- 1二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:43:46
- 2二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:44:04
「お待たせしました……こちらも…………どうぞ」
「ありがとっ、カフェちゃん!」
コーヒーの入ったマグカップを私の前に置かれて、更にクッキーの載った皿を添えられた。
きれいな桜色で、春らしさを感じさせる、美味しそうなクッキー。
それらを提供してくれた子は、私の反応を見ながら、彼女は向かい合わせで座る。
見惚れてしまうほどにきれいな漆黒の長髪、吸い込まれるような金色の目に、小さめの瞳孔。
マンハッタンカフェ────カフェちゃんは、嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「ええ……友人から頂いて…………見た時から……ローレルさんに是非と」
「鮮やかな色で、とっても素敵! これは腕によりをかけて、お返しをしなきゃ!」
「ふふっ……それは……楽しみにさせていただきますね」
「うん、待っててね……それにしても、このお部屋、なんかやっぱり落ち着くなあ……♪」
そう言いながら、私はぐるりと周囲を見回す。
不可思議なデザインの各種グッズに、少しだけ暗い照明と、見慣れない容器に入ったコーヒー豆。
ここは旧理科準備室、もとい、カフェちゃんの趣味のグッズ置き場。
いつものように、ピンク色探しをお願いしたら、今日はこちらへと招かれたのだ。
少し奇妙な雰囲気だけれど、物静かで、穏やかで、カフェちゃんを体現したようなお部屋だと思う。
おっと、せっかく淹れてもらったんだから、冷める前に頂かないと。
私は黒猫のマークが入った、可愛らしいマグカップを手にとる。
「それじゃあ、いただきま────」 - 3二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:44:16
そう言いかけた、瞬間だった。
がらりと勢い良く部屋の扉が開かれる音が、私の鼓膜を揺らす。
目の前のカフェちゃんの耳もぴんと立ち上がり、私達は反射的に入口の方に顔を向ける。
そこには、白衣を着た一人のウマ娘が立っていた。
「やあ、カフェ! いやはや探したよ、まさかここに戻ってきているとは、灯台下暗しとはまさにこのことだねえ! 聞いておくれよ、ついに完成したのさ……待ちたまえカフェ、そんなあからさまに嫌そうな顔をしないで欲しい、今回の研究は君のためのものなんだよ? なんのことかって? おいおい、以前、君がここで悩ましげな表情で雑誌を読んでいたじゃあないか、それを見た私はこっそりその雑誌を覗き見────少し調べさせてもらってねえ? ククッ、キミの悩みを解決できるものを作って来たというわけさ、見たまえっ! これが私の持てる知識と、シャカール君が身に着けた技術、そしてトランセンド君が提供してくれた情報をもとに完成させた、どんなサイズの人物にも対応していて、即座に使うことができる、最新型高品質豊胸用パッド、名付けて『即PAD』さっ! ………………あっ、すまない、来客中だったか」
なんか、URAに怒られそうなネーミングだなあ。
私はそんなことを思いながら、顔を真っ赤に染め上げたカフェちゃんとともに、白衣の人物を見つめていた。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:44:29
「カフェ~、機嫌を直しておくれよ~、さっきから私の研究資料が紙吹雪みたいに舞い上がっているんだよ~」
「…………知りません」
涙目になりながら、白衣の人物はカフェちゃんに縋りついていた。
それに対してカフェちゃんは、赤みの残る顔で、眉を吊り上げつつ、つんとした対応と取る。
誰に対しても物腰柔らかく、親切な彼女にしては、珍しい態度だった。
……ちなみに、ちらりと横目で部屋の隣半分の、研究室みたいなスペースを見ると、洗濯機の中みたいな光景になっている。
…………うん、あっちのことはあまり気にしないことにしよう。
「やれやれ……まあ、デリカシーに欠けていたのは事実だし、後でトレーナー君に片付けてもらうことにしよう……」
「欠けていたどころじゃありませんよ……まったく…………!」
「だから謝っているじゃないか……おおっ、このクッキーは美味しいねえ、紅茶にも良く合いそうだ」
白衣の人物はクッキーを口の中に放ると、表情を緩めた。
彼女とは直接話したことはないけれど、カフェちゃんの話にも出て来るし、何より有名人だから良く知っている。
ふわふわとした栗毛の短い髪、妙に目をひく赤い瞳、右耳には化学構造式のようなイヤリング。
学園有数の天才、変わり者、そして危険人物として名高いウマ娘、アグネスタキオン、その人である。
私はコーヒーをちびちびと飲みながら二人を眺めつつ、テーブルの上に置かれたものが気になっていた。
二枚の、それなりの厚みがある、浅いお椀のような型。
いわゆる、インナーの中に入れるパッド。
胸の隙間を埋めたり、左右差を調整したりするために使われるもの。
モノによっては縫い付けられていたり、取り外し可能だったりと、女性にとっては身近なアイテムだ。
まあ、私はパッドの入ったインナーはあまり好きじゃないので、使っていないけれど。
けれど、先ほどの言葉を信じるならば、これは明らかに別の意図を持って作られたもの。
このパッドは────胸を、大きく見せるためのものだった。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:44:42
うん、まあ、その、ね?
