- 1二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 02:59:35
こんこん、とトレーナー室にノックの音が響く。
それだけならば、特に珍しいことではない。
担当の子も入る時はノックをするし、たづなさんなど来客だってたまにはある。
……のだが、今この時のノックには、微かな違和感があった。
まず一つは、妙にノックの音が小さい頃。
叩き損ねたりして、そういうケースはあるにはあるが、いくら何でも小さい気がする。
もう一つは、音の出所がおかしいこと。
なんというか、普段のノックの音に比べると、足下が聞こえていたのである。
「いかん、とりあえず出ないと……今、開けまーす!」
色々と疑念はあるが、ノックの音が聞こえていたのは確実。
まずは対応しなくてはいけないと考えて、俺はトレーナー室のドアを開けた。
しかし、そこには誰もいなかった。
廊下に顔を出してみるもの、珍しいほどに人の気配を感じない。
「……あれ、気のせいか?」
確かに聞こえたと思うのだけれど。
首を傾げながらも、まあそういうこともあるか、とドアを閉めようとする。 - 2二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 02:59:50
その時、ズボンの裾を、何かがくいっと、引っ張った。
どくんと、心臓が跳ねあがる。
最近、とあるトレーナーが、『そういうこと』に良く遭遇すると話していたことを思い出す。
彼は慣れて来たと話していたが、聞いている俺にとっては初めての体験。
ごくりと息を呑みながら、俺は恐る恐る、足下を見つめた。
「……えっ」
そこにいたのは、見覚えのある顔をした、一人のウマ娘。
二つに結ばれた鹿毛の長髪、ふわふわの流星、右耳には赤い髪飾り。
見間違えるはずもない、担当ウマ娘であるヤマニンゼファーその人であるのだが。
「ゼーファー……」
鳴き声のような言葉を漏らすゼファー。
うるうると潤んだ瞳で、懇願するように、俺のことを下から見つめていた。
そんな彼女の大きさが────ちょっと大きめのぱかプチくらいに縮んでいたのだった。 - 3二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:00:04
「えっと、本当に、ゼファーなんだよな?」
「ゼファー」
困り果てているゼファーを慌ててトレーナー室に入れてあげる。
念には念を入れた俺からの問いかけに、彼女はこくりと頷いた。
それは何の根拠にもならないが、何故か疑う気にはならなかった。
ソファーに腰かけて、不安そうに視線を彷徨わせる彼女に、とりあえずお茶を淹れてあげる。
「とりあえずどうぞ、カップは持てる?」
「……ゼファゼファ」
俺がカップを手渡すと、少々危なっかしい動きだったか、ゼファー何とか受け取る。
そして一口、お茶を飲むと、少しだけ安心したように息を吐いた。
「ぜふぁ……」
「まずはゆっくり飲んで、落ち着いてね」
ゼファーは少し微笑んで、ゆっくりとお茶を啜っていく。
目の前の状況はかなりの緊急事態ではあるが、突拍子が無さ過ぎて、逆に俺は落ち着いていた。
……しかし、これほどの異常、話を聞いたところで解決出来るかは怪しい。
まず、状況を把握して、それからたづなさんに報告かな。
そんな算段をつけていると、ことりと軽い音が聞こえて来る。
顔を上げると、ゼファーがお茶を飲み干して、カップをテーブルに置いたところであった。 - 4二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:00:27
「……落ち着いた? じゃあ、君に何が起こったのか、聞いても良い?」
俺がそう聞くと、ゼファーは頷く。
そして深呼吸を一つ、真剣な表情を浮かべて、口を開いた。
「ゼファ、ゼファゼファ、ゼファファファゼファ、ゼファゼ、ゼファ」
「……………………なるほど」
さっぱりわからん。
すごい真面目な話をしていて、ゼファー自身、困惑しているのもわかる。
そして必死に状況を説明してくれているのも理解出来るのだが、肝心の言葉が通じない。
どうもそれは顔に出ていたのか、やがて彼女は身振り手振りを交えて喋り出した。
「ゼファッ、ゼファッ」
