- 1◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:44:20
「トレーナーさん! お茶にしましょう!!」
トレーナー室に木霊する凛とした声。
声の主は俺の担当、サクラバクシンオー。
……今日は休養日のはずだ。何か相談でも有るのだろうか?
そう思い、訳を聞き出そうと口を開く前に彼女は続ける。
「実家から新茶を頂きました! なので一緒に飲みましょう!! 桜餅も有ります!!」
……もしかして、ただ単におすそ分けに来てくれただけなのか?
まあ元々義理堅い子だからな。本当に他意は無いのだろう。
丁度、今やってる資料も片が付いた。一息入れるとしよう。電気ケトル、出してくるか。
いそいそと準備をしていると彼女は何かを取り出し始めた。
それは2Lのペットボトル。中身は……おそらく水であろうか?
俺が準備をしていると向こうから切り出してきた。
「トレーナーさん! 電気ケトルありがとうございます! そこから先は私にお任せください!! ええ、学級委員長ですから!!」
いつもの調子で俺には何もするなと手で制し、テキパキと準備を始めた。
水の他に取り出したものは銀の包装に包まれたお茶葉、桜餅、そして白地に桜の紋様が入った急須に湯呑。
……失礼な考えかもしれないが、せっかちな彼女に電気ケトルを使わせるのは少々不安だ。
せめて湯ぐらいは俺が沸かそう。そう思い腰を上げようとすると、やはり無言で制される。
最悪、電源を根元から引っこ抜けばいいか……火を扱っているわけでもないしな。 - 2◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:44:38
心配とは裏腹に彼女はいつもとは違う、落ち着いた手つきで作業を始めた。ペットボトルの中身はやはり水の様だ。
それをゆっくりとケトルへ注ぎ込む。そしてスイッチを入れ、湯が沸くのを待つ。
そして急須へ茶葉を一すくい、また一すくいといれる。ああ、いい香りだ。新緑の茶葉が放つ香りが初夏の到来を教えてくれる。
湯が沸くまで数分。今日は妙に長く感じる。これも新茶の魔力だろうか? あの緑の芳香が待ち遠しい。
伏し目がちにケトルを注視している彼女は、妙にきれいだ。彼女は眉目秀麗なウマ娘の中でも美形だと思う。
しかし、担当している身からすれば見慣れた顔だ。それなのに、何故だ。何故こうも魅力的に見えてしまうのだろう。
思わず見惚れてしまうほどに。
長くも感じる数分。お湯が沸くと、彼女は慣れた手つきで湯呑に湯を注ぐ。
日本茶の適温は70~80℃。熱湯を注いでしまうと台無しだ。彼女もそれは当然知っているのだろう。
二つの湯呑で湯を冷まし、急須へ注ぐ。もう一度、湯を冷まし注ぐ。丁度二杯分。直ぐにでも飲みたいが、少し我慢だ。
時間にして約40秒。彼女も腕時計に注視し、その時を待つ。
時は来た。そしてゆっくりと急須を回し始める。こうすることで茶葉がしっかり開くのだ。
ああ、いい香りだ。初夏の爽やかな風に吹かれたような気分だ。
二つの湯呑に均等に、最後の一滴まで淹れて……これで完成だ。
時間にしてせいぜい5分程度だろう。しかし随分と長く感じてしまう。妙な緊張のせいだろうか?
「トレーナーさん、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
いつも元気な、はきはきとしたいつもの少々せっかちな少女では無く。それはまるで妙齢の女性のようで。
俺に茶を渡すときに向けられた、あの微笑み。それはいつも彼女のようで彼女ではない表情。 - 3◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:44:53
……何も思うな。彼女は教え子であって、そういった相手ではないのだ。
今は新茶を堪能しよう。他意は無い。ただ単に労いで来てくれただけなんだ。
気を取り直して、茶を一口。
なるほど、これが新茶か! 苦みや渋みはほとんどない。まろやかな甘み、そして若葉の瑞々しい香り。
まさしく初夏の到来を知らせる味だ。胸の中を爽やかな風が吹いたような清涼感。
これは美味いな……桜餅との相性も上々だ。うん、いい塩梅だ。
「トレーナーさん! いかがでしたか!! このバクシンオーの模範的新茶のお味は!!」
「ああ、最高だったよ。また飲みたいぐらいだ」
先ほどの雰囲気は消え失せ、いつもの彼女がそこにいた。
……まあ、この子はかなりの美形だからな。たまにはああいう空気を出すときも有るだろう。
「そうでしょうとも、そうでしょうとも! 母上直伝の淹れ方に! あの茶葉にぴったりの湧き水! まずい訳が有りませんとも!!」
あれ、わざわざ汲んできてくれたのか……手間をかけさせてしまったな。
片付けぐらいはやるか。そう思っているうちに彼女が先に動いた。
「片付けもお任せください! ええ、学級委員長ですから!! バクシンバクシーン!!」
言うが速いか手際よく片付けを終える。
「それでは、失礼いたしました! お仕事頑張ってください!! バクシンバクシーン!!」
声もかける間もなく、そのまま行ってしまった……やはりいつも通りだな。
しかし脳裏に浮かぶあの光景、彼女のあの微笑み。
……仕事の続き、するか。
新茶、美味かったな。今度、淹れ方教えて貰おうかな? - 4◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:45:07
いかがでしたか? このサクラバクシンオーの、模範的新茶は!?
美味しいですか? そうでしょうとも、そうでしょうとも!!
何せ母上直伝ですから! まずい訳が有りません!!
母上から教えて頂きました。大切な人にお茶を振舞うときは入念に、丁寧に淹れなさいと。
湧き水も、母上直伝の場所から汲んできた、秘伝の湧き水ですから。
トレーナーさん、貴方には私はどう写りましたか?
魅力的に写りましたか?
目は心の鏡とも言います。視線、気付いていましたよ?
ああでも、不純異性交遊はいけません! 学級委員長ですから!!
いくじなし。 - 5◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:45:20
- 6◆uXXe/1cC/624/05/11(土) 02:45:30
- 7二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 06:25:05
素晴らしいSSありがとう
全部わかってるバクちゃん凄くいい・・・ - 8二次元好きの匿名さん24/05/11(土) 07:14:01
追い詰めた上で耳元でいくじなしって言って