- 1二次元好きの匿名さん24/05/26(日) 22:32:23
この一週間、いつもに増してゲヘナの治安は荒れに荒れていた。
日中はテロリストたちの鎮圧を行い、その足でシャーレまで行って先生の当番。空が白んだ頃にゲヘナに帰って、そのまま鎮圧に向かうハードワークは流石に身体に堪えるものがあった。
かと言って先生との時間を減らすつもりは毛頭ないし、何なら私より先生の方が今すぐにでも死んでしまいそうなほど顔色が悪くなっていく。
まるで自殺の決行中とでもいうぐらいに、自分の全てを投げ打って先生としての責務を果たそうとする。
だから私は少しでも早く先生の仕事を手伝って休ませてあげないといけない。
このままでは本当に死んでしまうかもしれないから……。
そうして今晩もまた、先生のいるシャーレへと足を運んだ。 - 2二次元好きの匿名さん24/05/26(日) 23:08:26
「先生、大丈夫?」
「あぁ、……うん。大丈夫だよ」
先生の目はどこか虚ろで、ただ身体だけが機械にでもなってしまったかのように坦々を仕事をこなしていた。大人の男の人以前に普通の人がしちゃいけない顔をしていて、どう考えても大丈夫なわけがない。
それに「大丈夫?」なんて声をかけて起きながら、実際のところ私も全然大丈夫では無い。
全身に回る疲労感で頭が上手く働いていないことは自覚している。私でさえそうなのだから、きっと先生はもっと酷い状態なのだろう。
そのことを知った上でひとり眠るだなんて、きっと罪悪感で寝付きは酷いものになる。相変わらず面倒な性分だ。
ふと視線をずらすと、応接用のソファにはタオルケットと大量のエナジードリンクが散乱していた。その横に積まれているのは終わった仕事だろうか。
「先生、これって終わった書類?」
「…………ん? あぁ、ごめんね。その辺りのは終わっているからファイリングをお願いできるかな?」
「うん、任せて」
そうして書類の山の一番上に手を伸ばす。一枚目はゲヘナに対する連邦助成金の覚書だった。 - 3二次元好きの匿名さん24/05/26(日) 23:29:23
カチリ、カチリ――
カタカタッ、カタッ――
時計の針とキーボードの打鍵音に紛れて紙をめくる音だけが続く夜半過ぎ。
その間、私たちは一言も喋らず黙々と仕事をしていた。というより、もう喋るだけの気力もなかったというのが正しいだろう。
意識が朦朧としている。
それでも辛うじて目の前のナンバリングにだけ集中して手を動かしていれば作業自体に支障は無い。
そんな中、ふと身体のむず痒さが意識の中に滑り込んできた。
「(そういえば、最後にシャワー浴びたのいつだっけ……)」
昨日は少し仮眠を取っただけだったし、一昨日も確か浴びてない。
ぼんやりとそんなことを考えながら最後のファイルを閉じて立ち上がり、棚に戻す。
そういえばシャーレにはシャワー室の他に浴槽付きのお風呂があったな、なんてことをふと思い出した。
その時だった。先生から数時間ぶりの声が聞こえたのは。
「お風呂……」
「お風呂……?」 - 4二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:12:17
そういえば先生も入れていなかったのだろうか。きっとそうなのだろう。
なにせあれだけ仕事が積まれていたのだ。ここまで減ったこと自体奇跡のようなものなのだから。
「お風呂……入って来るね」
「ああ、うん」
のそりと立ち上がる先生を見て私も作業に戻ろうとして、そうだ。さっきのファイルで一旦片付いてしまったのだ。
先生から指示をもらわないと手持ち無沙汰になってしまう。あと私も身体を洗いたい。――そうだ。
「先生。私も入りたい……」
「……うん。じゃあ一緒に入ろうか……」
「うん」
朦朧とした意識の中、のそのそと歩く先生に付いて行くように、私も羽根を引きずりながらふらふらと歩いて行く。
時刻は午前2時を回っていた。 - 5二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:15:59
脱衣所でふたり、無言で服を脱いで浴室へ。
