- 1二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:43:08
「あー、カフェ、ちょっと邪魔するぞ?」
「……ポッケさん? お一人でここに来るなんて……珍しいですね…………?」
放課後の、旧理科準備室。
この日はトレーニングもお休みで、私のトレーナーさんも不在。
だから一人、お気に入りのコレクションに囲まれて、珈琲を楽しもうかと考えていた。
そんな時に、彼女は現れた。
明るい鹿毛の短い髪、勝気な鋭い目つき、左耳には切れ込み、右耳にはピアス。
ジャングルポケット────ポッケさんは、きょろきょろと周囲を気にしながら、部屋に入ってくる。
ポッケさんは以前から、この部屋の雰囲気が苦手だと話していた。
元々彼女は幽霊などが苦手で、私の趣味に合わせたこの部屋が、彼女に合っていないのだろう。
普段はあまりここには寄り付かず、私に会いに来る時は教室かトレーナー室が多い。
それだけに、この部屋に、しかも一人で彼女が訪れるのは、滅多にないこと。
……余程の緊急事態なのか、と少し身構えてしまう。
「少し、カフェに頼みてェことがあってな」
「……私に、ですか? とりあえず……お席へどうぞ…………お話を聞きましょう」
頼み事とは、ますます珍しい。
私は目を丸くしながらも、ポッケさんを部屋の中のソファーへと誘った。
すると、彼女は怯えながらもゆっくりと歩みを進めて、ちょこんと腰かける。
…………なんだか、妙にしおらしいポッケさんを見ると、調子が狂うようですね。
只事ではない、そう判断した私は、飲み物の準備を後回しにして、向かい合うように席に着く。
「それで…………頼み、とは?」
「……えっと、その、だな、俺に、よ」
ポッケさんは歯切れ悪く、ぽつぽつと言葉を並べていく。
滅多に見れない光景に困惑しながらも、私は彼女の言葉を待った。
やがて、彼女は意を決したように言い放つ。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:43:23
「俺に────珈琲を、淹れてくんね?」
「……はい?」 - 3二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:43:36
「……お待たせしました…………熱いですので気を付けて」
「さんきゅー、悪ぃな、いきなり来て、こんなこと頼んで」
「いえ……丁度、私も淹れるところだったので…………構いませんよ」
私は、白い湯気の立つ、漆黒の液体に満たされたカップを二つ、テーブルの上に置く。
そして、私も席に着き、黒猫のマークの入った、マイカップを手に取ろうとして、ふと気づいた。
……ああ、これでは、いけませんね。
カップを置いて、立ち上がり、戸棚にあるシュガーポットとミルクを持って、戻った。
一人の時や、トレーナーさんと飲む時はあまり使わないので、つい忘れてしまっていたのである。
「ポッケさん……こちらを…………どうぞ」
「…………いや、いらない」
「えっ」
シュガーポットとミルクを差し出すと、ポッケさんは首を横に振った。
私が知っているポッケさんは、極度の甘党。
私も甘い物は好きではあるけれど、彼女の場合はまた格別である。
良く大きなパフェを頬張っている姿を見るし、フルーツなんかも好んでいたはず。
…………そう考えると、そもそもの彼女のお願いが、不思議なものだった。
彼女とはそれなりの付き合いではあるけれど、珈琲を飲んでいる姿は、見たことがない。
「…………」
「あの……無理して…………ブラックで飲もうとしなくても」
「だっ、大丈夫だっつーの…………うしっ!」
ポッケさんはカップを手に取ると、渋い表情で、じっと中身を睨みつけていた。
私の言葉にびくりと震えると、彼女は気合を入れて、カップを口に近づける。
恐る恐るといった様子で、ゆっくりと。
そして一口、ごくりと飲むと────彼女は深く、顔を顰めて、声にならない悲鳴を上げた。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:43:48