私も、年頃の女子であり、そこまで気にしていないにしても、ちょっと意識してしまう時はある。
ブライアンちゃんに、ヒシアマちゃんに、マベちゃん。
彼女達のものに比べると、私の胸の大きさは、少しばかり、ささやかなものであった。
チヨちゃんや、バクちゃんと比べても、ちょっとばかり、見劣りするというか。
だから、たまに考えてしまう。
もっと大きければ────あの人は私に、もっとドキドキしてくれるのかな、って。
気が付いたら、私はそのパッドを、手に取っていた。
「…………あれ、思ったよりも固いんだね」
「……! ローレルさん、迂闊に触ると……危険ですよ……!」
「私を何だと思ってるんだい? さすがに肌に直接触れるようなものには変なものを使わないよ……あー、ローレル君、だったか」
「あっ、勝手に触っちゃってごめんなさい、えっと、タキオンちゃん、って呼んでも良いかな?」
「ああ、好きに呼びたまえ。それでローレル君、その『即PAD』の固さが気になるのだろう?」
「うん、むしろ、普通のパッドよりも少し固めな気がして」
「ふぅん、良い着眼点だねえ、そう────それこそが『即PAD』の真骨頂なのさっ!」
タキオンちゃんは突然立ち上がり、両手を大きく広げてみせた。
それを見たカフェちゃんは大きくため息をつく。
……割と日常風景なのかな、これ。
「『即PAD』の中身は私達が開発した特殊な素材で満たされていて、肌に接触させてしばらく経つとその胸の形に合わせてぴったりフィットする仕組みになっていてねえ! どんな胸のサイズ、どんな胸の形にも即座に適応出来るのだよ! さらには装着者の胸の柔らかさや感触なんかも忠実に再現し、不自然な揺れを防止することによって、周囲からも違和感なく着けていられるようになっているのさ! どうだい、これなら安心だろう、カフェ!」
「私に……いちいち振らないでください……っ!」 - 6二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:44:57
カフェちゃんは真っ赤な顔で、タキオンちゃんを睨みつける。
ふふっ、なんだかカフェちゃんの意外な顔が見れて、ちょっと得しちゃった気分だな。
それにしても、このパッド。
どういう仕組みなのかは理解しようもないけれど、とにかく凄い代物なのだということはわかった。
話の通りなら、私でもカフェちゃんでもすぐに使うことが出来る、ってことだよね。
見ただけだと、そこまで凄い機能がついているには見えないけれど。
「…………ローレルくん、興味があるのかい?」
「えっ」
にやりとした笑みを浮かべて、タキオンちゃんは私をじっと見つめていた。
……うん、こんなじろじろと、じっくりパッドを見ていれば、そう取られて当然だろう。
少し頬が熱くなり、私は苦笑いを浮かべながら、パッドをテーブルの上に置こうとした。
「────なんなら、それは君が持っていてくれても、構わないよ」
タキオンちゃんの言葉に、私の手がぴくりと止まる。 - 7二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:45:15
「……でも、これってカフェちゃんのためのものなんだよね?」
「そうだが、言った通り誰にでも使えるし、私の手元に予備がいくつかあるから、カフェにはそっちを回すさ」
「いりませんから……! そもそも、頼んだ覚えは…………ありません……!」
「レビューなんかも欲しいからねえ、むしろ少しは使ってくれると、助かるんだが」
「…………ローレルさん……やめておいた方が……賢明ですよ」
目を輝かせて、私を見つめるタキオンちゃん。
心配そうな表情で、私のことを見ているカフェちゃん。
好奇心と危機感、二つの感情が私の頭でせめぎ合い、混ざり合い、ぐるぐると廻っていく。
そして、私は決断した。
「…………使うかどうかはわからないけど、一応、借りておくね?」
