- 1二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:30:09
「トーレちゃん、トーレちゃん♪」
「おっと、トランか、どうかした?」
「……自分でやっておいてアレだけど、ノールックでウチだってわかんだね」
突然、背中にずっしりとした重みと、柔らかな感触と、覚えのある匂い。
反射的に名前を口にしてから、俺は後ろから抱き着いて来た相手を見やる。
鹿毛のショートヘア、引き込まれるような真っ赤な瞳、大きい赤縁の眼鏡。
担当ウマ娘のトランセンドは、どこか呆れたような、それでいて少し嬉しそうな顔をしていた。
「まあ、こんなことをするのは君くらいだしね」
「にひひ♪ トレちゃんにこんなベタベタしてくれる美少女は、ウチくらいだもんねー?」
「ホントに、そうだよね」
「……あー、そこはツッコミを入れて欲しかったんだが」
「いや、だって事実だし、君くらいしかベタベタしないのも、君が美少女なのも」
「…………トレちゃん、そういうトコやぞ」
トランは頬を少し赤く染めて、ジトっとこちらを睨むと、身体を離す。
そして、軽快なステップを踏みつつ、俺の前に回り込んだ。
「それはともかくとして、今度の週末って空いてたりする?」
「また急だね……とりあえずは予定は入っていないけれど」
「そかそか、それじゃあさ、ちょっとウチの予定に付き合ってもらっても、良い?」
そう言うと、トランは小さな手帳を取り出して、上目遣いでお願いをしてくる。
……かなり古ぼけメモ帳だ、そもそもトランは、基本スマホで情報を管理していたような。
まあ、何はともあれ、週末はフリーで、彼女のお誘いを断る理由はなかった。
「わかった、構わないよ……ところで、予定ってのは、そのメモ帳絡みなのかな?」
「おっ、わかってんじゃーん、そうだね、これはとある『小さな情報屋さん』から入手したネタなんだ」
「小さな情報屋さん?」 - 2二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:30:25
トランの口から、あまり聞き覚えのないワードが出て来た。
いや、『情報屋さん』という言葉自体は、彼女が良く自称しているから、馴染みがある。
けれどそこに『小さな』と着いたことは、今までなかったような気がした。
俺の様子を見て、トランはにまーっと楽しそうな微笑みを浮かべる。
「……トレちゃん、気になるっしょ?」
「……ああ、気になる、ある程度は当日のお楽しみとして、目的だけでも教えてくれないか?」
「おっけー、今回のウチの目的はね────」
トランは、メモ帳で口元を隠しながら、悪戯っぽく目を細めた。
「────宝探し、だよん♪」 - 3二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:31:00
その週の土曜日、俺達は電車で、とある街へと向かった。
都会というにはビルが少なく、田舎というには建物が多い。
そんな感じの、どこにでもあるような、普通の街といった印象を受けた。
トレセンからもそこまで離れてはおらず、電車で揺られて一時間半、といったところ。
「ふいー、着いた着いた、さて、まずは腹ごしらえだね」
「了解、ちょっとこの辺のお店を調べ────」
「こっちにさ、美味しいお蕎麦屋さんがあるんよ、ほら、トレちゃん行こっ!」
俺がスマホを取り出そうとした時、その手がぎゅっと、掴まれる。
トランの柔い手が、俺の手をしっかりと包み込んでいたのだ。
そして彼女は、そのまま俺の手を引いて、歩みを進めて行く。
この街も彼女の情報網の範囲なのだろうか、それとも、小さな情報屋さんの情報。
……と、思っていたのだが。
「あっ、あれ?」
俺達が辿り着いた場所は、いかにも由緒ありそうな看板のある建物。
看板には蕎麦と書かれており、この場所が彼女の言う美味しい蕎麦屋であることは間違いなさそうだ。
ただ問題があるとすれば、そこにはシャッターが閉まっており、張り紙がしてあることであった。
「……半月ほどお休みします、って書いてあるね」
「あちゃー、ウチとしたことがリサーチ不足だったか、ごめんねトレちゃん」
「いや、俺は構わないけど」
トランはがっくりと肩を落として、申し訳なさそうな顔で謝罪を告げる。
彼女が『リサーチ不足』なんて自体は、滅多にない、珍しいことであった。
やがて彼女はくるりと周囲を見回して、ピンと耳を立てる。
その視線の先には、某有名ファストフード店の看板が立っていた。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:31:20
