- 1二次元好きの匿名さん24/05/09(木) 23:59:40
天気は快晴、気分上々。こういう日には、面白そうなアイデアが湯水の如く沸いてくるもの。次なるイベントはオーロラでペンギンとサーフィンか、土星の輪で銀色の人??とフリースタイルレースか、それとも近場の小笠原でザトウクジラやハンドウイルカと遠泳世界記録へTake your marksか。
他はともかく、最後のヤツならちょっとノリ良く口説けばジョーダンのヤツも誘えるだろう。そんな事を考えてスキップしながら廊下をゆけば、辺りのウマ娘も道を空ける。
そこのけそこのけゴルシが通る。邪魔するヤツは羅刹焼きそばをお見舞いしちゃうぞ♡
本人がそんな事を言いながら集団を蹴散らした事があるかと問われればあるので、周囲の対応も慣れたものだ。
彼女の突拍子も無いアレやコレに巻き込まれた事のある面々が、それは自分達だけで十分とばかりに地道な対ゴルシ草の根活動を展開していたりもするのだが、本人はそれを知る由も無い。
あるいは知っててやっているのかもしれないが。
「さーてと、粗方候補は見繕ったし、後は突撃あるのみってな!」
ゴールドシップが仁王立ちした先に見据えるのは、トレーナー室の扉である。楽しい事に巻き込む相手は選ぶタイプのゴールドシップだが、ここ最近は自身のトレーナーにゾッコンと言って良いだろう。
彼も最初は目を白黒させていたらしいが、今ではすっかりゴールドシップの提案にああでもないこうでもないと自分の考えを述べ、彼女の"楽しい"を追い求めるようになった。
果たしてそんな調子でトレーニングは大丈夫なのかと思う所だが、彼も立派な中央トレセン学園のトレーナーである。即ち、何が起きてもトレーニングや走法のヒントに結びつく頭脳の持ち主であるので、その点は安心だ。
最も、破天荒なゴールドシップでさえ初めの頃はトーセンジョーダンと共に少し引き気味ではあったが。
「さぁってと……!!」
軽いストレッチで身体を解し、廊下の端ギリギリまで距離を取ったら間髪入れずに扉へダイブ。曲げた両膝を勢い良く伸ばし、トレーナー室の扉を突き破った。
黄金の両脚によるドロップキックは、ここ最近ではレース勝利の際トレーナーにぶちかますに限らずトレーナー室入場の鉄板として定着しつつある。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:01:09
「ぴすぴーす!! ゴルシちゃんが来ったぞー!!」
このパターンで飛び込むと、トレーナーから開口一番『たづなさんに怒られるからやめるよう言ってるだろう』という台詞が帰ってくるのがお約束だ。
ゴールドシップがこれにいつも通り楽しげな笑顔で応えると、トレーナーも全く仕方の無い奴め、とばかりに立ち上がって困ったような笑顔を向ける。
このコミュニケーションも、ゴールドシップ最近のお気に入り。
「おっ、ゴールドシップ。丁度良かった、ちょっと付き合ってくれないか?」
しかし、彼女の予想に反し、トレーナーは笑顔でゴールドシップを出迎えた。一瞬面食らったゴールドシップだったが、すぐさま笑顔に切り替える。
普段と違い、相手がハナから乗り気なら話が早い。
なんだよ、そういうことなら付き合った見返りに今日ここ来るまで思い付いた事全部やってやろ。
そう彼女は内心ほくそ笑みつつ、トレーナーに応える。
「何だよトレーナー、今日は頭から尾鰭まで仕上がってんじゃねーか? エンカウント早々そこまで言われちゃ仕方ねえ、トレピッピ最愛のゴルシちゃんが一肌も二肌も脱いでやっちゃうから覚悟しろよ!!」
「ありがとう。それじゃあ、早速だが俺とこきりこ節をデュエットしてくれないか?」
「おうともよ! 冬の寒ブリ漁で鍛えた喉を見せてや……なんだって?」
やけに積極的なトレーナーのテンポに一瞬流されかけたが、ここで思わずゴールドシップもブレーキを踏む。
ある程度の不意打ちには耐性がある彼女だが、普段と全く異なるどころか違和感しかない対応をされると流石の彼女も戸惑った。
一時停止した彼女を他所に、トレーナーはしみじみと、しかしどこか得意げに笑みを浮かべて応えた。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:02:22
「俺の地元は知ってるだろ? 子供の頃は祭りの度に能舞台に上がって歌い踊りしたもんだよ。その時に指導してくれた祖母がまた厳しくてな。色々思い出深いのもあるけど、これを歌うと気が引き締まるんだ」
「……おう、思い出の一曲ってヤツか。良いよな、そういうの」
