【SS】超えられない壁【閲覧注意・トラ虐、曇らせ要素あり】

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 00:51:54

     拙い。絶対に拙い。いくらトランセンドというウマ娘が自然に距離感が近く、お互い意識していない――そう思っていたのは俺だけだったらしいが――と言ってもだ。二人だけで温泉旅館なんてのはもう、感覚が麻痺し過ぎだった。
     夕食も風呂もとうに済んだ現在、トランは退屈なバラエティ番組を流しつつもこちらの様子を伺っている。
     俺はと言えば、座椅子でリラックスしているフリをしているが、内心は戦々恐々。この状況、もはやトランが動けば終わり。俺はチェスや将棋で言うチェックメイトにはまっているのだっ!
     そして突然の電源オフと共に、その時はやって来た。

    「トレちゃん。……そっち良い?」
    「……イイヨ」

     トランが近づいて来た。浴衣を乱さぬよう、緩やかに。普段のノリは鳴りを潜め、俺と同様に緊張し、俺の反応を見逃すまいとしているのが伝わる。
     すぐ側まで来た時には心臓が跳ねる思いがした。だが、彼女もまた平静を保つのに苦心しているのが、横目にも見て取れる。
     これから行う重大案件、その一事で思考が溢れそうなのだろう。

    「ねえトレちゃん、良いんだよね……そういう事でさ。そうなんだよね」
    「曖昧なプログラムは走らないぞ」
    「言わせるのは野暮だよん……ウチだって女の子、なんだから」

     それはそう。しかし今まで曖昧な心地良さに甘え、ハッキリと考えて来なかった事への、これが報いなのか。
     俺は座椅子から飛び起きる。半分膝立ちだったトランの背中、そして両腿の下に腕を差し込み、一気に抱え上げた。
     ひぅ、と小さな声が漏れる。同時に体温と柔らかさ、甘い匂い、交わす視線が俺の五感に畳み掛けた。あ、今味覚だけ使って無いな。
     脳裏をかすめたバ鹿な思考を振り切り、並んで敷かれた布団の上に、そっとトランを降ろす。

    「トレちゃん……」
    「トラン……」

     期待に潤んだ両の瞳。
     紅く濡れる唇。
     衿(えり)に秘めた豊かな実り。
     衽(おくみ)から覗く白い脚。
     そして無数の畳の目。

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 00:52:22

    「……何してんのトレちゃん」
    「これは土下座と言って最大級の謝意を示すゼスチュアだ」
    「そんな事聞いてんじゃ無いよん?」
    「すまん。トランはきっと並々ならぬ決意でここに来たんだろう。比べて俺はあまりにも考え無しだった……それを謝らなければならん。本当に申し訳ない」
    「それはウチらが指導者と生徒、だから?言わなきゃ誰も見てないし、分からないんだけどなぁ」
    「俺が、見てる。トランも見てる。俺が止まらなかったら、今日の事が枷になる時がきっと来る。
     俺はトランに何かを与えても、何も奪う訳にはいかない」
    「乙女の誇りが奪われてんだよ」

     硬く、冷たく、僅かに震える声が頭に降って来る。トランは今、どんな顔をしているのだろう。

    「それは……本当にすまん。詫びるしかない。この通りだ」
    「……もう顔上げてよ、トレちゃん」

     重く静かな数秒間を、トランの言葉が切り開く。俺の前には満面の、しかし酷く疲弊した笑顔があった。

    「参ったなぁ……。ウチ、トレちゃんを困らせる気なんて無かったのになぁ」
    「……トラン。俺は っ」

     パァン!乾いた破裂音と同時に、トランの姿が視界の端へ飛んだ。遅れて鋭い痛みが頬を襲う。――どうやらビンタに手心を加えてくれたらしい、首は無事のようだ。
     正面に向き直ると笑顔はそのままに、両眼に涙をたたえるトラン。

