- 1グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:07:10
- 2グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:07:56
―同日22:04 トリニティ校舎屋上―
よかった。月が明るくて歩きやすい。
先生『それで、ここから……』
ツルギ「はい。目撃者からの聞き取りでは、最初の≪事故≫は」
ツルギ「ここから柵を乗り越え、飛び降りたと」
先生『生徒にけがは?』
ツルギ「外傷はごく軽いもので……けれど」
ツルギ「救護騎士団から、意識が戻らないと報告が」
ツルギ「原因が不明なんです」 - 3グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:08:42
先生『昏睡……なのかな』
ツルギ「それもまだ分かりません」
ツルギ「何故、こんな……」
先生『その生徒のことは?何か悩んだり、思いつめていたとか』
イチカ「それについては私から。ツルギ先輩、よろしいっすか?」
ツルギ「ああ、頼む」
イチカ「最初の事件では、飛び降りした生徒は直前に友人とのトラブルがあったみたいっす」
イチカ「SNS上で私物を盗まれたとの投稿があったと。トラブル相手からの聞き取りで判明したっす」
イチカ「実際はお揃いのものを持ちたくて自費で購入したボールペンだそうで」
先生『他には?』
イチカ「それが、何も」
先生『それだけで、そんなにも……』 - 4グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:10:55
イチカ「他人様(ひとさま)の気持ちを分かるなんて私も言えた義理じゃないっすけど」
イチカ「飛び降りかますほどのことか?って疑問はあるっすね」
ツルギ「そもそも飛び降りの目的が分からない」
ツルギ「あてつけ……傷ついていることのアピール?それにしたって回りくどい」
先生『……そうか。飛び降りは自ら命を絶つ手段じゃないんだね』
イチカ「自〇ですか……先生、それって外の世界だと、よくあるっすか?」
先生『飛び降りは、自〇の手段としては珍しくないね。もちろん良くないことだけど』
イチカ「そうなんすね……」
イチカ(まるで……外の世界の常識(ミーム)が急に、コッチの生徒に刷り込まれたような――) - 5グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:11:53
先生『飛び降りは、2件あったんだよね?』
ツルギ「はい。2件目は最初の事故を調べていた、正義実現委員会のメンバーです」
ツルギ「最初の事故の目撃者でもありました。」
先生『最初の事故の目撃者……飛び降りの直前に何か変わったところはあった?』
ツルギ「いえ、私が話していた限りでは……他の調査担当者も、彼女については変わった様子はなかったと」 - 6グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:13:08
イチカ「聞き取り調査の結果では、本人に学費面での不安があったことが分かったっす」
イチカ「両親の強い希望でトリニティ進学を決めたそうですが」
イチカ「入学して間もなく父親のがんが発覚。医療費もあって彼女の実家は相当困窮してたみたいっすね。」
ツルギ「トリニティ(ウチ)のよくないところだな……学費が他校と比べて高いせいで、
金銭的な理由で退学する生徒が少なくない」
ツルギ「ところでイチカ、ハスミはどうした?」
イチカ「ハスミ先輩っすか?さっき、救護騎士団の当直室に先生の休憩スペースを設置するって言って―」
―――ドシャ。 - 7グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:13:47
落ちる人影。校舎向かい。礼拝堂にある、鐘楼の真下。
まさか。あの、大きな翼は。
先生『なっ!?』
イチカ「あれは……!」
ツルギ「ハスミ!!」
月明かりに照らされ、うつろに目を開いたままの横顔は。
確かに、どうしようもなく。羽川ハスミのものだった。 - 8グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:14:25
―翌朝15:42 シャーレ職員室―
ノア「そうだったのですか……それで、本格的な捜査を」
先生『うん、もう3件目が起きてしまった。』
先生『今までの被害者を助けたいし、4件目を絶対に防がないといけない』
先生『シャーレとして動くよ。だから今後は留守にすることが増えるかも』
先生『ごめんね、ノア』
ノア「とんでもありません、これは立派な事件です。」
ノア「一刻も早く解決するために、私もできる限りのお手伝い、させてください」
先生『ありがとう、ノア』
ノア「それで先生、昨日の事件なのですが」
ノア「話を聞いて、引っかかっているんです」
