- 1二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:47:17
その日グラウンドでの授業のアシスタントを終えてトレーナー室に戻った俺を出迎えたのは、弾むような声で話しかけてくる先住者であった。
「待っていたわ、トレーナー!」
担当ウマ娘のジェンティルドンナだった。腰かけていたソファからぴょいと立ち上がると、こちらに向かって足取り軽くやってきた。
「やぁジェンティル、今日はどうしたんだい?」
そう問いかけると、彼女はにまーっと笑って、カバンからあるものを取り出した。
「ご覧になって!」
「これは、刺繍かい?」
両手で広げてみせたピンクの布地に、赤い糸でバラの刺繍が施されている。
「えぇ。家庭科で課題が出ましたの。複雑な意匠ですけど、私にはこの花が相応しいと思って」
バラの花の柄は簡略化した図柄でも手間がかかる。ところどころほつれはあるが、いつも手芸などしそうにない彼女の力量からすれば、たしかによくできている。
「ジェンティルは流石だね。バラがよく似合っているよ」
「でしょう!それに、英語の小テストも80点でしたのよ!」
「へぇーっ!すごいじゃないか!難しい単元だったんだろう?」
「ええ、それはもう。けれど私にかかれば当然の結果です」
ふふーん、と胸を張るジェンティル。
勝負に厳しく、冷徹で孤高の実力主義者、というのが彼女のキャラのはずなのだが、どうしてこうなった。 - 2二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:48:39
考えていたら袖をくい、と引かれた。見るとジェンティルが頬を膨らませてこっちを見つめている。
ついでに袖からビリッと言う音がしたので、あとで縫っておこう。
「撫でて、くださらないの?」
「あ、あぁ、ごめん。ジェンティルは本当に偉いな」
「そうでしょう。そうでしょう。もっとお褒めになって!」
拗ねたような声でジェンティルに促され、触り心地の良い彼女の髪をゆったりと撫でてあげると、ジェンティルはたちまち上機嫌になった。
「それからね、今朝は目覚ましよりも30分も前に起きられたんですのよ!髪もほら、いつもより綺麗に編めているでしょう?それに…」
今朝からの出来事を話してくれるジェンティル。いつの間にか腰に彼女の尻尾が巻き付いて、なかなか開放してくれそうにない。
観念して彼女の話を聞きながら頭を撫でることに専念しつつ、俺はどうしてこうなったのか、思い出していた。 - 3二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:49:56
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ジェンティルドンナとトレーナー契約を結ぶ際、彼女のご両親に会ったことがある。
どうかあの子をお願いします、と深々と頭を下げるご両親から、一つ頼まれ事をしたのだった。
「あの子を、ふだんからいっぱい褒めてあげてください」
「褒める…ですか?」
よほど怪訝な顔をしていたのだろう、母親が苦笑しながら教えてくれた。
「ジェンティルは小さなころから、レースに勝ったり、テストでいい点を取ったりすると私たちが喜んで褒めてくれるのが、よっぽど嬉しいみたいなんです」
「身体が大きくなったし、たぶん気恥ずかしいのか、学校のみんなには開けっぴろげにしなくなったんですが」
「なるほど…」
それで勝負にこだわるあまり、冷たいようにも見える性格になったわけか。
「勝敗にしか興味がないように見えるようなんですが、本当は周りから褒めてもらいたくて仕方がないんですよ」
「トレーナーさんも、ぜひいっぱい褒めてあげてください」
「わかりました」
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それ以来、小さなことでもしっかり褒めてあげるようにしたのだが、どうやら思ったより嬉しかったらしく、いつの間にかジェンティルを全力で褒めるのが一大イベントになっていた。
ご両親とも約束したし、何より貴婦人と称される彼女のこんな気を許した年相応な姿を見られるのは、こちらとしても役得に思える。
「ね、すごいでしょう?」
「うん、すごくすごい」
ムフー、と鼻息荒くドヤ顔をして見せるジェンティル。こんなところ、他の子たちには見せられないな。 - 4二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:52:04
またある日、俺は部屋でウマ娘と話していた。今度のレースの相談である。
真剣に話を聞きたがる相手の熱に押されて話し込んでいると、ノックもせずに勢いよく扉が開かれた。
「トレーナー!!聞いてくださる?」
ジェンティルドンナだった。また学校でいいことがあったのだろう、跳ねるような足取りで向かってくるのを、慌てて立ち上がった。
「あ、あのねジェンティル、ちょっと後に…」
「何を仰っているの?見てほしくて急いでやってきましたのに!」