私の言葉に、タキオンちゃんは満面の笑みを浮かべ、カフェちゃんは大きなため息をついた。 - 8二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:45:31
次の休日。
この日はトレーナーさんと、お出かけに行く予定。
スカイちゃんは珍しく早朝から釣りに出かけていて、部屋には私一人だけ。
ベッドの上に服を並べて、着ていく服を思案しているところだった。
「うーん、これは前に着ていったし、暑くなってきたからこっちでも……あっ、そういえば」
その時ふと、先日の出来事を、私は思い出した。
カフェちゃんと、タキオンちゃんとのお話、そして渡されたものを。
さすがに学園生活の間や、トレーニング中などに、これを使う気にはなれなかった。
そもそも、普段は胸を大きく見せようなんて、思わない。
けれど────今ならば、どうだろう。
トレーナーさんと、お出かけをする時ならば。
トレーナーさんの前で、ならば。
私は、胸を大きく見せたいと、思うのだろうか。
「……タキオンちゃんから、お願いされていたもんね」
そう自分に言い訳をして、引き出しの中から、『即PAD』を取り出す。
そして、クローゼットの奥底に隠してある、買ったは良いが来ていない服を、取り出した。
夏らしい、涼し気なデザインのワンピース。
見た目で気に入ったものの、少し開いた胸元に、どうにも臆してしまっていた。
いつかか勇気を出して着よう、そう思って、シーズンが経過して、そのまま。
今見ると、なかなかセクシーというか、大胆なデザインだな、と思う。
胸の谷間をちゃんと作ってみせれば、トレーナーさんは、ドキドキしてくれるかな。
「…………一度は、袖を通してあげなきゃ、服が可哀相だから」 - 9二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:45:44
「お待たせしました、トレーナーさん♪」
「ああ、待ってないよ……っ!」
駅前の、待ち合わせ場所。
ベンチに腰かけて、本を読んでいたトレーナーさんの前に立って、声をかける。
彼は優しげに微笑みながら顔を上げて────目を、大きく見開いた。
視線が、私の顔ではなく、その少し下の方に、集中する。
とくんと、胸が、高鳴った。
見てる、見てる。
トレーナーさんが、私の胸元を、見てくれている。
やがて彼は、顔を少し赤らめて、慌てた様子で目を逸らした。
なんだか、可愛らしい反応だった…………ちょっと、意地悪したくなる、くらいに。
「んー? トレーナーさん、そっぽ向いて、どうかしましたか?」
「いっ、いや、今日は新しい服なんだね、涼しげでこれからの時期にぴったりで、良く似合ってるよ」
「あっ、気づいてくれたんですね? そうなんですよ、私も気に入ってて、ほら、もっと良く見てください♪」
「ちょっ……!」
私は座っているトレーナーさんと視線を合わせるように、前屈みになった。
必然的に、胸元をさらに強調する姿勢になる。
するとトレーナーさんは、見るからにわたわたとし始めて、顔をさらに赤らめてくれる。
ぞくぞくと、背筋が走る感覚。
……うん、これくらいにしてあげよう、私の方が、戻れなくなりそうだから。
私が背筋を伸ばして、体勢を戻すと、彼は安堵したように大きくため息をついた。 - 10二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:45:59
「ふふっ、仕方ないですね、このくらいで勘弁してあげます」
「……どうも」
「ただ、最後に一つだけ」
その場でくるりと、一回転、再びトレーナーさんと向き直る。
改めて聞くのは、ちょっとだけ恥ずかしいけれど、ちゃんと彼の口から聞きたいから。
「後ろまで見て、今日の私、どうでしょうか?」
「……ドキドキしてしまうくらいに可愛らしくて、きれいに見えているよ、ローレル」