「ぴょんぴょん飛んで上を指差して……空? いや違う、上、あっ、屋上かな?」
「ゼファー! ゼファファ、ファゼ、ぜふぁ……ゼファゼファ」
「どうしたの急にしゃがみ込んで手で扇いで気持ち良さそうに……そっか、屋上で、風を浴びてたってこと?」
「ゼファーゼファー♪ ……ゼファ、ゼファゼファ」
「それで、気づいたらそうなってた、と……………………なるほど」
さっぱりわからん。
ゼファーも説明しながら意味不明さに気づいたのか、がっくりと肩を落とした。
……さて、困った。
今すぐにたづなさんへ連絡しても、これではどうしようもないだろう。
せめて、ゼファーとたづなさんが直接コミュニケーションを取れれば良いのだが。 - 5二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:01:05
「ゼファー、もう少し、他の言葉を喋ることは出来ないかな?」
「……ゼファ」
「例えば、俺の名前とか言える?」
「ゼファゼファファ、ゼファゼファ」
「厳しいか……それじゃあ、君がこよなく愛していて、なりたいと願っているものといえば?」
「ゼ……ファ……ファ……ファゼ! ファゼファゼ!」
「惜しいんだけどな……えっと、洗濯物に使う洗剤は?」
「ファーファ」
「……やっぱりそれしか喋ることは出来ないか」
やはり、今のゼファーは『ゼファー』としか喋ることが出来ないようだ。
これでたづなさんと話すことは難しいだろう。
……それに、さっきの話に出ていた屋上も、少し気になる。
原因の手がかりがあるかもしれないし、そういうものがあるとすれば他の生徒も危険だ。
俺は立ち上がって、ジャケットを手に取る。
「ちょっと俺は屋上を見てくるよ、ゼファーはここで」
「…………ぜーふぁー」
「────いや、一緒に行こうか」
「ゼファー♪」
不安そうな表情を浮かべるゼファーを見て、俺は前言を翻す。
そりゃあ、この状態で一人にされても怖いだけだよな、俺の考えが浅かった。
ただ、さすがにこの状態の彼女を、他の生徒に見られるわけにはいかない。
…………そもそもここに来るまで見られなかったのか、という疑問は一旦置いておく。 - 6二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:01:26
「申し訳ないけど、俺のジャケットの中に隠れてくれるかな?」
「……ゼファ?」
「ああ、わかりづらいよね、ちょっと持ち上げるよ」
首を傾げるゼファーを見て、俺は彼女の腋っぽいところに、手を差し込んだ。
ふにっと、指先に妙に柔らかな感触と、しっとりとした温もりが走る。
次の瞬間、彼女は大きく目を見開いて、身体が大きくぴくんと震えた。
「ぜっ……ふぁ……ぁ……っ!」
「………………ごめん、もう少し気を遣って触れるべきだった」
「………………ぜふぁぜふぁ」
ゼファーは真っ赤な顔で俯きながら、首をぶんぶん左右に振った。
……俺は一体、何をしているんだ。
指先に残る感触を頭から振り払い、俺は改めて、彼女を運ぶのであった。 - 7二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:01:49
「……なんか、妙に人が少ないな」
屋上にやってきたが、何故かそこには誰もいなかった。
ゼファーが自由に出歩いていたということは、すでに授業は終わっているはず。
けれど屋上は愚か、そこまでの道中ですら、俺達は誰一人とも出逢わなかった。
不幸中の幸いではあるものの、あまりに都合が良すぎる気がする。
────その時、ぴゅうっと、一際強い風が吹いた。
「ゼーファー♪」
「あっ、こら、ゼファー!」
それを察したのか、懐の中のゼファーがぴょんと飛び出してしまった。
彼女からしたら結構な高さのはずだが、あっさりと着地し、とことこと駆け出していく。
縮んではいるものの、ウマ娘の身体能力は健在のようだ、と安堵のため息をついた。
それどころではない状況ではあるが、風を浴びて、少しでも彼女の気が紛れれば良いだろう。
そう考えて、彼女を見守っていたのだが。
「……ぜふぁ」
やがて彼女は、とてもがっかりとした表情で、とぼとぼと戻って来た。
耳はだらんと垂れて、尻尾にも力はない。
良い風は吹いているのに、どうしたのだろうか。
