【SS】雨垂に、白い傘。

  • 1二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 00:58:56

    寮の締め切った室内に、曇った雨音が響いています。雨粒一滴一滴の落ちる微小な音は、絶え間なく連続することで、「さーーっ」という低い一つの音に変わって、私を包み込む唯一の音楽になってゆく。音楽は私と周りに仕切りを立てて、胸につんとくる孤独感を与える。いつもは、私はその時間が心地よく思えるのですが、今日は違います。雨音を裂いて、主張するように八時を告げる時計を眺めながら、私は少し前に「買い物に行く」と出かけたユキノさんのことを考えていました。いえ、考えると言うより、母親のお節介な心配に似ています。今のような雨が降りしきる夜は、「彼ら」に出会いやすい。「彼ら」の多くは彼女に害を及ぼすことはないでしょうが、それでも、かすかな不安は拭いきれません。

  • 2二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 00:59:36

    ベットに座りつつ、なんとなく耳を澄まし、あくまで平静を装って、机のマグカップを手に取ったとき、丁度この部屋に向かってくる足音が聞こえました。

    「ただいまです〜。すンません濡れちゃってて」
    「…………お帰りなさい」

    ドアを開けたユキノさんは、雨粒の付いた髪の毛を、可愛らしいハンドタオルでぽんぽん、と拭き取りながらそう言いました。ほっと安心しましたが、少し疑問がありました。彼女は傘を持って出て行ったはずですので、いくら雨が強いとしても、ここまで濡れてしまうものでしょうか。

  • 3二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:00:14

    さらに、黒い影が彼女と一緒にいることに気づきました。ユキノさんは、まるでねんねこ半纏のように優しくて、あたたかくて。だから「彼ら」にも好かれやすい。ただ、この影はトレーナーさんについていた“彼女”とは違い、未練などを持ってはいないようでしたので、そこまでの危険ではなさそうです。

    「……買い物で、何か変わったことが起きませんでした?」

    なるべくユキノさんを怖がらせないように、優しく訊きました。すると彼女は少し悩む素振りをした後、躊躇いがちにこう話しました。

    「帰りに、ふと人のほとんど通らない路地を見てみたンです」

  • 4二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:01:40

    ユキノさんの言う路地は、覚えがあります。そこはシャッターで締め切られたカラオケ喫茶と理髪店の間に、ひっそりとのびる狭い空間。数週間前に、彼女には私からこういった場所では「彼ら」が訪れやすいと、ちょっとした注意をした記憶もありました。

    「すると、段ボールの中で眠った捨てネコを見つけたンです。毛もぐっしょりで、雨の中かわいそうだと思ったけンど、寮におへれってくなんせ……って訳にもいかないンで、代わりに傘を差して置いておいたンですよ」

    ユキノさんはそこで一呼吸おいて、慎重に続きを話し始めました。「でも、触ってもぴくりとも動かなくて、ネコちゃんにとってもう遅かったンじゃないかとか思うと、ずっと悲しくて」

    ユキノさんはベットに腰掛けて、俯いています。影は、先ほどまで元気よく彼女の周りを跳ねるように動いていましたが、段々とおとなしくなり、悲しそうに留まっていました。

    ………私はなんとなく、この「影」の正体がわかった気がします。

  • 5二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:02:10

    「……ユキノさんは、傘を差したのを後悔してますか?」

    彼女はまた目線を下げたまま、黙っています。けど、私は彼女が答えるまでいくらでも待てました。何故なら、答えがわかる気がするから。

    「……………いえ、そったなことねぇと思います。ネコさんがもう手遅れだと知っていても、私は同じことをしたと思うンで」

    大きい声ではありませんが、はっきりとした思いの伝わる言葉でした。

    「…だって、夜に独りで、ただ雨音を聞いているだけなのは、あまりにもさみしいと思ったンです。傘を差したのは、そのときの私の本心なンです。」

  • 6二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:02:47

    「影」はユキノさんをじっと見守っています。疲れた母を慈しむように。

    ……そうですよね、だから

    「これから、ユキノさんには不思議な力や現象で、小さな幸せが訪れることがあると思います」

    彼女が少し驚いたように顔を上げて、真っ直ぐ私を見つめ直しました。

    「その幸福に気づいたときは、眠っていた猫のことを思い出してあげてください」

    ユキノさんは、私の言葉を聞いて少し経った後、「…じゃあ」っと言って顔をぱっと明るくして笑顔になりました。

    その顔が見られて良かったと、私はただそう思うだけでした。

  • 7二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:03:17

    以上です。

  • 8二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:08:12
  • 9二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 01:16:37

    情景がスッと浮かんできて良いね
    ただもう少し改行入れても良いんじゃないかな?その方が読みやすいかも

  • 10二次元好きの匿名さん24/04/07(日) 06:47:12

    朝から良いものを読んだ
    ありがとう

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