(SS注意)キタサンブラックのトレーナーのジンクス

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:49:01

    「あっ、あの……キタサンブラックさんのトレーナーさん、ですよね!?」

     『さん』が多いな、と心の中で思いながら、背中に投げかけられた声に振り向く。
     トレセン学園の廊下、そこにいたのは見覚えのない一人のウマ娘。
     緊張しているような面持ち、真新しい制服、全体的にどこか初々しさを感じさせる。
     入学したばかりの子なのかな、と予想をつけながら俺は彼女に声をかけた。

    「そうだけど、何か用?」
    「えっと、その、私、キタサンブラックさんに憧れてて、あの人みたく、走りたくて……っ!」
    「そっか、それを聞いたらあの子も喜ぶだろうから、伝えておくね」

     多分、本来は人見知りする子なのだろう。
     それでも彼女は必死に声を張り上げて、その思いの丈を伝えてくれている。
     キタサン本人の前で出来れば一番良かったが、これが今の彼女の精いっぱいなのだろう。
     俺はその勇気をちゃんと受け止めて、彼女に渡すことを約束する。
     ────しかし、気づけばあの子も、他人からの憧れを受ける側かあ。
     トウカイテイオーに憧れる姿を知っている身からすると、なんとも感慨深いものがある。
     今や彼女も、いくつもの大レースを制した、スターウマ娘の一人。
     これまで彼女と育んできた思い出やトレーニングの日々が脳裏に呼び起こされ────。

    「そっ、それで、あなたに一つ、お願いがありまして!」
    「……あっ、ああ、俺に出来ることだったら」

     頭の中の思い出巡りは、そんな台詞によって遮られる。
     いけない、さっきのやり取りで終わった気になっていたが、目の前に彼女はまだいるのだ。
     改めてその子に意識を向けると、彼女は何故か、先ほどよりも緊張した様子でまごまごしている。
     やがて、彼女はぎゅっと目を瞑り、意を決したように口を大きく開いた。

    「あっ、あなたの! 足を触らせてもらえないでしょうか!?」
    「…………………………えっ?」

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:49:20

    「────ということがあったんだよ」
    「……あたしに、憧れてくれるのは嬉しいんですけど」

     トレセン学園の食堂。
     共にテーブルを囲む目の前の少女は、俺の話を聞いて、お茶を両手に目を丸くしていた。
     黒みの強い鹿毛に斜めに流れる流星、ふんわりとしたツーサイドアップ、鮮やかな赤色の瞳。
     担当ウマ娘のキタサンブラックはお茶を一口すすると、考え込むような顔をした。

    「トレーナーさんの足に触りたい、というのはなんなんでしょうね?」
    「そうなんだよなあ……ウマ娘の足に勝手に触るトレーナーがいるって話は聞いたことあるけど」
    「ああ、あたしも知っているような、知らないような」
    「俺の足なんて触ったところで、面白くもないと思うけどね」
    「形が良くて、しっかり引き締まっていて、素敵な足だと思いますよ?」
    「…………それはどうも」

     足のことをキタサンに褒められて、少し恥ずかしい気分になる。
     彼女は時々『キタちゃんマッサージ』と称して俺にマッサーシをしてくれていた。
     その時に良くやってもらうのが足のマッサージで、それはもう、とても心地良い時間を過ごせるのだ。
     ……まあ、走ることが本分のウマ娘に、足をマッサージしてもらうのはどうなんだと思わなくもないが。

    「あの、ところで」

     ふと、キタサンがぽつりと呟くような声を出す。
     いつも元気で、はきはきと喋る彼女には珍しい、躊躇いを感じさせるような声。
     彼女は少し視線を伏せて、指を揉みながら、小さく言葉を続けた。
     複雑そうな表情をする彼女に、どんな問いかけかと、思わず背筋を伸ばしてしまう。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:49:38

    「……その子には、足を触らせたんですか?」
    「ああ、そんなことか、それは」

     キタサンの口から出て来たのは、なんてことのない、真っ当な質問。
     少し拍子抜けしながらも、俺はすぐさま、彼女に答えを返そうとした、その瞬間だった。

    「────話は聞かせてもらったよ、キタちゃん」
    「ひゃあっ!?」
    「うわっ!?」

     突然の割り込み。
     俺とキタサンは、揃って驚きの声を上げてしまう。
     その原因である当の本人は何事もなかったかのように、澄ました表情で椅子に腰かけた。
     淡い鹿毛のロングヘア、特徴的な菱形の流星、全体から感じられる高貴で上品な雰囲気。

