【SS】途切れた糸

  • 1二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:32:29

    『まあ四十代にもなりゃな、同級生の一人くらい、先立たれる事もあるよ』

     父がそう言って喪服で出掛けた時、私は幾つだったろう。自分に当てはめて考えても想像がつかなかった。子供だった私にとっては、ずっとずっと先の事としか思えなかったのだ。
     ――まさかこの歳で同級生を喪うとは、全く想定の埒外だった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:33:09

     彼女とは特別親しかった訳では無い。何度か同じ班になったり、それ以外の時でも会話くらいはあったり――いわゆる単なる同級生、である。
     そして互いの兄同士も同様に同級生だった、と聞いている。私達の繋がりはそれだけ。ただそれだけだ。
     だから兄からの電話で彼女の訃報に触れた時、私は率直に疑問を覚えた。
     悲しさは勿論あった。驚きも少なからずあった。しかし最初に浮かんだものは“違和感”だった。

     なぜ兄は私に知らせたのか?

     ――兄からすれば、自分の妹と友人の亡くなった妹とが同級生だから、というだけの話だろう。僅かに迷ったのち、スケジュールを確認して参列の意を伝えた。
     後から思えば奇妙な話だ。どうして私は行くと決めたのだろう。今にして思えば、何か予感めいたものがあったのかも知れない。
     しかしその日は突然の事にただ動揺し、準備を急ぐのみであった。
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
     葬儀は恙なく執り行われ、参列者が三々五々解散してゆく中で、私と兄はご遺族の前に立ち寄った。
     兄の友人は学生当時、一度は姿を見たはずだ。大勢いた中で誰とは言われなかったが、何となく憶えがある。
     若くして突然妹を亡くし、憔悴した様子のお兄さんと幾つかの言葉を交わす。ご両親にも黙礼して、私達は斎場を後にした。
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
     兄の車に乗った時に“ある事”を思い出したため、実家に向かう間中気が逸った。
     押入れの奥、学生時代の品をまとめた段ボール箱から目当てのものを探し求める。幸いすぐに見つかったそれを、ゆっくりと開いていった。

  • 3二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:33:38

    『◯◯高校文芸部 △年□月号』

     彼女が入っていた文芸部。薄い会報誌の中、たった一ページに、彼女の絵と文があった。
     ――当時流行っていた作品のパロディ。技術的な面では、そもそも私に巧拙の判断など出来ない。
     しかし。今では珍しくなったわら半紙の荒い印刷から、彼女の情熱が立ち昇って来る。本当に好きで書いていた事が、見る者に伝わって来る。
     私はなぜ、これを持っていたのだろうか。彼女から渡されたのは間違いない。そう、確か文芸部員は頒布のノルマがあった。
     何人かで雑談していた時、たまたま私が貰ったのだったか。一通り読んでから、特に捨てる理由も無いので仕舞いっぱなしだったのだろう。

     少しずつハッキリしてくる記憶と共に何かがこみ上げて、会報誌にポツリと黒いシミが現れた。
     葬儀の席でさえ泣いてはいない。ただの同級生だったとは言え、自分の意外な薄情さに驚いた。
     だのに今こうして、彼女が遺したものに二つ三つと増えるシミは何なのだろう。彼女の作に心を動かされた?同級生の夭逝に自分を重ねて恐怖した?

     ――いや、これはきっと後悔。

     こんなにも早く旅立った彼女を、もっとよく知っておきたかったという、もう叶わない願いの涙。
     でも、なぜ彼女なのだろう。同じ程度の付き合いの、他の同級生であっても同じように泣いただろうか?
     僅かに出来た縁の糸をそのままに、手繰り寄せる事無くプッツリと切れてしまった。その不運が、不明が、理由なのか。

    「おーい、今日は泊まりじゃないよな。駅まで送るけどいつ頃……理子?」

     兄の胸の中で涙と『なぜ』が、いつまでも溢れ続けた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:34:07

    「おはようございます、樫本トレーナー」
    「はい、おはようございます。……朝練のメンバーは全員揃っていますね。週末は突然穴を空けてすみませんでした。トレーニングの記録を提出したら、それぞれのメニューを開始して下さい」