    「……ウチにかかせた恥は、これで忘れてあげる。明日からは元通りのウチらだからね」
    「あ ああ、サンキュー……トラン」
    「お休みっ!」

     トランは一声叩き付けて布団に飛び込み、頭からスッポリ包まった。中からくぐもった叫び声が漏れ聞こえる。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 00:52:52

    『バーロー!ウチよりA女E女なんて!この先絶対現れないんだからなー!』
    『トレちゃんはウチの居なくなった後で!永遠に二番手を探してれば良いよ!』
    『くそっ!バッカヤロー!くそぉ……』

     胸が、痛い。
     俺がもっと思慮深ければ、トランを傷つけずに済んだかも知れない。だがそうはならなかった。ならなかったんだ。或いはもっと――いや、きっとその先に幸せなどは無い。
     半端者の半端な結末を噛み締め、明かりを消して自分の布団に入る。

    「お休み、トラン。……ごめんな」

     嗚咽とすすり泣きだけになったトランの布団に向かって小さく呟き、長い長い自責の夜が始まった。
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
     柱時計の音に目を覚ます。夜中は消音している所も多いらしいが、ここの時計は古い型なのだろう。一時、いや二時か。あんなに辛くても、愚かな自分を責めても、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
     朝になったらどんな顔をトランに向けたものか。再開した自責の中で、指先に温かい感触を覚えた。

    「……トラン?」
    「……トレちゃんも起きてたかぁ」
    「今のでか?」
    「うん」
    「忘れるんじゃ無かったのか」
    「明日から、ね。朝になるまではさー、このくらい良いじゃん」
    「すまなかったな。俺はバ鹿だ」
    「もうそれは言いっこなし」

     再び深い眠りへと落ちてゆく。お互いに掌の温もりを感じながら。そのためか今度は苦痛も喪失感も無く――俺は身勝手な充足に包まれていた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 00:53:33

     朝。どちらからともなく手は離され、同時に体を起こして向かい合う。

    「……トレちゃん、ヒッドい顔」
    「トランこそ」

     トランの両眼は赤く腫れ上がり、いつもの面影も無い。俺はきっと、ものスゴい隈でも出来ているんだろう。
     見つめ合う事しばし、これまた同時に吹き出した。

    「……ぷっ」
    「……ハハッ」
    「あー、可笑し。お腹減っちゃった」
    「俺も」
    「なんかお菓子とか残ってない?」
    「少しだけだぞ」

     それきり、夕べの事は本当に無かった事になった。宿の朝食も、引き上げて寮近くまで送る時も、翌日からも。トランは決して“あの事”に触れはしない。
     しかし時折、ごく稀に。しっとりと熱の籠もった視線を感じ、目と目が合うと。トランは意味有り気に悪戯っぽく微笑むのだ。
     どこにも続く事が無いはずの“あの事”は、トランの中で“何か”に変わったのだろう。それだけは俺にでも解る。
     俺なんかよりもトランの方が――ずっと大人で強かなのかも知れないな。

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 00:54:04
  • 6二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:53:56

    お辛い…、だがめちゃくちゃすこだ。
    トランが叫んでるとこがすごくくいい。そしてトレはヘタれるな。
    どうにかして救済してくれないかでもお辛いの好き
    乙でした

  • 7二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 07:23:24

    感想ありがとうございます!
    愛を求め合う 節度も守る 心が二つあるってのが 大人のつらいとこ……
    やっぱり辛いの嫌だからトレちゃんが何とかして欲しいですね……

  • 8二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 07:31:26

    卒業するまで待ってとなぜ言えなかったのか・・・

  • 9二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 07:35:29

    2人ともこうなるのは嫌だろうからなかなか踏み出さないんだろうなあ…

  • 10二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 08:02:08

    温もり云々が暗喩なんだろ?俺は詳しいんだ
    そうだと言ってくれよ…なあ…

  • 11二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 08:30:59

    感想ありがとうございます!

    >>8

    不器用……ですから……

    >>9

    この二人、つかず離れずがメチャクチャ上手い印象ありますよね

    >>10

    暗喩ならばどれほどよかったでしょう

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