胡麻化しながらトレーニングをしていたが、さすがに隠し切れなかった。

    「……すいません」
    「こんな状態でトレーニングしても無駄だ。体調が優れないなら、今日はもう休め」

    エアグルーヴ先輩とは、もう長い付き合いになる。口調は強くても、私を心配してくれているのは分かった。あの夢のせいで、心身共に疲労がたまっていたせいだろうか。幼いころからよく知る姉のような存在の彼女の何気ない優しさに、思わず涙が溢れた。

    「おい!なんだ急に!」
    「すいません……なんか……安心しちゃって……」
    「……着替えてこい。話くらいなら聞く」

    トレーニングを切り上げ、着替えて先輩の部屋へ行く。ルームメイトのファインモーションさんは外出しているようで、二人でゆっくり話せるだろうと招いてくれた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:48:12

    「それで、なにがあったんだ」
    「……最近、夢を見るんです。何度も何度も、同じ悪夢を……」

    私は、あの夢のことを先輩に話した。

    その夢は、決まって京都レース場の最終直線から始まる。接戦を制し、割れんばかりの歓声を一身に受ける私。しかしあの子は、観客席に手を振る私の後ろを、虚ろな目でゆっくりと歩いていく。接戦を演じた彼女と称え合おうと、呼び止める私。しかしまるで私の声が聞こえていないかのように、彼女は歩みを止めない。その目に生気はない。そして最後、彼女は私が一瞬目を離した隙に、跡形もなく消えてしまう。その場の観客たちも、まるであの子がそこにいなかったかのように、私と三着のウマ娘に歓声を浴びせる。私以外が、あの子のことをきれいさっぱり忘れてしまっているかのような、異様な空間。あの子のいない、三着のウマ娘と二人だけのウイニングライブ。いつもその場面で目が覚める。

    「秋華賞の少し前から……もう、ずっとなんです。内容はそんなに怖くないのかもしれないけど……でも、起きるとものすごい疲労感で……」

    そう。内容だけなら、特別怖い夢ではない。精々少し不気味な程度。ただ、私にはものすごく恐ろしいものに感じた。あの夢を見た後に襲ってくる不安感は他に経験したことのない異様な感覚で、いつまでもネチネチとつきまとってくる。

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:48:32

    「それで、睡眠不足だったということか」
    「はい……」
    「突き放すような言い方をするが、所詮夢は夢だ。現実になることはない」
    「それは分かってます。でも、本当に怖いんです。どうしたらいいか……」
    「秋華賞も今度のエリザベス女王杯も、プレッシャーがかかっているのは分かる。ストレスをため込んでいるんだろう。たまには息抜きもするんだぞ」

    帰り際、先輩はハーブティーとアロマを持たせてくれた。リラックス効果があるらしい。この感覚を他人に理解してもらうことなど最初から期待していなかったが、話したことで少しは気持ちが軽くなった。先輩にお礼を言って部屋を出る。明日の放課後は、久しぶりに服でも見に行こうか。根を詰めすぎているのも、原因ではあるだろうから。

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:57:30

    「接戦を制し、女王の座についたのは、アドマイヤグルーヴです!!」

    割れんばかりの歓声。やっと報われた。両親、先輩、後輩、期待してくれた沢山の人たち。私は今、その思いにようやく応えることができた。

    「おめでとう」
    「ありがとう。あなたも素晴らしい走りだった」

    接戦を演じた彼女と称え合う。彼女という素晴らしいライバルがいてくれてよかったと、今心の底から思った。これからもずっと、私たちはライバルだ。そう。ずっと。

    彼女の手を握った瞬間、あの不安感が襲ってきた。

    「スティルー!」
    「あなたも最高だったわ!」
    「二人とも!良いレースをありがとう!」

    あの夢は、プレッシャーと根の詰めすぎによるストレスが原因で見ていた夢。現実になんてならない。現にあの夢と違って観客は彼女にも声援を送っているし、彼女の様子は普段と何も変わらない。あれはただの夢。そう必死に自分に言い聞かせる。けれど、どうやってもぬぐい切れない。あの悪夢の足音が、今、はっきりと聞こえてしまった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/03/20(水) 08:59:05

    お わ り
    そう遠くないうちに公式になるだろうけど我慢できなかった。
    あと下書きのコピペしてたら操作ミスって削除すると言う特大トラブルに見舞われましたが書ききれてよかったです。

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