一先ずトレーナーにそう応えたゴールドシップだが、一時停止から脳の回転を再会し、冷静スイッチを入れた彼女は即座に情報収集を図った。
まずは目の前のトレーナー……いつもシャンとしている制服がやや崩れ、得意げな笑顔をよく見るとどうにも瞼が重そうに見える。
周囲の状況、その1……ノートパソコンの周りに資料が山積み。一番上の大きな付箋に『提出期限厳守!!』とペン書きが見えるので、間違いなく担当関連ではなく学園の仕事。
周囲の状況、その2……ゴミ箱に目を移すとカップ麺とエナジードリンクの空が複数個。朝食・昼食の時間を節約しつつ食後の眠気を無理矢理流すスタイルと言った所か。
そこまで把握して納得した様子を見せるゴールドシップを他所に、トレーナーは机を開け、小さな竹の棒を二本取り出した。
「これが祖母から譲り受けた"こきりこ"だ、俺の宝物だよ。笛が無いのが残念だけど……俺はこれを使うから、ゴルシはこっちを使ってくれるかい?」
言うと同時に、机の中から沢山の板を並べて編んだような楽器が姿を表した。
これは"こきりこささら"と言い、108枚の板と持ち手をひもで結びつけて蛇腹状にした楽器である。これをアーチ状に持ち、片側のスナップを利かせて打ち鳴らす。
彼の言ったこきりこ節は、これと最初に取り出した竹製の鳴り物、"こきりこ"を使用して舞い踊るものだ。
何の前触れも無くトレーナーの机から飛び出した民族楽器に流石のゴールドシップも一瞬驚いたが、すぐに切り替え悩ましい顔を見せる。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:04:15
「んー……そうだな、悪くない。悪くないんだけどよ……今日は五箇山より松島の気分なんだよな。つーわけでゴルシちゃんのソロでも良いか? つか決定」
「えっ? でもさっきは……」
「ホラ、良いからこっち来いって」
「ちょっ、ゴールドシップ……うわっ!?」
ゴールドシップは徐ろに彼を抱き寄せ、さりげなく二つの楽器を奪って机に置くと、彼をトレーナー室備え付けのソファーへ思いっ切り放り投げた。
当然、された側は堪ったものではない。目を白黒させ、自身を放り投げた相手に何とか目線を向ける。
「い、いきなり何をっ……って!?」
「晴れのサンサにエントリィィィィィ!!!!」
驚く彼の瞳に、ゴールドシップが満面の笑みで飛び込んでくる。彼が叫ぶ間もなく、ゴールドシップはその勢いのままソファの上に転がされた彼の上に覆い被さった。
余りの事にくらくらと目を回す彼の姿を目の前にして、ゴールドシップは満足げに笑いながら彼を両の腕で包む。
「なんだよ、今更この程度で驚いてんのか?」
「そりゃ、突然放り投げられて、その上全身で飛び込まれたら流石に驚くだろう……それより、珍しいな。今日は気分じゃないって?」
「おうよ、急遽ゴルシちゃんのバイブスが告げたんだよ、今日は山より海だってな。つーわけでオメーにはこれから宮城に旅してもらう」
「うーん……まあ、ゴールドシップがそう言うなら……」
やや困り顔でそう応えた彼に、ゴールドシップはニッと笑みを浮かべ、身体を起こした。一緒に起こした彼をソファにしっかり寄りかからせ、がっしりと肩を組む。
「俺としては、一緒に歌いたかったんだがなあ」
「アタシは別に良いぜ? 但し曲は変えねーぞ。お前、宮城の民謡知ってっか?」
「あいにく地元の唄以外は殆ど……不束者ですまない」
「なんだそりゃ、プロポーズかよ!」
そう言いつつも嬉しそうに笑ったゴールドシップに、彼も安心したように笑みを浮かべる。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:07:24
「ま、そういう事だから、大人しくゴルシちゃんの肩に抱かれてな。ユキノ仕込みの歌声でたっぷり酔わしてやるからよ」
「酔うのはちょっと困るかな……でも、よろしく頼んだ」
「おうよ、任せとけ!」
ちらりと彼の表情を見ると、いつも一緒に居るときと同じ、楽しそうな笑みを浮かべていた。これから何を聞かせてくれるのか、期待に胸を躍らせている。
我が意を得たりとばかりに瞳を輝かせると、ゴールドシップは脚でゆっくりと床をタップしてリズムを刻み、それに併せて肩を抱いたまま身体を揺らす。
そして、思い切り息を吸い込んだ。
「────松島ァの、サァヨーォー、瑞巌寺ほーどぉーのォ、寺もなァい、トォエー♪」
彼女が選んだのは、斎太郎節。
東北は宮城に伝わる民謡である。今でこそ漁師歌として伝わるが、元は牡鹿半島沿岸部に伝わる櫓漕ぎ歌が元であると言う。
