【長編SS】不屈のウマ娘

  • 1二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:37:42

    「トレーナー! ジェンちルさんが手伝ってくれるって!」

    ハルウララの担当をして腰を抜かしたのは何度目だろう。この子の手に引かれてやってくるウマ娘達のインパクトが強すぎて数える事もできやしない。
    合同トレーニングを組むのはトレーナーの仕事だが、未だ新人の身である自分ではツテが足りないのでウマ娘側からアプローチをかけようと相手選びを任せた結果がこれである。
    ことウマ娘の人脈に関しては学園一だと自負できるほど、ハルウララは誰でもトレーニングに連れてきてしまう。

    「あらあら、そんなに畏まって……貴女のトレーナーさんは腰の低いお方ですのね?」

    当の連れてこられたウマ娘……『貴婦人』ジェンティルドンナはその名のイメージとは程遠い、可愛らしい笑顔を見せている。煽られているようにも聞こえるが、見下ろされているからそう感じるだけだという事にしよう。
    混乱する頭を持ち直し、改めて挨拶を済ませる。
    将来有望の名ウマ娘が協力してくれるというのだから、お言葉に甘えてトレーニングに集中するべきだ。そう結論付けて、早速準備に取り掛かった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:38:20

    ~~⏰~~

    「それでは始めますわよ」
    「よーし、頑張るぞー!」

    ストレッチを終えて意気揚々とトレーニングに取りかかる。問題無く練習のスイッチが入ったようでひとまず安堵した。
    ハルウララは飽き性である。ありふれたトレーニングでは蝶々に気を取られ、何をどうしたのか川遊びにまで発展してしまうという変わったタイプの気性難だ。
    だが、決して悪い事ではない。目移りしやすいのは強い好奇心から来るもので、それが興味を惹かれるものであれば寝る間を惜しむくらいに没頭する側面を持つ。同室のキングヘイローから度々愚痴を聞くので間違いない。
    ハルウララは強い興味を持った物事に対してなら深く関わり数多くこなせる。アスリートの成長の要はトレーニングの質と量であり、特定の条件下とはいえその二つをこなせるのはかけがえのない才能だ。
    加えてもう一つ、移りやすい好奇心を刺激するには今回のような合同トレーニングが最も効果が高い。
    それはハルウララが懐っこいウマ娘で、他のウマ娘と一緒の方が楽しいから……というわけではなかった。

    『ウマ娘だもん! 走って勝ちたいよ!』

    今となっては遠い昔のように思える。全戦全敗、全ての模擬レースで最下位だったウマ娘が言い放った一言は今でも忘れない。
    どんなレースでも楽しいと笑っていられる性分から誤解されやすいが、負けてもいいと考えた事なんて一回だって無かった。
    ハルウララは勝つつもりでレースに臨んでいる。トレーニングも勝利のために行う熱量がなければ好奇心が向かないのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:38:41

    「うむむむぅぅぅ……! ぜん、ぜん、うごかないぃぃぃ……!」
    「最終直線を想定しなさいと言ったでしょう? 私を手で押そうとしないの。押すのは地面、全身のパワーを脚に込めなさい」
    「あし、に、こめぇぇぇ……!」
    「うふふ、良いパワーですわ。あれ~、横からライバルが~」
    「わあ~!?」

    正面から手を繋ぎ合って、ハルウララがジェンティルドンナを押していた。途中で横に逸らされたのは多分競り合い対策だろう。
    ぱっと見た感じはタイヤ引きを逆転させただけに思えるが、おに……貴婦人直々のトレーニングと考えれば方向性は理解できる。
    圧倒的な力で選抜レースを勝ち取ったジェンティルドンナはパワーの一点において学園内でもトップクラスの実力者だ。物言わぬタイヤを引きずるより、明確に妨害する意志を以って正面から相対する彼女を押し退ける方がよほど根性を鍛えられる。
    一方でハルウララはというと、桜模様の瞳を爛々と輝かせながらジェンティルドンナのトレーニングに食いついている。
    これがアスリートとしてのこの子の姿だ。実力者に怖気づく事もなく、強さに憧れひたむきに追いかける。そしてその姿勢を見た相手は決して無碍に扱わない。
    ハルウララの強みは誰でもトレーニングに連れ出せて、誰もが真剣に向き合ってくれる所にあった。

  • 4二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:38:59

    ~~⏰~~

    トレーニングを終え、クールダウンタイムに入る。

    「丁寧な教え方なんだね」

    ハルウララがストレッチをしている間、ふと興味が沸いた事をジェンティルドンナに伝えた。
    トレーナーとして感服したのは教える時の接し方。
    ジェンティルドンナが要求したトレーニングはかなりレベルが高い。メイクデビュ―したばかりとは思えないほど、それこそシニア期を終えた今のハルウララでさえ厳しかった過酷なメニューも度々見かけた。
    ただ……鬼と呼ばれ、数多のウマ娘から畏怖される彼女の指導は、まるで娘に笑顔を向ける母親のように優しかった。