と、その時俺は、彼女の髪や尻尾がたなびいていないことに気づく。
どうやら、小さくなりすぎて、屋上では風がまともに浴びられないのかもしれない。
……仕方ないなあ、と俺はその場で屈み、手を広げた。 - 8二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:02:07
「ほら、おいでゼファー、持ち上げてあげるから」
「……ゼファー!」
するとゼファーは嬉しそうに耳と尻尾を振りながら、駆け寄ってくる。
そして、俺は笑顔で飛び込んでくるゼファーをしっかりと受け止めて、立ち上がった。
その刹那、見計らったかのように、先ほどよりも強く、涼し気な風が吹き抜ける。
「ぜー……ふぁー……♪」
風を浴びて、心地良さそうに、目を細めるゼファー。
その顔があまりに普段の彼女通りで、俺は思わず吹き出してしまうのであった。 - 9二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:02:22
「……何も見つからなかったな」
「……ぜふぁー」
俺達は屋上のベンチに腰かけて、天を仰いだ。
あれからしばらくの間、手分けをして屋上を見て回った。
結果は、成果ゼロ。
無駄に体力と時間を消費するだけで、終わってしまったのである。
やっぱり、たづなさんに相談するべきだな、俺だけではどうしようもない。
すぐに戻って彼女の所へ向かおう────そう考えて、ゼファーを見やる。
「……ゼファー、大丈夫?」
「ぜー……ふぁ…………」
ゼファーは、目を眠そうにとろんとさせて、フラフラとしていた。
……この小さい身体だ、大した運動に見えなくとも、負担が大きかったのかもしれない。
少しばかり急いだところで状況が良くなるとも思えないし、ここは休ませてあげるべきだろう。
俺は彼女の頭を、軽く撫でながら、声をかける。
「疲れたよね? ここで少し休みな、起きたら、一緒にたづなさんのところに行こう」
「ぜふぁー……ぜふぁぜふぁ……ふぁ……」
俺の言葉を聞いたゼファーは、ころんと、膝の上で寝転がる。
そしてすぐに、すぅすぅと、小さな寝息を立て始めた。
身体をきゅっと丸めて、まるで猫のよう。
なんだか、見ているこっちまで……眠くなる…………ような…………? - 10二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:02:36
「ふああ……いや、だめだ、おれがねるわけには…………いや、でもこれ」
突然、未だかつてないほどの睡魔が、俺を襲う。
ゆらゆらと世界が歪み、ふわふわと身体が浮き上がっていく感覚。
この状況で俺まで眠るわけには────と抗ってみるものの、どんどん意識は暗くなる。
「ゼ……ファー…………!」
視界が暗闇に閉ざされるその瞬間、俺は絞り出すように、彼女の名前を呼ぶのであった。 - 11二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:02:50
「────はっ!?」
水面から浮上するように、意識が覚醒する。
慌てて周囲を見回すと、日は落ちかけて、夜の帳が降りようとしていた。
屋上には相変わらず人気がないものの、下の方からは喧騒が微かに聞こえて来る。
……そういやさっきまで、この手の音も、全然聞こえなかったような。
「って、ゼファー! …………って、あれ?」
ゼファーと一緒にすっかり眠り込んでしまったことを思い出し、慌てて膝の上を見る。
そこには、俺の膝を枕にして、気持ちよさそうに眠っているゼファーの姿があった。
────その身体のサイズは、いつものゼファーの大きさに戻っていた。
突然の出来事に混乱するものの、しばらく経って、俺はある結論に至った。
ベンチの背もたれに力なく身体を預けて、大きくため息をつく。
「………………夢かあ」
そりゃあ、そうだよなあ。
いかにトレセン学園といえど、何の理由もなくウマ娘の身体が縮むわけもない。
冷静に思い起こしてみれば、件の出来事もかなりの矛盾や、明らかにおかしい点がいくつもあった。
何ですぐに気づかなかったのだろうか、いや、夢ってそういうものか。
「えっと、確か」 - 12二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:03:07