脚で打ち鳴らすリズムはBPMをかなり抑えめに、イメージは眼前に広がる松島と、それを彩る波の音。更には波に乗るかのように組んだ肩を通じてゆらりゆらりと揺れる身体は、波に乗る船の姿を呼び起こす。
音量は決して派手にせず、優しく丁寧に海から見える情景を歌い上げる。
その声は、彼に故郷を思い起こさせるには十分だった。
(嗚呼、海が見える────)
脳裏に浮かぶのは、眩く煌めく水面。聞き覚えのある声が、海を見つめる彼に優しく語り掛ける。
自然に囲まれた五箇山から富山湾を眼前に見渡せる祖父母の元へ向かった時の思い出が、揺れる意識の中にハッキリと浮かび上がった。玄関から覗くのは、出迎えてくれた祖父の笑顔。
『よう来たな、長旅で疲れたろう。さあ、上がってゆっくりお休み』
海が奏でる子守歌と、波の揺り籠。いつしか彼は山積みのままだった仕事を忘れ、遠く煌めく海へ向かって意識を手放していった。 - 6二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:10:27
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- 7二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:11:29
「アレはエェーエーエイトォ、ソォーォリャァー、大漁だァエー────♪」
最後のロングトーンにビブラートをかけつつリタルダンドして、カモメの鳴き声が水平線へ遠のくかのように唄を終える。
見事に一節歌い上げたゴールドシップがふと横を見ると、トレーナーはソファに身体を預け、心地よさそうに寝息を立てていた。
「ふう、やっと寝やがったか。このお仕事大好きマンめ」
やりきったとばかりにため息一つ、ゴールドシップは安堵の表情を浮かべた。
そも、ゴールドシップにかかればトレーナーの提案通り、こきりこささらを打ち鳴らし本職並みのこきりこ節を歌うなど、造作もないことである。それでも彼女は、そうしなかった。
彼女から見ても突拍子もないことを言い出したトレーナーの周囲を軽く見渡せば、彼が仕事に追われていることなど一目瞭然。
トレセン学園の新人トレーナーというのは、書類仕事を覚えるのも一苦労だ。マニュアルを駆使し、後は体当たりで覚えていくのが定石とは言え、この辺りはどうにも差が出やすい。普通のウマ娘には知る由も無いが、人を見るのが上手なゴールドシップにかかれば、その程度の事を見破るなど朝飯前である。
如何にトレーニングの発想に関しては天才的であっても、それが事務仕事にも活かされるかはまた別だ。
苦手な事に自覚があるのはまだ良いとして、それを無理して一気に終わらせようとすれば食生活も乱れ、睡眠時間も削れてしまう。カップ麺とエナジードリンクの本数から察するにそれなりに早い時間から仕事をしていたようだが、これでは体調もおかしくなるというものだ。
そうなるのは、ゴールドシップとて本意では無い。むしろ、自身の航路に迷わず付いてきてくれる唯一無二の相棒だからこそ、彼女は敢えて彼の提案を蹴り、彼を癒す方向へと舵を切ったのである。
「これで今日のトレーニングは出遅れ確定、オーロラでペンギンとサーフィンすんのはまたの機会だな。ま、ペンギンと鯨達にゃ会おうと思えばいつでも会えるしな」 - 8二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:13:44
彼に仮眠用の毛布を掛け、ゴールドシップはジョーダンにちょっかいでも、と踵を返して自身がぶち破った扉へと向かった。
その時、彼の口元から何事か零れる。
「んん、ゴールドシップ……ふふ……」
何やら楽しげな彼の寝言を聞いたゴールドシップの耳がピンと立ち上がる。
こういう時、普通なら自分への特別な想いや何かを感じ取って頬が熱くなるモノだが、そこは天下一の歌舞伎者・ゴールドシップである。思い切り頬を膨らませ、幸せそうに寝息を立てる彼を睨み付ける。
「……あんだよ、トレピッピ。人が貸し切りオンステージで熱唱してやったってのに夢ン中のアタシと過ごす方が楽しいってのか? おん?」
トレーナーが夢の中の自分と宜しくやっていると解釈したゴールドシップは、もう一度踵を返してトレーナーの目の前に仁王立ち。
「良い度胸だぜトレーナー。そんなに夢の中のゴルシちゃんが面白い奴だってんなら、アタシも同じ土俵に立って本物の方が数億倍サイコーだってことをわからせてやんよ」