「おっ、あそこに良いお店あんじゃーん、そこでいーい?」
「いいよ、最近食べてなかったし、丁度良いや」
「おしゃー、それじゃごーごー♪」
トランは再び手を引き、そのお店へと俺を連れて行く。
その時、ちょっとだけ名残惜しそうにお蕎麦屋さんを見つめているのが、妙に印象に残った。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:31:39
「おおっ、新作バーガー、ちょっとゲテモノ感あるけど、悪くないじゃん」
「そうなんだ? 俺もそっちにしておけば良かったかな、いつものも美味しいんけど」
「ほれほれ、トレちゃんも一口どーぞ」
「ありがと……うん、ちょっとクセのある味だけど、イケるね」
「だしょー? ウチへのお返しはナゲットがいいな、バーベキューソースたっぷりつけてね、あーん♪」
「あいよ、ほら」
「あむっ……うんうん、やっぱ久しぶりに食べると美味しいよね」
「あっ、口元、ソース着いちゃってるよ、ほら」
「んっ……えへへ、トレちゃんさーんきゅっ」
そんなわけで、二人でお昼と取った後、その場で作戦タイムとなった。
トランは、例のメモ帳をテーブルの上に広げてみせる。
そこには少したどたどしい文字とイラストが、所狭しと、乱雑に並んでいた。
「……これはまた、なんというか」
「……トレちゃん、正直に言って良いよ」
「なんというか、子どもの落書きみたいというか」
「ふふっ、せいかーい、これさ、実際に子どもが書いたものなんだよん」
「……なるほど」
それならば、色々と合点がいく。
恐らくトランが言っていた『小さな情報屋さん』というのは、情報源が子どもだということなんだろう。
しかしながら、これはどこから、どう読み解けば良いのが判断がつかない。
俺がじっとそれを見つめていると、視界の端から、細い指先が入り込んできた。
「多分こっから見ると思うんだけどさー」
「そうなのか? えっと、『しにまさるあいじょうにつつまれたびじょがゆびさすほうにいけ』かな?」
「そそっ、その意味が良く分からなくてね、師匠に勝る愛ってなんだっけなーって」
「……というか、子どもらしくない文章だね」
「たはは、まあ、そういうお年頃だったんじゃない?」 - 6二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:32:01
そう言って、トランは苦笑を浮かべる。
『師に勝る愛情に包まれた美女が指差す方に行け』、か。
これが暗号だとすれば、妙に浮いている『師に勝る愛情』というのが気になる。
というか、このワード、なんか覚えがあるんだよな……雑学の本かなんかで、見た覚えが。
刹那、頭に電流が走り、思考が一本に繋がる感覚がした。
「……トラン、これ多分、花言葉じゃないか?」
「へ?」
「師匠の師じゃなくて、死ぬの死、『死に勝る愛情』だよ、尚更子どもらしくないけど」
「あっ、あー……なんかそんな気がしてきた、そういう物騒なワードが好きな時期、ありがちだもんねえ」
トランは、何故か恥ずかしそうに頬をかきながら、そう言う。
『死に勝る愛情』は白いミモザの花言葉だったはず、ちょっと怖いな、と記憶の片隅に引っかかっていた。
とはいえ、それがわかったところで、文章の意味全てがわかるわけではないのだが。
「ヨシ、トレちゃん行くよ」
「……えっ? 行くって、どこに?」
「『死に勝る愛情に包まれた美女』がいるところだよん、ウチに心当たりがあるんだ」
ガタっと立ち上がりながら、トランはにやりとした笑みを浮かべた。 - 7二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:32:17
数十分後、トランの案内で俺達はとある公園に辿り着いた。
人もそれなりにいる、大きな公園、その中央には一体のブロンズ像が立っている。
そして、そのブロンズ像は堂々を、どこか遠くを真っ直ぐ指差していた。
────ただし、その周辺には花びら一つ、存在していなかった。
「……まあ、ミモザの時期はもう過ぎてるもんなあ」
「ふむり、この手のメッセージはオールシーズン対応じゃなきゃダメってことだねえ」
「後さ、このブロンズ像、美女じゃなくて、髪の長い男性の像だよね?」
「……この子には女性に見えてたんじゃない? いいじゃん、そんな些細なこと」
トランは何故か不満気に頬を膨らませて、目を逸らした。
とにかく、あのメモ帳通りなら、このブロンズ像の指差す方角へ行けば良いのかな。
その方角を見てから、ぐるりと周囲を見回してみた。
ミモザが見れなかったのは残念だけれど、緑豊かで、広くて、のどかで、良い公園だと思う。
