- 1◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 00:52:03
「寝た?」
「ええ、寝たわ」
夫と小声で話しながら、ゆっくりと部屋の窓際、障子一枚隔てられた小さなスペース……広縁に向かう。畳敷きの部屋のほうでは、娘たちがくうくう寝息を立てている。やんちゃな姉は大の字で、ややおとなしい妹はその横で背中を丸めて。
「旅館で、浴衣で、温泉……全部初めてだから、ふたりとも興奮しっぱなしだったわ……」
四人での初めての家族旅行。一泊二日の旅程でやってきたのは、都内から電車とバスで数時間、星の見える温泉旅館。もっと子供の遊べる場の多い観光地のほうが良いかと思ったが、双子の娘たちには温泉街の見るものすべてが新鮮だったようで、終始笑い声の絶えない一日となった。
「大浴場でのお守り、任せちゃってごめんな、アヤベ」
「あなたが女湯に来るわけにも、あの子たちを男湯に入れるわけにもいかないでしょ……公衆浴場でのウマ娘のマナーも教えないとだし」
貸切家族風呂という選択肢もあったが、娘たちが「おっきいお風呂入りたい!」と言ったのだからしょうがない。
「露天風呂での星空観賞会も、あの子たちが星座のお話のリクエストをバンバン出してくるから……こっちがのぼせそうになったわ……」
「おつかれさま……じゃあひと仕事終えたってことで、どうだ?」
そういって夫は、一本の缶ビールとふたつのグラスを手で示した。そのビール、部屋の冷蔵庫のよね? 高いのよ……とか、寝る前に飲んだら睡眠の質が、とか、二人で晩酌がしたくて起きていたの? とか……いろいろなことが頭をよぎったけれど、ため息一つでそれらは押し流すことにした。
「はぁ……じゃあ、一杯だけよ?」
広縁の椅子に向かい合って座り、互いにビールをお酌しあう。カーテンを開けた窓から月明かりと星明かりが部屋に注ぎ、注がれた黄金色の液体をキラキラと光らせている。
乾杯、と言ってグラスを静かに当て、最初の一口を含む。子供たちを授かって以来、お酒を飲む機会はめっきり減った。彼も私に気を遣ったのか、自宅で飲むこともあまりしなくなった。でも、今日ぐらいは……そう、お互いが思えるほど、今日一日は楽しかったし……。
「……ふぅ。ここでアヤベとビールを飲める日が来るとはね」
「ふふ、そうね……」
……楽しかったし、この旅館でお酒を飲むという行為自体に意味があった。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 00:53:15
しっとり人妻アヤベさん好き
- 3◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 00:54:25
トゥインクルシリーズで大事な三年間を過ごした後、商店街の福引で当てた温泉旅行……それで訪れたのもこの旅館なのだ。
「あの時は、いっしょに外で星を見たんだっけか」
「ええ……ついてきてくれたわね……」
グラスを手の中で揺らしながら、顔を上げて星空を見やる。満月が高い位置まで登ってきており、星の輝きはやや霞んでしまっている。
「……アヤベは新月のほうが好みかもだけど、俺は満月も好きだな」
「どうして……?」
「君の顔がよく見える」
突然そんなことを言われ、飲みかけのビールでむせそうになった。何とかこらえ、遠慮なしの凄みで睨みつける。
「んぐっ……もう、キザなこと言う歳でも、言われて喜ぶような歳でもないでしょ、お互い……」
「シンプルに『愛してる』のほうがよかった?」
もう酔ってるの? と言いたくなったが、いつでも君に酔ってるよと返されるのが目に見えていたので黙る。代わりにというわけではないが、椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり、窓から注ぐ月明かりが顔に掛からないように逃げた。
「まったく……よくわからないひと……」
担当契約を結んだころから考えて、両手の指では足りないくらいの年数を共に過ごしているけれど、未だに彼は『よくわからないひと』だ。たぶん、一生そうなのかもしれない。 - 4◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 00:56:33
「……あの子たちとも、いつか飲めるかな」
そのよくわからないひとは、視線を星空から部屋の中に移した。つられて私もそちらを見る。
「気の早い話ね」
「そうか? 意外とあっという間かもしれないぞ」
子供の成長は早いからなぁ、と二人して娘たちを見ていると、双子がまったく同時に寝返りを打った。
「……寝ようか」
「……ええ」
シンクロ寝返りが何かのトリガーになったらしい。二人して残っていたビールを飲み干して椅子から立ち上がり、子供たちを起こさないように気を付けながら、部屋の洗面所に向かう。
「あなた、コップ一杯の水を飲んだら歯を磨いてから寝て」
「え、歯磨きはわかるけど、水?」
「お酒と同量の水、当然でしょ」
「あ、はい……」
……⌚…… - 5◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 00:58:35
「………………おしっこ」
「………………わたしも」
