特別で素直な魔法

  • 1二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:31:47

     学園沿いに咲いていた桜の花もすっかり散り、代わりに芽吹いた若葉が風に揺れながら季節が夏に向かい始めた5月のある日。この頃になると気温も上がり始めるから汗ばむ日も増えるけど、まだ春と言っても差し支えのない陽気だと思う。

     5月と言えば色々あるけどやっぱりGWは外せない。厳密には4月の終わりから始まるけど、長期休み以外では味わうことの出来ない長いお休みは心を踊らせる。…けど、案外やってくると短く感じて終わる頃には休んだ気がしないなんて思っちゃうことの方が多い気もする。

    「使い魔ー、ドア開けなさいー」

     実際、連休が終わっちゃうとその次にやってくる祝日は今年だと7月15日でそれまで平日は例外なく学園の授業が待ってるわけだから休みが名残惜しく感じるし、イベントも5月を過ぎれば梅雨時なせいで気分も相まって開催出来るか曖昧で世間は窮屈になりがち。

     …それでもウマ娘からしたら5月からはまさにお祭りのような月であり、各路線のGⅠレースも目白押し。先週発売されたレース雑誌には、クラシック路線の最強を決めるダービーの話題と同じくらいの大きさでティアラ路線の最強決定戦であるオークスも特集が組まれている。

     これもレースの魔法で変わった世界と思うと、アタシも偉大な魔女に近づいたなと実感する。

    「はいはい…うおっ、すげえな。それ全部スイープへの?」

     レースの魔法。去年の宝塚とエリ女で掛けたアタシのサイコーの魔法はレース界全体に浸透し、つまんない常識がはびこっていた世界を一変させた。

     それまで常識と化してたクラシック路線のウマ娘が最強なのは別にクラシック出身だったから最強だったわけじゃなく、勝ったヤツが一番強くてたまたまソイツがクラシック路線出身だったからってだけ。

     だと言うのにそれだけの理由でティアラ路線の子が最強になれない、ティアラの子が張り合えるのはマイルまでなんてつまんないことを言うヤツが多かったからアタシは宝塚記念をレースの魔法で勝ち、世界を狂わせてやった。

    「当たり前でしょ、アタシは大魔女になるスイーピーよ?」

     安定して素晴らしくもつまんない世界をぶっ壊し、強いヤツが勝つという不安定でワクワクに溢れるいい加減な世界を観客に覗かせた魔法少女。

     その張本人であるスイーピーは今日、学園に入ってから4度目の誕生日を迎えた。

  • 2二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:32:05

     今日は朝起きた時からすごかった。鳴り響く目覚ましの音にムスッとしながら起き上がり、止めてからスマホを見ると寝る前は何も入ってなかったはずの通知が二桁くらい入ってたくらいだし。

     通知を見ると伝え方は色々あったけど、共通して書いてあったこの言葉に心はもうポカポカ。

    「…見て、わんこ。これ、ぜーんぶアタシにお誕生日おめでとって言ってくれてるのよ?」

     わんこにも見せるようにお腹の前で抱っこしながら祝福のメッセージに溢れるスマホの画面を見せてやる。栗東寮の子はもちろん、美浦寮のロブロイやマルゼンさん、シービーからもおめでとのメッセージが来ている。

     その中には当然パパ達やグランマもあり、使い魔からもちゃんと来ていた。

    「…えへ」

     わんこを抱きしめ、漏れる笑み。スイーピーが誕生日にお祝いの言葉をいっぱい貰うのは当たり前のはずなのに、ムショーに嬉しくて仕方がなかった。

     やっぱり誕生日っていいなと思いながら、わんこに部屋のお留守番を頼んで朝ご飯を食べに食堂に行くとフラワーたちから直接お誕生日おめでとって祝福された。

    「ふふっ、なぁにアンタ達。もしかしてスイーピーが来るのを待ってたわけ?」
    「はいっ。スイちゃんにお誕生日おめでとうって伝えましょうねと…私達、待ってました!」

     食堂に入ると同時に駆け寄ってきた3人をからかおうとしてみたらフラワーにあまりにも真っ直ぐな返しをされてたじろぐと、ビコーもアタシ達が最初に言うって決めてたからなとこれまた直球な返し。

     想定外の純粋な想いにどう答えたらと困ってると、二人とは対照的に小悪魔的なニヤケ顔でマヤノが分かっちゃったとジロジロ見てくる。なんかイヤな予感がしてツーンとしてやるけど、分かっちゃったらしいマヤノは止まらない。