堂々と宣言すると、彼女は自分がかけた仮眠用の布団に潜り込み、両の腕でしっかりと彼を抱きしめた。
そして、すやすや眠る彼に自身の顔を近づける。
「……お前が惚れたのは、アタシだろ? ちゃんとこっち見てろっつーの」
彼を起こさぬように小さな声で呟いて、ゴールドシップは頬にそっと唇を寄せる。
そのまま軽く頬を寄せ、お互いの身体の温度を共有する。
「一生忘れられないくらい、いい夢見せてやるからな……」
耳元で囁くと、彼女も静かに瞳を閉じた。開けっぱなしの窓と扉のおかげで、西日の差す昼下がりにおいても、そよ吹く風が心地よく眠る二人を包み込んでいる。そうしてゴールドシップも、彼を追って夢の中へと旅立つのであった。 - 9二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:18:19
そう、トレーナーの聞き捨てならない発言に意識を持っていかれたゴールドシップは、自身がドロップキックでぶち破った扉がそのままであった事をすっかり忘れてしまっていた。
なので、開けっ放しの扉を訝しんで入ってきたトーセンジョーダンによって、ゴールドシップとそのトレーナーのトレーニングをサボってのお昼寝タイムは無事(?)拡散される事となる。
ゴールドシップのトレーナーは心地よい夢を見て頭をスッキリさせた事もあり、無事に溜まっていた仕事を片付ける事ができた。その後は少しずつ事務仕事にも慣れ、担当ウマ娘の手を煩わせる事も無くなっていった。
そして、当のゴールドシップはと言うと、案の定日頃つるんだりちょっかいをかけたりする知り合い連中からこの件で散々に煽られ続ける羽目になったという。 - 10二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:21:43
以上です、ありがとうございました。
慣れない事務仕事の山にヘトヘトのトレーナーに子守歌を聴かせて休ませるゴルシちゃんを書きたかったのです。
某サボらせるアイツではありませんが、ゴルシちゃんはこういう事によく気付き、かつ気遣いが出来るタイプだと思います。 - 11二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 00:23:59
しっとりゴルシいいですね
- 12二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 01:23:30
好きです
- 13二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 07:23:37
>この件で散々に煽られ続ける羽目になったという。
「トレピッピとはラブラブだからな」って余裕綽々のゴルシも良いけど、顔を真っ赤にして苦し紛れに「う、うるせーうるせー!」しか言い返せなくなっちゃうゴルシもアリだな……
- 14二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 07:42:55
自分に妬いちゃうゴルシちゃんかわいい
- 15二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 13:21:08
- 16二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 18:47:32
凄くよかったです
- 17二次元好きの匿名さん24/05/10(金) 20:57:05
文豪はここにあり…
- 18124/05/10(金) 22:12:41
皆様、読んで頂きありがとうございます。
トレピッピが自分と過ごすより楽しそうにしてるとしっとりしつつ即行動に移すのが個人的には好きです。
ありがとうございます!トレゴル良いよね!
「トレピッピとはラブラブだからな」と余裕綽々ゴルシちゃん→マックちゃん、シーナ等の当社比ツッコミ枠がちょっと刺激を受けトレーナーとの距離が近くなる。
「う、うるせーうるせー!」しか言い返せなくなるゴルシ→ナカヤマジョーダンドンナが360度ステレオサウンドで盛大に煽り散らかしてくる。
どちらもアリですね……。
ゴルシちゃんにとってはトレピッピの思い描くゴルシもライバルです。
普段そんな素振りを1mmも見せないであろう子が放つ湿度からしか摂取出来ない尊さがDNAに素早く届く。
ありがとうございます!トレゴルは良いぞ……。
恐れ多いお言葉。これからも精進して参ります。