(SS注意)貴婦人だってハグがしたい話

  • 1二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:22:31

    ある日の午後、トレーナー室で資料に目を通していると、ドアが控えめにノックされた。

    どこか探るような力の入れ方を感じさせるその特徴的なノックに答えると、入ってきたのは担当のジェンティルドンナ。

    もう契約をしてずいぶん経つのに、律儀にノックをしてから入ってくるあたり、やはり貴婦人の異名は伊達ではない、立派なレディである。

    「ご機嫌よう」
    「やあジェンティル。昨日も圧巻の走りだったね。脚の調子はどうだい?」
    「痛みも違和感もないわ」
    「それはよかった。けど模擬レース翌日なんだから、今日は休養でもよかったのに」
    「休むと身体が鈍ってしまうもの」

    「それに……ね?」
    言葉を濁した彼女に、「うん、また適当に探しておいたから」と言ってタブレットを渡すと、彼女はぱあっと顔を輝かせた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:23:40

    ─────⏰─────

    「ふふ、食べながらおふねをこいでいるわ。おねむなのね」
    ソファの背もたれに身体をあずけて、リラックスした様子でタブレットを眺める彼女。その様子を横目に眺めながらキーボードを叩く。

    ジェンティルドンナは、レースとなれば徹底した実力至上主義を貫き、自分のみならず他人の勝敗にも厳しい。
    それ故周りからは冷徹な性格と思われがちだが、逆を返すと、勝負事でなければ至って普通の感性の少女なのである。

    そして契約を結んでから知ったことだが、彼女は意外にも可愛いもの好きで、特に猫やハムスターといった小動物がお気に入りなのだ。

    偶然俺が好きな動物チャンネルの話になってから、俺が彼女の気に入りそうな動画を見繕うのが、恒例になっていた。

    「あら、いっぱい集まって、可愛らしいこと」
    たまの休養日にこうして動画をタブレットで子猫が食事をしたり毛づくろいをしたりする動画を眺める様子は、年ごろの女の子でしかないのだった。

    しかし、そうやって彼女が楽しそうにすればするほど、俺の頭の中ではある懸念が広がっていく。
    (ジェンティルも猫を飼いたいとか思うのだろうか。でもあのパワーだものな…)

  • 3二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:25:08

    圧倒的なパワー。それが彼女を他のウマ娘と異なる怪物として君臨せしめている所以であった。
    鉄球を握って縮小させ、キック力を測るためのマシンを蹴りで破壊し、胡桃を足の指で割る。ウマ娘の標準からも大きく逸脱したフィジカルのエピソードは、枚挙にいとまがない。
    というか、なんで足で胡桃割ろうと思ったの?と聞きたかったが、なんだか自分の頭も割られそうなのでやめておいた。そんな彼女がもしペットを飼おうものなら…

    (うっかり潰したり怪我させたりしちゃいそうだよな…。ジェンティルドンナは本当に愛おしく思った相手を全力で抱きしめられない悲しい宿命を背負っているのかもしれない…)

    キーボードを叩きながらそんな益体もないことを考えていると、ソファでくつろいでいたジェンティルが突然こちらに向き直った。

    「貴方、何か失礼なことを考えているのではなくて?」
    「えっ」
    「おおかた『うっかり潰したり怪我させたりしちゃいそうだよな…。ジェンティルドンナは本当に愛おしく思った相手を全力で抱きしめられない悲しい宿命を背負っているのかもしれない…)』とでも考えていたのでしょう」
    「一言一句見透かされてるの怖い」
    「貴方のことならなんでもお見通しよ」