    「スイープちゃーん?そこで照れたら大人のオンナにな・れ・な・い・ぞ☆」
    「は…ハァーッ!?なによ、アタシはもう立派な大人の魔法少女だもん!…コラァー!待ちなさい!」

     そっぽを向いててフリーになってるほっぺをマヤノにツンツンされ、思わずカーッとなって反応しちゃう。笑いながら逃げるマヤノを追っかけるアタシとそれを笑いながら見守るフラワー達や栗東寮の子達。

     結局二人ともフジさんに捕まっちゃったけど、その光景は間違いなく幸せとポカポカに包まれていた。

  • 3二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:32:28

    「それでね?キタサンってば、寮でも一曲歌わせてくれなんて言ってるのよ?アンタが歌いたいだけじゃないのって」
    「いいじゃんいいじゃん、もらっておいで」

     学園が始まってからもアタシへの祝福は止むことを知らなかった。今は放課後になり、トレーニングはなかったけど学園で貰ったプレゼントの量がすごかったからトレーナー室に運んでから使い魔とおしゃべりの真っ只中。

     今使い魔と話してるのはキタサンが昼休みにアタシの為にハッピーバースデーの歌をサトノと一緒に歌ってくれた話。寮でもドゥラメンテ達を交えてもう一曲!って言うから魔女にふさわしいのを歌うようにと厳命しつつも魔女を祝福する賛美歌をもらってやることにした。

    「で、これは〜…ロブロイから!あの子、アタシがもう持ってる本プレゼントしちゃってね?」

     ロブロイからもらったのはちょっぴり古めかしい魔導書…なんだけど、その本は少し前にアタシがお小遣いをはたいて買った本で思わずそれを言っちゃったのよね。

     それを聞いた時のあの子はすっごく落ち込んでたけど…アタシはそんなロブロイからのプレゼントが嬉しくて仕方がなかった。

    「ロブロイさんはちゃんとスイープが好きそうなものを分かってたってことだな」
    「ね!あの子ってばアタシのこと好きすぎるでしょって」

     使い魔の言う通りでアタシはロブロイにそれを持ってるなんて伝えたことはなかったしほのめかしたこともなかったけど、アタシが欲しいと思って買った本をあの子も買ったわけだからきっと喜ぶと思ったんでしょうね。

     だからアタシのことをちゃあんと理解してるロブロイからの気持ちはとっても嬉しかったし、被ったことを残念に思うことよりも流石はスイーピーの大親友にして最大のライバルである英雄だなって感じたもの。

    「ふふ、いっぱいプレゼントもらったんだな…おめでと、スイープ」
    「へへーん、まだまだいっぱいあるんだから!今日ホントに大変だったのよ?」

     思わせぶりに言ってみると使い魔もすっごく興味津々だから、期待に応えてもらったプレゼントを紹介しようと袋をガサゴソしながらどんどん紹介しだすと───。

    「それでねそれでね、これは───」
    「す、スイープ?そろそろ時間が…」
    「えっ、もうそんな?…あ」

     言われて時計を見るともう8時。気付けば夕日とかわりばんこでお月さまが顔を覗かせていた。

  • 4二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:32:49

     結局、まだまだ伝えたい話やプレゼントもいっぱいあったけどもう時間も押してるからってことで明日また聞かせてという話になり、今日はお開きとなった。

     楽しい時間ってどうして早く過ぎちゃうのかなあと、普段の学園の授業の時間のゆっくりさを嘆きつつも使い魔を使役して袋に貰ったプレゼントを戻してると───、ふとよぎった疑問。

    「そういやアンタからはなんかないわけ?」

     フラワーがくれたプリファイのシールセットを手に取りながら何となく聞いてみる。その質問は使い魔も予想外だったみたいで、まさか求められるとは思ってもいなかったって顔。

     こんだけプレゼントを見せた中でじゃあ流れに乗って…みたいに渡されるわけでもなかったし、素振りを見せることもなければ部屋内を見回してもプレゼントっぽい感じの箱も袋も見当たらない。

     これじゃあまるで…。

    「…まさかアンタ、スイーピーへのプレゼントを用意してないとか言い出さないでしょうね?」

     浮かび上がった疑惑に苛立ちを覚え、両手を腰に当ててジトッと覗き込むように睨む。流石にないと思うのが普通なんだろうけど、コイツの場合はそうとも言い切れないヘンテコな所がある。

