- 1二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 00:32:19
誰しも、その日の気分の上下や好調不調というのはあるもの。それは、トゥインクル・シリーズにおいて比類無き走りを見せつけるウマ娘であっても、変わらない。
あのオルフェーヴルさんにだって、威厳ある王の立場をお休みして偶々出会ったハルウララさんと木陰でお昼寝していたい日があるかもしれないし、いつだって元気一杯に嵐を呼ぶゴールドシップさんにも頭痛で保健室のお世話になる日がある。
ゴールドシップさんの場合『静かで助かりますわ』とか『普段からこうだとよろしいのに』などと言いつつも、ベッドでうんうん唸っている彼女の側に居てくれるマックイーンさんの姿が見られたりするので、二人の知り合いはこういう日を(からかい目的で)楽しみにしていたりもするのだが。
「……どうかなさったの?」
「いいえ、特には」
「……もしも貴方が迷惑だと仰るのなら、すぐにでもお暇致しますわ」
「ふふ、心配には及びません。どうぞゆっくりしていらして」
「……」
普段なら絶対に言わないような事を口からこぼし、剰えそんな彼女を受け入れた私を抱き枕にして頬を寄せてくる"貴婦人"を見つめていると、ついついそんな微笑ましい思い出が頭を巡り出す。
昼過ぎから降り出した雨が窓を叩く音が、言葉少ない部屋にはよく響いた。
事の起こりは、今日は重馬場の特訓が出来る、と意気込む子達の話がすれ違いざまに駆け抜けていった10分程前のこと。
気合い十分の彼女達に対し、こちらは本日休養。その上、トレーナーさんは研修で外出、シュヴァルとヴィブロスは通常通りトレーニングと、天候以外にも様々な悪条件が重なったのもあり、私は真っ直ぐ寮に戻る事にした。
雨の日に一人で部屋に居ると、普段よりもずっと時間が長く感じる。こういう時、ルームメイトが居てくれると非常に助かるのだが、生憎とタルマエさんは遠征で不在にしているので、そちらを頼る事も出来ない。思わず、溜め息が漏れた。
そんな私の心情を三女神様が読み取って下さったのか、この時間には珍しく自室の前に人影があった。その姿を瞳に映した瞬間、一瞬全身に緊張が走ったのは言うまでもない。
しかし、その緊張感は、彼女に声を掛けた瞬間、不思議な程するりと解けていった。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 00:36:57
「……ごきげんよう」
「あら、ヴィルシーナさん。今戻られたの?」
「ええ、今日は休養日ですから。もしかして貴方も?」
「……お互い、何もする事が無いと言うのは困りものですわね」
そう軽く言葉を交わして、ふふ、と微笑んだ彼女に、普段からトレーニングやレースで放つ痺れる程の覇気を一切感じなかったからだ。
いつもなら、彼女と顔を合わせた途端に火花が散るような言葉が飛び交うと言うのに、今は自分でも驚くほど自然な調子で彼女と話せていると思う。
「それで、どうなさったの? 貴方のことだから、休養日には自室で参考書でも読むものかと」
「そうね……今日は、貴方と過ごしたいと思いまして」
「私と?」
その表情は相も変わらず余裕たっぷりな微笑みを湛えているが、それでも私の胸には違和感とざわめきが過ぎった。
幸か不幸かタルマエさんは丸一日戻らないので一緒に過ごすのは構わないが、今、目の前に居る彼女────"貴婦人"ジェンティルドンナについて、どうにも彼女らしくないという感覚の方が私の脳内を大きく支配していく。
例えば、直近のレース映像の確認をしたり、最近調子を上げてきた気になるウマ娘について語らったり、あるいはトレーニング法についての討論など、私と一緒に居て何をしたいのかを具体的に言ってこないのもそれを助長していた。
私が思わず不思議そうな顔を向けていると、彼女がゆっくりと口を開く。
「……勿論、ご迷惑であれば私は自室へ戻りますけれど」
「いえ、構いませんわよ。今日はルームメイトも不在ですし、一人でどう過ごそうかと思っていた所ですわ」
迷わず、そう応える。
やはり覇気を感じない彼女の声に対し、私の胸にはふっと湧き上がる想いがあったからだ。そうして応えた私に向けていた彼女の表情に、陽の光が差す。
刹那、私の脳裏に光が閃いた。私の頭の中を支配しつつあった彼女への違和感について、彼女が一瞬見せたその表情が、私の胸に湧き上がった想いと共に答えを教えてくれたように思えたからだ。
それを抜きにしても、元々断る理由など無いので一先ずは彼女を部屋に招き入れることにした。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 00:42:18
ルームメイトが不在の部屋は、しばらくすれば帰ってくると分かっている日常に比べ、余りにも寂しく感じる。主の居ないベッドと机が、まるで色を失ったかのように静まり返っているように思えるから、本当に不思議だ。
そんなルームメイトのベッドや机とこれからしばらく一緒に過ごす事になっていたと思うと、彼女が私が戻ってくるのを態々部屋の前で待っていてくれたのは、自分にとっても幸運だったのかもしれない。
「どうぞ、一先ず適当に腰掛けて────」