「……えへへ、はなまる、です」 - 11二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:46:12
「それにしても美術館か、ローレルが行きたいっていうのは、珍しいね?」
「フランスにいた時、好きだった絵が日本に来ているみたいで……それを見たいんです」
「そっか、それは俄然楽しみになってきたな」
トレーナーさんは、きらきらとした瞳を輝かせながら、そう言った。
ちょっと子どもみたいな彼の様子に、口元が勝手に緩んでしまう。
私達は、美術館に向けて、並んで歩いていた。
最近は少し暑かったけれど、今日は良い風が吹いていて、過ごしやすい天気。
けれど、少しだけ、私自身には問題が発生していた。
「……んっ」
「……ローレル? どこか痛むのか?」
「いっ、いえ、大丈夫ですから、気にしないでください」
「そっか、それなら良いけど」
あまり納得していないさそうな顔で、トレーナーさんは頷いてくれた。
やっぱり、トレーナーさんには、すぐに気づかれちゃうなあ。
実のところ、今の私は、痛みを抱えていた。
────締め付けるような、胸の痛み。
ような、というか、実際に締め付けられているのだけれど。
私は元々、パッドの入っているインナーは使っていない。
だから、選ぶ時はしっかりと厳選して、私にぴったりのものを購入していた。
ぴったりサイズしか持ち合わせていないので、パッドを入れると、かなりぎゅうぎゅうになってしまう。
そのため、今の私の胸は、パッドによって締め付けられている状態だった。
……トレーナーさんに見せるまでは、どきどきしてたせいか、あまり気にならなかったんだけど。 - 12二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:46:25
「……本当に、大丈夫? 無理なら、すぐ言ってね?」
トレーナーさんの声に、私は我に返る。
見れば、トレーナーさんは心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。
うん、いけない、せっかくのお出かけなのだから、ちゃんと楽しめるようにしないと。
私は笑みを浮かべて、マヤちゃんのように、びしっと勢い良く了解のポーズを取ってみせた。
「アイ・コピー☆ ……なんちゃって、本当に大丈夫ですから」
────その刹那、ぶちっ、と背中から音が聞こえて来た。
何故か、苦しかった胸が突然楽になって、痛みからもすっかり解放される。
私は何が起きたのか全く理解が出来ず、ぽかんと言葉を失ってしまった。
トレーナーさんもそれは同じようで、突然響いた音に、きょとんとした表情を浮かべている。
冷静に考えれば、すぐわかることだった。
パッドの詰められたインナーは、私に負担がかかってしまうほどに、強く締め付けている。
それはつまり、締め付けているインナーにも、同等かそれ以上の負担がかかっているということ。
そして勢いをつけた動きが、最後とのトドメになってしまったということ。
締め付けから解放された胸の表面から、するりと何がすべり落ちていく。
それは無情にも服の隙間をスムーズにすり抜けて、ぽろりと零れてしまって。
「あっ、ローレル、なんか落ちたよ」
トレーナーさんは、反射的に落ちてしまったそれを、拾い上げてくれる。
それなりの厚みがある、浅いお椀のような型。
紛れもなく、寸前まで私のインナーの中にあった、『即PAD』の片割れであった。
胸に直接触れていたパッドを、彼に触れられている事実に気づいて、私は狼狽してしまう。 - 13二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:46:39
「あっ、えっ、そっ、それは、その、ですね」
「マッサージボール的なやつかな? 良い感じの柔らかさで、揉み心地が良いし」
手の中の物が何であるかと理解出来ない彼は、それをぷにぷにと弄ぶ。
…………ぷにぷに? 柔らかい? 揉み心地が良い?