     別にないのがイヤじゃない…いや、イヤなのは間違いないけど。探したうえでピッタリのものを見つけられなくてとか妥協をしたくなくてとかで決められないならアタシのこと好き好きねえで済ませるけど、最初から探してもないとかならガツンと言わないといけない。

     どうなんだと無言で圧力を送っていると、使い魔はキョトンとしながら答える。

    「用意はしたけど…今日じゃなくて良いのかなって」

     今日じゃなくて良い。それはつまり、絶対に今渡さなきゃいけないわけじゃない、いつだって渡せると使い魔は思っているということなのかしら。

     ま、時間的には使い魔の言うこともわかる。明日も学園はあるわけだしそもそも門限だって誕生日だから無視してもいいってわけでもないのもその通り。誕プレは誕生日じゃなきゃあげちゃいけないわけじゃないし、きっと時間を気にする使い魔の判断が正しいんだろう。

    「まったく、それを決めるのはアンタじゃないでしょ」

     でも、今日の主役はスイーピーなんだからやりたいようにやらせてもらおうかしらね。

  • 5二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:33:20

     使い魔がイジワルで渡すのは明日以降でいいと言ってるんじゃなくてこっちを思いやっての判断ってのは伝わってくる。実際、今日も運ぶのに一苦労したしトレーナー室に着いた時は使い魔に手伝わせて何とか収納したくらい。

     そんなにも物を貰った後に使い魔からもってなったら、当たり前だけど荷物が増える。アタシへの負担を考えて使い魔は別の日に渡そうとしたってのも伝わりはする。

    「ね、使い魔」

     でもその優しさは普段からもうお腹いっぱいって思うくらい貰っているから言われなくてもわかってる。コイツの行動がほぼ全部元を辿ればスイーピーのために言っているし動いてるってのも知らないわけがない。

    「誕生日のプレゼントは誕生日に貰うから誕生日プレゼントなの」
    「…そりゃ誕生日だしな」
    「だからね?…誕生日が終わらない内に、アンタがスイーピーに喜んでもらいたくて用意したものが欲しい」

     だからアタシはいつも通りワガママを言う。使い魔がしようとしてる、“スイーピーが損をしない立ち回り”はきっと寮に帰ってから使い魔の判断に助かったって思うのかもしれない。

     使い魔の厚意を無視したら帰りが遅れてフジさんにこってり絞られるかもしれないし、ご飯を食べそびれてお腹ペコペコで誕生日の夜を過ごす羽目になるかもしれない。そうなったら苦い思い出になっちゃうのも間違いはない。

    「誕生日は毎年来るけど…今年の誕生日は今日が終わったらもう一生来ないの」
    「シンデレラと同じ。12時になればアタシに掛かってた幸せのバースデー魔法は解けちゃうわ」
    「…だからね、お願い」
    「使い魔の嬉しいをアタシにちょうだい?」

     でも、それも含めて思い出には変わらない。どんなに怒られたとしても、それも未来になればあんなこともあったなって振り返ることが出来るかもしれないし、そのリスクを抜きにしてもアタシは欲しいと思った。

     どんな目にあっても、どんなにキツく絞られても、アタシの一歩後ろで見守り続けた使い魔が心を込めて用意したプレゼントを誕生日という特別な日に。

    「…待てるか?待ってくれるなら取りに帰るけど」
    「仕方ないわね、10分だけ待ったげるからとっとと取ってきなさい!」

     その言葉に驚愕の声をあげながら時計と一瞬にらめっこし、帰ってたら泣くからなと言い残して廊下に駆けていく使い魔をニヤニヤしながら見送ってやるのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:33:40

    「よーし着いた!間に合った!?」
    「遅いっ!ギリギリじゃないの!」

     使い魔がトレーナー室を飛び出して10分後、手に紙袋をぶら下げた使い魔が息を切らしながら今度はトレーナー室に飛び込んできた。あまりにも大げさなもんだから最初はパフォーマンスかと疑ったけど、額の汗と真っ赤なほっぺがその疑念を吹き飛ばす。

     ま、10分過ぎようが門限を過ぎようが待ってやるつもりだったから間に合わなくても良かったけど…ちゃんと約束を守ろうと頑張る姿勢に免じてちょっぴりオーバーしたのは黙っててあげよ。

    「へえ…全体的にお高そうじゃない?」

     手渡された紙袋の中から贈り物用にラッピングされた箱を取り出し、何が入ってるんだろうと期待に胸が踊りだす。魔女への贈り物らしく、魔力の籠もったパワーストーンとかその辺かしら?