ノア「夜中に転落した人影を、よくすぐにハスミさんだとわかりましたね」 - 9グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:14:52
先生『ああ、昨夜は月が明るかったから――』
ノア「先生、それは……ありえません」
先生『えっ……?』
ノア「昨日の月齢は1.7なんです。つまり―」
ノア「ほぼ新月です、そして昨夜の22時台には、もう月の入りを過ぎています」
ノア「先生がトリニティに行かれた時間帯には、空に月は、ないはずなんです」
そんな――そんなバカな。
じゃあ、あの時校舎を、礼拝堂を、落ちたハスミの、生気のない横顔を。
なにが 照らしていたというんだ。 - 10グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 01:23:34
前半はここまで 後半はもう少ししたら上げます
- 11二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 01:25:45
何が起きてるか先が気になってきたぁ
楽しみに待ってます - 12二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 01:33:45
月は狂気の象徴とも言うが、さて…
- 13二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 02:12:30
何が照らしていたのか
本当に照らしていたのはハスミの横顔だったのか - 14グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:15:18
- 15グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:16:06
2夜目 23:37 トリニティ総合学園 礼拝堂天蓋
空に輝く、中天の月――
では、ない。
ホシノ「なるほど……」
蝶だ。月のように夜空を照らす巨(おお)きい翅。
ホシノ「これは、仮想(どく)だ」
人を狂わせる。かつて通った投身の軌道(こみち)を、
誰かに再びなぞらせるための迂遠な呪い。 - 16グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:17:05
うふ、うふふふ、ふふ
蝶が笑う。表情のない複眼の奥。彼女は笑っている。
ありもしない再誕の時を。待ち焦がれている。
ホシノ「散らしてやる……!」
最速で駆け出す。射程が足りないなら、駆け上るしかない。
鐘楼の真上。セカイを食い破って羽化したそれ。放っておけば
自分の願う通りに、奴は秩序を組みなおすだろう。
「そう、私はもう一度生まれるの。」
蝶はふわり、と羽ばたいて、白い白い鱗粉がゆっくりと
夜空に舞う。避けようとして、しかし叶わず、鱗粉の雨の中に身をさらす。 - 17グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:17:58
ホシノ「ぐぅっ……!?」
皮膚に触れたところから心がなだれ込んでくる。
精神を拓く毒だ。
曰く。
神についてどんな体験もしたことのないふたりの人の中で、
神を否認する人のほうがおそらく、神のいっそう近いところにいる。
曰く。
ロジャーは、指輪を受けとるために片膝をつきながら、いった。
「うへっ!なんだかこんがらがって、もう考えられないよ。
頭がぐるぐる回ってしまう。でも、たしかに取っておきます。
そして、指輪があなたのところに戻っていくようにします」
曰く。
奥歯。ビルの階数かぞえるのはやめなさい。
曰く。
物語への愛と感謝をこめて、せめて、私は生きなくてはいけない?
私という一冊の本を、私が破棄してはいけない?
いけない。そんなことをしてはいけない。 - 18グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:18:24
曰く。曰く。曰く。曰く。曰く。
自分でないものに心が乗っ取られていく。何故、何故。なぜかはわからないが
――どうして、私はこんなにも怖い明日を待たないといけないのか。
ホシノ「情けないね、ずいぶん」
それはたぶん、ほんの一瞬のことだったのだ。気が付けば鐘楼は目の前。
鐘楼の外壁を蹴りつけて、飛ぶ。上へ。
曰く。
世界がいかに美しく作り上げられているか、私は知っている。
そして、被造物であるわたしたちがどのような物語を織りこなしてきたかも。
ここは、多分ある意味ある角度から見れば、すでに楽園なのだ。
ホシノ「おやすみ」
引き金を引く。蝶は翅を無残に弾丸に引き裂かれ、頭と胴が別々になって、
落ちていく。その最中、その仮想(もしも)は形を失い、風に溶けて
散っていった。 - 19グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:19:15