私が知っている『即PAD』は固めで、そんな感想はまず出てこないようなものだったはず。
いや、ちょっと待って。
タキオンちゃんが『即PAD』の説明をしてくれた時、何て言っていただろうか。
────さらには装着者の胸の柔らかさや感触なんかも忠実に再現し────。
「トッ、トレーナーさんっ! それから手を離してくださいっ! 今すぐですっ!」
「えっ、あっ、はっ、はいっ!」
自分でもこんな声が出るのか、と思ってしまうほどの大きな声。
それを聞いたトレーナーさんは驚きながら、『即PAD』を放るように手放した。
私はそれを即座に回収して、きゅっと握りしめる。
トレーナーさんとタキオンちゃんの言う通り、それは、覚えのある柔らかさになっていて────。
瞬間、顔が燃えるように熱くなって、声にならない悲鳴が漏れ出してしまう。
「~~~~~~っ!!」
「…………えっと、その、なんか、ごめん」
何かを察したトレーナーさんは、少し困ったような顔で、謝罪を告げる。
トレーナーさんに、揉みしだかれて、弄ばれて、知られちゃった────私の、感触を。 - 14二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:46:52
「……少しは落ち着いた?」
「はっ、はい、ごめんなさい、あんなにみっともない姿を見せてしまって」
「いや、気にしてないよ……俺も、知らなかったとはいえ、その、悪かった」
私達は、近くにあった公園へと緊急避難していた。
ちなみにインナーは、ホックが完全に破損してしまって、応急処置も難しい状態。
お気に入り、だったんだけどな。
とはいえ、自業自得なので仕方がない。
どうしても気になってしまうので、公園のトイレで外して、今は鞄の中にある。
事の発端となった、『即PAD』と一緒に。
結果、今の私に残ったのは、とても残念なことになった胸元だけであった。
……恥ずかしい、あまりにも恥ずかしすぎる。
見栄を張って、調子に乗って、心配をかけて、挙句の果てに全てバレてしまうだなんて。
少しは落ち着いたものの、まだ顔の熱さは取れないし、思い出すだけでわぁーっ! となってしまう。
ちなみに、最終的には、アレがパッドであることもバレてしまっていた。
トレーナーさんは気まずそうに頬をかきながら、少し目を逸らしつつ、言葉を紡いだ。
「男の俺が言うとアレだけど、その、そういうのは無理のない範囲で、な?」
「…………やらない方が良い、とは言わないんですね」
少しだけ、意外だった。
優しいトレーナーさんのことだから、そのままの君が良いとか、言ってくれるのかと思った。
だからこんなことは、しない方が良いと、言われてしまうのかと思った。
私が思わず漏らしてしまった言葉に、トレーナーさんはこくりと頷く。 - 15二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:47:05
「良く見せたい、という努力や頑張りは、安易に否定するべきじゃないと思っているから」
「……努力、なんでしょうかね?」
「理想の姿に近づくための工夫、という意味でなら、俺は努力であると考えているよ」
「……なるほど」
「勿論、そのままの君もきれいで可愛らしくて素敵だけど、人それぞれ、なりたい自分ってのはあるだろうしさ」
「……っ」
相変わらず、この人は、さらっととんでもないことを言う。
ドキドキして欲しいと思ってやらかしたことなのに、結局、私がドキドキさせられてしまう。
それにしても、なりたい自分、か。
凱旋門賞に勝つウマ娘、ブライアンちゃんのライバルになるウマ娘。
思い浮かぶことはたくさんあるけれど、今この時においては────。
「えっと、それで美術館はどうする? また今度、ってのも大丈夫だけど」
「……そうですね、まだ期間は残っていますから」
トレーナーさんは、私に微笑みながら、問いかけて来る。
その、輝くようにきれいな瞳には、私自身の姿が、映し出されるようだった。
果たして、今日の私がなりたかった私とは、なんだったのだろう。
大きなバストを持った、セクシーな、サクラローレル。
あるいは、作った谷間を思わせぶりに見せつける、小悪魔的な、サクラローレル。
それとも、私の中にある、私が理想とする、サクラローレル。 - 16二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:47:17
いや、違う。
私は、トレーナーさんにドキドキしてもらいたかった。
もっと魅力的だと思って欲しかった、可愛いと思って欲しかった、きれいだと思って欲しかった。
つまるところ────トレーナーさんにとって、理想的なサクラローレルになりたかったんだ。
それを、私の身勝手な想像で動いてしまったから、今日は上手くいかなかったのだと思う。
だったら、やるべきことは、とてもシンプル。
Il faut battre le fer pendant qu'il est chaud。
彼が少しは意識してくれている内に、行動を起こさなければいけない。
「予定を変更して、少し、買い物に付き合ってもらっても良いですか?」
「それは構わないよ、駅の方に戻る感じで良いかな」
「はい、ちょっと急に必要になってしまったものがあって、一緒に選んでくれると嬉しいです」
「了解、俺の視点が役立つかはわからないけど、協力させてもらうよ」
「ふふっ……貴方の視“線”が、重要なんですけどね?」
私は、首を傾げるトレーナーさんの横に立ち、するりと腕を絡める。
以前よりも、ぎゅっと、身体を寄せて、密着させるように。