    「ダッ、ダイヤちゃん!?」
    「ふふっ、ちょっとお話が聞こえたから、驚かせてごめんね?」

     サトノダイヤモンドは、悪戯っぽく微笑んでみせた。
     彼女はキタサンの同室であり、幼馴染であり、唯一無二といって良いほどの大親友。
     だから、俺達を見かけた彼女が声をかけて来ること自体は不思議ではない。
     しかし彼女の言葉に引っかかりを感じて、俺は疑問を口にした。

    「その口振りからすると、彼女が俺の足を触ろうとした原因に、心当たりがあるのか?」
    「そっ、そうなの、ダイヤちゃん!?」
    「はい、その答えはですね……!」

     両手をぽんと合わせて、サトノダイヤモンドは言葉を溜める。
     顔こそ落ち着いたようだが、わくわくしている感じが隠せていない様子には、少し見覚えがあった。
     基本お淑やかな彼女が、キタサンや彼女のトレーナーを引っ張り回す原因となる要素、すなわち。

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:49:56

    「ずばり────『ジンクス』です」 

     うわでた。
     と、思わず心の中で思ってしまうほどの、お決まりの言葉。
     サトノダイヤモンドは『サトノのウマ娘はG1を勝利出来ない』というジンクスを破ることを悲願としていた。
     そのジンクスは彼女とそのトレーナーの不断の努力によって、すでに断ち切られている。
     しかし、それはそれとして、ジンクスに興味津々なのは変わっていなかった。
     彼女は楽しそうな声のまま、ぽかんとした表情のキタサンを前に、言葉を続けていく。

    「最近、『キタちゃんのトレーナーさんの足に触ると足が早くなる』という噂が流れているんですよ」
    「えっ、えええええっ!? なにそれっ!?」
    「なんでそんなビリケンさんみたいな話が……?」

     サトノダイヤモンドの口から聞かされたのは、全く根も葉もない噂話だった。
     なるほど、確かにそんな噂が流れてるとすれば、あの子の突拍子もないお願いも理解出来る。
     少なくともこの学園にいるウマ娘にとって『足が早くなりたい』というのは誰もが持つ願いだからだ。
     ……だがしかし、勿論、俺の足にそんなご利益などはありはしない。
     
    「一体どこからそんな噂が」
    「……実は、どうも私とキタちゃんのせいみたいなんですよね」
    「あたし達の、せい?」

     気まずそうな表情で手を頬に当てるサトノダイヤモンド。
     彼女の言葉を聞いて、キタサンは困惑しながら、首を傾げていた。

    「ねえキタちゃん、少し前、ここでトレーナーさんのマッサージをしたって話をしてくれたよね?」
    「うっ、うん、でもそれが何の関係が」
    「その時、キタちゃんはこう言ったよね、『トレーナーさんの足のマッサージをしていると、足が早くなる気がする』って」
    「…………あっ」

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:50:19

     キタサンは耳をぴんと立てて、大きく目を見開いた。
     ……その話は、本人から聞いた覚えがある。
     俺の腰をマッサージすると、根性がついて、元気になる気がする。
     俺の肩をマッサージすると、コーナーで息を入れるコツが掴めるような気がする。
     俺の足をマッサージすると、足が早くなるような気がする。
     間違いなく彼女の気のせいなのだが、嬉しそうに話しているのを見て、否定する気にはなれなかった。
     それで、つまるところ。

    「その話が他の子に聞かれてて、紆余曲折あって」
    「『キタちゃんのトレーナーさんの足に触れると足が早くなる』という噂になった、というわけです」
    「あうぅぅ……ごめんなさい、トレーナーさん」
    「私も、すいませんでした、もう少し、周囲に気を遣っていれば」
    「いっ、いや、気にしないで、頭なんか下げないでいいから」

