【SS注意】し〇〇せのレシピ

  • 1二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:29:44

    『いそいで きて ちゃうりしつ』

    早朝のトレセン学園。郷里からの電報みたいなLANEを受け取って、私は校舎の調理室に急いでいた。

    学園では、栄養管理を自分でしたい、学食の開いていない早朝深夜のトレーニング用の食事を用意したいといったニーズに応えて、生徒が自由に使える調理室がある。
    ここからの緊急の呼び出しということは、事故か、事件か、はたまた──。



    「何これ、殺人現場?」
    「貴女、あんがい意地悪なのね…」
    部屋に入った私が見たものは、飛び散った食べ物と思しき残骸と、その中心で憮然とした表情をしたジェンティルドンナだった。

  • 2二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:30:48

    「意地悪もなにも、見たままを言っただけなのですけど……」
    部屋の壁どころか天井に赤黒いものが点々と飛び散り、魚やら肉やらの細切れがまな板のあたりを中心に無惨な姿を晒している。
    卵だろうか、半透明や黄色の液体が床に垂れ流されていて、そのままチョークで線を引いたら被害者の姿でも浮かび上がってくるんじゃなかろうか。
    なんなら出刃包丁を持って立ちつくした貴婦人が犯人としか思えない。

    「それで、いったい私に何のご用でしょう?掃除の手伝いならご免こうむりますわ」
    からかうつもりで言ったのだが、ジェンティルは至って真面目な様子で切り出した。
    「その、……お弁当作りを、手伝ってほしいの」
    「お弁当?ああ、どこか日帰りで遠征でも?」
    「そうではなくて、その、私の、トレーナーに、よ……」
    「えっ」


    「ええええっ!?」
    思ったより大きな声が出て、おもわず口を抑えた。

    「失礼ね。何よその反応は」
    「いや、だって……」
    ジト目でこちらを睨んでくるジェンティルドンナには申し訳ないが、およそ彼女はそうした行為とは無縁に見える。
    「そんなことをするくらいなら、トレーニングの一つでもと思うのが貴女ではないのかしら?」
    「そうね。私も最初はそう思っていたわ。けれど…」

  • 3二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:32:18

    訥々と語りだすジェンティルドンナ。彼女のトレーナーなら、何度も見かけたことがある。闘争心旺盛な彼女の指導者とは思えないほど、柔和な雰囲気の人だ。

    けれどやはりこの貴婦人の相棒にふさわしく、ティアラ路線からはみ出して挑戦を続ける彼女のレースプランを練るために、連日連夜働き詰めなのだそうだ。

    「殊に最近はろくに物を召し上がっていないみたいで…」
    「ふうん、それで労ってあげたいと?でも、どうして私に?」
    たとえ力不足かもしれなくても、ライバルを自認する私に頼み事など、尋常ではあるまい。

    「貴女しか頼る人がいなかったのよ」
    「まさか。いくらでもいるでしょう。他の同期とか……」
    言いかけて口をつぐむ。ゴールドシップ、あの白いのは論外だ。良くて焼きそば屋台、悪くすると遠洋漁業に連れて行かれるのがオチだ。私の同室のタルマエも……なんかハスカップとかホッキとかクセの強い地元食材を使わせそうね。

    「そもそも、私に物を教えられる方はそう多くないの」
    困ったような顔でジェンティルが続ける。たしかに、多くのウマ娘が取り巻きをしているとはいえ、彼女たちはジェンティルドンナに憧れこそすれ、上から指導するのは気が引けるに違いない。

    「それに、貴女はずいぶん妹たちの面倒を見てあげていると聞いたわ」
    そう言われて脳裏に浮かぶのはシュヴァルグランとヴィブロス。大切な妹たち。ついつい世話を焼きすぎてしまう大事な二人。

    「頼めない、かしら?」
    いつも自信満々な赤い瞳が、不安に揺れている。はぁ、と一つため息をついて、その目をまっすぐ見て答えた。
    「仕方ありません。たっての頼みとあれば、引き受けましょう」