ホシノ「っ、とぉ!」
すんでのところで背中を強打することを免れ、礼拝堂の天蓋の上に着地する。
だぁんと音がして夜半の静寂を乱し、そして乱れは一回こっきりで、空いた穴を
塞ぐように静けさが夜の底を満たした。
ホシノ「うへ~~暗いよお……」
蝶の輝きが消えて真っ暗になった夜を、スマホのライトで照らす。屋根の上に倒れ伏している人影。
ホシノ「先生……よかった」
失神した先生を、左目でよくよく診てのち安堵のため息をつく。
魂は無事だ。目が覚めなかった生徒たちのように、魂が弾き出されてしまった
わけではない。元凶の消えた今、秩序はもとに戻ろうとしている。 - 20グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:19:44
朝 6:11 トリニティ総合学園 救護騎士団当直室
先生『ん……?』
いけない。いつから眠っていた?記憶がない。昨日のことを
ほとんど覚えていない。
ハスミ「お目覚めですか先生?」
先生『ああ……って!ハスミ!!』
健やかな笑顔を取り戻したハスミがそこにいた。
それだけではなくて、目覚めなかった生徒たち皆が、めいめい
体を起こし、救護騎士団の団員たちが慌ただしくその周りを駆け
回っている。
ツルギ「おはようございます……私の出る幕はなかったようです」
ツルギががっくりと意気消沈して部屋の隅で膝を抱えている。それを
慰めているのはなぜか
ホシノ「ホラ委員長。そんなこと言わないの、露払いしてくれてなかったら
おじさんも間に合わなかったよ~~」 - 21グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:23:00
先生『ホシノ!?なんでここに!?』
ツルギ「私ひとりじゃ全然……話にならなくて……そしたら突然、小鳥遊がかけつけて
くれて、あとはなんだかんだ全部やってくれました」
ホシノ「なんか最近物騒だっていうからね~、この辺の様子を見に来たら、
まあすごかったすごかった。おじさんびっくりしちゃった~」
ホシノ「……先生、連続飛び降り事件は無事終わったよ。もうこれ以上誰もちょっかい出されない。
めでたしめでたしってこと」
そうして、ひとまず。
トリニティを騒がせた《連続転落事故》は、終息を迎えた。 - 22グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 03:25:28
後半終了です。
なんか謎説明しないまま終わってしまった。報告書作成の体でちゃんとした説明します。少々おまちを - 23グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:14:56
ホシノ「うへ~~事件解決した後のほうが仕事が多いってどういうこと~~?」
先生『仕事だから、だよホシノ。みんなにわかる形で記録を残せれば、
次に同じような事件が起きた時の参考になるからね』
ツルギ「私にも説明してもらう、ツルギ役立たず、で終わらされるなんて冗談じゃない!」
ハスミ「私も、事情を理解しておかねばなりません。なぜ今回は防げなかったのか、次は
どうすべきか」
イチカ「私も右に同じっす。あと下調べさせるだけさせられて、なんの説明も無しに、ハイ
終わりました。じゃあ腹の虫が収まらないっすよ」 - 24グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:15:20
ホシノ「……そうだね、じゃあまずは、結局これがどういう事件だったのか、ってところから」
ホシノ「現実逃避って言葉があるでしょ?嫌な現実から逃げて、全然関係ないことしてみたり
空想に逃げ込んでみたり、大人ならお酒に逃げることもできるかもね」
ホシノ「今回起きたのはそれのすごい大規模なやつなんだよ。嫌な現実から逃げるのに飛び降りまで
して、魂だけどこかに逃がしてしまうような」
ハスミ「現実逃避?……私も嫌なことから逃げ出しただけだとおっしゃるのですか?」
ホシノ「まあ怖い顔しないで。人間なら普通に持ち合わせてる心の仕組みだよ。私にだって、先生にも
それはある。でもさあ?嫌なことあったくらいで、魂だけふっとばしちゃうような逃避は
しないんだよ、だから、大切なのはここから」
ホシノ「現状を受け入れられない気持ちに、つけこんだ奴がいるとしたら?」 - 25グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:15:49
先生『逃げたいって気持ちを、誰かが現実にさせた……?』
ホシノ「そういうこと。頼んでもいないのに逃げさせられたと言ってもいい。」
イチカ「確かに1件目と2件目は、大なり小なり現実に問題抱えてる生徒が飛び降りをしたっすね」
ハスミ「ああ……それで」
イチカ「ハスミ先輩?」
ハスミ「2件目の飛び降りをした生徒は、私が頼んでそれを引き受けてくれたんです。そして、