     未だ別れを受け入れ切れぬまま、それでも世界は進んでゆく。
     去る者達は何を遺したのだろう。
     残る者達は何を受け継ぐのだろう。
     若い彼女が遺せたものはあまりにも少なくて――それでも彼女を知る人達に、きっと何かを。
     私にさえ、深い無念を与えたのだから。
     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
     記録を出す時、やっぱり樫本トレーナーは察しがついちゃったみたい。

    「何か不安な事でも?」
    「え?いえ、エヘヘ……昨日、小学校の友達と会ったんですけど、ちょっとその……食べ過ぎちゃったかなー、なんて」
    「……自己管理はもちろん重要です。でも貴方達には、友達だって大事ですからね。折り合いのつけ方も覚えていって下さい。オーバーワークはいけませんよ」
    「……はい!」

     なんか意外。少しはお小言もらうかと思ってたのに。

    「貴方も浮かない顔ですね」
    「ちょっと夢見が悪くて……ほとんど忘れたんですけど。なんだか真っ暗で、誰もいなくて。叫んでも暴れてもどうにもならない、みたいな……もしかしたら、死んじゃったらこんな感じなのかなって思うと、そこから眠れなくって」

     樫本トレーナーの顔が一瞬強ばって、それからゆっくりと話し始めた。

    「……貴方達は、生まれ変わりとか死後の世界を信じますか?」
    「えっと、私達の前世は異世界の“馬”だとかそういうの……?」
    「そう言われてはいますね。でも、もし霊魂だとか生まれ変わりが無かったとしても。……死んだ後は無、だとしても。その後で行く所はあるんですよ」
    「無、なのに……?」
    「亡くなった人達は……行きている人達の中に残ります。貴方達も、見る人達の心に残るようなレースが出来ると良いですね。
     私もそれをサポートします」

  • 5二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:34:32

     終了 深い衝撃も悲しみも、いつか無数の別れの一つになってゆくのでしょう。それでも胸に開いた穴から、喪ったものの大きさを忘れずに感じていたいのです

  • 6二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 21:42:49

    悲しいようなそれでも前向きなような…
    理子ちゃんの中ではきっとこの経験も教え子達に接する時の糧となるのでしょうね

  • 7124/04/27(土) 23:20:20

     少し前に一人のSS書きさんが、最後にあにまんで一本上げて離れる、と言われました。
     私はネット音痴なため、この掲示板でしか書いておりません。その方から他サイトへのお誘いを頂きましたが、私はとうとう重い腰を上げませんでした。
     時期的に荒らしが蔓延っていたせいか、その一本は上げられないままです。当該サイトでは読む事が出来ましたが、しばらく後に退会されてしまったようでした。
     私がすぐに動いていたら、何らかのやり取りを持っていたら、結果は違ったかも知れません。しかしそうはならなかった。私は動かなかったし、その方とはもう出会えないでしょう。因果関係を探る事ももはや叶いません。
     かつてSSの中で“選んだ事を正解にしていくしかない”と書きましたが、何も選ばないというのはやはり最悪の選択ですね……

  • 8二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 23:27:07

    こういういい意味で地味な、地に足の着いたSSは好きだからうれしいね

  • 9二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 23:36:27

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  • 10二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 23:36:52

    ウマ娘の世界そのものに切り込む、すごく良いSSでした。世界観に切り込み、作者の想いが乗った作品は本当に貴重です(読む方も書く方もカロリーが高いからでしょうが…)。
    重いネタをしっかりまとめ上げていて相当書いてきたんだろうなと思います。このSSの中の思いに重ねるなら、貴方の作品が有形物となり、誰かの手に届くことを願っています。

  • 11二次元好きの匿名さん24/04/27(土) 23:42:56

    >>7

    その方に心当たりがありますが穏やかな日々を過ごしていらっしゃればいいと思っています

    気持ちが荒れがちな方でしたので

  • 12二次元好きの匿名さん24/04/28(日) 00:09:34

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  • 13124/04/28(日) 08:49:44

    みなさん感想ありがとうございます。

    過去は変えられませんが、どうかまだ覗いていて下さい。私が貴方の作品を好きだった事が、せめて伝わってくれますように。

    >>12

    駄目でしょお兄さん夜更かししちゃ

  • 14124/04/28(日) 20:14:56
  • 15二次元好きの匿名さん24/04/28(日) 20:18:08

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