     申し訳なさそうな表情で二人に頭を下げられたので、慌てて、それを止める。
     まあ、噂なんてその内消えるもの。
     しばらくは、先日の彼女のような子が現れる可能性もあるが、すぐに収まることだろう。
     それにキタサンならともかく、俺ならば大した弊害もないから、なおさら問題ない。
     やがて、ほっとした様子で顔を上げたサトノダイヤモンドは、少し恥ずかしそうに言った。

    「それで、ですね…………私も、トレーナーさんの足を触らせてもらっても良いですか?」
    「えっ」
    「ダイヤちゃん!?」
    「ほら、良いジンクスならあやかりたいし、足はいくら早くなっても良いから」
    「……でもそのこのジンクス、ほぼマッチポンプみたいなもんじゃ」
    「尚更、ですっ! 私達によって生まれたジンクスだなんて、ワクワクしてきませんか!?」

  • 6二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:50:39

     サトノダイヤモンドは興奮した様子で、目を輝かせた。
     良くわからないが、そういうものみたいである。
     しかし、足を触らせる、か。
     別に減るものではないし、色々とお世話になっているし、無下にする理由はあまりない。
     キタサン的にはどうだろう、そう考えて、俺はちらりと彼女の方を見た。

    「…………っ、あたしの足じゃないですし、トレーナーさんが良いなら」

     そう言って、キタサンは少し目を逸らした。
     ぎゅっと自身の服を掴んで、申し訳なさそうな、不本意そうな、なんとも複雑な表情を浮かべている。
     やっぱり、ジンクスになったことについて、気にしているのだろうか。
     今度フォローをしてあげようと考えながら、俺はサトノダイヤモンドに向き直る。

    「わかった、特に面白いものじゃないだろうけど、どうぞ」
    「はい、ありがとうございます♪」
    「……」

     サトノダイヤモンドへ向けて、足を差し出すように前に出す。
     彼女はそれを見て、ゆらりと楽し気に尻尾を揺らすと、椅子ごと身体を寄せて来る。

     そして、その様子を────キタサンは、無言でじっと眺めていた。

     眉を歪ませて、耳を後ろに倒して、尻尾を力なく垂らして。
     そんな彼女を尻目に、サトノダイヤモンドの白い指は、少しずつ俺の足に近づいて来る。
     まるで初めて見る動物に触れるように、そっと、ゆっくりと、時間をかけて。
     そして彼女の指先が触れる、その直前だった。

  • 7二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:51:06

    「やっ、やっぱり、ダメーーッ!」

     突如、キタサンがテーブルの上に身を乗り出して、倒れ込むように俺達の間に入った。
     テーブルの上にあったものは幸い無事だったものの、突然の行動に俺とサトノダイヤモンドは目を丸くする。
     キタサンは顔を上げて、ちらりと俺を見てから、サトノダイヤモンドの方を向いた。
     少し呼吸を乱しながら、どこか必死の表情で、彼女は言葉を吐き出す。

    「こっ、この人は、あたしの、だから……!」

     きょとんとした表情でキタサンを見つめるサトノダイヤモンド。
     やがてその表情は────にっこりと、心底愉しそうな、とても深い微笑みとなった。
     キタサンの顔が、さあっと青ざめる。
     我に返ったのか、わたわたとした様子で、彼女は弁明を始めた。

    「ダッ、ダイヤちゃん、これは、そのっ!」
    「うんうん、わかってるよ……トレーナーさんはキタちゃんの、だもんねー?」
    「ちっ、違う! 違うの―! 今のは、言葉の綾というか……!」
    「あっ、トレーナーさん、やっぱり足に触るのはやめておきます、キタちゃんに悪いですから」
    「おっ、おう」
    「ダイヤちゃん!?」
    「それにもしかしたら、このジンクスは『自分のトレーナーの足に触れると足が早くなる』というものかもしれません」
    「いや、それはどうなんだろ……」
    「ですので! 私は私のトレーナーさんの足に触ってジンクスを確かめようと思います…………私の、に触って、ね?」
    「……っ!」

     サトノダイヤモンドは、キタサンの耳にそっと囁き声を残すと、笑顔のままそそくさと立ち去ってしまった。
     後に残されたのは呆然としている俺と、真っ赤な顔でテーブルの上で腹ばいになっているキタサンだけ。