「~~~~っ!」
「はあ……チョコレートをどうぞ」
「……っ!」
「ポッケさん……せっかく淹れたものに対して…………そういうのは……あまり良くないですよ?」
目に涙を溜めながら、慌ててチョコを頬張るポッケさんに、苦言を呈する。
請われて準備したもの対して、あんな態度を取られるのば、さすがの私も気分が良くない。
口の中の苦みが落ち着いたのか、安堵のため息をついた彼女は、申し訳なさそうに深く頭を下げた。
「…………ごめんカフェ、本当に悪かった」
「何か、事情があるんですよね? …………アナタが良ければ……話してくれませんか?」
ポッケさんとは、それなりの付き合いだ。
だからこそ、何の理由もなく、こんなことをする人ではないことを、私は知っている。
顔を上げたポッケさんはバツが悪そうに頬をかくと、少しだけ恥ずかしそうに言った。
「俺さ……コーヒーを飲めるように、なりてェんだよ」 - 5二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:44:04
「……ここまで甘ければ、何とか」
「そこまで入れると主成分はお砂糖ですけどね…………では、お話の続きを」
「おう、俺はさ、良くトレーナーによ、スイーツ巡りに付き合ってもらってんだ」
「…………そうなんですか……ちなみにどのくらいの頻度で?」
「あ? 週末に行くくらいだよ」
「………………一日当たり、何店舗くらい?」
「日によってまちまちだけど、大体5、6店舗くらい……って、そんなのはどうでも良いんだよ」
山盛りの砂糖を溶かした珈琲を飲みながら、ポッケさんはそう語る。
正直、彼女とそのトレーナーさんのデートに興味をそそられるものの、一旦は諦めることにした。
そして彼女は、少し表情を曇らせながら、言葉を漏らした。
「ただ……トレーナー自身は、良く珈琲を飲んでてさ」
「……そうなんですか?」
「ああ、俺は良く知らないけど、トレーナーの家で、ここにある機材もいくつか見たことあるぜ」
「…………なるほど」
ちょっとしたコーヒーメーカーだけならともかく、ここに置いてあるのは専門的なものも多い。
それと同じものを持っているということは、ポッケさんのトレーナーは結構な珈琲好きなのだろう。
……なんだか聞き逃すべきじゃない情報も混じっていた気がするが、一旦、そこは流しておく。
「……それで、その、いつも、俺の好みに付き合わせて悪ぃからさ」
「珈琲を飲めるようになって……トレーナーさんの趣味にも合わせたい、と?」
「ああ……後、この間、健康診断の数値を見て青くなってて」
「…………そこはポッケさんが……自重してあげてください」 - 6二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:44:18
ポッケさんは、もじもじと恥ずかしそうにしながら、そう話してくれた。
普段は豪快で、少し乱暴なところもあるけれど、仲間思いで心優しい彼女。
そんな彼女が見せた、まるで乙女のような一面に、私の心が、少しだけそわそわとしてしまう。
……ちょっとだけ、意地悪をしてしまいましょうか。
「それなら……妙案がありますよ」
「マジか!? さっすがカフェだな!」
「ええ……ポッケさんのトレーナーさんを……──私に紹介してください」
「…………は?」
ぴくりと、ポッケさんの口元が引きつった。
耳がぴんと立ち上がり、目つきが鋭くなって、威圧感が増してくる。
しかし、私は臆することなく、心の中で笑みを零しながら、話を続ける。
「私なら……アナタのトレーナーさんと…………一緒に喫茶店巡りが出来ますよ」
「それは、そうだけどよ」
「私は同好の士が増えて……ポッケさんはトレーナーさんに恩返しが出来て……」
「……っ」
「ポッケさんのトレーナーさんは…………私と、珈琲が楽しめる……」
────まさしく三方一両得、だと思いませんか?
