- 1二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:29:38
「トレーナー、question──が、ある……『魔性』──とは、なんだ?」
それは、ある日のトレーナー室のこと。
次の目標を定めるミーティングの後、彼女は突然、そう問いかけて来た。
二房に分けたポニーテール、蒼く鋭い目つき、特徴的な耳の形。
担当ウマ娘のシンボリクリスエスは、真剣な表情で、真っ直ぐこちらを見据えていた。
「……また急な話だね、魔性、魔性といえば」
トレセン学園において『魔性』といえば、クリスエスともかかわりの深いある人物が思い浮かぶ。
クリスエスの同室であり、『メジロの至宝』としてその名を馳せる、メジロラモーヌ。
彼女に絡んだ話なのかな、そう考えていると、クリスエスは察したようにこくりと頷いた。
「yes──ラモーヌについて、そう評価する──人物も、多い」
「まあ、そうなのかな」
現に俺も、真っ先に思い浮かんだ人物がメジロラモーヌその人なのだから、否定できない。
するとクリスエスは、ほんの少しばかりではあるが、不服そうに眉を顰めた。
「調べたところ、『魔性』とは──あまり良い、nuanceでは、ない」
「……うん?」
「monster──のようだ、とか──他人を惑わす、など」
「……ああ、まあ確かにそういう意味だろうけど」
「ラモーヌは、良き同居人だ──決して、monster、などでは、ない」
後者は否定しないのかな、というツッコミは飲み込む。
さて、確かにこれは、アメリカ育ちのクリスエスには少し難しい話なのかもしれない。
上手く説明できるかな、と不安になりながら、俺は水を一口飲んで、舌を濡らす。 - 2二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:29:51
「えっと、まず、この場合の『魔性』は褒め言葉として用いられてるんだ」
「really?」
「だから、それくらい魅力的な美しさ、くらいの意味合いに捉えると良いよ」
「…………ならば──beautiful、で良いのでは?」
「それは、そうなんだけどね……際立ったものには、特別な言葉を贈りたくなるんだよ」
例えるならば、クリスエスが日本に来る切っ掛けの一人であるシンボリルドルフ。
クラシック三冠を成し遂げて、果てには七つのG1に勝利した、偉大なウマ娘の一人だ。
『強い』ウマ娘は、過去に何人もいた。
しかしシンボリルドルフは、その中でも特に突き抜けた存在故に、異名を贈られた。
『皇帝』と。
そんなことを話してみると、クリスエスは納得したように頷いてくれた。
とりあえず、上手く話せたかな、そう考えて安堵のため息を一つ。
「では──トレーナーも、ラモーヌを──『魔性』と見ているのか?」
おっと、話の方向性が変わって来たぞ?
クリスエスの表情に変化はないが、その瞳は真っ直ぐ、こちらを射抜いている。
下手な嘘や誤魔化しなどは、一切通用しないであろう。
……いや、そもそもなんで俺は緊張しているんだろうか、素直に答えれば良いだけなのに。 - 3二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:30:02
メジロラモーヌ────実のところ、殆ど俺とは接点がない。
クリスエスの同室ではあるのだが、彼女達はお互いの私生活には不干渉である。
それだけに気を遣わない、良い関係が築けているようなのだけれど。
クリスエスへ積極的に干渉しない、ということは当然、そのトレーナーである俺とも干渉しない。
俺にとってのメジロラモーヌは、遠目で何度か見かけたウマ娘、といったところである。
そういった視線において、俺にとってのメジロラモーヌとは。
「………………まあ、『魔性』、かなあ」
「………………そうか」
申し訳なくなるような沈黙が、トレーナー室に響き渡る。
遠くから見ても彼女の存在は異質であり、心奪われる人の気持ちもわかるというだけ。
それだけの話のはずなのだが、何故か失言したな、という感覚が抜けない。
弁明しておこうかな、そう思い始めた矢先であった。
「────『魔性』とは、なんだ?」
クリスエスの問いかけが、最初に戻った。
しかし、恐らくは、その意味合いは異なっている。
『魔性』とは具体的にどういうことを指しているのか、ということを聞いているのだろう。
俺は腕を組んで、思考を巡らせる。
今回のケースでいえば、メジロラモーヌの『魔性』的な要素を挙げていけば良いのだろう。
例えば。 - 4二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:30:15
「……意味深な言葉、とか?」
「……意味が──deep?」
「思わせ振り、というかミステリアスな言葉を使うから、興味を惹かれる部分もあるんだと思う」
メジロラモーヌは、いまいち真意の掴みづらい時がある。
それで困惑してしまう人も、何人か見たことがあった。
けれど彼らは、決してメジロラモーヌから距離を取ることはせず、むしろ惹かれて行った。
だから、そういう点もあるにはあるのだと思う。
クリスエスはそれを聞いて、考え込むようにしばらく俯いた。
やがて彼女は顔を上げて、ゆっくりと口を開く。
「for example──“CMIN”において、禁忌(タブー)を恐れない──“ジャイアントインパクト”のような──朗読詩人(ラプソドス)になるべき、と」
「待って待って待って」
「……これは、違う、か?」
「ミステリアスではあるかもしれないけどさ」
意味深というか、もはや意味不明の域に達している。
恐らくは身の回りにいる人物から真似たのだろうが、これは良くないだろう。
元々寡黙なクリスエスがこのような言動をするのは、ちょっと怖いまである。
俺の反応は見て、彼女は少しだけ落胆したかのように、視線を落とした。
「他には、あるか?」
「他? うーん、なかなか難しいけど……あっ、突発的に、大胆な行動をするとか」
「大胆?」
「俺が見たわけじゃないけど、確か以前のドロワでさ」 - 5二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:30:37
リーニュ・ドロワットで起きたと言われるメジロラモーヌのエピソード。
会場に突然現れて、一人で踊って、満足して去っていたとかなんとか。
そのダンスは素晴らしいの一言で、その場にいた全員が目を奪われてしまったそうである。
……まあ、流石に尾びれ背びれがついている噂であるだろうが、そりゃあ度肝を抜かれただろう。
意味深な言葉を使いつつ、たまに大胆かつ突飛な行動を飛ばすから、尚更目を惹くのだろう。