  • 8二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:51:26

    「……とりあえず座ろうか、手助けいる?」
    「あっ、ありがとうございます、大丈夫です」

     静かに粛々とテーブルから身体をどかすと、キタサンは元の席に戻る。
     顔の赤みはそのままに、小さく縮こまって、顔を俯かせてしまっていた。
     しばらく待ってあげると、彼女は消え入るような声で言葉を紡ぎ始める。

    「……その、さっきはあたしの、とか言っちゃいましたけど、ちっ、違うんです」
    「いや、違わないでしょ」
    「ふえっ!?」

     俺の言葉にキタサンは大きく目を見開いて、こちらを見つめた。
     ……何故、そんな驚くのだろうか、当然のことを言っただけなのだが。
     口をぱくぱくとして、言葉を失っている彼女に、俺は伝える。

    「だって俺は、君のトレーナーなんだからさ」
    「…………は?」
    「だから君の、であることには何の間違いも……ってキタサン?」
    「うぅ~……」

     喋っているうちに、キタサンの表情がみるみるうちに渋いものへと変わっていく。
     微かな唸り声を上げながら、ジトっとした目つきで、じっと俺のことを見つめて来た。
     そして、彼女は諦めたように、小さくため息をついた。

    「はあ……そうですね、トレーナーさんは、あたしのトレーナーさんですよね」
    「うっ、うん」
    「だから、その、ですね、他の子には、あまり足に触って欲しくないなあ……なんて」

  • 9二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:51:41

     キタサンは恥ずかしそうにはにかんで、指を揉みながら、そう言った。
     彼女の言う『だから』の意味は、良くわからない。
     けれど、彼女がそう望むのであれば、それを断る理由はなかった。
     俺は笑みを浮かべて、彼女に答える。

    「わかったよキタサン、他の子には足を…………あっ」
    「……トレーナーさん?」

     そして、言ってる最中、思い出した、思い出してしまった。
     そもそも今回の話をする、発端となった出来事を。
     あの時、あの子と何があったのかを。
     何かを察したのか、キタサンの耳がぴんと立ち上がり、そしてすぐさま後ろに垂れる。
     すんと表情が消えて、目には薄暗い光が灯った。

    「そういえば、さっきの質問の答え聞いてませんでしたね」

     普段よりもはるかに低いキタサンの声が、鼓膜を揺らす。
     それは何故か恐ろしいほどの圧を感じるもので、俺は思わず冷や汗をかいてしまうほどだった。
     彼女は、静かに問いかける。

    「その子には────足を触らせたんですか?」

     それからしばらくの間。
     どこへ行くにしてもキタサンがくっついてくるようになったのは、また別の話である。

  • 10二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 17:53:06

    お わ り
    不思議なキタちゃんマッサージ

  • 11二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 18:19:36

    あーあキタちゃんは妬いちゃいました
    トレーナーさんのせいです

  • 12二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 18:35:01

    腰に関しては眠っちゃったトレーナーを見て起こさないように我慢しつつ帰ってぐっすり眠れたから回復しただけだから(意味不明)
    嫉妬キタちゃんコワイネコワイネ…

  • 13124/03/23(土) 21:14:52

    >>11

    焼き餅キタちゃんはいいよね……

    >>12

    嫉妬りキタちゃんは癌に効くようになる

  • 14二次元好きの匿名さん24/03/23(土) 21:32:58

    ハキハキした元気っ子の嫉妬は良いぞ

  • 15124/03/24(日) 06:06:11

    >>14

    いいよね……

  • 16二次元好きの匿名さん24/03/24(日) 06:12:22

    頑張って我慢しようとしたけど我慢できなくて「だめー!!」ってなっちゃうキタサンはその内病気に効くようになる。

  • 17二次元好きの匿名さん24/03/24(日) 07:26:11

    キタちゃんは自分が重いと自覚しているとバレンタインイベでわかっているんですよね それに好きなものは一目惚れしやすいのもあり独占欲が強いのはほぼ有り得るんですよね
    それはそれとして嫉妬りキタちゃん可愛いよね...今回もとても良いSSでした

  • 18124/03/24(日) 19:02:17

    >>16

    我慢出来なくなるキタちゃんはいいよね……

    >>17

    上手く嫉妬りとできたようで良かったです

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