     ラッピングペーパーもアタシ好みのデザインだから雑に破きたくないと丁寧にテープを剥がし、露わになったこれまた拡張の高そうな箱の蓋に若干の緊張混じりに開けると───。

    「これ…ネクタイ?」

     箱の中にキレイに整えられたそれはネクタイ。しかも、一つだけじゃなくて紅、淡い黄色、藤色、黒の4つとカラバリも豊富でそれぞれ違うのを着けるだけで受ける印象も変わりそうな一品。

     おずおずと使い魔の方を見ると触ってみるかと言われたのでお言葉に甘えて紅色のネクタイを持ち上げてみると、触った手触りだけで何となく普段使っているのより上質のものってのがよくわかる。

    「スイープ、困ってただろ?猫ちゃんとじゃれてるとネクタイがすぐボロボロになるって」

     予想外のプレゼントに困惑してると使い魔が少し照れながらネクタイを選んだ理由を説明する。曰く、ちょっと前にその話を聞いてからずっと頭から離れなかったらしく、2ヶ月前からどれにするか選んでいたとか。

     アタシとしては世間話のネタとして話しただけで、確かに予備がカツカツになり始めてたから助かるっちゃ助かるけど…。

    「でもこれ、どう見たって高いヤツじゃない。もっと安いので良かったのに」

     逆にこんなのを貰っちゃうと黒猫にじゃれられたらすぐに使い物にならなくなっちゃうから普段使いしにくいし、そもそもネクタイの予備と知って贈るものにしてはモノが良すぎる。

     使い魔の意図を理解出来ないでいると頭を掻きながら使い魔がその想いをぶちまける。

  • 7二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:34:14

    「最初は重いかなあとか色々思う所はあったけど…スイープへのプレゼントって思うと妥協したくなかった」
    「別に質の良し悪しが想いの強弱を決めるとは思わないけど、それでも贈るなら選べる選択肢の中で一番良いものを贈りたいなって」
    「そうなった時、実用的かつ目立たないものって何だろってなった時に君の話を思い出してさ」
    「一時的でもスイープの助けになればと思って…気付けばこれを買ってた」

     今思うとやりすぎだったかもなあと、視線が宙に舞ってからバツの悪そうな顔で首を傾げる。まるで熱が入りすぎて周りが見えなくなっちゃったみたいに言ってるから、アタシ達で言うところの掛かりのような状態だったんだろう。

     アタシとしてはそれだけスイーピーのことを考えてたってわけなんだから悪い気はしないけど、確かに普段使いを目的に贈るネクタイにしてはやっぱりちょっと上等すぎる。

    「…小剣に刺繡まで入れたのを?」
    「あ、アハハ…」

     ペロンとネクタイをめくって小剣に施された刺繍を見せつけると、使い魔もだんだん主旨が変わっていって方向性がずれていったのを白状するかのように苦笑いしている。

     その小剣にはそれぞれ紅にはグラジオラスの花、黄色にはガーベラの花、藤色には藤の花、そして黒いネクタイにはアタシが普段被っている魔法使いの帽子と箒の刺繍が施されていて、どれもこれもアタシを連想させるものばっかり。

    「…き、気持ち悪かったか?」

     申し訳なさそうに尋ねてくる使い魔はまだ何も言ってないのにやらかしたと言わんばかりの顔をしている。声には出さないけど間違えた、失敗した、明日からどうしようみたいなウジウジな感情が伝わってくる程度には気まずそうな顔。

     多分、普通に考えたら重いんだろうとは思う。だって、ネクタイの予備がいくつあっても足りないと嘆くならお徳用のネクタイみたいなのを用意すればよかったわけだし、ましてや刺繍を入れる必要だってないからコイツはそういうのなんだろう。

    「ふんだ、アンタのヘンテコっぷりには慣れてるっつーの」
    「どんだけ一緒にいたと思ってんだか」

     でも、使い魔がそういうヤツだってちゃんと知ってるからアタシは無自覚で重いくらいでいいと思ってる。

     それだけご主人さまを大切に思っているスイーピーの使い魔だから、信頼出来るアタシの相談相手を任せてるんだもん。

  • 8二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:34:38

     一緒にいた時間が長いといい所もダメな所も見えてくるもので、コイツの場合はダメな所ばかりどんどん浮き彫りになった。察しは悪いし魔法には疎い、失敗ばかりのくせに失敗すると毎回目に見えてヘコむしどこかどんくさい。