俺は記憶を遡って、状況を整理する。
ミーティングの後、ゼファーと一緒に風を浴びにきたんだっけかな。
彼女が昨日寝不足だって話をして、だったらちょっと寝て行けばって俺が言って。
それで何故、あんなおかしな夢を見てしまうのだろうか。
俺は再び、大きなため息をついてしまう。
刹那、ぴくりと、ゼファーの耳が反応した。
むくりと彼女は起き上がって、ぼーっとした様子で、虚ろな目を俺に向ける。
ああ、起こしてしまったか。
俺は謝罪を告げようとして────その前に、彼女は呟くように、小さな声を漏らした。
「…………ぜふぁ?」
────血の気が、引いた。
俺とゼファーの間が、張り詰めるような静寂が包まれる。
ぶわっと全身から冷や汗が湧き出て、手が勝手に震えてきてしまう。
そんな俺の様子を不思議そうに彼女は見つめて、やがて目の焦点がはっきりとしていく。
そして、何かに気づいたように、ゼファーは顔を真っ赤に染め上げた。
「────あっ、ちが、これは、その、違うんです、トレーナーさん、今のは」
「……ゼッ、ゼファー?」
「今のは夢を引っ張られて……! とにかく、違いますから……!」
「……ああ、大丈夫、大丈夫だよ、ゼファー、というか、もしかして────」 - 13二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:03:23
「……そうですか、トレーナーさんも、あの珍風な夢を」
「不思議なこともあるもんだね、お互いに一緒の夢を見るなんてさ」
慌てふためくゼファーを落ち着かせて、お互いの話を整理して。
俺達は神妙な表情で、お互いの顔を合わせていた。
どうやら、俺が見ていた夢を、ゼファーも彼女の視点で見ていたようである。
……まあ、身体が縮むよりかは、ありえそうな話ではあるかな。
「だったら、ゼファーは怖かっただろ? 小さくなって、言葉も通じなくなって」
「……確かに魔風ではありましたが、業風とは思いませんでしたよ?」
「……そっか、やっぱり君は度胸があるなあ」
思えば、ゼファーは肝がかなり据わっている。
他のウマ娘が怖がるような夜の森でも、平然と歩いていけるくらいには。
あのくらいの出来事だったら、どこ吹く風なのかもしれないな。
「いえ、そうではありませんよ」
ゼファーは首を横に振りながら、俺の言葉を否定した。
そして、自らの小さくて、柔らかな手をそっと俺の手に重ねて、ふわりと微笑む。 - 14二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:03:39
「貴方がいっしょに、居てくれましたから、どんな真っ暗な道だって宵闇です」
そして、ゼファーは、ごろりと寝転がった。
彼女の頭が俺の膝の上に辿り着いて、嬉しそうの尻尾が揺れ動く。
ずっしりと太腿に語る重みは、信頼の証であるように、俺には感じられた。
「……もう少しだけ、この止まり木で、小夜風を感じていても良いですか?」
「……もちろん、俺なんかで良ければ、いくらでも」
そう言って、俺はゼファーの頭を撫でる。
彼女は心地良さそうに目を細めて、口元を緩めると、小さく言葉を漏らすのであった。
「…………ゼファー♪」 - 15二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 03:04:32
お わ り
たまにはミニキャラネタでひとつ - 16二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 04:34:52
やはりゼファーは小動物……
- 17二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 04:35:53
スレ画がスレ画だから夢オチチに空見した
- 18二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 06:55:07
ゼファーもぷちぜふぁもかわいい
ぷちぜふぁが身振り手振りで状況説明してるところほっこりした - 19124/04/26(金) 07:06:50
- 20二次元好きの匿名さん24/04/26(金) 12:22:07
かわよ
- 21124/04/26(金) 20:17:47