    ふふん、と得意げに鼻を鳴らして彼女は続ける。

  • 4二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:26:26

    「たとえば、貴方の手の中にそれは可愛らしいひよこちゃんがいるとするわね」
    「ひよこちゃんて」
    「何かしら」
    「いえ、続けて?」
    「貴方はそれを可愛がろうとして、出せる力の限り全力で抱きしめるかしら?」
    「まさか」
    「でしょう。大切な相手には相応の愛し方をするものよ」
    「ふむ」
    「力を持つものは責任が伴う。パワーを持つからには、それを意のままに操れるのよ」
    「その割にこないだもバーベルを粉みじんにしていたような」
    「話の腰を折らないで頂戴。腰を折るわよ?」
    「すみませんでした」
    「ちゃんとよい加減で抱きしめて差し上げますわ」
    「それは、お見それしました」
    大げさに頭を下げると、ジェンティルがソファから立ち上がって椅子に座った俺の眼の前にやってきた。
    「ですから、ね?」

    そのまま腕を広げた。ちょうど某回転寿司チェーンの名物の社長のようなポーズ。
    意図を組みきれず怪訝な顔をしていたのが伝わったのか、ジェンティルが促す。
    「さ、どうぞ」

    「えーと?」
    首を傾げると、彼女は「もう、鈍い人」とため息をついた。
    「私のハグに興味がおありなのでしょう?悪くないと自負していますわ。貴方で実践してあげる」
    「へ?俺?」
    「もちろん。この私のトレーナーですもの。大切に思っていますのよ」

  • 5二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:28:56

    そう言うと彼女はすっと俺の手を取った。柔らかい手のひらのしっとりした感触に驚く間もなく、腕を引かれる。
    俺は抵抗なく彼女の腕の中に誘われ、そのままぎゅっと抱きしめられた。

    すぐさま感じたのは、圧倒的な肉感。柔らかくハリがある肌と、その下にある確かな存在感だ。

    耳元でささやくような声がする。
    「…苦しく、ないかしら」
    先程まで自信満々に人をハグしたがっていたのに、うかがうような心配そうな声をかけてくるのが微笑ましい。
    実際、どんなものかと(ドンナだけに)警戒していなかったわけではないが、思いのほか圧迫感もなく、よい塩梅だった。

    「いや、平気だよ」
    そう答えると、彼女は満足そうに俺の首筋に顔をうずめてますます密着してきた。ふだん吹きつけている華やかなバラの香りがする。

    堂々とした体躯に包まれる安心感。ヒトより高い体温と、しっかりとした柔らかさは、たしかに悪くない。
    それに、ふだん堂々として周りを寄せつけない彼女のこうした一面を見られて、微笑ましくも思った。

    本人にはもちろん言えっこないが、なんだか昔テレビで見た、人に慣れたクマみたいだなあと思う。

    「可愛いな」
    と思わず口に出してしまった。

    「んな、っ…!」
    その瞬間、ジェンティルがびくりと身体を硬直させたかと思うと、思いきり俺のことを締めつけてきた。
    「痛だだだだだぃぃ!ちぎれるッ!!ちぎれちゃうッ!!」

  • 6二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:31:13

    ─────⏰─────

    「本当に面目ないわ……」
    「まぁまぁ、そんなに気にせず。別に怪我したとかじゃないんだし、なんなら多少スリムになった気がしてお得だよ」
    結局彼女はすぐ正気を取り戻して俺を開放してくれたので、特に大事には至らなかったが、ジェンティルは床に跪いてソファに顔を埋めている。

    「まさか貴方に、こんな…大失敗よ…」
    気にしなくてもいいとなだめているのだが、耳がへにゃりとしている。どうやらずいぶん落ち込んでいるようだ。自信に溢れた彼女としては珍しい。

    珍しい、そういえばここ最近の彼女は珍しいことばかりだ。
    大した用もないのにトレーナー室にやってくること、俺の好きな動画を見たがること、こうやってハグをしたがること。「大切に思っている」という発言。


    その時、頭の中ですべてのピースがつながった。
    そうか。これらの意味するところは、たった一つだ。

  • 7二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:34:30

    「それにしても、ジェンティルが俺のことをそんな風に思ってくれているなんて、意外だったな」
    そう言うと、俯いていたジェンティルドンナがピタリと凍りついたように止まり、ゆっくりと顔を上げた。