彼女の事情を知って私は、自分を責めました。なぜ気が付いてやらなかったのかと。」
ハスミ「そして思ったんです。もしもそれを知っていたならば、もっと彼女の力になれたので
はないか、と。」
ハスミ「その《もしも》が、隙になったのですね」
ホシノ「……だいたい説明しようと思ってたこと言われちゃったなあ。そのとおりだよ。その
《もしも》が相手からしたら、こちらに干渉するための唯一のバックドアだったんだ。」 - 26グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:16:35
ツルギ「実現できるものなのか?それは?仕組みはなんとなくわかったが……実現できると思えない」
ホシノ「できるんだなそれが。犯人は誰かの《もしも》を無限に現実に出力できる化け物だ。幸いなことにまだ
羽化したてで《もしも》の強度がまだ弱かったから、散らすことができたけど」
ツルギ「私の攻撃が本体に通じなかったのはまさか……」
ホシノ「そのとおり。ハスミが意識不明になったことをツルギが受け入れられなかったから、
ハスミが意識不明になってしまった今現在が、《もしもハスミが無事だったら》っていう
仮想の強度を超えられなくなってしまった。ツルギが現在の軸から加える攻撃では、もうあの
蝶にダメージを負わせることはできない。」
ツルギ「詰みだろ、それじゃ。自分の大切な人がやられてなんとも思わないなんて真似できようがない」
ホシノ「そう。自分たちで何とかしようとすれば、ね」 - 27グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:18:11
イチカ「……ヨソの誰かを引っ張ってきて倒させればいいと?」
ホシノ「現状それが一番手っ取り早いかなあ。幸いシャーレを通じてどこの学校にも連絡はすぐ届くようになった。
もしも再発防止に万全を期すなら、早めに学校の枠にとらわれない混成部隊で早めに対処するに限る」
ハスミ「しかし!トリニティで起きた問題に対して他校の勢力を引き入れること前提の作戦なんて……!」
先生『いいんじゃないかな?』
ハスミ「先生まで……」
先生『誰にでも自分だけじゃできないことがあるんだよ。それを認められないときに、一番恐ろしい結末が待っている』
ハスミ「……わかりました……本件はティーパーティーに議題として提出させていただきます。」
イチカ「ありがとうございました。ちょっと……ここじゃ答えが出ないっすけど、でも聞かせてもらったこと、無駄にしません」
ツルギ「正義実現委員会以外の学内事件への立ち入り……んんん……いやでもそれは……」
三者三様。それぞれ改革を迫られる今回の事件には頭を悩ませているようだった。 - 28グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:18:31
まあ、それはそれとして。
先生『今回の事件の……敵?と言ったらいいのか?それは、何者だったんだ?』
瞬間、ホシノの目の奥に不穏当な光を感じた、ような気がした。次の瞬間、ホシノはいつもの調子で話し出す。
ホシノ「う~ん、怨念、という言葉じゃあまずいだろうしねえ。そうだね……精神干渉を生じるタイプの未知のオーパーツ
ってのが落としどころとしてはいい感じじゃないかな?」
ホシノ「あちゃ~、もうこんな時間だ、おじさんそろそろ行かないとだよ、それじゃあ、また!」
ホシノはそういうとそそくさと出て行ってしまった。後には深刻な顔の生徒が三人とくたびれた先生ひとりが残されたのだった。
小鳥遊ホシノはアビドスへの帰路を急ぐ。ふと西の空を見やると、午後の日差しの中、月が地平線へ落ちていくのが見える。
ホシノ「二階堂奥歯……」
誰の名なのか。それを歯を食いしばるように呟いて、小鳥遊ホシノは走り続けた。
散逸仮想 了 - 29グルーム◆.QbvzHNng.24/03/23(土) 05:22:35
終わりです。現実逃避の話を書きたかったのになんだこれは
投下をもって供養だけしておきます、読んでくれた方ありがとうございました。 - 30二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 05:33:36
凄く面白かったです!
- 31二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 06:48:20
もしもを現実にする...
...アトラ・ハシース?AL-1S? - 32二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:50:29
短いのに綺麗にまとまってるの凄い
- 33二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 18:43:27
乙
飛び降りと怪奇で空の境界を思い出す雰囲気だった。
ただ最後の人名は不味い気がする。