- 1怪文書初心者21/09/05(日) 21:35:57
- 2怪文書初心者21/09/05(日) 21:36:52
1/
12ハロン、2400の花を戴く。
その距離に多少の違いはあれど、それは間違いなくウマ娘にとっての憧れで、焦がれで。
まさに何よりも果たすべき、遙かなる走者の本懐だ。
けれどそれを果たせるのは、ごく一部のウマ娘だけ。
才と努力と、何よりも運。どうしようもない事故によって花道から暗がりに転落することが“よくある悲劇”で片付けられてしまう以上、そうならないための努力は前提で、事故に見舞われない——死神に見定められない運というものが、どうしても必要になってくる。
「はっ、はっ——」
“女帝”エアグルーヴは、そうして死神の目を逃れ続けた一等バだ。
トゥインクル・シリーズを駆け抜けた三年。名実ともに“女帝”と呼ばれ、されど驕らずに積み重ねてきた確かな実績。
その累積した努力と自負から来る彼女の走りは、見るものを惹きつける美しい気迫に満ちている。
使い込まれたジャージを纏い、走り慣れたターフの上で、己の限界を走破する。
熟練のルーティーンとしてこれ以上ない走りを終えた彼女は、しかし苦々しく顔を顰めていた。
差し出されたスポーツドリンクをぐっと煽り、排熱とともに嚥下する。
からからの喉を通り抜ける、冷えに冷えたスポーツドリンク。女性的な喉仏の流動は、ひび割れた大地に降る雨のように潤わしい。
涼やかに細まる情熱的なアイシャドウが、汗に濡れて妖しく衒った。
「……ぷはっ。それでトレーナー、タイムはどうだ」
一息吐いた彼女に問われた“女帝”の杖は、恭しくも首を振る。
彼が手に持つストップウォッチは、エアグルーヴがラインを踏み越えたのと寸分違わぬ時間を示している。
己の杖に一切の不備がないことをわかっているエアグルーヴは、重苦しく息を吐いた。
「ふう……まったく、お前がそんな顔をするな。これは私自身の問題だろう」
数多のウマ娘たちを焦がしたその無類の輝きは、今や衰えつつあった。 - 3怪文書初心者21/09/05(日) 21:41:12
>>1 2/
「お前のトレーニング内容と体調管理は完璧だ。だからこれは、私の——私自身の身体に限界が近づいている、ということだろうな」
新人の頃は多少抜けていた面もあったが、ともに駆け抜けた過酷な闘争の中でこれ以上ないほど研ぎ澄まされたことは、その杖にこれ以上ないくらい支えられている彼女だからこそ理解している。
だから、いっそ残酷なほどに、彼女は己が衰えていると断言した。
「……トゥインクル・シリーズの三年。加えて中長距離を何度も走り込めば、ガタが来るのも当然だ。それはお前もわかっていただろう?」
トレーナーは、躊躇いながらも確と頷く。
今に至るまでターフの夢に身を捧げてきた無数のウマ娘たちが遺してくれた“限界”を、『杖』たる彼が把握していないはずがない。
だけど、でも、それでも、まだ——そう言い続けてどれだけ経った?