出来れば、ちょっとのんびりしていきたいくらいだ。
「……トレちゃんも、ここ、気に入った?」
ふと、トランは俺の顔を覗き込むように見つめて来た。
少しだけ緊張した様子で、少しだけ不安そうな目つきで、彼女はそう問いかけて来る。
「うん、良い場所だと思う、家の近くにあったら毎日のように通ってたんじゃないかな」
「だよねー、ゾクゾクするものはないけど、ウチもこの場所の良さが、少しわかってきたよ」
トランは遠い目をして、周囲を見回す。
見たことがないもの、ゾクゾクするようなものが大好きなウマ娘。
彼女はとある大きな事件をきっかけに、変わらない日常の大切さを思い知った。
だからこそ、見慣れた風景が、違ったものに見えているのだろう。
……まあ、なんとなく、事の絡繰り見えて来たけど、あえて言葉にはしない。 - 8二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:32:35
「ささっ、トレちゃん、次行こ次、ウチもなんとなく思いだ、わかってきたからさ」
「そっか、情報屋さんの面目躍如だな」
「ここから道なりに進んでいけば、お地蔵様がいるところに着くはず……!」
目を輝かせながら、トランはブロンズ像の指差す方向を見つめて、駆けだしていく。
俺は口元を緩めながら、そんな彼女の背中を追いかけるのであった。
「…………でっかいマンションが出来て、道がなくなってる」
……文字通り、前途多難のようだけれど。 - 9二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:33:15
それから数時間、俺達はメモ帳の内容を元に、あちらこちらへと駆けまわった。
日も落ちかけて、トランはともかく、俺はヘトヘトになった頃。
遂に俺達は、メモ帳の示す終着点へと辿り着いた。
辿り着いたのは、良いのだけれど。
「……お宝はこの場所の土の下、って、ここ思いきり民家なんだけど」
「……散々歩き回らせておいて、結局、最後はコレかよー」
トランは大きなため息をついて、がっくりと項垂れる。
俺達は、とある一軒家の前で立ち尽くしていた。
恐らくは、その『お宝』とやらが埋めた地の上に、家が立ってしまったのだろう。
真下であれば回収は不可能だし、そうじゃないとしても、他人の家の庭を掘るわけにもいかない。
さすがに諦める他ないか、と思い、声をかけようとした、その時だった。
「トレちゃん、ちょっとここで待ってて、話しつけて来るから」
「……えっ、マジで行くのか? それだったら俺も」
「あー、いいっていいって、すぐ終わるから、任せてよん」
手をひらひらと振りながら、トランは、その家の玄関へと向かっていく。
そしてインターホンを押し、扉が開き、当たり前のように家の中へ入っていった。
俺がその光景をぽかんと見つめていると、やがて彼女は、スコップを二本持って出て来る。
「おっまたせー、さあ、これでガンガンディグろうぜい」
「えっ、えっ」
「ほらほら、早くしないと日が暮れちゃうよん、っと」
トランは慣れた足取りで、その家の庭へと突き進んでいく。
俺は頭の中に大量のクエスチョンマークを浮かべながら、彼女の後を追うのであった。 - 10二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:33:57
「……穴掘りって、腰に来るな」
「えっと、トレちゃん無理しなくても良いよ?」
「いや、ここまで来たら最後まで付き合わせてよ、多分、そこまで深くは埋めてないんだろ?」
「…………あはっ、やっぱもうバレてる?」
「さすがにね、あそこまでヒントを出されてたら、『小さな情報屋さん』が誰かくらいはわかるよ」
「ダヨネー……おっ」
その時、トランのスコップからガキンという音が響いた。
二人で顔を見合わせて、その音が鳴った周辺を掘り進めて行く。
そこには、錆び付いた、色々と物が入りそうな大きい缶が埋まっていた。
「うわっ、懐かしー、これおもちゃの缶詰じゃん……結構レアなのに、勿体ないことしたな」
「勿体ないなんてことないでしょ、少なくとも、これが当時のトランの『宝箱』だったんだから」
「えへへ、それは、そうなんだけどさ」
────『小さな情報屋さん』の正体。
それは、小さい頃の、トランセンド本人のことであった。
暗号の内容を本人が思い出せないくらい、昔のことだったようだけれど。
古いお店を知っていたり、周辺の地理に詳しかったりしたのは、この街が彼女の地元だから。
トランは、その場に腰を下ろすと、缶を開けようとする。
俺もその隣に座って、その姿を眺めることにした。
「よっと、おおっ、中身は思ったよりもきれいじゃん」