  • 4二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:33:51

    「ところで、どんな献立のつもりでしたの?」
    ドンナだけに。

    そう聞くと、彼女は得意げに指を折りはじめた。
    「まず、そら豆の冷製ポタージュ」
    「うん?」
    「松坂牛のビーフシチューのパイ包み」
    「は?」
    「鮮魚のカルパッチョにカラスミとキャビアを…」
    「ちょっ」
    「岩魚をオリーブオイルでコンフィして、その上に刻んだ白トリュフを…」
    「ストップ!ストップ!貴女ね、フルコースと勘違いしていないかしら?」
    「あら?いけない?」
    「いけないどころか、作れないわよ!だいたい、それをどうやってお弁当に詰め込むのよ…」
    「あら、そういうものですの」
    「一応聞いとくけど、貴女、料理の経験は?」
    「もちろん、ハウスメイドに全部やってもらっていましたわ!」
    「ハァ……」
    ため息しか出ない。そうだった。この貴婦人も相当なお嬢様育ちだった。

    「それで、どこから手をつけますの?」
    「まずはメニューの見直しからよ。あとその出刃包丁置きなさい危ないから」

  • 5二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:35:34

    ─────⏰─────

    「はい、というわけで、このメニューでいきます。いいですね?」
    「うーん、地味じゃないかしら」
    「いいですね?」
    渋るジェンティルドンナをなだめすかして承諾させたのは定番のお弁当。
    定番ということは誰が作っても失敗しないということでもあり、慣れた者ならば1時間もかかるまいと思われた。

    ところが、私たちの悪戦苦闘ぶりは想定以上であった。

    「じゃがいもを…潰す?こうかしら」
    「なんで生芋を素手で潰すのよ!茹でてからッ!」
    「プチトマトって、プチッと潰れるからプチトマトと言うんですのね」
    「プチサイズのトマトだからよ!だから潰さないで!」
    「おにぎりができましたわ。お釜の半分も使ってしまいましたけど」
    「どんな圧縮率よッ!貴女、さっきから潰せばなんとかなると思ってない!?」

  • 6二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:37:46

    とりわけ苦戦したのは卵焼きである。ジェンティルドンナが甘い卵焼きにこだわったためだ。砂糖を入れるだけ焦げやすくなる。砂糖控えめにするか、出来合いの惣菜だっていいじゃないかと言ったのだが、彼女は譲ろうとしなかったのである。

    「やっぱり、うまくいかないわ…」
    何度か卵焼き器にチャレンジしたジェンティルドンナがしょんぼりと耳を垂れている。珍しい光景もあるものだなと思いつつ、尋ねてみた。

    「どうしてそんなにこだわるの?」
    「あの人、甘い卵焼きがお好きなんですって。ご実家の味つけが懐かしいと仰っていたわ」
    「へぇ?」
    「ご実家も遠いそうで、滅多に帰れないと…だから、少しでも近いものができないかな、と…」
    ずるい。そんな乙女みたいな顔を見せられたら、協力しないわけにいかないじゃない。

    もう一度、とフライパンで油を熱する彼女のおぼつかない手に、自分の手のひらを重ねさせる。
    「そんなおっかなびっくりしなくても大丈夫よ。強火のままで短時間温めて、余熱で火が通るまで待つの」
    「え、ええ……」
    「巻くときもきれいにしようとしなくていいわ。重ねれば多少焦げたところも目立たないし」
    「ん…わかったわ」
    「それと、食べてくれる人のことを思い浮かべて。そうしたら自ずと美味しくなります」
    「食べてくれる人……」
    頬を軽く赤く染めて、慣れない手つきで菜箸を操るジェンティルに声をかける。
    「美味しい卵焼きを食べてもらいたいのでしょう?そう思って、優しく、ね?」
    そう言い聞かせると、ふっと余計な力が抜けたようだった。やがて、表情を輝かせてこちらを向いたジェンティルの手元では、綺麗な黄色の卵焼きが巻けていた。