それが“女帝”に、死神の目を惹きつける行為だと知っていてもなお、支えることを諦めたくはなかったのだ。
杖でありトレーナーである前に、一人の男として見惚れた姿を一等席で、いつまでも、いつまでも。
「たわけめ。私がお前の気持ちを理解していないわけがないだろう。……私も、お前の目が心地良かったのだ。“女帝”への理想と——私への熱を孕んだお前の目が。だから本来ならすでに引退するべきところを、こうやって無理を通して無様を晒そうとしているのだ」
無様なわけがない。その輝きは衰えた、癪だがそれは認めよう。
だが君が無様なはずがない。長きにわたって研磨された“女帝”の自負と、折り重なった鋼のような実力が、君を無様に見せるはずがない。
そう言われるごとにエアグルーヴの目が泳ぐことに、トレーナーは気付いていない。
「そ、そうか。……そうだな、“女帝”たるもの己を卑下するなどあってはならない。それは今まで歩んだ道と、それに倒れたウマ娘たちへの侮辱、だな……。すまなかったなトレーナー、……あと近い、顔が近い、いいから離れろ適正距離まで身体を引け!」
エアグルーヴの可憐な頬は、まるで熟れた果実のよう。
微かな化粧が目に見えて、鼻腔を淡い芳香がくすぐる。
ばっと飛び退けば、エアグルーヴはそっと顔を逸らしながら、垂れた髪を耳にかける。
その仕草までもが艶やかで、トレーナーも彼女から顔を背けるほかなかった。
- 4怪文書初心者21/09/05(日) 21:43:32
>>1 3/
もはや私室と変わらないトレーナー室で、先のことを忘れた上でいつものように話をする。
それは建設的で客観的な、私事が入る余地のない、理路整然とした“女帝”と杖の作戦会議。
「やはり、次走で引退することを表明するのが賢い選択だろう。私への対策を練っているウマ娘も、トレーナーがよほどのボンクラでなければ私の衰えに気付いているはずからな」
中央トレセン学園にいるようなトレーナーならば、警戒対象のウマ娘を調べ尽くして対策を練るのは当然で、そうするうちに過去映像との微妙な差異に気付くだろう。
であれば、衰え始めたその輝きを潰しに来るのは容易に想像できる。
「……トレーナーとして、本来なら次の出走を取りやめるのが正道、か。ふっ、杖としてはそれが正しいのだろうな。だが……私とお前は、それだけで括れるほど一面的な関係を築いてきたわけではない。
……私はまだ、走り足りんのでな。お前はそれを見届ける義務がある」
彼女もまた、“女帝”として己を律する以前にウマ娘なのだ。メルヒェンに生きる童女にも似たその憧れは、きっと終生萎えることはないのだろう。
エアグルーヴは椅子に背を預けると、ほっと息を吐いて天井を見上げた。
見慣れた白。勝負への熱と算段を託し、その情熱を受け止め続けた天蓋も、もう少しで外れてしまう。
外れた先は、長く、長く——遥かに続く、夢追いびとの醒めた跡。
「……これで見納めだと思えば、案外寂しさも募るものだな」
そう言ってエアグルーヴは、その冷涼な瞳を閉じた。
釣られてトレーナーも、まるで何かに祈るように——白い黙に眼を瞑る。
- 5怪文書初心者21/09/05(日) 21:45:14
今日はこれで終わりです。
続きが書けたら投稿しに来ます。
……即(スレ)オチしないよう保守はすると思いますが! - 6二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:46:39
続きが楽しみ
というか普通に文章力高くてウラヤマスィ…… - 7二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:50:08
さっき意見募ってた人か
連載形式でもええと思うよ - 8二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:51:33
10レスまで行かないと即オチする仕様どうにかなりませんかね
- 9二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:55:07
保守
- 10二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:55:18
保守
- 11二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:57:20
保守……これ途中だから感想書きにくいとかない?
- 12二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 21:59:23
どことなくきのこ因子を感じる
どこと言われたら困るんだけど、なんとなくきのこの因子を感じる - 13二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:03:33
続きが欲しい……
- 14二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:08:35
ええやん
- 15怪文書初心者21/09/05(日) 22:11:21
ちょっとスレの立て方を間違ったかもしれない
- 16二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:23:24
まあこのスレタイじゃあ人は来ないかもしれんな……
スレタイ芸だとちんちん帝は上手いと思う - 17二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:45:58
保守
- 18二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:47:24
内容は良いんだがタイトルがね
センスは良いと思うけどスレタイ向きじゃねぇな…… - 19二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 22:55:21
とはいえ、エアグルーヴSSって時点で怪文書初心者さんのSSかな?って思えたし
継続は力なり
とはよく言ったものだよね - 20二次元好きの匿名さん21/09/05(日) 23:17:45
ここでエアグルーヴの怪文書書いてるの初心者さんしかいないからな
最初はBSSから始まり普通のイチャイチャに移行したけど、クオリティが安定してて好き - 21二次元好きの匿名さん21/09/06(月) 01:26:29
やっぱこのタイトルだとあんまりタップされないって!
- 22二次元好きの匿名さん21/09/06(月) 01:40:35
pixivとかハーメルンに上げるのも手だと思うぜ