そう言ってベッドサイドに鞄を置いた瞬間、後ろでカチャ、と鍵を掛ける音がした。それに気付いて振り向いたのとほぼ同時、私は彼女の両腕に包まれ、そのまま真後ろにあったベッドへと倒れ込んだ。
普段なら間違い無く叫び声を上げる所だが、これまでの彼女の様子から察するに、不意にこのような行動に出た理由も概ね理解していた。なので、突然ベッドに私を押し倒し、剰えその上から覆い被さるように身体を寄せてくる彼女の瞳を、私はただ静かに見つめていた。
「随分と冷静ですのね。こんなおかしな状況だというのに」
「そうね……こんな状況だから、かしら」
私がそう応えても、彼女は何も言わずただ私の事を見つめていた。その瞳が、僅かに揺れている。口角は上がっていたが、それでも端の方が少し震えているように見える。
私は、そんな彼女にヴィブロスやシュヴァルに向ける微笑みを浮かべて見せると、両の腕でそっと彼女を迎え入れた。
「さあ、どうぞ。遠慮無くゆっくりしていらして……貴方にも、そんな日があって良いのよ」
私の言葉を受け止めて、彼女は一瞬瞳を大きく見開いた。それでも、私は彼女へ向けた微笑みを崩さない。
次の瞬間、彼女は張り詰めた糸が切れたかのようにふ、と頬をほころばせる。
「ええ……ヴィルシーナさん」
彼女はそう一言呟くと、そっと瞳を閉じ、全身の力を抜いて私に身を委ねた。そのままゆっくりと長いリズムで呼吸を刻む彼女の背と頭とを、両の手で優しく撫でる。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 00:47:39
如何なる理由によるものかは知る由も無いが、彼女の心には知らず知らずの内に大きな負荷が掛かっていたのだろう。
彼女は、自他共に認める"強い"ウマ娘だ。しかし、如何に類い希な精神力と強者たる覇気で以てそれらを吹き飛ばし続けていたとしても、心の澱というものは少しずつ、しかし確実に降り積もり、ある時ふと重い感情になって噴き出す事がある。
そこに、分厚い雲に覆われた空から降り出した雨と予定通りとは言え休養日で身体を動かせない日が重なってしまっては、その噴き出した感情を抑え込めなくなっても仕方ない、と思う。
そして、そんな負の感情の奔流を抑え込めない時というのは、どんなに言葉で『大丈夫』と自分に言い聞かせても、それを聞かされた心の中の自分は何度も何度も『本当に?』と問いかけてくる。シュヴァルも、ヴィブロスも、私だってそうだ。
そんな時、何も言わずに寄り添い、時にはこうしてその弱った心を抱きとめてくれる人が側に居るだけで、泥のような感情に塗れた心は救われるもの。
例えそれが、絶対的な強さと美しさを兼ね備え君臨する"剛毅なる貴婦人"であってもだ。
否、むしろ彼女のような"強い"ウマ娘にこそそんな時間が、掛け値無しに甘えられる相手が必要なのかもしれない。ヴィブロスのように、甘えさせて、と素直に言葉にできればよかったのかもしれないが、少なくとも私には、彼女がそんな自分の弱さを態々言葉にして訴えてくるとも思えなかった。それでも、こうして彼女なりの行動で示してくれれば、私には十分だった。
ふわふわと目の前に差し出された頭を撫でていると、彼女がふと口元から笑みを零した。
「……これではまるで、貴方の妹になってしまったかのようね」
「そうだとしたら、嬉しいわね。"姉として"貴方の側に居られますもの」
瞳を閉じたまま微笑む彼女の頭を、もう一度優しく撫でる。すると、彼女は閉じていた瞳を半分ほど開いて私を映し、再び安心したかのように表情を綻ばせ、瞳を閉じた。
脱力し、ただ静かに息をしている彼女を、今度はそっと抱き寄せてみる。彼女はそれに応えるように、瞳を閉じたまま優しく微笑んだ。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 00:58:30
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- 6(5はミスです。すみません)24/05/03(金) 01:00:26
そうして、しばらくの間二人で静かな一時を過ごしていたが、トレーニングを終えたウマ娘達で寮がにぎやかになる頃、彼女はそっと身体を起こした。
心も落ち着き、そろそろ部屋に戻るのかと思った私が彼女を追うように身体を起こすと、彼女の手が徐ろに私の制服を捉える。
「……」
そのままじっと私の瞳を見つめ、何も言わずにくい、と制服を引いてくる。ターフの上に立つ彼女の姿を知り尽くしている私が、そんな彼女の様子に驚かなかったと言えば嘘になる。
それでも、そういう事をされると否が応でも姉心を刺激されてしまう。私は、彼女の手を両手で優しく包みこんだ。
「仕方ありませんわね」
彼女からのお誘いを受け、私は食堂でもお風呂場でもずっと彼女と一緒に過ごし、周囲からはやや奇異な目で見られる事になった。しかし、私にとってそれは問題ではない。
少なくとも、彼女との会話の節々から、部屋の前で会った時よりは調子が上向いているのが分かった。洗面台の鏡と向き合う表情にも、ほんのりと明りが灯っている。
そんな様子の彼女を横目に安堵のため息をつくと、不意に彼女がこちらへ向いた。
「……そう言えば、今日はタルマエさんは不在と仰っていたわね」
「ええ、明日まで遠征ですから」
「貴方さえ良ければ、ですけれど……一晩、ご一緒しても良いかしら」
