【SS注意】【トレウマ注意】恋とはどんなものかしら

  • 1二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:07:06

    「トレーナーさん」

    PCに向かって作業をしていると、いるはずのない声がした。
    振り向くと、そこにいたのは担当で愛バのジェンティルドンナ。
    今日は、昨日のレースの休養日にしていたので、トレーナー室に用事はないはずだが。

    「どうしたの?」

    「少し、お話がありまして。貴方の休憩がてら、付き合ってくださらない?」

    制服姿でソファに座って脚を揃え、こちらに優雅に微笑んでいる。
    レースの時の厳しい顔ばかり、ファンには印象に残っているようだが、トレーナー室のようなくつろげるような場所では、柔らかい笑みを見せることも多い。
    自分も一息つくことにして、2人分の紅茶を淹れる。

    「はい、どうぞ」

    「感謝いたしますわ」

    柑橘系の香りが欲しくて、淹れたのはレディ・グレイ。
    ジェンティルも気に入っているそれから、複雑な香りが仄かに広がる。
    ……彼女の纏う、淡く香るコロンと同じように。

    「で、どうしたの?」

  • 2二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:07:38

    ジェンティルの右隣に座ると、来訪の目的を尋ねる。
    無駄なことはしない彼女のことだから、ただ紅茶を飲みに来たとも思えない。
    予想通り、口を開く。

    「昨日の、レースの後のことなのですけど」

    「うん」

    「8位くらいに入った、……お名前はなんでしたかしら、その方からこんなことを言われましたの」

    一口、紅茶を啜り喉を湿らせるジェンティル。

    「『アンタみたいなゴリラは、レースでどんなに強くても、どうせ恋愛の一つもできずに、男から相手にされずに一人寂しく生きていくに決まっているんだ! アタシみたいな普通の可愛い女の子の方が、人生は充実するんだから』って」

    「そんな話、気にしなくても良いのに」

    「ええ。普段でしたらそんな戯言、気にしないのですけど」

    また、一口。
    今日のジェンティルは、奥歯にものが挟まったように、なかなか本題に入らない。

    「『恋愛の一つもできない』という言葉を聞いて思ったのですわ。恋とはどんなものかしら、って」

    「……そうだなあ」

  • 3二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:08:02

    自分だって、そんなに恋愛経験が豊富な訳じゃない。
    でも、年下の女学生には、モテてる素振りくらいみせないといけないような気がする。
    少し考えて、回答。

    「熱くて、冷たくて。心がドキドキして、苦しくて。いつもその人のことを考えていて、でも幸せ、みたいな感じかな」

    冷たい目を向けられる。

    「それは、モーツァルト『フィガロの結婚』のアリアでしょう? そんな手垢のついた例えはいらないわ。貴方自身の言葉が欲しいの」

    さて、困った。
    本当に自慢できないが、トレーナー試験の勉強が主で、恋愛そっちのけだった学生時代のことを思いだすと、本当に色気のない生活だった。
    中学校くらいの、年上のお姉さんウマ娘に憧れていたときの話くらいしかない。

    「……そうだね。サン・テグジュペリも言っていたけど、『恋はお互いを見つめ合うこと、愛はお互い同じ方向を向くこと』というのはわかる気がするな。昔好きだった人のことは、ずっと目で追っていた記憶があるし、彼女のことを知りたくて仕方がなかった。エッチな妄想も、って。……いてててて」

    無言のジェンティルに、腕を抓られる。
    彼女を見ると、口元は微笑んでいるが、目は笑っていない。
    ……否、それどころか本気で怒っている。

    「……よく、わかったわ」

    そしてジェンティルは、俺の膝の上に横座りしてきた。
    慌てて、その細い腰を抱きとめる。
    彼女はそのまま、こちらの首に両手を回してきた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:08:34

    「私は、貴方に恋愛をしているのね」

    ぽつり、と呟くジェンティル。

    「えっ?」

    「貴方が先ほどの話をしている間、悔しくて妬ましくて仕方がありませんでしたわ。どこの誰かも知らない女が、私のトレーナーさんの心を奪っているなんて、貴婦人の矜持が許しませんでした。でも、同時に思いましたの。私は、貴方をもっと知りたいと思っていますし、貴方に私の隅々まで知ってほしいと思っていますの。それだけではなくて、貴方と一緒にこれからも歩んでいきたい、そう願っていますわ」

    腰の座りが悪いのか、少しばかりもぞもぞとする彼女。
    制服のスカート越しにも感じられる、ウマ娘特有の心持ち高めの温もり。

    「だから、私のスタンスはこの通り両方。恋する乙女として、愛する殿方と。無垢な生娘のように貴方と見つめ合い、貞淑な妻のように貴方と同じ方向を見たいのですわ」

    「あ……、えっと……」

  • 5二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:08:55

    突然の告白に、頭が回らない。
    口淀んでいると、ジェンティルが強引に唇を奪ってきた。
    ふわりと広がる、彼女の甘い味。

    「……承諾以外の言葉はいりませんわ。それ以外の言葉を言おうものなら、こうやって唇で貴方の言葉を止めさせますから。そんな言葉は、万に一つもあり得ないと思いますけれど」