    「貴方…気づいていらしたの?」
    その顔には珍しく緊張が表れていた。

    「ああ、もちろんさ!」
    なにせ専属トレーナーなのだ。担当のことは、肉体的な面だけでなく内面もしっかりわかってあげたい。

    「ジェンティル。もしかしてなんだが、君は、俺のことを」
    彼女は覚悟を決めたように、もしくは何かを期待するように、拳をきゅっと握って俺を食い入るように見つめている。




    「トレーナーとして信頼してくれているんだろ?これからも一緒に頑張ろうな!」

    「は?」

  • 8二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:37:41

    「相棒とか、そういう感じで思ってくれてるんだよな?だから熱くハグをして友情を確かめ合うとか、共通のにゃんこの話題から絆を深めてより一層レースでのパフォーマンスを高めるとかそういう狙いなんだろ?昨日サッカーの国際親善試合で日本代表のキャプテンが対戦相手と抱き合ってるのを見たのかな?いやー、ああいうの憧れるよね!」

    キマった。これで俺達の絆はマックスハイテンション間違いなしだ。


    と思ったのだが、目の前の彼女が無表情で立ち上がると、そそくさと踵を返した。

    「失礼します」
    「え?急にどこいくの?」
    「……トレーニングに!行ってまいりますわ!」
    ぷい、とこちらを見ようとしないすねたような反応に少々驚くが、もともと体を鈍らせたくないと言っていたので、釈迦に説法でもアドバイスをすることにした。

    「顔が赤いみたいだけど、オーバーワークにならないようにね?疲労を抜くことを第一に考えて。負荷はあまりかけずに普段より回数を多くしよう。体幹を中心にメニューを組」
    「っもう!わかっていますわ!」
    ドアノブに手をかけた彼女が語気を強めた拍子に、部屋の扉がバキャ、という音とともにノブごと外れた。

    「あ、ドア…」
    ぷりぷりと足取り荒く部屋を出ていったジェンティルドンナを止める間もなく見送る。
    妙に顔が赤いのが気になったが、やると決めたらとことんやる彼女を止めるのは骨が折れる。それになんだかんだ言っても自己管理の完璧な彼女のことだから、心配はいらないだろう。

    というか、外れたドアをそのまま小脇に抱えて持っていってしまった。困ったな。

    「やっぱり女の子って難しいなあ」
    誰に告げるわけでもないつぶやきが、開けっぱなしの部屋に乾いて聞こえた。

  • 9二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 02:38:13

    おわり

    言い忘れていましたが、このトレーナーはクソボケです

  • 10二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 05:52:36





  • 11二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 05:59:15

    いつもの

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 11:28:15

    >>10

    コメントありがとうございます。いずれしびれを切らした貴婦人にわからされるまでがセットです

  • 13二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 11:29:14

    >>11

    コメントありがとうございます。ジェンティルに圧縮されるよりはこれですんでよかったまであります

  • 14二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 11:34:14

    ジェンティルドンナが粛々としてるのはいい
    俺のガンに効く

  • 15二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 11:36:36

    >>14

    病院行け定期

  • 16二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 11:43:18

    微笑ましい話のようでコレやっぱ将来範馬勇次郎のハグみたいになっちゃうのではって不安もある絶妙なバランス

  • 17二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 13:04:14

    ウワーッ!クソボケ!
    でもすごくいい!

  • 18二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 14:40:54

    トレーナーくん、相棒という表現はやや間違いとも言える
    彼女はキミとより深い関係を言い著して欲しかったのだろう
    ここまで言えば答えは自ずと見えてくるだろう

    その答えは、『ソウルメイト』と…

  • 19二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 18:21:46

    >>14

    >>15

    コメントありがとうございます。ジェンティルのハグは今は効かないがいずれガンに効くようになります

  • 20二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 18:23:52

    >>16

    コメントありがとうございます。その頃にはトレーナーも相応に強くなっているはずなので安心ですね


    >>17

    コメントありがとうございます。

    クソボケのくせにジェンティルを女の子扱いしている罪作りな男ですよこいつは

  • 21二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 18:24:05
  • 22二次元好きの匿名さん24/04/05(金) 21:13:46

    カレンチャンがドンチャン同盟組もうって誘ってきそうな雰囲気

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