- 1二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:03:28
- 2二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:03:47
「まさか土鍋ご飯を一般家庭でお目にかかれるとは」
「嬉しいことがあった日とか、お祝いの日とか。特別な日にはこれで炊くんです」
手が冷えるから、と米研ぎを代わらせてもらって流しで格闘する傍ら、たづなさんが薬味を刻む。
ネギ、茗荷、沢庵が小皿に取られ、土鍋に米を移したところでこちらのお土産をコンロのもう片方へ。
「あら、土瓶蒸しですか?」
「美味しいご飯のお礼になれば、と」
「お揃い……とはちょっと違いますけど」
土器仲間ですね?と笑う彼女には、
キッチンに立ったまま、とりとめのない雑談──専ら秋シニア戦線の話、色気は特にない──で時間を潰していると、土鍋と土瓶から芳しい香りが次々立ち昇ってきた。
火を落としたら、もうひと我慢。ここの蒸らしが大事なのだそう。
逸ってしゃもじに手を伸ばしかけた俺の背中を茶化すように細い手がぽんぽんとはたいた。
薬味を食卓へ持っていき、食器やら何やらを整えたところで漸く頃合いに。
「あ、俺よそいます」
「はいダメでーす。トレーナーさん人によそう時、絶対特盛りじゃないですか」
職業病ですよ!と叱られ、なすがままに茶碗を手渡された。
恭しく両手で受け取ると、つやつやの米が立った大盛りご飯から立ち昇る湯気が胃を刺激した。 - 3二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:04:17
「それでは改めて」
「Project L'Arc お疲れ様でした!」
『いただきます!』
ほく、と口の中で柔らかく潰れるごはん。
炊きたてのお米特有のちょっと粘り気のある瑞々しさ。
喉から身に染みる、穀物の甘さ。
塩気とも辛味とも甘味とも合う万能の味。白ごはんの幸せ。
あっという間に茶碗が空になる。
「んー、いい出来です」
「美味しいです……プロジェクト頑張って良かった……!」
「そんなに?」
「日本のお米恋しさに空港着いた直後、担当と一緒にコンビニおにぎりドカ食いしましたけど……こんなに美味しくて幸せです、俺」
大袈裟ですねー、と笑うたづなさんに茶碗を横からひったくられて、次々におかわりが盛られていく。
しばらく炊きたて土鍋ご飯に舌鼓を打ち、そしてこっちも解禁だ。
じっくり熱した土瓶の蓋を開けてみせる。 - 4二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:04:50
「松茸の土瓶蒸し、ですか。普通は三つ葉や鱧が入ってますけど、これって……」
「松茸だけ、ですね。でも主役はこっちです」
土瓶からお猪口に、中で温まった酒を注ぐ。
取り出した松茸は少し香りが抜けているが、これでいい。味しめじ、ということで割いて粗塩を添えて小皿へ。
これは好事家、美食家が特別な時に金をかけて楽しむものらしい、特別な土瓶蒸し。
土瓶の中に松茸を詰め込めるだけ詰め込み、少しだけ酒を入れるのだ。
松茸のエキスが染み込んだ、秋だけの特別なお酒だ。
本来、こんな若造には早すぎる贅沢だが……使う機会のない金の使い途としては上々だろう。
……単に、見栄を張りたいだけでもあるけれど。担当の前でやったらどれほど揶揄われるやら。
そんな想像をして、苦笑いを隠して乾杯の音頭を。そして、わずかな雫を拝むように啜った。
土瓶の中で、じっとりじっとり。
松茸に汗をかかせて、酒に溶かした。
木と土と、水の旨みが全部詰まった秋の妙味。
思わず、ため息が出た。
「秋ですねー」
「……うん、秋だね」
聞き慣れない口調に細めていた目を開くと、姿勢を崩したたづなさんが悪戯に成功したようにちらりと舌を見せた。
たまーに見せる、そういう仕草が可愛い人だと思う。困る。 - 5二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:05:12
「いいお値段だったでしょう?独り占めしてもよかったのに」
「……独り占めしたかったから持ってきたんですよ」
「メイさんにべったりだったくせにー」
それは仕事上許してほしい。
むくれて頬杖をついた彼女がお猪口を揺らすのを合図に、またひと舐め。
量は僅かだというのに、気づけばお互い酒が回りはじめている。
冬も近い秋の夜長、じわりと汗が浮かび、彼女の首筋も照明の光を返している。
ほんの一瞬、逸れた意識がこちらをじっと伺う瞳に引き戻された。妙なところへ視線をやっていたのがバレただろうか。
「……暑いですね」
「熱いね。 ……こんなに照れ屋だった?」
そういえば自分が主役なんていつぶりだろうか。ひどく照れ臭い。
「『トレーナーさん"も"おめでとう、だよね。いつも」
「俺たちはそういう仕事ですから」
トレーナーは裏方だ。
地道に準備して、担当ウマ娘を送り出す。
そして輝かしい舞台に立ち、称賛と喝采を浴びる教え子を見て自分のことの様に喜ぶのだ。
実際、感無量だった。人生でもうこれ以上の喜びは存在しないかもしれない。
「それはそれで良くないような」
眉を顰める彼女に確かに、と苦笑いを返す。
