- 1◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 22:21:32
「そら、もう一周行ってきな! 手、抜くんじゃないよ!」
「は、はいぃ……!」
トレーニングコースに威勢の良い激と、気後れしながらもその期待に応えようとする声が響く。メイショウドトウは覇王を打ち倒し、見事憧れた者の従者から、その好敵手へと昇華したウマ娘だ。諦めが悪く、頑張り屋。なのに、ちょっと抜けていて支えてあげたくなってしまう子。私は、そんな彼女に惹かれて担当契約を結んだ。
「だらしない顔しない! そんなんで覇王のライバルが務まるのかい!? ほぉら、あと少しだ! 頑張んな!」
「はぁ、はぁ、はいぃぃぃ!」
スパートを掛ける彼女。無論、彼女は別に気の抜けた顔をしているわけではなく、いつも通りの真剣な眼差しを湛えていた。
だけど、何故だろうか。応援すればするだけ応えてくれる彼女に、どうしても熱が入ってしまうのだ。きっと、これはトレーナーとしての性なんだろうな。
周回を終え、彼女が戻ってくる。タオルとスポーツドリンクを抱え、コースに出迎えた。
「あいよ、お疲れさん。いいタイムが出たね。これなら次のレースもきっとうまくいくよ」
「はいぃ、ありがとうございますぅ」
彼女は息を整えながら、補給セット一式を受け取る。顔色や歩様を見るに、体調に問題はなさそう。気づかれないように、ほっと息をつく。
本格化前、彼女はレースで脚を縺れさせがちだった。ウマ娘にとって怪我は致命的。それは、本番のさなかに降りかかるとは限らない。中には練習中に発症し、そのまま引退する子もいるのだ。能力は引き出しつつ、でも故障に繋がるようなやり過ぎは厳禁。いつまで経っても気の抜けない職業が、このトレーナー業だった。
「あのぅ、トレーナーさん? 今日のトレーナーさん、ちょっと厳しくなかったでしょうか……?」
「え? ああいや、そんなわけ無いだろう。多少変えてはいるけど、負荷的にはいつものメニューだよ。それはアンタも分かってるだろう?」
「そうじゃなくて、ちょっと声が強めに聞こえたと言うか、そのぅ、怖かったというか……」
そんなつもりは、さらさらなかった。いつも通りのメニューを、いつも通りに体調に合わせてアレンジして、いつもどおりに声をかけ続けた。だから、それはきっとこの子の気のせい。
そう伝えようとしたとき、2つの影が私達の前を駆け抜けていった。 - 2◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 22:22:04
「あ……」
「あれは……レースでは、後輩にあたるウマ娘達だね」
ジャングルポケットに、マンハッタンカフェ。クラシック級に身を置きながら、シニア級にも負けないポテンシャルを発揮し続けているウマ娘たち。疾風のように、獰猛な獣のように駆ける姿に一瞬、嫌な予感がした。
「トレーナーさん?」
気づけばドトウが心配そうにこちらを見ていた。
そうか。私の感じたこの寒気。これが。
今、この子にそれを感じ取らせるわけには行かない。
「あー、さっきの、声を荒げた理由だったか? こないだ合コンでなぁ、振られたんだよ。それでちょっとフラストレーション溜まってて、つい強めに叫んじまったかもなぁ」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ。全く、こんないい女のどこが気に食わないんだか」
「しゃべりかたと眼鏡の奥の目つきがこわ――」
「あぁ?」
「ひゃうぅ!」
怯んで見せるドトウ。……どうやら誤魔化せた、かな。少し安心したついでにポケットからシガレット……を模した砂糖菓子を取り出す。
「それも印象悪いと思いますぅ……」
「合コンじゃ咥えてないっての。あーあ、アタシもアンタくらいの“モノ”がありゃ、もう少し善戦できたのかもねぇ」
「トレーナーさんもレースを? トモは私のほうが太いと思いますけど……でも、トレーナーさんはそもそもウマ娘じゃないし……」
「ばーか、胸の話だよ」
「むむむ胸ぇ!?」
カカ、と笑いながら、少々過剰に彼女を誂う。空を見上げながら砂糖菓子を咥え、思う。
そう、この細い眼鏡も、喋りも、砂糖菓子も、ただガラを悪く見せるためだけのもの。
とかく、私生活で彼女はドジを繰り返してしまいがちだ。それゆえデビュー当初は同級生にも“ナメられて”いた。
私は彼女の努力を知っている。真面目さを知っている。周囲から彼女へ注がれる視線を少しでも変えたくて、こんな稚拙な手段を取ってしまったのがその始まり。新人とはいえ、自分でもあまりに滑稽だったと思うが、G1のインタビューでお茶の間にもこの姿をさらした頃から、後には引けなくなってしまったのだ。依存性は無いはずのこの砂糖菓子も、すっかり癖になった。まあいいさ、今更。もう慣れた。 - 3◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 22:22:16
「さ、話しがてら、少し休めただろ? 続きを始めるよ」