中はいわゆるストレートタイプのユニットバスで、確か先生がレッドウィンターの温泉郷に行った帰りに連邦生徒会を通して何とか設えたものらしい。何でもミレニアムのエンジニア部も協力しているとのことで、ボタンを押せば10分でお湯が溜まる優れものだという。ゲヘナじゃ個人向けの浴槽があまり無いからピンと来ないけれど、きっと凄いものなのだろう。
「先座って良いよ。髪洗ってあげるから」
「うん」
言われるがままにバスチェアに腰かけると、自動焚きボタンが押された音とシャワーから流れる水の音が聞こえた。
「熱かったら言ってね」と先生は言っていたけれど、丁度良い――というより普通の温度だ。問題ない。
「少しだけ上向いて」
目を瞑ったまま上を向くと指先が髪の毛に触れる。お湯でほぐすように揉まれていったあと、シャコシャコと頭を人に洗われる感触が妙に心地よくて、思わず溜め息が出た。
ブラシで角を磨かれてから改めてシャンプー、コンディショナーと続いて、最後は頭にタオルをくるりと巻かれる。
「顔洗っちゃって。背中洗ってあげるから」
そう言われて顔を洗い終えると、私に泡のついたボディブラシを手渡して残りも洗ってしまうように言った。 - 6二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:16:32
「さ、湯冷めしないように入っちゃって」
「うん」
ぼうっと、ただぼんやりと湯船に浸かると日ごろの疲れが身体から抜け出ていくようで心地よかった。
ちらりと横目に身体を洗う先生を見る。筋肉質とは言えないけれど、やっぱり男の人だ。腕や脇腹にうっすらと見える筋肉――と、一瞬、違和感を覚える。なにかおかしい気がする。
「ちょっと詰めて」
「え、あ……うん」
うぞうぞと背中をまるめて浴槽のスペースを空けると先生がおじさんみたいな声を出しながら湯船に浸かった。
ざばりと浴槽のお湯が零れ出して泡の残る床面を洗い流す。
違和感。そう違和感だ。疲労で薄ぼんやりとした思考が少しずつ明白になっていく。
私を軽く抱きしめるように回された腕をさすりながら、考えて、考えて……ああ、そういえばと思ったことがいつの間にか口から漏れていた。
「あれ……。なんで私、先生と一緒にお風呂入ってるんだろう……」
…………。
……。
ッ!
「なんで私先生と一緒にお風呂入ってるの――!?」 - 7二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:17:13
思わず立ち上がろうとして、いやいや私思いっきり裸……!!
待って、なんで? なんで!?
はくはくと口を動かそうにも息しか出てくれず、先生と密着している(しかも全裸で!)この状況で一体どんな行動が正解かなんて思い至るはずもなく、そもそもなんかさっきからお尻のあたりに何か当たってる気がする――
アレ、なのだろうか。
BDで学んだアレがいまここにあるのだろうか……。まだ手だって繋いだことないのに。何もかも通り越してこんな、こんな――!
これまでの人生でただ一度もないこの状況にもはや私の頭は上手く働いてくれない。
いや、そもそも、私だって今の今までこの状況がおかしいと思っていなかったのだ。私以上に疲労困憊している先生がそれに気づいているはずがない。というよりも、気が付くぐらいの意識があったのなら絶対に一緒に入るなんてなかっただろう。これでも先生だ。その一線だけは絶対に越えない。イオリの足舐めてたのはイオリが悪いし私の臭いを事あるごとに嗅ごうとするのはよく分からないし分かりたく無いけど流石に混浴だけは絶対にしない!! 絶対に!!
だからここでやるべきなのは私も気付いていないフリをしながらそっと出て、服を着ること。そしてまた同じ今日を始めること。
大きくそっと深呼吸。テロリストたちと相対するときのような、いつもの調子で言えばいい。ちょっとのぼせたから先に上がってそしてこの状況から脱出する。先生が気付くその前に――! - 8二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:19:50
ゆっくりと立ち上がろうとしながら喉を震わせる。
もう思いっきりお尻を見られてしまうが、下手な動きをして冷静さを取り戻した先生に裸を見られることと比べればどうということはない。というか、もうどうしようもない。
「せ、せ、先生、そろそろのぼせて……」
「すぅ……すぅ……」
「ッ!?」
ね、寝てる……!
