- 1二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:51:04
「トレーナーさん、こちらを受け取っていただいても良いでしょうか?」
放課後の、トレーナー室。
目の前では一人の、制服姿のウマ娘が、柔らかく微笑んでいた。
二つに結ばれた鹿毛の長い髪、前髪のふんわりとした大きな流星、右耳には赤いリボン。
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、俺に向けて、飾り気のない、大きな紙袋を差し出してくる。
しかし、贈り物をされる理由が思いつかない俺は、困惑し、首を傾げる他なかった。
「えっと、ゼファー? これはいったい?」
「これまで、トレーナーさんからはたくさんの恵風をいただき、私を芽吹かせてもらいました」」
「それは、まあ、担当トレーナーとしての役割だから」
「……ふふっ、あなたは契約する前から、暖かな帆風を送ってくれてましたけどね?」
「……むう」
これは一本取られた、と閉口するしかない。
ゼファーは目を細めて、くすくすと楽しそうに笑いながら、言葉を続ける。
「ですからこれは、今までの感謝を込めた私からの便風、これだけじゃ、全然伝えきれませんけど」
「……いや、十二分に伝わっているよ、ありがとうゼファー、受け取らせてもらうね」
真っ直ぐな想いと言葉に、心がじんと温かくなり、目頭が少し熱くなる。
トレーナー冥利に尽きるなあ、と思いながら、俺はゼファーから紙袋を受け取った。
手に持ってみると、そこまで重くはない。
ただ、中身はそれなりに嵩張るもののようで、ちょっとした小物というわけではなさそうだ。
妙に好奇心をそそられてしまい、思わず俺は、彼女に聞いてしまった。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:51:21
「ゼファー、これ、中身見ても良いかな?」
「ええ、もちろん、トレーナーさんの気のまま、風来にどうぞ」
本人からの許可を得て、俺は少し緊張しながらも、袋から中身を取り出した。
出て来たのは、一式の服。
薄手でふんわりとしたベージュのコート。
清らかで清楚な印象を受ける白いシャツと、可愛らしい大きなリボン。
動きやすさを重視しているような、紺のショートパンツ。
────それは、ゼファーがお出かけの時に良く着ている、お気に入りの私服一式であった。
「……えっ?」
予想外過ぎる贈り物に、俺は思わず二度見をしてしまう。
しかし、手の中にあるものが変わるわけもなく、ゼファーの私服のままであった。
ちらりと、目の前の彼女を見やるが、にこにこと、何かを期待するような笑顔を向けている。
……これは、どういう意図なんだろうか、俺が着るのかコレ、絶対入るわけないんだけど。
しばらく思い悩んで、俺は意を決して、彼女へと問いかける。
それは奇しくも、最初の問いかけの、同じ内容であった。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:51:42
「えっと、ゼファー? これはいったい?」
「お気に入りの服の、新風です、お母さまから貰ったブローチは同じものを用意できなくて」
ゼファーは、少しだけ申し訳なさそうに、そう言った。
なるほど、確かに使い古された感じはなく、全体的に真新しさが────いや、そこはどうでも良い。
問題は、何故彼女の私服を、俺にプレゼントする必要があったのか、である。
しかしその答えは、考えても考えても、まるで浮かんでこない。
俺が窮していると、突然、ゼファーは前屈みになって、下から覗き込むように見つめて来た。
その顔は上目遣いで、ちょっとだけ悪戯っぽい笑みが、浮かんでいる。
「先日、一緒に木の下風となっていた時、トレーナーさんがお話してくれました?」
「なんか、言ったかな?」
「私が着替えている姿を見ていると、好風を感じると」
「言ってないよねそんなこと!?」
「あら? ふふっ、そうだったでしょうか?」
爆弾発言に慌てて訂正を入れると、ゼファーはとぼけた顔をしてみせる。
大変な誤解を招きそうな危険な発言なので、正直勘弁してほしい。
しかし、まあ、以前のお出かけの時、自分が何を言ったかは思い出した。
確か、そう。 - 4二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:52:09
「色んな服に着替えているゼファーを見ているのが好き、だよね、正確には」
「はい、そうでしたね……ふふっ、トレーナーさんがあまりに、おぼせな顔で言うものですから」
私も見せたくなっちゃいました、とゼファーははにかんだ笑顔で言った。
つまるところ、いつでもこの服を着てあげますよ、という意思表示に近いものなのだろう。
……さすがに学園内で私服はどうかとも思うが、たづなさんの目の前で水着姿で突っ立っている子もいるし、大丈夫だろう。
「それじゃあ君が着たくなった時、いや、俺が着てもらいたくなった時に備えて、ここで預かっておくね?」
「ええ、いつでも風招きをしてくださいね?」
そして、俺はトレーナー室のクローゼットを開ける。
ゼファーと契約してしばらくしてから購入したもので、彼女の着替えなどを置いておくのに重宝していた。
そこには、体操服やジャージ、勝負服やライブ衣装、浴衣やドロワで使ったドレスなど、色んな衣装が揃っている。
それはさながら、俺と彼女との思い出を、並べているようであった。
俺は彼女の私服を仕舞いながら、呟く。
「ここに置いてある服も、いっぱいになって来たね」
「買ったばかりの頃は、大風が過ぎると思いましたが」
ゼファーは軽やかな足取りで横に立ち、共にクローゼットの中を眺めた。
大は小を兼ねると考えて、大きめなものを買ったつもりだったが、後、入れられて数着といったところ。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:52:27