そんな話を伝えてみると、クリスエスは再び考え始めた。
「……bold──そして、突発的、か」
「まあ、何にせよ、メジロラモーヌだからこそ出せる魅力なんだろ……う…………?」
俺がそう話していると、クリスエスは無言で近づいて来た。
正面に立って、椅子に座る俺をじっと見つめて来て、思わず言葉に詰まってしまう。
ターコイズブルーの、いつも通りの冷たさを感じられる双眸。
どうしたのだろう、と彼女の意図を探ろうとした、その時であった。
ふわりと、身体が浮かび上がる。
あっという間に地面に足がつかなくなって、重心が大きくズレた。
椅子ごと倒れてしまったかと思うが、背中と膝裏に感じる支えが、それを否定する。
視界には、トレーナー室の天井と、じっと見下ろすクリスエスの顔。
今、俺は────クリスエスに、お姫様抱っこをされていた。
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになりながらも、俺は何とか言葉を絞り出す。 - 6二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:30:49
「……えっと、クリスエス、これは一体?」
「突発的で──大胆な行動を──私なりに、考えてみた」
「……まあ、突発的なのは間違いないし、大胆ちゃ大胆だけれども」
しっかりと引き締まった両腕は、危なげなく俺の身体を持ち上げている。
そこから仄かな温もりが伝わって来て、妙に安心するような心地だった。
……これを『魔性』といえるかといえば、違うだろう。
後、正直、滅茶苦茶恥ずかしい。
そんなことを考えていると、クリスエスは、残念そうな顔をした。
「これも──mistake──か、どうやら私に『魔性』は──難しいらしい」
「まあ、君の魅力は、クールで、真っ直ぐで、それでいて素朴なところにあるから」
「…………」
「『魔性』とは正反対だけど、それに負けないくらいの魅力があると思うよ」
「…………そうか」
クリスエスは、抑揚のすくない語調で、一言呟いた。
表情に揺らぎはなく、俺の言葉に、どういう反応を示しているかはわかりにくい。
けれど、とりあえず不快には、感じていないようだ。
ほっと心の中で一息つきながら、次いで、今の状況の解決へと取り掛かる。
「それで、クリスエス? そろそろ下ろしてもらえると」
「……トレーナーを、上から見下ろすのは──rare、かもしれない」
「それは、そうかもしれないけどさ」
俺とクリスエスに身長の差は殆どない、若干俺の方が高いくらいだ。
彼女は女性としてはかなりの長身だが、俺のことを上から見るケースなど殆どなかった。
逆にいえば、俺にとっても下から見上げる彼女の顔は、新鮮なものである。
しばらくクリスエスは俺のことを見つめると────くすりと、笑みを零した。 - 7二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:31:01
「こうしてみると──トレーナーも──cuteだな」
「……いや、そんなことはないと思うけど」
「そう、だろうか──それなら──このまま外に出て──questionnaireを、取ろうか」
「えっ、ちょっ、まっ……!」
俺を抱きかかえたまま、トレーナー室のドアへと向かいクリスエスを慌てて制止する。
こんな状態で表に出られたらたまらない。
しかし、彼女は俺の言葉を聞き流し、そのままドアの前に立って、ノブに手をかけた。
さあっと血の気が引くような感覚、そして────。
「────jokeだ」
クリスエスは、ドアノブから手を離して、ひらひらと動かしてみせた。
身体から力が抜けて、大きなため息が出てしまう、とても心臓に悪い。
何とか気持ちを落ち着けていると、ずいっと、彼女が顔を近づけて来た。
そして囁くような小さな声で、言葉が紡がれる
「可愛らしい、トレーナーを────他人に見せる気は、ない」
クリスエスには珍しい、悪戯っぽい微笑み。
これも冗談なのか、それとも本気なのかは、俺にはわからない。
ただ、今の彼女を見ていると心臓が高鳴り、思わず惑わされそうになってしまう。
それはまるで、『魔性』のようであった。 - 8二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:31:21
お わ り
とあるスレ用に書いたSSです - 9二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 14:39:16
メジロラモーヌ(ウマ娘公式)の魔性というのは恐らくJRAのThe Winnerから取られたものでしょうが、ボリクリの漆黒の馬体にも同様に蠱惑的な美を見出しても良いじゃないかと思っていました
ウマ娘世界の寡黙で端麗なシンボリクリスエスに悪戯っぽく微笑まれたら、果たして誰が耐えられましょうか
素敵なSSありがとうございました - 10二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 15:06:16
- 11二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 15:50:43
- 12二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 16:04:02
クリスエスも確かにラモーヌとは別方向に魔性な気がする
- 13二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 16:15:55
うーんvery nice
- 14二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 17:07:34
クリスエスのSSあんま見ないから助かる
- 15二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 19:12:40
久しぶりに良いものを読みました
- 16二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 19:17:10
- 17二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 19:22:02
まるでクリスエスがちょっとヤキモチ焼きみたいじゃん
- 18二次元好きの匿名さん24/04/16(火) 22:17:56
- 19124/04/17(水) 00:12:49