(SS注意)後夜祭

  • 1二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:41:56

     リーニュ・ドロワット。
     トレセン学園における春の伝統行事であるダンスパーティ。
     ……今年は、とあるウマ娘によって少し毛色が違ったみたいだが。
     それでも、みんな息を呑むほどに素晴らしいダンスを披露して、大盛況のうちに幕を閉じた。
     
     その日の夜────俺は学園近くにある公園のベンチで、ホットコーヒー片手に佇んでいた。

     コーヒーがすっかり冷めきって、中も空になりかけた頃、遠くから小さな足音が聞こえて来た。
     やっぱり来たか、そう苦笑いしながら、缶の中身を一気に飲み干した。
     やがて、宵闇の中から足音の主が姿を現して、その人物は安心したように口元を緩める。
     
    「ふふっ、覚えのある清風を感じると思えば」
    「やあ、なんとなく、今夜はこの辺りで、良い風が吹くんじゃないかって思ってね」
    「まあ……もしかしたら私も、トレーナーさんの風招きに、誘われたのかもしれませんね?」

     くすくすと、手を口に当てて彼女は笑みを零した。
     鹿毛の長く艶やかな髪、前髪にはふんわりとして大きな流星、右耳には赤いリボン。
     担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、ゆっくりとした足取りで駆け寄って、隣に腰を下ろした。
     その時、ぴゅうと少し強めの風が吹いて、彼女は心地良さそうに目を細める。
     ────そして、さらさらと、淡い茶色の髪が流れるようにたなびいた。

    「髪の毛、戻してないんだ」
    「はい、今日の熱風を、まだ心に留めておきたくて……出来ればドレスも着ていたかったんですけどね」

     それはバンブーさんに止められちゃいました、とゼファーは残念そうに言った。
     普段は、後ろで二つ結びになっている彼女の髪は、下ろされている。
     そのためか、今日の彼女はいつもよりも少しだけ、大人びて見えた。
     まあ、話している内容は、全くもっていつも通りだったけれど。

  • 2二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:42:10

    「リーニュ・ドロワットお疲れ様、その様子だと、ちゃんと楽しめたみたいだね」
    「はい、ミラクルさんと二人で舞風にもなれましたし、みんなで一緒に歌うことも出来ました」
    「ダイタクヘリオスとダイイチルビーは『ベストデート』に選ばれたんだよね?」
    「ええ、今日の二人はまさしく阿吽の息吹でした……ヘリオスさんの春風は、まだ少し遠そうでしたが」
    「今回は準備期間から色々お手伝いしていたみたいだし、上手くいって良かったよ」
    「大変な煽風でした、バンブーさんはあのような饗の風を普段から鎮めているのですね」

     ゼファーは夜空を見上げながら、今日の思い出話を語ってくれる。
     その口振りには、いつもの軽やかな様子とは少し違う、微かな、されど確かな熱がこもっていた。
     きっと、今回の出来事は、彼女にとってかけがえのない思い出となったのだろう。
     そのことが、俺にとっては何よりも────。

    「……トレーナーさん?」

     ゼファーの不思議そうな声に、ハッと我に返る。
     気が付けば、彼女が目を丸くして俺の顔を覗き込むように見ていた。
     そして、そのまま彼女は小首を傾げて、問いかけて来る。

    「トレーナーさんも、今日は祥風と巡り合うことが出来たのでしょうか?」
    「えっ、いや、俺は普段通りの一日だったけど」
    「そうですか……まるでおぼせを浴びているような、そんなお顔をしていたので」
    「ああ、そういうことか」

     どうやら、相当緩んだ顔をしていたようである。
     俺は少しだけ口元を引き締めて、ゼファーに向き直り、言葉を伝える。

  • 3二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:42:24

    「ゼファーから楽しかったって気持ちが伝わって来て、そのことが嬉しくてね」

     その言葉に、ゼファーはきょとんとした顔になった。
     何か変なこと言ってしまっただろうか、と不安になってしまう。
     やがて、彼女はどこか嬉しそうに目を細めた。

    「トレーナーさんは、少しだけミラクルさんに似ているかもしれませんね」
    「へっ?」

     ゼファーが放った突拍子もない言葉に、俺は思わず間抜けな声をあげてしまった。
     ケイエスミラクル。
     ゼファーの同期で、爽やかで、どこか儚げな印象を受ける、心優しいウマ娘。
     トウカイテイオーとはまた違った意味合いで、ゼファーにとって大きな存在である。
     少なくとも、俺とはまるで似ても似つかないと思うのだけれど。

    「トレーナーさんは、私が俄風のようにドロワのお手伝いをしたにも関わらず、風向きをすぐ変えてくれました」
    「そりゃあ、それが担当トレーナーとしての俺の仕事だし」
    「それに今だって、私が夜風に当たるだろうと予想して、ずっと待っていてくれたんですよね?」
    「……まあ、それは」

     悪戯っぽい視線でじっと見つめて来るゼファーの視線から、そっと目を背ける。
     さすがに、バレていた。
     あれほどまで盛り上がったイベントの後。
     彼女がじっとしていられるわけがないと踏んで、恐らく来るであろうこの公園で待っていたのである。
     今考えると、我ながら行き当たりばったりだなと思うが、それはともかく。