  • 7二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:38:48

    ─────⏰─────

    「ぜーっ、ぜーっ……」 
    「や、やっと、できましたわね……」
    一連のメニューを作り終わった頃にはもう日が暮れていて、私もジェンティルドンナも、レースの後かってくらい疲れていた。

    おにぎりに卵焼き、焼鮭とウインナーにきんぴらにポテトサラダ。レタスやプチトマトで彩りを添えてある。おにぎりや卵焼きはちょっとばかり型崩れしているし、きんぴらの幅が不ぞろいだけれど、はじめてにしては上出来じゃないだろうか。

    そう思ったのだが、当の本人は浮かない顔をしている。
    「ねぇ、こんな…地味なお弁当で本当に大丈夫かしら…?」
    「貴女ねぇ、まだそんなことを言うわけ?」
    「だって、茶色いし…、そうだわ、今からでもキャビアを入れたほうが…」
    「おだまんなさい」
    ぴしゃりと言い放つと、ジェンティルは耳をへにょっとさせて黙ってしまった。
    目の前の貴婦人がただの小さな女の子みたいに見えて、思わず少し背伸びしてその頭に手を伸ばして、軽く撫でてやる。

  • 8二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:40:50

    「大丈夫。ちゃんとできてるわ」
    「でも、不格好だし、好みの味かもわからないし…」
    「あら。貴女のトレーナーさんは少しくらい崩れたお弁当に文句を言うほど、無神経で冷たい人なのかしら?」
    「それは……」
    「もしそんなことを言う人なら連れていらっしゃい。貴女がどれだけトレーナーさんのことを想いながら作ったか教えて差し上げます」
    強めに彼女の頭を撫でると、ややあって顔を上げたジェンティルの表情は明るかった。

    「……私としたことが、弱気になっていたみたい。ええ、この私の手ずからの差し入れですもの。喜ばないはずがないわ」
    「はいはい。喜んでもらえたらちゃんとヴィルシーナさんのおかげですって伝えてくださいね」
    もう大丈夫だろう。花柄のクロスに包んだお弁当箱を宝物みたいに大事に両手で持って部屋を出ていくジェンティルを見送ることにした。

    「では、行ってまいります」
    「ええ、気をつけて。絶対お弁当握りしめたらダメよ」
    部屋の出口でジェンティルがこちらに振り返って、驚くことに深々と頭を下げた。あの傲岸不遜な貴婦人が!

    「……えっと、ありがとう。貴女のおかげで、その…助かったわ」
    あっけに取られているうちに、恋する女の子みたいに小走りで駆けていってしまった。
    何よ、可愛いところもあるじゃない。ちょっとばかり彼女への見方が変わった気がした。

    「食べてくれる人のことを考える…か」
    二人の妹たちのことを思う。そうだ、こんどシュヴァルやヴィブロスにお弁当を作ってあげよう。きっと喜んでくれるわよね。

  • 9二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:43:15

    ─────⏰─────

    翌日、オフの土曜日。前日夜までジェンティルドンナの弁当作りに付き合って、泥のように眠り込んでいた私は同室のウマ娘に揺り起こされた。
    「シーナ、シーナってば!」
    「んぅ…なに…?…まだ朝の7時なんだけど」
    スマホを見て少し不満げな声で応じると、苫小牧を背負ったロコドルが訝しげな、なんともいえない表情で私を見下ろしていた。

    「それが…シーナに用があるって子がいっぱい来てて…」
    「私に?用?」
    タルマエに急かされるまま顔を洗って髪だけ整えて部屋のドアを開けると、そこには何十人ものウマ娘が集まっている。中にはGⅠレースでもよく見かける強豪たちもおり、彼女たちは私を見るなり、勢いよく詰め寄ってきた。