    「そうよ、アタシはアンタとずぅっと一緒にいたの」
    「知らないこともあるんだろうけど、知ってることだって少ないわけじゃないんだから」

     でも、ダメなとこばっかってわけじゃなくてちゃんと良い所だっていっぱいある。朝練があればアタシよりも早く来て準備してるしあったことを日記に記して次に活かそうとするし、失敗を失敗で終わらせないようにする努力だってちゃんと出来る。

     コイツの悪い所は数え切れないくらい知ってるけどそれ以上に良い所があるってのも誰よりも知っていると思うくらい、コイツとは同じ時を過ごした。

    「それだけご主人さまの事が大好きってことじゃないの、むしろ胸張ってほしいもんね」
    「アンタは一応?アタシにちょっとだけ認められた使い魔で魔法使いなんだから」

     その中で、大魔女になるスイーピーにふさわしい使い魔になるよう努力してきたのはそれこそアタシが一番知っている。

     アタシが大魔女になるために毎日頑張ってるのを一番知っているのが使い魔なら、使い魔が使い魔として恥ずかしくないように頑張っているのを見ていたのもアタシ。

    「アンタが自分をまだまだ未熟と思うなら今以上に精進なさい」
    「頑張ったらもしかしたらアタシからご褒美、もらえるかもしれないわよ?」

     どこまでいってもヘンテコって評価が纏わりつくヤツだけどコイツの値打ちまで下がるとは思っていないし、アタシにとってある意味特別な存在でもある。

     そんなヤツが重いって自覚するくらいのプレゼントをアタシに用意したのが嬉しくないわけがない。誰しもに向けるのならハッポービジンとか言われて欠点になるのかもしれないけど、それを向けるのがアタシだけなら───。

    「誰かのために頑張れるのはアンタの数少ない買える所よ、重いとかつまんない捉え方をせず大事にすること!」
    「スイープ…」

     それくらいなら受け止めてあげるからもっと伸ばしてほしい。だってアタシ達は大魔女になっても一緒だから。

     今みたいにグランマとグランパみたいにずっとずっと、お互いの気持ちをちゃんと言い合える関係でいられたらステキだもの。

  • 9二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:35:22

    「それにしてもさ」

     時間は少し過ぎて8時半頃。アタシ達は今日貰ったプレゼントを寮まで運んでたら門限なんて間に合うわけがないと判断して使い魔がくれたネクタイだけ持って栗東寮に向かっていた。

     いくら学園内と言えども街灯が点滅してて真っ暗な夜道は危ないし寮まで送ると使い魔から言われたからじゃあおんぶしろと注文をつけ、いつもと変わらない下校をしている最中に使い魔が思い出したかのように話しかけてくる。

    「スイープももう高校生になったんだよな」
    「ま、4年目だからね。何も起きなきゃそうなるでしょ」

     何を当たり前のことを言ってるんだかと不思議そうに返答すると、こっちを見ることもなく使い魔は呟くように言葉を紡ぎ始める。

    「3年もありゃここまで長かったなあとか色々あったなあってなるはずなんだけどさ…あっという間に過ぎてっちゃったなって」
    「きっと、思い出に浸る暇もないくらい君が俺に魔法を見せてくれたからなんだろうな」

     しみじみと、口では可愛げのないことを言ってるけど突けばたくさん思い出が出てきそうなことを呟く使い魔。まあ確かに、この3年間は過ぎるのがいつもより早く感じたのは間違いないけど。

     使い魔と過ごした3年間とは魔法に包まれた毎日だった。レースの魔法だけじゃなくて他の魔法も究めようと二人で魔法薬の触媒を探しに山に赴きもしたし、気付けばアタシだけじゃなくて使い魔にとっても切り離せない存在になっていた。

    「さっきも思ったんだけどさ…貰ってばっかだ、俺は」

     でも、魔法を扱うのはアタシだけであって使い魔は違う。レースの世界を魔法で彩ったのはアタシではあるけど、使い魔はあくまで使い魔としての責務を果たしたに過ぎない。

     その言葉を最後に使い魔は何も言わなくなった。聞こえてくるのは息遣いくらいと肩越しに感じる鼓動くらいで、普段はやかましいくらいの使い魔が文字通り口を開かず道を行く。

     寮に向かう無言の道のりの中、使い魔が放った言葉はアタシの心の中で巡り続けていた。

     貰ってばかり。それはきっと使い魔が自分自身が情けないと思ったから出た言葉なんだろうなってのは伝わる。アイツが思う使い魔とは、前を行くご主人さまの後ろをついていくことしか出来なかったちっぽけな存在…てことなのかしら。