    「ついてこれないウマ娘には価値が無い、と言わんばかりのスパルタでも想像していらしたのかしら?」
    「まぁ、うん」

    図星を突かれた自分を見て、ジェンティルドンナはいたずらっ子のようにくすくすと笑う。
    強さこそが正義、敗者に語る言葉無し……周囲が思うような、敗者を捨て置く冷徹な面影は今の彼女からは見受けられない。

    「私の信念として「力こそが勝者の証」と断じてはいますが、ウマ娘の強さに貴賤はありませんわ。歴代のウマ娘達は私の想像を超えた、力とは違った強さを以って栄冠を勝ち取っていた……であれば、私が今すべき事は私の我を押し付ける事ではなく、貴方がハルウララさんに望む強さを与える事、でしょう?」

    遊ぶようにストレッチをするハルウララを見つめながらジェンティルドンナは語る。

  • 5二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:39:14

    「負けたウマ娘に価値は無いって言いそうだと思ってたよ」
    「思っていますわよ、それは――」
    「「みんな勝ちたいんだから」、だよね?」
    「あら……うふふっ、仰る通りですわ」

    不意をつかれたのか、言い当てられて嬉しいのか、ハルウララのような無垢な笑顔を見せる。
    これこそが剛毅なる貴婦人、ジェンティルドンナというウマ娘なのだろう。
    勝つためにトレーニングをするなんて誰でもやっている事、けれど栄冠を得られるのは一つのレースに一人だけ。
    勝者の栄光と敗者の苦痛を誰よりも重く受け止めている……レースに対して真摯な淑女なのだ。

    「それに、ゴールドシップさんのようなウマ娘がいては、私個人の思想なんて頭が固いだけでしょう?」

    ぐうの音も出ない正論である。常識を宇宙に打ち上げたような存在が同期にいては、如何に貴婦人とて困ったように笑うしかないだろう。
    鉄球すら圧縮するジェンティルドンナのパワーにクレジットカードの黄金比で対抗した「世紀の手押し相撲~念じろ!サイン☆コサイン☆タンジェント☆~」事件は記憶に新しい。

    「ジェンちルさん! 今日はありがとう!」

    クールダウンを終え、ハルウララは元気に挨拶をする。ここ最近のトレーニングでも負荷が高い方だったが、難なくこなせるだけの地力がついてきたようだ。

  • 6二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:39:29

    「こちらこそ、シニアクラスのウマ娘とトレーニングできて勉強になるわ」
    「ねーねー、ジェンちルさんとはどれくらいできるの?」
    「2週間ですわ。今日のようなメニューを繰り返して、パワーを重点的に」
    「トレーナー、おっきな力こぶできるかな!?」
    「ああ、2週間後には超パワーアップだ!」
    「わーい!」

    腰が引けてた最初と違い、朗らかな会話が続く。
    噂ほど話の通じない相手ではなかったという安堵から、つい気を緩めてしまう。

    「それじゃあ、芝のレースでも勝てるようになるかなぁ?」
    「そ、そうだな。しっかり力を見につければ大丈夫さ!」

    失言した。ハルウララがではなく、自分が。
    下手に言葉に詰まらせて、自信の無い、後ろめたい事をしているようだと言っているようなものだ。
    あるいは、あの時の負けを引きずっているからバレたくないと、勝手に思ってしまったのかもしれない。

    「芝を、走る予定がおありですのね」

    今日のトレーニングでジェンティルドンナというウマ娘を知った。だから、空気が淀んだのは気のせいではない。

  • 7二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:39:50

    「この子は広い経験値が必要なんだ、だから……」
    「JCBスプリントを獲った実績があって、未だにウマ娘の適性も理解できない新人の芝居をするのは悪趣味でなくて?」

    言葉が鋭く突き刺さる。彼女の赤い瞳が更に紅く滲んで見えたのも、気のせいじゃない。
    ハルウララは良くも悪くも知名度が高い。そしてジェンティルドンナは密かに他人の強さを認めている。だから、知らないはずがないのだ。

    「ハルウララさん、ダートの練習を疎かにして芝を走ってもいいのかしら?」
    「ダートも走るよ! でも芝も走れるようにうんと練習するって決めたんだ!」
    「それはどうして?」
    「あのね、トレーナーと相談して一から出直し稽古するって決めたの! もう一回頑張って、もう一回出るんだ!有馬記念に!」
    「――そう」

    ジェンティルドンナの瞳が、血のような深紅に変わった。

    「「ぽつんとひとり」」

    会話を打ち切ろうと一歩、進むより早く『鬼』の言葉が場を制した。

    「あのような醜態を晒しておいて、貴女……まだ同じ舞台に立てると思っていて?」

    前年の有馬記念、人気だけで出走したハルウララがどのような結末を迎えたかは誰もが知っている。
    もちろん人気だけで出走できる舞台じゃない。商店街でハルウララを叱責したあのウマ娘の言葉を重く受け止め、自分達なりに努力し、JBCスプリントに勝利した実績を以って臨んだ有馬記念だ。
    だが……外から見たら、そんな私情なんてどうでもいい。
    16着という結果が全てで、そこに努力や過程などという理屈を後付けした所で、ただの言い訳なのだ。