    「ジェンティルさんに伺いましたわ!私もキングさんにお弁当を作って差し上げたいのですが!いつも食材ごとまな板をぶった切ってしまうんです!なので!」
    「あのぅ…オペラオーさんが気絶しないお弁当を作りたくてぇ…でも私が作るとキッチンが大爆発してなくなってしまってぇ…それでジェンティルさんに聞きましてぇ…」
    「なにを隠そう家庭科の先生から『単位はあげるから何もしないで』とお願いされましたが!やはり手を動かしてバクシンしてこその委員長!ジェンティルさん曰くヴィルシーナさんなら万事解決とのことでッ!!」

    「ちょ、ちょっ、これはいったい……」
    這々の体で、顔見知りのスプリント路線のウマスタグラマーを見つけて聞いてみる。
    「あのね、ジェンティルさんが、シーナさんはすごく頼りになるって教えてくれたんです♪」
    ほら、と見せられたスマホの画面には、ウマスタの投稿が載っていた。紛れもなく昨日作り上げたお弁当の写真。

  • 10二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:44:27

    ==========
    @donna_donna_donna
    『トレーナーさんにお弁当を作って差し上げたら、とても喜んでくれましたわ。ヴィルシーナさんが手伝ってくれたおかげです。お悩みの方は、栗東寮〇〇号室のヴィルシーナさんまで相談するといいわ』

    ウマいね!564万回
    ==========

    どれだけ出回ったのよ!?それにご丁寧に私の名前と部屋番号まで!

    「あ、カレンもシェアしときました☆」
    「んな、な…」
    「それでね、カレンも、お兄ちゃんにカワイイお弁当を作ってあげたいんだけど、いっつもお兄ちゃんが逃げちゃうんです☆だからぁ……」
    「「「「手伝ってください!!!」」」」

    そのハモりを聞いた途端、私は天井を見上げて叫んでいた。
    「誰がそこまでしろと言ったのよあの貴婦人!」

  • 11二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:45:40

    しあわせの/しわよせのレシピ
    おわり

    ヴィルシーナさん今度も来なかったね残念記念

  • 12二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:47:08

    乙でした、大変良きものでした。

    感情に合わせてコロコロと表情を変えるジェンティルドンナがいちいち可愛くて良かった。

  • 13二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:47:26
  • 14二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:50:23

    応援スレに推薦しておいた

  • 15二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:50:27

    素晴らしい…けどタルマエはシーナの事はヴィルシーナさん呼びでっせ!

  • 16二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 22:55:13

    やだジェン子かわいい…シーナお姉ちゃん…

  • 17二次元好きの匿名さん24/05/19(日) 23:11:17

    一応トレウマ注意とか書いた方が読みたい人も探しやすいと思う

  • 18二次元好きの匿名さん24/05/20(月) 11:10:06

    >>12

    コメントありがとうございます!

    貴婦人とはいえ学生なので、仲間とわちゃわちゃしててほしい欲があります

  • 19二次元好きの匿名さん24/05/20(月) 22:59:09

    >>14

    推薦ありがとうございます!



    >>15

    コメントありがとうございます!

    (呼称に関しては)あーっ!下手こいたーーーーー!!!(例のBGM)

  • 20二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 03:42:05

    このレスは削除されています

  • 21二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 03:44:14

    芋を生で潰しちゃったりプチトマトをプチっとしちゃったりするジェンティルが卵焼きをおっかなびっくり作るのが凄く凄く良かった
    良いもの読ませてもらった
    ありがとう

  • 22二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 13:01:57

    乙女ドンナきゃわ…

  • 23二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 20:11:59

    このレスは削除されています

  • 24二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 20:15:21

    >>16

    コメントありがとうございます!シーナさんには姉力(ぢから)を存分に発揮してもらいたいです


    >>17

    コメントありがとうございます。トレウマメインじゃないしいいかなと思ったけど、次気をつけますね


    >>21

    コメントありがとうございます!ポンコツだっていいじゃない、貴婦人だもの


    >>22

    コメントありがとうございます。どんな顔してトレーナーにお弁当差し出したんでしょうね?(ドンナだけに)

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