  • 10二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:35:44

     きっとそう思うのは使い魔のウジウジが悪い方に作用しているとかじゃなく、向上心がそう言わせてるってのはわかる。もしこれが自分を卑下して言うんだったら次にごめんって言葉が飛んできたはずなのにそう言ってこないわけだし。

     今のままで甘んじるつもりはなく、もっともっとアタシにふさわしい使い魔になるんだと変わろうとしている。

    「…だったら」
    「ん?」
    「だったら。次の3年間はアンタがスイーピーに何かをあげられるような3年間にしなさい」

     なら掛ける言葉はもうこれしかない。今日までの3年間がアタシに貰うばかりで何も返してやれなかったと思うくらいなら、次の3年間で挽回するんだって気持ちを持って臨めと命令する。

     正直、アタシも何をどうすればあげたものを返してもらったと思うのかはわからないし説明も出来ない。多分その時の気分で変わるんだろうし、一生納得出来ないままな可能性だってある。

    「もしアタシがグッと来るものをあげることが出来たら…その次の3年間でアンタにもっとすっごい魔法をおみまいしてやるわ」
    「…で、そのまた更に次の3年は俺が返す番な感じ?」
    「当たり前でしょっ、それだとアタシがまたあげたっきりになるじゃない!」

     なら、納得出来るまで付き合ってやればいいだけの話。いつになったらお互いが納得出来るのかなんてわからないしそもそも終わりなんてないのかもしれない。

     言い換えると終わりがないってのはいつまでも続いていくことでもあるわけで。魔法に終わりがないのと同じで、魔法がある限りアタシ達の関係が終わることもない。

    「それでそれで、魔法を3年間あっためて決まった日…そうね、お互いの誕生日で解放するの!」
    「誕生日…半年後だな、俺は」
    「じゃあ6年後の11月9日は楽しみにしてなさい、アタシも3年後の今日に使い魔が何をやらかしてくれるか楽しみに待っててあげる」
    「…約束よ?」

     終わることがないならどこまでだって深めよう。深めて深めて深め合って、アタシは大魔女として退屈をひっくり返しちゃう魔法を広めてやるんだ。で、使い魔には大魔女に仕える最強の使い魔としてお手伝いさせてやるんだから。

     小指を突き出して使い魔に見せ、降ろしてもらってから改めて契約を結ぶように小指同士を繋ぐ。

     誓いが結ばれた小指同士はほんのりとあったかかった。

  • 11二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:37:13

    「…よし、それじゃあ改めて寮に帰るか。乗る?」
    「ん、んーん…もういいわ」

     きゅっと結んだ小指を離すタイミングが二人ともわからず、若干の沈黙の後にそっと使い魔が指を離して解放される。今更になってお互い恥ずかしいことをしちゃったんじゃないかと思ってるのか、少し気まずいというか照れくさい。

     でも、そんな中でもちゃんと言ってやんないといけないこともあるから忘れない内に釘刺しとかないと。

    「あ、そうそう。さっきのキモい云々はどっちかで言えば…ま、アタシ以外にはしない方が良いわね」
    「や、やっぱり重たいのか!?」

     さっき使い魔にはそれも良さだと思って伸ばせとアドバイスした誰かへの感情が大きくなる所。さっきも思ったけどアタシにやる分には足りないくらいだからもっと尽くせとは思うけど、他の子までそうかと言われるとわからないのも間違いない。

     言っちゃえば人によるから誰にでもそんなんだとキモいと思われたりその入れ込みっぷりに耐えきれなくて逃げちゃう可能性だってある。熱量は片方が強くても、もう片方が弱かったりしたら熱量に応じられなくて冷えるってのはアタシも習い事でイヤと言うほど味わってきたもの。

    「ヤバいヤバい、重力ヤバすぎてアタシの魔法がなきゃペッチャンコになっちゃうわ」
    「うう…やっぱり無自覚に重たいんだ、俺…」

     そう、コイツは重い。ここまでアタシに入れ込むヤツはグランマ以外だと初めてだからきっと重い。いや、間違いなく重い。

     だって、この学園で“スイープトウショウ”と初めて向き合ってくれた人なんだもの。それくらい、アタシの大事にしたいものを分かってくれて一緒に大切にしてくれたからここまで来れた。