「これからも増えると思うし、保管場所を考えないとね」
「……トレーナーさんは」
ぽそりと、ゼファーは小さな声で呟くと、一歩、後ろに向けてステップした。
俺は反射的に、そんな彼女の姿を目で追ってしまう。
「私が新風を身に纏うとしたら、どのような裾風を、袖の羽風を感じてみたいですか?」
ゼファーはそれを見越したかのように得意げな笑みを浮かべる。
そして、踊るようにくるりとターンをしてみせた。
制服のスカートがひらりと舞い上がり、彼女の長い髪がふわりとたなびく。
「例えば、テイオーさんのように、雁渡でありながら、青嵐を感じさせる衣装」
駿大祭の神事芸能にて、トウカイテイオーが着ていた衣装を思い出す。
元気で利発な彼女の、また違う一面を見せた、和のテイストの強い衣装。
ゼファーの勝負服はドレスだから、和服などを着たら、また違う魅力が見えるんだろうなと思う。
「フラワーさんが着ていたような、花信風で、白南風な衣装も、少し憧れてしまいますね」
ニシノフラワーの、白とピンクを基調としたウェディングドレスのような衣装。
気ままで、飄々としたゼファーもそこはやはり女の子、そういう服には憧れがあるようだ。
……彼女が本当の意味でそれを着る日が来たら、俺も感極まって泣いちゃうかもしれない。
「ちょっとだけ勇気を出して、色風めいた水着なんかで、潮風を浴びるのはどうでしょう」
海辺で、楽しそうに海風を浴びるゼファーの姿の夢想する。
もちろん夏合宿などで海には何度も行っているが、そういう水着姿は見ていない。
彼女は幼い顔立ちの割に、身体つきが、その、あからしま、なので、目のやり場に困ってしまいそうだ。 - 6二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:52:43
「トレーナーさんは、私にどんな異風を、纏わせたいと思っていますか?」
そう言ってゼファーは、どこか挑発的な表情で、そう問いかけたて来た。
ただ、その表情はあまりにも彼女には似合わず、小さな子が背伸びをしているようで、少し微笑ましい。
俺は彼女からの質問に、しばらく思考を巡らせて、そして答えた。
「……うーん、全部かな」
「……えっ?」
「色んな服を着たゼファー、全部見てみたいなって思ってさ」
お正月に合わせた着物も、異世界風のコスチュームも、儀礼的な和装も、応援団のユニフォームも。
花嫁姿も、水着姿も、サンタ服も、仮装も、ドレスも、スーツも。
色んなゼファーが見てみたいな、と正直に、思ってしまった。
そんな俺の答えを聞いて、彼女はぽかんとした表情を浮かべた後、肩を震わせて、嬉しそうに顔を緩ませた。
「ふっ、ふふっ……! トレーナーさんってば、欲張りの、しましまさんみたいです?」
「そうかもね、でも君なら何を着ても絶対似合うし、可愛くなると思うから、やっぱり見たいんだよね」
「……っ、そう、ですか、それは、その、嬉しい、んですけど」
ゼファーは突然、頬を少し赤らめて、視線を逸らしてしまった。
そしてもじもじと指を揉み、耳をぴこぴこと動かして、尻尾をぱたぱたとはためかせる。
やがて、彼女は困ったような表情で、ちらりとこちらへと視線を戻した。
「きっと、いつかは、あなたに、全部、お見せしますので────」
そして、ゼファーは言葉を紡いでいく。
期待するように瞳を輝かせながら、吹き抜ける風のように爽やかな笑顔で、とっておきをぶつけるように。
「────末永く、私と風になってくださいね、トレーナーさん」 - 7二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:53:01
お わ り
私服実装記念ということでひとつ - 8二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:54:12
エミュ難しいのによくやるわ
乙 - 9二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:58:16
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- 10二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:59:28
婆さんや、ゼファーの新衣装はまだかのぅ
テイオーと一緒に来ると思ってたんだけどねぇ - 11二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 00:59:32
ちゃんと私服のブローチが母親からもらった物だと知っておられる
新しい衣装を来る時はどんな衣装なのか
きっといつかは見れるかな
その時がとても楽しみ - 12二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 01:09:58
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- 13二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 01:41:10
- 14二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 01:47:18
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 01:53:06
- 16124/05/21(火) 06:53:50
- 17二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 07:04:05
あなたは変わらず素晴らしいSSをお書きになる…
ただゼファーエミュはめちゃくちゃ難しいと思いますよ気軽になんてできん - 18二次元好きの匿名さん24/05/21(火) 14:28:00
ゼファーの私服いいよね…
- 19124/05/21(火) 22:06:29