両親二人も寝静まったころ、双子の姉のほうが瞼をこすりながら体を起こした。つられたのか、あるいはまたシンクロか。妹のほうものそのそと起き上がってきた。
まだ幼い二人。夜中のトイレの時はいつも両親どちらかについてきてもらっていたのだが、
「あら、おトイレ?」
起こすよりも先に気づいてもらえたらしい。母の声がすぐ横で聞こえた。
「それじゃ、手をつないでいこっか」
声に促され、互いに手をつなぐ姉妹。つないでいないほうの手が声に引かれていく。眠気と暗がりで前がよく見えない二人は、手を引かれるがままトコトコと歩き始めた。
「はーい到着、妹ちゃんから順番ね」
「うん……」
気づくと、部屋の洗面所、トイレの扉の前だった。声に言われるがまま、妹が先に入る。
「おかーさん、いる?」
「いるよー」
トイレの中から妹の不安そうな声を上げる。それを聞きながら、姉は声と手をつないだまま立って待つ。
ふと姉は、つながれた手を見上げてみた。
「……ママ?」
声は母とそっくりで、見上げた姿も母そっくり。だけれどなんだか違和感がある。 - 6◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 01:00:42
「……お姉さん?」
「あっ、おばさんとは言わなかったね。えらいぞー」
母とそっくりだが、今の母じゃない。父親が家で何度も何度も、母に怒られても見せてくれた、昔の動画。あれに映っている、若いころの母にそっくりだ。
声の主が姉の頭をなでる。その手はほんのり冷たかった。
「おねえちゃ……ママとパパはぐっすりだから、今日だけ私がお手伝い……あ、妹ちゃん終わったよ、交代交代」
だが、些細な違和感も尿意と眠気の前では無力。覚えた違和感を問いただす前にうやむやにされてしまう。交代でトイレと手洗いを終えると、声の主が今度は手を引くのではなく、背中を歩幅に合わせてゆっくりと押してきた。
「はーいお布団とーちゃーく……寒くないようにしてね……おやすみ」
もぞもぞと、家のベッドでそうするのと同じように、掛布団の足元側から潜り込み、両親の間に顔を出す。今日は妹がパパ側、姉がママ側だ。
「ん……あ、ごめん、トイレかしら?」
姉の侵入に気づいたらしい母が、布団の中で目を覚ました。
「……もういってきた」
「え? ひとりで?」
眠気で半開きだった母の目が大きく見開かれる。
「ううん……妹と、おねえさん…いっしょ、だった……」
「お姉さん?」
双子の姉であるほうがお姉さんと呼ぶ相手なんていない。そのはずなのに、本当にいたかのような口ぶりでそう言う。布団の足元側を指さしているが、そこには誰もいない。 - 7◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 01:03:18
「うん……ママの、れーすのときに、そっくり……」
「……え?」
娘のその言葉に、母は絶句するしかない。そしてすぐにある可能性に思い至った。科学的にはあり得ない、でもそうであってほしいと願ってしまう可能性に。
目の前で寝入った娘を起こしてしまいそうな勢いで、母は布団をまくって起き上がり、広縁側の障子とカーテンを開け放った。
「あっ……」
次の瞬間、目の前の夜空に、ひときわ輝く流れ星が一筋、夜空を駆けて消えていった。
「……もう、ほんとうに、あの子は……」
浴衣の上から手で胸を抑える。あふれだしそうな声と涙を何とかこらえ、言葉を絞りだす。
「ありがとう……見守っていてくれたのね……」
──わたしたちのこと、ずっと…… - 8◆WLsRZdbfdTE924/05/11(土) 01:05:32
おしまい
RTTT劇場用再編集版公開記念&アドマイヤベガレジェンドレース実施記念ということで
長文SSを自分でスレ立てするの初めてだったからいろいろ拙くてごめんなさい。タイトルにSSってつけておけばよかったね
気が向いたら加筆修正してどこかにまとめます。それじゃおやすみなさい - 9二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:06:10
素晴らしいものを読ませていただいた 感謝
- 10二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:07:28
フライングでレスしてしまった許して
しっとり人妻アヤベさん好き
お詫びに応援スレに推薦しておいた - 11二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:09:39
こんな真夜中に…-いやこんな真夜中じゃないとダメだなこれは
- 12二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 01:12:57
今日アヤベさんを解放&初育成して、劇場にも見に行った所だったから、凄く凄い胸が温かくなったわありがとう
妹ちゃんはいたずら程度に双子娘ちゃんたちと交流して欲しいね - 13二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 08:18:01
応援スレから来ました、真夜中にいいものが来ていたとは……妹ちゃんが双子ちゃんの守護霊になってるのいいよね……