その声と表情には、まだどこか遠慮というか、不安げな感情が残っているのが分かった。
それならば、私がやるべきことは一つ。
「ええ、勿論ですわ」
「……」
そうして私が彼女の手を取った瞬間、再び彼女の表情に陽が差した。
昔、今日はどうしても一緒に寝たい、とそれぞれ手を握ってきたシュヴァルとヴィブロスの事を、ふと思い出した。そうして共に夜を越えた朝の事も。 - 7二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 01:03:16
元より強く、逞しい彼女の事、きっと明日になればいつもの"貴婦人"ジェンティルドンナに戻り、私はまたいつものように彼女と火花を散らすのだろう。こうして彼女の側に居るのは、今日が最初で最後かもしれない。
それでも彼女に、こうして側に居て欲しい相手として、自分の弱さを見せても良い相手として信頼されているという事に、ほんの少しの優越感と、姉心とは別に嬉しい想いを抱いているたもまた事実だった。
「さあ、どうぞ。こちらへいらして」
「……では、失礼して」
誘われるがままベッドに潜り込むと、彼女は先程と同じく私を両の腕で包んでくる。そして、私もまた彼女を抱き寄せ、頭をそっと撫でて応える。まだ仄かに残るお風呂上がりの暖かさと、ふわりと漂う甘い香りが心地良い。私達の意識は、あっという間に宵闇へと溶けていく。
いつしか彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、瞳を閉じて静かに呼吸を刻み始めた。心地よさそうに眠る彼女に、そっと顔を寄せる。
「……おやすみなさい、ジェンティルドンナ。良い夢を」
その言葉が聞こえていたのかは分からないが、彼女は変わらず穏やかに微笑みを浮かべていた。
例えターフでは火花を散らす仲であったとしても、時には彼女にとって心休まる止まり木でありたい。彼女の寝顔にそんな想いを抱きつつ、私も静かに瞳を閉じ、宵闇へと意識を溶かしていくのだった。 - 8二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 01:07:15
以上です、ありがとうございました。
絶対強者であるジェンティルドンナがふとした時に自分の弱さを見せても良いと思っている相手がヴィルシーナだと良いなと思います。そしてそんなジェンティルドンナに姉心を刺激されて優しく抱きとめるヴィルシーナだと良いなとも思う次第です。 - 9二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 01:10:34
いい……
- 10二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 01:24:42
二人きりの時にしか見せない弱さとそんな弱さを掛け値無しの優しさで包み込んでくれる人が居る喜びからしか摂取出来ない栄養素がある
- 11二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 02:03:19
ありがとうありがとう
- 12二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 06:45:41
ウソでしょ…久々にジェンヴィルのSSが来てる…
- 13二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 07:45:20
ジェンヴィルSSなんか大歓迎だよ!
いやあいい話でした - 14二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 09:11:08
連休初日から良いモノを見た
- 15二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 14:47:40
- 16124/05/03(金) 22:23:10
- 17二次元好きの匿名さん24/05/03(金) 22:50:19
素晴らしいジェンヴィルでした…本当にありがとうございます。pixivなどに投稿とか…されてますか?
- 18124/05/04(土) 00:11:17
- 19二次元好きの匿名さん24/05/04(土) 00:11:59
- 20124/05/04(土) 09:02:06
(読んで頂きありがとうございます! 良いよね……)
- 21二次元好きの匿名さん24/05/04(土) 20:21:17
ちょっと待って!過去作の修正版(最終話)が投稿されてるやん!
ジェンヴィルの過剰摂取で多分この後俺は死ぬと思う - 22二次元好きの匿名さん24/05/04(土) 22:38:10
このレスは削除されています
- 23二次元好きの匿名さん24/05/05(日) 03:34:26
いいもん見せてもらいましたわ......🙏
- 24二次元好きの匿名さん24/05/05(日) 08:43:49
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- 251(安価間違えました)24/05/05(日) 08:44:23