酒癖【ジェンヴィル・SS】

  • 1二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:37:00

    「……遅い」

     ジェンティルドンナは、時計の針が11時を差しても帰って来ない同居人へ呆れ混じりの溜め息を付いた。
     明日が休みだから良いようなものの、無事に社会に出て早々コレでは先が思いやられる。
     これ以上待たせるようなら先に寝てしまおうか、そう思った矢先、インターホンの音が部屋にこだまする。

    「やっと帰ってきたわね、全く」

     ぼやきながらインターホンの通話ボタンを押すと、そこには見知った顔が二人並んでいた。

    『ぴすぴーす!! アナタのハートに10秒チャージ!! 元気100倍ゴルシちゃんだぞー!!』
    「帰りなさい。近所迷惑よ」
    『まあそれは良いんだけどよ、その前にコイツ回収してくんね?』

     即答を喰らいつつ一瞬でおふざけを仕舞ったゴールドシップに肩を借りて、同居人ことヴィルシーナがゆらゆらと揺れている。
     やっぱり、とジェンティルドンナは溜め息一つ。玄関の鍵を開け、ゴールドシップから夢見心地のヴィルシーナを引き取った。
     一仕事終えたゴールドシップもふう、と大きく息を付く。

    「コイツさ、一杯飲むとすぐほろ酔いになるだろ? そうすっとさ、結構色っぽいんだわ」
    「……まあ、想像は付きますわね」
    「そんなんだから、同期入社の男共がどんどん行った訳よ。元々レース見てて知ってるヤツ大勢居るしな。んで、コイツもコイツで注がれるまま色々飲みまくったらしいんだわ」
    「それで燕返しに相手にも注いで注いで終いには同席した人達を全員潰したと言うの?」
    「LANE見て慌てて迎え行った時の居酒屋の空気ヤバかったぞ。あれが本物の死屍累々ってヤツだな」
    「そう……それはご苦労様ね……」

     ジェンティルドンナにしては珍しく、心の底からゴールドシップに労いの言葉を掛ける。二人とはすっかり長い付き合いになったゴールドシップも、その言葉に深く頷いた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:39:49

    「んじゃ、貸し一つな。今度ラーメン奢れよ」
    「それはこの千鳥足に言って頂戴。それはともかく、助かりましたわ。ありがとう」
    「おう、おやすみ。ヴィルシーナによろしくな」

     手をひらひら振って去って行くゴールドシップを見送り、玄関に鍵を掛けると、それまでゆらゆら揺れていた同居人がむくりと顔を上げた。

    「お目覚めかしら、女王様?」
    「……まあ、ジェンティル。貴女、まだ起きていらしたの?」
    「誰の所為だと思っていらっしゃるのかしら」

     思わず溜め息をもう一つ。抗議の意味も込めて両の腕に収まっているヴィルシーナを睨んでみるが、彼女はというとふわふわ微笑みを浮かべるばかりだ。

    「もしかして、お姉ちゃんを待っていてくれたの? ふふっ、良い子ね」
    「貴女の妹になった覚えはなくってよ。ほら、しっかりなさい」

     未だ夢見心地のヴィルシーナの肩を抱き、リビングへと運ぶ。そっとソファに身体を預け、一先ずは冷たい水を一杯。

    「お水よ。とにかく飲んで頭を覚ましなさい」
    「あらあら、ジェンティルったら、気が利くわね。お姉ちゃん、嬉しいわ」
    「……貴女、一体どれ程お飲みになったの?」

     相も変わらず妹対応のヴィルシーナに対し、流石のジェンティルドンナも少し引き気味に応える。
     それでも、ヴィルシーナは相変わらずふわふわと笑みを浮かべていた。
     
     ジェンティルドンナが、ひょんな事から卒業式振りに再会したヴィルシーナと同居するようになり、既にそれなりの日々が経っている。大学生活を前に一人暮らしの準備を始めようと街へ出ていたヴィルシーナを、ジェンティルドンナの側から誘ったのが切掛だった。
     流石に最初は複雑な表情を返されこそしたものの、それも一瞬のこと。ヴィルシーナは、すぐに貴婦人の手を取った。お互いドリームトロフィーリーグを去って既にしばらく経っていたのもあり、火花を散らす日々も今となっては懐かしいものとなった。

     朝は走りに行って、家事をこなし、方やトレセン学園、方や大学。帰って来たら、夕飯前にまたひとっ走り。半年も経てば、二人暮らしもすっかり板についていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:43:17

     それからあっという間に数年が経ち、ヴィルシーナもお酒を飲める年になった。初めて手にしたビールを前にどこか緊張した様子で瞳を輝かせるヴィルシーナを、ジェンティルドンナは嬉しそうに見つめていた。
     当然、ジェンティルドンナにとってはお酒が飲める年になったお祝いよりも『ヴィルシーナが酔ったらどう乱れるのか』という興味の方が大きかったのは言うまでもない。

     そうしていざ一杯目を飲み干す頃には、ヴィルシーナはふんわりと表情を崩していた。
     初め、酒の回りが早い質なのかと思ったジェンティルドンナはすぐに水や緑茶を用意したが、それは悪い意味で杞憂に終わる。次から次にビールを飲み干し、仕舞いには用意した缶は全て空になっていた。

     ヴィルシーナは、ほろ酔いになるまでが早いだけのとんでもないうわばみであったのだ。
     その上、酔うと目に映る女の子を片っ端から妹扱いする酒癖も相まって、サークルの飲み会に続き会社の新人歓迎会も潰してしまっては、色々な意味で将来が楽しみというものである。

    「お酒が好きなのは良いとして、飲み過ぎは良くないわ。大好きな妹さんにも顔が立たないでしょう」
    「ふふっ、お姉ちゃんを心配してくれるの? 相変わらず気配り上手なんだから」
    「……それで良いから、ほら、まずは水を飲みなさい」