    「コラァー!さっきも言ったでしょ!つまんない捉え方せずに大事にしろって!」
    「で、でも重いんだろ…?」

     こうやってすぐウジウジする所はあってもアタシにとってはかけがえのない使い魔なのは間違いないし、それで気を病んで今更やめられても困る。

    「そうよ、だからそれは全部ぜーんぶ、アタシだけにぶつけときなさい!そんくらい、アタシが受け止めたげる」
    「アンタはヤキモチやきなとこあるからねっ」

     だからこうして両手を腰に当てて胸を張り、ドーンと構えてやる。悩みがあっても、アタシがいれば大丈夫って思えるように。

  • 12二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:37:41

    「…君にはずっと頭が上がんなさそうだな」

     得意気なアタシの顔をまじまじと見つめた後、苦笑する使い魔はちょっぴり吹っ切れたみたいでほっぺを二回叩いてよしっと気合を入れ直し、アタシに向かう。

    「君がそこまで言うならそうさせてもらうよ」
    「でも、スイープ。君も忘れないでほしい」
    「君の進む道には、振り返れば俺が絶対にいるから」

     自分の胸をドンと叩き、語りかける使い魔。その顔はさっきの恥ずかしいみたいな感情の一切が消えて覚悟を固まった顔をしている。

     そんな使い魔に、アタシは───。

    「…ぷっ、くくく…アハハハッ!」

     思いっきり笑ってやった。もう夜も遅いのか、辺りにはアタシの笑い声がこだましているから慌てて笑うのを抑えようとする。

    「ふぅっ…ホント、使い魔はおバカでヘンテコのおたんこにんじんねえ」
    「と、と言うと?それよりそんな変なこと言ったか!?」

     何でそんな笑うって使い魔は慌てふためいているけど、おかしくて仕方なかったんだもの。

    「…知ってる」
    「スイーピーの歩む道には一歩後ろに使い魔がいたのなんて知ってるわよ」
    「アタシの冒険は孤独じゃなかった。アンタが後ろにいてくれたから」

     だって、そんな当たり前を通り越した話を今更するのかって思うとお腹がよじれそうになる。こいつはもらってばかりと思ってたんだろうけど…ホントは少しだけ違う。

     後ろに使い魔がいたから周りの声を気にせず、のびのびとレースの魔法を完成させることが出来た。その中で辛いことやキツイこともあったけど、振り返ればそこには必ず使い魔がいた。

     誰よりもアタシを信頼し、勝つことを信じてやまない人が一番近くで見守ってくれていたことがどれだけ大きかったことか。貰いっぱなしだったわけじゃない、使い魔だってちゃんとアタシに安心と勇気を与えてくれた。

  • 13二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:38:35

    「だから…ま、アタシもちょっとだけ勇気出すわ」

     そんな使い魔にアタシも今日くらいは素直になってもいいのかもしれない。いくら誕生日とは言え、使い魔に無理言わせてプレゼントを取りにいかせたご主人さまが何もしないってのもアレだしね。

     大きく息を吸ってから吐き、アタシも覚悟を決めてから使い魔の顔を見て───笑みを浮かべる。

    「今日はありがと。とっても嬉しかった」
    「一応…その、今日だけじゃなくていつも感謝はしてるのよ?言わないだけで、ありがとーってなる時もいっぱいあるし」
    「だから…うん。これからもずっと隣でアタシの言う事…聞いてくれる?」

     今日まで包み隠したアタシの本心の一部。3年前なら使い魔にありがとなんか思ってないなんて言ってんだろうけど、3年も経てばその辺は流石に変わる。

     むしろ、ありがとうって言いたいのに小っ恥ずかしさが勝っちゃってその気持ちがマジカルわんこに見透かされて慌てて否定した時もあったけど…やっと言えた。

    「君がいいなら、満足するまでそばにいるよ」
    「俺はスイープトウショウのトレーナーで、大魔女スイーピーの最強の使い魔になる予定の男だからな」
    「誕生日おめでとう、スイープ。あと、大げさだけど…生まれてきてくれて、俺を見つけてくれてありがとう」

     そんなアタシの気持ちに真っ直ぐとアタシを見据えて使い魔も自分の気持ちを返す。

     どっちも重たくって仕方がないおっきな感情。でも、それくらいお互いが真剣に向き合い続けた結果でもある。

    「…絶対よ?」
    「ああ、絶対だ」

     そんな大切な感情を使い魔と育むことが出来たらいいなと思った誕生日の夜が更けていく中、改めてアタシを祝い足りない子達が待つ寮に向かって歩くのだった。

     珍しく、二人並んで。

  • 14二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:39:20

    お誕生日おめでとうございます
    一つ一つが長文なのはどうか許し亭

  • 15二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 09:50:30

    何やこの神SS
    最高でしたありがとうございます

  • 16二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 10:03:39

    新作待ってた!
    誕生日だしもしかしたらと思ってたけどホントに来てくれるとは…!