止めようとしたが勢いからして違いすぎる。ダメだ、人間がウマ娘に勝てるわけがない。
「今日は調理実習のオムレツがとても上手に焼けましたの!すごいでしょう!」
「そ、そうか難しい料理なのに、すごいね」
「ええ、自信作です!ぜひトレーナーにも召し上がっていただきた…く……」
カバンからタッパーを取り出したジェンティルドンナが、俺ではなくその向かいのソファを見て固まっている。
視線の先にいた俺の話し相手は、ジェンティルドンナのライバル、ヴィルシーナである。ヴィルシーナもやはり固まっている。
俺も当然固まっている。空気が凍るってこういう状態を指すのだなと、妙に冷静に思った。
「…」
「…」
「…」 - 5二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:56:11
「あら、ヴィルシーナさん。まさか敵陣営に乗り込んでまでアドバイスを求めるなんて、貴女らしい泥臭さですこと」
なんというスピード。ジェンティルドンナは先ほどまでの無邪気な振る舞いはどこへやら、テレビで見る貴婦人の威厳を纏っていた。
が、時すでに遅し、である。
ヴィルシーナもジェンティルのあまりの切り替えの速さに一瞬驚いたようだったが、たちまち落ちつきを取り戻して口を開いた。
「生憎と私に対するものではありませんわ。妹がジャパンカップを控えているもので、ジェンティルさんのトレーナーさんのお力をお借りできないかと」
「そうなんだよ。すごく熱心に頼んでくるものだから、今度妹さんにもお話を…」
「はい、その件はシュヴァルにも一度確認しますね。あの子、人見知りなので」
ありがとうございました、と俺にペコリと頭を下げたヴィルシーナが、部屋の入口に仁王立ちしているジェンティルドンナに向き直った。
「あら、もうご用は済んだのでしょう?それとも、私の顔になにかついていて?」
笑みを浮かべて挑発するように言うジェンティル。しかし今更何をやっても取り繕えないが、このプライドの高さも彼女らしさなのだ、多分。
「いえ、ずいぶんとお可愛らしいところもあるのだなと…っ、オムレツ……ンフッ……」
思い出し笑いに肩を震わせながらヴィルシーナが部屋を後にすると、気まずい沈黙が二人の間に流れた。
「えっと…」
「…」
「その、あらかじめ伝えておけばよかったね」
「〜ッ」
「まあほら、彼女もわざと言いふらすような子じゃないだろうから」
「〜〜ッ」
「あ、オムレツ、いっしょに食べようね?」
「〜〜〜〜ッッッ!!!」
「ジェンティル!落ち着いて、床!床っ!踏み抜いちゃうからッ!」
とりあえず、地団駄を踏む彼女の機嫌が治るまで撫でてあげないといけないようだった。 - 6二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:57:54
おわり
ドヤ顔をするジェンティルスレから書きました。
ドヤ顔ジェンティルファンスレ|あにまん掲示板貴婦人にはドヤ顔が良く似合うhttps://seiga.nicovideo.jp/seiga/im11416701bbs.animanch.com - 7二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 02:59:36
- 8二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 03:01:58
ついでに過去作。育成実装されるまではなんぼ妄想で書いてもいいですからね
https://bbs.animanch.com/board/3057147/
- 9二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 03:02:48
ドヤ顔ドンナ好き
- 10二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 03:25:58
クソかわいい
- 11二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 03:35:12
さすがだなゴルゴ13
報酬は例の口座に振り込んでおくぞ - 12二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 04:47:35
無邪気なドンナかわいすぎる
私はこれを見て貴方の文章は素晴らしいと思いました - 13二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 04:51:12
貴婦人とか言われても、やっぱりかわいい系の顔立ちなの好き
- 14二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 07:27:46
溢れ出るでっかいワンコ感
- 15二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 11:39:57
- 16二次元好きの匿名さん24/04/24(水) 23:17:10
これでレースに勝ったらどうなってしまうのか