    調子が戻ってきたのか、強気な言動を見せるジェンティル。
    それでも、少しだけ不安気に揺れる瞳を、見逃すことなんてあり得ない。
    彼女を抱き寄せる。

    「好きだよ、ジェンティル」

    キス。
    そのまま唇を割り、歯茎を舐め上げ、舌を絡ませる。
    不安を吹き飛ばすことができるように。

  • 6二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:09:17

    「そう言えば、貴方」

    「なに?」

    どれほど時間が経っただろうか。
    2人が満足して唇を放した後、ジェンティルが話題を変えて来た。
    いつでもしようと思えばできるほどの唇の距離。
    そこには、まだ唾液の橋がかかったまま。

    「私のことを『ドンナ』と呼ぶ方も多いのに、貴方は『ジェンティル』と呼びますのね」

    「だって、『ドンナ』ってイタリア語で女性の意味じゃない。そんなの君に相応しくないよ。『ジェンティル』なら、上品な、高貴な、可愛い、みたいな意味があって、ピッタリだと思うけど」

    クスクスと笑う、ジェンティル。
    唾液の橋が、上下に揺れる。

    「まあ。まだ私を口説くだなんて、とんだドン・ジョバンニですのね」

    「嫌い?」

    「いいえ。ドン・ジョバンニなら、私に魅力を感じている限り、私の元にいてくれると思いますから、不安ではありませんわ。カサノヴァでないなら、問題ないですもの」

    「そうだね、ジェンティルは俺にとってのプリマ・ドンナだ」

  • 7二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:10:13

    その答えに、不満そうな表情を見せる彼女。
    ……はて、変なことを言っただろうか。
    そう考えた矢先、尻尾に空いている左腕が絡められて、そのまま彼女の胸へと導かれる。

    「『プリマ』では、一番にしか過ぎませんわ。私は一番ではなくて、貴方の唯一になりたいの。殿方は、身体を許せばその女性を唯一にしてくれると、ヴィブロスさんからお借りした少女マンガにありましたわ。もし、貴方もそうであるなら、いささか大柄ではありますけれども、貴方を満足させられる身体であると自負していますわ。なんなら、それをここで証明してもよろしくてよ。貴方が望むなら」

    「掛かり過ぎ」

    口付けを交わす。
    ジェンティルの雄弁で、切れた唾液の橋をかけ直すように。

    「初恋を叶えた女の子に、お情けはくださいませんの?」

    「そうだね、なにが欲しい?」

    「左足に、アンクレットをいただけませんか?」

    「わかった。良いよ。今度、買いに行こうか」

    「楽しみに、していますわね」

    左足のアンクレット。
    古代エジプトの奴隷は、左足にアンクレットを着けていたとかで、現代では誰かのもの、つまり既婚者の意味を表すもの。
    さらに、ウマ娘にとってのアンクレットは、貰ったアンクレットを命よりも大事な脚に着けることで、「誰よりも信頼していて、誰よりも愛している人がいます」という意味にもなる。

  • 8二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:10:38

    「眠くなってきましたわ」

    彼女の頭が、こちらの胸に預けられる。

    「ちょっと寝ます。眠っていますので、なにをしてもよろしいですわよ」

    「しないって」

    こちらの返答を知ってか知らずか、目を瞑って穏やかに寝息をたてるジェンティル。
    まだ、唾液の橋はかかったままだというのに。
    物語の姫のように、可憐で麗しい寝姿。その頬に、そっと口付けする。

    「お休み、ジェンティル。良い夢を」

    結局、門限まで眠っていたので。
    彼女の腰と膝に手を廻して、お姫様抱っこで寮に送り届けることになった。

    寮長には、「キミも大変だね」と苦笑された。

  • 9二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:11:00

    これで終わりです。
    ありがとうございました。

    至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。

  • 10二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 21:18:51

    イイヨイイヨー!
    動揺と後退はなく、教養と愛に溢れたスパダリ気障雄は最高だねぇ。
    貴婦人が一番安心できるところであるという説得力がある!
    素晴らしい作品をありがとう!

  • 11二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 22:52:53

    アーイイ……
    デレデレな貴婦人はいいぞ

  • 12二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 08:04:21

    ほしゅ

  • 13二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 19:09:11

    >>10

    ありがとうございます。ジェンティルドンナとそのトレーナーには、ぜひ小洒落た会話をしていてほしいという願望があります。


    >>11

    ありがとうございます。塩な娘が自分にだけデレデレなのは良いですよね。

  • 14二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 21:58:36

    ジェンティルと愛か…良いな

  • 15二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 08:00:59

    ほしゅ

  • 16二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 09:10:41

    投稿お疲れ

  • 17二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 09:34:31

    愛を知らない子が知った時のギャップはいい

  • 18二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 18:40:18

    >>14

    ありがとうございます。彼女は結構愛が重そうなイメージがあります。


    >>16

    ありがとうございます。お気に召さなかったかもしれませんが、きちんと感想を書いてくださった方には真摯に答えたいと考えていますので、お目汚し御容赦ください。


    >>17

    ありがとうございます。ずぶずぶとのめり込んでいってほしいですよね。

  • 19二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 20:49:27

    愛を知ると重くなりそう

  • 20二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:12:55

    >>19

    ありがとうございます。愛が重い娘っていいですよね。

  • 21二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:30:13

    >>20

    そのギャップが良いんですけどね

  • 22二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 02:53:11

    すっごく良かったです!!!

  • 23二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 11:46:06

    >>21

    ありがとうございます。ギャップ萌えは確かにありますね。私の実力では難しいかもですが。


    >>22

    ありがとうございます。今後も精進しますね。

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