必要なものがないから、私の身体の、胸の感触は、直接的に彼へと伝わってしまう。
……でもいいよね、もう、トレーナーさんには知られちゃっているんだから。
「ちょっ、ローレル、というか何を買いに」
「さあ、ご案内しますね! 駅の向こう側に、行きつけのお店があるんですよ!」
慌てるトレーナーさんの言葉を遮って、引っ張るように、無理矢理連れて行く。
最初こそは困惑していたけれど、しばらくすると、彼は歩調を合わせてくれた。 - 17二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:47:33
────トレーナーさんにとって、理想的なサクラローレルになるためには、どうすれば良いのか。
そのための、一番シンプルな方法は、彼に選んでもらうこと。
服装だったり、髪型だったり、アクセサリーだったり。
私自身を、彼にとって理想的な色に染めてもらうのが、一番手っ取り早いだろう。
……とりあえず今日の所、見えないところから。
私はちらりと彼の顔を見やり、口元に人差し指を立てて、囁くように言葉を紡いだ。
「それじゃあトレーナーさん、私にぴったりなものを選んでくださいね♪」 - 18二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:48:44
お わ り
なんでこんな話がこんな長くなったんだろう・・・ - 19二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:50:19
良かった。
- 20二次元好きの匿名さん24/05/12(日) 23:51:18
即PAT君「誠に遺憾であるがSSは良かった」
- 21二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 00:04:41
とてもいいんだけどこのSS褒めると来週から馬券当たらなくなりそう
- 22二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 00:28:19
向こうでは書けないけど読み切りで中短編をかなりの高頻度で更新しててくれて感謝してる
- 23124/05/13(月) 06:42:05
- 24二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 12:59:16
買い物に行く途中でふとした時に開いた胸元から
ローレルのサクラが見えてしまう可能性がある…? - 25二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 16:18:16
長いのに長さを感じない、あっという間に読めてしまいました。ちょっとムラッとして、それでいて爽やかなSSでした。ローレルのもつ幼さと妖艶さの絶妙な塩梅にクラクラしそうです。ありがとうございました
- 26二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 20:03:33
- 27二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 22:32:41
めっちゃ良い!
- 28二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 22:58:26
ローレルちゃんめっちゃ可愛かった╭( ・ㅂ・)و ̑̑
- 29二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 23:06:08
めっちゃ読みやすいな
読み終わってから17レスもあることに気付いてびっくりした - 30二次元好きの匿名さん24/05/13(月) 23:30:04
- 31二次元好きの匿名さん24/05/14(火) 01:07:18
何の問題ですか🌸
- 32二次元好きの匿名さん24/05/14(火) 01:09:38
長いのにすごい読みやすいのなんなんだろうな
カフェとは交流あってタキオンはあんま知らない子の視点ってなんか新鮮だ - 33二次元好きの匿名さん24/05/14(火) 02:09:27
無駄に凄い無駄な機能ほんとすげぇな…
ところでこれ買い物に向かう途中で雨なんか降ったりしたら行き先ホテルとかになったりしませんよね?
あとカフェは結局使ったのかどうか詳しく - 34124/05/14(火) 09:46:10
だから見えないように密着するんですね
観測しない限りは夢は無限大に広がりますね
自分が書くとローレルがよわよわになりがちなんで良い感じのバランスを目指しています
大人びたローレルも良いけど年相応のところを見せるローレルもいい・・・
良く見られたいと思ういじらしい乙女は可愛いよね・・・
件のところは入れるか抜かすかと迷っていた部分なのでそう言って貰えると嬉しいです
ローレル良いよね・・・新衣装が水着がいいよね・・・
可愛さを上手く表現出来ていれば良かったです
実際のところは改行を多めに入れているのでレスの多さに比べると文字数は少なかったりします
17レスあって1万文字いってないくらいですからねえ
インナー! インナーです!
ローレルにはピンク色の可愛いやつをして欲しいと思ってます
実際書いてみると結構珍しい立ち位置だなあって思いました
タキオン視点だと走り切れなかったカフェといえる経歴なので案外気にかけるのかもしれませんね
長回しの台詞でさらっと流される超技術
カフェはさんざん悩んだ挙句一回だけつけたところを誰かに見られてしまうと思います