    いいですね、お互いの秘めてた気持ちはちゃんと分かり合っていたってのと振り返ればいつもいた人がこの時だけは隣を歩くっていうオチこそが特別で素直な魔法なのかなって思うと胸が熱くなります!

  • 17二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 10:33:31

    ほっこりと尊いの両立が成り立つのすごいな
    お互いにとってかけがえのない相手で重いだの何だの言ってるスイープもずっと先の未来まで使い魔くんと一緒にいる気だから、似たもの同士なんだろうなと微笑ましく読ませてもらいました

  • 18二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 10:55:45

    3年間共に駆け抜けたトレーナーとの描写が濃厚なのもいいけど、端々に登場するキャラの捌き方がお上手ですね。

    クラスメイトの子達とのじゃれあいとかキタサンが贈り足りないから寮でも歌わせてほしいってお願いとかも日常の一幕を見てるようでほっこりします。

    特にロブロイのもう持ってるものを贈ってしまったって言うのをスイープがどういうものを好んでいるのかちゃんとわかってると昇華させたトレーナーとスイープの考え方はとっても優しくて素敵だなと思いました。

  • 19二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 11:17:13

    赤のグラジオラスの花言葉:注意深い・用心深い・堅固

    黄色のガーベラの花言葉:究極美・究極の愛・親しみやすい・優しさ

    藤の花言葉:優しさ・歓迎・恋に酔う・忠実な・決して離れない

    どこまで考えてそれをチョイスしたのか気になるけど…気になるけど!使い魔お前…っ!!

  • 20二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 13:14:07

    これしか言えんわ
    すき…

  • 21二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 14:54:30

    誕生日プレゼントは誕生日にしか貰えないって言う、当たり前のようで考えさせられる言葉…。そうだもんね、次の日とかにあげたらただの贈り物だもんね…

    合理的になれないところが子供っぽくも、スイープの良さが色濃く出てたなあ。良いものをありがとうございます

  • 22二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 15:30:36

    スイープの解像度の高さが流石すぎる
    ホーム会話と誕生日会話を上手く使った台詞回しは読んでて心地よかったです、ごちそうさまでした

  • 23二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 16:48:41

    SS応援スレから来ました
    いやもう何というか、密度の濃いスイープのお誕生日を堪能させてもらって満足です…
    指切りするシーンとか甘酸っぱいしずっと一緒に居るとか重いフレーズもそこそこ見えるのに、読み進めると恋愛感情のそれとは別の2人だけの独自の信頼関係が見えて来てよきです、ありがとうございます

  • 24二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 18:55:06

    すき
    貰ったプレゼントを時間を忘れて使い魔に紹介しちゃうスイープがただただかわいい

  • 25二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 19:17:15

    この距離感がたまらんのよ
    良い物でした…

  • 26二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 20:31:56

    誕生日プレゼントをその日にもらうことの意味をシンデレラに置き換えるのはなるほどとなりました
    自作品の言葉選びの参考にさせていただきます(感謝)

  • 27二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 21:30:13

    おんぶして下校してるのすき
    歳の離れた兄弟みたいでほっこりする

  • 28二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 21:36:28

    >「誕生日おめでとう、スイープ。あと、大げさだけど…生まれてきてくれて、俺を見つけてくれてありがとう」

    誕生日はこの世に生まれた事を祝う日…!そして使い魔にとってはスイーピーと出会えた事に感謝する日でもあるんだなあ…

  • 29二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 21:46:14

    許すからこれからも健康に気をつけていっぱい書いて😡

  • 30二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 22:42:27

    3年の月日は確かに精神的にもスイープを大人にさせたけど、本質は変わってないのでしょうね
    3年後、6年後、さらにそれ以降の彼らがどういう関係になってどう向き合ってるのか想像するだけで楽しくなっちゃいます

  • 31二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 06:09:13

    よき
    胸があたたかくなった

  • 32二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 07:47:31

    お味噌汁のように優しい味わいSSだぁ…
    あげたネクタイ、絶対大切にするんだろうなというのがひしひしと伝わってきます

オススメ

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