「はいぃ。あ、でも、その前に、トレーナーさん……」
おずおずと彼女が進言する。珍しい。
「どうした? 不調か?」
「いえ、そうじゃなくて……その、もし違ったらごめんなさい」
普段顔を下げがちな彼女が、一呼吸とともに私の両手をその手で包み、まっすぐこちらを見た。
「私、諦めませんから。だから、トレーナーさんも、諦めないでください」
「……」
ああ、もう。
この子は本当に、変なところで聡いんだから。でも、そんな彼女だからこそ、私は。
「大丈夫だよ、ドトウ。私の貴女が、負けるもんですか」
「トレーナーさん……?」
私の様子に、首を傾げるドトウ。私の中の寒気はもはや消え去り、代わりに胸の内に熱が灯っているのを感じた。
「さあ、続きだ続き! 行くよ!」
「え? あ、はいぃ! ……そ、そうだ! あの、戻ってきたら、私にもそのお菓子、頂けませんかぁ?」
「もう15時は過ぎてるよ! おやつの時間はおしまい!」
「え~!? いけずですぅ~!」
「はは、言うようになったね。ほら、走んな!」
日が沈み、トレーニングを終える頃に一本だけあげようかな。そんな事を考えながら、数年前より大きく感じる背中を見送るのだった。 - 4◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 22:22:37
おしまい!
ここまで読んでいただき、ありがとうございました! - 5二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 22:22:59
おかえり
こういう学園の風景は良い - 6◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 22:26:09
- 7二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 22:30:07
女性トレーナーか
いいぞ
しかも珍しいタイプ - 8二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 22:53:01
他のトレーナーとの絡みも見てみたいね
- 9◆bEKUwu.vpc24/05/08(水) 23:12:47
- 10二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:42:35
ここ最近女性トレーナーSSが増えている気がする
スレ主ももっと書いて♡ - 11二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 07:07:20
一見ガサツに見えるトレーナーと地の文のギャップが良い
ちょっと最後に人の良さを漏らしてるのもいい
朝から素敵なものを読ませてもらった - 12二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 07:21:46
なんかこのトレーナーから母性を感じた
いい…ママ… - 13二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 08:31:18
史実だとジャンポケとカフェ、それぞれに負けてるのか
頑張れドットさん - 14二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 08:48:48
ガラが悪い♀トレとドトウのカップリングなんて僕のデータにないぞ!
あああ〜でも最高や〜 - 15二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 19:32:08
ドトウのss自体が珍しい気がする
何にせよ推しなのでgood - 16◆bEKUwu.vpc24/05/09(木) 22:07:34
コメントありがとうございます!
き、機会があれば……
コメントありがとうございます!
最初はもっと尖ったキャラクターにしたかったのですが、気づけば優しい人になっていました
コメントありがとうございます!
母性は少し意識して書きました
やっぱり大人と子ども(まだ3年目を終えていないシニア期)ですし、このペアの関係性はどのようにしようと考えた結果がこれです
それもあってか、最終的に上記のようにカドが取れちゃいました
コメントありがとうございます!
そうなんですよね
でも、アプリでなら、SSでなら覆せる
そんな思いを込めて書きました
コメントありがとうございます!
データキャラ……はそのままに、これも一つの要素としてお収めください!
コメントありがとうございます!
そう、なんです? 人気はあると思うんですが……
もっと増えると良いですね
- 17二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 22:07:39
凄く良かったよ!
- 18◆bEKUwu.vpc24/05/09(木) 22:11:50