  • 4二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:42:49

    「ミラクルさんは、自分よりも、“誰か”のために吹き続ける、光風のような方」
    「……そうだね、でも俺はあの子みたいに、みんなのために動いているわけじゃ」
    「ええ、そうですね、トレーナーさんはただひたすら────”私の”、ためだけに」

     そう言って、ゼファーはふわりと立ち上がって、ステップを踏むように俺の前へ立った。
     嬉しそうな、それでいて少しだけ照れたようにはにかんで、彼女は言葉を紡ぐ。

    「トレーナーさん、私は今日、浚いの風になることが出来ました」
    「うん」
    「積もった雪を吹き払い、春風のように暖かな芽吹きを、あの方の心の中に」
    「……うん」

     ゼファーの言うことは、正直にいえばいまいち、ピンと来ていなかった。
     けれど、満足そうな表情と、安堵したような声から、とても大切なことを成し遂げたのはわかった。
     彼女はそっと目を閉じて、胸に手を当てる。

    「『特別な方と踊りたい』、その想いも成し遂げて、今日はとても順風な一日でした」
    「……そっか、それは本当に、良かった」
    「────ですが、もう少しだけ、欲張りになってみようかと思います」

     ほっぺいっぱいに食べ物を蓄えるしましまさんのように、とゼファーは付け加えた。
     そして、まるでドレスのスカートを摘まむように両手を広げると、少しだけ腰を下げる。
     顔を上げた彼女は、暑い日に吹き抜けるそよ風のような、優しく、柔らかな微笑みが浮かんでいた。

    「トレーナーさん、私と踊っていただけませんか?」

  • 5二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:43:01

    「俺、君達のように上手くは踊れないよ」
    「大丈夫です、風来に、つむじとなっていただければ、それだけで」
    「みっともない姿を晒しちゃうかもしれないよ?」
    「小夜風が私達を覆ってくれていますから、見ているのは私とメガネさんくらいでしょう」
    「……うーん」
    「うぇいよーおどらにゃぽぉんぽぉん、ってヘリオスさんも言ってましたし」
    「……それは何か関係あるのかなあ」

     まあ、そこまでゼファーが望むなら、断る理由はない。
     じゃあ、踊れないなりに、少しは気取ってみせることにしよう。
     俺は軽く膝をついて、下から彼女に左手を差し伸べた。
     個人的な偏見に過ぎないけれど、やっぱり誘うのは男の方からじゃないといけないと思うから。

    「ゼファー、俺と踊ってください……なんて」
    「……はい」

     最後に照れが出てしまって、茶化してしまったのは反省点。
     ゼファーはそんなことを気にせず、右手を伸ばしてくれた。
     小さくて、柔らかくて、そして暖かい彼女の手が、そっと重なる。
     俺が立ち上がって空いている方の右手を彼女の背中に置くと、彼女もまた左手を俺の肩の当たりに添わせた。
     身体が触れ合うくらいに距離が詰まり、お互いの吐息がかかるほどに顔が近づく。
     彼女は微かに頬を染めながら笑みを浮かべて、その小さな唇から、メロディーを口ずさみ始めた。
     緩やかなとした曲調と共に、ゆっくりとしたステップが刻まれていく。

  • 6二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:43:13

    「らら~♪ る~らら~♪ ふふっ、トレーナーさんもなかなかお上手ですね」
    「このくらいゆっくりなら、ね」
    「あら、それならもう少しだけ風早に、くるくると車風になりましょうか?」
    「……それは勘弁してください」
    「ふふっ、大丈夫ですよ、至軽風でも、まるで凱風に乗っているような心地ですから……るらる~♪ ら~らら~♪」

     夜の公園に、華やかな歌声と、軽やかな足音と、拙い足音が小さく響いていく。
     二人きりのダンスパーティーは、まだまだ始まったばかりだった。

  • 7二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:43:42

    お わ り
    イベント良かったですね

  • 8二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:44:48

    ゼファーエミュできる貴重なあにまんSS書きだ!
    囲め! 保護しろ!

  • 9二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:49:18

    いいね

  • 10二次元好きの匿名さん24/03/31(日) 21:51:36

    ベリッシモ良い

  • 11124/03/31(日) 22:47:19

    >>8

    まあ結構いらっしゃるみたいなので……

    >>9

    ドレスゼファーいいよね……

    >>10

    そう言っていただけると幸いです

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 02:34:30

    SS待ってました!
    ゼファー推しとしては個人的には別衣装欲しかったところですけどサポカイラストの髪おろしゼファーで満足しましたが,何回みても身体細すぎとはなりましたねほんとにご飯食べてる...?ってなってます

  • 13二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 03:21:24

    今回のイベよかったけど、トレウマ推しの自分としてはやっぱりトレーナーと踊るゼファーも見たいなって思ってた中、最高の供給をありがとう
    片膝を立ててゼファーにダンスを申し込むトレーナーの絵面が容易に想像出来ていいよね……

  • 14二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 04:09:59

    来たな風使い!待ってたぜ!

  • 15124/04/01(月) 06:52:41

    >>12

    また別の衣装が楽しみになりますね

    >>13

    今回のイベントはゼファーらしさが良く出てて満足でした

    >>14

    お待ちいただいてありがとうございます

  • 16二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 16:59:11

    かわいい
    すき

  • 17二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 20:50:25

    >>16

    ゼファーはかわいいよね……

  • 18二次元好きの匿名さん24/04/01(月) 23:25:51

    👍

  • 19124/04/02(火) 08:57:34

    >>18

    👍️

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