ざぶん!と再び湯船に浸かる私。
普通の人がどれだけ息を止めていられるかは知らないけれど、私たちより遥かに短い時間で窒息することだけは知っている。
もしここで先生を置いて服を着てくるまでに先生が死んでしまったら、と考えると迂闊にここから出られない。
じゃあ先生を担いで一緒に出る……? いや、それはちょっと、その……。
もう起こすしかない。そして私が寝たふりをしよう。とてもじゃないけど今日のことはなかったことにしたい。でないともう先生に合わせる顔が――
「ひぅ……!」
先生の顔がタオルで包んだ私の後頭部に埋もれるように傾いた。寝息が首元に当たってこそばゆい。
散々「もっと寝て欲しい」と思っていた先生に対してこれほどまでに「早く起きて欲しい」と思ったことが平時にあっただろうかと言わんばかりに、私はふるふると首を動かす。釣られて先生の顔も動いて「ん……」と声が聞こえた。
やっと起きてくれる――!
「……ゆ、め…………」
そう思った私の耳に届いたのは、辛そうな先生の寝言だった。 - 9二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:20:22
「夢……? んぅっ!?」
不意に私を抱き留める先生の腕に力が入って、思わず声が漏れてしまう。
「……ごめ…………」
誰かに謝っている……? なにか悪い夢でも見ているのだろうか。
そう考えていた私は、やはりまだ呆けていたのかもしれない。
「……いちゃんなの…………まも……」
――お兄ちゃんなのに、守れなくて。
「え……?」
それっきりの寝言だったけれど、確かに聞こえた。聞こえてしまったから考えてしまう。想像してしまう。
お兄ちゃん、ということは弟か妹かいたのだろうか。守れなかったとはどういう意味なのだろうか。
やけに手慣れた髪の洗い方。髪の長い子の頭を洗ってあげたことがあるのだろうか。
夢とは夢じゃなくてユメなのではないのだろうか。急に飛んだ思考に喉が詰まった。
「あ……」 - 10二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:20:42
私はひとりだけその名前も持つ生徒を知っている。
シャーレに就任した先生が最初に向かった場所は?
あのときキヴォトスのどこも連邦生徒会長失踪で混乱していたのに、なぜアビドスに向かった?
緊急を要すると判断した以外の私情は本当になかったのか?
「あぁ……」
あの事件の一時の幕引きまで終わらせた先生が"アビドス生徒会長"に何があったのか、本当に知らなかったのか?
そんなわけはない。例え何があったかまで知らなくても、シャーレの"先生"がその結果を知らないはずが無い。
じゃあ先生は、どんな気持ちでいまシャーレにいるの……?
「ふ……ぐ、ぁ、ぁあ…………」
だからなの? 先生。そんなにボロボロになってまで先生の責務を果たそうとするのは。
そんな自分の身体を投げ打つようなことをいつまでもし続けるのは、そのためなの?
「ぅ、ぁ、っく…………、ぅぅぅぅう……!」 - 11二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:21:13
なんで言ってくれなかったの? / 言えるわけが無い。私たちを困らせてしまうから。
大人だから痛みに耐えるの? / 子供に心配かけさせないために。
先生の責任はそんなに大事なものなの? / 生徒を守るために必要なものだから。
罪を背負っても未来は続くなんて言ったあの言葉はどこから来たものなの?
生きてさえいれば、未来は続く。だけど……。
だけど死んだら、未来は続かないから――
思考は止めどなく流れ続け、いつしか私の嗚咽だけが浴室に反響していた。
振り返り、眠る先生を正面から抱きしめる。
だって、先生のその思想の先に私たちの未来はあっても先生の未来はきっと無い。
この人はいつか死ぬ。このままじゃ、私たちが"先生"を磨り潰す。
「わ、私は、先生みたいになれない……。私は弱いから、先生を守れない――」
この人は決して強い人じゃない。ただ痛みに耐えて、心配かけまいと表に出さないだけの、ただの人だ。
何が先生にもっと構って欲しかった……なんだ。私はただ受け止めてくれるに都合の良い"先生"に寄りかかろうとしていただけじゃない。
何も考えず、甘えたことばかり言って勝手に閉じこもって。そんな私が先生に何かを求めていいはずがない……!