そう、私が告げた瞬間、ポッケさんは勢いよく立ち上がった。
身震いをしてしまうほどに冷めた目つきで私をじっと見つめた。
その瞳には、どこか粘り気のある、燃え盛るような光が灯っている。 - 7二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:44:41
「やっぱいいわ、自分で何とかする……珈琲、ありがとよ」
「…………ふっ、ふふっ」
「……カフェ?」
ついに耐えきれなくなって、私は肩を震わせて、吹き出してしまった。
不思議そうな顔で、こちらを覗き込んでくるポッケさん。
……残念、これ以上は無理そうですね。
私は我慢を止めて、表情を緩めれから、彼女に向けて言った。
「冗談ですよ…………アナタとトレーナーさんの逢瀬を……邪魔したくないですから」
「んなっ!?」
「ポッケさんにも……そういう一面があるんですね…………少し意外でした」
「…………チッ、カフェも案外、良い性格してるんだな、意外だったわ」
「これは……先ほどの仕返し…………ということで」
「……それを言われると、何も言えねェな」
ポッケさんは頬を染めながら苦笑いを浮かべ、再びソファーに腰を落とした。
そして、彼女は渋い表情をしながら、珈琲に口をつける。
……さて、彼女は数少ない、私の大切な友人の一人。
そんな彼女が頼って来てくれたのだから、揶揄って終わり、というのはあんまりだろう。
少し冷めてしまった珈琲を一口味わってから、私は言葉を紡ぐ。
「ではポッケさん……私から提案を一つ」
「……もう騙されないからな?」
「ふふっ……今度はちゃんとした内容ですよ…………良いですか────」 - 8二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:44:56
「カフェッ!!」
数日後。
廊下を歩いていると、背後から響き渡るような声が聞こえて来た。
振り向いてみれば、手と尻尾を大きく振りながら、ポッケさんが駆け寄ってきている。
……随分と遠くから声をかけているのに、良くもまあ、あれだけ大きく聞こえてきますね。
「ポッケさん…………そんなに大声を出して……どうかしましたか?」
「いや、お礼を言いたくてさ! トレーナー、すげェ喜んでたわ!」
「ああ……ふふっ…………それでしたら、何よりです」
「しっかし、一杯淹れるだけであれだけ手間かかるとはなあ────珈琲って、奥深いんだな」
ポッケさんは腕を組んで、深々と頷いてみせた。
先日、私はポッケさんに提案したのは────ポッケさんがトレーナーさんに珈琲を淹れてあげること。
機材をお貸しして、一緒に豆を選び、挽くところから、しっかりと私が教えた。
結果としては、どうやら大成功だったようで、とりあえずは一安心。
……まあ、仮に失敗したとしても、トレーナーさんは大喜びだったでしょうけどね。
「本当にありがとな、カフェ! この借りはぜってェ返すからよっ!」
「いえ…………気にしなくても良いですよ……私も、得していますから」
「……そうなのか? まあ、なんかあったらいつでも呼んでくれよ?」
不思議そうに、ポッケさんは首を傾げた。
彼女からの視点だと、私が一方的に手間を取られて、損しているように見えるのかもしれない。
けれど、実際のところ、それは全くの誤解だった。
ポッケさんは、トレーナーさんに珈琲をご馳走してあげられた。
ポッケさんのトレーナーさんは、彼女の淹れた珈琲を楽しむことが出来た。
そして、私は。 - 9二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:45:11
「……それでよカフェ、また、頼みがあるんだが」
「もっと…………喜んでもらいたいんですよね?」
「…………おっ、おう……今度は、俺のオススメのスイーツを持ってくからさ」
「ええ……楽しみにしていますから……♪」
私は、同好の士を、得ることが出来た。
────まさしく、三方一両得、といったところでしょうかね? - 10二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:45:26
お わ り
映画楽しみですね - 11二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:45:56
- 12二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:47:19
- 13二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:51:05
このレスは削除されています
- 14二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:51:52
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:51:54
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- 16二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:52:30
このレスは削除されています
- 17二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:54:45
- 18二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 01:58:52
- 19二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:03:30
ポッケ実装ももうすぐだな
- 20二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:17:02
今日もインコが中身のないこと鳴いてんな。相槌ご苦労。
それはそうと良きSSありがとうです!トレーナーに合わせて珈琲飲めるようにするポッケちゃんかわいいね - 21二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:22:03
鳥頭が喚いてるのはさておき……
糖分少なめのコーヒー飲めるって憧れちゃうからね
それを嗜めるカフェもまた良き
この二人の関係に癒されたよ…… - 22二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:25:28
ウマカテ監視していちいちSSスレ見つけてはウッキウキで荒らしてると思うと人生暇そうで羨ましいね あー連休終わったのつらたん
珈琲飲んで癒されたいね… - 23二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:30:24
- 24二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 02:33:44
- 25124/05/08(水) 07:29:13