あの時より嬉しいことはもう起きません、と考えるのはちょっと不健全というか。
これからも人生は続くのだ。過去の栄光に囚われ先の幸福を諦める必要はない……そんな事を担当に言ったばかりだった。 - 6二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:05:33
「担当ウマ娘への言葉が間接的なきみへの称賛だとしても」
「そればっかりは、きっといつか辛くなるよ」
少し、咎めるような視線だった。
「だから、いつも声をかけてくれていたんですね」
「そういうところも、あるかな」
褒める、というのは簡単な様で難しい。いざ言葉にしようとするとワンパターンに陥りやすいのだ。
なんせ人は聞き馴染んだ言葉を口にするもの。褒められ慣れない者は褒める語彙に乏しい。
そういう意味でも、たづなさんの温かい言葉に救われているのだろう。
「たづなさんは、よく言われるんで?」
「んー? ごはんの出来とか?」
「……あんまりないんですね」
お偉いさん達は気が利かないのか、むしろセクハラパワハラになるまいと気を遣っているのか。
自分より若くて偉い人、というのは扱いが難しいのかもしれない。 - 7二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:05:52
しかしこれだけ頑張ってる人に賞賛と感謝だけでは足りないとも思う。コンプラというのも考えものだ。
では自分が、とはなかなか行かない。
なんせ今は業務時間外。せっかくの休日だというのに仕事のことを褒めてはならない、はずだ。
「なーに、褒めてくれるの?」
普段より緩んだ笑みを浮かべて、空になったお猪口のふちをなぞった。
甘え酒の気があるのだろうか。今日のたづなさんは、やけに可愛らしい。
「今のたづなさん──」
言いかけて、止まる。
上司に、(たぶん)歳上の女性にこういう褒め方をしていいものかと。
──腕を枕に顔を転がした彼女が、流し目のようにこちらを見上げている。
酔いが強いのか、まだ顔は熱い。
松茸の甘苦さが、頭の奥を小突いている。
季節は晩秋──夜は長い。
口に残る秋の香を押し出しながら、二の句を継いだ。 - 8二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:06:41
……以上になります(小声)
たづなさんに崩した口調でからかわれたいよねってお話しです。対戦よろしくお願いします。 - 9二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:13:29
可愛色っぽいたづなさんですか…
頂かれてしまうんですかね?ムフフ - 10二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:24:49
関係ない様で関係あるひでえスレタイがよぉ
松茸の出汁染み込ませた酒とか贅沢すぎてやばい
メイさんにべったりは本当に許してほしい - 11二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 01:37:28
- 12二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 08:17:48
よかった(小並)
年上お姉さん上司に困らされる後輩はいいぞ - 13二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 10:18:15
可愛いたづなさんのSS供給助かる
- 14二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 21:12:49
- 15二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 21:35:09
勘違いだったら申し訳ないがウインディちゃんのSSとか書いてる?
- 16二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 22:31:37
感想ありがとうございます。超嬉しい
あっるぇぇほんとだ抜けてる!
土器仲間ですね?と笑う彼女には、理事長からのリークを受けたことは秘密だ。
2年続いてフランス行ったり来たりでもの寂しさを覚えていた俺はこっそり趣味を寄せていた。
となるはずでした。んんんなんでだ
この後メチャクチャレースの話で盛り上がった。
いつかは試してみたいものです
ラーク期はひたすらメイさんを追っかけ回したね
誰が相手でも丁寧な口調の人の崩した語りはすごくすごいのです
トレーナーは担当の前では大人でいるけど新人の若者でもあるので。ベルトレやトプトレみたいな後輩ムーブするやつ好き
トレたづはいいぞ。
そろそろ桐生院ともども新SSR来ないかなーって期待してたり。
すまん別人
ウインディちゃんは持ってないので書いたことないのだ
シナリオ面白いって噂は聞いてる
- 17二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 22:34:11
- 18二次元好きの匿名さん24/03/26(火) 22:40:43