     そうして、コップをヴィルシーナへ渡そうとすると、彼女の表情がスッと変化する。瞳を潤ませ、どこか物欲しそうにジェンティルドンナを見つめる。
     こうなると、ヴィルシーナの酒癖は更にエスカレートしていく。

    「飲ませてくれないの?」
    「……」
    「お姉ちゃんに、飲ませて欲しいなぁ。ねえ、ジェンティル?」

     甘ったるい声色ととろんとした表情を浮かべるヴィルシーナに対し、ジェンティルドンナは"貴婦人"らしく堂々と応えた。

    「これ以上我侭言うなら嫌いになるわよ、"お姉ちゃん"」
    「う゛っ……!!」

     この手に限る。
     哀しそうな表情を浮かべ、仕方なしに水を飲み始めたヴィルシーナを前に、ジェンティルドンナは我が意を得たりとばかりにほくそ笑んだ。

  • 4二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:45:36

    「それを飲んだらすぐに着替えて寝る支度をなさい」
    「……その前に、一つだけ良いかしら」

     コップを空にしたヴィルシーナに乞われ、ジェンティルドンナはもう一度溜め息を付くと、仕方無しに彼女の側へと腰掛ける。
     すると、何を思ったのかヴィルシーナはジェンティルドンナを思い切り抱きしめ、その勢いのままソファへと押し倒した。
     不意を打たれ、ジェンティルドンナも勢いのままソファに横にされてしまう。驚く彼女に、ヴィルシーナは嬉しそうな笑みを浮かべる。

    「ちょっと貴女、何を……!?」
    「……いつもありがとう、ジェンティル。大好きよ」
    「っ……!」

     お酒の所為か、普段よりもずっと甘い香りを纏って放たれたその言葉が、果たして姉から妹への言葉なのか。
     それとも、全く違う感情を纏っているものなのかは今の彼女からは窺い知れない。
     けれど、瞳を閉じて寝息を立て始めたヴィルシーナを見つめるジェンティルドンナの胸に、ふっと暖かい想いが灯ったのも、また事実であった。

    「……全く、世話の焼ける"お姉ちゃん"ですこと」

     しこたま飲んだのもあってすっかり眠ってしまったヴィルシーナの服を寝間着に着替えさせ、自身も眠る準備を整えてヴィルシーナをベッドへ運ぶ。
     朝陽に起こされた時には、いつものように彼女の記憶は曖昧になっている事だろう。これで一晩寝ればどんなに飲んでいても酒はしっかり抜けているのだから、全く凄まじい。 

     それでも、最後に抱きしめながら贈られた言葉を、彼女が覚えていてくれたら。
     そんな密かな想いを胸に抱きつつ、ジェンティルドンナは幸せそうに眠るヴィルシーナの寝顔に微笑みを浮かべながら、寝室の灯りを落とすのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:46:30

    以上です。ありがとうございました。
    卒業して同棲するジェンヴィル概念&酔うとジェンティルドンナを凄い勢いで妹扱いしてくるうわばみ姉上戸ヴィルシーナという概念がとんでもない勢いで降ってきたので取り急ぎ形に致しました。
    取り敢えず、ジェンヴィルは良いぞ。

  • 6二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:49:39

    助かる……

  • 7二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:50:10

    乙乙

  • 8二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:51:01

    素晴らしい出来だ...またよろしく頼むよ?

  • 9二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:52:15

    寝る前に上質なジェンヴィル小説を読むと睡眠の質が格段に上がることが最近の研究で明らかになってるからな

  • 10二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:55:41

    >>9

    雑誌『ネイチャ』掲載の論文かな?


    いいお話…すき…次はドンナさんや妹達が酔ったときの様子が気になりますね…

  • 11二次元好きの匿名さん24/05/08(水) 23:56:55

    もう言うことがないくらい素晴らしい…
    ジェンヴィルは同居がよく似合う…ありがとうございました

  • 12二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 00:40:52

    社会人ジェンヴィル○年目の同棲ですか
    たいしたものですね(歓喜)

  • 13二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 07:17:10

    朝から上質なジェンヴィルを読む事で目覚めの質も向上するとされている
    ジェンヴィルは良い……

  • 14二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 14:47:16

    シーナが酔ったらどうなるのか気になってる割に酒に弱いかもと見るやすぐフォロー体制に入るドンナちゃん好き

  • 15二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 17:43:39

    良き

  • 16二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 23:27:57

    皆様、呼んで頂きありがとうございます。


    >>6

    助かって何よりでございます。ジェンヴィルは心を救う。


    >>7

    ありがとうございます。乙!


    >>8

    ありがたいお言葉、恐れ入ります。これからも良いお話をお出し出来るよう精進します。


    >>9

    ジェンヴィルから摂取出来る栄養素はいつか病気にも効くようになる。


    >>10

    『ネイチャ』掲載の論文の中でもジェンヴィルが及ぼす健康促進効果には注目が集まっているとか……。

    酔ったドンナさんや妹達をお世話するシーナさんというのもアリですね!


    >>11

    ジェンヴィルの同居シチュ、アリよりのアリですよね!

    素晴らしいとのお言葉、ありがとうございます!


    >>12

    同居○年目のジェンヴィルからしか摂取出来ない栄養素がある。


    >>13

    朝から摂取するジェンヴィルの尊さがDNAに素早く届く。

    ジェンヴィルはいいぞ……。

  • 171(16も1です)24/05/09(木) 23:29:27

    >>14

    興味津々だけどそれはそれとして年上としてお酒の嗜み方をちゃんと分かっているドンナさんだと個人的に美味しいと思います。


    >>15

    良いよね……。

オススメ

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