「頼ってごめんなさい……! 甘えようとしてごめんなさい……! 先生だって辛いのに、私ばかり――!」
「いいんだよ、ヒナ。頼っても、甘えても」
「ッ!!」 - 12二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:22:34
先生の手が私の抱き留めたまま、そっと背中を撫でてくれていた。
「私は先生だから。生徒に頼られるのは嬉しい限りだよ」
「で、でも……!」
「けれどね、私も人だからちょっと張り切り過ぎていたかも知れないね」
「え…………?」
先生は少しだけ苦笑して、優しく笑った。
「だからもし私が頑張り過ぎて疲れてしまったら、その時は少しだけヒナに甘えても良いかな?」
「う、うん……」
つい口ごもってしまう。「じゃあ私も」なんて口から出かけて、また口を噤むと先生から続きが紡がれた。
「ヒナも頑張り過ぎて疲れてしまったら、その時は私がヒナを甘やかすよ」
「そ、それは……!」
「お互い様ってことで」
「…………うん」
強く強く抱きしめる。
お互い様だと言うのなら、今だけは何も言わないで。 - 13二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:23:12
このレスは削除されています
- 14二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:31:45
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:32:08
しばらくして、先に上がった私は脱衣所で自分の服に手をかける。
替えの服も下着も当然用意はしていないので、不衛生への嫌悪感と戦いながらとりあえずの妥協点を見つけて着替える。
それが良かったのだろうか。先ほどまでと比べれば幾分冷静さを取り戻したようで、多少は頭も冴えてきた。
……確かに一緒に入るだなんてどうかしていたと思ったし慌てたりもしたけれど、だからこそ私は大事なことに気付けたのかも知れない。
今日も明日も変わらない。ただ、きちんと言葉にしていなかった私の目標を今ならちゃんと言葉にできる。
先生が生徒のために頑張るのなら、私は先生のために頑張る。
この先なにがあっても、誰一人としてヘイローが壊れるような未来は起こさせない。これは決して面倒なんかじゃない。
「頑張るから、その時はたくさん褒めて欲しい。先生」
呟いた声はどこにも届かず、ただ私の中だけに反響していった。
--完-- - 16二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:32:59
いい。いいヒナSSだった。ありがとう
- 17二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:36:09
このレスは削除されています
- 18二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:37:08
急にシリアスなるやん
シンプルエロが増えた昨今にこの転調いいね - 19二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:38:50
ノーパンの状態で服をめくれてほしい
- 20二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:39:28
エッチなお尻みせて
- 21二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:41:37
エ駄死かコメディを期待してスレ開いたらまさかのシリアス
情緒が... - 22二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:42:28
で、結局先生はヒナの裸は見たんですか?
- 23二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:45:29
ヒナの全裸の感触想像するだけで興奮してくる
- 24二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:53:47
《蛇足の蛇足》
ヒナが浴室を出て行ってしばらく。
浴槽の中でひとり湯船に浸かる私は考えていた。
果たして、生徒と先生が一度のみならず二度も同じ湯船に浸かることがあって良いのだろうか、と。
いや、正確には湯船ではなく温泉と湯船だった気もするけれど、なおのこと悪い。浸かるどころか肌と肌が密着している状態で、それは確実に駄目じゃないかなぁ!!
確かに疲れ切っていて頭は働いていなかったけれど「こういうときは一度湯船に浸かってリフレッシュしよう」というところまでは覚えている。そこからだ。
身体を洗ってあげて身体を洗って湯船に浸かってウトウトし始めて、我に帰ったら全裸のヒナに抱きしめられていた。
少しばかり骨ばった中で感じる小さな二つの感触。雪のように白い体躯。それでもなお熱いぐらいに温かい彼女の温度。身体を放し、湯船から立ち上がる時に見えたか細い身体。
「…………」
これは……情状酌量の余地もなさそう……。
いやいや、を首を振る。
ヒナじゃなかったら取り返しの付かない事態を招いていたのかもしれない。誰とは言わないけれど……。
うん、そうだ。
今日のことは白いモップの妖精か何かがいたことにしよう。……ヒナには悪いけれども。 - 25二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:54:12
本当に完!
- 26二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 00:54:36
乙
- 27二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 01:32:53
詳細まで書いてくれてありがたいです
- 28二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 05:20:58
これは上質なヒナss
- 29二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 10:10:30
上質なヒナSSにユメ先輩が先生の妹概念までぶち込まれて私の脳はボドボドです