「……お菓子とか入ってるんだけど」
「おっ、これ、ウチ好きだったんだよねー、知ってる? 中の粉と水を混ぜると、どんどん膨らむんだよん」
「なにそれすごい……まあ、さすがにもう食べれないだろうけど」
「だね、こういうさー、面白いお菓子、大好きだったんだあ、あっ! パチモンくさい良くわからない小型育成ゲームもあるー!」
「……君って昔からサザエさんよりサザエボンのグッズ欲しがるタイプだったんだな」 - 11二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:34:37
トランは嬉しそうな笑みを浮かべながら、缶の中身を漁っていく。
その顔を見ているだけで、今日一日の疲労が取れていくようだった。
しばらくの間、俺はトランの宝物を紹介してもらって、缶の中身が空っぽになった頃。
気が付けば、周囲にはすっかり夜の帳が降りてしまっていた。
おっと、そろそろ帰らないと、トランが門限に間に合わなくなってしまうな。
「トラン、名残惜しい気持ちはわかるけど、そろそろ帰ろうか?」
「ん? 何言ってるのトレちゃん、明日も予定は空いているんだよね?」
「……ああ、まあ週末は空けておいて欲しいと言われたから、空いてはいるけど」
「それに、そんな土塗れの服で電車に乗るのは、止めておいた方が良いとウチは思うんだが」
「うっ」
トランの言葉に、俺は自身の姿を見やる。
慣れない穴掘りなんかしたものだから、服はひどいことになっていた。
洗濯すればどうとでもなりそうだけれど、この場ではどうしようもない。
それは彼女の同様であったが、さりとて、門限を破らせるわけにもいかなかった。
いっそお金はかかるがタクシーでも呼ぶか? いや、この状態じゃタクシーも厳しいか────。
「だからさ、ウチに泊っていきなよ、トレちゃん」
「は?」
「というか、最初からそのつもりで外泊届も出して来たし」
「……は?」
「ほら、この間、ウチ帰省してたじゃん? ああ、このメモ帳もその時に見つけたんだよん」
「…………は?」
「そん時にトレちゃんの話になってさ、とーさんもかーさんも、一度連れて来いってうるさくてねー?」 - 12二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:34:55
俺は、頭が真っ白になっていた。
いや、まあ、冷静に考えてみれば、思い当たるフシはある。
赤の他人がいきなりやって来て、庭に穴を掘らせるどころか、スコップすら貸し出す家庭などあるわけがない。
となれば前提が逆であり、やって来た相手が、そのそも赤の他人ではないと考えるのが妥当なわけで。
俺は腹の中から、震える声をなんとか絞り出して、縋るように、トランへと問いかけた。
「……あの、トラン、この家ってさ」
「ここ? ここはね──」
するとトランは、にんまりとした悪戯っぽい笑みを浮かべて、言い放つのであった。
「ウチの実家だよん、てへり♪」 - 13二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:35:14
お わ り
とあるスレでテーマを頂いたSSです - 14二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 02:37:34
おつ、良かったよ テーマ的にはお出かけイベントの意趣返しかな?
文章的に二人の声が聞こえてくるような感じだったのとトランセンドが可愛く描かれてたから俺はとても好きだった ありがとう - 15124/05/15(水) 06:54:49
- 16二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 07:01:32
師(トレちゃん)に勝る愛情に包まれた美女(トラン)が指差す方に行った結果、無事にトランにとっての宝を手中に収めることができたんだね…
- 17二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 11:25:46
なんとも贅沢なタイムカプセル!ここに二人の宝物が加わっていくと良いですね
- 18二次元好きの匿名さん24/05/15(水) 17:23:58
乙でした
トランがちっちゃい頃から情報屋やってるの好き
トランでも小さい頃は抜けがあったりひらがなだったり物騒な言葉を敢えて使って恥ずくなるのも可愛いねぇ
タイムカプセル…エモいな
2人だから日常でワクワクを感じれて楽しいってのもいい…
ミモザの描写も入れてくれたの嬉しい
ありがとう - 19124/05/15(水) 22:09:39