すいませんでした

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/25(月) 21:29:44

    「それでは、クラフトの高松宮記念制覇を祝して、乾杯ー!」
    柔和なシーザリオの声を合図に、グラスがあちこちで音を立てる。
    ラインクラフトの変則二冠達成に群衆が沸いた日はとうに過ぎ去り、今はシニア級。彼女は短距離マイル路線でいくつもの勝鬨を上げてきた。
    そして今日、彼女は春一番を連れて短距離路線の頂点に輝いたのだった。
    祝勝会で手配したのは卑怯の温泉宿。ラインクラフトは上座に座り、緩み切った笑みを浮かべていた。上座というより、お誕生日席である。
    そんなラインクラフトがいつにも増して上機嫌で、小さな瓶を片手に歩いてきた。
    「トレーナーさん、これ、旅館の方から。トレーナーさんにご馳走してって渡されました」
    まだ学生が手にしてはいけない形の瓶だった。
    「クラフト、これお酒だよ?」
    「分かってます。わたしたちは飲んでませんから、トレーナーさん、どうぞ! あっ、こういう時はお注ぎするんでしたね」
    「いやいやいや、未成年の前でお酒を飲むのはよくないって」
    「それはそうなんでしょうけど...正直に話すと、見ちゃったんです。ここに来て、お酒を眺めて残念そうに目を逸らすとこ」
    「あう...」
    付き合いが長くなって気づいたこと。ラインクラフトはものすごく、人を見ている。彼女の前で油断はできないと肝に銘じていたが、一瞬の気の緩みを見られてしまったようだ。
    「それに、旅館の方が、トレーナーさんがとても怖い顔をしてるのを心配して、今日くらいは楽しんで欲しいって。直接渡すのは怖いから、わたしが引き受けたんですけど」
    「シーザリオの大阪杯のことを考えてたからかな。貴方に頼むのもどうかと思うけど」
    ラインクラフトが耳打ちをする。
    「わたしたち、内緒にしますから」
    密かに気にしていたお酒を目の前に出されて我慢できるほど、私は我慢強くはなかった。
    「ダメな大人でごめん、クラフト」
    「今日はトレーナーさんも主役なんですから、楽しく飲んでくださいね」

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/25(月) 21:30:32

    一口だけにするつもりだった。しかしそれは、乾いたスポンジに水が染み込むがごとく、酒を断っていた体を駆け巡った。
    すかさず二口、三口。瓶はもう空になってしまった。
    「わあ...わ、わたし、お代わりを」
    「ダメ、本当にダメ、クラフト」
    僅かに残った理性で自制する。するとクラフトは膝が触れ合うほど隣に座り直した。
    「わたしたちのために我慢してたのに、すみません。でも、トレーナーさんの本音が聞きたくて」
    「そんなの、飲まなくても答えるのに〜」
    心なしかラインクラフトの声が反響して聞こえる。思ったより酒が回っているようだ。

    「わたし、ティアラ路線の先輩方に憧れてるんです。レースの強さも、生き方も。レースはお陰で勝てるようになりましたけど、まだシーザリオに子供扱いされるままで」
    「それはシーザリオの性格のもあると思うけど」
    「とにかく、ステキな大人になりたいんです、私。どうでしょう? わたし、ここから変われると思いますか? その、噂だと担当トレーナーさんとお付き合いしてる方もいるそうで」
    なんだか聞き捨てならない話が出た気がする。
    「そこは、焦らなくていいんじゃない?」
    彼女のまくし立てる様子と対照的に、じっくりと言葉を選んだ。
    「担当になってから少し経つけど、クラフトは成長してるよ。少しずつ」
    「少しずつ、ですか...」
    「焦らなくていいよ、だから。クラフトの人生はきっと長いんだから。将来、貴方と一緒になれる人はきっと幸せ者だと思うよ。だって、貴方だから」
    「そう、ですか、そうですかね...えへへ」
    ラインクラフトは挙動不審になりながら自席に戻って行った。料理に手をつけずに膝をかかえ、何やらブツブツ言い始めた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/25(月) 21:31:02

    「トレーナー、大丈夫? 顔が真っ赤になって。お水、持ってきますか?」
    入れ違いになるように、シーザリオが心配そうに顔を覗き込む。
    「大丈夫、水くらい...おっと」
    「ほら、危ないですよ。取ってきますから、待っててください」
    立ち上がり、少しよろけたところを抱き止められた。ここは彼女に甘えるのが正解かもしれない
    「ごめん、大阪杯が近いのに」
    「今日は今日、明日は明日です。...ですから、明日から週末まで。最終調整、よろしくお願いします」
    「もちろん」
    「ふふっ。じゃあ、今はいい子にして待っていてくださいね?」
    ほんの数秒のやり取りで、頭にかかったモヤが一気に晴れた気がした。彼女の優しさと厳しさに随分と助けられたものだ。
    そういえば、彼女の進路について、気心が知れてきたゆえの気恥ずかしさから言い出せずにいたことがあった。彼女が第二の人生を選ぶのはもっと先であって欲しいから。ただ、選択肢の一つとして考えていてほしいことでもあった。よし。酒の勢いで言ってしまおう。

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/25(月) 21:31:53

    「シーザリオ。ずっと先の話なんだけど」
    「はい、なんですか?」
    「将来の目標は後進の育成だって聞いててね。具体的に就きたい仕事とか決まってるの?」
    「いえ、まだ具体的には...ただ、様々な先輩方と交流をして決めようかと」
    「そうなんだ。ねえ、トレーナーに興味はない?」
    「トレーナー、ですか」
    「嫌じゃないなら、ライセンス取ってウチのサブトレーナーやらない?」
    「それは...有難いお話ですが...トレーナーは人間がやったほうが上手くいくと統計が」
    「統計じゃなくて、やりたいことを考えてよ。もしトレーナーやりたいってことなら、一人前になるまで面倒見るから。いや、こっちがまだ半人前だったな...」
    「じゃあ、トレーナーは私をずっと側に置いてもいい、ってことですか?」
    「そうなる...かな」
    「ふーん...だってさ、クラフト」
    「ダメですよトレーナーさん。そうやっていろんな子に声かけちゃ」

    気づかないうちに、ラインクラフトが再び側にいた。
    右側にシーザリオ、左側にラインクラフトが座る。後方は壁で逃げ場はない。
    「クラフト? 悪いトレーナーさんに聞いちゃおっか。一人を選んでって言われたら、誰にするのか」
    「さっき、言ってくれましたよね。わたしを恋人にできる人は幸せだって。トレーナーさんはどうなんですか?」
    「ライセンスを取ってずっとサブトレーナーを続けて...もし、結婚したいなって思ったら、トレーナーしか選択肢が無くなっちゃいますね?」

    「それは、そういう意味じゃ...」
    誤解が誤解を呼んでいる気がする。桜花賞のあの時よりも始末が悪い。彼女たちにとって、自分は今二股をかけようとしているのだから。

    「へえ、純情な二人を誑かして、あなたも隅に置けないじゃない?」
    訂正。三股、かもしれない。

    みたいなやつを考えてたら落ちてしまったので何か概念ください

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/25(月) 21:37:52



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