【SS】似たものどうし(劇場版ネタバレ注意)

  • 1二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:50:17

    「フジさんお疲れ様です!」
     夕日もほとんど沈みかけた河川敷で、寮の子にそう話しかけられた私は必要以上に動揺してしまった。少しだけ腫れた目を開いてそちらを見遣っても、その子はこちらの心もようには気付かない。少しだけホッとして、取り繕うように
    「はいお疲れ。」
     と返事を返す。演技とも言えないような私のはったりはすれ違いざまでは気付かない程度には上手く効いたらしい。
    「泣き顔、見られなかったよね。」
     確認するように、自分を安心させるようにそう呟く。自分のトレーナーとチームの後輩の話を盗み聞きした挙句、その内容に昔を思い出して目元を濡らしてしまったなんて、誰にだって好き好んで話せたものではない。自分の情けなさに深いため息をつく。
    「弱っちいな、私。」
     不安になると余計な独り言が増えるん。こんなところで自虐をしたって何ということもないのに。目元を風にさらすように顔を上げて歩調を速める。足の向かう先は学園ではなく河川敷の古い小屋だ。

  • 2二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:51:09

     もっといい所にしてもいいのに。あの人のお世話になり始めた頃はそんなことを考えていたが、あの場所で私が入ってくる何十年も前からあの人はあそこでウマ娘を育ててきたのだ。レース場も近くにあるし、歳と実績の割に飾らない人となりにはあそこが一番合っているのだろう。
     小屋の電気を確認してから、私は年季の入った木戸をゆっくり開けた。
    「ナベさーん、いるの?」
     私がそう言うと、顔を上げたナベさんがのんびりと答える。
    「おう、フジか。」
    「ポッケは?」
    「さっき帰らせた。途中すれ違わなかったか?」
    「ううん。私がいつもナベさんのところに来るの知ってるから気を遣ったのかも。」
     そうか、と言葉をしっかり咀嚼するように受け止めて、ナベさんは手元の湯呑みを口に運んだ。その間に私は座敷へ入る。ちゃぶ台の前に座ると、ナベさんは私のところに差し出した茶碗にお茶を淹れていた。呟くようにお礼を言って、茶碗を口に運ぶ。さっきまで外気に晒されていた身体にお茶の温かさが心地いい。
     「意外と繊細なんだよね、あの子。」

  • 3二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:52:01

     ほうと息をついてそう言う。豪快な見た目と言動に反して、いやゆえにと言うべきか、ポッケは自分の悩みや葛藤を抱え込みがちだ。自分の弱さや隙を恥とするきらいがあるのか、メンタルに何かしらの問題を抱えている時に無理に気丈に振る舞おうとしたり、弱みを隠そうとする。もっとも、本人もそれほど器用ではないのかそういう状態になった時は比較的分かりやすいのだが。ナベさんがウムと唸る。
    「いくら素質に恵まれていて体がタフでも、相手は学生だからのォ。」
    「私だって学生だよ?」
     揶揄うように私が言うと、「スマン」とだけ言ってナベさんが困ったように俯いた。こういう素の茶目っ気に救われるような心地がする。しばらくの沈黙。ナベさんが頭を掻く。ナベさんは一人で思い悩んでいる時にこういうことをする癖があるが、何を考えているかは何となく見当がついた。アグネスタキオンのことだ。彼女は皐月賞後実質的な引退宣言をしてダービーを回避している。そのことがポッケに与えたショックは想像に余るもので、さっき盗み聞きした会話もショックに伴う彼女のオーバーワークに関することだった。タキオンは4戦全勝。キャリアも引退の経緯も私に似ている。おおよそポッケの動揺とダービーについて話そうとした所でタキオンのことを思い出したのだろう。ナベさんは私に気を遣ってか中々口を開かない。

  • 4二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:52:47

    「…悔しいだろうね、ポッケ。」
    「レースは巡り合わせじゃ。最後に何が起こるかなんて誰にも分からん。」
     湯呑みを持つナベさんの手に力が入る。眉間には葛藤の皺が刻まれて目がこちらを向くことはない。
    「でも勝つのはいつでも努力と葛藤を重ねた子だよ。ポッケとナベさんは勝利にふさわしい道を歩んでる。」
     だから、と言いながらナベさんの手に私の手を添える。ようやく目線を合わせてくれたナベさんを射抜くように私は言い放つ。
    「ナベさんは最後まであの子を信じてあげて。」
     一瞬だけ呆気に取られたように集中が分散していたが、ナベさんの目はすぐに力を取り戻す。
    「言われなくとも分かっとるわ。お前も一丁前にこのワシに意見するようになったのォ。」
    「ゴメンゴメン。でも、夢を叶えて欲しいのは本当だよ。ナベさんの夢は私の夢でもあるから。」
     ナベさんが今度は困ったように頭を掻く。いつもの癖で我ながらキザなことを言ってしまったなぁと思う。ただ、多少の演出はあれどこれは私の本心だ。ナベさんとポッケには報われて欲しいし、ダービーのタイトルは私の夢でもある。あるいはポッケによって私自身が報われたいという気持ちもあったのかもしれない。

  • 5二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:53:22

    「色々気を遣わせてスマンな。」
     ばつが悪そうにナベさんがそう言葉を絞り出す。
    「別にいいよ。私が好きでやってることだし。可愛い後輩には頑張って欲しいしね。」
     じゃあもう行くから、と言って少し温くなったお茶を飲み干す。座敷から立ち上がって茶碗をシンクに出しておく。そのまま木戸に手をかける後ろで不意にフジ、と呼ぶ声がした。
    「何?」
    「分かっとるとは思うが、無茶はするなよ。」
     あちゃー。ナベさんの言葉に思わず天を仰ぎそうになるがそこは努めて隠し通す。
    「うん、ありがとう。」
    「外、暗いから気をつけてな。」
     はーい、と相槌を打ちながら私は小屋を後にした。ナベさんの言う通り、あたりはすっかり暗くなって等間隔の街灯が寂しく足元を照らすだけである。歩きながらため息をつき、恥ずかしさを誤魔化すように顔を両手で揉む。やっぱり盗み聞きには気付かれていたらしい。
    「意外と分かりやすいのかもな、私。」
     ポツリとそう呟く。これではポッケのこともバカに出来たものではない。しばらくして気合いを入れ直すようにピシャリと自分の頬を両手で叩く。時々独り言が悪くなるのは私の悪い癖だ。今から顔を見せる寮生たちにそんな所を見せるわけにはいかない。
     よし、と息をついて前を向いた私の足は既に学園の方へと向かっている。火照った頬を5月の夜の冷たい風が撫でていた。

  • 6二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 11:54:32

    以上です。どうでもいいけど初投稿です。

  • 7二次元好きの匿名さん24/05/27(月) 12:21:09

    新時代の扉のフジ寮長いいよね…
    俺は好きだぜこのSS!

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