  • 8二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:40:05

    「うん! くやしかったから!」

    言葉に詰まる自分をよそに、鬼の威圧にも動じる事もなく、ハルウララは応えた。

    「あのね、ウララは、みんなに応援してもらってたの! がんばれーって、いっぱいレースに出たらいっぱい応援してくれたの! 最初はがんばるぞーって走って、みんなのために、トレーナーのために勝ちたいって、有馬記念走ったんだ! でも負けちゃって、すっごくくやしくて、泣いちゃって、でも、わたしはまだ走ってるから! もう一回挑戦したいの!」

    チグハグな内容だが、精一杯の感情でハルウララは言葉を伝える。
    圧縮されてしまいそうな場の重さは変わらない。しかし、鬼は、無垢な言葉を静かに聞き入れている。

    「もう一度出られたとして、もっと酷い、見ていられないような結果になったら、貴女はどうするつもり?」
    「もう一回やるよ!」
    「誰も応援してくれなくなって、勝つ意味が無くなったとしても?」
    「いみ? あるよ!」
    「それは?」
    「ウマ娘だもん! 走って勝ちたいよ!」
    「……そう……」

    空気が和らぐのを感じる。血のような瞳がハルウララを捉えているのは変わらないが……この状態が彼女の自然体なのかもしれない。

  • 9二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:40:17

    「また明日、トレーニングしましょう」
    「うん! また明日ねジェンちルさん!」

    ハルウララを撫で、ジェンティルドンナはその場を立ち去る。
    ……違う、こっちへ来る?

    「貴方は、どのように?」

    笑顔、しかし瞳は血の色のまま。鬼の矛先がこちらへ向いた。
    気絶してしまいそうな眼光に気圧されるが……負けるわけにはいかない。
    担当がはっきり意思を貫いたのだ。何より、去年の敗北を悔しいままで終わらせたくなんてない。

    「冬の中山に、春風を届ける」

    自分の目標は最初から変わっていない。
    思うままに楽しく、しかし勝利を目指して走っている。そんな健気なウマ娘を勝たせるためにスカウトしたんだ!

    「くすっ、腰の低さに比べて目線は高いんですのね」
    「山頂で座るのって気分良いだろ?」
    「うふふっ! 言うは易し、ですわよ?」

    年頃の少女のように朗らかに笑い、貴婦人は去っていく。

  • 10二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:40:28

    「ジェンちルさん、すごい顔だったねー! ついてく時のライスちゃんみたい!」
    「そうだなぁ」
    「あれ? トレーナー、疲れちゃったの?」

    修羅場が去って安心したのか、その場にへたり込んでしまった。腰を抜かすのは何度もあるが、流石に日に二度抜かしたのは初めてだ。

    「じゃあ、わたしもきゅうけーい!」

    ごっこ遊びでもしているかのように隣に座る。この子にしてみればさっきの場面も好奇心が疼くばかりなのだろう。
    こういう、ハルウララの挑戦的なメンタルは分けてもらいたくなるくらい羨ましい。

    「……去年、悔しかったよな」
    「うん、わんわん泣いちゃった!」
    「でも、走るのやめられないか」
    「うん! 負けちゃったって楽しいもん!」

    沈む夕日を傍目に、一言ずつ交わす。
    羨ましいなんてとんでもない勘違いだ。自分は既にハルウララから大きな勇気を分けてもらっている。
    敗者に価値は無いが、レースに絶対は無い。言い換えれば誰もが等しく無価値な悔しさを経験しているのだ。
    悔しさというのは苦しいし、いつまでだって引きずる。だけど、それでもレースに挑むだけの理由がウマ娘達にはある。
    たった一人だけが掴める勝利の為に絶対の無いレースに挑む。改めて彼女達を導くトレーナーの役割の重さを感じる。
    明日、ジェンティルドンナにトレーニングメニューの変更を希望しよう。
    パワーを重点的にした、芝コースでの練習に。

  • 11二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:42:33

    ちーむにんじんぷりんからできたネタです

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:53:54

    勝利への執念があるウララちゃんいいよね…


    >鉄球すら圧縮するジェンティルドンナのパワーにクレジットカードの黄金比で対抗

    あれは…ゴールドカードマン…!???

  • 13二次元好きの匿名さん24/04/06(土) 23:59:08

    いいな…

  • 14二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 08:25:55

    ティが言えなくてジェンちルって言っちゃうのかわいい

  • 15二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 18:06:45

    素晴らしい……

  • 16二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 23:19:39

    いいね……良い意味でジェンティルにも臆せず進めるウララは解釈一致……

  • 17二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 23:47:17

    ウララちゃんのひたむきと、どこかアバウトな感じもこれからの成長を楽しみにできる感じ良い
    この色々見えてるジェンティルさんのトレーナーは、傑物に違いない

    それにしてもSSを投下してくれる人って、凄いね
    頭の中どうなってるのか知りたい

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